俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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44_どっちが現実?

 ノコのなんちゃって治療で包帯ぐっちゃぐちゃだけど、白スーツちゃんからバリアーを貼り終わったという報告を受けることができた。

 ヒーホー君を置いていったけど、特に襲撃とかは無かったらしい。ひたすらいじけててアイリが宥めていた、うまい肉を食わせろってよ。

 白スーツちゃんが出ていったのと入れ替わりでブルーがやってきた。

 よおブルー、今日も小生意気な顔してんな。

 ……これ? 怪我。

 わざを食らい続けると流石に防御抜かれる事もあるからな。

 とはいえそこまでの怪我じゃ無い。

 この胸の傷くらったときはもっとやばかったし。

 え? 何したのって……そりゃあ小競り合いでしょ。

 ……あーあー! お前らうるさい! あんなのは小競り合いの範疇だ! 

 ドリームランドでの戦争を思い出せ! 船の中で終わる程度の戦いがなんだ! 

 ──あ、クッパ。

 そうか……見覚えがあると思ったら、ドリームランドで飛行船に乗ってきたのがクッパだったな。

 

 ブルー、レッドと楽しく話してる所悪いけど出ていってくれ。

 コイツらと真面目な話があるんだ。

 ……聞きたいのはわかるけど、こればっかりは……なんだノコ。

 別に良いんじゃ無いかって? ……お前らが良いなら良いけど。

 

 ブルーはとりあえず話だけ聞いててくれ。

 ドリームランドでクッパと戦ったのを覚えているか? 

 そう、大戦争を巻き起こしたアイツだ。

 アイツと夢の世界で出会った。

 一匹で行動していたが、俺が見積もった限りではあの時のクッパをはるかに凌ぐ戦闘力だった。

 で……ノコに話を聞きたい。

 あの時は遮二無二だったから気にもしてなかったけど、クッパってのは何者なんだ? 何か知ってないか? 

 ……そうか。

 責めてないよ、ありがとう。

 やっぱり直接クッパに話を聞くしか無いな。

 もちろん危ないけど、色々意味深な事言ってたしきっと色々なことを知っているはずだ。

 丁度別の用事もあるし、何回か尋ねてみる。

 ……いや? 全然友好的じゃ無い、理性的ではあったけど。

 だーいじょうぶだから! そんな心配せんでもいざとなったら逃げるから! 

 

 クリスタル付近を取り返した記念にパーティーが開かれた。この状況で? とは思ったけど、良くないことが続いてる中でこうして盛り上げようとするのは逆に良いのかもしれない。

 ダンスパーティー時みたいな優雅な感じじゃ無いけど、こういうワイワイしてる方が俺は好きだ。

 ほらレッド、こっちも食べな。

 オクタンの刺身だ。

 俺が採ってきたばかりだぞ。

 ブルー、お前も食べたいのか。

 はい、あーん……と見せかけていただきまーす(笑)

 ……なんだナギ。

 意地悪するな? 

 でも俺もいつもこのメスガキにやりたい放題されて……あ、はい、すみません。

 ごめんブルー、はい、あーん。

 ……美味しい? 

 

 クリスタルの様子を見に行くと、白スーツちゃんが鼻唄なんか歌いながらクリスタルを撫でていた。

 自分の物になった気でいるのか? 

 ……バリアがある限り誰も触れない? 

 それってどういう原理なんだ? 

 パルキアみたいに空間ごと操ってるのか? 

 パルキアって何って……それは良いんだよ。

 まあなんの原理でも良いんだけどさ、白スーツちゃん自身が捕まったら終わりじゃん。

 捕まらない自信はあるのか? 

 ……伊達に怪盗やってないか! 

 私を捕まえるかって? 良いや、それは俺の役目じゃない。それは警察の役目だ。

 なんで関係無い人間のクリスタルを盗んだ関係無い人間に怒らなきゃいけないんだよ、そんなのおかしいだろ。

 俺のものを盗んだら地の果てまで追いかけるけどさ。

 

 白スーツちゃんって指名手配とかされてるの? ……あ、されてるんだ。

 ちなみに賞金額どれくらい? 

 ──ウッヒョ〜、スッゲェぞ! 俺らの宿代くらいならしばらく賄えそうだな! お金に困ったらバウンティハンターも悪くねえかもな! ……いや、モンスター狩ってた方が効率良いわ。

 ちなみに指名手配って誰がするの? 国際警察? 

 じゃあハンサムさんの事も知ってるのか? 

 ……その顔、あの人に追いかけられたんだろ! 

 

 ──わはははは! トラップを全て肉体でねじ伏せられただあ!? 

 やるなあ、あの人! ギャグセンスあるわ! 

 君もさぞ悔しかっただろうけど、足止め程度のトラップであの人止められる訳ないよ、殺す気でやらなきゃ。

 それでも届かないと思うけどね? 

 ……だから今は、出会わないように色々頑張ってる? 

 それが良い、勝てない奴には出会わないのが1番だ。

 負けなきゃ勝ちなんだからな。

 

 ちなみに、このクリスタルってなんの岩石なんだ? 

 やっぱり二酸化ケイ素? 

 それとも蛍石? 

 ……クリスタルはクリスタル? 

 アホなこと言うのはこの猫耳か! このこの! 

 ……ウホッ、良い猫耳! 

 なあ、この猫耳って生まれた時から生えてたのか? 

 質問の意味がよくわからない? 

 事故で生えたならうちの仲間にも生えないかなって。

 あんまり良い扱いはされない? なんで? 

 ……モンスターに近い証? 

 はぁぁ……これだから未開の地に住む野蛮人はダメだ。猫耳の良さがわからないなんて、三流だ。

 というか差別は良くない。

 ……うちの奴らも隠れて差別とかしてないよな。してたらお尻ぺんぺんだ。

 

 クリスタルは細かい粒で出来ており、その一粒一粒にライフストリームという星の記憶が溜め込まれているらしい。

 ちょっと何言ってるか分からない。

 星の記憶ってなんだよ、ヒカワのアレか? 

 解析をしている科学者たちが過去の世界を夢に見ることがある? 

 それが時を弄るのとどう関係しているんだ? 

 ネオプラズマ団が言ってたのを盗み聞きしただけだから原理は知らない? じゃあ、本当に過去を弄ろうとしているかは分からないってことか。

 

 もし、私がクリスタルを盗もうとしたらどうするって……今盗むなら止めるけど、陸に着いたら好きにしろ。

 俺は警察じゃ無い。

 それに、レッドの故郷に行かないといけないんだ。

 親に挨拶? 

 いや……そういうのじゃ無い。

 あの子と俺の絆を確かめにいく、みたいな感じだ。なんか恥ずいな……

 ん? ああ、俺とレッドは仲良いぞ、一緒に風呂入るくらいには。

 ……ロリコンとか言うな! あれだ、妹みたいな感じだ。

 妹と風呂入るのもおかしい? 

 ……たしかに! 

 じゃああれだ、嫁だ。

 レッドは俺の嫁。

 ……やっぱりロリコンじゃねえか! 

 

 えー……いつのまにか奪われていた操舵室。

 我らが船は、消えることの無い嵐に突っ込んだようです。

 もう終わりだあ……この船は沈むんだあ……

 ホシノ今までありがとう、愛してるよ。

 

「お兄さん諦めるの早くない!?」

 

 海ってのは凄いんだ。

 宙より遠いんだから。

 タイタニックごっこをする気にもなれず、ふて寝した。

 

 嵐の中を普通に突っ切ることに成功した。

 この船、強い……! 

 石作りの筈なのにめっちゃ速いし、沈まないし、頑丈だ。

 何で出来てんの? 

 ……古代戦争時代の遺物? 

 何を言ってるのかな? 

 そんな事も知らないのって……ホシノが言っちゃいけない事言った! 

 この世界の義務教育すら終えてない俺に向かって、禁句だぞそれは! 

 …………空の文明ってなんだよ! 

 

 ネオプラズマ団は格納室に引きこもっているもんだと思ってたけど、こっそり抜け穴を作っていたようだ。

 抜け目のない事で……

 エリック君の奢りでジュースを飲みつつ、ある程度いつも通りに戻った船内を見て回る。

 ネオプラズマ団が入り込んでいないかの確認だ。

 みんなピリピリしてやがる。

 さすがにこれだけ長引けばしょうがないけど、意味も無く自販機を破壊したりするのはやめてほしい。

 特に大人。

 ここには子供が多く乗っているんだから、悪いお手本を見せつけるのはやめろ。

 子供はそういうのちゃんと見てるんだから。

 

 俺が血だらけになってるのを見てから、新人プレイヤー達は生意気な口を効かなくなった。

 俺の偉大さに気付いたか。

 

「怯えられてるだけじゃん」

 

 そうだったそうだった。

 エリック君は生意気だった。

 ただ、前よりはちゃんと話してくれるようになったので嬉しい。

 最近はナギ達と模擬戦しているらしい。バトルそのものは本気だけどFPを賭けないバトル。

 ポケモンに指示を出す姿も前よりは様になってきた。

 この前の指示も良かった。

『プテラ! 上だ!』

 なんか……いい感じだぞ、エリック君。

 

「……ふ、ふん! 当たり前だろ! 僕を誰だと思ってるんだ!」

 

 誰だよ、サイトウさんか? 

 

「僕のお父さんはイーシンカンパニーの社長だぞ!」

 

 ──イーシンロン!? 

 お父さんイーシンロンなのか!? 

 

「え? な、何が?」

 

 お父さんイーシンロンなんだったら話変わってくるぞ。

 

「違うよ!? イーシンロンって誰!?」

 

 なんだ、つまんね。

 

「はあ!? イーシンカンパニーだぞ!?」

 

 知名度が足りてないな。

 

「流石にそんな事無いでしょ、トレーナーさんの不勉強だよね」

 

 知ってるのか、イーシンロンのこと。

 

「それから離れなよ……イーシンカンパニーっていうのは回復アイテムを作ってる会社だよ」

 

 具体的には? 

 

「トレーナーさんが大好きな回復スプレーとか」

 

 へー、やるじゃん。

 

「すごいだろ?」

 

 創業者とかはすごいけど……君は何したの? 

 

「……え?」

 

 イーシンカンパニーで君は何をしたのか知りたいんだけど。

 ……もしかして新しいアイテムの発明とかしたのか? それなら凄いと思うよ。

 教えてくれない? 

 

「…………」

 

「トレーナーさん、ちょっと……!」

 

 なに? 今から天才発明家エリック君の武勇伝を聞かせてもらうつもりなんだけど。

 ……いって! なんで叩くんだよ! 

 

「ばか! そんな天才ならこんな旅なんかしてないで、もう就職してるに決まってるじゃん! 凄いお父さんがいるっていうことだけが取り柄なんだよ!」

 

 ……それフォローしてる? 

 でもそうか、俺は親父が普通だったから普通に育つことができたってわけか。

 ブルー……は……なんでもない。

 

「私もお姉ちゃんも別にそんな事気にしてないよ。むしろそうやって気を遣われる方が居心地悪いから」

 

 そそそそそうか……いや全然! 俺も気にしてないけどね!? 

 

「あっそ……あ、トレーナーさんのお父さんは絶対普通じゃ無いからね」

 

「うんうん」

 

 レッドがいきなり湧いてきて頷いてる。

 なんだこいつら。

 マジで普通のサラリーマンなんだよなあ。

 あんまり舐めた事言ってるとペナルティキス……いくよ。

 ……冗談だよ。

 …………冗談! 冗談だから! 

 レッド! ちょっ……ホントに! 

 

 冗談は時と場合を選ばないと冗談にならない事を学んだ。

 ブルーは目を丸くしている。

 

「お姉ちゃんって本当に……」

 

 どうやら姉の新しい一面を知ったようだ。

 エリック君が駆けていく背中が見えた。

 なんと無く追った方がいいような気がしたので走り出す。ブルーを引っ掴んで。

 

「わっ! なんなの!」

 

 

 ──────

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 無我夢中で走ってきたエリックは甲板の上にいた。

 海の天気にしては珍しく、シトシトとした穏やかな雨だ。

 そしてそれとは対照的に、積乱雲のように荒れた感情に支配されていた。

 板張りの甲板には所々水溜まりができており、踏み抜いたエリックの足はすでにずぶ濡れだ。

 

「ああああ!」

 

 手摺に叩きつけた拳から伝わる痛み。

 プテラが心配そうな顔をしているのにも気付かずに鳴るのはギリギリという歯軋りで、今にも弾けそうな心がそのまま表れていた。

 

「僕だって……僕だって!」

 

 話の流れで出た自分の出自。

 当然、褒められると思っていた。

 だって、お父さんと一緒にいるとみんな凄いって言ってくれた。

 ジム協会の偉い人も、僕より強いプレイヤーも。

 それなのに……

 

『凄いお父さんがいるっていうことだけが取り柄なんだよ!』

 

「違う……違う……! ちがうちがう! ぐうううう!!」

 

 自分の感情が抑えられ無い。

 今、気付かされた。

 船に乗る前に言われたことの意味。

 負けた自分を笑っていた子達よりも100倍の経験値があるって。

 でも、違った。

 まだ自分はそっち側だった。

 ヒタヒタと、ゆっくり近付く足音には気付かなかった。

 

「僕は……!」

 

「──違うよな、わかるよ」

 

「…………笑いに来たんだ」

 

「ん?」

 

「あの子達と同じだったぼくを笑いに来たんだ!」

 

「最近頑張ってたのに……お前のせいだからな! ブルー!」

 

 気まずそうにポケモントレーナーの後ろから出てきたブルー。ポケモントレーナーは少し怒っているようだった。

 

「さて、悪い事したら何て言うんだ?」

 

「…………」

 

「ブルー」

 

「っ……ご、ごめん、なさい……」

 

 エリックは呆気に取られていた。

 ブルーと言えば、勝気な事で有名なプレイヤーだ。

 カムイに負けた時も大層な口上を吐いていたので印象に残っている。

 それがまるで普通の女の子のように、親に叱られた子供のようだった。

 

「エリック君ごめんなぁ? こいつ、ちょっとアレだからさ」

 

「アレって……」

 

「おだまりんす!」

 

「…………」

 

 不貞腐れように呟くブルーの髪を乱して黙らせると、エリックの隣にくる。

 傷付いた手に回復スプレーをかけた。

 

「……ありがとう」

 

「こっちこそごめんな、エリック君が頑張ってるのは俺も知ってるよ」

 

「──そ、そうだよな! ……僕、頑張ったよね!?」

 

「うんうん! 最近のエリック君はすげえカッコいいぞ!」

 

「…………」

 

 無邪気に笑うポケモントレーナーの顔を見て、何故か顔を伏せてしまった。

 あまりに無邪気すぎて真っ直ぐ見ていられない。

 

「なんだ照れてんのか?」

 

「…………」

 

「マジで頑張ってたからな、きっとお父さん達も喜んでるよ」

 

「……ここ、ソーマ通じないよ」

 

「そういやそうだ、でも天国のお父さん達も喜んでる」

 

「死んでない!」

 

「これからも頑張れよ! ……頑張ってるやつに頑張れってダメなんだっけ……」

 

 3人とも忘れていたわけでは無いが、今の天候がどういう状況かというと……

 雨なのである。

 そう、雨に濡れると人間は通常の20倍もの速度で体温を奪われると言われている。

 つまり、吹き曝しの甲板の上、風を遮るものもなく雨に打たれていた3人のうち1人は──

 

「くしゅん! う゛ぅ゛ぅ゛……寒いよぉ」

 

「タオル、替えるからな」

 

「……う゛ん゛」

 

 ベッドに横たわり、布団をかぶっている。

 見るからに体調が悪そうな顔というか、若干震えている。

 ブルーが風邪を引いてしまった。

 どの面下げて……と青年が自分にモニョモニョしながら、レッドにブルーの看病を頼んだら──

 

「……お兄さんが看病して」

 

 と、ばっさり。

 自分が看病するのが確かに筋だけど、ブルーは嫌がりそうだなという予想を立てて本人に聞くと、意外にも了承された。

 レッドが何故指示したのかは分からなかったけど、本人もいいと言っているし存分に看病をする。

 実際、仲間の中で誰が1番病気し辛いかと言ったら青年だろう。

 免疫力とか意識した事無いけど多分強い。

 

「ブルー、俺が悪かった」

 

 頑張ってるやつを貶すのは良く無い事だけど、子供を雨の下で放置するのは最早虐待だ。

 極悪人の所業と罵られても受け入れる準備はあった。

 パイプ椅子に座って頭を下げる青年の頭をペシっと一回、何かが叩く。

 

「疲れちゃうから……そういうのやめてよ」

 

「…………」

 

「プリン買ってきて」

 

「……わかった」

 

 

 ──────

 

 

 パタンと閉じた扉。

 ブルーは溜息をついた。

 

「はぁ……ホント、弱くて嫌になる」

 

 少し身体が疲れるだけですぐ熱が出る。

 孤児院にいた時からそうだった。

 ピカチュウと走り回っていた姉とは真逆の、弱い自分が嫌だった。

 嫌で嫌で……だから強くなりたかった。

 院長は焦るなって言っていたけど、それは無理な話だった。

 ひと足先に旅に出たお姉ちゃんは凄まじい勢いでバッジを集め、まるで差を見せつけられたような気分で……四天王に負けたと聞いて、少し安心した。

 あのままチャンピオンまで駆け上がられたら一生勝てないところだった。

 

 それで……この状況はなんなんだろう。

 トレーナーさんは強い。

 戦っても手加減されたというか、シンリンカムイを倒したという時点で半ばわかってはいたけど……敵わなかった。

 というか、二つ名持ちを手懐けてそれでジムリーダーに勝って、それを逃す。どういう神経してるんだろう。そんなことが出来るならとっくに皆んなやってるし、そもそも、なんで20才になるまで旅をしていなかったのかが不思議だ。

 ……で、その人にプリンを買わせてる。

 

 扉が勢いよく開いて、風が流れ込む。

 

「プリン買ってきたぞ!」

 

 まだ30秒も経ってない。

 どれだけ急いできたんだろう。

 コトリとプリンを置いて、椅子にそのまま座る。

 自分は自分で別のプリンを買ってきたようで、早々に包装を開けて食べ始めた。

 

「……そっちが食べたい」

 

「え? ……じゃあどうぞ」

 

「疲れちゃった」

 

「ええ?」

 

「手が動かないなぁ……」

 

「えーと、寝るか?」

 

「……はぁ……良いから食べさせて」

 

「おぉ、なるほど! ……あ〜ん」

 

「あーん」

 

 プリンを食べ終わったら歯磨きをしろと言われた。

 でも無理。

 身体がだるいのは本当なので、起き上がって洗面台のところまで行くのだってキツイ。

 あと寒い。

 動きたくない。

 

「無理か?」

 

「うん……」

 

「でも、磨かないと虫歯になっちゃうしなあ」

 

 結局、歯を磨いてもらった。

 手慣れていて、誰かさんたちの歯も磨いてたんだろうなってのがよく分かった。

 リザードンはじーっと部屋の隅でトレーナーさんのことを見ていて、どういう感情なのか分からない目をしている。

 テシテシと尻尾をカーペットに軽く打ち付けているのは機嫌が良い証拠だけど。

 

「リザードン、お前も燻製にk……はアッチでの話だったか」

 

 ポケットをまさぐり、すぐに何かに気付くとやめた。

 あっちってなんだろう。

 聞こうと思ったけど、唐突に眠気が襲ってきた。

 

「寝ろ寝ろ、風邪は寝なきゃ治らん」

 

「う……ん……」

 

 目を閉じて眠気に身を任せると、すぐに夢の世界へ。

 

 

 ──────

 

 

「また来たのか? もう我が臣下の件は済んだであろう」

 

「いいや、俺の件だ」

 

「……聞こう」

 

「ワイらへの対応と違うやないかい! なんでワタルの話はすぐ聞くんや!」

 

「吾輩は強者を侮らない、その行動は吾輩への侮辱でもある故な」

 

「ホリィ! こいつワイらのこと弱いって言うたで!」

 

「どけどけ、吾輩は其奴と話をするのだ」

 

 チョイチョイと指先で2人を退け、クッパは場所を作る。

 地面に座り、ワタルにも座るように促した。

 

「して?」

 

「ドリームランドって世界を知っているか?」

 

「……まず、その世界がなんなのか教えよ」

 

 ワタルは自身が旅した世界のことを説明した。

 世界を維持するクジラや生命の木のことだけは隠し、クッパが攻めてきた事も話す。

 

「ふぅむ……誓って言うが、吾輩はそんな事しとらんぞ」

 

「だろうな、あんたがあの時のクッパだったら最初に会った時に気付くはずだし」

 

「何故だ」

 

「何度も戦ったからな」

 

「……ほう? それでどちらが勝ったのだ」

 

 面白そうに尋ねるクッパは、その答えをわかっているようだった。

 

「俺が生きてここにいるってことはそういう事だろ」

 

「──ぐわはははは!」

 

 愉快そうに笑い、地面をバシバシと叩く。

 

「知らんが……覚えたぞ、ドリームランド! いつか行ってみよう!」

 

「いい奴ばっかだから、普通に行けば歓迎されると思うぞ」

 

「それではつまらんな! どうせならド派手に行こう!」

 

「じゃあカメックスのやつには教えといてやるかな! 亀同士、仲良くやれ! がはははは!」

 

 スエゾーとホリィはコソコソと何事かを話している。

 

「あの2人って……」

 

「ええ、似たもの同士よね」

 

「それにしてもドリームランドってなんや」

 

「聞いたことも無いわよね」

 

「異世界から来たとかそういう話の続きちゃうか?」

 

「──おーい、ホリィ! お前も話があるんだろ」

 

「あ、はーい!」

 

 勾玉の事について答えてもらう事がホリィの求めているものだ。

 ワタルとクッパの話は終わったようなので、改めて目の前を陣取る。

 

「何度聞かれてもマガタマについては答えん。お前にそれを聞く資格は無い」

 

「……それでも!」

 

「──とはいえそれで引くようなら、今日ここに来ることもあるまい」

 

「!」

 

「マガタマについては答えんが、進むべき方向だけは教えてやる」

 

「進むべき方向?」

 

「やることは変わらん、お前らはヒノトリを探せば良い。さすればいずれ、知りたい答えにも辿り着くだろう」

 

「なんやなんや! 答え知っとるんやったら勿体ぶらずにおしえてくれりゃあええやんけ! けちくさい奴やのお!」

 

「一つマガタマをくれてやった、進むべき道も教えてやった。これ以上求めるなど……強欲が過ぎはしないか?」

 

「──ホリィ、もう良いだろう」

 

 

 ──────

 

 

「円盤石、まさかあんなモンスターまで封じているなんて……」

 

 湖の中心に沈んでいた円盤石、神殿で復活させると二足歩行の巨大魚モンスターだった。

 大暴れして神殿をぶっ壊し、例の湖へと移動。

 そこに乱入したのはワルモン軍団のランゴスタ部隊。そいつらを率いるクイーンランゴスタは人様には見せられないような気持ちの悪い姿をしており、ホリィも見ただけでノックダウン。

 ライガーベビーが襟を加えて必死に引きずって避難させている間にランゴスタを投石で弾けさせる。

 ランゴスタが喋っているのは控えめに言って正気が削られる光景だった。

 

 ランゴスタの目的である円盤席の確保、モンスターを捕獲してのワルモン化だが……流石に20mもある巨大なモンスターが出てくることは予想していなかったらしく、持ってきた頑丈な網も役に立っていなかった。

 放つ高圧水流が通り過ぎると、直撃したランゴスタの羽がヒラヒラと水面に落ち、俺の顔面には緑色のベチョベチョがこびりついた。

 乱入してきたクッパは大喜びで、今日の晩飯だ! とか叫びながらモンスターの首に齧り付いていた。

 クイーンランゴスタも丸焼きにされ、クッパには豪勢な夕飯が確約された。

 

 ホリィは若干気落ちしている。

 円盤石に封印されているモンスターには最初から危険な奴もいると知ったからだろう。

 スエゾーもホリィも、円盤石から危険なモンスターが出てくる事があるとは知らなかったらしい。

 それでも旅を続けているのは燃やされた村の無念を晴らすためであり、2人とも時折うなされている。

 家族と家と村が燃やされる。

 そんな惨い光景、忘れようとして忘れられるものじゃないし、2人を苦しめているのだろう。

 うなされている時は頭を撫でてやると少しだけ表情が和らいだ。

 

 ライガーベビーは呑気なもので、お腹が空いたら鳴いてトイレをしたら鳴いて何がなくとも鳴く。

 スエゾーに対して雷撃を放つのにハマっているらしくてよく追いかけ回している。

 どこかに行ったと思ったら木の上で寝ていたり崖から落ちそうになっていたり、ヤンチャ盛りだ。

 いちばんのお気に入りはホリィの膝の上で、休憩している時はいつもそこ。膝の上は誰のものかでスエゾーと喧嘩している。あんまり盛り上がるとホリィに叱られてるけど。

 

 さて、本日ガイアがさし示したのはこちら。

 立ち寄った街で行われるモンスターバトル大会の景品! 

 

「間違い無いわ! ガイアがさし示しているのはあれ! 絶対ゲットするわよ!」

 

「おう! そうやな!」

 

「でも、誰かが参加しなきゃいけないわよね……」

 

「おう!」

 

「頑張って、スエゾー!」

 

「おう! …………へ!?」

 

 頑張れスエゾー! 

 

「堪忍してくれ! ワイは戦闘向きじゃ無いんや!」

 

「でも、この中で戦えるモンスターはスエゾーしかいないし……」

 

「せやけど……」

 

 必死の声も虚しく、スエゾーの名前を名簿に登録したホリィ。

 期待してます、というオーラがすんごい溢れてる。

 スエゾーも最初は否定の言葉を吐いていたけど、だんだんと弱腰になり、おだてられるにつれてやる気が満ちていった。

 今は対戦前で気合いムンムンしている。

 

『シュッ……シュッシュッ……』

 

 シャドーボクシングで対戦相手をボコボコにしている気分になっているようだ。

 勝てるなら良いんですよ、勝てるんなら。

 

『さあ、選手入場です! 西はエンジェル選手! 本日も美しいですね! 是非とも踏んでいただきた……んんっ! 東はスエゾー選手! 初出場ですが、やる気は十分のようです!』

 

 アレが店員さんの言っていたエンジェルか? 見た目は綺麗な女性のようだけど、なんであんな痴女みたいな……

 

『うっひょー! なんとお綺麗な! ワイはスエゾーっちゅうもんや! コレ、お近づきの印に!』

 

『あら、ありがとう』

 

「ああ! スエゾー、お酒なんていつの間に!」

 

 あれ俺だわ。

 

「……ワ〜タ〜ル〜?」

 

 マーケットを歩いてたら飲み物が売っててさ。

 スエゾーがジュースだって言うから買ってやったんだけど……

 

「もう! そういうのは相談してよ!」

 

 ええ? でも俺が稼いだ金だし──なにより、こっちでも金銭管理されるのはなんか情け無い気がしてさ。

 

「文字読めないんだから管理も何もないじゃない!」

 

 そんな詰め寄られても……買っちゃったもんは買っちゃったし、ホリィこんな量の金貨持ってられるの? 

 

「そ、それは……ともかく! コレからは私が管理しますからね!」

 

 俺って、側から見てるとそんなに金銭感覚狂ってるのか? 

 

「狂ってるも何も……値段見て買ってないじゃない!」

 

 だって読めないし。

 

「お金は有限なのよ!?」

 

 無くなったら稼げば良いのさ(ニッコリ)

 

「そんな簡単に言うけど……どうやって?」

 

 ──ちょっといいか? 

 

「きゃっ! ……な、なに?」

 

 目だけ動かせ。

 あっちでホリィのことを見てる3人組がいるだろ? 

 

「あ……ほ、本当だわ」

 

 あいつらはホリィのことを誘拐しようとしてる。

 俺から身代金を奪るつもりなんだ。

 

「なんでわかるの?」

 

 俺がさっき金貨を見せただろ? その時から話し始めてたからな。

 

「話してる内容が聞こえるの!?』

 

 聞こえるさ。

 ──で、あいつらみたいなやつから巻き上げる。

 

「…………えっ!?」

 

『対戦、はじめぇ!』

 

『レディ! ワイは女をいじめる趣味は無い! 降参してくれや!』

 

『レディだなんて紳士なのね? でも私、あなたみたいな弱い男は好きじゃ無いの』

 

『な、なんやとお!?』

 

『ムー様みたいに強いお方が好みなの』

 

「ムー!? そ、それじゃあ!」

 

 ホリィが身を乗り出した。

 バッジ付けてないけど、あのエンジェルはワルモン軍団ってわけだ。

 それならこんな大会ぶっ潰して盗んでいきゃあ良いのに、ご丁寧に付き合っているのはどういうわけだ? 

 

『物事には順序というものがあるわ、私はその順序を乱すのが嫌いなの』

 

『律儀なやっちゃな! ……でも、ワルモンならワイも手加減するわけにはいかん!』

 

『──言ったでしょ? あなたは弱いって』

 

 スエゾーの攻撃手段は乏しい。

 精々が尻尾や舌を使ってのビンタやのしかかりぐらいなものだ。

 エンジェルは空を飛べるようでそんな攻撃は躱され、釘剣を使ってスエゾーを痛めつけていく。

 

「スエゾー……なんで降参しないの……」

 

 ホリィの言う通り、スエゾーに勝ち目は無い。

 攻撃手段が無いからな。

 そしてこれは命のやり取りでは無い。

 負けを認めれば命までは取られないのに、なんであそこまで必死に喰らいつくのか。

 ……いや、本当はわかっている。

 単純な勝ち負けじゃ無い。

 ここで引く事がどれだけ情け無いことか、スエゾーは理解していた。

 

『ワイだって……ワイだって、ホリィの仲間なんや……!』

 

『そらそら!』

 

『ぐっ……!』

 

 それでも彼我の差は縮まらない。

 物理的にも戦力的にも、お互いに有しているものに変化は無かった。

 結局スエゾーは限界まで粘ったが、気絶した事により審判により勝敗が分けられた。

 よせば良いのに、医務班が出てくる前にホリィがスタジアムから降りてスエゾーのところに駆け寄ってしまった。

 対戦相手のエンジェルは、スエゾーが実は狙うように言われている獲物の一味だったことに気付き、仲間を呼び寄せてしまった。

 

 観客が逃げていったスタジアムでエンジェル達がホリィを囲む。中にはあの3人組もいた。

 どうやらワルモン軍団の中には人間もいるようだ。

 ……頑張ったスエゾーに免じて見逃してもらえない? 良い気分だからさ。

 と言って逃がしてもらえるなら、ホリィ達の故郷は燃やされたりしない。

 当然のように戦闘になった。

 ポケモンなのかアクマなのか分からんが、飛ばれるのは厄介なので投石で翼を潰していく。

 スエゾーはダウンしていて役に立たないし、ホリィもバランスのいい山本さんみたいになっているし、地に落ちたエンジェルやワイバーンをチマチマと倒していく。

 

「ひ、卑怯だぞ! 翼を……! ぐあああっっ!」

 

 翼をもがれた痛みで地面で苦しんでいるワイバーンのうちの一体が意味不明なことを言っていた。

 どうやら自分たちが正々堂々していると思っていたらしい。

 

「た、退却を……! ディア! ディア! ディア!」

 

 小賢しいことに、回復わざで翼を治して逃げていった。

 ホリィはショックを受けているようだ。

 

「空の支配者であるワイバーンがどうして……」

 

 

 ──────

 

 

 スエゾーだけじゃなくてホリィも怪我をしている。

 この旅は、あっちの世界で旅をしている時よりも生傷が絶えない。

 なにせ、明確にホリィを狙って敵が襲ってくるのだから。

 まだ大怪我をしてはいないけど、ソレもいつまで続くか分からない。

 スエゾーに包帯を巻き、ホリィの身体にも傷が残らないように軟膏を塗る。

 今回は2人ともよく頑張ったな。

 

「円盤石が……」

 

 ちゃんと持ってきたから安心しろ。

 

「いつの間に!?」

 

 誰もいなかったからな。それに、誰が一番必要としているかっつったらホリィだろ。

 なら良いじゃん。

 

「でも、勝手に持ってきちゃったのよね……」

 

 気にすんなって、これも大義のためだ。

 ……さぁ、今日は寝よう。

 寝て、明日になったら神殿に持って行くんだ。

 スエゾーを見ろ。

 あんなにグッスリだぞ。

 

「…………」

 

 黙り込むホリィに違和感を感じていると、グゥゥと音が鳴る。

 確かに今日は夕飯を食べてない。

 

「き、聞かないで……」

 

 穴があったら入りたいと顔を赤くする。

 そんな少女を放っておいたら、名折れだな。

 寝るのも大事だけど、食べるのも大事か。

 

 火にかかった鍋。

 グルグルとかき回すと、中に入れた野菜もどきや肉もどきが浮かび、沈む。

 匂いに釣られたのか、寝ていたはずのベビーが鍋を覗き込んでいた。

 ホリィも夕飯が出来上がるのを待っている。

 パチッと燃料の枝が弾け、崩れた。

 

「ガイア……」

 

 ホリィはガイアを取り出して様子を見ている。

 アレ以降、勾玉に変化は無かった。

 考えてもしょうがないことを懲りずに考えているな。

 ──ほら、そろそろ飲んで良いぞ。

 

「あ、はぁい」

 

 気の抜けた様子でお椀を受け取ると、息を吹きかけて冷ましながら少しずつ食べる。

 ベビーも猫舌気味なので、冷めるまでは暫く待つだろう。

 

 食べ終わったらベビーはすぐさまホリィの膝の上に頭を乗せた。

 

「あら」

 

 ホリィはまだ食べている最中なのでいつもみたいに撫でたりはしないけど、ピクピクと動く耳を優しげに見ていた。

 

「ワタル」

 

 うん? 

 

「私……お話が聞きたい」

 

 お話。

 

「またハッピーエンドのお話がいいな」

 

 ハッピーエンドのお話か…………これなんてどうだ? 

 声を奪われた少女が神を打ち倒した話だ。

 

「聞きたいな」

 

 ──ユカリという少女がいました。

 

 

 ──────

 

 

「ユカリは、無限に思える痛みと苦しみの中でも──」

 

 話をしているワタルの顔を見ていた。

 辛い部分を話す時は本当に苦しそうに。

 楽しい部分を話す時は本当に楽しそうに。

 一つ一つを思い出しているかのようにゆっくりと話す。

 

「──男は特に何も考えていませんでしたが、とりあえず研究区画に進入することにしました」

 

 明らかだった。

 多分に主観と感情が含まれたそのお話は、彼自身の──

 彼がどんな人間か、ソレがこの話の中には多分に散りばめられていた。

 彼は、そう──ハッピーエンドが好きなんだろう。

 偶然でも何でも、出会って関わった人の結末が悲しいものになってしまう事が許せないんだ。

 

 そしてもう一つ。

 仲間への想い。

 共に行く女の子達への……うん、なぜか女の子の話が多いのは気になるけど。

 その子達のことを純粋に誇らしいと思っているのが伝わってくる。

 異世界とかそういうのはよく分からないけど……ワタルの仲間はどこかにいて──それで、今も帰りを待ってるんだ。

 

「ディアルガとパルキアを縛り付けて神話を再現したアイツは──ヒカワは、その力で世界を創り替えようとしました」

 

 途轍もなく大きな旅。

 ヒノトリを探す私たちの旅ですら、ほんの一部になってしまうような旅。

 

「彼女達との旅を無かったことにされるのは……あまりにも許される事ではありませんでした」

 

 その時のことを思い出しているのであろうワタルは眉を顰めていた。

 

「彼らは戦いました。命と、過去と、未来と、世界をチップに載せて」

 

 スエゾーが今日戦ったスタジアムなんか目じゃないくらい大きな、浮遊する闘技場。

 噂に聞くムーの拠点、浮遊城のようなものなのだろう。

 その上で行われた、世界の行く末を決める頂上決戦。

 少なくとも、この大陸での出来事じゃないのは間違いなかった。

 空が極彩色に変化するなんて聞いた事も無いし見た事も無い。

 謎の剣を携えて乱入した男との共闘。

 トドメを刺したユカリ。

 

「──そして彼女は今、リンと一緒に旅をしています。夢だったレースへの復帰を叶えるため」

 

「大切なのね、彼女達が」

 

「本当にな」

 

「じゃあ……ちゃんと帰らなきゃ」

 

「うん、俺は今そのために頑張ってる。こんな状態じゃあ、どっちかの俺がいなくなってもおかしくない」

 

「本当に怪我は大丈夫なの?」

 

 彼がお風呂に入っている時に鉢合わせた事があった。

 その時に見ちゃった彼の……その……か、身体は……とんでも無い傷だらけだった。

 特に、胸あたりにあった痕は目立っていた。

 もう古傷で、完全に治っているって言ってたけど、正直不安になる。

 

「大丈夫だって」

 

「でも、あんな傷…………」

 

「本人が大丈夫って言ってるのに大袈裟だなぁ……さあ、もう寝よう。ホリィも眠いだろ?」

 

「うん……ふぁぁぁあ……」

 

「欠伸したと思ったらもう目閉じ始めちゃったよ……」

 

 

 ──────

 

 

「──何、今の」

 

 目が覚めたブルーは、妙にはっきりとした夢を見ていたことに気付いた。

 夢の中で自分は俯瞰気味ではあったけど、ホリィという女の人になっていた。

 左手に違和感を感じて動かすと重みがある。

 布団を捲ると別の手を握っていた。

 ……なんで? 

 と思ったらトレーナーさんがこっちを見ている。

 

「おはようブルー」

 

「……ん」

 

「まだ治ってはないか?」

 

「ん」

 

 気恥ずかしくなって、そっと手を離す。

 

「もしかして……握ったまま寝てた?」

 

「寝てたな」

 

「ごめん」

 

「慣れっこだから気にすんな」

 

「……トレーナーさん、座ったまま寝てたの?」

 

「そう、ちょうど今起きたところだ」

 

 あの夢で観た光景は何なのか聞きたかった。

 でも、すごい大事な夢なんじゃないかって気がした。安易に聞いて断られるのが怖い。

 顔を見ていたら気付かれたのか、手を顔のほうに伸ばしてくる。

 少し身構えたけど、ずり落ちたタオルを持ち上げただけだった。

 冷たくも何ともない。

 ただ濡れているだけ。

 

「タオル、替えないとな」

 

「……」

 

 ボーッとしていた。

 その間に何か言っていた気もするけど、洗面所の方に向かったしタオルを濡らしに行ったんだと思う。

 

 変な夢を見たせいか全身びっしょりだった。

 シャワーを浴びたいけど、身体のだるさが起き上がることを引き止める。

 タオルを替えに行ったはずのトレーナーさんがしばらく戻ってこないので声を掛けてみた。

 ……返事が無い。

 リザードンに確かめてもらおうと思ったけど、まだひっくり返って鼻提灯を膨らませている。

 

 孤児院でも旅してる時も1人なんて当たり前だったけど、ここ最近はずっとトレーナーさん達と一緒にいたから、近くにいつも誰かしらがいた。

 ほとんどお姉ちゃんとトレーナーさんではあったけど。

 だからかな、変な気分だった。

 

 何でか分からない。

 すごく落ち着かなかった。

 落ち着かないから、布団から出た。

 身体は重かったけど引き摺るように洗面所に向かった。

 

「さむい……」

 

 風邪を引いた身体に、春の海を浮かぶ船の中途半端な室温は堪える。

 文句を言ってやろうと思いながら扉を開けた。

 

「……トレーナーさん?」

 

 洗面所にトレーナーさんはいなかった。

 お風呂をノックしても返事は無いし、扉を開けても当然いない。

 ……お姉ちゃんに言いつけてやろう。

 

 ここまで頑張ってきてベッドに戻るのも勿体無いのでシャワーを浴びる事にした。

 椅子に座り、浴槽の淵に肘をついて身体を支える。

 クリスタルからのエネルギー供給があって助かった。

 すぐにお湯になるもんね。

 こんな状態で水浴びなんてしたら死んじゃうよ。

 

 シャワーを浴びてサッパリしたら、今度はお腹が空いている事に気づいた。

 寝る前にプリンしか食べていないからだ。

 あと、バスタオルが無い。

 浴室は暖かいけど、濡れた状態で出たら凍えることは確実だった。

 トレーナーさんが持ってきてくれないかな。

 そんな思いが通じたのか、コンコンと浴室の扉がノックされる。

 

『ブルー、タオル置いておくよ』

 

 お姉ちゃんだった。

 そして気付いた。

 服が脱ぎっぱなしだ。

 トレーナーさんだったら2度と顔を見られなくなるところだった。

 

「良くなった?」

 

「全然」

 

 再びベッドに潜り込む。

 トレーナーさんはご飯を取りに行ってくれたらしい。声は掛けたと聞いたって言ってたけど、ボーッとしてた時の話かも。

 

「お兄さんは悪い人じゃ無いよ」

 

「……?」

 

「面倒見、良いでしょ」

 

「…………」

 

 思い返す。

 何だかんだで最初から世話焼きな感じはした。

 昼ごはんを奢ってもらったり、試練に着いて行ったり、おやつを買ってもらったり、宿代を出してもらったり、火山まで連れて行ってもらったり。

 でも、何で今? 

 

「アホだし、言うこと聞いてくれないし、無茶してばっかだけど」

 

 本当に何の話だろう。

 貶すのか上げるのかどっちかにしてほしい。

 賛同も否定もできない。

 でも、一つだけ言いたい──

 

「何でちょっと自慢げなの? ……ゴホッ」

 

「全然そんなことないけど」

 

 ちょっとニヤけてるし、そんな事ある。

 

「ご飯持ってきましたよ〜ん」

 

 そこにトレーナーさんがやってきた。

 機嫌良さげに持っているお盆の上には、今の私が食べるには多すぎる量。

 私は今日、胃が破裂して死ぬのかもしれない。

 

「いやー、ナギの手料理が朝から食えるなんてこっちの世界は最高だ!」

 

「お兄さん……またあっちの世界に?」

 

 お姉ちゃんが駆け寄って、孤児院にいた頃は聞いたことの無い声を出す。

 トレーナーさんもそれに応えてお姉ちゃんの頬に手を添えた。

 撫でられて気持ちよさそうに頬を擦り寄せるお姉ちゃん……恥ずかしくてこんなの見てられないんだけど……

 私、放置されてます。

 

「心配ないよ、クッパとも穏便に話は済んだ。三顧の礼は必要無かったみたいだ」

 

 ご飯……

 

「持ってきたけど、朝ごはん食べられるか?」

 

 よかった、忘れられて無かった。

 ナギさんが食べやすいものを作ってくれたので、思ったよりは食が進む。プリンしか食べていなかったお腹が満たされていった。

 お姉ちゃんも朝ごはんを食べるために一旦いなくなった。あんまりいると風邪が移るからしょうがない。

 

 

 ──────

 

 

 よーし! 

 陸地、到着! 

 いやー本当に長い旅だった。

 ……長くても三日ぐらいで着くと思ってたから本当に長く感じたぜ。

 まさか1ヶ月も船の上とはな! 

 ブルーも風邪を治したし、エリック君も経験を積めた。ナギは最後まで船酔いは薬頼りだったけど、それもまた旅の経験や! 

 

 クリスタル? 

 最終的に港付近でネオプラズマ団の幹部とかいうのが突っ込んできて爆散したよ。

 やっぱりバリアーも無敵じゃ無かったらしい。

 白スーツちゃんは大層ショックを受けていたけど、諸行無常なので気にするような事じゃ無いと思う。

 オーナーの許可を得て、拳大のクリスタルのかけらをもらった。何かの役に立つかもと思ってな。

 まあ、許可が出なかったら勝手に持って行ったけど。

 白スーツちゃんは完全体のクリスタルにしか興味がなかったらしい。

 持っていく気は無くなっていた。

 あの子も大概歪んでるよ。

 それで、気がついたらいなくなっていた。

 ただ、可愛い似顔絵付きの手紙が。

 音声付きだった。

 

『また会えたなら、その時はディナーでも』

 

 ……そこは暗号じゃないんかい! 

 

 港町、ホーリータウンには警察が。

 当たり前だよね。

 船が半分くらい反社に乗っ取られて、核融合炉みたいなもんが盗まれそうになって、指名手配犯が現れて……アホかな? 

 でも、地元警察程度じゃあ手に負える範囲は超えてる。

 そのうち国際警察が数人来るらしい。

 事情聴取とかめんどくさいんで蹴った。

 協力しないと拘束するとか言われたけど、そういうの効かないんで。

 

 いつも迷惑かけてるんだから協力くらいしろって、ナギ達に怒られた。

 グヌヌ……

 しょうがないので聴取に応じるとクソまずいカツ丼みたいなやつが出てきた。

 これには温厚な俺も流石にキレた。

 署長みたいな立場のやつを物理的に吊し上げ、カツ丼もどきを食わせる。

 ……やっぱり嫌がらせじゃねえか! 

 

 牢屋に入れられる。

 ぶち壊す。

 牢屋に入れられる。

 ぶち壊す。

 牢屋に入れられる。

 ぶち壊す。

 4回目をする前に国際警察が到着した。

 二人組だ。

 ハンサムさんの後輩だとか。

 あの人は特別な立場だからこういう現場には来ないらしい。俺と話してる時はただの雇われみたいな雰囲気出してたくせに、やっぱり特別なんじゃん! 

 

 かつてハンサムさんに、ウルトラビーストに殺されそうになってたところを助けてもらったんだと。

 俺もハンサムさんとは外部協力者として関わっている話をすると、組織内では周知の事実だった。

 美味い飯を奢ってもらい、ホクホクでみんなのところへ。

 警察とのゴタゴタを終わらせるのに1週間かかったぜ。

 

 

 ──────

 

 

 ホーリータウン。

 ただの港街ながら、著名人を多く輩出している。

 西の大陸から流れてくる流行が最初にたどり着くのもこの街だ。

 インフルエンサーも多々いる。

 そんな所を彷徨く6人組。

 容姿端麗。

 それだけならまだしも、彼女達は数々の事件に関わっていることが明らかなネタの宝庫だ。

 いつも通りの盗撮だけじゃなく、インフルエンサーの熱烈な歓迎も受けていた。

 しかし、熱は狂気を生む。インフルエンサー同士で喧嘩が起きるなんて一幕も。

 

「こっちが先に声掛けてただろうが!」

 

「早いもん勝ちなんて決まってないよ!」

 

「あ、あの……落ち着いてください……」

 

 アイリの小さな声がかき消される喧しさ。

 

「うへぇ……おじさんこういうの久しぶりだからキツいかも〜」

 

「私もよ……」

 

「うわうわ、みんないっぱい撮るんだね! 僕も撮ろうかなあ!」

 

「ノコ、アレは私たちを撮ってるんだよ」

 

 少しズレた感想を抱いていたノコは、レッドの返答で考え込む、

 

「──あっ、分かった! ナギが言ってたトーサツでしょ!」

 

「……あれは良くないことだから、真似しちゃダメよ」

 

「うん!」

 

 それでも楽しそうにキョロキョロと見回すノコ。

 勝手に撮られる事が悪い事だという認識がまだ根付いていなかった。

 ブルーはレッドに耳打ちをする。

 

「お姉ちゃん、ノコさんって盗撮も知らないの? どれだけ田舎にいたの?」

 

「お兄さんよりはマシだと思うよ」

 

「えぇぇ……」

 

 ドン引きだった。

 そんなバカな。確かに常識はずれなところは似てるけど、あの人はもうちょっと色々……

 というか、警察に捕まっているのを放置して良いのだろうか。

 

「このままトレーナーさんが捕まったままでいいの?」

 

「ブルーさん、良いのよ」

 

「良いんだ!?」

 

 流石にリーダーが警察に捕まったまま旅をするのはおかしいでしょ。

 せめて迎えに行くとか。

 

「お兄さんはねぇ、もう本当にああいう人達と相性が悪いというか従う気が無いというか……気にするだけ無駄だから。ブルーちゃんも気にせず楽しもう?」

 

「楽しむって言っても人が多すぎて──」

 

 その時、6人を囲っている人の檻の一角で大きな騒ぎが。

 

「うわぁああ!」

 

「ひいいいい!!」

 

「お、落ち……!」

 

 人が飛んでいる。

 外側から順々に跳ね飛ばされていく。

 下から掬い上げられているかのような飛び方だった。

 ホシノは腰に手を当てて呆れていた。

 呆れながら笑った。

 

「ほら、ね?」

 

「どけどけえ! どうせお前らみてえな有象無象が集まってるところにいるんだ! 道を開けろ! 俺様のお帰りだ!」

 

「──うわあ! ポケモントレーナーだああ!」

 

「失踪から帰ってきたかと思ったら全裸少女を彼女にしてグレンタウンで巨人になって貴重なクリスタルをバッキバキに砕いて逮捕されたらしいのに、1週間で戻ってきたぞ!」

 

 すごい、全部適当だ。

 でも、とんでもないことを言われてるのにあの人笑っていた。

 

「相変わらずインターネットからしか情報を得られない情弱ばっかで草ぁ! 体験が足りてねえなあ!? おら、どけ! 見せ物じゃねえんだ! ──おっ!」

 

「お兄さん」

 

「レッド! アイリ! ちょっと大きくなったか!?」

 

「うん」

 

「はいです!」

 

 そんなわけない。

 タケノコか何かじゃないんだから。

 1週間で見て分かるほど大きくなれたら苦労しないよ。

 2人は跪いたトレーナーさんに抱きしめられていて、ナギさん達も嬉しそうに集まっていた。

 

「ナギも大きくなったか!?」

 

「ちょっとね」

 

「そうか! いやあ、牢屋はカビ臭かったからな。ナギでリフレッシュだわ」

 

「へ、変な匂いしてないわよね……わっ」

 

 いきなりナギさんを抱き寄せると直に髪の匂いを嗅ぎ始めた。

 周りの群衆もハワワワって感じで見てる。

 恥ずかしくないのかな……

 

「好きな匂いだ」

 

「……ふふ」

 

『キャ〜〜!!』

 

『ラブよ! ラブだわ!』

 

『う、羨ましい……これが20歳を超えて開花した報酬だとでもいうのか!?』

 

『ここに式場を建てよう』

 

『神様、あの男を燃やし尽くしてください。そうでなければ私と入れ替えてください』

 

 加速していくソーマのコメント。

 撮られてるのに一切気にしてる素振りが見えない……事もない。ナギさんは恥ずかしそうにしてる。

 トレーナーさんはと言えば……なんかこっちに向かってきた。

 

「おいブルー! お前も大きくなったか!」

 

「なんなのそのノリ……」

 

「よーしよしよし!」

 

「うわぁぁぁぁ! や、やめへよ! やふぇて!」

 

 頭を雑〜に撫で回されてほっぺたを両手で揉みに揉まれた。

 絶対撮られてるじゃん! 

 こんなの後世に残したくないんだけど! 

 そのあと昼飯も奢られて、一緒に観光もした! 

 旬の甘味も食べたし、いつのまにか背中で寝てたかと思ったらめっちゃ高いホテルに泊まってた! 

 …………あれ? 

 

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