「なっ…………!?」
「──信じられん!」
ホシノが見たのと似たような光景が霧の中──つまりは街全体で見られた。
テッセンとカムイは理解を超越した現象に思考を放棄しそうになる。
しかし目を擦っても視界に入る光景は変わらない。
粉砕され、圧砕され、踏み荒らされた全てが戻っていく。
元あった場所へと収まっていく。
そして……
「ば、バカな!?」
頭部だけを残し、ミンチと化していた死体が。
二人の目の前で肉体と服が再構成され、その場には傷一つない人間が残される。
浅く上下する胸が、その人間の生存状態を表していた。
「なんだこれは……!? なんなんだこれはっっ!!」
叫ぶカムイ、一方のテッセンは呆然と街の様子を見つめる。
二人の視線の先、圧壊した道が元通りになって行く。
木片が一つ、浮き上がった。空間に固定され、ぴたりとはまる別のピースが繋がり、割れ目が無くなって一つの大きなかけらとなる。
ソレを繰り返し、柱を成す。梁となり、壁となる。
時間が巻き戻って行く。
とある少女が地面に座り込み、身体をペタペタと触る。
先ほどまで左腕が無かったのに。
食いちぎられて噴き出した赤い血の中に沈み、眠くなって目を閉じ筈だったのに。
アレは夢だったのかと思うその目の前で、家が一人でに修復していく。
あの時は、家族みんなが中にいた。
飛んできたモンスターに目の前で家が押しつぶされ、瓦礫の下から途方もない量の血が溢れていた。
ゆっくりと起き上がり、修復されていく家の玄関の前まで行く。
すでに一階部分の外見は完全に元通りで、今は二階が途轍も無い音を立てながら直っている最中だった。
震える手で扉のドアノブを触る。
開けようとしたら、勢いよく扉が開いて中から何かが飛び出してきた。
押し飛ばされて尻餅をつく。
お尻を押さえて前を見ると、お母さんだった。
いつも通りの姿、何も変わらない姿だ。
みんな、あの時のことはハッキリとは覚えていないらしい。
ただ、みんな同じような事を言っていた。
身体を押し潰される夢を見たって。
肉が弾け、骨が砕ける音を聞いたって。
テッセンは目の前の事象にある程度のアタリをつけた上で、あり得ないと何度も言っていた。
「あり得ない……時が戻るなど……何だこれは……」
「テッセンさん……何かいるぞ!」
「こなくそ……!」
『何が起きているのか──正常化です』
「……誰じゃ?」
明らかに異常な存在だった。直前まで、カムイとテッセンは全くそいつに気付かなかった。
『わたしの正体は何でも良いでしょう。混乱を避けるためにも、あなたたち2人には多少の事情を説明しようと思い、こうして現れました』
「なぜ姿がハッキリと見えない……?」
『見られると良くない影響があるから隠しているのですよ』
霧の中に佇む存在をテッセンとカムイは視界の中心に据えているのにも関わらず、その形を捉えることができなかった。
しかし、目の前の存在が超常的な存在であるからと言って、その言葉までをはいそうですかと信じるわけでは無い。
むしろ、こんなタイミングで現れたことに不信感まで覚えていた。
『お気持ちは察します、タイミングの問題でしょう?』
「わかっているなら、何者かぐらい明かして欲しいのお」
『ソレはできないですね』
「テッセンさん、こんなことを起こせるやつだ。今は大人しくしとこう」
「う、うむ……」
『誤解があるようですが良いでしょう、まず──』
──────
すごいよなあ。
時が戻るなんて、こんなことを引き起こせるやつはそう多く無いだろうなあ。
「お兄さん! 何これ何これ!」
パニックのホシノも可愛いなあ。
でも……そうか。みんながこんなに驚いてるって事は、やっぱり普通じゃ無いんだな。
時を巻き戻す。
死者を蘇生し、エントロピーを低い状態へ。
ファンタジーなこの世界ですらファンタジーに含まれるような特異現象。
因果律の操作が必要な、そんな奇跡を引き起こせるのはそれこそ──
『俺が──私が授けた力は役に立ちましたか?』
「……そうすね」
『私が言うのは皮肉かもしれませんが、あなたはきっと運命の神に愛されているのでしょうね』
「──へっ、そりゃあ確かに皮肉だな」
『薄々勘づいてはいたのでしょう』
「いや、そうなんじゃないかって思ったのはさっきだな」
『このせk──地方はどうでしたか?』
「あー……」
「お、お兄さん……! この人があの青い炎の!?」
揺さぶるな揺さぶるな。
「おおお落ち着けけけそそうだからららら…………落ち着けぃ!」
よく今のやりとりで霧の人だって分かったな。
……ん? 何で頭下げてるんだ?
「えーと、名前がわからないけど……あなたのおかげでオールドタウンを救えたんだよね? ありがと〜」
『良いのです、わたしの領分に手を出そうとした不届者。ソレを誅するのは本来私自身であるべきでしたが、彼が代わりにやってくれた。それだけです』
「領分?」
「まあまあ、その話は良いんだよ。この地方がどうかって話だろ?」
『ええ、ぜひ聞かせてもらいたい』
「……すっっっげえ楽しい!」
ホッとしたような雰囲気が伝わってくる。
アレか? アーティスト魂か?
『ソレは良かった。貴方を元の場所に戻す方法は無いので、報酬として求められたらどうしようかと』
「……ん? じゃあ俺がここに来たのって」
『はい、私ではありません』
「──こんなにすげえアンタにも、出来ないことってのはあるんだな」
今も見える範囲でどんどんと巻き戻っていく。
こんなの物理学者が見たら発狂するか大喜びするかのどっちだろ。
「お兄さん……」
ホシノが少し悲しそうな顔をしていた。
心配すんな、元からなんとなく分かってた事がちゃんと確定しただけだ。
家族には悪いけど、お前らがいれば俺はそれで良いさ。
「…………」
そんな抱きしめなくても寂しくなんか無いって……ありがとな。
「うん……」
『彼も、貴方も、とても強いのですね』
これだけ素晴らしい世界なんだからどんな人だって気に入るさ、きっとな。
『そう……でしょうか』
そうさ。
俺はあんたに出会えたら言おうと思ってたんだ。
こんな夢みたいな世界を作ってくれてありがとうってな。
『──それならば、頑張った甲斐がありますね』
ああ、誇って欲しい。
あんたは一流のクリエイターだ。
『……ふふふ』
やはり姿はハッキリと見る事ができないが、どことなく嬉しそうな雰囲気を漂わせている。
『──それはそれとして、貴方には報酬を与えなければならない』
……そんなの必要あるか?
無関係のやつが勝手に色々やって、その延長線上で良いことがあった。
アンタはただふんぞり返ってりゃいいんじゃないか?
『いいえ、彼にも報酬は与えている。これは私なりのルールなのですよ』
ふーん……じゃあレッドとピカチュウを引き合わせてやってくれ。グズマは情報もそのうち集まるだろうけど、ピカチュウは全く見当もつかないからな。
『え……』
え……じゃなくて。
別に全世界のピカチュウの話とかしてないから。
親友のピカチュウだよ。
「──お兄さん」
「あ、レッドちゃん」
レッド! 起きてたのか!
大丈夫だったか?
「うん…………その……」
ああ、この人に頼めばピカチュウと再会できるぞ!
……いてっ! なんだリザードン、なんで叩くんだよ。
いてっ! ……なに? なんか伝えたいんだろ? そんな尻尾でペチペチされても伝わんないんだけど……なんか言えよお!
「無茶でしょ」
ホシノ、そんなツッコミしてる場合じゃないぞ! 今、すげえ大事な局面なんだから!
『残念ながらそれを叶える事はできません』
──はあ!? 神龍みたいな事言うんじゃねえよ!
この願いってそんなに難しいの!?
じゃあ尚更俺たちが探すの厳しくねえか?
『いえ、誰も望まない結果になるので……』
ん? どういう事だ?
『…………』
……よし分かった! じゃあ今ピカチュウはどこにいるんだ? それなら良いだろ? 目星ぐらいつけたい。
『私の目の前に』
……レッド、大丈夫だからな。
なあ、冗談を聞きたいわけじゃ無いんだ。
『冗談ではありません。私の目の前にいる貴方こそ、彼女が探しているピカチュウです』
……俺も流石にこれに関してはふざけていられないんだよ。真面目に答える気がないなら──
「お兄さん」
もうちょっと待っててくれ、こいつは絶対知っているはずなんだ。ピカチュウの居場所を──
「お兄さん、これ」
袖を引っ張られ、レッドの方を向く。もう、ほぼ完全に、見える範囲では街も人も他の生物も修復されていた。
差し出した右手に何かを握っていた。
掌を開き、中にある物を俺にも見えるようにする。
それは、俺がドリームランドで手に入れた鍵だった。
レッドが縋るような目付きでこちらを見てくる。
何かを期待しているような、そんな表情だ。
「どこで……手に入れたの?」
この鍵は──ドリームランドでいつの間にか手に入れてた物だな。俺のリュックから見つけてきたのか?
「……これが何か、分かる?」
鍵だろ。
流石に分かるよ。
「そうじゃなくて」
うん?
「分からない?」
言いたい事は良く分かってないかな。
「そっか」
???
『貴方の正体は私にも分かりません』
まあ被造物じゃ無いしな。
『ただ、極めて近い世界に2回転移している事は把握しています』
…………2回?
いや、それはおかしい。
俺は1回しか転移してないぞ。
『1回目の転移はこの時間軸で言えば5年前、そして2回目は覚えがあるでしょう』
背筋を汗が伝う音が聞こえたような気がした。
……5年前って、何言ってるんだ?
俺がここに来たのは2年前で──
『それは貴方が記憶を失っているからですね』
記憶……でもおかしいぞ。俺は記憶喪失って嘘付いてるけど実際は記憶あるし。
「あ、霧の人ごめんねぇ、話をちょっと待ってもらっても良いかな〜?」
『構いませんよ』
「ナギちゃん達起こしてくるね!」
霧の……いや、こう言うべきだ。
アルセウスをじっと見つめる。
アルセウスも、俺のことを観察していた。
──────
ナギはアイリと共に叩き起こされ、ホシノの先導のもと、青年がいる場所へと急いで向かった。
既に会話は始まっていた。
『私は貴方にチート? など授けていませんよ。施したのは、かつて波導と呼ばれていたエネルギーを操る能力の覚醒のみです』
「店員さんは生体マグネタイトと言っていたけど」
『ソレは彼の世界での呼び方なのでしょう』
「サイコエネルギーってのは?」
『古い名前は廃れ、新しいものへと移り変わっていく。ソレが世界です』
「なら、なんでこの街を救った?」
『異世界からの侵略は私の責任でもあります』
「なるほどね……ナギ、アイリ、来たか」
あの人が私のことを見た。
全員を順々に見つめ、覚悟を決めたようにため息を吐く。
「誠意には誠意をもって、か……旅の最後にって言ってたんだけど──まあ、こうなったら仕方ないよな」
「ししょー……」
「アイリ、俺は約束を破る悪い師匠だ……悪いな」
ブンブンと首を横に振るアイリちゃんを見て、あの人は苦笑していた。
「レッド、その鍵のことを教えてくれるか?」
「……これは、箱の鍵」
「箱ってのは?」
「ピカチュウとの思い出が入ってる」
そこで彼は腕組みをし、とあることを指摘する。
「なんでそれがその鍵だって分かるんだ?」
「文字が刻んであるから」
「文字?」
「ピカチュウが刻んだの」
「見せてもらえるか?」
鍵を受け取ると、彼はしげしげと見つめて納得した。
「なるほど……改めてちゃんと見ると確かに」
何かを見て頷いている。
「思い出せた?」
「いや、そういうわけじゃない」
『私の話を信じられましたか?』
「信憑性は出てきた」
近くに寄るように言われ、みんなで彼を囲む。
真ん中にいる彼は、深呼吸をすると軽く笑った。
「俺はこの世界の人間じゃない!」
「古い時代からタイムスリップしてきたわけじゃないし、記憶喪失でも無い!」
「ただ……果てしなく遠い世界から、どういうわけかここに飛ばされただけだ!」
「悪いなみんな! 俺は別にすごい人間じゃ無いんだ!」
言っている意味がよくわからなかった。あのホシノさんもパクパクと口を動かすけど言葉は出てこなかった。
「……だから僕と同じだって言ったんだね」
ノコさんだけはそんなことを答えていた。
それが私たちにとってどれだけ衝撃的な事かも分からずに。
「そうだ」
ノコさんを見る目はとても優しくて、まるで幼い妹を見るような目をしていた。
「俺は2年前、フルオカタウンの外にいきなり現れたらしい」
「…………うん、お兄さんは暗くなった太陽から落ちてきたよ」
「ホシノ、ありがとう。そう……それで俺は、そのタイミングで元の世界からこっちに来たもんだと思ってたんだけど……違うんだろ?」
『ええ』
「話してくれ」
『はい、まず──』
──────
すっきりした〜。
溜まってたウンコ出したみたいな気分だわ。
あいつらは若干放心してたけど、そのうち戻るだろ。
……それにしても、俺がピカチュウだったとか笑える。どんな気分でレッドと一緒にいたんだよその時の俺。
というか、街が元通りになって霧が無くなったらアルセウスもどっか行ったしレジギガスもいなくなってたな。なんでレジギガスがいるのか聞けばよかったのに、勿体無い事したわ。
テッセンさん達にすぐ帰るのか聞こうとしたら、2人とも何故か死んだ目をしていた。
……余計なことを知ってとても困っている?
何言ってるかよくわかんねえけど他人が困ってるのを見るのは気分が良いなあ!
……ごはあぁぁあ!
カ、カムイ……蔦はエグいて……
え? お前のせいでとんだ目にあった?
何言ってんの、全部ワイルドハントのせいでしょ?
しかも全部直ったから何も無かったことになったし。
……疲労感とか気にしてたらジムリーダーとかやってられないんじゃね?
いやーでも良かったよ、全部元に戻って!
それはそうだろ?
悔しいが……みたいな顔すんな、もっと喜べ。
ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!
あんたらも万歳斉唱しろ。
旅館……ちゃんと直ってるな。
おっ、女将さん! 襲撃の時はみんなをまとめて避難してくれたそうで、ありがとうございました!
いやー本当、うちの子達もやる時はやりますけどまだ子供ですからねぇ。
しっぽりやってるくせにって……コ、コラーー!!
下世話なのはいかんぜよ女将さん!
…………う、噂になってたあ!?
ナギと宿に入って行ったのが見られてた?
しかもシーツを見れば分かる?
ええ……
いやマジで恥ずかしい、ナギは憤死するんじゃ無いか。
あの、ナギにはこの事は黙っててあげてもらえません?
……ソーマで噂になってるのに知らないわけがない?
──そっかあ!
お風呂に入ってるんだけど、レッドが離れません。
ずっと抱きつかれてます。
なんかもう、俺が親友のピカチュウだったということで感情がバグってるっぽい。
……よく考えたらいつも抱きつかれてたわ。
「えへへ……ずっと一緒」
ふにゃふにゃの笑顔でそんなことを言うもんだから、可愛くてなりませんよ。撫でるのをやめると寂しそうに目を潤ませるからずーっと手を動かしてるし。
……俺はどうやらこの世界にピカチュウとしてやってきて、しばらくレッドと行動を共にした後ドリームランドに一度転移したらしい。
その後にこの世界に人間として再転移したわけだけど……つまりそこで記憶を失っているんだよな。
なんで記憶失ってんの?
「お兄さん?」
ああごめん、手止まってたか。
「あったかい」
温泉に入ってるからだと思います。
「……戻ってきてくれたんだね」
正直、ピカチュウだった俺が何をしたかは覚えていないけど……一人ぼっちにしちゃってごめんな。
「ううん、これからはずっと一緒だから」
そうだな……旅の目的は一つ達成されたから、次はアイリだ。
グズマ……どこいるんだマジで。
「今度は別の地方?」
そうだな、まずはアッシュ地方からだ。
とりあえずは情報を得られた場所を順々に追ってくのが良いんだよ。
「どんな場所なの?」
英雄が生まれる場所だよ。
「お兄さんみたいな?」
俺みたいなパチモンじゃないぞ? 伝説のポケモンに認められた2人の人間だけが本物の英雄になれるんだ。
新たな世界を切り開く2人がぶつかり合い、勝った方が真に世界を変える力を手に入れる。
「会ってみたいな」
ははは、それはやめとこう。
そいつらと会う時が来るとしたら──本気で世界を変えようなんていう、とんでもない奴と戦わなきゃいけないってことだからな。
「それでも勝つんでしょ?」
まさか!
伝説のポケモンの力はレジギガスを見れば分かっただろ? あれは人間が立ち向かえるようなもんじゃないんだよ。
「嘘つき」
ええ……そもそも、俺って欲まみれだし理想とか無いんだよね。会った瞬間殺されるんじゃ無いかな。
「ほら、嘘ばっか」
なにが?
「なんでも無い」
なんだよ気になるな。
……話せこのー!
「くすぐったい……! ……あっ」
身を捩らせるレッドの脇をくすぐってたら目の前でバスタオルが取れちゃって、すっげえ気まずい。
「……えっち」
人の風呂に入り込んでくるエロガキが良く言うぜ。
「エロガキじゃない」
いや、そこは流石に譲れないでしょ(笑)
あいててて! 噛むな噛むな、首を噛むな!
本当に殺す気か!
ほらもう……痕付いちゃったじゃん……
「ふふん」
ドヤ顔すな。
風呂から上がったら、ナギにやっぱり毒牙がとかロリコンとか暴言を浴びせられた。
なんの話だよいきなり。
……首?
ああレッドに噛まれたんだよね。
見れば分かる?
おう。
…………噛み跡は主張の証?
あ〜……別に良いじゃん。
レッドは俺のものだし、俺がレッドのものでも。
……やめれ! みんなしてやめて! 叩かないで!
「まったく……あなたがそんなんだから……」
「ホントだよね!」
ていうかアレだな。
俺が異世界人のくだりはもう終わったと考えて良い?
「師匠が気にしてないなら、私たちが気にするのも変かなっていうお話になりまして……」
適応力高いね君たち。
まあ俺としては散々説明してきたことではあるし、変わったのも場所だけだからな。
「全部失くしてきたって……そういう事だったのね?」
まあな。
もう帰れない場所の個人情報とか意味無いし。
「ししょ〜、ちょっと聞きたいんですけどぉ」
アイリがそろそろと手を挙げた。これだけは聞きたい、みたいな顔をしてる。
なに?
「ほ、本名とか……その、もう私たちには隠す必要も無くなったんだし……そ、そう! 名前ぐらいは知りたい! ……んですけど……」
だから前の世界での個人情報に意味は無いって言ってるじゃん。
「嘘ね」
なんで。
「意味がないって言うならなんでメンキョショウとかいう物をずっと持ってるの? 大切だからじゃ無いの?」
そりゃ俺にとっては大切だけど。
この世界ではポケモントレーナーとしか名乗ってないし、みんなだって俺のことはポケモントレーナーとしか認識してないだろ?
「……もっと知りたいって思って何が悪いのよ」
悪いっていうか……知っても何にもならなくない?
「あのさ〜、なんでお兄さんはそんなに本名を教えたくないの?」
もう捨てたようなもんだし。
「執着が浅すぎるよ……」
──────
「ピカチュウ……」
布団に潜り込んできたレッドは、本当に嬉しそうな声色で俺のことをピカチュウと呼んだ。
「ピカチュウ、ピカチュウ、ピカチュウ」
何度も繰り返し呼ぶのは、ずっと会えなかった反動だろうな。ピカチュウの自覚無いからちょっと微妙な気分だけど、可愛いレッドのためなら我慢しよう。
でもアレか、ドリームランドでピカチュウになったのはそれが理由なのか?
「やっと……会えた……」
レッドの、細かい渦を内包した瞳を間近で見つめた。
今にもこぼれ落ちそうな涙を指で拭うと、後から後から溢れてくる。
涙を流しながら、それでもレッドは想いを言葉にした。
「ずっと……会えるか、ふ、不安だったけど……あの時、声を掛けてくれて……ありがとう……私に、バトルを、教えてくれ、て……ひっ……あ、ありが、と……」
しゃくりあげるレッドを抱きしめて、過去の俺に対して罵詈雑言を浴びせる。
こんな可愛い子をひとりぼっちにするとか、なんて酷い野郎だ。
あーもう、顔がグシャグシャじゃん……せっかくの顔が台無しだよ。
笑えるか?
「……にっ」
んふっ……ごめんごめん、全然笑えてないから面白くて。
ほら、顔洗いに行こうな?
「ん……」
お湯で顔をすすいだら、旅館のクソ柔らかタオルで水を拭き取る。
鼻水をちーんさせて、少し赤くなった鼻を撫でる。
気持ちよさそうに目を細めるレッドを抱き上げて、居間の座椅子に運ぶ。目も冴えちゃったし、まだ寝れないだろ。
「月、キレイだね」
そうか? ……そうかもな。
……レッドも月が綺麗とか思うんだな。
「むっ……失礼」
ははは、だって出会った頃とか何かに興味あったのか?
「……あんまり覚えてないや」
そんな寂しそうに笑われたら、俺が悲しくなっちまうよ。ほら、白湯でも飲みな。
「おつきみやまの事は……今でも覚えてる」
当てつけですか(怒)
なんで俺寝ちゃったんだよ……マジで勿体無かったなあ。ピッピ、見たかった。
「お兄さんが教えてくれたのにね」
そう言って、何やらタブレットをイジり始めた。
メガネで遠隔操作しているようで勝手に画面が切り替わっていく、かがくのちからってしゅごい……
「2人とも〜、こんな夜中になにしてんの〜?」
うだーっとのしかかってきたのはホシノ。寝付きがあまり良くなかったのか起きてしまったらしい。
今日は散々頑張ったんだから早く寝な。
「レッドちゃんもでしょ〜?」
「お兄さんと一緒に寝るから」
今日の抱き枕は……レッド、君に決めた!
「…………」
やべえホシノがちょっと不機嫌になってる。
ほ、ほら……膝、座る?
「……」
無言で胡座の上にパイルダーオンしたホシノ。黙々と操作を続けるレッド。ホシノの頭越しに外を見る俺。
こうして3人だけになるのはとても久しぶりだ。
最初はこうして旅してたんだよな…………今だって忘れない、ポケモンを初めて目にしたあの瞬間のトキメキを。
「最初は、この3人だったよね」
「…………ん」
考えることは同じらしい。
2人の小さな頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でる。
「あ〜……乱れちゃうよ〜」
そんなことを言いつつも振り払うそぶりは見せない。
……俺は遠いところまで来たな。
フルオカタウンでの事が懐かしい。
この子達と出会った場所、そしてあの安宿。金が無いからあんな狭い部屋に2人で……本当にホシノは優しい子だ。
「んー?」
「お前らと出会えて本当によかった」
「……私もだよー」
前を向いているから顔は見えないけど、耳が赤くなっていた。
「できた」
タブレットに映し出されたのは──ああ、そうか。
『ピッピ、ピッピ』
『あはは! あははは!』
『そんなに走ると危ないよ〜』
『ピッピ! ピッピ!』
『うへー、おじさんの体力が保たないよ〜』
「楽しかったんだな」
「うん、本当に」
「……おじさん達に夢を見せてくれたのはお兄さんだからね」
踊り回るピッピ。
両手に串焼き、団子。駆け回る光景の中で2人は笑っていた。
「ふぅー…………すっかり舌の肥えたやつらになっちまったな」
「そうしたのはお兄さんでしょ〜?」
「責任者」
動画の中のソレと同じように、月は強く輝いていた。
──────
「──あ?」
空に地球? が浮かんでいる。
いつのまにか灰色の月にやってきていた。
あの建物がある。
そうか、ここにいる記憶は保持出来ないのか。
ネイティオはどうやらいないらしい。
会うのは最後とか言ってたしな。
……何で俺、ここにいるんだ?
ネイティオはいないんだから呼ばれたわけでも無いんだろうし。
建物に掲げられている旗が、何となく気になった。前回来た時もあったやつだ。こんなところに旗を掲げている意味がわからないんだよな。
どうしても手に取りたくなった。
ポールを登って、それを触り──転げ落ちた。
脳内が光で埋め尽くされ、肉体の操作が一時的に効かなくなる。
そして、光の中に見えてきたのは。
「…………あ」
『──―』
──そうだ。
「あああああ」
『き、君は!?』
『俺は────、異世界の人間だ』
『暗いな』
『あ、あいつのせいなんです』
『助けてぇ!』
『──しゃあっ!』
こんなに大事なことを何で忘れていたんだろう。
ピカチュウとしてレッドと過ごした俺は、ドリームランドでネイティオと出会ったんだ。
あの世界樹が見守る世界に飛ばされた俺は、最初にネイティを助けたんだ。
……覚えている……スピアーに囲まれていたお前を覚えている……!
『怖いよ……』
『なら簡単だ。あいつを倒して、それでハッピーエンドだ』
『ザナルカンドが……!』
『ク、クソ! クソが! なんでだ!』
やがてダークマターや闇の者たちが現れて、支配された世界で……閉ざされた世界で……ザナルカンドが滅びるのをただ見るしかなくて……あの子達を助けられなくて……
「嘘、だ……」
1000年。
俺が最初に飛ばされたのはノコと出会う1000年前だ。
もう、みんないない。
御殿の女夫人も。
天空の支配者、レックウザも。
デデデ大王も。
俺はダークマターと相打ちになって……最後に記憶を奪われたんだな。
そしてこの布は──
「ああ……そんな! き、きずなの……スカーフ! …………ネイティオ、お前はずっとこの世界で!」
強く布を握りしめた。
この子はずっと願っていたんだ。
悪夢よ終われ、と。
終わらせたはずだった。
確かにあの時、ダークマターは倒した。そしてネイティオだけ置き去りにして、俺は別の世界へ。
あの、寂しがり屋を1人に……
「ごめん……! ごめん、ネイティオ……!」
あの子がどうなったかすら俺にはわからない。この感情をあっちの世界へ持ち越すことすら出来ない。
謝ることしかできない。
──────
「お兄さん……」
「うん」
いつのまにか眠りに落ちた青年の顔を2人は見ていた。
項垂れる青年の瞼の下からは、とめどなく涙が溢れている。
レッドはその涙を拭いていく。
ホシノは青年の頭を抱きしめ、優しく撫でた。
「よしよし」
こんな姿を見るのは初めてだった。
動画の途中で眠りこけたかと思ったら、ネイティオと呟いて泣き出した。
「ごめん……ごめん……」
「──許すよ、私が許す」
レッドは願った。
どうか……この、誰かを救い続けなければならない可哀想な英雄を、穏やかに過ごさせてあげてください。もう、1人の人間として生きさせてあげてください。
「お兄さんは、たとえ私に出会ってなくても変わらないんだね」
ホシノは寂しさを覚えつつも、誇らしく思っていた。
たとえモンスターの姿になろうとも、そのままドリームランドへ行こうとも、誰かを救い続けたのだろう。
レッドにそうしたように。ノコにそうしたように。
遠い世界からこんな世界へ。
そしてまた別の世界へ。
神様はきっと、この人のことが嫌いなんだ。
そんな惨たらしい試練を、何度も。
眠ったまま泣き続ける青年をあやしながら、2人も段々と夢に落ちていった。
──────
起きたらめっちゃ目が痛い。
しかも何でこんなところで寝てんの。
……ああそうだ、おつきみやまの動画を見てたんだったな。
それで寝落ちしたって感じか。
空はまだ暗い、日が昇るのはだいぶ先だろうな。
ホシノとレッドが寒そうにしているので、暖房全開にして布団に寝かせた。
なんか、無性に寂しかったので2人を抱きしめて寝ることにした。
抱きしめたらその分だけ、少し寂しさが和らいだ気がした。アイリもナギもノコも、全員運んだ。
ナギは起きてしまったのか、運んでいる途中にちょっとだけ目を開けた。
「……どうしたの?」
「なんか寂しいんだ」
「……そう」
素っ気なく返すと、なされるがまま運ばれてくれた。
ナギが最後だったので隣に寝かせて、俺も改めて眠ることにした。
眠りに落ちる直前、唇に触れる感触があった気がした。
起きると、なんかレッドとホシノが妙に優しい。
いつもは優しくないみたいに言うと変な誤解を受けそうだけど、全然そんな事はないからな。
毛色が違うんだよ毛色が。
妙に甲斐甲斐しいんだよ。
「お兄さん、ほら、あっち行こ?」
「ご飯食べる?」
悪い気分はしないので好きなようにさせてる。
なんか王様にでもなった気分だ。
やたらと撫でてくるのはよくわからんけど。
これまで甘やかし続けてきた反動で、あいつらにも誰かを甘やかしたい欲が湧いたのかもしれない。
ちゃかちゃかと動き回る2人を見るのは癒される。お茶を運んできたり、肩を揉んでもらったり、一緒にお昼寝したり。
「ごたいそうな身分ね」
幸せすぎてやばい。
このままだと自堕落一直線だ。
ダイゴ君のお見舞いに行こう。
ナギと2人で行く事にした。
他の奴らはダイゴ君ともアスナとも関係性薄いしな。
連れ添って歩くと、元通りの街をみんなおっかなびっくり歩いていた。まだ一晩経っただけだし、あれが悪い夢だったのか現実だったのか自信が持てないんだろうな。
「……信じられないわ」
気持ちは分かる。
でもそんなゆっくり歩かなくても良いだろ、病院の場所は知ってるんだから。
行くぞ?
「う、うん」
──で、病院に着いたんだけど……
病院は静かな場所のはずだ。
そうだよな?
「そうね」
ダイゴ君の病室からなんでこんな騒がしく声が漏れてるんだ?
ジョーイさーん、これは注意しなくて良いんですかー? えこひいきじゃないんですかー?
……諦めたらしい。
「早く入りましょ?」
どもー。
「ほ、ほら! もう本当に大丈夫だから!」
「うるせえ! 大丈夫じゃ無いのは頭だろ!」
「あとこれなに!? ロープ外してくれない!?」
「……そうやってまた私を置いていくんだ」
「うっ……そういうわけじゃないって!」
「じゃあ、良いだろ?」
「それとこれとは別問題だから! 巨人に関してはあの人に聞けば良いんだから、もう無茶しないって!」
「そうやって……」
「お、終わらない問答……!」
失礼しましたー。
…………何だ今の。
「痴話喧嘩でしょ」
痴話喧嘩……まあ、鞘に収まったって感じか。
元気そうで何よりだ。
結局、話す事はせずに病院を出た。邪魔をする奴はきっと、ポニータに蹴られて死んでしまうからな。
なんつって。
空は昨日の天気が嘘みたいに明るい。あんなに無惨に破壊し尽くされた街も、何事もなかったかのように明るい雰囲気を纏わせていた。
──大嵐来たりて、島滅ぶ。さりとて神はいまし、巨人と共に神話を紡ぐ。ぜんまい仕掛けの時計は巻き戻り、全て世はこともなし。
今はぎこちないけど……きっとすぐ、みんな元通りの生活を送る。
何せ、全部無かったことになった。
証拠はどこにも無い。
恐るべきワイルドハントはきっと、二度とやってこない。アルセウスは完全に街を修復したからな。
それはつまり、奴らがやってくる余地すら奪ったのだろう。根拠は無いけど、何となくそう思った。
「ねえ」
「ん?」
「あの時はあなたの事で頭が一杯だったけど、あの霧の人はやっぱり……」
「まあ、そういうことだよ」
「そう……ふふっ」
「どうした?」
機嫌良く腕に抱きついてきた。
一体何が楽しいのか。
「すごいわね……私たち、本物の神様に出逢っちゃった。おじさんに自慢しなきゃ」
「そうだな」
「もう、あれよりすごい出会いなんか無いわね」
「あほ」
チョーーーップ!!!
「うっ……なにするのよ」
「神様何するものぞ! 俺はもっとすごいやつに出逢いに行く!」
「……そうね、あなたはそういう人よね」
「──おーい!! ポケモントレーナーくん!! やーっと見つけたぞー!!」
いきなりクソジジイの声が聞こえてきた。
せっかく気分良かったのに、耳の中にいきなりゴミが入ってきたような感じだ。
なんすか? テッセンさん、今デート中なんですけど。
「お久しぶりです、テッセンさん」
「あ、ああうむ……久しぶりだねナギ君。その男に酷いことはされてないか?」
おいいい! 開口一番それか!? 俺の評判はどうなってるんだ!!
……はっ!?
「…………そ、そんな……」
おい、恥ずかしそうな顔すんな! マジっぽくなるだろ!
「言いづらいが……あれだけ見せつけていれば分かるというか……」
……女将さあああああん!!
なんとかしてくれ女将さあああああん!!
「もう、外歩けない……!」
ナギ! 落ち着け!
大丈夫! みんな俺たちのことなんか見てないから!
「無理があるでしょ! あれだけ盗撮されといて!」
ぐぅ……
いや、この街の住民は今そんなに余裕が無い! 人の事なんか気にかけてる余裕は無いはずだ!
「……そうじゃ! その件で探しにきたんじゃ! ジムに急ぐぞ!」
テッセンに連れられてジムに行く。何でこの爺さん自分のポケモンを連れ歩かないんだ……?
ジムでは職員が忙しく動き回っていたし、何がしかの機器が空飛ぶ宅急便によってどんどんと運ばれてくる。ペリッパーってやっぱりそうなんだ……
なあナギ、これは何してるんだ?
「ええと……時空間の歪みを測定しようとしているみたいね」
そんなのできるんだ。
……多分何にも出てこないとは思うけど。
わざわざ出張ってきたアルセウスがそんなポカやらかすとは思えないし。
「そのことについて聞きたいんじゃがのお」
なんか半ギレのテッセンが詰め寄ってきた。
うわぁん! おじさん怖いYO!
ナギ! 君に決めた!
「拒否するわ」
決まらなかった。
……それで、何を聞きたいって?
「君の正体についてじゃよ」
「それはダメ」
お?
「テッセンさんだとしても……いえ、テッセンさんだからこそ教えられないの」
なんでかナギが代わりに断った。
考えがあるのかもしれないし黙って見とこ。
お前が相手しろフワンテ。
「フワー」
フワー。
フワンテと睨めっこしてたらいつのまにか30分が経過していた。
ナギにビンタされて正気に戻ったわ。
色々やりとりしたらしいけどどうでも良いから聞き流した。だって俺の正体とか仲間だけが知っていれば良いし。
……ヒガン君とユカリとリンにも教えなきゃ!!!!
あの鍵をちゃんと使ったら爆速でちゃんと会いに行こう!!!!
待ってろよ3人とも!
「ヒガンくんは旅立ったらしいわよ」
ヒガンくん!! 俺は嬉しいぞヒガンくん!!
泣きそうだ!
……リンたちも旅立ってたり!?
「あの2人もリンさんのツアー……大会のね? で一緒にあちこちを回ってるって」
ユカリ……足治ったのか!?
「かなり良くなったらしいわよ」
そうか……良かった、本当に。
「一年以上連絡無しだったから、すっごく喜んでたわよ」
……話したの?
俺は知らないんだけどいつの間に!?
というか何で誘ってくれないの!?
「ユカリさんが、再会の時はちゃんと顔を見て話したいって」
ユカリ……グレイトだぜそいつは。
「グレイトって何よ」
考えるな、感じろ。
……よし! 決めた!
明日この街を出よう!
「はぁ!? バッジは!?」
良いんだよそんなの。
あ、もしかして欲しかった?
「まあ、取れるなら」
あー……みんなの意見も聞いてみるか。
「唐突過ぎないかしら」
俺はそんなもんだぞ。
「……確かに」
じゃあな! ジムの諸君!
「お邪魔しました」
──────
ピカチュウはおとぎ話に出てくる、マスターランクに到達した伝説の救助隊その人だったらしい。
遠い昔、世界を覆いし闇を祓った救世主。
コータスお爺さんが本当に若い頃に見た事があるって言ってた憧れのモンスターなんだってさ。
……すんなりと納得できたよ。
一緒に冒険をした。
伝説のモンスターを何度も、何体も倒した。
単騎で敵の軍勢を蹴散らして、鳴り響かせる言霊は全員の戦意を底上げした。
戦ってる時は鋭い眼光が敵味方問わず睨め付けているようで、普段は溶けたような顔でトテトテと歩いていた。
納得はできたけどドキドキが止まらなかった。
マスターランクなんていう、救助隊をしているモンスターにとっては雲の上の存在に到達した。あの時もドキドキと心臓が早く鳴っていて、興奮を抑えられなかった。
それとはまた違うドキドキだった。
信じ続けたおとぎ話は僕の側にいた。
縁側に座ってボケーっとしているピカチュウの隣に座る。
帰ってきたら
「次の街に行こうぜ!」
とかいきなり言い出して怒られてた。
(´・ω・`)みたいな顔で庭を見ている。
ほっぺたを突くと、チラッとこっちに目をやる。
「どうした?」
ピカチュウの姿だった時から変わらない、僕よりもずっと低い声。
落ち着くなあ。
「1000年前のこと、覚えてないの?」
「ああ、さっぱり覚えてない」
「ちぇー」
「つまんないって?」
「少しぐらい昔のこと聞きたかったなって」
「無茶言うなよ……俺のハイパー脳みそ君も完全に無くなったものは再現出来ないんだ」
「ネーミングセンス終わってるよね」
「なんだとぅ!!」
「わー!?」
抱き込まれて、揺さぶられた。
いつもみたいにコメカミをグリグリされるのかと思ってちょっと身構えてたけど全然そんな事は無くて、そのまま膝の上に乗っけられた。
2人で庭のモンスターの戯れを見る。
プラスルとマイナンが走り回っていた。
空には太陽、そして流れていく雲。遠くのグレン火山も小さく煙を上げるだけだ。
「はー、天気良いねえ」
「昨日までが悪過ぎたからな」
「……ぅっ」
昨日の事は思い出すと気分が悪くなる。
ジムに避難する時、瓦礫の下に見えた血溜まりや肉塊がまだ脳裏に焼き付いていた。
「ごめん」
「うん……」
抱き締められると、少しだけ気分が良くなった。
コータスお爺さん、いつも聞かせてくれた救世主は抱き締める力が強いよ。
それも心地良いんだけど。
「覚えてはいないけど、分かるものもある」
「え?」
「1000年前、きっと俺はダークマターを倒している」
「それは……」
ピカチュウはおとぎ話の内容を知らないけど、あの霧のモンスターの話を聞いてなんとなく分かっていたらしい。
「そうでなきゃ、こっちに帰ってこれるわけがない」
「あ〜」
今回はかむくらのかんむりを使って帰ってきていて、前回も使ったのをコータスお爺さんが見ているわけだし、そりゃそうなるよね。
「でも、そうだな……その時の俺には余裕が無かったんだと思う、きっと」
「そこまで分かるの?」
「メタ的にというかなんというか、ダークマターってのは倒しても意味が無いんだ」
「……だから会話をしたの?」
「俺はお前みたいに綺麗な心じゃ無いからな。ああするしか無かった。アレがダメなら、お前の出番だったんだぞ」
「き、綺麗ってそんな……もぉ〜」
「いや、本当に」
ここまで言われちゃうなんて、実は僕って凄いのかなぁ〜。
なんだかんだピカチュウも僕のことをちゃんとライバルだって思ってくれたみたいだし……どうなのかなぁ
「──いや、お前は凄い奴だって前から言ってるじゃん」
聞いたら呆れ顔だった。
そんな事もわからないのかって感情が伝わってくる。
「レッドもお前も、頑張ってるところはずっと見てき──」
「今レッドは関係無いでしょ」
「あ、はい……」
「僕のことだけを見て?」
「……ごめん、むずいかも」
嘘でも見てるって言ってくれればいいのに。
バカだよね。
「ピカチュウって不器用過ぎない?」
「散々言われたよ、お前は遺伝子レベルで不器用だって。結局、俺の脳みその構造だとVRも満足に出来なかったし」
「ふーん?」
「そういう機械があるんだよ。こっちで言うと多分メガネが近い」
「あれ凄いよね!」
「うん、俺は出来ないけど」
「あー……って、そうじゃないから! 僕のことを────え」
「これで良いのか?」
振り向いて抗議をしようとしたら、顔が凄い近くにあった。
「え……あ……」
「お前のことを見るっていうのはこういうことだぞ」
「……う、うう……」
顔が熱い。ただ見られているだけなのに、ピカチュウの顔をまともに見返すことができなかった。
こんなのなんでもないはずだよね……一体僕はどうしてしまったんだろう。
思えば、ホシノとキスしているのを見た時も変な感じだった。
胸が詰まったような感じになって、態度悪くしちゃった。
「ピカチュウ……僕、変なんだ」
「うん? どこか痛いのか?」
出てきた声のあまりの小ささに自分で内心びっくりした。
心配してくれているピカチュウを見て胸が温かくなって……
「ピカチュウがみんなとイチャイチャしてるのを見るの、嫌なんだ」
「うん」
「みんなとの時間の方が長かったのは分かってるんだけど……そういうのを見てるとここら辺が苦しくなって……」
ニンゲンになってからくっついた大きなおっぱい。ミルタンクみたいなそれの間が、ズクンッて跳ねるような感覚になる。
「胸が苦しい、と」
「うん……でも、ピカチュウと一緒にいるとワクワクするんだ」
「あー……俺に相談する? それ」
「え?」
いやまあ……とか、別に良いけどさ……とかちょっと顔を赤くしながらモゴモゴ言っているのが可愛いなんて思ったり。
「うーん……言うのか? 俺が?」
「うん」
「ええ……んん、それじゃあ言うぞ?」
「うん」
「お前、俺のこと大好きだな! (笑)──ぐっ!」
「なんでヘラヘラしてんのさ! 僕は真剣なのに!」
ぷげら、みたいな顔をしてるので一発お見舞いした。
「真面目に自分で言うの頭おかしくなるだろ!」
「なんでよ!」
「自意識過剰みたいじゃねえか!」
「過剰じゃない!」
「比喩表現の話だ!」
「…………それで!?」
「ん?」
「ん? じゃない! 僕が好きだって言ったらどうすんの!」
「どうする……哲学ですか?」
「はあ!?」
「こわ」
「メスとオスが好き同士なら交尾するとか!」
「いや、人間はそういう動物じゃないから」
「じゃあ僕はどうすれば良いのさ!」
「────落ち着け」
「っ……」
「まずな? 今は旅の途中だ、子供なんて作ってみろ。旅はそこで終了だぞ」
「一緒に旅をすれば──」
「人間の子供はそんなに強くないし、教育に悪い」
「……」
「そもそも子供が欲しいのか?」
「ほしい」
「そ、そうか……」
「ピカチュウは僕のこと嫌いなの?」
「──そんなわけないだろう!? なんでそうなる!」
「だってホシノたちとは交尾してるのに……」
「……あの……交尾って言うのやめない?」
「じゃあなんて呼ぶの?」
「セッ──ぼはああああ!!!」
リザードン、参戦!!
お前はこんな所で何を話しているんだと頭突きが炸裂した。庭の方に吹き飛んでいくポケモントレーナー。
「こんな真っ昼間から元気なことだホ」
「ヒーホーくん、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも無いホ、痴話喧嘩はみんながいる場所でやるもんじゃ無いホ、知らんけど」
──────
ノコは一旦落ち着かせた。
そもそも好きじゃなかったら仲間にしないし、今更扱いも大して変わらん。交尾がどうとかは後だ後!
そうそう、リザードンは途中から俺がピカチュウだと気付いていたらしい。
俺がピカチュウだった時に色々な知識を教えられたんだけど、その中に俺が話しているものと同じのがあったって。
それもっと早く教えろよって感じもある。
だってそうすればどこに居るかも分からないピカチュウなんて探さなくてよかったじゃん。
ヒーホーくん曰く、言葉だけでは信じられないだろうからこうして旅をして欲しかったというのがリザードンの思いだって。
……じゃあしょうがないか。
──そうか! だからあの時、日本語を書いてたのか!? なんでリザードンの文字が読めたのかすげえ不思議だったんだよな。
「どうしたの?」
ああいや、ちょっとな。
「あっち見たい」
今はレッドと一緒に観光をしている。
観光つっても軽く見て回るくらいだ。
一緒に歩きたいって言うのでそりゃあ付き合いますよ。
手を繋ぐんじゃなくて、腕を組んでいる。
上機嫌に鼻唄なんか奏でているレッドは時折、俺を見るとニヘラァと表情を崩れさせる。
可愛過ぎん?
やっぱりアイドルデビューさせようかな。
「お兄さん」
「ん?」
「なんでもない」
「なんだよ」
「あは」
はぁ〜心がぴょんぴょんするぅ〜^^
巨人の手形の場所に久し振りに来ると、大真面目に見ている人がそこそこいた。
まあそうだよな。
巨人を実際に目にしたんだから、これもそうなんだなって思っちゃうよな。
俺はこれ、いまだに出来の悪いパチモンぐらいにしか見てないけど。
「お兄さん」
レッドが少し真剣身を帯びた声色で呼びかけるので、俺も少しだけ顔を引き締める。
キリッ。
「また、危ない事件ってあるのかな」
「うーん……俺は別に未来を知ってるわけじゃ無いからなあ」
どのポケモンでもストーリー的には殿堂入りするのって事件が終わった後だし。
そう言う意味では、レッドがチャンピオンになれば事件が今後起きない可能性もある、のか?
そんな事は当然言わないけど。
俺はレッドに何かになって欲しいわけじゃ無い。
「アッシュ地方に行くんだよね?」
「そうだぞ、グズマを探すんだ」
再確認するように尋ねてくる問いに対して肯んずる。
「アッシュに行くの!?」
クソデカボイスが耳元でキーーーン!!!
おいブルー、耳元で騒ぐな!
というかお前どっから現れたんだよ。
「ふっ……お姉ちゃんのいるところに私あり、だよ!」
ちょっとキモイな……
「うるさーい!!」
お前がうるせえええ! 鼓膜を攻撃するな!
……ん? どうした?
「その……ブルーにもあの事、教えて良い?」
あー……一応ナギとホシノにも確認してからな?
「うん」
「──なになに、なんの話?」
大人しくしてろお前は。
ほら、甘味食いに行くぞ。
「わーい!」
甘味処は意外と空いていた。
みんなまだそういう気分じゃないのかもしれない。
でも店自体は開いてるんだよな……お金っていつもそうですね! 消費者のことなんだと思ってるんですか!
「それでなんの話なの?」
話す前に……どうだったんだ?
「うん、周囲に気をつければ良いよって」
周りに人もいないし、サクッと説明するか。
ええと、レッドが探してたピカチュウは俺のことだ。
「…………?」
レッドが探してたピカチュウは──
「聞こえてたから。聞こえた上で意味が分からなかっただけだし」
「ブルー、本当だよ」
「……ドッキリに引っ掛けようとしてる?」
ドッキリとかあるんだ。
いや、本当らしいけど。
「お兄さんがピカチュウなの」
ブルーはうげぇという顔をした。
「……とりあえず聞かせてよ」
──────
「異世界人で別世界の救世主でピカチュウでポケモントレーナー……盛りすぎだと思う」
「それな! 誰が信じられないかっつったら俺が1番信じられん!」
違う理由で、ブルーも青年も笑いそうになるのを堪えていた。
ブルーは、そんな与太話を姉が真面目に話しているのがおかしくて。
青年は改めて羅列して、自分がいかにとんでもない体験をしているかという事に気付かされて。
「ふふっ、話の作りは悪くないけど……流石に騙されてはあげられないかな、お姉ちゃん」
「ブルー……」
「はっはっは! 作り話……作り話か、そうだよな! 都合が良いや!」
「お、お兄さん……」
どうすれば良いのか、オロオロとレッドは青年とブルーの間で視線を行ったり来たり。
「まっ、信じないならそれでいいんだ、忘れてくれ……一応、守秘義務はあるとだけ」
「ふーん……」
「じゃあ、届いたハラペーニョマッコリデスモカアイスクリームでも食べますか」
なんだよこれ……とか言いながら口に運んで悶絶する。
「か、辛っ……いや酸っぱ! ……苦っ!? …………甘さは!?」
「水飲む?」
「ありがとう…………ぶふぅぅぅ!!」
水を口に含んだらさらに味が変化した。
魑魅魍魎に口内を蹂躙されて味覚がよく分からない事になった青年は、口直しにレッドの頼んだメロンアイスを一口。
「おお、この王道の味! 味覚がリフレッシュされるな!」
「あーん」
「あーん……うん美味しい…………ほらレッドも俺のやつ、あーん」
「いらない」
「一口試してみようぜ?」
「いらない」
口持ちに近付いたスプーンからプイッと顔を背けるレッド。先ほどの反応を見て食べたいと思うはずがなかっだ。
「よし、全部一気に喉に流し込むぞ……よし、いくぞ…………〜〜〜っっっっ!!!!」
「だ、大丈夫?」
床を転がりまわって悶絶するポケモントレーナーが流石に心配になり、ブルーも声をかけた。
アイスを食べているはずなのに、青年の額には汗が滲んでいた。
四つん這いでハアハアと荒く息を吐く。
「胃が爆発してるぜ……」
「水、おかわり持ってきたよ」
「おお……サンキュー」
運ばれてきたばかりの水を飲み干し、荒く机にコップを叩き付ける。
ブルーに笑いかけると、アイスを食べるように促した。
チョコアイスを味わいながら食べるブルーに、青年はある事を伝える。
「ブルー」
「ん?」
「ピカチュウを追うのはやめるんだ。その代わりに、世界で1番強いポケモンの話をしてやる」
「むぐ!?」
驚き過ぎて、アイスが喉に詰まったブルーはドンドンと胸を叩く。
「ごほっ! ちょっと! いきなり変なこと言わないでよ!」
「変なことは言ってないよね?」
「分かって言ってるでしょ!」
「まあ、それは」
「むぅ……」
ツンツンとレッドに脇腹を突かれる。
「ん、レッドのこともちゃんと分かってるから」
「ん」
「ん、で会話するのやめて? ……で、最強のモンスターって!?」
「ああ」
大仰に頷くと、あるポケモンに関する話をする。
「そいつの名前はミュウツー。人間が生み出した、科学的に最強のポケモンだ」
「科学的に最強……どこにいるの?」
「知らん」
「……本当にいるの?」
「まあいるだろうな……ミュウっていう、あらゆるポケモンの遺伝子を備えた原初のポケモンがいる」
「待って待って待って、多いから。情報が多い」
「ミュウに関しては割愛するけど、そのミュウの遺伝子を組み替えて人工的に最強のポケモンを造ろうっていうコンセプトで生み出されたのがミュウツーだ」
「人間が造り出した……? それって禁忌なんじゃ……」
「当然そうだ。それでも、科学者ってのはやりたくなっちまうんだよ」
「……いつ造られたの?」
「あー……一つ聞きたいんだけど、シンオウ神話ってどれくらい前の話だ?」
「え? 何の関係があるの?」
「いや、知らなかったなと思って」
「話終わらせないでね? ……ええと、数千年前のことなんじゃないかって言われてるね」
「じゃあ、大体それくらい前の話だ」
「はぁ!?」
「お兄さん、今の話、私聞いたことない」
「ミュウツーはマジで出会しても俺にとって良いことがないからな」
「そんなに?」
「ああ、多分カイオーガとかと同じくらい。トップレベルでやべえ」
「──ブルー、絶対に探しちゃだめだよ」
「ええ!?」
知らないモンスターの名前が連発されて若干パンクしているブルーと違い、カイオーガという名前を聞いたレッドは真顔で忠告をした。
その様子に、そんなにまずいのかと逆に気になるブルー。
知りたいお年頃なのだ。
「カ、カイオーガってどんなんなの……?」
「私も見たことはないけど、お兄さんが……お兄さん?」
青年は外の地面に何かをしていた。
2人で近づくと、石で地面を引っ掻いて絵を描いている。
「カイオーガは海を支配し、グラードンは大地を支配する。こいつらの権能はそれぞれ、海を広げることと大地を広げることだ」
地面には見たことのないモンスターの姿が表されている。
興味津々に覗き込んで、へーだのほーだの2人で言っていた。
「すごくヤバいじゃん」
「そうだ、こんな奴らと戦うなんてまずいだろう?」
「うん」
「大昔に世界を滅ぼしかけたし、一年前にも目覚めそうになった」
「眠ってるの?」
「……まあ似たようなもんだ」
たまの話はする必要無いと判断した。
「どこにいるの? ミュウツーは」
「知らん」
「えー」
「生まれはグレンタウンだけどな」
「数千年前の話じゃん……」
知らんもんは知らん! という事で話を終わらせて宿へ帰還。
今後の方針を決める事になった。
なお、ポケモントレーナーはその話し合いから省かれた模様。
「何でブルーは参加してるのに俺が省かれるの?」