俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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37_ワイルドハント、そして原初の……

「なんの音だ……?」

 

 腕組みをしてむっつりと考え込んでいた青年の耳に、ハッキリと警笛のような音が入り込んできた。

 忙しなく動き回っていた病院内の職員や、怪我人の家族で泊まり込んでいた人たちも耳を澄ませていた。

 ブルーとリザードンに異常が無いか確認する為に室内に入ると、ちょうど起きたところだった。

 ゆっくりと目を開いた少女に声をかける。

 

「起きたか」

 

「……なんのおと?」

 

 どうやらあの音につられて目を覚ましたようだ。

 暖かい空間で眠っていたことによって、雨風に奪われた体力も多少は戻ったのか顔色が良くなっている。

 

「わからない、だけどこれは良く無い感じだ」

 

「…………お姉ちゃんのところに行かなきゃ」

 

 重たそうに掛け布団を持ち上げて脚を下ろす。

 慌てて駆け寄った青年は焦りから少し大きな声を出してしまった。

 

「お、おい! まだ起きちゃダメだ」

 

「病室ではお静かに」

 

「あ、すみません……なあ落ち着けよ、心配なのは分かるけどさ? レッドだってお前がこんな状態だったらどう思うか」

 

「……分かったようなこと言わないでよ、たったの二年しか一緒にいないくせに」

 

「まあそうだけどさあ……」

 

 呑気な声を聞いて、ブルーは心がささくれ立つのを感じた。キッと睨み付けると、その気持ちをぶつける。

 素直なのがブルーの美徳であり、欠点でもあった。

 

「それがむかつく」

 

「どれ?」

 

「全然気にして無いって顔してるのがムカつくの!」

 

「あの〜」

 

 ジョーイさん似の女性が、少し不快そうに入り口から顔を出した。先ほども注意しましたよね? という表情をしている。

 ごめんちゃい……とシオシオの顔面を見せることで怒りを鎮めてくれたようだが、EYE HAVE YOUのサインをされた青年は心の底から震え上がった。

 今追い出されるのは洒落にならない。

 

 青年は、面と向かってムカつくと言われたけれど、本当に気にして無いんだからしょうがない。

 可愛いし、レッドの身内だし、原作でも目にしているキャラだ。嫌いになりようが無かった。

 

 癖のある性格も、方向性に若干の違いがあるような気はするけど原作通りと言えばそうだし、全然気にならない。スルメみたいなもので、この2ヶ月、出会うたびにチクチク言われ続けてそれが普通になっていた。

 ただ、本人にそんな事言ったら気持ち悪がるだろうし、実際すごい気持ち悪い事を思ってる自覚があるから言葉にはしない。

 そして2ヶ月もあれば、今、目の前の少女の様子が少々おかしいことくらい気付ける。

 

「なんで……そんな普通に話すの」

 

「普通ってのは──」

 

「もっと、嫌な人だったら……悪い人だったら……」

 

 青年は自分なりに目の前の女の子の事を解釈した。

 この子は、本当にレッドを愛している。少し人と感性は違っても、心の底から姉を守りたいと願っていて、それが行動に溢れているだけだ。

 青年にはやっぱり、この子を嫌うことはできそうになかった。

 

 布に皺が寄っている。

 しばらく黙ったままで薄い掛け布団を握っているのはブルーだった。パイプ椅子にかけた青年はブルーが行動を起こすのを待っている。

 なんにせよ、ここにいる青年にできるのは、このお転婆娘がどこかに走って行ってしまわないように見る事だけだ。

 

 これが無関係の、たまたま助けただけの人間なら「さーて、仲間のもとに行きますか」か「元凶を叩きますか」のどちらかになるわけだが、この少女の場合は極めて特殊だった。

 この子にもしもがあったらレッドが悲しむし、青年だって嫌な気持ちになる。

 ただ、悲観的な気分かというとそんなわけでも無い。

 青年の予想を超えて、ナギ達はオールドタウンの事件を主体的に解決していた。

 今のあの子達なら俺がいなくても大丈夫。

 そんな信頼を抱いていた。

 そんな身も蓋も無い事を口に出したら多分ボコボコにされるけど、それには考えが及ばない。

 彼は仲間に対して盲目的だった。

 

「……お姉ちゃんを助けに行かないんですか」

 

「行かない」

 

「なんでですか」

 

「俺がポケモントレーナーだからだ」

 

「意味が分かりません」

 

「ハハ、そうだよな」

 

 自分にだけわかっていればいい、そういう類の笑いだった。

 ブルーはますます青年が気に入らなかった。

 なのに、当の本人は優しい目を向けてくる。

 もう自分は冷静なので、この雨の中に突っ込んでいくなんて事はしないのに。

 そう話しても、1人にするわけには行かないと余計な親切心を発揮していた。

 

 プリンを人数分買ってきてサイドテーブルに置き、自分もチミチミと食べ、お茶を入れてはズビズビと飲み、ブルーのことを見守る。

 鬱陶しい。

 そう感じながらも、妙な気分だった。

 

 

 ──────

 

 

「ししょう……」

 

 ブルーさんと戦いに行った師匠が戻ってこない。

 あんな、意味の無い戦いをする必要なんて無かったのに。

 わざわざこんな嵐の中、私が心配してるのに出て行っちゃって……帰ってきたらおせっきょうしなきゃ。

 ……はぁ。

 

 師匠が今どこにいるかも分からない。

 ナギさんは大丈夫と言ってたけど、自分の腕を掴んでいた。

 やっぱり不安なんだよね? 

 コトリタウンで助けられてからずっと、師匠の後ろを歩いてきて……

 師匠がいない時、仕切るのはナギさんの役目──じゃ無いけど、意見をまとめたり方針を決めたりしてくれる。

 その判断基準の根本にあるのは、あの人ならどうするかという事だった。

 

 ナギさんは常識的な人だ。

 師匠を目の前にすると照れ隠しなのか少しだけツンとしちゃうけど、いつもは誰に対しても物腰穏やかで普通の範疇から外れない。

 私から見ても綺麗で、可憐で、素敵な女性。

 長年伸ばしてきた髪が太陽の下だとアメジストみたいに輝いて、師匠がいない時はいっつもナンパされてる。師匠がいる時はなんだかんだベッタリなのでそんなことないんだけど……

 

 ただ、普通じゃ無いことが起きた時にはナギさんもちょっとだけおかしくなる。

 本当に常識的な人は、危ない事に自分から近付こうとはしない。だけどナギさんはそういう危ない事を解決しようという提案をする時がある。

 コトリタウンで出会った時はもうちょっとおっとりしていたというか、落ち着いていた気がする。

 ──どう考えても師匠の影響だった。

 近くにいすぎたせいで、人間としてあるべき危機管理能力が薄くなっているような。

 ……師匠って、もしかして教育に悪いんじゃ!? 

 アイリは驚愕の事実に気付いた。

 

 ポケモントレーナーは子供の教育に悪い。

 仕事をしていただけの警備員を叩きのめし、警察に捕まって脱走し、下位ランク試練を独占したけど、そしてアイリもそれを知っていたけど、それでも今やっと気付いた。

 ソーマだと散々言われてる、そもそも女の子を5人も連れているやつがマトモなわけが無いって。

 

『教育に悪すぎて、息子にはあの人を見るのをやめるよう言わざるを得ない』

 

『旅ってそういうのじゃねえから!』

 

『なんであの歳で平然と旅を出来るのかわからない』

 

 娘息子がちょうど旅をしている親御さん達は、2年前から非常に悩ましい声を上げていた。20歳前後と見られるポケモントレーナーが旅を始めて、最初はみんな冷ややかな目で見たものだった。

 

 歴戦のジムリーダーテッセンが治めるフルオカタウンに突然現れた、マトモな名前すら持たない不審者。

 それが最初期の評価だった。

 当然だ。

 10歳で旅を始めて、実績を重ねて就職まで漕ぎ着けるのが常識のこの世界で、2倍の年齢で旅を始めようというのだから。

 しかし次第に、ただの不審者では無い事が明らかになっていく。

 

『ソーマを見てもそれらしきアカウントが無い……やはり偽名か?』

 

『メガネをしてる様子も無いね、特定されるのを防ぐためかな?』

 

『……あぁ〜そういう人ね〜……逆張りかなあ』

 

『メガネを持っていない!? そんな人間がこの世にいたのか!?』

 

『人生を賭けた逆張りだねこりゃ……』

 

 時には生殺与奪の権すら握りうる、人類文化の根幹にあるソーマ・メガネに依らない生活を送っている。支払いも、手続きも、みんな子供の頃からそれに頼っていた。

 ……使わない生活ってどんなんだ? 

 ……それで試練をこなしているポケモントレーナーってどんなやつなんだ!? 

 

 見てみたい、知りたい、繋がりたい。

 そう思うのも無理は無かった。

 例えるなら東京の都会にいきなり現れた知性的な原始人、しかもその原始人は都会生活に適応し、受験戦争を軽々と乗り越えていく。

 あまつさえ記憶喪失で、元いた場所の事さえ分からないと言う。

 そいつは誰も夢見た事が無い、憧れた事すら無い、通った事の無い険しい道をひた走る。

 迷いという言葉を知らないかのような足取りで進み続けた。

 

 一番狂わされたのは、旅で成功出来なかった少年少女だった。

 敗者。

 凡人。

 大した実績を残すことも無く、バッジもろくに集められず、就職先だって満足に見つけられ無かった。

 そんな子供がありふれている。

 勝つプレイヤーがいれば、負けるプレイヤーがいる。

 だから社会は成立するのだ。

 

 故郷に戻ってきて家の扉をノックする時、腑の底から冷えるような感覚を堪えていた。家に辿り着くまでだって、周囲が自分を嘲笑っているような感覚に陥った。

 親は優しく迎えてくれたけど、自室に帰ってリュックを下ろしたら……もう膝に力が入らなかった。

 

 ベッドに潜って悔し涙を流しながら、何で自分には才能が無いのかを嘆いた。

 パートナーを抱きしめ、謝るしか無かった。

 あの日、誓ったはずだったのに。

 試練をこなして、ジムリーダーを打ち倒し、全てのバッジを手に入れる。

 そして……王の位を冠する4人のプレイヤーすら超え、その先の頂へ。

 輝ける星が、確かにあの時見えていた。

 一等星は自分を祝福していた。

 

 涙を流しながらソーマを起動する。

 そこにはまさに今日、旅に出発したばかりの少年少女がパートナーと笑顔を浮かべていた。

 自分は確かにあそこにいた。

 この歳になって、その道のりの遠さを肌で理解した。

 無邪気に笑っている10歳の子供達に嫉妬する自らの醜さを呪った。

 もう、10歳後半の自分には先が無いのだと悟った──つもりだった。

 

 自室に引き篭もってソーマばかり見る自堕落な生活。

 見るのは、自分と同じく旅に失敗した人間の投稿ばかり。傷を舐め合うように、そんな人間達が集まっていた。

 どん底にいる気分だった。

 パートナーも部屋に来なくなった。

 

 旅を終えた自分よりも歳が上、20歳で旅を始めた人間がいると知った。

 鼻で笑う。

 どうせ、諦めきれなかった往生際の悪いプレイヤーだろう。10年も旅をして未だ足掻いているのか。

 就職もせず情けない。

 自分を棚に上げて、一過性の話題の的でしか無いと馬鹿にした。

 そうは思いつつも、話題が流れてくる度に気になって見てしまう。

 

 想像とは違って、随分とバカをやっているようだった。そこには諦めた人間特有の暗さは全く無くて、むしろ、心底から楽しんでいる人間の笑顔があった。

 しかも自分自身がパートナーで、プレイヤーが戦っていると来た。もうどんな人間なのか全く分からない。

 

 次の街へと進む度に大きな話題を生む。

 マッチポンプなんじゃないかと言われたりもしていたけど、あそこまでやれるならマッチポンプでも十分過ぎるだろう。

 そして、いつのまにかポケモントレーナーの周りには仲間がいた。着いていく彼女達を、苦し紛れにトサキントの糞なんて呼ぶヤツもいた。

 しかし彼の歩みと共に、仲間達は着実に成果を上げていく。

 師事を受けたヒガンという少年も、強大なモンスターをパートナーとした。

 

 彼を見た誰もが思った。

 ああ、コイツは先へ進むんだ。

 あのレッドのように、全てのジムリーダーを踏破してその先の領域へと踏み込める人間なんだ。

 ──そして、そのレッドすらポケモントレーナーに従っていた。

 落ちぶれたなんて言われていた彼女は別に、四天王に負けたから弱くなったとかそんな事は全く無くて──むしろ強くなっていた。

 ポケモントレーナーと大層仲が良いのか、肩車されているのを撮られたり。

 まるで家族のようだった。

 レッドの孤児院にもその情報は届いていた。

 

 惜しむらくは彼がパートナーである事だと、そう考えられていた。パートナーにバッジを取得する権利は無いのだから。

 ただ……途中からは誰もが分からされた事で──バッジなんて関係無く、彼は十分過ぎるという事だった。

 コトリタウンでのジムリーダー戦だけを見てもわかる。パートナーでありながら、彼のバトルセンスは天才の域を超越していた。

 ジムリーダーナギの放った異常な威力のゴッドバードを前に敗れはしたが、あれが無ければ確実にナギは負けていたと分析されている。

 先読みの精度が人口知能を超えるなんてそんな事、あってはいけないのに。

 20歳、あまりにも遅れている。

 ソレなのに、あまりにも先に行っている。

 あの歳であそこまでやれる。

 なら、自分が20歳まで頑張ればもっと……

 

 いつの間にか、部屋を出ていた。

 憧れることがどれだけ無駄な事かなんて、いやというほど分かったはずなのに。数年かけて、プライドをボコボコにへし折られてきたはずなのに。

 それでも胸の奥に燃えたぎるものがあった。

 階段を降りてリビングに行くと父さんが目を細め、何かを言おうとして首を振った。母さんはおにぎりを持ってきた。

 

 ただ、頑張れと言われた。

 なんて無遠慮な応援だ。

 あれだけ頑張ったのに、まだ頑張らせるなんて。

 でも、それでも……

 辿り着いた筈の終着点にはまだ先があった。

 それがわかれば十分。

 扉を開ければパートナーが座って待っていた。

 あの日のように。

 膝をついて抱き締めた。

 

『まったく……何て教育に悪い青年だ』

 

『良いじゃない、なんだって』

 

 

 ──────

 

 

 鳴り響くトランペットの音を聞いて、前回を経験している者達は心の底から震え上がった。

 あの恐るべき軍勢が帰ってきたのだ。

 未だ、海岸には破壊の痕跡が残っている。

 そして前回よりも天候は激しく、人間がマトモに活動できるような状況では無い。

 ワイルドハント。

 その名を口にするだけでフラッシュバックする。

 蹂躙されて引き裂かれた人々、火の手が上がった街、押し寄せる高波。

 黒い壁。

 前回はいつのまにか解決していた。

 今回はきっと無理だ。

 

「く、くる……」

 

 口から言葉が漏れ、恐怖のあまり引き攣った顔になった。

 あの惨劇が繰り返される前に逃げなくては。

 ……どこに? 

 どうやって? 

 

 未だ経験していない者達は、そんな様子を見て大袈裟だと言う。こんな嵐なのに本当に来るのか、勘違いじゃ無いのか。

 それに、ここはジムリーダーがいる街だ。

 多少の危機はジムの人間達が対処してくれる。

 家の中で安心して待っていよう。

 内心を誤魔化すようにそんな事を言っていた。

 目の前に怪物が現れるまでは。

 

 女将は旅館のシャッターを降ろしている。

 せめて中にいる人だけでも守りたい、そんな消極的な感情からだった。

 しかしそれによって建物内に広がるのは、安心感では無く不安感。

 何かよくないことが起こっているという証拠が視界内に入ってくる。

 フロントは事情を聞く為に押し寄せた客でいっぱいだった。

 

「説明してくれ!」

 

「何が起こってるのよ!」

 

「女将さん!」

 

「説明します、説明しますから……」

 

「早く説明してくれ!」

 

 説明すると言ってるのに、各々が言いたい事を言うばかりで全く聞こうともしない。

 詰め寄ってくる人々を留めようにも、従業員の制止だけでは力不足だった。

 パートナー達もオロオロしている。

 

「ガァァァアアアアアア!!!」

 

 本能的に全員がすくみ上がった。

 命の危険だ。

 背後にそれはいた。

 リザードン、そして傍に佇む赤い帽子の少女。

 この地方で知らぬ者のいない名声を手にした者。

 今も栄光に近付き続けるトッププレイヤー。

 

 レッドは女将の目をまっすぐ見据えると、小さく頷いた。

 女将も頷き返すと、シャッターを閉めた経緯を説明していく。

 客は納得しなくとも、理解はした。

 あのリザードンに睨まれるのは好ましくない。

 大人しく説明を聞いて、部屋に引き上げていく。

 そもそもこの天候のせいで旅館から出られやしない、シャッターが閉まったところで何も変わらない。

 ただ、見るものが雨からソーマになっただけだ。

 

 女将が、レッドに微笑みかけた。

 

「レッドさん、ありがとう」

 

「うん」

 

 スッと手を差し出す。

 

「飴、ちょうだい」

 

「そ、そうね……今持ってくるから待っててね?」

 

 フロントでリザードンの毛繕いをしながら、落ち着いた様子で自身を待っていた少女の元へ飴を持ってきた。

 

「はい、どうぞ」

 

「うん」

 

 カラコロと口の中で飴を転がす少女の異様な落ち着きに、女将は思わず尋ねてしまう。

 

「怖くないの?」

 

「こわい」

 

「あら……じゃあ何で貴方はそんなに落ち着いてるの?」

 

 即答だった。

 その歳で恐怖を知って、それでも自分を保っているのはさすがレッドということだろうか。

 

「いつもこうだから」

 

「い、いつも……?」

 

「いつも何とかしてきた」

 

「それは……」

 

 あのレッドが言うなら何とかなるのだろうか? とは思えない。

 あの惨劇を経験した身からすれば、目の前の少女は強くとも1人しかおらず、あの物量に対抗できるはずもない。

 

「逃げられるのなら、お逃げなさい」

 

「……」

 

「あれは人が敵う存在じゃない」

 

「……なんで?」

 

「え?」

 

「私たちはまだ戦ってないよ」

 

「グルゥ」

 

「そうは言っても……」

 

「それに、お兄さんなら何か知っているかもしれないし」

 

 ああ、なるほど。

 あの青年を信じているからか。

 

 地面と街を繋ぐ鎖が引きちぎれて2000mまで浮き上がったオールドタウン、そしてそこにいた5万人。

 全てを救い切った英雄。

 オールドタウンよりもはるか上、地上6000mにまで到達したスタジアムで何があったか、どんな事があったかを正確に知る者はいない。

 しかしソーマには、破壊し尽くされたスタジアムと、高性能メガネの機能でも測定結果が振り切れるほどのエネルギー密度の分布が投稿されていた。

 あまりにも異常な痕跡から邪推の余地も無く、あのスタジアムで行われていたのは戦闘だと言われている。それも常軌を逸するほどの。

 ならば、今回もなんとかしてくれるのだろうか。

 しかし、ワイルドハントのことをあの青年は知らないようだった。

 2年前までずっと引きこもっていたのだろう。

 だとしても、文字が読めずメガネすら使えないのは何故? 

 山奥ででも育ったのだろうか。

 そして肝心の青年はどこへ行ったのか。

 

「分からない」

 

「え?」

 

「どっか行った」

 

「ええ……」

 

 本当に大丈夫? 

 

「大丈夫、知らんけど」

 

 女将は同時に、目の前の少女が盲目的なのだと知った。

 

 

 ──────

 

 

「マグマッグお願い! マグカルゴも!」

 

「マグゥ!」

 

「マグマグゥ!」

 

 2匹が同時に放ったやきつくすが、接近して来た敵を蒸発させた。

 ダイゴを抱えて必死に撤退しようとしたが、マグマッグ1匹では足りなかった。しかしそこに、マグカルゴとボーマンダが到着した。

 アスナは複数のモンスターを扱うことができる。そして当然、マグカルゴもその中に入っていた。

 自身のプレイヤーのことが心配になったマグカルゴは、ダイゴのボーマンダと共に後から着いて来ていたのだ。

 ボロボロになっているボーマンダは近くで倒れていたらしいので、スプレーをありったけ使って回復させた。

 

 3匹でも全く足りない。

 手が足りない、足が足りない、翼が足りない、わざが足りない。

 つまり、圧倒的な物量不足だった。

 何故かソーマが繋がらない。

 メガネも使えない。

 協会の応援を呼ぶことすらできない。

 ジムリーダーと言えど無敵では無くて、どんどんと追い詰められていく。

 テッセン達との会話を思い出した。

 あの時はイライラしていたんだった。

 こんな事なら、あの人たちの言うことをちゃんと聞いておけば……

 

「…………っ! ボーマンダ! 気を付けろ!」

 

 少しでも攻撃を散らしたかったため、ボーマンダには空中からの攻撃を頼んでいた。

 ボーマンダも意図は理解したのか、飛行しているモンスター達の相手をしている。

 しかしそこに、光の球がいくつも飛来した。

 敵対的な亜人種、シンカイセイカンのものだった。

 闇の中に一瞬パッと光の花が咲いたかと思ったら、信じられない速度で攻撃が飛んでくる。

 空をのんきに飛んでいる場合では無い。

 このままだと瞬く間に肉片と化すだろう。

 

 急いで地面に降りて来たボーマンダは砲台としての役割を果たす。

 しかしこの三体のみで相手取ることなど出来るわけもない、そう遠くないうちに限界が来る。

 しかも、撤退したら撤退したで、直ぐにこのモンスターの波が街に押し寄せる。

 まだ距離が遠く、速いモンスターが散発的にやってくる状況だから何とかなっている。

 ……やはり一回撤退するべきだ。

 そう判断したアスナはダイゴを素早くボーマンダに乗せて自身も乗り、マグマッグとマグカルゴに指示を出した。

 

「急いで引くよ! かえんほうしゃで蒸気を!」

 

「マグゥ!」

 

 即座に大量の湯気で姿を隠し、飛んで逃げた。

 マグマッグとマグカルゴも焦ること無く地面を這って逃げる。まずはアスナがジムにたどり着くことが重要だと理解していた。

 

 アスナがジムに到着し、ダイゴを寝かせると意外な人物がやってきた。テッセン、シンリンカムイの2人だ。

 

「何で2人が!?」

 

 驚きはしたものの、とんでもなくありがたい。

 戦力としてもそうだが経験豊富な2人なら何かいい策を出せるだろう。

 特に、テッセンはジムリーダーに長く在任しており、前回についてもある程度報告は聞いていた。

 それを踏まえた上で出した答えは

 

「無理じゃな、この街は捨てるしか無い」

 

「──そんな!」

 

「余りにも戦力が足りない」

 

「でも、チャンピオンや四天王が来れば……!」

 

「そこが問題でな、どうやって連絡を取るんじゃ?」

 

「…………」

 

「一番大事な、前回はどうやって解決したのかという事がわかっていない。次点、あれだけの物量を前にどうやって戦うか、それも確立していない。最後に、援軍はいない」

 

 冷静に、無理だという事を懇切丁寧に説かれるアスナは、言葉を返すことができない。

 愛するこの街を見捨てるなんて出来るものか。

 でも、そうしたら街のみんなはどうなる? 

 守るべき住民に戦えと言うの? 

 それで死んだら、ごめんなさいと謝るの? 

 突き詰めるほどに、街を見捨てる以外の選択肢が無いように感じられる。

 

「お、おれ、の……せいだ……」

 

 ベッドに横たわるダイゴが、微かに目を開けてそんな事を。アスナは直ぐに駆け寄って手を握る。

 

「ごめん、アスナ」

 

「本当に良かった……」

 

 ダイゴも手を握り返し、視線をテッセンに移す。

 掠れ声を何とか出した。

 

「今の、状況を……」

 

「ふむ、しかし良いのかね?」

 

 協会側から見ればダイゴは部外者に過ぎない。幼馴染であるからと言って情報を漏らして良いのか。

 アスナは首を縦に振った。

 

「ダイゴは歴史のスペシャリストです。きっと何か、大事な事を……」

 

「そうじゃ、ない……」

 

 アスナのフォローに対して、ダイゴはそれを否定した。

 

「巨人は、いるのか……?」

 

「ダイゴ…………もう、巨人のことは諦めてくれよ! 何でこんな時まで……良い加減にしてよ……」

 

「巨人だけが…………きっと、アイツらを……」

 

「む? 巨人だけとはどういうことじゃ?」

 

「これは……俺だけの仕事、なんだ……」

 

 ここ数日の記憶が無いというダイゴは、それでもアスナからワイルドハントのことを聞いて概ねの状況を把握していた。

 昔の思い出と旅の記憶、二つを重ね合わせ、自分がすべき事を定めた。

 

「俺は、火山に行く」

 

「火山って……グレン火山のこと? 何の意味が……」

 

「感じるんだ」

 

 すぐさま起き上がってヨロヨロと歩き出す。アスナは幼馴染の弱々しい姿を見ていられなくて、肩を貸した。

 

「ボーマンダはもう飛べないぞ?」

 

「歩いてでも……俺は行きたい」

 

「──じゃあ私も一緒に行くよ」

 

「……ありがとう」

 

 ダイゴは、ポケモントレーナーの言葉が正しかったことを思い知った。

 支え合ってゆっくりと歩いていくが、アスナが途中で後ろを振り向いた。

 テッセンとカムイは笑って2人を見ていた。

 急に恥ずかしくなって、顔を伏せた。

 オッサンが青春を目の当たりにして懐かしい気持ちに浸るのは、ままある事だ。ただ、2人して仁王立ちで腕組みをしているため、気持ち悪い仁王像になっていた。

 

「指揮はワシに任せよ!」

 

「我も前線に出よう、海水のせいでどれだけ相手できるかは不安だがな」

 

 植物を操る異能、シンリンカムイの真価は集団戦にて発揮される。絡め取り、縛り付け、動きを制限する。

 塩水には弱いが、上陸して来たモンスターを相手取るには充分だろう。

 意気高い2人にアスナが弱腰で話しかける。

 

「あの……」

 

「む?」

 

「あの時、言うことを聞かなかったのに……何で助けに来てくれたんですか?」

 

「──ガハハ! アスナくん、ワシらはコレでも守護を任されたジムリーダーなんじゃよ!」

 

「我らは、彼の道行を最初から辿ったのだ」

 

「いやー参った参った、トラブルメイカーとは違うがのお……そういう星の元に生まれたんじゃろうなあ」

 

「ええと……」

 

「おぉすまんすまん、この歳になると関係無い事をペラペラとつい……そう! あの時の電話はあくまで保険であって、そもそもワシらは最初から来る気だったんじゃよ」

 

「そうなんだ……ですね」

 

「さあ行くのだ、時間は有限でしか無い」

 

「ありがとうございます!」

 

「ありがとう……ござい、ます……」

 

 2人が去った後のジムで、テッセンは矢継ぎ早に協会職員に指示を出していく。

 その光景を眺めてカムイは感心した様に頷いていた。

 

「我もナバルデウスの時はかなり働かされたものだが、やはりテッセンさんには及ばん。これが年の功というやつか」

 

「聞こえとるぞー」

 

「これは失敬……それで、彼は?」

 

「分からん、また女でも引っ掛けとるんじゃ無いか?」

 

「ハッハッハ! ソレでは我も出るとしようか!」

 

 2人は、強者故の思い違いをしていた。

 

 

 ──────

 

 

「だから! なんでわざわざ火山に向かうの!?」

 

「俺が火山に行った事が無いからだよ」

 

「なんで!」

 

「あれ? ループしてる?」

 

「お姉ちゃん達はどうでも良いの!?」

 

「どうでも良くねえよ! 世界で一番大事だ!」

 

「じゃあ、誰が本当の一番なの!?」

 

「──前ならホシノだった、今は全員同じだ」

 

「うわ、最低だ! ハーレム野郎だ!」

 

「その言い方やめろよ……」

 

 ザブザブと腿まである水をガン無視して進むポケモントレーナーの背中には雨具を着込んだブルーがしがみついていた。

 

 多少は体調が戻り、外に出ないと約束をしたので、青年は安心して火山に行こうとした。

 すると、ブルーが着いていくと言うのだ。

 来るだの来ないだのとしばらく揉めた後、置いて行ったら海を見に行くという脅しをされたので仕方無い。

 外は危ないから出るなという話をしているのに本末転倒だ……とボヤきながら、ブルーが濡れない為に着々と準備をしていった。

 

 お前は休んでろと言われたのでベッドに座って待っていたブルーは、リュックに次々と荷物を詰め込んでいく青年の背中を見ていた。

 こんな風に相手をされたのは初めてだった。

 みんな、パートナーの話をしたら直ぐにどこかに行ってしまう。それなのに、このイかれポンチは嬉しそうに頷きながら最後まで聞いて、さらに自分から話を振ってくる。

 弱肉強食のこの世界で、自分のパートナーを欲しがるヤツなんて嫌われて当然なのに。

 ムカつく。

 

 自分で着ると言ったのに、バンザイをさせられて雨具を着させられ、おんぶされた。

 どうやって火山に辿り着くのか聞くと歩いて行くって、リザードンがいるんだから飛んでいけば良いのに。

 提案したら

 

「それは違う」

 

 しか言わない。

 理由を聞いても

 

「そうするのが正しいから、知らんけど」

 

 とだけ。

 ムカつく。

 

 だから今、ポケモントレーナーとブルーはこうして火山まで歩いて向かっていた。

 水など無いかのような足取りで進む。

 

「ねえ、火山に何があるの?」

 

「……知らない」

 

「え?」

 

「正確には、確信は得られてないって所だな」

 

「……めんどくさ」

 

「きっと、あの笛の音が始まりで、火山には終わりがあるんだ」

 

「何でそんなのが分かるの?」

 

「ダイゴ君だよ」

 

「だれ?」

 

「きっと彼は、素晴らしい冒険をして来た……終わりに相応しいのは始まりの地なんだ」

 

「…………」

 

 言っている事がちんぷんかんぷんだった。

 多分、このまま聞いても理解できないんだろう。

 質問の方向性を変え、火山で何をするのか聞こうとしたら劈くような音が聞こえて来た。

 

「な、なに? 今の……」

 

「そりゃあ敵だろ」

 

「聞いた事ないよ、あんな声」

 

「何でも知ってる気になってたのか?」

 

「……そんな事言ってないし」

 

「リザードンがいるんだ、大抵のモンスター相手なら十分だろ」

 

「……結構キツイかも」

 

 リザードンはポケモントレーナーと戦った時にだいぶ身体を濡らしてしまった。多少は回復したが、それでも完全な回復とはいかない

 

「じゃあ帰るか? 今からでも送ってくぞ」

 

「リザードン、まだいける?」

 

「ガゥ……」

 

「気張れよ、ここからが試練だ」

 

「……分かった」

 

 試練という言葉を受け、ブルーは若干気を引き締めた。

 少し経つと、言われた通りにモンスターが襲って来た。この地方では見た事のないモンスターばかりだ。

 現状ソーマの使えないブルーはモンスターの特定もできず、ただのお荷物だった。

 

「うわぁ!」

 

「あぶねっ」

 

 飛んできた攻撃を片腕で弾いた青年は、念の為に問いかけた。

 

「怪我はしてないな?」

 

「してないけどコレずっと続くの!?」

 

 モンスターをリザードンが自発的に処理して行く。激しい雨音の中ではメガネが使えないと満足な指示が出せないのだ。

 どんどん数が増えていき、このままだと相手するのが厳しくなるだろう。

 

「当たり前じゃん」

 

「なにが!? こんな状況が当たり前なわけ無いじゃん!」

 

「ポケモンなんだからそりゃあ群れのポケモンにだって襲われますよ、お前も経験あるだろ?」

 

「無い!」

 

「……ふざけている場合じゃ無いな、来るぞ!」

 

「えっ、ど、どこから……あっ」

 

 ズシンと音を立ててモンスターが降り立った。

 見た事は無いけど、知識から何となくこんな名前なんだろうと青年は予想した。

 

「オークか?」

 

「なに、あいつ……」

 

 直立して3m。

 猪の頭にブヨブヨの胴体、片手には棍棒を持っていた。

 

「ブヒィィィィィィィイイイ!!」

 

 唾液を撒き散らしながら絶叫し、棍棒を振り上げて突進してくる。

 棍棒には赤い液体が付着しており、何が行われたか想像してしまう。

 進路上の水を撥ね飛ばしながら近付いてくるオークの醜い姿に、ブルーは恐怖を感じて目を閉じた。

 

「ヒッ……!」

 

「相手してる暇ねンだわ」

 

「ピギィッ! ギッ……」

 

 ボグォ、という肉の殴られる音が激しい雨音の中でもハッキリ聞こえた。

 恐る恐る目を開けると、胸の辺りが大きく凹んだモンスターがもがき苦しみながら倒れて行くところだった。

 また歩き出し、モンスターの横を通り過ぎて道を進む。いよいよグレン火山の麓だった。

 

「す、素手で……」

 

「あんなポケモンもこの世界にはいたんだな、物騒だ」

 

「手加減……してたんだ」

 

「うーん、殺生って良くないよね」

 

「……なんでチャンピオンを目指さないの?」

 

「いや……俺はパートナーなんだから目指すも目指さないも無いだろ」

 

「成ればいいじゃん、プレイヤーに」

 

「それは──」

 

「そうすればもっと稼げるよ」

 

「……そんなの虚しいだろ」

 

「どこが?」

 

「金に追われて、将来に追われて、縛られる人生から1人だけ解放されたんだよ俺は。だから、死ぬまで遊んでやる」

 

「ク、クズだよお姉ちゃんこの人……」

 

「失礼なことを言うな! 記憶喪失の俺をもっと可哀想と思え! 募金とかしろ! ……あっ、髪を引っ張らないで……プリン没収するぞ!」

 

 

 ──────

 

 

「ナ、ナギさん……」

 

「こんな……」

 

 旅館の上屋吹き飛ばした軍勢を前に、泊まっていたプレイヤーや従業員は懸命にワイルドハントを押し留めていた。

 女将もパートナーを失ったトラウマに苦しみながら、戦えない客を非難させる。

 上陸した軍勢の数は現況でも万を優に超えており、次々と建物を薙ぎ倒して行く。ここを足掛かりに大陸そのものを飲み込もうとしていた。

 

 大嵐を前に、家・宿に閉じこもっていた住人や観光客はそのまま被害を受けた。

 倒壊した家屋に閉じ込められる者、モンスターに食い荒らされる者、気絶してそのまま水面の下で溺れる者。

 今もなお、街のあちこちで悲鳴が上がっている。

 

 ポケモントレーナーの仲間とて他人事では無い。

 ホシノはショットガンの弾が尽きた為松明を持って振り回していたが、左肩に噛みつかれた事で動けなくなった。

 リザードンも口から出てくるのは煤ばかり、最初に前衛の役割を果たしたことで受けた攻撃により多くの出血を強いられた。

 レッドが回復スプレーを使ってリザードンもホシノも傷自体は塞がっているが、体力の消耗から今は後方で寝ている。

 フワンテはそもそも動きが遅い為、後方から遠距離攻撃を放つ役に徹していた。しかし、才能に溢れたナギと言えど現在のフワンテに強力な技を使わせることは出来ない。

 オールドタウンでフワンテのあらゆるワザを自在に引き出せたのはポケモントレーナーだからであり、フワンテがそのワザを覚えているわけでは無いのだ。

 レベルもまだ低く、早々にppの尽きたフワンテは小石を投げるくらいしか出来ない。

 ナギもそれに伴い負傷者の救護へと周った。

 ワニノコとノコは論外。

 勇気だけではどうにもならないことだってある。

 

 現在のパーティー内で、唯一大暴れしているのはヒーホーくんだった。

 笛の音を聞いた瞬間、内なる力が暴れ始めたヒーホーくんとアイリは視界を共有させた。

 新たなスキル、メギドラオンを発現させて紫紺の爆発を巻き起こし、魔軍を消滅させて行く。

 しかし、土壇場でのプレイヤーの覚醒など何のその、魔軍の後続は次々と海から湧いてくる。黒く染まった海面が指し示すのは抵抗の無意味さ。

 

 シンリンカムイは戦慄していた。

 周囲に転がる無数のモンスター、それらはカムイが葬った。

 しかし、あれを見よ。

 お前の努力など無駄だとばかりに、ニヤついた怪物どもがカムイを囲んでいる。悲鳴もあちらこちらで上がっており、直ぐにでも向かわなければならない。

 

「……ピンチというやつか」

 

 侮っていたと認めざるを得ない。

 コイツらは世界を滅ぼしうる。

 今、ここで止めなければ人類の築いてきたものが無に帰す。

 囲んでいたモンスター達はキングパックンフラワーが触腕で絞り上げた。

 全ての体液を噴き出し、解放された残り滓。

 カムイだけならこの場での生存は可能だろう。

 しかし、根本的にこの事象を止める術を持っていなかった。

 

 テッセンは悟った。

 自身もまた見誤っていたのだ。

 無理とか無茶とかそういう次元の話では無い。

 この街を捨てたら、次はその先にある街が食い尽くされるだけだ。

 

「あやつは一体、何を呼び寄せたのだ……!」

 

 ポケモントレーナーが毎度遭遇するモノの大きさ。ソレは、一代のジムリーダーでは生涯に一度も出会うことがないような規模なのだとやっと理解した。

 戦いが始まってからはや数時間、ジムにはポツポツと避難民が到着している。

 その中には戦える者もいる為、ローテーションを組んで何とか対処していた。

 しかし、ジリジリと疲弊している。前線もかなり押し上げられ、いつ崩れてもおかしく無い。

 そして、ジムに来れない人間だって多くいる。そうした者達がどうなっているか、テッセンは想像することさえ恐ろしかった。

 こうなったら、薄い頼みに託すしか無い。

 

「アスナくん急いでくれ……! そうで無ければ、世界が……!」

 

「──時間稼ぎは任せてください」

 

「む? …………なっ!?」

 

 らしくもない人任せをしていたテッセンに話しかける者がいた。

 顔を見て露骨に動揺するテッセンの姿を見て、一体何者なのかと周囲の職員は不思議に思う。

 

「お、お主はショップの……!? 何故ここに!?」

 

 その質問に答える事なく上着を脱いで半袖になった『人間』の腕には、燐光を発する刺青が刻まれている。

 無言で駆け出すと、モンスターの群れに突っ込んで真正面から全てを粉砕し始めた。

 その姿に、理由や意味などどうでも良いとテッセンは声を張り上げた。

 

「……皆の者! ここが! 今こそが踏ん張りどころじゃ! 気合いを入れるんじゃぞ!」

 

 

 ──────

 

 

 モヤがかかった意識の中に、何かが聞こえてくる。

 閉じた目の外から振動が伝わってくる。

 空気を震わせ、鼓膜へと音を伝える。

 意味のある振動だった。

 急速に意識が浮上して行く。

 

「──イゴ……! しっかりしろダイゴ……!」

 

「あ……」

 

 ダイゴは目をゆっくりと開けた。

 意識が混濁していて、今どこにいるのか全く分からなかった。顔にざあざあと雨粒が降りかかるのを感じる。

 焦点が合うと目の前にはアスナの顔が。

 その頰に赤い斑点が付いていた。

 拭うと当然のように血だ。

 

「アス、ナ、ちゃん……怪我して無いか?」

 

「バカ! お前が庇ったんだろ!」

 

「……そうか、そうだったっけ」

 

 確かにそうだった気がする。

 モンスターがいきなり襲いかかってきて、唯一気付けた自分がアスナを突き飛ばして、そのすぐ後に衝撃が……

 そうだ、ココはグレン火山の途中だ。

 

「あのモンスターは……」

 

「ボーマンダが倒してくれたよ、それよりダイゴこそ大丈夫か……?」

 

「……行かなきゃ」

 

 立とうとして、崩れ落ちる。

 吐き気と寒気と頭痛と、あらゆる症状がダイゴを蝕んでいた。

 アスナはそんなダイゴの両腕を掴むと、おんぶしようと力を込め始めた。

 

「私が背負って行く! ふぎぎぎ……!」

 

「……」

 

「絶対連れて行くからな! んぐぐぐ……おもい……うわあ!」

 

 2人して地面に倒れる。

 ダイゴは、ある決心をしていた。

 倒れたまま、リュックから回復スプレーを全て取り出すと自分に全て吹きかけた。

 

「おい、やめろ! そんなに使ったら──」

 

「アスナちゃん」

 

「……っ」

 

「行こう」

 

 何とか自分の足で立てるようになったダイゴは歩き出す。

 寄り添って、再びアスナがダイゴを支える。

 

「コレが終わったら病院にぶち込むからな!」

 

「はは、当たり前だ……」

 

「ったく……本当、私がいないとダメダメだな!」

 

「そうだな……」

 

 ダイゴは、笑みを湛えながらアスナの罵倒を聞いていた。

 昔はもっと穏やかで、女の子らしい……と言うと怒られらかもしれないけど、静かな子だった。

 あの嵐の日、アスナの両親が亡くなった事が強く関係しているだろう。ダイゴの家で引き取ったが塞ぎ込みがちで、自分が外に連れ出さなければいつまでも家の中にいた。

 それが今や、こんなに活発で派手な子になった。

 優しくて、真摯なのは変わらぬままに。

 しかもジムリーダーにまで! 

 我が事のように誇らしい。

 

 道中、何度も襲撃を受けながら頂上に辿り着いた。

 雨によって抑制されているのだろうか、普段と違い火口から噴煙は上がっていなかった。

 

「それで、どうするんだ?」

 

「社へ……」

 

「社だな! 分かった!」

 

 身近にある山に対して、古来より人々は信仰を捧げて来た。グレン火山もその例に漏れず信仰を受け、社が作られている。

 いつからあるかも分からず、決して壊れない赤い石板がある事で有名だった。

 盗もうとしたヤツが軒並み噴火に巻き込まれて死ぬので、呪われているんじゃないかと言われている。

 アスナの両親はそんな社の管理人だった。

 今は全く関係の無い人が管理をしている。

 

「石板を、頼む」

 

「…………ここまで来たらやるしかないよな! 分かった!」

 

 思うところがあったのだろう、少しだけ躊躇していたが社の中に入っていった。

 アスナが石板を持ってくる間、ダイゴはボーマンダと見つめ合っていた。お互いにボロボロで、もう限界寸前だった。

 

「ダイゴ! あったぞ! ……なんで見つめ合ってんの?」

 

「いや…………ありがとう」

 

「ふふん! 昔の記憶を頼りにな!」

 

「──アスナちゃん」

 

「ん? …………え?」

 

 ダイゴは立ち上がると、アスナに詰め寄った。

 あまりの近さに、アスナはドギマギしてダイゴを見上げる。

 

「な、なに……?」

 

 ダイゴはアスナを抱き寄せ、唇を奪った。

 

「……むぅぅ!?」

 

 突然抱きしめられ、あまつさえキスまでされたアスナはワタワタと手をバタつかせると石板を取り落とし、少ししておずおずと抱きしめ返す。

 大嵐の中で石板を盗んだ後。そんなロマンチックとは程遠いシチュエーションでの初めてのそれに心臓が早鐘を鳴らすアスナ。

 その柔らかな唇を堪能したダイゴはゆっくりと顔を離した。

 

「ありがとう、アスナちゃん」

 

「……うにゅ」

 

 ダイゴはアスナの顔を目に焼き付けた。

 

「頼むぞ、ボーマンダ」

 

「……」

 

 良いのか? と目で訴える。

 悲しみがその瞳の中にはあった。

 

「もう……満足だ」

 

「……ダイゴ?」

 

「これまでありがとう、ボーマンダ」

 

「バァウ……」

 

「……わぁっ!?」

 

 ボーマンダはアスナを優しく咥えると、飛翔する。

 最後の気力で立っていたダイゴがドサリと地面に倒れた。

 

「な、なにすんだ! ダイゴが! おい、ボーマンダ! ……ダイゴのパートナーじゃ無いのか!」

 

「…………」

 

「お、おい……やめろよ…………やめてよ……ねえ……」

 

 ダイゴが遠ざかって行く。

 今は、火口に向かって這っていた。

 

「待って……お願いだから……もう、いやだから……お願い……」

 

 ボーマンダは自らの相棒を一瞥すると視線を外し、最後の力を振り絞ってジムへと飛んで行った。

 

「お前らも……ありがと、な……」

 

「マグゥ……」

 

「マグマグ」

 

 マグマッグ達にも山を下る様に言い、ダイゴは赤く煮えたぎる火口を見下ろした。

 その手の中には赤い石板が。

 名前も、由来も、何も知らない。今からする行動に、なんの根拠も無い。

 それでも、こうするのが正しいのだ。

 意識が朦朧とする中で、最後にできる事。

 石板を火口に放り込んだ。

 そして限界を迎え、自身も落ちて行った。

 

 

 ──────

 

 

 グレンタウンが揺れている。

 地に足をつけている者はとても立っていられず、戦いが一時中断になるほどに。

 大量のモンスターに加え、大地震まで……いよいよ、この街は終わりの時を迎えたのだ。

 そう思うのも無理は無い。

 これが何を表しているのか、人類側で知る者はいないのだから。

 

 ワイルドハント側の捉え方はまた違う。

 揺れが終わっても、モンスターは火山の方向を睨み付けている。目の前で恐怖に怯える人間が死を待っているにも関わらず、爪で引っ掻くだけで命を奪えるにも関わらず、火山から目を離せなかった。

 トランペッターは嘆息した。

 

『原初の巨人、旧き支配者……此度は本体か……』

 

「──帰れ、ここはお前らの世界じゃ無い」

 

『……汝がまだ未練がましくも人のままのつもりでいたとは、驚嘆に値する』

 

「俺はどこまでも人間だ」

 

 瞬間、グレン火山が吹き飛んだ。

 破局的な規模のそれがもたらすのは、圧倒的な音量と衝撃波。

 空にいたモンスターが吹き飛ばされ、地に叩き落とされた。

 さらに、地震を耐えた建物も横殴りの衝撃によって甚大な被害を受ける。

 窓ガラスが軒並み割れ、人々は上下左右の感覚がわからなくなった。

 

「うわぁぁぁぁあ!!」

 

「な、何が起こってるの!?」

 

 ノコ達も、暴力的な風に飛ばされない様に必死にしがみついた。

 そして風がやむと同時、時が止まったような感覚に陥る。

 各々は思い出した。

 水族館に収容されていたナバルデウスを。

 こじまを守っていた龍を。

 時と空間を司る神を。

 世界を滅ぼそうとした呪いを。

 感じる。

 アレらに列席し、翻弄しうる存在が現れた。

 

 何が起こっているのか全く分からない。

 いつもと違って、今回は何の説明も無かった。

 いつだって青年といればゴールが見えた。

 敵が狙うモノは何なのか、どうすれば終わりなのか。

 今回、ポケモントレーナーはブルーと行動している。それだけが原因では無いが、なんの糸口も見えてこない。

 ナギもこのまま宿にいれば良いのか、それとも打って出るべきなのか判断出来なかった。

 悲鳴が聞こえるのに、助けられるほどの余力なんて無い。元ジムリーダーなのに、誰も守れない。

 コトリタウンであの人に救ってもらった時から、実際は何も変わっていなかった。

 大きく局面が変わろうとしているこの場面で、自分たちはどうすれば良いのか。

 どうか教えて下さい、私たちを導いて下さい。

 そう願った。

 

「──見ろ! なんだ、あれ!」

 

 そんな声が上がる。

 全員の視線が、一点に集まった。

 直上の雲を丸ごと吹き飛ばす程の噴火、黒く濛々と上がる噴煙。火山雷が発生し、照らされたソレを確かに人々は見た。

 火口の淵に巨大な手をかけ、ゆっくりとその身体を持ち上げようとしている何者かがいた。

 

『…………ガガ……』

 

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