450番どうろを進むにつれ、ダイゴ君の言った通り古代モンスター、俺の知っているポケモンが多くなってきた。
それはつまり、いつもよりも安全な旅路である事を意味している。
いつも出てくるのは十メートルくらいあるのとか見た事ないのとかばっかだからな。
あれもあれで楽しいけど、これくらい原作に近くてもイイ!
見ろほら、バタフリーが楽しげに飛んでる! 生のバタフリー、略して生バター!
お、あれはゴンベだ。ホシノと同じような性格してるよな!
「は?」
な、なんすか…………なんすか!
のんびりしてて昼寝が好きって、ホシノと同じだろ!?
別に顔が似てるとか体型が似てるとかそんな事一個も言ってないじゃん!
……おいリザードン、何だその口は。
ガバッと開いたそれで何をするつもりダァッ!?
あぶねえよ! 噛みちぎるつもりか!
「ホ〜、ホ〜」
おいヒーホーくん……ニヤニヤ見てんじゃねえ! その頭のよく分からんフードむしり取るぞコラ!
慣れ親しんだ原作ポケモンだらけだから一々足を止めて観察せざるを得ない。アイリを肩車しながら一種類ずつジックリと目に焼きつけるが、物足りない。ここでカメラがあればなぁ〜! ポケモンスナップが出来るのに! せめてアイリ! 使えない師匠の代わりにいっぱい写真を撮ってくれ!
「はい! 使えないししょーの代わりに写真を撮ります!」
色々なポケモンと仲良くなって写真を撮る。
ああ……神だ。
これは流石に神だわ。
タブレットで写真を見て行くと、思わず涙がポロリ。
アイリに心配されてしまった。
「ししょー……どこか痛いんですか?」
いや、すげえよ。
俺、本当にポケモン達と写真撮ってる……
しゅごい……
「うれしなみだ、っていうのですか?」
嬉しいのもあるんだけど、こう……実感? ほぼほぼ俺が知ってるやつしかいないからさ、子供の頃の思い出が蘇ってきたというか……
「せっていが崩れかけてませんか……?」
鼻水出てきた。
やべえ、本当に感動してるわ……ちょっと鼻噛む。
「よしよし」
あー……癒される。
「…………くふふ、くすぐったいですよー」
撫でようとしたら首を触ってしまった。
ごめんごめん、そんなつもりはなかったんだけど。
「首を撫でられるのも、けっこー心地良いですね……」
そういや、ここら辺はポケモンがいっぱいいるけど、アイリは二匹目とかはいいのか?
「にひきめ?」
そもそも二匹目という単語の意味すら伝わっていなかったようで、首を傾げてしまった。
ヒーホー君の他にパートナーは欲しくないのか?
「ヒホ!?」
「今はいらないです!」
「ア、アイリ……!」
心底感動した! という表情でアイリを見ているヒーホー君は、出会いこそスタンガンとか色々な道具でボッコボコにされるという、かなりアレな感じだった。
それが今ではアイリのパートナーとして相応しい強さを手にしている。
リザードンには遠く及ばないまでもかなりの練度。多分40〜50レベルくらいなんじゃないか?
まあ、伝説級の存在達とアレだけ戦えば成長もしますか。
でもヒーホー君に負けず劣らずアイリもすごい成長したよな〜。
「はい! 背も伸びました!」
そうだな、前はここくらいだったのにな。
「もうちょっと大きかったです! ここらへんです!」
アイリは肩の上から飛び降りると、俺の腕に手を当てて自分の身長の高さを示す。
あんまり変わんねえじゃん。
「ばかばかー! ぜんぜんちがいますー!」
堂々と宥めつつ、出会った当初のアイリを思い返す。
ですわ口調のコテコテのお嬢様だったよなあ……アレは何だったん?
結構板についてたし、前はあの口調が素だったんだろ?
「あれは……お母さんから丁寧な口調でいてって言われていたので、自分なりに調べました!」
そうか、色々アイリも大変だったからな。
主にグズマのせいで。
出会ったら一発目は俺がぶん殴ってやろうかしら。
「いいえ! わたしがずんなぐります!」
ずんなぐる……もしかして枝豆の話をしてらっしゃる?
「噛んじゃっただけですから!」
アイリはグズマより先に俺の腹にパンチを入れた。
ポすッと軽い感触がして、痛みとかは特に無かった。
…………うぐああああああ!!! いでえよおおおおお!!
「えっ」
はぁ……ぐぅぅぅぅぅ!! いだい……!
「あ、わ、私そんなつもりじゃ……えと……ど、どうしたら……」
グズマがこうなるくらいパンチ力鍛えなきゃな。
「えっ……えっ、お、お腹は……?」
普段からリザードンのアイアンテール()を喰らってる俺があの程度で倒れるわけないじゃん。
「ほ……」
ほ?
「本当にしんぱいしたんですよ!」
ぷんぷんアイリになっちゃったァ……!
ほっぺたを膨らませ、腕組みをしたアイリ。
もちもちほっぺを指で突くと、怒ってます! と言わんばかりに背中ごとそっぽを向いてしまった。
「おこってます!」
自分で言っちゃったよこの子……
怒っちゃったかあ〜、どうすれば許してくれるかな〜、でも怒ってるから聞いてくれないだろうな〜……
「…………」
耳がピクピクと動いた。
チラチラとこちらを伺い、俺と目が合うと慌てて顔を戻す。
しばらくアイリで遊んだ後、グレンタウンで食べ歩きをする事を約束した。
ところで450番どうろは途中まで山間部を走っているのだけど、451番道路に接続する場所ではちょうど山間部を抜けて海が見えるようになる。
という情報をダイゴ君から聞いていた。
しかも、ナガーイすなはまという名前の砂浜がグレンタウンまで続いているらしい。
名付けたやつ、あんまり人間の頭の良さ舐めんなよ。
もっとマシな名前あるだろ。
ドリームランドでも砂浜とかは見れなかったし、久しぶりのちゃんとしたビーチだ!
ノコ以外とは、海の美味いご飯を食べさせるってだいぶ前に約束しているので何だか足取りも軽そうだ。
ナギとアイリは箱入りだからそもそも海を見たことがないし、ホシノとレッドは昔は尖っていたらしいので「海の飯なんか興味ねえよ」って感じだったに違いない。
「そんなんじゃないよ!?」
ホシノの良いツッコミが炸裂した。
レッドも首を振っているので、抗議のつもりだろう。
だけど俺には分かる。
今はフニャフニャ蒟蒻だけど、昔のこいつらは切れるナイフだったってことがな。
「めいよきそんだ〜!」
「じゃあお兄さんはどうなの」
俺? 俺はそりゃ海ぐらい何度も行ったことあるし、浜焼きもバーベキューもビーチバレーも網羅してるよ。
「……うへへ、記憶喪失なんだからその発言は無効だよ!」
まさに今、海に行った記憶だけ取り戻したから。
でもアレだぞ、浜焼きは美味しいからみんなでやろうな、夏になったら。
「ねえピカチュウ、はまやきって何?」
遊びに行く! と言い残してどっか行ってたノコが戻ってきたらし……え? 何してんの?
「この子? すごいでしょ、僕がいたんだ!」
ノコはワニノコを抱っこして連れてきていた。
重たそうにしているので受け取ると、その場に座り込む。
「ふー、疲れた!」
何で連れてきてしまったん?
「僕ってこんな感じだったんだってのを話したくてさ」
「あの時はもう少し大きく見えたけど、やっぱり小さいわね、ワニノコって」
それにしてもサラッと御三家を見つけてくるとは、やるじゃん。俺はまだ一種類も見つけられてねえよ。
「ごさんけ?」
「有名なモンスターらしいよ〜」
「僕もごさんけ?」
そうなる。
「ええ〜? じゃあ僕も有名ってことぉ?」
満更でもなさそうに頬を掻くノコに残酷な現実を突きつけるアイリ。
「師匠はそう言ってるんですけど、実際はそこまで有名じゃないんです……」
「え」
固まったノコの眼前で手を振るアイリ。
ぬか喜びって良くないよね……
ワニノコを地面に下ろすと、ノコをジッと見ている。
やっぱり、ワニノコ的に何か感じ取れるんだろうか。
……あ、どうせならこのワニノコをパートナーにすれば良いんじゃないか?
「……パートナーってレッドのリザードンみたいな?」
そうそう、この先もこっちで生活していくなら普通の人と同じように経験積まないとな。
何をするにも金、金、金ですわ。
「ピカチュウが養ってくれるんじゃないの?」
何の話……?
「こっちくる前にお父さんにそう言われたんだけど……嘘なの!?」
「ししょー?」
嘘って何!? お前のお父さんが言ってただけでしょ!?
……そもそも金の管理とか俺はしてないから、そこら辺の話はホシノとかにしてもらっても良いか?
「かいしょーなし!」
なんだとコラァ!
「いひゃいいひゃい! ほっぺ千切れちゃうから!」
大体、ライバルに養ってもらおうとするな! お前にはプライドとか無いのか!
メガネ使えるんだから色々情報収集だってできるだろ!
「う゛〜」
アイリの後ろに隠れて恨めしそうにこちらを見るノコ。
文句あんのか。
無職宣言とか舐めた事してるからこうなるんだぞ。
俺だって就職絶望的なのにこんなに頑張ってるんだから、未来があるお前はもっと頑張れ。
ほら、ワニノコに指示出してみろ。
「どうやってやれば良いのかわかんないよ……」
お前元々ワニノコなんだから何の技使えるかとかわかるだろ。
それでなくてもメガネでスキャンすればなんか分かるんじゃないか?
「スキャン、スキャン……どうやってやるの?」
「じゃあ教えてあげましょう! ここの設定を──」
アイリに教えてもらいながら操作を少しずつ進めていく。
スパイクタウンだと結局のところ自分が戦うだけだから、プレイヤー登録してさえいればパートナー要らないかったからな。
プレイヤーとして自分よりも後輩が出来たせいか、心無しかアイリも嬉しそうだ。
「ワニィ?」
ワニノコは、自身の目の前でワチャワチャと楽しそうに話している異世界の同種を不思議そうに見つめていた。
ノコってもしかしてワニノコの言ってる事が分かったりするのか?
「わかんない」
ワニノコなのに?
「知らないよ! そんな事言ったらピカチュウは元から人間のくせに文字読めないじゃん!」
ちょっと気になったから質問しただけなのに火の玉ストレートが飛んできた。
コースがキツすぎて流石に返せねえや。
ところでスキャンは出来たのか?
俺の目には何が起きてるのかさっぱりだ。
「えーと、読み取り設定をオンにしてもらって……はい、これでできます!」
「こ、こうかな? ……わぁ、すごいすごい! 緑色の光がワニノコに当たってるよ! あっスキャンが完了した! レベル6だってさ!」
ふーん、結局どうすんの?
俺としてはパートナーにしろって言ってるわけじゃないけど、ノコと相性良いと思うからそれでいいと思う。
ワニノコをパートナーにするならグレンタウンで登録って感じでいくのか。
「そうだね、僕はこの子と一緒に強くなっていきたい」
ワニノコの手を握り、そう決意した。
やはり自らの似姿に思うところがあるのだろう。
「僕ってこんなに小さかったんだよね……よくあんな危険なダンジョンで戦えたなあ……頑張ったなあ」
うん、お前はよく頑張ってた。
いつも一生懸命だから俺も頑張らなきゃなって気にしてくれたよ。
「や、やめてよ〜」
手を置きやすい高さに頭があるからつい。
ん? なんか撫でてたら良い匂いが……
「これ、ホシノに教えてもらったんだ」
へえ……良い匂いだな。
「でしょでしょ? もっと嗅いで良いよ!」
すぅ〜……いや、改めて思うけど人間の生活に適応するの早くね?
香水をつける意味とか分かってるのか?
「え? だってスパイクタウンにいた時に教えてもらったじゃん」
それはそうだけども、そういう事じゃなくてですね……
もしかしてお前、頭良い?
「えっへん!」
腰に手を当てて、自慢げに胸を張った。
豊かなたわわがね……
「男の目線がここに行くってのもちゃんと分かってるから!」
イタズラに笑ったノコを見て、この子は初恋泥棒になるかもしれないと思わざるを得なかった。
──────
「……見えた! あれだ!」
青年が唐突に叫んだ。
背中に山ほど積み上がった荷物を感じさせぬ速度で走り出す。
リザードン以外の誰も追いつけない速度で走り続け、期待していた光景が近付いてくるのを視界に収めると、彼自身も気付かぬうちに表情を崩す。すれ違うプレイヤー、追い抜かれたプレイヤー、そのどれもが驚いた表情をしていた。
かつて、彼が親や友人と訪れたいくつかの場所にも似た光景。
違うのはそのどれよりも透明で、ゴミが無く、未知の生命達がいる事だ。
「これが……この世界のビーチか!」
季節では無いためそこまで人は多く無いが、それでもこの長大なビーチを求める観光客は多い。寝そべるジュゴンやラプラスと一緒に動画を撮ったり、貝殻を拾ったりしていた。
しばらくその光景を視線で愛でたあと、白砂に足を下ろして感触を確かめる。
靴も靴下も両方脱いで、砂地を味わう体勢はバッチリだ。
そしてここでようやくお仲間達も到着。
はぁはぁと息を切らして、文句を吐いた。
「うへ〜……ちょっと……いきなり、走らないでって……おじさん、スタミナが……」
「あなた……3kmも前から……ダッシュって……バカ、なんじゃ……ないの……」
「こ、こんなに……走るのは……あんまり……」
「立て……ない……」
レッドが普段から身につけている帽子を取って頭の熱を逃し、ノコに至っては地面に倒れ込んで、ゼェゼェと荒く息を吐く事で限界を目一杯表現していた。
「た……たいりょく……おばけ……」
青年は、何故リザードンに乗ってこなかったのかと質問した。
そうすればそこまで疲れることもなかっただろうに、と。
「リザードンが……ふぅ、五人は無理ってさ」
レッドのパートナーなんだからレッドだけは乗せてきてあげろよ……と突っ込むが、リザードンはさっさと飛び立ってしまったらしい。
なるほどと頷いた青年はテキパキと休憩場所を確保すると、ホシノを連れて砂浜に駆け出した。
少女達は、楽しそうにモンスター達と戯れる青年とホシノを休憩場所で眺める。
今はジュゴン達とボールを地面に落とさないようにボレーして遊んでいた。
段々と白熱していく。
砂に足を取られて転んだホシノに手を貸して立たせたところを、ジュゴンのオーロラビームで吹き飛ばされた。
季節外れのナンパ師が現れて青年にボロ雑巾にされるという一幕もあったが、小休止を取って回復した少女達に急かされて、今夜はモーテルに泊まることになった。
まだグレンタウンは先だけど、ここら辺は観光地なだけあって店なども道沿いにある。
せっかく泊まれる場所があるなら快適に過ごしたい。
当然の欲求だった。
ホクホク顔の青年は、モーテルの部屋割を知って真顔に戻った。
家族部屋に六人一緒くた。
部屋割りというか一部屋だ。
そうだ、そういえばこいつらはこういう奴らだった……
そんな事を思い出して顔に手を当てた青年の手を引っ張って、ノコが早く中に入ろうと急かした。
「うへ〜もう今日は一歩も動けないよ〜」
ベッドに倒れ込んだホシノがそんな事を言うが、倒れ込んだのはホシノだけでは無かった。
青年以外は、久しぶりのふかふかベッドに飛び込んでモゾモゾしていた。
風呂入ってからにしろ、と言いたいところではあった青年だが、彼女達の気持ちもわかるためとりあえず自分だけ先にシャワーを浴びることにした。
「私も入る」
いやシャワーだから、と止めた。
「お風呂沸かして」
いや疲れてるだろ、と説得しようとした。
「入るから」
青年の身内向け説得スキルはゴミだった。
家族部屋だからだろうか、青年にとってはタチの悪い事に部屋の風呂はそこそこ広くて眺望も良かった。
というかこれって浮気になるよな……と、厄介な問題に気付いた青年はその線で説得を試みた。
「ホシノは良いって言ってるから」
まさかの返し。
ダラダラしているホシノに確かめると嘘でないことが判明。
とはいえ、さっさとお風呂に入りたいのも事実なので説得は諦めることにした。
「久しぶりにゆっくり入れるね」
嬉しそうなレッドに、これってどうなんだという気持ちを消すことはできないのであった。
海産物メインの夕飯が運ばれてきた。
暖房の効いた部屋の中でふかふかの椅子に座り、勝手に出てきたご飯を食べる。
これに勝る贅沢は無い。
青年はうめ……うめ……と舌鼓を打ちながら刺身を食べ、隣のレッドは無言で青年の横顔を見つめる。
お風呂に入ってからずっとこんな調子だった。
「…………食べないのか? せっかくの海の幸」
「ん」
小さく開いたレッドの口元に、箸で摘んだモノを運ぶ。
「美味い?」
「うん」
「ガリだけど」
「うん」
「ええ……」
どうしちゃったのこの子……お風呂で汚れと一緒に自我まで洗い流してきちゃった?
あまりの反応の雑さからそんな不安に駆られた青年は、ストレートに聞くことにした。
「さっきから上の空だけど大丈夫か?」
「うん」
ダメらしい。
レッドの口元にクリームチーズが付いているのに気付いて指で取った青年は、それをそのまま自分の口に放り込んだ。
「あ」
ようやく自発的な行動を見せたかと思ったら、結局青年の口元を見つめるだけ。
「おいしーい!」
刺身への反応が一番良かったのはアイリだった。
夜、寝室にあるクソデカベッドの隅っこで寝ていたポケモントレーナーは何かの気配を感じ取って目を覚ました。
「あ」
ノコがベッド脇の床に座って、青年の顔を見ていた。
「……こんな夜中にどうした?」
「いや? 何でも無いよ?」
そんなわけがなかった。
わざわざベッドに肘をついて、ニコニコしながら見ていたのだから。
「お前体力無いんだから馬鹿なことやってないで早く寝ろよ……」
「うん、もうちょっとだけ」
「……鬱陶しくて寝られねえって」
「わっ」
軽い身体をヒョイと持ち上げ、強制的に寝かせた。
密着したノコは、規則正しく鳴る音に気付いた。
自分の胸に手を当てると同じように鳴っている。
「ドクン、ドクンって聞こえるね」
「そりゃあ生きてますから」
「くふふ……」
「こわっ」
「ニンゲンって不思議だよね」
「ええ? どこらへんが?」
「ワニノコだった時よりも気持ちの幅が広がった気がするんだ」
「脳みその構造の違いじゃね?」
「そうかな……そうかも……こうしてギュッてされてるとすごい安心するんだけど、それも脳みその違い?」
「そうだよ」
「ふーん……」
「寝られそうか?」
「もう少しだけ」
「そればっかじゃねえか」
「ふふふ」
「ふぁ〜ぁ……ちゃんと寝るんだぞ?」
大欠伸をして再び目を閉じたポケモントレーナーに、ノコは尚も話しかけた。
少し違う雰囲気を感じ取った青年もまた柔らかく応じる。
「あのさ……」
「うん?」
「あの日……あの夜、言えなかった事で」
「うん」
「この世界に来た時、実はすごい不安だったんだけど」
「うん」
「すぐ見つけてくれたの、すごい嬉しかった」
「……それは良かった」
「でも人間の身体は鼻も効かないし、僕の姿だって分からないのに、どうやってあんなにすぐ見つけられたの?」
「…………何となく、そこにいると感じたからかな」
言えねえ……本当のことなんて言えねえ……全裸巨乳って単語に釣られただけなんて言えねえ……マジの偶然なんて言えねえ……
上手い理由も思い付かないので、適当なことを言うことしかできない。
青年は、最初にレッドのピカチュウ探しへと協力する事になった時も適当に受け答えしていたことを忘れていた。
しかしその答えにノコは顔を綻ばせた。
「そっか……嬉しいな」
「お、おう」
「それならピカチュウだって見つけ出せるね。あ、レッドの相棒の方ね? 君もピカチュウだから紛らわしいや」
「そうすね」
そんなエスパーみたいな能力ねえよ……と内心で自分に突っ込みながらも、パーフェクトコミュニケーションを取れたっぽいことに安堵する。
ノコはやっと眠る気になったらしい。
要望通り抱きしめたまま目を閉じた。
「つんつーん」
「んぁ?」
一瞬で朝だった。
何かと思えば、ノコがツンツンとほっぺたを突いていたようだ。もしかしておでんツンツン男の血を引いてらっしゃる?
回らない思考で、とりあえず挨拶をする。
「……おはよう」
「おはよ!」
俺にはいつのまにか幼馴染が出来たらしい。
目が覚めたらオーシャンビューのモーテルのベッドで身体に跨る美少女がいるという、あり得ない光景を処理し切れなかった脳みそが弾き出した完璧な答えがそれだった。
「ご飯来てるから食べよう?」
「おう」
身支度をしてる間、ずっとノコがついてくる。
何がしたいのかと聞いてみれば、ライバルの行動が知りたいとのこと。朝の行動には何の意味も無いと伝えても、構わず着いてくる。
なんか、ドリームランドにいた頃と若干性格違うよな。もう少し奥手というか、控えめだったような気がするんだけど。こっちに来て変わったのか、変わろうとしているのか。
それともやはり感情の幅が広がって色々と知ろうとしているのか。
……うん、トイレには着いてこないでね?
モーテルを出発し、砂浜に沿ってひたすら歩く。
遠方にはおそらくグレンタウンの火山が噴煙をあげているのがよく見えた。
常に噴火してる感じですか?
火山灰対策とかしてるのかがすごい気になる。
それによって生活のしやすさも変わってくるし。
ルビサファだと火山灰すごかった記憶があるぞ!
そして451番どうろにはプレイヤーが多い。
当然、バトルを仕掛けてくる輩も相当数いる。
ホシノ! さんだんじゅう!
で大体終わるけど。
「いや〜、楽で助かるね〜。おじさん、体力無いから本気の連戦はキツいんだ〜」
ゲームと違って、旅を進めれば敵が順々に強くなるなんて事もない。何処の街でも強さの階層構造みたいなもんはある。道中も同じで、強い奴もいれば弱い奴もいる。
普通のプレイヤーでレッドより強いやつはいまだに見てないけど。
「ぶい」
Vサインを見せるドヤ顔レッドからしか取れない栄養がこの世界にはある。
逆に言うと、やっぱりジムリーダーは別格という事だ。カムイなんかはゴリ押しで倒しただけだし。
「あれはゴリ押しできる状況に持っていけるのが異常だよ。ね? レッドちゃん」
「うん」
でもドダイトスがいればみんなできると思うんだ。
さあ、みんなも二つ名持ちドダイトスをゲットしてカムイを倒そう!
「頭悪そう」
なんて事を言うんだ。
…………あーあ、そんなに口悪い子とはもう一緒にお風呂入れないかもなあ。
「そうね」
ナギがのってきた。
確かにお前はレッドと俺がお風呂入るの反対してたからな。
でもお前もお風呂に入る約束してたよね。
そこらへんどうなんだい。
「私は口悪くないから」
「ダメ」
「彼が一緒に入らないって言ったのよ? 私じゃないわ」
「ダメ!」
「け、喧嘩しないでよ〜……」
ノコが仲裁に入るも、バチバチと火花を散らしながら睨み合う二人。
……マジで火花が散ってるんですけど。
お前らもやはりポケモン……
唐突な不思議現象に戦慄していると、ノコがチラチラと俺のことを見てくる。
がんばれノコ! ドリームランドを踏破した実力を発揮しろ! あの世界のヒロインなんだからこれくらいできるよな!
「ヒロイン!? 何言ってるかわかんないんだけど!?」
ヒロイン、女主人公の意。
……ほら、かっこかわいいところ見せてくれよ!
「か、かっこかわいい……わかった! ねえ、二人とも喧嘩はダメだよ! そんなことで争って何に──」
「は?」
「ノコ、うるさい」
「ひぃぃぃ……あの二人怖いよぉ……」
クソ雑魚主人公過ぎる……キャッチボール一回分ぐらい粘れよ。
必死に戦ってる時のお前は粘り強くて頼もしかったのに……
「だって目が怖いんだよぉ……」
お前は何というか、支えたくなる系主人公だな。
弱々しさもまた華とか言われるタイプ。
……あれっ、でもレッドも支えたくなる系主人公だ。
あいつは割と一人でもいけるというか、元々ソロで活動してたからしっかりしてるはずなんだけど……妙だな。
「間違いなく君のせいだよ」
戯言は置いといて。
「戯言じゃないから!」
シッカリしてるレッドとヘニャヘニャのノコ……なんで二人から同じものを感じるんだ。
二人の共通点……年下だあ!
一人っ子だったから妹欲しいと前から思ってたし、やっぱり年下って良いよな……
「判定が雑過ぎる……もしかして、年下なら誰でも助けてあげるの?」
いやいやそんな節操無しな……そこまで手は広くない。
「うへへへ、説得力無いぞ〜?」
怪しい笑みのホシノがひょっこりと顔を出した。さっきからの会話を聞いていたらしい。
説得力?
「これまで訪れた街での出来事を思い出してみなよ〜」
…………まあ、出会ったのは年下ばっかだな。
だけど、その発言には大きな落とし穴がある。
そもそも出会った時点で困ってる奴しかいなくて、そいつらが偶々年下だっただけだ。
「怪しいな〜」
どこがだ!
事実しか喋ってねえだろ!
年上だろうが年下だろうが差別しねえよ!
「でもお兄さん、年上と年下、どっちと話す方が優しいかって言ったら断然年下でしょ?」
そりゃあそうだろ。
年下に優しくしないとかそんな情けないやつになりたくねえよ。
年上は多少雑に接するくらいで良い。
それとも何だ。
出会ってきた奴ら全員見捨てれば良かったのか?
「ダメとは言ってないでしょ、節操無いねって」
もっとひどくね!?
──────
レッドとナギは結局、勝手に仲直りしていた。
まあ本気で喧嘩してたわけじゃ無いし……よく考えたらマジでどうでも良いことで喧嘩してたなあいつら。
何だよ俺と風呂に入るのがどうのって、もっと大事なことあるだろ。
今日の夕飯のこととか。
ん? アイリどうした?
足が痛い?
んー……そこの岩に座って靴脱いで。
………………靴擦れか。
ヒーホーくん、冷やしてあげてくれ。
「ホー」
吐く息の強さを調節して冷気を自在に操り、熱くなったアイリの足を冷ます。
どうだ? 少しは痛くなくなったか?
靴擦れ自体が治ったわけじゃ無いから根本的には解決してないけど。
それに最近はコイツらに対して回復スプレーも使ってないんだよな。
体への負担があるらしいし、アイリみたいな小さい子に使うのは憚られる。
とりあえず絆創膏を貼って、今日は抱っこして移動することにした。
荷物が無きゃおんぶなんだけど、いかんせん多いんですわ。
そういえば、ちゃんと親御さんとは連絡取れたんだよな? 1年間別世界にいたわけだし、すんげえ心配してたんじゃねえの?
……やっぱりそうか。
ただでさえ長男がいなくなってるわけだし、そこらへん敏感だよな。
グズマの野郎がアッシュ地方とやらにいるって情報を得られたのは一年前だし、今は何処にいるのか分からない。
ピカチュウも集まらないけど、グズマは人間のくせに全く情報が集まらん。
一応アカウントはあるらしいんだけど、まっっったく使ってないそうだ。
やーい、時代に取り残されてやんの!
ナギはアラカゼさんと連絡取ったか?
……俺と話したがってた?
じゃあグレンタウンに着いたら通話するか。
それにしても俺に何の用が……?
まさかアレか?
うちの娘は怪我してねえだろうなクソガキ、的な?
いや、あのアラカゼさんに限ってそんな事は……でも頑固一徹みたいなところあるしなあの人。
久しぶりの会話だとちょっと緊張するな……ちゃんと挨拶しなきゃ。
ん? うん、ちゃんとした挨拶。
なんでコソコソ話してんの?
また俺には分からんいせk──この地方の文化かよ……
やめろよハブるの。
ノコもどう思うよアレ。
……お前も分かるの!?
どんだけ適応力高えんだよ!
火山灰が軽く地面に積もっている。噴火で高く舞い上がり、風に流されてここまで飛んできたってわけだ。
日本人はなんだかんだで噴火とは縁遠いから、その例に漏れず俺も実際の噴火を目にした事は少ない。
ドリームランドでは散々見たけどな。何なら溶岩の近くに行ったりもした。
火山灰が降ってくるのが鬱陶しいので傘をさした。白い雪のようなものが傘に積もって斑点を作っているのが下から透けて見える。
「あ、コータスだ!」
ノコが嬉しそうに大声を出す。
指差す先には確かにコータスがいて、ノコは近寄って挨拶をした。
「こんにちは!」
「?」
何だコイツ……みたいな顔で見られていた。
長老とは何の関係も無いし、当然の反応だ。
鼻と頭から煙を出すコータスは、高い体温を持っている。体内で石炭を燃やしているんだから納得だけど、何故かノコは触ろうとしたので慌てて手を掴んで止めた。
お前いきなりアホなことするのやめな!?
「え? でも可愛いし……」
いきなりIQ低くなるの勘弁してくれ。
知り合いに似てるからって理由で危険に突っ込もうとするな。
そんな事してたら命がいくつあっても足らんぞ。
「ピカチュウに言われたく無いんだけど」
俺はリスクとリターンを考えてやってるんだよ!
「絶対考えてないよね」
は? 考えてるが?
「考えてたら関係無い世界を救う為に命を賭けようとしなくない?」
関係あるんだが?
しなくなくないんだが?
「ほんと?」
今更そんな事言ってもさあ……もう救った後なんだからさあ……どうでも良いじゃん。
というか、火傷しちゃうからやめろって話しかしてないんだけど俺は。
「なんかピカチュウって自分の命もどうでも良いと思ってない?」
思ってないぞ、俺の方針はいのちだいじにだ。
……ほら、コータスが困惑してるぞ。
何なのコイツって目で見てるじゃん。
あとお前の頭、火山灰積もってる。
「……うわ、本当だ。ピカチュウはらってよ」
……これでいいか。
お前は髪長いんだからさあ……火山灰が中に入り込むと手入れとかめんどいだろうし、ちゃんと傘さしな?
1本渡してあるんだし。
「僕も中に入れてよ」
ホシノとナギで満員です……おかしいな、この傘は一人用なんだけど。
二人とも傘あるよね?
……おい、反応しろ。
「ずどーん!」
暑い!
3人で俺を囲むな!
暑い!
とても暑い!
でもベッドで寝てる時の方が暑い!
俺の睡眠時のQOLが低い!
「文句言ってないで歩きなさいよ」
俺が悪いの!?
この状況で!?
お天道様も流石に俺に同情してるよ!?
だって歩き辛くして仕方ないもん!
ノコ! 俺の前を塞ぐな!
俺の足に赤ちゃんペンギンみたいに乗るな!
「良いじゃん別にさ、ケチケチしてると嫌われるよー」
……だらけるの早く無い?
来たばっかの時はもうちょい気張ってたやん?
気合い入れてこ?
なあホシノ、なんか言ってやれよ。
「うへー」
なんかって言うのは意味のあることを言えってことなのは分かるかな? ホシノちゃん。
なあ。
「……うひゃひゃひゃ! やめてよ! くすぐった……〜〜〜っっ!! ばか!」
ぶべらっ!
……ぬわああああ!! 火山灰が顔にいいい!!
「あはははは! ピカチュウの顔めっちゃきたなーい!」
くそ、拭いてもまだザラザラするな……ワニノコ、水で洗い流してくれ。
「ワニィ!」
あー気持ちいい。
さすがワニノコ、あっちの自称ワニノコの人間と違ってちゃんと技が使えるんだもんな。
「ワニワニィ!」
「自称じゃないもん!」
体の動きは似てるな……やっぱりワニノコだわ。
出てくるポケモンは火山を棲息としている種類が多くなり、ほのおタイプが半分以上を占めていた。
グレンタウンらしくなってきたわね。
噴煙の起こる火山の麓には街があるのも見える。
これまでは基本的に街と街の間には山とか森があったので、到着する直前までどんなところかわからなかった。
グレンタウンは半島の先っちょにくっついていて周囲も海なので、遠くからでもその様子というものを伺うことができる。
江ノ島的なあれだ。
規模は全然違うけど。
グレンタウンに近付くほど火山灰の降る量は多くなってきた。でも意外なことに、451番どうろにはそこまで火山灰が積もっていない。
どういうことかと思えばマグマッグみたいなポケモン達がウマウマと食ってた。
鉱物が飯のポケモンにとっては食べ放題みたいな状況になってるっぽい。
地元民から掃除屋さんとか呼ばれてそう。
でもいつもこんな状況だとグレンタウンの奴らは生活しづらいんじゃねえの?
え? 普通に生活してる?
人間って逞しいよなやっぱ。
でも洗濯物とかどうしてんだろ、室内乾燥オンリーだよなこんなの。
空は噴煙で覆われているのに、しっかりと明るい。
火山の街って聞くと薄暗い雰囲気なんだけど、実際は真逆で太陽燦々だった。
店の軒先でポケモンが人間に混じってのんびりしてたりする。甲羅干しするコータスや昼寝するポニータなんてのもいた。
これまで訪れた街の中で一番、ポケモンと人間が共存してる気がするわ。
もちろん他の街でもポケモンはいたけど、知っている奴らがたくさんいるだけでこんなにも変わるものか。
それにしても、俺が知ってるポケモンってこんな感じだった気がする。
何だろうねこの、郷愁の念……じゃないけど。
とにかくグレンタウンの周辺は、この時代においてはゲームのポケモンにかなり近い場所らしい。
──────
お兄さんはグレンタウンまでの道を気に入ったみたい。
モンスターと触れ合ったり、店を覗いて食べ物を買ってきたりと機嫌が良い。
いつもはもっとフラットに楽しんでいるけど、451番どうろに入ってからは結構テンション高い。
ホシノもそんなお兄さんにつられてテンションが上がっているのか、手を繋いでお兄さんにくっついて行動していた。
それにしても、お兄さんはリオレウスやグレイモンみたいな大きくて力の強いモンスターよりも、マグマッグとかサンドとか、そういう小さくて人気の薄めなモンスターを好きらしい。
2年も一緒にいるのに、そういう嗜好? みたいなのは未だに全然わからない。
というかお兄さんは隠し事が多すぎる。
なんでスパイクタウンのことは何も知らないのに、私たちが全然聞いたことの無い、ソーマにも一切情報の載っていないドリームランドについて知っている風だったんだろう。
古代──お兄さんの時代にはドリームランドと簡単に行き来できたりしたのかな?
ドリームランドと言えば……ノコが私たちの旅に参加した。これで旅の仲間は6人目だ。
お兄さん、ホシノ、私、アイリ、ナギ、ノコ。
普通ならあり得ない大所帯だ。
私もそうだけど、試練は一人でやるからこその試練だって普通は考えるし、ソーマでもそう言って批判している人はいる。
肝心の人にその声が全く届いてないのが笑えるけど。
メンバーにまとまりがないのも、このパーティの特徴の一つ。
原因は当然、いろいろな街を訪れる毎にトラブルに巻き込まれるお兄さん。
私が以前訪れた時にはそんな予兆すら無く試練をこなすだけだったのに、すごく変だ。
普通じゃない。
それなのに、その原因が私にあるなんて自信満々に言われるのは納得がいかない。
ウルトラビースト? とかいうモンスターと戦って怪我した時も、お兄さん曰く本物の神様を使って何かをしようとした人を倒した時も、ドリームランドをダークマターとかいうモンスターから救った時も。
全部お兄さんが勝手にやった事だ、人に責任を押し付けないでほしい。
あと、私とノコが似てるとかふざけた事を言われるのも正直ムカつく。誰かと似てるって全然褒め言葉じゃないよ。
どこが似てるのか小一時間問い詰めたいし、ちゃんと私のことを見てほしい。
あの大きな胸とか本当にムカつく。
「おっ……ホシノ見てみろ、金魚掬いだ。こっちだと桶に入ってるのか」
「わぁぁ! ほんとだー! ねえ、やっても良い!? 一回だけ!」
「良いよ、でも根無草の俺たちには動物は飼えないからなあ……」
「あ……」
「……大将、掬った金魚は中に戻しても良いんだろ?」
「もちろん良いよ、戻してくれるならこっちはむしろありがたいね」
「ホシノ、やったな! 金魚掬いができるぞ!」
「うん! よーし!」
「あー僕もやるー!」
「じゃあ二人で競争だな」
「よーし、それじゃあお嬢ちゃん達、このポイの紙が破れるまでは掬って良いぞ!」
「破れなきゃいつまでも良いってこと?」
「できるならいいっぽいな。でもホシノ達はこういうのできるかね」
「……とりゃっ!」
「……ほいっ!」
「あれ、君たち上手いのね……」
「兄ちゃん、ポケモントレーナーとかいうやつだろう?」
「そいっ! とうっ! うへっ!」
「何だその掛け声……ええ、まあ俺は確かにポケモントレーナーです」
「むむむ……うりゃあ! ぜああ!」
「お前も何でちょっとかっこいいんだよセリフが」
「羨ましいねえ、こんな子達に囲まれて」
「ハッハッハ! 良いでしょう!」
ホシノは……お兄さんとエッチな仲になったらしい。
よくわからないけど、二人でテントで何かしていた。
その様子を少しだけ見て、すごい胸がモヤモヤして嫌な気持ちになった。
──だけど、ホシノなら許せた。
いや、許せないけど我慢はできる。
最初にお兄さんを助けた、お兄さんにとっての光。
とても強い絆があるのを知っている。
「ピカチュウもやってみなよー! すごい楽しいよ!」
「おっ? ……じゃあやってみるか!」
「僕に勝てなかったら罰ゲームね!」
「俺をあんまり舐めるなよ? 分からせてやるわ」
でも、後から入ってきたノコがお兄さんとベッタリくっついてるのは納得いかない。ナギの方が先だし、アイリは更に先だし、私はもっと先だ。
お兄さんもお兄さんで、そういうのはもっと考えてほしい。何で後先考えずにホイホイ物事を決めてしまうのか理解できない。
ノコがキライなわけじゃ無くて、順番をちゃんと考えて動いてほしい。
…………私って、こんな面倒な人間だったのかな。
お兄さんはこういう面倒なの嫌いかも……
「ガゥゥ」
「え?」
リザードンが肩に手を載せていた。
私の二匹目の相棒。
ピカチュウの次に出会ったパートナーが、強い眼差しで何かを訴えていた。
「考え過ぎは良くないホ」
「考え過ぎ……」
「ありのまま、やりたいようにやるのがお前のためだって言ってるホ」
「リザードン……そうなの?」
「グルゥ」
「ありがと」
「ガゥ」
──────
「お兄さん、私も掬うのやりたい」
「お? 見ろレッド、もう金魚いねえよ。ノコちゃんに格付け完了しちゃったかなあ!? がはははは!」
「…………」
「ああああああ!?」
レッドは青年が捕まえた金魚を全てひっくり返してしまった。持っていた器にギチギチに詰まっていた金魚は桶の中に解放されて一安心したようだ、再び青年に捕まらないように、桶の反対側に一斉に避難する。
ひっくり返された器とレッドを交互に見る青年。
「全部逃すことねえだろ!?」
「残しとかないのが悪い」
「はい、じゃあ手元にいなくなったからピカチュウの負けね!」
「────納得いかねえ!」
「兄ちゃんよお、そんな事にいちいち怒るんじゃねえよ……」
「ぐや゛じい゛!! …………ん?」
青年は四つん這いで地面に拳を叩きつけるぐらい全力で悔しがっていた。
ちょうど良いやとレッドがその背に座り、金魚を掬おうとして一発で破けたポイを見つめていた。
「……破けちゃった」
「レッドちゃん、真ん中でやったらすぐ破けちゃうよ?」
ホシノもその背を椅子にする。
「おい、人様の背中を椅子にするとは良い度胸だなお前ら」
「動かないで」
「はい……」
レッドにそう言われてしまえば逆らえない。
青年は大人しくその場でベンチとして機能しはじめた。
ホシノはレッドにどうすれば上手く掬えるかをレクチャーしている。
「こう?」
「そうそう、紙は破けやすいからね〜。なるべく優しく、容器を水面に近付けてやるのがコツだよ〜」
「分かった」
「もう良いかー?」
よいしょと背中から降りてプールのそばにしゃがんだレッドは、2本目のポイを受け取って金魚掬いを再開する。
水面のすぐ下にポイを固定して、金魚が上を通った瞬間に優しく上に持ち上げて器に入れた。
意外とあっさりと取れたことに驚いて、隣で中腰になって見ていたホシノの顔を見上げる。
「……とれた」
「おめでと〜」
「すげえじゃん! これは記念日にしなきゃな!」
無表情のまま高い高いされるレッド。実際はふんふんと少し鼻息が乱れており、興奮していた。
目尻が下がったポケモントレーナーを見て、ノコがホシノに耳打ちをする。
「ピカチュウって……レッドのお兄ちゃんとかじゃないよね? 髪は同じ色だけど」
「うへ、なんて言えば良いのかなぁ……親バカみたいな……でもちょっと違うし……おじさんには上手く表現できないや、あはは……」
「ピカチュウってやっぱりおかしいよね」
「それは間違いないかもねぇ〜」
「よーしよし! レッドは可愛いな!」
「ん」
途中から金魚掬いとか関係なくレッドを褒め始めたが、レッドも満更ではなさそうにしているので何の問題も無かった。
問題があるとすれば、いつまでも放っておかれている乙女たちがイライラし始めた事ぐらいだった。
ゲシゲシとローキックが青年の脛をいじめる。
「あいつらはいっつも同じことを繰り返して、良くもまあ飽きないものだホ」
「ガルァ、グルルルゥ」
「あいつらというかあいつ? ……まあそれはそうだホ」
「グルァ! ルルルル……ガァウルルル!」
「昔から変わらずスペックが高いだけのバカ……結構辛辣だヒホ」
金魚掬いとは別に、トサキント掬いというものもあった。こちらは桶ではなく池を用いて行うもので、使うのは通常とは比べ物にならないほど大きなポイ。紙の厚さも相応に厚く、何なら重量だってかなりある。
それをノコは細腕で必死に持ち上げようとしていた。
ポケモントレーナーにまたもやら焚き付けられたのだ。
「ぐぎぎぎぎぎ!!」
「ノ、ノコさん? 女の子がそんな声を出すのは端ないわよ?」
「うぬぬぬぬぬぬ!!」
「あは──っはっはっはっは! いひひひひひ!」
肝心のポケモントレーナーは腹を抱えて笑っていた。
おちょくられたことに気づいたノコはギャーギャーと喚き、背中を叩く。
そもそもトサキントを掬ってどうするみたいなところがあるので、屋台のオッちゃんも冗談で置いているだけだった。
「僕のことを何だと思ってるんだー!」
「ごめんごめん、反応が良いとつい揶揄いたくなっちゃうんだよ」
「遊んでないでそろそろ行くわよ」
「ねえナギ! ピカチュウって性格悪くない!?」
「悪くはないけど、良い性格してるわよね」
──────
「久しぶりに帰ってきたけど変わらないなあここは」
火山灰の積もった地面。
その火山灰を食べて掃除してくれるモンスター。
火山灰を集めてビードロを作る人。
かざんばい饅頭なる土産物を作って販売する人。
地元民なのにソレを買って頬張る人。
火山由来の温泉。
地熱で過ごしやすい気温。
「本当に……変わってない」
家に帰れば、親父と母さんがいた。
帰る連絡は入れてたわけだし、そこまで驚いてはいなかった。だけど、柔らかく微笑んで迎え入れてくれた二人を見た時、俺の帰る場所はここしかないんだと分かった。久しぶりの夕飯、母さんはあらかじめ準備してくれていた。
目玉焼き、パン、コーヒー、サラダ、俺が食べてきた奇天烈な食材どもと比べてあまりにも普通で、笑いが込み上げてくるほど普通で……おかわりまでしてしまった。
お風呂に入って、ソファに座っていた二人と話をした。俺の、人生を賭けた試練の話。
オーキド博士に連れられて回ったアッシュ、カオス、フィナーレ、そのどれもが未知で溢れていた。
目を閉じれば、見てきた光景がすぐに思い出される。
この地方にはいないカンムスのような亜人種や、同じようにいるリオレウス。
全く違う生態系の中でも人類というのは存在することが出来ると知った。
街を作り、子供を作り、文化を築いていく。
それが人の強さであり、積み重ねられてきたものがあった。
博士は歴史を考察する歴史家でありながら、未知のモンスター達の正体に迫るために多くの遺跡を発見した、この時代で最も偉大な探検家でもある。
俺が何故そんなオーキド博士に師事したのか。
それは、俺も同じだったからだ。
子供の時、暴風雨の吹き荒れる中で見た巨人。
幻なんかじゃなくて、確実にいたんだ。
アイツをもう一度必ず見つけ出し、世界に知らしめる。それこそが、俺がこの地方を飛び出した理由だった。
別の地方ではプレイヤーという呼称は無くて、ドラゴンスレイヤー、ハンター、サマナーなど、それぞれの呼称があった。やってる事に大差は無いけど、変な道具を持ってたりする。
俺が生活する上ではそこまで問題は無かった。結局はジムで依頼を受けるのと大差無い。
大変なのはフィールドワークで、タイプやわざのわからないモンスター相手にだいぶ苦労した。
探索する場所はジャングルや孤島、時には砂漠まで。
霧の奥に見えた天まで届く塔だけは、二人とも足が進まなくて引き返さざるを得なかったけれど。
博士の数十年の旅のほんの一部を共にしただけだった。それでも……本当に素晴らしい体験だった。
博士には感謝しても仕切れない。
ただ、俺たちは二人とも夢に敗北した。
二人とも、それぞれが追っているモンスターの名前の一文字すら見つけることができなかった。
敗北して……それでも、多くの得難いモノを掴んできた。
現地では、色々な人の助けがあってようやく遺跡に辿り着くことができた。
満足だった。
あれだけ多くの遺跡や各地の文献をあたっても情報が手に入らなかったんだから、それはもう俺たちの落ち度じゃ無い。
俺たちは──そう、満足な気分で探索チームを解散した。博士は故郷へ、俺は探索とは別に少しだけやり残したことがあったから旅を続けていた。
去年、博士から唐突に連絡があった。
モンスターの名前が分かったと。
故郷に向かったはずの博士から何故そんな連絡が来たのか、一瞬戸惑った。少し考え、マサゴタウンに文献が残っていたのだろうと理解した。
お祝いの言葉を届けようと通話をして、理解が吹っ飛んだ。
一人の人間からもたらされた情報だなんて言うからだ。
その人間はポケモントレーナー。
別の地方にいた俺も多少は知っている、なんか色々やったらしい。
そのポケモントレーナーと接触して、フリーザーというモンスターであったことを知ったらしい。大層嬉しがっていたけど同時に、悔しそうで寂しそうだった。
その気持ちは痛いほど分かる。
人生の半分を捧げても得られなかった成果が、いきなりポンと湧いてきたのだ。
マサゴタウンの上空を永遠に飛び続けるモンスターの謎を解くという、最初の命題。その答えが、なんかよく知らん奴からいきなり出てきた。
もうヤケクソで、色々な情報を引き出したらしい。
一つ気になるのは情報の正確性。
適当に言うだけなら誰にでも出来る。大事なのは、それが本当にそのモンスターを表しているのかということ。
……探検してさまざまな遺物や遺構を見た俺たちしか知らない、ソーマのどこにも無いはずの情報を何故か知っていたらしい。
就職先だってほとんど決まっているし、もうこれ以上独自で研究しても先は無いと考えていた。なのに、そんな事を聞かされてしまったら……
自分のサガから逃げることはできない。例えポケモントレーナーがあの巨人について何も知らなくても、聞くだけ聞いてみたい。
そう思った矢先の失踪。
オーキド博士は村の子が嘆いてとかどうとか言ってたけど、そんな事はどうでもよかった。
期待からの落胆、俺は失意のどん底だった。
満足したと思っていたが、やはり心の奥底ではあの巨人のことが知りたかったんだ。
「ダイゴ、良かったわね」
黙って聞いてくれていた母さんがそんな事を言った。
良かった?
「この街に来てるんでしょう? ポケモントレーナーさんは」
頷く。
何ならすでに一度話した。
でも、巨人のことは聞けなかった。
何気ない会話でぽろっと正体が明かされるのかと思うと、質問が口を突いて出てこなかった。
関係無いことを話しているうちに時間が経ってしまい、ポケモントレーナーの仲間達から遠目に「なんだあいつ」みたいな目で見られてるのも分かっていたのでひとまず退散した。
彼は何故か俺が幼馴染のところへ飛んで行くと勘違いしていたけど。
……それにしても、5人も女の子を連れて旅をするなんて、本当にとんでもない人だった。
「お前も向こうで彼女とか作ったりしてたのか?」
そんな暇あるわけないだろ、遊びに行ってたわけじゃないんだから。
「彼女は大層お怒りだったけどな」
……気が重いなあ。
──────
451番どうろの終端には鳥居のような入り口が建っている。
門番も何もいない。
好きに入って、好きに出て行ける。
安全性の高さが透けて見えるようだった。
街の周辺にいるのが、ポケモントレーナーの知っている種類ばかりな事も関係しているだろう。比較的穏やかで、人と共存できる可能性の高いモンスター達。
知っている街の、知らぬ未来。
良い空気を吸っている青年が機嫌良さげに、大股で入り口を通り抜けた。
笑顔で迎えるのは街の人だろうか、通る人々に挨拶をしている。
「海、温泉、ポケモン──楽園はここにあったんだ! ああ、この街をポケパラダイスと名付けよう!」
「──旅の方、グレンタウンへようこそ!」
「…………すげえ歓迎ムードだ! 観光地として発展してるんだな! 金銀からは考えられねえわ!」
「おじさんが前に来た時もこんな感じだったね〜」
「コトリタウンと同じで温泉があるようね」
「おっきなお風呂あるかな……」
「すごーい! これがニンゲンの街なんだね!」
「ししょー、きんぎんってなんですか?」
「うぇっ!? ……き、金銀は……あれだよほら……うるせえ! 勘のいいガキはこうだ!」
「むわにゃああああ!!」
「うへ、またなんか隠してるんだ……」
「隠す気ないでしょうあれは」
「にゃああああ! し、ししょー! こんな所でそんな……!」
「──お兄さん?」
「あなた……死ぬ?」
「ま、待て! やってない! 変なことはやってない! …………ん? なんか変な声が……」
『ディグダ、ディグダ、ダグダグダグ』
『ディグダ、ディグダ、ダグダグダグ』
『ディグダ、ディグダ、ダグダグダグ』
「──どわああああああ!! なんだああぁぁぁぁぁ…………」
「ピ、ピカチュウがディグダに連れてかれちゃった…………はっ!? みんな、どっどどどどうするの!?」
「はあ……着いて早々トラブルに……」
「ナギちゃん、ニヤけてるよ〜」
「……あなたこそ」
「ししょー! 後で追いつきますからね〜!」
「いいなあ……私もディグダに運ばれたい」
「……そうか、これが君たちの『いつも』だったんだね?」
凡そ一年ぶりの感覚に、四人はニヤけるのを止められなかった。
懲りねえなあという表情のリザードンだけが肩をすくめた。大笑いするヒーホーくんを背に乗せて、ノシノシと後ろをついていく。
ノコは、ワニノコとフワンテが逸れないようにその腕を取った。
「──よーし、みんなおじさんに着いてこーい!」
一行はほのおの街、グレンタウンに到着した。