「起きて、お兄さん」
朝、聞いているだけで心地いいレッドの高めの声で目が覚める。心地いいのでそのまま二度寝した。
すぐに、ペチペチと額を叩かれて起こされた。
なんだ……朝は眠いんだぞ?
朝を大事にしろ……
「ちゅー、ちゅーした」
なにが……?
……あぐっ……おごっ、お、お腹の上で無表情で跳ねるのやめれ……
めっちゃ興奮してるじゃん……何がこんなにこいつを湧き立たせてるんだよ……
朝からどんだけ元気なんだよ……
「起きて」
起きた。
やっぱ肉体を操れるのは強いな。
それでどうした?
「昨日チューした」
してないよ。
「した」
夢だよ、あれは夢なんだ。
酒が見せた夢。
「ばか」
なあ、子供がお酒なんか飲んじゃダメだろ?
「…………」
どうして飲んだんだ?
身体に悪いってずっと言ってたじゃん俺。
酒は興味本位で飲むものじゃ無い。
「だって、2人が飲んでたから」
……そっか。
次からはあいつらが飲んでても混ざっちゃダメだぞ?
大人になったら好きなだけ呑んでいいからそれまで。
「うん」
よし、じゃあ顔洗いに行こうか。
時間を確認したらまさかの朝5時。昨日早めに寝たからって早起きすぎだろ。
それで寝ている俺を起こすとか許せな……いこともない。
窓から見える庭園は霧に包まれていて、ポケモンたちも眠りについているのか静けさが漂っていた。
乙な光景だ。
──突然、何かが俺の全身を貫くような感覚があった。
「お兄さん?」
霧の奥から、清廉な気配を感じる。
指向性の高いそれはレッドには感じ取れないようだったけど、敵愾心は無かった。
純粋にこちらを観察しているだけで、視線そのものには意図は無いっぽい。
不思議そうなレッドを連れて、早朝の散歩に出かける。
温泉がある事で立ち上る湯気が街全体に霧となってかかっていた。
これは──
「お兄さん……」
直感に従うままに、ひとけの少ない街を2人で歩く。
意外と気温は低く無い、地熱のおかげか?
昼間とは全く違った雰囲気を纏った街。
白み始めた空。
ジョギングするおっさんがいるくらいで、ほとんどの人間は眠りについているようだ。俺もレッドに起こされなかったら普通に寝ていたし。
30分ほどで散歩は終えた。
朝からそんな頑張る必要ないしな
視線の主も接触しようという気は無いらしかった。
なんなんだろうあれ。
戻ってもまだ時間的には早いので、寝室に戻って布団に寝っ転がる。ナギたちはまだスヤスヤと寝ているようだ。
ノコの寝相が悪すぎてアイリが潰されそうになっていたのでそこだけ整えた。もちぷにの額がめっちゃハの字に寄ってたぞ。
「そっち」
あーれー。
グイグイと押されて空いた隣のスペースを確保したレッドと向かい合う。
最初にこの街に来た時はどこの宿に泊まったんだ?
「これ」
タブレットで見せられたのは、プレイヤー専用の宿泊施設。
レッドらしいと言えばレッドらしい選択だった。
その頃は無表情で生活してたんだろうなってのが透けて見える。レッドのジムリーダー戦の動画とか見たけど、ほぼ能面だったし。
「楽しくなかったから」
えー?
俺だったら10歳からポケモンと旅出来るってなったらめっちゃ楽しかっただろうになあ。
レベル1から育成だろ? 愛着も湧くし
「お兄さんと一緒に旅を始めたら……」
ホワンホワンホワンとレッドが妄想を始めたのが分かった。
……俺と最初に出会ったのがレッドだったらそもそも一緒に行動しなくないか?
「うるさい」
怒られた。
腹いせにノコをくすぐった。
「んうう、やめてよお」
フニャフニャと文句を言うノコからは刺々しさというものが一切排除されていた。
圧倒的に闘争に向いていない精神性が反映されたような姿。
ここから俺のライバルになるってマジですか?
もっと尖りつくせよ。
すでにゆるキャラはいるんだから。
「?」
ふわふわでゆるゆるのゆるキャラは1人でいい!
「ゆる……?」
うちのレッドはいずれは全国人気一位のゆるキャラの座を獲得するんだ!
「病院いこ?」
別に頭の病気とかじゃ無いから。
こいつからライバル感じゃなくてゆるキャラ感が出てるせいだから。
「ゆるキャラってなに?」
ご当地イメージキャラクター、って言っても分からんか。
その街を象徴するモンスターみたいな感じだよ。
「私たちだと……お兄さん?」
え? だからレッドだろ。
「え?」
え?
…………ファイッ!
「君たち、そんな事で朝から討論してたの?」
は? そんな事ってなんだよ。どう考えてもレッドがうちのメインだろ。こいつがいなきゃ旅は始まらなかったんだぞ。
「違う」
いいか? 俺はホシノのパートナーだから、ホシノが別の街に行くって言わない限りは動かなかったぞ。俺とホシノはあくまでレッドにくっついて来ただけだ。今までも、これからも。
「ええ……自分のことそんな風に考えてたの?」
事実だ。
俺の主観が俺にとっての事実だ。
……なんでそんな嫌そうな顔してんの?
「嫌っていうか……なんか違う」
なにが?
「僕が見て来た君はそんなんじゃ無かった」
そんなこと言われても俺の根っこはどこまで行っても凡人だし……チートを手に入れたからって心が強くなるわけじゃ無いじゃん? 自分から動いてるように見えてるのはあれだよ、車に乗ったら人格変わる人みたいな感じだよ。煽り運転だよ。
「よくわかんないけど……そういう事言って欲しく無いよ」
…………そっか。
じゃあこの話はやめよう。
レッドがゆるキャラって事でおわり!
「ちがう」
「ばかー! 蒸し返さないでよ!」
いやー美味しく朝ごはん食べられそうですねえ!
……おい、脛を蹴るな! 弁慶ですら泣くんだぞ!
──────
俺はポケモントレーナー、ナギと共に試練を受けるモノなり。
すいませーん、試練受けたいんですけど。
「ポッ…………!」
話しかけたら受付の子が倒れて裏に運ばれてった。
大丈夫かよ。
「ポケモントレーナーだ……」
「本当に来てたんだ」
「ナギちゃんもいるぞ」
「サイン貰えないかな……」
ヒョエッ……次の受付嬢! 次の受付嬢はまだか!
お客様がお見えになってるんだぞ!
「申し訳ございません、私が対応いたします」
ヨシ!
ナギと一緒に海岸に向かうことにした。
ナギはなんだかんだでフワンテと試練をこなすのは初めてだ。これまでもバトル自体はちょこちょこやってたけどな。
フワンテってぶっちゃけ風船だし、子供誘拐したりするし、何考えてるかわからないところがあるんだけどナギはある程度わかるらしい。
やっぱ不思議ちゃんだからかな。
いてっ。
無言で蹴るのやめろ、怖い。
俺はナギに拘束されていた。
もう少しやわらかく言うと、ナギと腕を組んでいた。これはねえ、ナギちゃん大好きクラブが黙ってませんよ。あれ、ナギちゃんラブラブクラブだっけ、ナギちゃんファンクラブだっけ?
どうでもいいや。
ノコ、レッド、アイリ、ホシノは今日は別で行動するらしい。つまり、年上2人組と年下4人組ってわけだ。あっちにはレッドがいるし大丈夫だろうけど、こっちはなんか不安があった。一言も喋らないんだもんよこいつ。
デートじゃない、連行って感じだ。
……おい、お前ら面白そうなもの見つけたみたいな目で見るのやめろ。
凄い変だ。
何が変って、俺は別にナギのパートナーとかじゃないのになぜこいつの依頼に付き合わされてるんだ?
せめてこいつがもう少しコミュニケーション取る気を出してくれれば良いんだけどさあ……なんかずーっと心ここに在らずって感じなんだよね。
怒ってないからまだマシかもしれない、という現実逃避。
まあ依頼に付き合わせる云々を突き詰めると、俺も高額依頼受けるためにレッドを付き合わせてたりしたから藪蛇になる。
これ以上はやめよう。
海岸には451番どうろと同じく砂浜や岩場が広がっている。ただ、所々抉れたような痕跡や半端ない広さの燃焼痕があるのできっとバトルの名所なんだろうな。
依頼の内容としては、サメハダー20匹の討伐。
20匹ってなんだよ。
大量繁殖してんのか?
バッジ一個しか持ってないやつにやらせるレベル超えてるだろ。
そんでナギはベンチに座っちゃったから俺も隣に座るしかない。
「依頼は良いのか?」
「…………イヤな風ね」
問いかけを無視、太ももを枕にされてしまった。
バブちゃんなの?
やりたい放題なの?
これじゃあ試練じゃなくてただのお散歩デートだよ。
まだ霧のかかっている海に入るのは厳しいのでしばらくのんびりしていると、別のプレイヤー達が海岸に現れた。
みんなポケモンを伴って、緊張感のある顔付きをしている。
ラプラスやホエルオー、スターミーと海へ出ていき、ヌルヌルと海の中を進む。沖の方まで出た頃だろうか、海中から現れたでかい足と戦い始めた。
「おいおい……」
クラーケンかなんかか? フィールド的にまずいんじゃ……
そのまま見ていると、劣勢になり始めた。
頑張れよ、試練を乗り越えろ。
俺は信じてるぞ。
「──助けてあげないの!?」
誰だよいきなり。
「わ、わたしは誰でも良いでしょ! ……じゃなくて良いんだよ! 目の前で困ってる人がいたら助けなきゃダメ……だ!」
助けてやれよ。
「先にいたのはアンタでしょ! ……だろ!」
押し問答する気は無いんだけど……俺、試練にはなるべく手を出さないって決めてるんだよね。人は弱いから、痛めつけられなきゃ強くならない。そういう考えで設定されてるのが試練だろ?
そうでなきゃ、簡単に人が死ねるようなモノを試練に設定する筈がないし。俺はそのコンセプトに賛成だし、それはきっと、この世界で人が文明を築くのに必要なプロセスなんだろう。
10歳にやらせることじゃないけど。
「……やっぱり信用できないじゃないか! こんなやつの為に準備なんて!」
何? 準備? お誕生日会でも開いてくれんの?
「なんでもない!」
ところで、あいつらは助けなくて良いのか?
「言われずともだ! ナギ先輩! 見てろよ!」
え? 知り合い?
「…………」
ナギはいつのまにかツラッとした顔で隣に姿勢よく座っていた。
ファサッと髪を靡かせてカッコつかせてる。
なんだこいつ。
お前さっきまでのはどうしいででででつねるなつねるな太ももつねるな!
「じゃあいくぜ!」
まさかのパートナーはマグマッグ。
海にずんずんと進んでいくのを見て、流石に沈むっしょ(笑)とか内心と思っていたら普通に進み始めた。マグマッグの体から分泌される高温の粘液が海水と触れてジュウウとやばい音を立てる。
……くっさ! 海水の蒸発する匂いくっさ! ヴォエエ!!
おいおまっ! なんでこれ嗅いで大丈夫なんだよ!
ナギもお前スンッてしてるけど涙目じゃねえか! ほら、俺の服に顔埋めて良いから!
……お前は臭くねえのか!?
「鍛え方が違うのだ!」
鼻栓してんじゃねえか! ズルすんな!
というかどうやってアソコまで進むんだよ!
「わたしのマグマッグはすごいのだ!」
ハム太郎かな?
……うわ、すげえ。
あのマグマッグ確かにすげえわ。
海に橋をかけてる、しかもかなりの速度で。先ほどの粘液が海に触れると即座に固まるようで、キラキラと輝く道が出来ていた。
あの女の子が走るよりも早く橋が作られていく。
「いまたすけるぞ!」
おお、まさにヒーローだ。
……でも、そんな簡単に手を出して良いのかなあ。
別に助けてもペナルティとかは無いんだろうけど、もう少し頑張ってからでも良いんじゃ……
あっ、さっきまで劣勢だったのが盛り返してる。
……ああ〜辿り着く前に終わっちゃった。
あの子すげえ気まずそうだし……どうしたら良いのかわからなくてオロオロしてるじゃん。
プレイヤー達もなんか驚いてる。
そりゃ驚くだろ、なんか橋かけてオロオロしてる奴がいるんだから。
……なんか胸張って堂々と言ってるな、言いくるめか?
試練を達成したプレイヤー達を引き連れて来たあの子は、何も言うなみたいな顔をしてこちらを見ていた。
俺は空気の読める男だ。どうぞお先にとジェスチャーで示すと、なぜかプレイヤー達が湧き立った。
「すげー! ポケモントレーナーにナギさんまで見に来てくれてたんだ!」
「これからも頑張らなきゃね!」
????
「ほ、ほら見ただろ! 見込みのある奴は見に来てるんだよ!」
「いつもキャラ崩れてるとか思っててごめんなさいアスナさん!」
「これから俺たちもっと頑張ります! ポケモントレーナーさん、ナギさんもありがとうございます!」
?? …………おう! あのでかいタコ倒せるなんて大したもんだ! 頑張れよ!
キャーだのイェーイだの言いながら楽しそうに消えていった。なんだったんだあの子達は。
十中八九お前が何かしただろ、グレンタウンのジムリーダー。
「……知ってたのか?」
いや、知らなかったけど知ってたというか。髪型と名前とタイプとポケモンで理解できたというか。
「はあ? どういうこと?」
「彼の言うことはあまり気にしないほうがいいわよ」
「ナギ先輩!」
「直接は初めましてね、アスナさん」
ジムリーダー仲間か?
──────
よくわかんないけど、アスナはナギがジムリーダーになった直後にジムリーダーになったらしくて、それで先輩と呼んでいるらしい。
暑苦しい奴だな。
しかも今はアスナの方がジムリーダー歴あるだろ。
「細かいことはいいの! ……いいんだよ!」
本当に口調が安定しない奴だな、もっと堂々としろよ。シンリンカムイとかほぼ人外みたいな見た目してるのに誰よりも堂々としてたぞ。
「カ、カムイを例に出すのは反則だし……反則だし!!!」
それじゃあ俺たちもそろそろサメハダーハンティングと参りますか。
ナギはどうするんだ?
「私はもう少し彼女と話してていい?」
いいよ。
……ナギの試練なんだから本当はナギがやるべきなんだけど良いか。フワンテだとやり辛いだろうし。
俺は仲間には甘いんだ。
「先輩、あの人どうやってサメハダーと戦うつもりなんですか!?」
「普通にやるんじゃ無い?」
「普通? そもそもサメハダーの場所をちゃんと探さないといけないんじゃ……」
ん〜……そこのシザリガーでいいか。シザリガー、なみのり!
「!? ……い、今、野生のシザリガーを操って……!」
じゃあちょっと行ってくるわ。
──────
「先輩……一年間、ドリームランドってところに行ってたって言うのは本当ですか?」
「ええ、そうよ。テッセンさんから? それともおじさんから?」
「……テッセンさんとカムイさんです」
「そう、あの2人が……アスナさん、信じられないかもしれないけど本当に私は別の世界にいたのよ」
「先輩が言うなら信じます! ……でも、あの人は? 先輩はあの人の何処に、何を見出したんですか?」
「…………一言じゃ言い表せない、とても不思議な人よ」
先輩はあの男、ポケモントレーナーのことについて説明してくれた。
テッセンさん達にはすでに共有してあるらしい。
遠い過去、私のおじいちゃんが若い頃よりもずっと昔。世界にどんなモンスターがいたのかも伝わっていないぐらいの、神話の時代。
あの男はそんな、想像すらできないようなところからやって来たという。
そして異能とでも言うべき、異変を見つけ出す運命力。鶏が先か卵が先かみたいな話だけど、ポケモントレーナーが行くところでは必ず異常事態が起きて来たって。テッセンさんとカムイさんが言ってたこともあながち間違いじゃなかったんだ……
でも、それなら家に引きこもっていて欲しいんだけど。
「私も彼にはそうしていて欲しいんだけど……いっつも危ない目に遭ってばかりで、私達じゃ全く制御できないのよね……」
ギャラドスみたいな人なんだ……
なんでそんな人と一緒に行動してるの?
「…………ふふ」
そ、その表情はまさか!?
……アレに!?
「悪い人じゃ無いのよ? 締めるべき時はちゃんとしてるんだから」
ええ……アレに……?
あんな、ナギさんのことを放っておいてどっか行っちゃいそうな男に……? しかも他にも女の子いっぱい連れてますよね?
「……放っておいてって、例の幼馴染にも当てはまるんじゃ無いの?」
あ、アイツは良いんですよ! 今も何処ほっつき歩いてるか分からないようなアホの事なんか!
……問題はあの男ですよ!
さっきの見ましたよね!? 英雄だのなんだのって言われてますけど、あの子達のこと見捨てようとしてたんですよ!?
「彼は本当に困ってる人の事は見捨てないわ」
あの子達だって、一歩間違えたら命が!
「……試練って、難しい仕組みよね」
…………
「この世界は試練ありきで成り立っている。そうしなきゃ生きていけない、人々を守れないほどにモンスター達は強大で……この海岸には奴らもやってくるでしょう?」
……そうですね、だからこそ私たちジムリーダーみたいな存在が必要なんです。
みんなを守れるような強いプレイヤーが。
「アスナさん、それだけじゃ……足りなかったの」
え?
「私は色々なものを見たわ」
旅の一部始終を聞かせてもらった。
世界を海に沈めるモンスター、時空を操るモンスター、世界を維持するために存在するモンスター。正直、眉唾物と呼ぶにふさわしい程度の信憑性でしか無いけど、それでも先輩は出会って来たと言う。
ソレらと戦って来た先輩は、ポケモントレーナーが預言者の一種であるとも。
「気を付けて、アスナさん」
真面目な顔で、本気でそんなことを考えていた。
私にはまだ分からないものがそこにはあった。
──────
海面が黒く染まっている部分を見付けて近付くと、そこには夥しい数のサメハダーがいた。
B級映画とか撮れるんじゃないか?
「シザリガー、みずのはどう」
「ザリ!」
「……何度見ても綺麗なもんだよな、ポケモンの技ってのはよ」
発生した波紋が水中を伝わり、サメハダーの群れに衝突した。多くは吹き飛ばされるだけだが、中には混乱したのか同士討ちを始める奴もいる。
無事だった群れは一斉にこちらを向き、牙を剥き出しにして突っ込んできた。
アレが時速120kmで泳げるというジェット噴射か。
「つるぎのまい」
「…………!!」
こうげきがぐーんとあがった!
「クラブハンマーで突っ込め!」
「シザァァァァ!!」
海面で右手を翳し光らせたシザリガーが突っ込む。海に落とされないよう、周囲に大量にいるサメハダーの背びれを飛び移っていくと、群れのど真ん中をドリルのように突き進んでいくのが見えた。
なす術もなく吹き飛ばされるサメハダー。流石に時速120km+シザリガーの速度で攻撃2段階上昇クラブハンマーと正面衝突したら一撃で瀕死になるらしい。
やがて勢いが弱まったシザリガーを、脇に抱えて一旦離れた場所に着水し、再びなみのりでサメハダー達の周囲を移動する。
「シザ……」
これが、私の力……? と言わんばかりに自らの右腕をじっと見つめてハサミを鳴らす。
ワクワクするよな、未知の力を実感するのはよ。
サメハダーは今の攻防でも怯まずにこちらに牙を向けている。数匹が頭部にエネルギーを溜めているのが見えた。
くるな、ロケットずつきが。
「シザリガー、だくりゅうで押し流せ!」
「シザァ!」
海底から泥ごと海水を巻き上げ、黒い波がサメハダーを襲う。
ロケットずつきで飛んできた奴すら、津波じみた壁には抗えず錐揉み回転して流されていった。
サメハダーとかいう殴っただけでダメージを強いられるポケモンマジ許すまじ。俺のシザリガーが傷だらけだ! 可哀想に……終わったら回復スプレー使ってあげるからな。
流石に群れ相手だと接触しない方がむずい。俺もぶん殴って吹き飛ばしたりはしてるんだけど、いかんせん数がね……倒しても倒してもキリがない。
20匹倒せば良い筈なのに、もはやどれだけ倒したか分からんほどだ。
まあサメハダー自体はそこまで強いポケモンってわけでもないので、野生で進化まで漕ぎ着けたうちのシザリガーちゃんにかかれば小指でチョンですよ。
……夏なら俺も海の中で戦ったんだけど、こんな時期に海水に浸かりたくねえよなあ!?
とりあえず群れが逃げるまで戦い、サメハダーがいなくなったところで先ほどマグマッグが架けていた橋がどんなんなのか見てみた。
太陽光を反射してキラキラしてるそれには大いに見覚えがあった。
……ガラスっぽいな。
「ソレは火山灰の成分だ!」
おお、そうなのか。
つまりビードロみたいなもんだな。
器用なことすんなあ。
確かにお前のマグマッグ大きいもんな、いっつも火山灰食わせてんのか?
「勝手に食べるの、さ! ……それより!」
なんでこの子こんなに声デカいの?
もうジムリーダーになって数年だよね? まだ肩に力入ってるの?
自分らしさはまだ見つけられてないの?
「……なんでソレを!? 何処かで言ったっけ!?」
「あなた、彼女と知り合いだったの?」
一方的に。
有名人だからな。
「……怪しいわね」
怪しくない! ポケモントレーナー嘘つかないよ! 信じろ仲間を!
「仲間としてはともかく……」
い、良いんだよ仲間として信じてるなら!
サメハダーの討伐証明はどうすればいい、俺はソレが知りたいんだけど。
「後で話は聞かせてもらうわよ?」
なんでそんなフレーバーな部分が気になってるんだよ……
「討伐証明は背びれの部分よ、そもそもジムリーダーが見てたわけだし証明する必要無いかもしれないけど」
「キチンと精算してくれ! ……あ、いや、ください」
きっと良いフカヒレになるんだろうな……
どっさりと海から回収した背びれを袋に纏めて、ジムへと向かう。ナギはアスナと旧交を温めるのかと思ったら一旦別れるらしい。
お前、今日はどうしたんだよ。
試練も結局自分じゃやらないし、ナギらしく無いぞ?
確かにフワンテだと難しいかもしれないけど、試練選んだのお前だろ?
「……ゆっくりしたかったのよ」
なら宿でゆっくりしてれば良かったんじゃないのか? わざわざ外出なくても……
「うるさいわね! 少しぐらい付き合いなさいよ!」
あ、はい。
魚臭い大量の背びれを納品する。
受付もちょっと顔を顰めていた。でもね、海水が蒸発してる時のあの匂いに比べたら大分マシだよ。
お金様を受け取って、街へと繰り出す。
……つまり今日の依頼は、資金稼ぎというより遊びの金だったわけだ。ナギもバッジの保持数はコトリタウンとスパイクタウンで二個な訳だけど、元ジムリーダーの特権みたいなので普通のプレイヤーよりは受ける依頼の縛りが緩いらしい。
まあそうだよな。
ジムリーダーが低ランクの依頼受けてたら、そのランクのプレイヤーは生活立ち行かなくなるもんな。
「コトリタウンの依頼を散々荒らしたあなたが言うと説得力があるわね」
2人で次の日までゆっくりした。
「あー、朝帰りだー」
その言い方やめろ。
というかホシノ、お前わかってたな?
昨日は朝から変だと思ったんだよ。
俺がナギの試練に付き添いなんて。
「おじさんの記憶には何もございませーん……ちゃんと相手してあげた?」
お前、良い女だよな。
「い、いきなり褒められるとおじさんも……ありがと? ──わっ」
こんな、褒められた程度で照れているのが可愛らしい。頭を撫でる俺のことを上目遣いで見てくるのもまた愛おしい。
最高の相棒だ。
……ナギ、お前も良い加減入ってこいよ。
部屋の前でウロウロしてたら変に思われるでしょ!
「れ、レッドさん達に知られたらなんて言えば……お風呂の事だって……あああ〜なんで勢いで行動しちゃったのよ、私のばかばか……!」
ポンコツになってますやん。
あ、仲居さんどうも……この子の事はお気になさらず。
……ほれ見ろ! お前が追い出したのか? みたいな目で見られてたじゃねえか!
「だ、だって……」
「ナギちゃんおかえり〜」
「あ……ホシノさん」
「そんな顔しないでよ〜、ほら、中入って?」
「……ありがとう」
優しく抱きしめ合った2人は友情を確かめていた。
うう……ええ話や……
「アイリちゃん達が待ってるよ〜」
居間では朝飯を前に3人が座布団の上で飛び跳ねていた。
なんだこいつら、人間からゴム鞠にジョブチェンジしたのか?
「おそーい」
「遅い」
「おそいです! お腹ぺこぺこでーす!」
五月蠅いデース! ミーは一番偉いんデース! ご飯の時間もミーが決めマース!
……やめろ! 座布団を取るな! 服を引っ張るな! 俺のおかずを持っていくな! 俺が悪かったから!
……贅沢は敵だという言葉を知らないのか!
これだから最近の若者は……
「良いから座って下さい! 私のとなりに!」
そんじゃあいただきますかね。
──────
この街には朝方、霧が発生するという特徴があるそうだ。
火山灰に含まれた成分が大気中の水蒸気と結びつきやすい事が関係しているとかいないとか。
あの視線の主は?
……ソレは知らない?
女将さんは生まれてからこの方グレンタウン住みで?
「もちろん旅はしましたよ? そこまで大した実績は積めませんでしたけれども」
いやいや、実績とか関係ないじゃないですか。一人一人にストーリーがあって、その中で手に入れたものはきっと、バッジなんかよりも素晴らしいものなんです。
まあ、俺はバッジすら持ってないですけどね。
「確かパートナーなんでしたっけ? 人間がパートナーになるなんて……しかも実際に戦うのはホシノさんなんでしょう? なんで逆にしなかったのか聞いても?」
目覚めた時に記憶が無かったからですね。プレイヤーとかパートナーとか知らないうちに登録してました。
女将さんはどんなモンスターをパートナーにしてたんですか?
「私は、451番どうろで出会ったカイロスと一緒に旅をしておりました」
おお、中々イカついですね。今はカイロスはどこに?
「前の防衛の時に……」
防衛?
なんの話ですか?
「ああ、知らないんでしたね。えーと、これが防衛です」
ごめんなさい、メガネ使えないんです。
「ああ、ニューラルリンクが使えないんでしたね。えーと……ここら辺に紙の資料も一部だけあったような……はい、これです」
ごめんなさい、文字読めないんです。
「……失礼ですが、どうやって生活されているのかしら?」
そりゃあ、おんぶに抱っこで仲間に世話してもらってますよ。
1人じゃ何もできないんで。
「てっきりお客様が皆さんの面倒を見られているのかと……」
無理無理、言葉分からないのって思ったよりきついんですよね。
「でも、姉から聞きましたよ」
へ?
「皆さんからとても頼りにされているとか。色々な街でご活躍されているのは、私のような情報に疎い者でも聞き及ぶところです」
いやそんな大袈裟な……
「謙遜なさらないでください。その歳で旅を続けるのは
これまでは良くない事と見られてきましたが、貴方の活躍で少し風潮が変わってきているんです」
俺も就職出来るならそれも嬉しいんだけどなあ……
あっそうだ。そんなに褒めるなら、もし就職先に困ったらここで雇って下さいよ。
正社員として。
「まあ! 願っても無い事ですね!」
ハハハ!! まあ無理ですよね、冗談です。
…………マジ!?
……や、約束しましたからね!?
「エエ、その時はぜひ! 良い宣伝にもなりますから!」
やったぜ。
俺の人生安泰だわ。
「まあ就職先なんていくらでもあるでしょうけれど……」
ホシノ達に自慢してこよっと!
そんじゃあ失礼しまーす!
「あ、防衛の話を……行っちゃった。読んで聞かせるぐらいしてあげるのに……」
本をぱらぱらとめくる。
数年前に購入したソレは、とある事象に関するものだった。
自身が体験した、かつて見た光景を思い返す女将。
嵐の日の事だった。
──────
ロビーにいたホシノ達を見つけた。
おいホシノ! 俺の就職先が一つ見つかったぞ!
これで俺の人生も安泰だ!
「はいはいそうだね〜」
……おい、信じてないだろ。
本当だぞ! 俺がどこにも就職できなかったらこの旅館に就職出来るんだぞ!
「お兄さん……」
おいレッド、なんでそんな憐れむような目で見るんだ。喜ばしいことだろうが!
「はぁ……」
ナギ、今溜息ついた?
「師匠はもう少し落ち着いた方がいいです」
なんでそんな真顔で言うんだ!
「ピカチュウはなんでそんな必死なの?」
煽りか? 就活に必死になっている俺に対する煽りか?
お前は人間になって何年目だ? ん? 言ってみろ。
「いひゃいいひゃい! ぼ、僕にも優しくしてよー!」
軽く引っ張っていたほっぺを、皮膚の凹凸ですら傷つける事がないように丁寧に、ゆっくりと撫でる。
「うう……」
若干涙ぐみながらひっついてくるノコのチョロさに不安にさせられていると、なんか周囲からの視線がとげついていた。
ヒソヒソと声が聞こえてくる。
「下げてから上げる……」
「ろ、ろくでなし……」
「DV彼氏……」
な、なんでい!
うちのパーティーの事なんだから口出してくんじゃねえ!
そもそもさっきのだってポーズだけで、そんなに引っ張ってねえよ! 持ってたぐらいだ!
「暴力を振るってる人はみんなそう言うんだよね〜」
「あなた、ノコさんも女の子なんだからもう少し手加減を……」
や、やめろ!
盛り上げるんじゃ無い! ザワザワしてきただろうが!
ノコ! さっきの痛くなかったよな!?
「……ぷぃっ」
モルカー! モルカーじゃないか!
ここにいるのはノコじゃない、モルカーだ!
皆さん! 誰もほっぺたなんか引っ張られてませんよー!
「うへ、錯乱しちゃった……」
「この醜態も撮られてるのよね……せめて堂々としてくれれば良いのに」
そういえばダイゴ君は見かけないけど、どこにいるんだろう。
「いきなり正気に帰った」
「レッドさん、師匠の回復力はすごいですから!」
「知ってる」
「周りの人はドン引きしてるわよ……」
子供の頃……10年前くらいか? ソレくらいの時に、嵐の中で巨人を見たって言ってたよな。
……リオレウスとかみたいな、俺の知らないポケモンの可能性全然あるな。
ドリームランドのアカムトルムだってその気になれば島とか運べないかな……無理かな……
アン=イシュワルダならいけそう。
「ピ、ピカチュウ……もう良いよ?」
ん?
ああ、無意識だったわ。
ノコの髪を撫でていた手を止めると手持ち無沙汰になったので、コップを掴んだ。
室温の水を口に含み、時間を確認する。
そろそろオヤツの時間じゃん。
……出掛けようかな。
「え、お兄さんどこかいくの?」
うん? ちょっと世話になったところに。
「僕もいこーかなー」
くるか?
「行く!」
じゃあノコと行ってくるけど……あれ、お前らも行くの?
別に待ってても良いんだぞ。
「お兄さん、放っといたらまた問題起こすでしょ〜?」
「監視」
「そこに関しては信用してないわね」
…………プラチナむかつく!
──────
『これはDV彼氏だなあ』
『失望しました、ミクにゃんのファンやめます』
『こうやって女を依存させていくんだ』
『逆に言うとポケモントレーナーの周りに集まるのはこんな子ばかりなのか?』
『この子はアイリちゃんと同じ明るいタイプっぽい?』
『俺も旅を続けてればよかった……』
『無理だろ、ただでさえモンスターだらけなのに荷物も重いんだぞ……もうやりたくねえよあんなん』
『バトル下手すぎてパートナーに見捨てられた私が通りますよっと』
『つら……』
『元気出せよ。僕なんか金の力で良いパートナー手に入れたのに、全然言うこと聞いてくれなかったから、結局元のパートナーに頼み込んだけど無理だったよ』
『自業自得だろ』
『ポケモントレーナーさんはどんなモンスターでも自在に指示出してるよね……良いなあ、あれだけ出来たら楽しいんだろうな』
『でも、あのレッドでさえ四天王には勝てなかったんだからポケモントレーナーでも無理でしょ』
『レッドはあの頃より強くなってるって噂だぞ』
『どんな縁があったらレッドと一緒に旅をする事になるの?』
『運命よ! あれは運命だわ!』
『運命とか。風水ならともかく』
『そういうの信じちゃうタイプですか?』
『二つ名持ちを即座に用意できる人間が四天王に負けるのは想像できないなあ』
『あれもどういうカラクリだったんだろう……ドダイトスとかリオレウス』
『コトリタウンの者です。あのリオレウスは現在、周辺の野生環境を支配してるから本当にとんでも無いです。2度としないでいただきたい』
『でもナギちゃんに負けてるからね』
『どれだけ強くなってもその一言で片が付くのひどすぎる』
『ゴッドバードだったらしいねあの技は』
『あれが?』
『そんなわけない、ゴッドバードはあんな天候を変えるような技じゃないはずだ』
『じゃあ何の技なんだよ』
『知らない』
『解析の結果でゴッドバードって出てるから間違い無いよ』
『ジムリーダーってすごいのね』
そこでソーマを見るのをやめる。
自室で彼らに関する情報収集をしていた。
とは言っても、ソーマで集められる情報なんてたかが知れてる。本当に知りたいなら実際にその場に行かなきゃわからない。
世界中の情報が集まるって言っても、一般人には見られない情報なんてたくさんある。全てを見たいなら協会に就職して特別な地位につくか、ジムリーダーとして実績を積むか、いずれにせよあまり手段は多く無い。
だから、自分の目で見てきた。
巨人の謎を解き明かす、やっぱその夢は諦めきれなくて……話を聞きに行こう。
自室を出て、廊下を歩く。かつてこの家で生活していた時は毎日のようにこの光景を目にしていた。
あの巨人を目にするまで、俺は迫り来る旅の開始に辟易していた。
実家っていうのは居心地が良いもので、そこから出るのは嫌だった。危険なモンスターが待つ、未知の世界。
就職のために必要だなんて言われても、まだまだ遊んでいたい年頃の俺にはその重要性なんてまるで分からなかった。
周りの友達もみんな、めんどくさいだのパートナーがいないだのと、大体俺と同じような感想だったのを覚えている。
出かけてくる事を告げて家の扉を開けると、誰かが立っていた。逆光で最初は見えなかったけど、目が慣れてくるとその輪郭が見えてくる。
あの赤い髪はまさか……
「よお」
「よ、よお」
「帰ってきたのに挨拶も無しなんて、私も随分舐められたね? ……舐められたな?」
「……そんなつもりはないです、ええ」
「旅の途中で私をほっぽり出して1人で海外に行ったやつが、今更私の街に何の用なのだ?」
「本当にアスナちゃんなんだね」
「何で、今更……」
精一杯涙を堪えている目の前の少女は、若くしてグレンタウンのジムリーダーになったアスナ。
俺の幼馴染だった。
旅の途中までは同行していたんだけど、途中で別れた。
ほっぽり出したっていうのとは少し違うと思う。
「俺の人生の目標──今まさに、ソレに近づいているんだ」
「……」
「ポケモントレーナーさん、来てるんだろう?」
「だからどうしたの」
「あの人こそ、巨人の正体に近付く鍵かもしれないんだ」
「……この探検バカ! そんなにあの巨人が好きならあいつと結婚しちゃえば良いんだ!」
アスナちゃんが唐突に走り出した。
「あっ、おい! ……何しに来たんだ?」
「ダイゴ」
「親父……いってええええ! 何すんだ!」
「早く追いかけて来い!」
「え、でも俺」
「追いかけなかったら2度と家に入れないからな!」
バタン! と乱暴に扉が閉じられた。
意外に足が速いのかあっという間に見失ってしまったけど、ジムリーダーなのでそこらへんの人に聞けば分かる。
中には昔馴染みや近所のおばさんなんかもいた。
「アスナちゃんならあっちだよ!」
「女の子泣かしちゃダメだろダイゴくん! あっちだ急げ!」
「懐かしいなあ、昔はこうして良く……」
「あの子はずっと待ってたんだぞ! これ以上待たせるな!」
なんか色々声を掛けられて非常に気まずかった。ただ、懐かしさも感じる。昔、アスナちゃんが泣いた時も、こうして探したなあ……
街中を駆けずり回って汗だくになった頃、アスナちゃんの体力に戦慄しながらやっと目的の場所に辿り着いた。
街の中を蛇行するように案内されて、本当にこの道で合ってんのか? って感じだったけど、菓子処にいた。
「ダイゴくん、久しぶりだね」
「あの……アスナちゃんいます?」
店主さんは相変わらずセンスの無い名前をお菓子につけているようだった。
そして、あの頃は赤ちゃんだった娘さんがお店の手伝いをするくらい大きくなっている。
これには時間の流れを感じざるを得なかった。
アスナちゃんも随分大人っぽくなってビックリしたけど、あの赤ん坊がこうなるのか、なんて感慨深かった。
「もちろんいるよ? ほらあそこ」
「えーと……あ」
ポケモントレーナーさんが仲間と共に店を訪れていた。仲間の5人はアスナちゃんを取り囲んで何かを話しているみたいだ。
その光景を見て何故か胸に少し違和感を覚えたけど、そのまま席に近付く。
「ダイゴくん……引き取ってもらっても?」
ポケモントレーナーさんが凄い気不味そうな顔をしていた。
話を聞くと、ポケモントレーナーさんたちは後から来たようで、アスナちゃんはその時1人で爆食いしていたらしい。
鬼気迫る様子に、話を聞いてみると俺の愚痴を死ぬほど垂れていたとか。
ソレを聞いていた仲間たちから、何故かポケモントレーナーさんの愚痴も始まって今に至ると。
兎に角、連れて帰ろう。
「アスナちゃん……」
「──アイツです! アイツ!」
ジロッと6人分の視線がまとめて集まる。あまり友好的とは言えないモノを含んだソレに、博士との旅でもあったなあこういうの、なんて思いながら手を挙げる。
「迎えに来たよ」
「…………」
「なんだ、ちゃんと来てくれたじゃないの」
「何年待ったと思ってるんですか!」
ガンガンと机に拳を叩きつける様子を見て、二の句を告げなかった。
そうだ、アスナちゃんはこんな怒り方をする子だった。
抑えようとして、ソレでも溢れた怒りが拳の震えに表れていた。
「帰ってきても挨拶無しで……人の気も知らず……」
ギリギリと歯を強く噛み締めている音が耳の奥へと突き抜けていく。
彼女の怒りに対して俺が思う事、それは──
これが、俺の選んだ道だという事。
目的の為には全てを振り切ってみせると決めた。
怒られたからと言って止まれるのでも無いんだよ。
コレが俺なんだ。
「ちょっとあっちで話そうぜ、ダイゴくん」
──────
2人きりで話した結果、どうやらダイゴくんの性質はアカギみたいなラスボスに近いものだという事が分かった。
目的のために全てを切り捨てることができる、そういう人間性を秘めていたようだ。
最初に出会った時はまったくわからなかったぜ。
いやぁいるんだな、こういう世界崩壊の芽みたいなやつが。
でも、巨人の正体を知りたい程度ならそこまで大事は起こさないだろうし放置かな。
コレがもし、世界を平和にしたいとか人々を幸せにしたいとか、ご大層な願いだったらハンサムさんを呼ぶ可能性もあった。
国際警察は今も忙しく世界中のウルトラビーストを殲滅している事だろうし、仕事は少ない方がいいからな。
ただ……直近の問題としては、ダイゴくんに対してジムリーダーアスナが抱えている不満というかそこら辺なので、世界が壊れるようなことが無くても関係無い。
しかもこの手の人間は、謝ったとしてもどうせ同じ事を繰り返すだけなので、あんまり意味が無いんだ。
俺も、パチンカスの同級生に金貸したら返ってこなかったので絶縁した経験があるからな。
ちなみに、ダイゴ君は巨人の正体さえわかればもう満足なのか?
「はい! ……いや、本当はもう一度会いたいですね」
そっかあ……ソレは俺じゃあ力になれそうに無いなあ。
「夢なんです。何よりも優先すると決めた、俺の人生そのものなんです」
こりゃあ極まってるわ。
でも、こうでも無いと幼馴染放置プレイなんてできないよな。
「お願いです、言われたことはなんでもします! ……だから、あの巨人につながる情報を……!」
重い重い重い!
別に君に求めてることとか無いから!
勘弁してくれ!
「お兄さーん、そっち話終わった〜?」
もうちょい待って!
今、暴走中です!
──なあダイゴ君よお、あんなに可愛い幼馴染放っといてまで探す価値のあるモノって中々無いよ?
「もう、通り過ぎた道です」
……それは……うん、間違ってるな。
ダイゴ君。
君は間違っている。
「何がですか?」
それは人間の価値観じゃ無いよ。
そっちへ踏み出しちゃいけない。
「踏み出すも何も、俺は元からこうです」
だからこそアスナちゃんの事をもっと大事にしなよって話なわけだけど。
「??」
やっぱこの世界やべえよな……倫理観がまともじゃないやつが社会に適応する前に野生の世界に放り込まれるとこうなっちまうんだ。
…………巨人の正体。
思い当たるヤツは当然いるけど、ソレを今のダイゴ君に伝えるのも何かなあ。
……そうだ!
「なんでもするって言ってたな。君がアスナちゃんとの関係をちゃんと改善できたなら……その時は巨人の正体について、俺が思い当たるやつの情報を教えてあげるよ」
「! ……わかりました、その程度の事で教えていただけるなら」
コレは長そうだねえ。
「ししょー、ダイゴさんとはどんなお話をされたんですか?」
あの2人と別れて店を出るとそんな質問が飛んできた。
まあ気になるよね。
俺たちは──
「そんなの……アスナさんがかわいそうです」
話を聞いたアイリは口を尖らせていた。
同じ女の子として思うところがあるらしい。
「何年も待っていたのに、肝心のダイゴさんはアスナさんのことを見ていないなんて……そんなのあんまりです」
個人間のことだからあんまり俺たちが口出しする事でも無いんだけどな。
ダイゴ君だってもしかしたら旅の途中に彼女作ってたのかもしれないし。
「うわ……」
「最低」
「デリカシーが足りないよ〜」
例えだ例え!
ゴホン、何にせよ人の事情にとやかく言えるほど、俺たちはダイゴくんの事を分かっていない。
あの性格だし、女とかまったく気にせずに進んできたんだろうとは思ってるけどな。
「ピカチュウが事情に首を突っ込むのが嫌なら、なんで条件をつけたの?」
あのままだとヤバいから。
どっかで致命的な事件を起こすぞ。
「そうなの?」
そうだよ。
「よく分かんないけど、ピカチュウが言うならそうなのかな……」
もう少し自分で考えたほうがいいと思います。
「みんなも分かってないよ?」
分かってないなら俺の意見を鵜呑みにするんじゃ無くてだな……
「良いじゃんリーダーの意見なんだから」
「うんうん」
リーダーじゃないよ!?
なんでお前らも頷いてんの!?
「じゃあ誰なの?」
強さ的にはレッド、まとめ役としてはナギかホシノだな。
記憶喪失の俺には荷が重すぎる。
「と、本人は言っておりますが」
……この流れはまずい!
脱出!
「逃げたわね」
「待て待て〜」
「リザードン、捕まえて」
「グルァァ!!」
本気じゃねえか!
……良いぜ、久しぶりに競走してやる!