俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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38_神にならなかった男

「なんじゃあ!?」

 

 テッセンが叫ぶ。

 自分の目が信じられなかった。

 なにせ火口からゆっくりと出てくるその姿形がこの位置からはっきりと見えているのだから。

 

「お、お主ら……わしは頭がおかしくなってしまったのかもしれん」

 

「いえ……我々にも見えています……」

 

 遠近感を失うような大きさ。

 ナバルデウスを遥かに超える巨体。

 グレンタウンに住まう人々は、とある話を思い出した。

 巨人の、おはなし。

 

 

 ──────

 

 

「危なかったな、よくやったリザードン」

 

「あの人……死んでない?」

 

「いいや、それでも生きてる」

 

「……それでここからどうするの? ……何も無い、ここはただの火山なんだよ!? 何でこんなところに来たの!? お姉ちゃん達を見捨てて何で!?」

 

 嵐。

 嵐だ。

 こんな嵐の中で誰が山に登る? 

 そんなやつ、気が狂ってるだろう。

 しかも、軍勢は今にも街を飲み込み、お前の仲間すら食い散らかそうとしているかもしれない。

 何故そんなに落ち着いている。

 何故もっと急がない。

 走って、モンスターに乗って、飛んで行けば良かった。

 なぜそうしない。

 何で仲間を見捨てるような真似をした。

 

「それこそがストーリーだからだ」

 

「……は?」

 

「いつだって俺は脇役だ。ただ、そこを歩む人間の側にチラッと登場するだけの木端でしかない」

 

 異常だった。

 こんな場所で……何にも無いこの場所で爛々と目を輝かせている。

 何かがあると知っているかのように。

 そして獣のように笑っている。

 ここからが面白いんだと言わんばかりだ。

 既に背から降りたブルーは、その不気味なほどの自信を目の当たりにしていた。

 

「物語を進めるのはお前らの役目だ…………さあ! 俺に見せてくれ! 魂が燃え尽きる程の衝動の先にある、君のエンディングを!」

 

 興奮を抑えられないとばかりにポケモントレーナーは話しかけていた。滑落し、絶命する寸前でリザードンに助けられたダイゴへと向けて。

 数百メートル先での出来事だった為ギリギリとなってしまったが、それでも助けることは出来た。

 グッタリとしているダイゴに容赦なく言葉を投げ掛ける。

 

「ダイゴ君、答え合わせをしよう」

 

「あ…………」

 

 辛うじて目を開けたダイゴが、目の前にいる人間が誰かを認識する。

 

「その人、死にそうだよ」

 

「いいや死なない──あだあっ!」

 

「医者でも無いんだから黙ってて!」

 

 ブルーは青年を押し除け、テキパキと手当てをし始める。

 足を踏まれたポケモントレーナーは、大丈夫なのに……と思いながら待っていた。

 

 ダイゴは自分が生きている事に少し驚いていた。

 最初は天国にいるものだと思ったらしい。

 

「また……助けられた……」

 

「人はいつか死ぬ。怪我で死ぬし、病気で死ぬ。明日死ぬし、明後日も死ぬ。でもダイゴくん、君が死ぬのはもう少し先だ。子供を作って、その子達が巣立って、孫が出来るのを見届けるまでは生きるんだ」

 

「……不思議な人だ」

 

「そうでなきゃ、巨人の真実を知るヤツがいなくなるだろう?」

 

「さっき自分で殺しかけたくせに偉そうな事言わないで欲しいんだけど」

 

「だからあれは違うんだって──」

 

 言い合う2人を見て覚えたのは安堵だった。

 死んでもいいと思っていた。

 本当にあの瞬間、満足だった。

 動かない身体が示す通りにもう限界を迎えていて、とてつも無い疲労を感じていた。

 

 それが、ポンと助けられただけで変わった。

 やりたい事がどんどん浮かんでくる。

 まだまだ、研究したい。

 巨人の謎が知りたい。

 働き口だって見つけた。

 父さんや母さんとご飯を食べたい。

 それに何より──あの子と一緒に生きていたい。

 

 涙が止まらなかった。

 安堵が来たら、次は死の恐怖が今更になって襲ってきた。

 これほど恐ろしいものに自ら身を投げ出していた。

 こんなにやりたい事があるのに、満足した気になっていたなんて……浅ましい事この上ない。

 しかし、そんな感情を中断させる声があった。

 

「さて、改めて──俺の名前はポケモントレーナーだ」

 

「……はい」

 

 涙を拭った。

 

「キミが求めていた巨人。それがきっと、ここにいるんだろう?」

 

「……分かりません……ただ、ああしなきゃいけないと感じて」

 

 その返答で少し考え込むと、ポケモントレーナーは先ほどの石板についての質問を追加した。

 

「さっきキミが投げたアレは、ひのたまプレートだね?」

 

「え? いや……名称は不明です」

 

「……うーん、記録を残すことの何と難しい事か」

 

「──ひのたまプレートとはなんですか?」

 

「持ってたらほのおタイプのわざの威力が上がる」

 

「え?」

 

 そんなどうでもいいものを投げ入れてしまったの? 

 ダイゴは不安になった。

 というか、なにタイプのわざの威力が上がろうともこの局面を打開できるような状況にはならない。

 

「そして、いつか神に返すべきもの」

 

「神?」

 

 世界には色々な神がいる。

 土地神というべきか、信仰の対象としての神というべきか。

 地方毎に、あるいは街毎に全く違う神がいる。殊更に、世界を回って来たダイゴはその事をよく理解していた。

 光を司る、感情を司る、水を司る、時間を司る。

 遺跡に刻まれたシンボルが指し示していたのは、人々がいつの時代も神に祈っていたという事実。

 どの神のことだろうか。

 

「きっと名前すら伝わっていないその神は、神話の時代にすら神話に過ぎなかったその神は……いや、それは良いか」

 

 良くない。

 すごい気になるところでやめないでもらいたい。

 ブルーは青年のこういうところも嫌いだった。

 いつも良いところになると話をやめてしまう。

 イタズラに広めるのは良くないとか言っていたけど、中途半端に聞かされるこっちの身にもなって欲しい。

 仲間だったら話すけど、とか言われるのもすごく気分が悪い。

 別に仲間になりたいわけじゃないけど、そういうのは良くないと思う。一度話し始めたならせめて最後までその話題は続けて欲しい。

 

 なぜか自分の右の掌を見つめて顔を歪めているポケモントレーナー。ダイゴは直感的に、その神と目の前の不思議な青年の間には因縁があるのでは無いかと感じた。

 

「奪われたプレート……巨人ってのはそういう事だよな……」

 

「……そうだ、巨人! 答え合わせって……うおぁ!?」

 

 地面が揺れ始めた。

 よろめいた2人はともに尻餅をつく。

 ポケモントレーナーだけが火口を見ていた。

 ボコボコと溶岩が泡立ち始めていた。

 火口の壁や周辺に棲息している火山性のモンスター、グラビモス、マグカルゴ、ウンババ、アグモンなどが慌てて巣穴の中に入っていく。

 ブルーの頭を恐ろしい想像が埋め尽くした。

 

「──まさか噴火するんじゃ……!」

 

「きっとな」

 

 冷静に、短く答えたポケモントレーナー。

 

「逃げようよ!」

 

「……ポケモントレーナーさん、まさかあなたがここに来たのは」

 

「そうだよ、俺は巨人を見に来たんだ」

 

「一体何の確証があって巨人がいると……?」

 

「……確証……? …………ははははははは!! あーっはははははは! 確証だってよ!」

 

「なに笑ってんの! 早く行こうよ!」

 

「ははは! ダイゴくん、確証も無しに大事な石板を投げ入れた君がそんなことを言うなんてギャグかな? だとしたら俺と一緒にM1に出ようぜ」

 

「…………」

 

 図星だった。

 ダイゴはただ突き動かされるがままにあんな事をしただけだった。

 何の意味が無いと分かっていたとしても、自分はきっとああしたんだろう。

 

「やっぱり君は彼本人じゃ無くてもダイゴなんだな。そして、だからこそ謎を追い求めずにはいられないんだ」

 

「はい? ……うわわわ」

 

 揺れが大きくなっていく。

 もう、問答どころの騒ぎでは無かった。

 熱気が火口から這い上がってきて、ジリジリと肌を焼き始めた。

 

「……限界だよ!」

 

「本当はここで見たかったけど……お前がいるし、それにダイゴくんを助けられたから良しとするか! リザードン! そらをとぶ!」

 

「ガルァ!?」

 

「リザードン!?」

 

 先ほどまで疲れた表情をしていたリザードンの顔に気力がみなぎる。ブルーは自分のリザードンに勝手に指示を出したポケモントレーナーにも驚いたし、それに従って全員を掴んで飛んだリザードンにも驚いた。

 

「驚き方がまんまレッドだな」

 

「ちょっと! 何なのさっきの! 説明してよ、狡いじゃん私のパートナーに勝手に!」

 

「お前がそれ言うの? …………加速しろ!」

 

 ポケモントレーナーはリザードンに更なる指示を出した。

 

「また勝手に!」

 

 むきーっ! とオコリザルみたいな反応をしているブルーと、ぐったりしたダイゴが落ちないように抱きしめ、飛翔による風圧を一身に受け止める。

 ──そして爆発した。

 

「あ」

 

 その衝撃波はリザードンにあっという間に追いつき、飲み込んだ。

 いくらモンスターが人より強いといっても、ただの生き物が噴火の衝撃波に耐えられるはずも無い。バランスを崩すなどという生ぬるい表現では足りない程もみくちゃにされた。

 そして3人はリザードンの背中から弾き出され、落下していく。

 

「きゃああああ!!」

 

「うぅぅ……!」

 

 2人とも噴火を目にした瞬間耳を抑え、青年が盾になり、それでも貫通してくる圧力に苦しんでいた。

 宙に投げ出されたのすらしばらく気付けないほどのそれを、2人を庇った事でまともに喰らったポケモントレーナーだけはピンピンとしていた。

 別に飛べたりはしないので、2人を抱えたまま落下する。

 数百メートルからの落下は人間を終端速度へと導く。

 このままだと水袋として綺麗な花を咲かせるだろう。

 

「お、おち……!」

 

 ブルーは今更になって、着いてくるんじゃなかったと後悔していた。

 あの場面でいきなり火山に行くとかトチ狂った事を言うので、なにをするか確かめるために着いてきた。なのに登り切ったと思ったら火山が噴火した。

 めちゃくちゃだ。

 グングンと近付いてくる地面に激突して死ぬんだと思った。

 …………そうだ、リザードン。

 あの子は今どこに…………

 

「グルァァァァァア!!」

 

 懸命に、こちらへ向かっていた。

 さっきの衝撃で背から私達が弾き飛ばされたのに気付いていたらしい。

 だけど、間に合わないぐらいには突き放されていた。

 必死な顔が見える。

 優しい子。

 とっても──

 

「ピッチャーポケモントレーナー、投げまーす!」

 

 身体が押し付けられる感覚。

 上に勢いよく放り投げられ、リザードンとの距離が一気に近付いた。

 片方の足でダイゴさん、もう片方で私を捕まえると速度を殺す。

 急いで下を見たらあの人は満足げに落ちて行った。

 何でそんな顔で……

 

「リザードン! あの人が!」

 

「…………!」

 

 加速しようとしたリザードンが声にならない声を漏らした。

 どこかを痛めている時の声だ。

 そうだ、あの人の指示でいきなり元気になったように見えたけど、怪我もしてるし体力だって戻ってないんだ。

 そんな事を考えているうちにあの人は落下した。

 

 

 ──────

 

 

 針葉樹の枝に突っ込んだ。運動エネルギーを吸収した瞬間バッキバキに折れた。すぐさま次の枝へ。また粉々に砕け散った。次々と枝をクッションとして利用し、最終的に幹に指を食い込ませて減速しきった。地面に着地すると、火山を見る。火口からは赤いものが飛び散っていた。ブルー達は未だにだいぶ上でホバリングしてこっち見てるけど、火山弾とか飛んでくるかもしれないんだから気をつけて欲しいんだが。

 

 ヒュゥゥという風切り音を鳴らしながら黒いゴツゴツとした岩が頭上を飛んでいく。

 案の定、破滅的な被害が街に出ていた。

 直径数mの岩が小石のように幾つも街に殺到していくのが見えた。

 

「原作でもこんな感じだったのかね」

 

 火山の噴火で滅んだグレンタウン。ジムも研究所も、何もかもが消滅して岩肌しか無いただの島と化した。

 女将の旅館も、多くの工芸品を生み出していたビードロ工房も、和菓子屋も、全部無くなる。

 正直悲しいし、寂しい。

 まあ、でもそれもストーリー、流れだ。

 

「──生きてる!?」

 

 ブルーの声だ。

 どうやら俺が死んでると思ってたらしい。

 ……なんか泣きそうじゃね? 

 

「やっぱり根は優しいんだな」

 

 脛を蹴られる。

 

「根は優しいって褒めてないから! ……あんな満足そうな顔されたら……死ぬんだって、思うじゃん……」

 

 拗ねたブルーはリザードンに任せ、本題に入る。

 

「ダイゴくん」

 

「…………あ、ああ……」

 

 声が聞こえていないかのように、ダイゴは目を見開いていた。

 その方向を見るとまさに今、火口から巨大な身体を持ち上げるところだった。

 

「──きょ、じん」

 

 そのモンスターは3本の指に黄色い腕輪、白い肌色を基調に縦笛のような頭部を持ち、赤いクリスタルを肩や足に生やしていた。

 

「クハハハ……」

 

 ギチギチと口角が広がっていく。

 心の中にいつだってある、未知への探究心が俺の精神を一気に切り替えさせた。

 

 ダイゴと初めて会った時、巨人の話を聞いた瞬間には既にその姿が脳裏に浮かんでいた。

 大陸を引っ張って動かしたという伝説を持つポケモン。かつて、創造神に敗れた一族。

 その力をプレートに封じられ、世界を生み出す糧とされた。

 

「レジギガス……!」

 

 冷や汗すら出ない。

 あまりにも差があり過ぎて、カケラほどの敵意すら持たれていない。

 当然だ。

 伝承が本当なら、コイツらは神と直接バトルしたんだから。

 

 でも、レジギガスって緑色だったよな。コイツ明らかに赤いんだけど。

 それにレジギガスって4mくらいのはずなのに100mは余裕で超えてるぞ。

 

 

 ──────

 

 

『突撃せよ』

 

 首魁たるトランペッターの言葉、それは瞬時にワイルドハント全軍に伝わった。

 シンカイセイカン、フォーリナー、ガイア教団、オーク、ゴブリン…………トランペッターが異界より集めた魔の軍勢が、海を侵す陰から這い出てくる。

 これまでの数など比にならない。

 レジギガスの出現により一気に引き上げられたゲートパワーがそれを可能にしていた。

 

「か、数が……!」

 

「アイリちゃん!」

 

 メギドラオンを連発するフィールド兵器と化していたアイリとヒーホーくんのコンビも流石にもう場を保たせる事はできなかった。

 ナギの言葉に反応してみんなのところに戻るも、そもそも戦えるのが自分しかいない。

 背後に旅館の全員が集まった状況で前方に氷の盾を張って、踏ん張る。

 何度も放たれるアギダインで盾にピシピシと嫌な音が鳴り、ヒビが入っていく。

 この土壇場で精神力に限界が来ていた。

 

「うぅぅぅああああ!!」

 

「ヒホ……!」

 

「──―伏せて!」

 

 ホシノがアイリを押し倒した。

 頭上スレスレを巨大な岩が通り過ぎ、氷をぶち破って前方にある全てをすりつぶしていく。

 あちこちで同じような光景が見られた。

 雪崩れ込んだ軍勢に押しつぶされそうな人が、倒壊した家に閉じ込められた人が。飛んできた岩は奇跡的に、人間だけを避けて経路上のものを破壊していく。

 飛んできた岩は赤熱していて、黒くゴツゴツとした肌を見せていた。

 火山弾だった。

 噴火によって弾き飛ばされ溶岩が冷え固まり、降り注いだのだ。

 旅館とジムの間にいたモンスターが一時的にいなくなり、道が開けた。

 女将は先導する。

 

「急いで! こっちに行けばジムに避難できます!」

 

 もう数時間この状況で、旅館の客の体力はほぼ無い。気力を振り絞って、火山弾が作り出した道を駆けていく。その間の記憶は無かった。

 ただ、気が付いたらジムの床で寝ていた。

 這い上がるように起きて見えた光景、それは。

 

 『レジ……ギ……ガガガ……』

 

 更地になった視界の奥の奥、巨人が海にいた。

 周囲全てを黒々とした集団に囲まれて、ピンチに見える。

 そんな想いを裏切る。

 

 『ガ、ギガガガ、フンガガガ!!』

 

 目から熱線を放ち、モンスターを蹂躙していく。熱戦が打ち込まれ場所は大規模な爆発が巻き起こり、汚れた血混じりの雨が降り注ぐ。

 身体を這いあがろうとして触れたものは焼き尽くされた。

 巨人には及ばずとも巨大なモンスターが、口元に溜めたエネルギーを解放した。

 加えて、光線や砲弾が四方八方から撃ち込まれる。

 巨体ゆえに全てが命中し、爆炎に包まれた。

 

 ──殺意が膨れ上がる。

 爆炎の中からソニックウェーブを発生させながら腕が突き出してきた。

 あまりにも巨大な肉体の末端速度は、動かすだけで容易に音速を突破していた。

 

「ギィァア!?」

 

 20m超級のモンスターを掴み、『にぎりしめる』を発動させて一息に潰す。

 爆炎が完全に晴れた後には無傷の身体を晒した。

 テッセンが動揺を見せていた。

 

「つ、強い……」

 

 傍目に見ても圧倒的だった。

 今も続々と現れ続ける、世に仇なす存在を鎧袖一触に抹殺していく。

 

「我もここまでのものを目にするのは初めてだ……あのモンスターは一体なんなのか、是非とも説明してもらいたいものだ」

 

 

 ──────

 

 

 青年はホシノ達の元へひた走った。

 夥しい数のモンスターの死骸を踏み越え、瓦礫を弾き飛ばしながらジムに到着するととんでもない数の人間が避難していた。

 到着すると同時にリザードンと2人を救護スペースに放り投げる。

 

 しゃがみ込んで啜り泣いている子供や膝を付いて下を向いている警官。

 パートナー達も傷付き、暗い雰囲気が漂っている。

 レジギガスが善戦しているとかそんな事が気にならないくらい、人々は傷付いていた。

 たったの数時間だが、間隙の無い襲撃は多大なストレスとダメージを残した。

 

 街は破壊し尽くされ、相当数の人命が奪われた。来る道の途中には力尽きた亡骸も散見された。

 まさか俺の仲間がそんな事には……と思いつつも若干焦りながらホシノ達を探す。

 どうやら地区ごとに掲示板に紙でメモを残しているらしいが、残念ながら書いてあるのはこの世界の文字なので、そういうわけだ。

 暫く探し回って見つかったのはテッセンだった。

 テッセンさんなんでここに! ……いや、今はそれよりも! 

 ……あっちだな! ありがとうジジイ! 

 聞きたいこと? 

 あの巨人の正体……わかった、テッセンさんだからな。

 あれはレジギガス。

 俺もそこまで詳しい事は知らないけど、大昔に神と争ってたポケモンだよ。

 なんで火山にいたのかは知らない。

 アイツは大陸を引っ張って動かしたっていう伝説があるから、きっと島を運んできたのもアイツなんだろうな。

 そんじゃあ俺、ホシノ達に会うから。

 

「ピカチュウ! 無事だったんだね!」

 

「ノコ、怪我してないか?」

 

「うん! ……ホシノは噛みつかれちゃったからリザードンと一緒に休んでるよ」

 

「そうか、ありがとな」

 

「えへへ…………みんな心配してたんだからね?」

 

「……ごめん」

 

「みんなの所に行こう?」

 

「おう!」

 

 負傷したというホシノだけでなく、ナギ、レッド、アイリも疲れからか横になっていた。

 ずっと戦い通しだったらしいので、相当な負荷がかかったんだろうな。

 みんなただいま。

 眠ってないのはナギだけか。

 いや……そのまま横になってろ。

 良く頑張ったな。

 ……ノコはあれか、まだバトルは早かったか。

 動けないホシノを運んだりした? 

 それでこそ俺のライバルだ。

 

 とりあえずダイゴくんとアスナを合わせといた方が良いような気がしたからアスナを探すと、さっきも救護スペースにいたらしい。

 泣き通しで何もできない状態だったとか。

 あれ、じゃあもう会ってるかも……

 救護スペースに戻るとアスナが無言でダイゴと自分の腕をロープで繋いでいたので何も見なかったことにした。

 

 もう一度仲間の元に戻るとホシノが目を開けていた。

 すぐに近寄って抱き起こすと、嬉しそうに笑った。

 ……無事で良かった。それに、みんなを守ってくれてありがとうホシノ。

 

「いいんだよ〜……んっ」

 

 ──よし、元気出た。

 

「ふふっ」

 

 旅館では何があったんだ。

 ……やっぱりワイルドハントの襲撃だよな。

 え? アイリとヒーホーくんが覚醒してだいぶ時間を稼いだ? 

 良く分かんねえけどいっつも覚醒してんな。

 ホシノも覚醒とかしとく? 

 ん? いや俺は覚醒して欲しいとかは特に思ってないけど……

 ホシノはそんなの必要無いくらい頑張ってるしな。

 どれだけ強くても物量には勝てない、それは当たり前だ。

 ──じゃあ〜もう一回寝ようか、まだ痛むんだろ。

 着いてくるって……そうだな。

 じゃあほら、乗っかって。

 

「……久しぶりにお兄さんの背中だ」

 

「熱々だねーお二人さん」

 

「あ、熱々ってそんな……あぅ……」

 

「全く、僕がいるのもお構いなしでイチャイチャしちゃってさあ」

 

 何を言っているんだこのお転婆娘は。

 ……お前も一緒に来る? 

 

「お邪魔虫は留守番してますよーだ」

 

 ここでめんどくさい女みたいなムーブして欲しく無いんだけど……いいからお前も行くぞ! 

 ほら、ワニノコも! 

 体力余ってんだろ! 

 

「ワニワニ!」

 

「ふん……」

 

 ……もしかして、俺なんかやっちゃいました? 後でお叱りは受けるんで今は勘弁してほしいです。

 なぁ、今はマジで。

 

「じゃあ、あとでね」

 

 絶対に俺は悪く無い!

 そもそも、今そういう浮ついた状況じゃないんだけど……ノコも修羅場を経験し過ぎて若干麻痺してるのかもしれない。

 なあホシノ、どう思うよ。

 

「う、うん……ノコちゃんも女の子らしくなって来たって事だと思う、かな」

 

 え? 

 …………だめだ、全く意味が分からない。

 

「おじさんもこれ以上は説明出来ないかな……それでどこに向かうの? あの巨人さんのところ?」

 

 いや、あれは手を出す余地無いだろ。

 

 

 ──────

 

 

 レジギガスとは違う場所、明らかに異常な雰囲気が膨れ上がっていた。

 ちょうどグレンタウンの真ん中。街並みが破壊され尽くし、今はもう誰もいないそこでは大地が凍りついたかと思えばカマイタチが降り注ぎ、雷が横向きに襲いかかる。

 巨大な火球が二つ発生し、瓦礫を融解させながら衝突した。

 

 トランペッター、刺青を光らせる男。

 吹き抜ける熱風の中、対峙する二者は乱入の気配を敏感に感じ取っていた。

 しかし、視線を逸らせば攻撃が飛んでくる。

 睨み合ったまま、次のわざを準備した。

 

「あれ……あの人、マタナキタウンのショップの店員さんだよね」

 

「本当だ……刺青光ってるけどもしかしてネオンサインだったのか」

 

「2人とも、あの頭がとんがってるヒトと知り合いなの?」

 

「知り合いっていうか……」

 

「俺とホシノが出会った街にいたんだけど──客と店員の関係性だな」

 

「なんでその人がここにいるの?」

 

「分からない、予想すらできねえわ」

 

「じゃあ……味方なの?」

 

「いや、だから分からんって……あぶねっ!」

 

「……うひゃぁあ!?」

 

 ノコの真横、寸前までいた場所を、深く地面を刻みながら不可視の刃が通り過ぎた。

 空気のゆらめきから察知したポケモントレーナーが引っ張っていなければ、ノコは膾になっていたこと間違い無い。

 奥歯の根をガタガタ言わせながら引っ付いてくるノコを後ろに庇う。

 

「ひ、ひいいい……良く見たらあっちの人はガイコツじゃん……」

 

 ひしひしと感じる強大な気配に導かれてやってきたポケモントレーナーは、まさかそこに2人もバケモノがいるとは思っていなかった。

 どうしたものか。

 状況的には店員が仲間の可能性は高いと予想しているが、実際どっちも敵の場合だってある。

 単刀直入に行く事にした。

 

「あのー店員さん、人類の味方だと思っても?」

 

「……そうだ」

 

「それで、あいつはワイルドハントの首魁ですか?」

 

「ああ」

 

「よっし、じゃあ加勢しま──」

 

「いや、下がっていてくれ」

 

「──せん!」

 

「ええ!? いいの!?」

 

 驚きの声をあげるノコ。

 

「いいんだよ、あの人は強い。それに俺はあの怪物の事を知らない。俺が邪魔になる可能性だってあるからな」

 

「じゃあ僕たち何しに来たの?」

 

「……うるせえ! 観戦しに来たんだよ! ほら、危ないから離れて見るぞ」

 

 瓦礫に腰掛けて行く末を見守る3人の目の前で、店員はモンスターを扱わずに直接わざを繰り出した。

 

「あれ、亜人なんじゃないの〜?」

 

「俺、馬鹿だからあんまり亜人の事知らねえんだけど亜人ってあんな感じだっけ」

 

「……」

 

 ホシノも脳内の記憶を頼りにあんな亜人がいたか考えてみたが、思い当たるものは無かった。

 あそこまではっきりと人間の容姿をしているものは人間として見られるからだ。そして、形が人間に近ければ近いほどモンスターのわざは扱えなくなるし身体能力だって相応になる。

 

 思い出すのは、かつて彼に指示を出された「まもる」。

 自分は間違いなく人間だ。そんなのは考えるまでも無い事で、疑ったことすら無かった。

 ただ、彼は私のことをポケモンだと思ってる。そういう関係になった今ですら、偶に本音が漏れて直接そう言われる事がある。

 目の前の店員さんは指示を出されることすら無くわざを操っていた。

 つまり……彼が定義するところのポケモンなのだろうか? 

 

「あの人がポケモンかって……そうじゃね? 他になんかある? 多分リグレーとかそこら辺を先祖に持ってるんだろ」

 

 終始、店員優勢でバトルは進んだ。

 追い詰められたガイコツは、手に持ったトランペットを鳴らすと元気になった。

 見ている3人ともズルいとは思ったものの、戦闘行動が洗練されていないのかすぐに全身をズタボロにされた。

 

「うへ〜圧倒的だね〜」

 

「なんであんな人がショップの店員やってんだよ……辛えよ……」

 

「なんで?」

 

「戦闘センスが就職に関係無いって分かっちゃうからだよ……」

 

「そもそもあの人バイトの筈だから、就職とかして無いでしょ」

 

「泣きそう」

 

「良いじゃん、試練で稼げるんだから」

 

「いつまでも体力仕事なんて嫌なんだが」

 

「…………っっっ!!」

 

「おっと」

 

 和気藹々と話す3人の元まで届いてきたのは鋭く尖った殺気。

 物理的な殺傷力を備えたその殺気は小石や地面に転がる木材の破片を粉砕していた。

 立ち上がり備えると、ガイコツが倒れ伏しながら指を空に振る。

 

『修羅の王としての素質を捨てた愚か者──』

 

「……それでもいい、これこそヒトが進むべき道なんだ」

 

『あの御方は大層お怒りだった……汝が如何にしてニホンから抜け出したのか、結局分からずじまいなのだから』

 

「……」

 

『だが最早、時間の問題だ』

 

 店員が手のひらに巨大な火球を発生させても、顔色一つ変えず──骸骨なので顔色は分からないが雰囲気に変化は無い──宣告をする。

 

『この世界には以前と違い十分な生体マグネタイトが満ちている』

 

「それで?」

 

 店員はいつでも殺せる故に、トランペッターから情報を得ようと続きを促す。

 

『強力なアクマが現界するでも無く既に棲みついている……そう、あのジャックフロストのような。それに、異界もすでに形成されているようだ』

 

「……なるほど」

 

『私がここで死のうが、扉は開かれる』

 

「…………」

 

『これよりこの世界は第8の魔界となる。混沌が訪れ、汝は再び混沌王への道を歩む事になるだろう』

 

「──はぁ」

 

『……随分落ち着いているな』

 

 ニヤリと、店員は笑った。

 

「──この世界は停滞しなかった」

 

「──この世界は受胎しなかった」

 

「──この世界は人による滅びの道を歩まなかった」

 

「だから俺はここにいる」

 

「支配する神で無く、見守る神」

 

「カグツチのような醜い願望器でもない」

 

「思い知れ」

 

 全く意味の分からない内容に困惑する3人の前で、ガイコツは驚いたような気配を漂わせた。

 店員から何かされたようには見え無かったのに、身体がどんどん溶けていく。

 

『あり得ない。マグネタイトがいきなりこれほどに減るなど、どこかで強力な召喚でも行ったのか? ……しかし何の気配も無い』

 

「何もわからぬまま朽ち果てろ……知ったかぶりのペテン師め」

 

『ア……アァァァァ……』

 

 うわキモ……とドン引きする3人。ガイコツはスライムみたいに解けて消えていった。

 その場にはシミすら残っていない。

 終わったのか、店員を見てみると彼もこちらの方を見ていた。

 ホシノが代表して話を聞く。

 

「あ、あの〜、おじさん達には何が何だか分からないんですけど……どうなったんですか?」

 

「終わったよ」

 

「え? あれで? なんか溶けていなくなっちゃったけど……」

 

「アクマはああして消えるんだ」

 

「アクマ……?」

 

「ああいや、モンスターね。ほら、見た目が悪魔みたいに見えるからそう呼んでるんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

 不思議な人だなあ……なんか言い訳する時の雰囲気がちょっとお兄さんと似てるような。

 

「ホシノ、店員さんと話がしたいからノコと一緒にそっちで、待っててもらってもいいか?」

 

「……分かった。ノコちゃんあっちの方で待ってよ?」

 

「うん」

 

 

 ──────

 

 

 もしかして:同郷

 そんなドキドキを胸に話を色々聞いてみたところ、全然違くて拍子抜けした。

 日本ではあるらしいんだけど西暦が全く違うし、世界が滅亡しかけていたとか意味の分からんこと言ってた。歴史の教科書にそんなこと載ってなかったよ……

 戻りたいのかと聞けば、自由に戻れるもんでもないとのこと。

 それに本人的にはこの世界で満足してるらしい。

 分かる。

 

 なんか店員さんの世界は終わっていたそうです。

 人間は99%絶滅して悪魔が支配する世界に変貌し、世界の行く末を決めて争っている途中だったんだって。

 ……遠い、遠くない? 

 俺の世界そんなの無かったよ。

 そもそも悪魔って何? 

 ポケモンとなんか違うの? 

 ……あ〜さっきみたいに死ぬと溶けてくのね。

 いや流石にそれだけじゃないっしょ。

 異界? 悪魔合体? マガタマ? シュヴァルツバース? 召喚プログラム? 

 ……おん……そっか……

 なんかよくわかんねえけど並行世界みたいな感じ、カナ!? 

 こっちに来た経緯は本人にもよく分かっていないらしい。でもよかったね、そんな終わってる世界よりよっぽどこっちの世界の方がいいよ。

 

 俺の世界? めっちゃ平和だったね。

 まあ大陸によっちゃ戦争とかしたりしてるけど、日本に限って言えば平和。

 俺はこっちに来てどう思ってるか? 

 …………悪くない。

 うん、悪くないな。

 ポケモンがいるし、空気は綺麗だ。

 ご飯だってちょっと違うけど文句なく美味しい。

 それに──死ぬほど女の子が可愛い! 

 なあ、あんた昔の人なんだろうけどさ。

 この世界の人間って全員可愛いしかっこいいだろ。

 あんたの世界もあんなに顔面偏差値高くは無かったよな? 

 ……え? 偏差値って単語を久しぶりに聞いた? 

 それはショップの店員やってるからでしょ。

 

 あのレジギガスのことは知ってたのか? 

 ……あ、全く知らないのね。

 あのガイコツの出現を予想して現れた……なんかヒーローみたいだな。

 ……ヒーローはやめろ? 

 なんで? 

 良い思い出が無いってなんだよ、ヒーローに良い思い出が無い人間とか意味分かんねえだろ。

 もしかしてアンパンマンとか無いの? 

 ……いやアンパンマンはあるんかい! 

 すげえな、アンパンマン。

 カ……え? カ、カオスとロウ……が、どうしたの? 

 その人間の本質? 混沌のカオスと秩序のロウ……

 俺は間違いなくロウだわ。

 ……なんだよ、なんでそんな目で見るんだよ。

 秩序があるから毎日ちゃんと生活できるんだろ? 

 じゃあロウ万歳だわ。

 

 なんかロウは締め上げて締め上げて、締め上げるっちゃ! みたいな思想らしい。自由はそこには無く、あるのは研ぎ澄まされた管理世界……あかんやん! 

 逆にカオスは力isパワー! 女! 暴力! セックス! らしい。自由では無く無秩序、力無きものは死にたえろ……あかんやん! 

 どっちもクソだということが分かり、俺は抗議した。なんか良い感じのは無いのか! 俺の世界みたいな! 

 ──あったよ! ニュートラル! 

 どっちつかずで、管理もそこそこ、暴力もそこそこ。その代わり、どちらからも狙われるしどちらからも誘われる。理由は、どっちつかずでいる為には力が必要だから。最低限の力が無ければ選択肢すら無く、その道を選んだものは両者から放たれる刺客を殺し続けなければならない。

 ……あかんやん! 

 

 店員さんはとんでもない世界からやってきたクポ〜^^

 僕は毎日寝て起きて飯食って大学行ってウンコしてる生活送ってたのに、店員さんは修羅みたいな生活してたクポ〜? 

 毎日殺伐としてて、あんまり楽しい生活送れなさそうだクポ……

 え? 意外とそんな事もない? 

 可愛い悪魔とイチャコラ生活? 

 どんなのがいるのかおせーて!

 ピクシー、ネコマタ、エンジェル…………ちょっと待ていい! 

 エンジェル!? 天使!? 悪魔じゃないの!? 

 ──取り乱してもうた。

 悪魔じゃ無くてアクマなのね。

 何が違うねんと思うが、なんかまあ違うんだろ。

 どうでもいいや。

 

 久しぶりに地球人と話せてスッキリしたわ。

 ……なあ、この世界に地球人って他にもいるのか? 

 知る限りだといないか、サンキュー。

 ところでレジギガスってずっとあのままなの? 

 知らん? 

 ポケモンに関して何も知らねえじゃん。やった事ないの? 

 ──聞いた事も無いわけあるか! あんたの年代にはもう出とるわい! 

 まさかポケモンが無い世界があるのか……? 

 

 ところで、マジで戻る手段とか無いの? 

 死ぬほど頑張れば可能性はある? 

 ……ふーん…………ふ────ん。

 まあそれをしないって事は相当アレなんだろうな。

 じゃあ聞きたい事も聞けたし、俺はもういいや。あんたは? ……そっか。

 

 おーいホシノ、ノコ! 

 一旦ジムに帰るぞ! 

 

 

 ──────

 

 

 ワイルドハントは去った。

 もう、人々を襲う恐ろしい者たちはいない。

 それが齎すのは束の間の安堵。

 そして街を見渡して気付く。

 ボロボロだ。

 街には何も残っていない。

 建物も、人も、道も、物も。

 怪物たちがいなくなったからといって街が自動的に修復されるわけでは無い。

 築いてきたものが壊された。

 それも十数時間で。

 前回は海岸でギリギリ耐えられた。

 でも、今回は違った。

 

「この街はもう……終わりだ」

 

 どこを見てもその言葉は変わらない。

 疲弊し切っていた。

 人は弱く、半日も戦い続ければ立つことすらできない。

 啜り泣く声、慟哭。

 ジムやその周辺に形成された避難所は負の感情に満ちていた。

 もはやここは難民キャンプでしか無い。

 

 テッセンは項垂れる。

 多くの経験を積んできた。

 多くのモンスターと戦ってきた。

 多くの死別を乗り越えてきた。

 ただ、これはそういうものじゃない。

 

「恨むぞ……ポケモントレーナーくん……」

 

 筋違いなのはわかっている。

 守るものとして、己がここにいるのが正しいというのもわかっている。

 あまりにも無力だった。

 ジムリーダーなどという肩書きに満足して、研鑽を怠ってきた自分のなんと浅はかなことか。

 

「テッセンさん……」

 

「……カムイ」

 

 全身がズタボロのシンリンカムイが戻ってきた。

 あの大群を直接相手にして生きているだけでも凄まじいことだ。

 しかし、その目には隠しきれない悲しみがあった。

 

「全て、我らの力不足だ」

 

「…………パックンフラワーは?」

 

「休眠に入った、しばらくは動く事もできない」

 

「そうか……」

 

 キングパックンフラワーは大きなダメージを受けると休眠状態に入る事で死を免れることができる。

 だがカムイの主戦力はいなくなってしまった。

 もう一度ワイルドハントがこの街を襲えば間違いなくカムイは死ぬだろう。

 なんならすでに瀕死と言ってもいい。

 

 カムイとテッセンはゆっくりと避難所を見て回る。

 この街にはもはや食料も寝床も無い。

 どんな指示をするか、テッセンの手腕にかかっていた。アスナはこういった経験が少なすぎる。

 

「…………」

 

 険しい顔でいるのをやめられない。

 海千山千のテッセンもここまでの惨劇を体験するのは初めてだ。

 異界の怪物が攻めてくるなど誰が予想できる。現場にいたテッセン達ですら、アレがどこから来たのかいまだに分かっていないのだ。

 チャンピオンでさえあれに対処するのは容易では無い。

 

「もう、ソーマは使えるのか?」

 

「……まだじゃよ、影響が残っとるのじゃろう──む?」

 

「────なんだ?」

 

 悲劇は過ぎ去ったはずだ。

 もうこれ以上、苦しめるものは来ないはずだ。

 そんな思いを抱く人々を無視して、どこからか白いものが流れてきた。

 

「──霧?」

 

 満ちていく。

 グレンタウンは朝、霧が発生する地形的条件を持っているが、まだ朝では無い。

 こんな事は誰も知らない。

 豪雨、ワイルドハントに続く異常事態かと皆が怯えている。

 もうコリゴリだ。

 もう、嫌だ。

 震え喚く人々を鎮めるだけのものを二人は持っていなかった。

 二人ですら、心に恐怖が忍び寄るのを感じ取っていた。

 そこに響く、場違いに明るい話し声。

 

「──いやだからさあ、何がそんなに気に入らないんだよ……」

 

「ふん! 僕はどーせライバルでしか無いんでしょ!」

 

 水色の髪をした少女が肩を怒らせながら歩き、見覚えのある青年が眉尻を下げて情けない顔をしてその隣にいた。ピンク色の髪をした少女が、はーやれやれみたいな顔をしてその後ろをついていく。

 

「ライバル以外に何かあるのか……?」

 

「はあああああああ!?」

 

「な、なんだよ……」

 

「前々から思ってたけどさ! 君って僕のことすっごい適当に扱ってるよね!」

 

「ええ!?」

 

「ほっぺ摘んだり髪の毛わしゃわしゃーってしたり!」

 

「ダメだったのか……じゃあこれからは止めるよ」

 

「止めろとは言ってないでしょ! 何にも分かってない!」

 

「……」

 

 口を真横に引き結び、どうしたら良いんだ……という表情をする青年の頬を引っ張る。

 

「他のみんなにはもっと優しいじゃん!」

 

「ま、まふぁりに人がいるからふぉうちょっとしずかひ……ほら、見ふぁれてるし」

 

「真面目に聞いてる!?」

 

「ひぇぇぇノコにもこの時期が……父ちゃん、俺どうしたらいいんだよ……」

 

 怯えながらもふざけているような雰囲気を見せる青年は、本気で目の前の少女の事で困っているようだった。被害を受けた当事者の一人であるにも関わらず、余りにも呑気な反応をしている。

 

「絶対に理由あるでしょ!」

 

「…………まあ」

 

「教えて!」

 

「……怒らない?」

 

「絶対に怒る!」

 

「はい……」

 

「ほら!」

 

 チャキチャキ話して! と詰め寄られ、青年はすごーく気まずそうに白状する。

 

「その……出会った時はオスだと思ってたから……向こうではずっと男友達のノリだったし……つい」

 

「…………」

 

 涙目で頬を膨らませてプルプルプルと震える少女が、今からどんなリアクションをしようとしているのか明らかだった。

 青年にも分かったのか、引き攣った顔をしている。

 

 さっきまであんなに鬱々とした雰囲気が漂っていたのに、誰も彼もが忘我の面持ちでそのやりとりを見ている。

 余りにも空気が読めていなさすぎるその二人に視線を奪われていた。

 

「ばかーーーー!!」

 

 

 ──────

 

 

 ノコ……マジで人間としての成長が早すぎる。なんなの? 元から人間だったの? 

 ……あ、でもオスメス間違われるのは人間とか関係無く嫌なのか? ポケモンの情緒とか分からんよ。

 背にしがみついて齧り付いてくるワニ系女子と化したノコをそのままにアイリ達の所に行くとまだ寝ていた。

 まだ数時間しか経ってないしな。

 これで起きていた方がショートスリーパー過ぎて怖い。

 ぐっすり寝ている様子のナギの頬に付いた涙の跡は、ストレスから流れたものかね。

 

 そばに座り込むと、避難していたのであろう人たちが俺のことを見ていた。

 騒ぎ過ぎたか。

 粛々としていると、噛みつくのに疲れたのかノコが前みたいに座椅子になれと要求してきた。

 甘えん坊で可愛い……そうじゃないそうじゃない、俺がイメージしてたのはもっと100%友情! みたいな、ライバルとして性別を超えた健全な良い関係を! みたいな感じだったんだよな。

 ドリームランドではあんなに凛々しかったのに…………いや? それも違うか。

 元々出会った時は幼い感じだったのが、厳しい冒険で研ぎ澄まされていって──こっちにきて、背負うものが無くなったから溶けてきたって感じか。今は切れるナイフ状態だけど。

 最初はくっついてくる弟みたいに見てたし、それが女になっただけかも知れん。

 違う世界の血の繋がってない性別女性の弟……つまり他人では? 

 

「ふんす」

 

 めっちゃ鼻息荒いじゃんこいつ。

 こわっ……椅子に徹しとこう。

 そのうち満足して落ち着くかもしれん。

 ホシノも分かってるなら、どうしたら宥められるかヒントくらい教えてくれれば良いのに。

 

「…………」

 

 どうした? 

 

「いつもみたいにギュッてしないの?」

 

 は? 可愛すぎてキレそう。

 

「あ、すごいドキドキしてる」

 

 ちょっと心臓が持たないですね。なんで元々ワニノコのくせに、こんなに男のツボをわかってる女になってしまったんだい?

 

「僕だって、元々はモンスターだけど今はニンゲンの女の子なんだからね?」

 

 ホシノも、ナギも、レッドも、ノコも、アイリも……女の子の成長って早えなあ。

 うーん……可愛いのは前からわかってたけど、もう少し女の子として扱うか? 

 女の子として扱うって何だよ、元から女の子だよ。……どうしてもポケモンの時の感覚ベースで考えちゃうんだよな。

 でも、女の子として扱うってなったらライバルとは若干意味がズレているような。それって趣旨がズレない?

 

「それでいいよ」

 

 軽っ!? 

 どういう事!? そもそもこっちにきた理由って俺のライバルになりたかったからとかじゃ無かったっけ!? 

 

「あはは……アレはピカチュウが勝手に解釈しただけでしょ」

 

 ご、ごめんなさい。

 

「その……と……」

 

 と? 

 

「と、となりに……いたいんだって……言ったじゃん」

 

 なんでそんな恥ずかしがってんの。

 

「お、おかしいな……前はもっと気楽に言えたのに……」

 

 顔を真っ赤にして、両頬を手で隠してしまった。

 愛くるしいという言葉が似合う様子で、頭を撫でようとしたら慌てて立ち上がり、どこかに行ってしまった。

 

 ノコが離れると、途端に襲いかかってくるものがあった。

 俺の肉体には強力なチートが宿っている。

 それは一種の精神感応すら引き起こせる。

 伝わってくるのは強い悲しみ。

 ノコとのやり取りで無理やり誤魔化していた。

 そしてこの光景──俺もかつて経験し、多くの人が学んだことだ。

 押し流されて全てが無くなり、住み慣れた全てが意味を成さなくなる。

 この街は数十年、人がマトモに住める土地では無くなった。

 

「そんな暗い顔するなんて、お兄さんらしくなーいよ?」

 

 ホシノ……

 

「ね?」

 

 …………この結果は、多くの人が味わってきたものと同じだ。100年前も、200年前も『俺たち』は原因こそ全く違えど苦しめられてきた。

 良いかホシノ、人は災害には勝てない。

 だから備えてきた。

 少しずつ技術を進歩させて、勝つんじゃなくて負けないように進化してきた。

 だけど……明確に破壊の意思を持った災害がこんなに恐ろしいなんて、思いもしなかったよ。

 

「お兄さん……」

 

 やっぱり、一人一人が戦力を持たなければどうしようもない事態がこの世界には存在する。テッセンやカムイ、チャンピオンがいたところで文明なんて維持できない。

 

「それは!」

 

 辛いな。

 英雄なんて呼ばれてても、みんなが思う救済性を携えた救世主なんかじゃない。

 なんか出来ないかと思ったけど、結局散歩してるだけだったよ。

 レジギガスと店員さんがいなきゃヤバかった。

 

「レジギガス? ……あの巨人のこと?」

 

 うん、あの巨人だ。今は霧に隠されて見えないけどアレは間違いなくそうだった。神に敗れて封印されてもああして俺たちを守ってくれている。

 本当に今回、俺は何もやってないな。

 

「ダイゴって人を助けたんでしょ?」

 

 まあな。

 ただ、ダイゴくんは……性質上こんな所で死ぬなんて考えづらいんだわ。

 

「また変なこと言ってさ〜、人助けしたんだから素直に認めれば良いんじゃないの?」

 

 そう単純な世界でも無いんだよ。

 俺がもし本物の救世主ならきっと、こんな事は起こさせないのにな。

 

「おじさんは思い込みだと思うけどなあ」

 

 まあ、俺のことは良いか……この霧、やっぱり普通じゃないみたいだな。

 

「なんで?」

 

 すごいエネルギーを感じるんだ。

 ──ほら、あの人。

 

「…………!?」

 

 ホシノが驚くのも当然だ。

 右足をぐちゃぐちゃに潰されて、苦しんでいた男性の泣き喚く声が先ほどまでは響いていた。

 その声がおさまっている。

 痛みがなくなった右脚を不思議そうに見つめる男性の目の前で、スルスルと蔦が伸びるように肉体が再生されていった。

 

 

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