俺は冷静になった。
こんなホーリータウンとかいうふざけた名前の街で油を売ってる場合じゃ無い。早くマサラタウンに行かなきゃ……
「えー、僕もうちょっとここにいたいよー」
マサラタウン行かなきゃっつってんだろ!
あー腹立ってきた!
睡眠はしてるけど寝てないし!
勾玉もいくつか集めたけど先は見えないし!
ノコ、吸わせろ。
「なにを?」
頭だよ!
すぅぅぅううううううううう!!!
「なになになになになに」
なんで良い匂いなんだバカ!
「なんで怒られてるの僕」
お前はポケモンなんだからもっと野生的な匂いしてなきゃダメだろ! 犬を吸ってる気分にさせろ!
「ぼく、おこってもいいのかな」
全く……すぅぅううううう!!!!!
「なんだこれ」
──────
ホーリータウンからマサラタウンへ行くには東へ。
道なんかねえよ。
草むらからはどんなモンスターが飛び出してくるか分からない。
だそうです。
「誰があんな場所行くんですか? 草むらが生い茂っていて、とても行く気になんかなりませんよ。それに……え〜と……そう、マサラタウンはジムがないじゃ無いですか。有名な街じゃ無いし、観光スポットも無い。今時あそこに行く人なんて……」
誰が行くんですか、だと?
俺だよ。
誰が行かずとも俺が行く。
例え仲間がいなくとも辿り着いたに決まってんだろ。
「強いモンスターもいませんよ?」
俺のイメージについて今一度問い詰めたい気分だが、そこは良い。
草むらを進めば着くのか?
「はい、1週間も進めば」
確かに近いな。
それならすぐにでも行きたい。
「……本当に向かわれるんですか?」
なんで?
「街のみんなも歓迎してるし、勿体無いんじゃ……みんな、あなたのファンなんです」
──ふっ。
ありがとう、少し考えとくよ。
「あっ……はい!」
………………かっけええええええ!
今の間は完璧だっただろ!
決まったわ完全に。
部屋に戻ると雁首揃えて何か見ていた。
声を掛けようとしたら、ブルーが洗面所から出てきてシーってさ。
2人で様子を見守ると……
『──ふっ。ありがとう、少し考えとくよ』
「あの人は本当にもう……」
「……ぷっ、あははは! なにこれ、明らかにキャラ作ってんじゃん! 僕でもわかるよ!」
「おじさんも流石に擁護が……ちょっと露骨だよね〜」
「し、ししょーなりに頑張ってるんですよきっと!」
「ふふ、かわいい」
泣いた。
俺の頑張りをキャラ作ってるで終わらせる仲間に泣いた。
とりあえずホシノは後で泣かせる。
でも俺は泣いているので、再度出かけます。
この聖なる街が俺の傷を癒してくれることでしょう。
「少し考えとくよの人だ」
「ポケモントレーナーさーん、少し考えてくれましたー?」
「考えた結果どうなったんですか?」
「俺とのバトルも少し考えてくれないか」
オワタ/(^o^)\
癒すどころか傷口を容赦なく抉り取ってくるよお!
少し考えて欲しいやつばっかなんだけど……たくさん考えて欲しいやつはいないのか!?
……ええい、やかましい! 俺が考えるのは金と仲間とポケモンの事だけだ!
でも、焼肉奢ってくれたら少しはその気になるかもな!
大富豪が奢ってくれますた。
馬耳が生えた亜人……かと思いきやウマ娘と呼ばれる事もある人間らしい。
カンムスと何が違うんですか?
もちろんそんなこと口には出さないけどな。
奢ってくれる相手にあんまり失礼なことはしやせんよ。
ウマ娘の特徴は人間の耳が無いことだそうだ。それ以外は普通の人間。
膂力は強いらしい。
じゃあ本当にただのケモミミっ娘やん。
白スーツちゃんもただのケモミミっ娘やん。
ケモミミっ娘……ノコはケモ娘にカウントする事もできるけど、あいつは完全に人間の身体だからな。
……あれ!? うちの仲間に人間じゃ無い耳のやつがいない!?
ポケモンはみんな耳無いし。
今度ちゃんと確かめなきゃ!
なんかケモミミ娘限定レースがあるらしい。
いかがわしい……いかがわしく無い?
チケットを人数分差し出された。
場所はマタナキタウンらしい。
グリーンスカイロッド、あそこでやってるんだとか。
……ええ〜? ……行くの?
今からマサラタウン行くのに?
チケットに期限は無いらしいので、受け取っておくだけ受け取っておくことになった。
ブルー……とりあえず一枚渡しとくわ。
なんでって、一人でも行けるっしょ?
俺たちはマサラタウン行かなきゃだけど──探すんだろ、ミュウツーを。
それならもう一度この地方を回ってみるのも良い。
まずはカムイにリベンジするとかな。
最低限でもカムイに勝てなきゃ、ミュウツーだって仲間にできないだろうよ。
バッジってのはそういうものだ。
最強のポケモン。
最強ってのは、この世界で勝てるやつがいないってことだ。
ええ? ……分かってるって?
じゃあ質問だ。
ミュウツーを仲間にするってことがどういうことか、分かるか?
倒す? はい、ざんねーん!
勝てませーん!
最強には勝てませーん!
じゃあどうする?
勝てない相手を仲間にするって、どういう事だ?
ブルー、教えてくれよ。
世界で一番強いポケモンが今、目の前にいる。
そいつは絶対に倒せない。
でも、絶対に仲間にしたい。
マスターボールはこの世界に存在しない。
失われたものに頼ることはできない。
万能の器具が無い世界で、キミはどうやってアイツを仲間にする?
この世界で生まれた君はどうするのか、ポケモントレーナーとして知りたいんだ。
──────
いつものような親しみを保ったまま。
どこか冷たい、研究者のような煌めきを湛えて。
トレーナーさんが私を見つめていた。
「教えて欲しい、あのミュウツーを相手に君はどうするんだ」
お姉ちゃんやホシノさんに対して向けている、あの優しげな顔とは違う。
そこには純粋な興味以外の要素が存在しなかった。
背筋を一震わせする目線。
「わ、私は……」
なんだかんだ叱られたりもしたけどこういう姿を見るのは初めてで、どう返したら良いか分からない。
超然として、まるでこちらを見透かしているような目だった。
瞳は黒で、至っていつも通りなのに──
ふと、トレーナーさんが空を見上げた。
遠くをモンスターが飛んでいて、それを目で追いかけているようだった。
「誰もが夢を見る」
「不思議な世界へ行きたいと」
「コンクリートと鉄で囲まれたココじゃないどこか」
「ポケモンと旅をするなんて──」
「とんだ贅沢だよ、おい」
空を征くモンスターを指差す。
「真の意味で君たちには分からない」
「この素晴らしい景色の奇跡」
「映画だって観たさ」
「本物は想像してたより生々しかったけど」
「だからこそ良いんだ」
「……聞かせてくれ、真のポケモントレーナーの1人であるブルー」
「君はどうやって、最強を仲間にする」
何を言っているのか分からない。
ポケモントレーナーっていうのは、彼が名乗りだした名前のはずだ。
なんで私の事をポケモントレーナーって呼ぶの?
真のって何?
そんな接頭辞を付ける必要性がなんであるの?
あるなら……
「なら……トレーナーさんは偽物なの?」
そんなわけが無い。
目の前にいる彼は本物のはずだ。
ここまでの旅路、全ての苦難を踏破してきた彼が偽者なはずが無い。
グレンタウンでの決闘と、出会したあの怪物を一撃で屠ったことから分かる戦闘力の高さは、尋常じゃ無い道のりを歩んできた事を否応が無しに理解させた。
それに、お姉ちゃんが懐いているこの人が──あんなに熱心に看病してくれたこの人が偽者だなんて聞きたくなかった。
「間違いなく俺は偽者だ」
ただ、肝心の彼は堂々とそう言ってのけた。
「んで、俺が偽物とか本物とかそんなことはどうでもよくて──」
「どうでも良くない!」
「…………」
「トレーナーさんが偽物って……じゃあ、ホシノさんやアイリちゃん──お姉ちゃん達は偽物に騙されて旅をしてるって!?」
腹が立った。
こんな真面目に自分の事を偽者だなんて。
その発言が、自分以外になんの影響も与えないと思っている。
その発言に対して何にも思っていないかのようなその態度に。
「これまでの功績はみーんな嘘で、ソーマで言われてるみたいなインチキで、本当はお姉ちゃん達の腰巾着だっての!?」
「…………」
「じゃあ……じゃあ、お姉ちゃんのあの笑顔も全部……騙されてるの?」
何でこんな、私が泣いているんだろう。
ピカチュウがいなくなってからお姉ちゃんは笑わなくなった。元からあまり笑わなかったけど、それがより顕著になったんだ。
お姉ちゃんがバッジを獲得するたびにソーマで流れてくるお姉ちゃんの顔は無表情で……ああ、その街にも居なかったんだって。
孤児院のみんなはピカチュウの事だって当然知ってる。
院長がモンスターは気まぐれだからあんまり気にしすぎない方が良いなんて言ってたけど、そんなの気休めにすらならない事は幼い私達にも分かった。
お姉ちゃんが笑ってた。
その衝撃たるや、しばらくその動画をリピートしまくってしまった。
調べると、どうやらポケモントレーナーとかいう男が関わっているらしい。
20歳になって旅をし始めた社会不適合性。
どこでもアロハシャツで過ごすイカれた習性。
二つ名持ちを従える技量。
埒外の存在だと確信した。
そして、今でも思い出せる。
──────
『はっはー!!』
空を舞う十数mの巨体。
その背に立つのは小さき人。
『空を自由に飛ぶって、こうだよなあ!』
『…………』
極めて苦しそうな表情の少女、ナギ。
青年は、敢えてそれに構わない。
ここは戦場──相手が誰であろうと、目一杯叩きのめすのが自身のやる事だ。
空の王者リオレウスはそれに対して最初のうちは「こいつ、お前のメスじゃないの?」みたいな顔をしていたが、それでもやるならとスタジアム全体に轟く咆哮を響かせた。
『ナギ、お前とこうして飛ぶのは初めてだ! ルビサファはかなり前のカセットだったからな、探すのに苦労したのを思い出すぜ!』
わけのわからないセリフを吐きながら並行して飛翔する。
どういう原理か、リオレウスの背中に足が吸い付いているかのように振り落とされない。
しばらく上空を飛び回った後、ナギがゴーグル型のデバイスを装着して戦闘が始まった。
『お兄さん……』
ホシノは気が気でなかった。
あんな高さから落ちたら、たとえ青年といえど……という心配だ。
メガネを通して見つめる。
青年はチラとホシノへ目線を寄越した。
ニヤリと笑う。
『なーに心配そうなツラしてやがる! はっはっはっはっは!』
極めて危険性の高い部類の戦闘である空中戦。
熟練のプレイヤーで無ければ、ひこうタイプのパートナーを有していても行うことは出来ない。
両者は8の字を描くような軌道で、何度も何度も衝突を繰り返す。
ドッグファイトでは無い。
真正面からのぶつかり合い。
振り落とされないだけでも一流、まともな戦闘が行えるなら超一流だ。
『……やはり、あなたも出来るのね』
『ああ! なぜなら俺はポケモントレーナーだからなあ!』
りゅうのいぶき、紫炎に対してリオレウスがブレスを放って相殺する。
青年は楽しそうにしながら、それでもナギを視界から捉えて離さなかった。
ナギには全く隙が無い。
暗い顔で、冷静に青年を仕留める気なのが伝わっていた。
繰り返される技の応酬の中で青年は目を細めた。
『……そんなの、つまんねえよな』
『?』
『──ナギ! コトリジムの真骨頂、空中戦ってのはまだまだこんなもんじゃねえだろう!』
そして見た、あの結末。
ポケモントレーナーの張ったあり得ない密度の弾幕を擦り抜けたナギは、お返しとでも言うように空から絶大な威力のゴッドバードで降ってきた。
通常のわざの規格を超えた一撃。
あんなの──あんなの、忘れられるはずが無い。
リオレウスの背で、しょうがねえなあと笑っていた。
あまりにも清々しい負け姿。
まるで勝ったかのような笑顔だった。
誰もが憧れた。
心底から楽しそうに、勝ち負けを超えたところで世界を楽しんでいるのだと伝わってきた。
そんな人が偽物なはずが無いんだ。
「あーっと……」
「ぐすっ……なんで……」
「騙したとは言ってないんだけど……」
「……ふぇ?」
「俺は偽物だけど、それでもあいつらとの旅に嘘は無いよ」
「…………?」
「あーもう……泣かないでくれ」
困ったように手を伸ばして私の目元を拭った。
気付けば、周りでヒソヒソ声が。
「また女の子を泣かしてる……」
「子供だぞ……」
「通報……」
「──ひょっ!?」
ドキィッ! って感じの顔をすると、トレーナーさんは私の手を引いてセカセカと歩き出した。
少し転びそうになりながら着いていく。
小さな子供やモンスターが遊んでいる公園。
蛇口から出る水で顔を洗った。
冷静になると、本当になんで泣いたのかわからない。
13歳なのに、みっともなくて恥ずかしい。
トレーナーさんは子供たちと追いかけっこをして遊んでいた。
手加減という概念を会得していたことには驚きだ。
「待て〜!」
「はっはっは!」
……最強のモンスターを仲間にする方法。
きっと、あそこまで真剣に聞いてくるのには理由がある。
真のポケモントレーナーっていうのも気になるけど。
「おーい! ブルーちゃんもー!」
「えー……」
なぜか子供達が私のところにも寄ってきた。
ベタベタと触られる。
「ブルーちゃんもこっちー!」
私も結構有名だからね、名前くらい知られている。
両手を引っ張られてトレーナーさんのところへ。
「はい! なかなおり!」
「へ?」
「さっきないてたでしょ?」
「……あ、あはは……」
「ポケモントレーナーさんがわるいんでしょ?」
「ちょっと待って!? 無条件で俺!?」
「そーまでいつもいわれてるじゃん!」
「……聞け、ガキども。ソーマに流れてくる情報は9割嘘だから信じるな」
「きゅーわり? よく分かんないけどポケモントレーナーさんのせいじゃないの?」
「…………俺が悪いです」
「じゃあごめんなさいしなきゃ!」
「えーと、ブルーごめん」
「……はい」
微妙な空気になってしまったけど、一応の仲直りはできた……のかな?
モンスターの真似をしながらどっかいった子供達。
トレーナーさんは頬をかいている。
「──真のポケモントレーナーのこと、ちゃんと教えて?」
「ん? ……分かった」
──────
ブルーが泣き出してめっちゃ焦った。
でも公園で顔を洗ったら泣き止んだ。
熱しやすくて冷めやすいタイプか?
俺も熱しやすいし(炎上的な意味で)冷たくなりやすい(みんなの対応が)ので、是非やめていただきたい。
こういうのは泣かせた方が10割悪くなるんだから。
ちゃんと説明しろと言われた。
泣かせた手前、めんどくさいからと断るのも難しい。
ポケモントレーナー()である俺から見たらブルーとかレッドとかナギとかは正に本物なんだけど、本人たちにゲームがどうとか言うのもなんだしなあ。
というわけで説明したんだけど、理解してもらえなかった。
ゲームの概念は普通に理解してもらえたんだけど、それで真とか偽物とか考える意味が分からないらしい。
理解っていうか納得してもらえてないのかもしれない。
「そもそも、そういう事言ってるとお姉ちゃん達の評判が下がるからやめて」
なぜか怒られた。
こういう事を言うのは仲間の前だけなので問題無い事を伝える。
ちょっと機嫌が良くなった。
ヨシ!
俺が偽物ということも納得してもらえたかな?
……なんでまた怒るんだ!
瞬間湯沸かし器みたいな所業はやめろお!
偽物とか真とか言うのをやめないとまた泣き喚くぞ、とデカい店の前で目を潤ませながら言われたら流石に頷くしか無い。
女の子ってずるい……
俺が盗撮されてるからって社会圧を使うのは反則だ!
居た堪れないよ俺……
なんでブルーの服探しに付き合わされてんの……助けてくれマイエンジェルホシノ!
しかし だれも あらわれなかった!
俺には味方なんていないんだ……
「ねえ、これはどう?」
似合ってるよ。
さっきから全部似合ってる。
顔が良いって得だよな、何着ても似合うんだもん。
俺なんかよく分かんねえからアロハシャツしか選ぶ気が起きない。ブルー、お前もアロハーにならないか?
「本当にいやだ」
結局、服は買わなかった。
まあ旅に不必要な服を持っていくと後悔するのは世の常だからな。
「──で? ブルーさんと楽しくデートをしてきたわけ?」
デート……? ぷっ、思春期だnぐへええええええ!!
「ブルーさんも、この人にホイホイついて行っちゃダメよ?」
「え〜? みんながトレーナーさんの悪口言ってたからじゃーん」
「え?」
そ、そうだ!
お前らが俺の事を笑ってたから傷ついたんだった!
謝罪を要求する!
「今まで忘れてたじゃない」
うるへー!
「ジタバタしないでちょうだい、埃が舞うから」
青年の動きに合わせてクリスタルが煌めいた。
──────
辿り着く場所さえもわからない。
ただ、最後には届くと信じて。
川を越え、丘を越え、山を越え、ホリィ達と旅をする。それは、ポケモンワールドですら蔓延っていた文明の利器から完全に隔離される生活。
そして分かり合えぬ敵を蹴散らしていく。
本当にどうにもならない事ってのはある。
言葉を尽くし、誠意を尽くしても想いが届かない時はある。
ムーに長く苦しめられてきた人々にとって、その状態を変化させることすら、もはや恐怖になり得た。
ときに街に入るのを拒否され、村に入ったと思ったら追いやられ、お世話になった老夫婦を目の前で殺される。
それは全て、ホリィの心を摘む為の敵の策略なのは間違い無かった。
それが狙ったものだとしても、分かっていても、心は磨耗していく。
「なあワタル……この道って、どこまで続くんやろか」
明るさが取り柄な先生も流石に参っているようだった。
「お腹減ったんや……」
「キュウ……」
違った。
こいつら食いしん坊なだけだ。
ホリィなんかあんなに真面目なのに、こいつらほんま……
「ワタルだってお腹空いとるやろ……まずは飯やねん、そうしなきゃガッツも湧いてこんわい」
ガッツ、ねえ。
今ホリィに一番必要なのは確かにガッツだけど、15歳の女の子に「みんなから迫害されて大変だろうけど頑張れよ!」とか鬼畜だろそれ……
ホリィも少しやつれた。
これだけの旅をして、痩せないほうがむしろ不健全だ。
ただ、食欲が薄くなっているというのは見ていて感じた。
……ホリィ、ガイアは今もヒノトリを指し示しているか?
「ええ、こっちの方よ」
身姿は見窄らしくなっても眼差しだけは強く、その志は気高い。
本当に……憧れる。
「おいワタルゥ、何を見惚れとるんや?」
いやぁ、本当にかっこいいよな。
俺が同じ境遇にいたら、ここまで強く在れるはずがない。楽な方へ逃げていただろうな。
先生もだ。
よくここまで頑張ってると思う。
「な、なんやいきなり小っ恥ずかしいこと言いおってからに……」
「ワタルはホリィ達のことが好きなんでガスね」
紹介しよう、新しい仲間のガストだ。
なんでも蝋燭を探しているらしい。
ワルモンじゃないし広範囲爆発技を使えるので同道している。
戦闘面だとほぼ役に立たないホリィ達よりは、ガストの方が一緒に前線に立つことが多い。
多分ゴーストタイプなんだろうけど、俺が知ってるゴースとかとはだいぶ違って白い豆腐みたいな感じだ。
「僕も死ぬ前は好きな子がいて、その子と組んず解れつ──ぐすっ」
若干メンヘラなのが玉に瑕だ。
まあ、未練の一つや二つ無いとゴースト系にはならないんだろうな。
「あうっ……」
「おっと、大丈夫でガスか?」
「ええ……ありがとう」
すっ転んだホリィをそっと支えた。
ガストは紳士でもある。
生前もそうだったのだろう。
きっと、その子にそうしていたのだろう。
何故未練を残したのかは語らなかった。
それで良い。
それはそれとしてホリィは疲れてるので休ませた。
「すぅ……すぅ……」
泥のようにという表現が正しいか、膝枕の上に頭を乗せた途端に眠りに落ちた。
正直、あまり良く無い。
道のりを進んでいるという実感はある。
それに比例して、勾玉はどんどん強い気配を感じさせるようになっている。
神殿、村の宝、モンスターの腹の中、ムー軍団の幹部の肉体。
様々な場所にあった。
いずれもガイアに劣らぬ異常性。
特に、モンスターが取り込んだ際にその異常性は発揮される。
身体能力や耐性の強化、肩こり腰痛足ツボ、その他もろもろだ。
「なあワタル」
なんだ。
飯ならもう食っただろ。
「いつまでワイら、こんな旅を続けるんや」
勝つまでだ。
「勝つまで……」
聞かなくても分かってるだろ。
ヒノトリを復活させて、全てのワルモンとムーをイイモンにするんだ。
「──本当にヒノトリなんかいるんやろか」
知らないよそんなの、お前らがいるっつったんだろ。
ガイアだってそれっぽく光ってるじゃん。
「ホリィもこんなに疲れ切って……見てられんわい」
俺は続けるぞ。
たとえお前らが辞める選択肢を選んでも。
「そりゃまたなんで?ホリィがやめても続ける意味なんかあるんかいな」
一度決めたら最後までやる、それが俺なりのケジメだ。
この世界との向き合い方と言っても良い。
そもそも、シュレディンガーの猫状態でいるのは好きじゃ無い。
さっさと解消したいんだ。
「シュレ……なんや?」
俺が存在するのかしないのか、寝てみないとわからないって事だ。
「ワイらはちゃんと存在してるのを見とるで? この目ではっきりと!」
俺にとってはそうじゃ無い。
もしかしたら一生あいつらには会えなくなるかもしれないし、逆にお前らともいきなり一生会えなくなる事だってあり得る。
お別れだってまともに言えねえよ。
俺はそんなのはゴメンだね。
「別れもマトモに──」
「うおおおおん!!」
「なんやあ!?」
「わかります、その気持ち!! うおおおん!!」
ガストがいきなり大泣きし始めた。
どうやら地雷だったらしい。
「うおおおおおん!!」
──────
新しい町、ラカタにやってきた。
ワルモンの姿は見えない。町人がチラッと俺たちのことを見たりはするけど、道の真ん中で注意深く周りを観察していたらそりゃあ目立つってもんだ。
「ここは……穏やかみたいね」
……分からんぞお?
もしかしたら俺たちが街に入って瞬間出てくるかもしれないからな。
「ええ!? ど、どうしよう……」
冗談だよ。
「もう! 意地悪はやめてよね!」
背中の上でプンスカするホリィ。足を酷使しすぎて一時的に歩けなくなったので、おんぶして移動することになった。
戦力の問題があるから本当はスエゾーに運んでもらいたいんだけど──
「スエゾーは乗り心地が悪いから……出来るならワタルが良いなあ」
熱いマグマも冷え切る一言でこうなった。
幼馴染故の遠慮のなさとは恐ろしいもんである。
スエゾーの顔が梅干しみたいになってたからな。
まずは宿だ!
金ならある! 宿だ!
「はぁ、さっぱりした」
久しぶりのお風呂。
ホリィも女の子盛りなのに大変だな。
マトモな風呂にありつき辛い環境で。
「そう? これくらい普通よ」
文化の違いってやつか。
俺なんか元の世界だと毎日入ってたぞ。
お湯も水もじゃんじゃん使ってた。
飯だって飽きるほど食って、学校サボってvrの世界へゴーだ。俺は無理だったけど。
やっぱあいつら許せねえ。俺を除け者にしてゲームの話しやがって……キレそう。
「凄いところ、なのかしら?」
文明レベルで言えばこっちよりは進んでるけど凄いとかじゃ無いな。
ムーとかいうのがいなきゃこの世界だってもう少し進めただろ、あの神殿とかいうのに関係する技術はすごいし。
なんだよモンスターを石板に封印するって。
物理法則はどうした。
「スエゾーちょっとどいて」
「え、おお……」
俺の質問もガン無視してバタンとベットに倒れ込む。
お腹いっぱいで風呂にも入って、お眠になっちゃったのかもしれない。
寝転がった状態で窓の外、夜空を眺めていたホリィは突然にバッと起き上がった。
どうした?
「あのモンスター、なに?」
──────
月下、漂う者がいた。
羽を羽ばたかせゆっくりと。
仄かな光を灯す。
空を見上げ、その姿が目に入れば魅了する。
さながら妖精のように──否。
妖精というのはこの世界において、明確に分類されるモンスターの一種に過ぎない。
ニンフ、ピクシー、サラマンダー。
ならば、あれはなんだ。
指差す人々を無視して、所々傷付いた体でフラフラと。
まるであの日の焼き増しのようだ。
青年の脳裏には焼き付いていた。
忘れようはずもない──早朝、彼女は遠くをゆっくりと飛んでいた姿。
あれが無ければ彼女は死んでいた。
あれがあったから世界は救われた。
重なる姿。
そして、信じられなかった。
「バカな……」
ポツリと漏れた言葉がホリィの耳に届いた。
「でも……そんな、ありえない……」
繰り返す否定の言葉。
ホリィは訝しむ。
肩を揺する。
「ワタル」
食い入るように見つめている方をもう一度。
「ワタル」
「……っ! あ、なんだホリィ」
「助けましょう?」
「え?」
「あの子、怪我してるみたいじゃない」
「……そ、そうか……そうだな! よし! 俺が行ってくる!」
「え……私は?」
「ホリィは疲れてるんだから休んでなさい、いいな?」
「…………はい」
モンスターが飛んでいった方向に向けて青年は走った。
同じように向かっている町人もいたが、リザードンと張り合う速度で走れる青年に追い付けるものはいなかった。
ワクワクとした気持ちが浮かんでは消えていくような、それに集中できないようなそんな表情だった。
モンスターが向かったのは街のそばにある綺麗な泉だった。
飛んでいるのも限界なのか、高度が如実に落ちていく。
ネレイドが多く住まう泉で、子供は近寄ってはいけないと言われている。
大人も近寄ってはいけない。
自らより弱いと判断されたら捕食されるからだ。
美しいものには毒がある、しょうがないね。
「なんだなんだ?」
そんなところにワタルがやってきた。
寄ってきて匂いを嗅ぐネレイド。
悪意らしい悪意を感じないのでワタルはシンプルに困惑していたが、それも当たり前の話だった。
ネレイドらにとってヒトは捕食するかどうか見定めるべき相手でしか無い。
つまり、悪意では無いのだ。
彼女達は悪意から人を殺すのでは無い。
食物連鎖の関係で人を殺すのだ。
しかし、目の前にいるヒトは明らかに違う。
あまりにも存在が隔絶していた。
困惑しているような表情を浮かべていながら、ネレイド達が襲いかかった瞬間、八つ裂きでは済まないほどに裂かれるだろう。
故に、目を見開く。
ヒトの匂い。
それは間違い無いのにあまりにも違う。
どうすべきか、ネレイド達は戸惑っていた。
「そうか……」
ポツリとヒトが言葉を漏らす。
「ここは精霊の泉なんだな」
ジャブジャブと水の中を進んでいく。
すわネレイド達は襲われるのかと身構えた。
どちらの意味でも、抗うことはできないだろう。
反応は二分される。
魅了され、しなを作って艶かしく周りを泳ぐ者、そして、怯えて固まる者。
「美しい」
感慨深く口にする言葉はネレイド達の耳に入り込んだ。
美しいと、ヒトはネレイド達をそう呼ぶ。
このヒトもまたそう呼ぶ。
つまり、強者もまたネレイドに惹かれているという事だろう。
色めき立ち、腕を掴む。
しかし視線が──というより意識が固定されている。
先ほど泉の端に落ちてきたボロ雑巾。
あとで食べるために放っておいたソレをヒトは見ていた。
「そうか──」
一つ頷く。
何かを得ていた。
「世界はやはり、俺が考えていたほど簡単じゃ無いらしいな」
ネレイドを無視してソレに近付いた。
ソレは小さく瞼を開け、眼前の存在を威嚇する。
「ビィ……」
風の刃を放った。
パチン
身体に弾けて消えた。
今の全力でも無駄、つまり抗うのは無駄だと悟り脱力する。
「時をかける旅、一体どんな感覚なんだ?」
その小さな身体を抱え、ヒトは町へと向かった。
びしょ濡れのまま。
──────
俺は……どうすればいいんだろう。
スエゾーじゃ無いけど本当に分からなくなる。
この世界はポケモンワールドじゃ無いはずだ。
大陸があって、モンスターがいて、明確な悪の親玉がいる。
でも、俺が知っているポケモンは一度たりとて見ていなかった。
だからだろう。
無意識のうちにこの世界にはポケモンがいないものだと思っていた。
世界を舐めちゃいけねえ。
無数に広がる可能性の世界を舐めちゃいけねえ。
そんな声が聞こえた気がした。
両腕が抱えるこの小さな身体。
町の人が何かを話しかけてくる。
まるで遠鳴りのように感じた。
ホリィのいる部屋に戻り、ベットに横たえさせる。
何か質問された気もするけど上手く受け答えできていた自信は無い。
俺だって長い旅をした。
それなりの旅だ。
今だって……
でも、こいつに比べたら本当にちっぽけな旅だ。
長い旅じゃ無くて、永い旅。
──セレビィ。
一体お前はどこから……
──────
ここは宿。
ポケモントレーナー睡眠観察部の面々が集まっていた。
全員がポケモントレーナーの顔を覗き込んでいる。
「すぅ……すぅ……」
至って普通の寝顔。
いや、こんだけ見られてるんだから起きろよ。
ヒーホー君は突っ込みそうになるのを堪えた。
青年はこうだった。
仲間の気配に鈍感すぎるのだ。
そのくせ、本当に危ない事があると飛んでくる。マタナキタウンでプレイヤー達に囲まれた時もそうだった。
ホシノは出会ったばかりの頃を思い出しながら頬を突く。
「ふへ、かーわいい」
意外とプニプニだった。
アイリが続いて頬を揉む。
少しドキドキしているようだった。
「い、いつも私がムニムニされてるんで……これはその仕返しです……!」
なんか言い訳をしていた。
「むにむにむにむに……」
無心でムニり続けるアイリを微笑ましいものを見る目で見守るナギは、さり気なく青年の手を握っていた。
熱くて、力強い手。
傷も至る所に。
あれだけ強くても傷は付く。
なぞって、ポケモントレーナーの思いを感じ取る。
風は今も感じられた。
ただ、神様とは違う気配だった。
「本当に不思議な人ね……」
レッドは青年の髪をワシワシしていた。
自分と同じ髪色。
色鮮やかな髪の色をしている人間が多いこの世界で、黒髪の人間というのは意外に少ない。
自分の髪を一本引き抜き、青年の髪と照らし合わせる。
「ほとんど一緒」
むふーっと満足げに髪に顔を埋める。
男臭い匂いだった。
「僕もやられたけどそれ、何がいいの……」
自分も何かした方がいいのかとポケモントレーナーの全身を見るノコ。どうせなら誰とも違うことをしようと思っていた。
ピカチュウだった時の姿を思い浮かべる。
耳……ヒトの耳とモンスターの耳は大きく違う。
位置も形も。
三角形だった耳は、丸みを帯びた四角形になった。
触ってみると、見たら分かるけど毛は無いし少し硬い。
一部分だけ柔らかいのは、調べると耳たぶという箇所だった。
「まだ、ニンゲンのこと分かってないや」
お前はようやっとる、みんなそう思っていた。
そんなことはつゆ知らず。
「あ、そうだ」
と、一つ確かめようとする。
ピカチュウの時は見たこと無かったけど、ニンゲンだとやっぱりついてるのかな?
お風呂だと結局タオル巻いてるし、見てないや。
ソーマで調べたらこの下に……と、ズボンに手をかけた。
「!?」
ギョッとする周りが止める間もなく引き下ろす。
「あ、やっぱりあった」
「──きゃあああああ!!!」
アイリが半狂乱で布団の中に隠れた。
「お、落ち着、落ち、おち、おちん……」
レッドは錯乱した。
「ちょっとノコさん! いきなり何してるの!」
ナギとホシノが目を抑えてしゃがみ込んだ。
一方のノコは首を傾げていた。
「え? 何って──おちnもごもご……もごぉ……」
「ガルルル……」
リザードンが尻尾を口に巻き付ける。
いい加減にしろお前ら、と若干怒っていた。
「お、おじさん達は変なことして無いでしょ!」
「むぐ……そもそもホシノとナギはなんで恥ずかしがってるの? テントとか部屋で──」
「わあああああ!! わあああああああ!!」
「…………」
リザードンの尻尾をどかして言い募るノコの口を塞ごうとするホシノ。
ナギは黙して目を伏せた。
騒げば騒ぐほど狙われるのだ。
賢いナギは自分のパーフェクトな頭脳のスマートさにビックリしていた。
もしかして私は、彼と一緒にいるうちに成長したんじゃないだろうか。
「ナギだってこの前こっそりピカチュウに──―」
「わあああああああ! わああああああ!!」
姦しいとかじゃなくてただうるさいだけの空間が出来上がった。
冷静なことに定評のあるホシノとナギが揃って大声を出して発狂している。リザードンとヒーホー君は、ポケモントレーナーの丸出しなポケモントレーナーを隠した。
「なんでオイラがこんなことを……」
定番となった愚痴を吐きながら部屋の惨状を見回す。
頭だけ布団に突っ込んで足をバタバタさせているアイリ。
顔を両手で押さえてうろつくレッド。
セミみたいに鳴いているホシノとナギ。
そして全てを破壊し尽くしたノコは腕を組んで唸っていた。
「うーん? よく分かんない……」
「分かんないなら周りの言うことにとりあえず従って見るのも大事だホ」
異種族の社会に慣れ切ったヒーホー君が先輩としてアドバイスをする。
「そーなのかー」
「そうだホ」
リザードンもウンウンと頷いた。
ポケモントレーナーみたいに、気に食わないからって壁を壊していくタイプのやつはダメなのである。
その結果、リザードンはレッドと出会えたのでそこだけは感謝しているが。
そんなことになっているとも知らずに呑気に寝ているポケモントレーナー。
リザードンは、お前が収拾をつけろと額をペチペチ叩いていた。
結局青年は朝まで目を覚まさなかった。
「よし……じゃあ、マサラタウン行くか」
「おー」
レッドが無表情のまま拳を突き出す。
荷物をまとめ、宿を出た。
街の人がファン? それって旅より大事ですか? の精神だ。
貴婦人にだけは挨拶をして、街を出る。
──────
焚き火のそば、どこか様子がおかしい青年にヒーホー君が話しかける。
ナギ達はすでにテントの中だ。
「なんで月をずっと眺めてるんだホ」
「…………天の原、ふりさけみれば春日なる、三笠の山に出でし月かも、だったかな」
「??」
「すべての世界で月は同じように輝いている」
「ホ?」
「たとえ二つ並んでいようと、そのうちの一つが半壊していようと、この世界を形作る原典が確実にある」
「????」
「だからあの月も俺の世界の月も、本質的には変わらないんだ」
「ホームシックってやつかホ?」
「はぁ……分かってねえなあ」
「は? しね」
「キレるのはえーよ……これはロマンなんだ」
ロマンってなんだ、食べ物か?
そんな釈然としない表情を軽く鼻で笑いながら続ける。
「もう2度と帰れない世界の、同じ月に思いを馳せる。今となってはあの世界こそがファンタジーだ……それってロマンだろ?」
「ファンタジー、なのかホ?」
「……俺の世界において、人類はエイペックスプレデターに到達した。こんな弱い俺たちが世界を支配したんだ、浪漫と呼ばずしてなんと呼ぶ?」
「……」
「そしてマルチバースが生み出された」
「マル……?」
「漫画、アニメ、小説。人々が夢想したことは必ず現実になる。そして量子論の果てか、はたまた航行技術の発達によってか確認されるはずのそれらの一つを俺は今、この目で見ている」
間抜けに口を半開きで聞いているヒーホー君。
「帰りのチケットが無い、帰る方法が無い。そんな俺とあの世界を繋ぐのは?……それはこの身と記憶、そしてこの──」
胸元から取り出したのは免許証。
「ちっぽけなカードだけ」
「ホ……」
カードを覗き込む。
ボッサボサの髪で撮った写真。
お前これお前……という顔をしたヒーホー君の頭を乱雑に掻き回す。
「結局なんなんだホその紙切れ……」
「紙切れとか言うな! これは俺の存在証明書なんだぞ!?」
「それは知ってるホ」
塩対応を極めたヒーホー君に隙は無かった。
ポケモントレーナーの話をまともに聞いていると洗脳される。
ヒーホー君だけは唯一、彼に何にも貰っていない。
ヒーホー君だけが唯一、真に冷静な目でポケモントレーナーを見ることができた。
だから気付いた。
様子がおかしいことに。
「お前、また変なことに巻き込まれたホ?」
「お…………」
「言ってみろホ」
「……実は──」
ヒーホー君は頷きながら一つ一つの言葉を真剣に聞く。
セレビィが現れた事により崩れた前提と、ホリィ達の旅の行方。
二つの世界で守り続ける事のプレッシャーの大きさ。
彼女達には決して吐き出さない本音の弱音を、何故かヒーホー君にはスルッと言ってしまった。
「なるホど」
「中々、上手くいかねえよな……」
「……少なくとも、普通の人間が体験するような事じゃないのは間違いないホ」
「まあな」
「……だから……まあ、その……」
「あ?」
「お前は良くやってるホ」
「!?」
信じられないものを見る目だった。
今の言葉が目の前の存在から出たのか、耳を軽く叩いて鼓膜がおかしくなってないか確かめる。
おかしくない事を確かめると、次はヒーホー君がおかしくなったのかを確かめ始めた。
ジロジロと見て、体温を確かめて……手を払われる。
「お前は癪に触る奴だホ……アイリの1番のお気に入りだし」
「……いや、それはお前じゃね?」
「はぁ? じゃあいつも師匠師匠ってくっついてるのはなんだホ?」
「お前だって、気付けばぬいぐるみよろしく抱きしめられてんじゃねえか」
「あ?」
「なんだ? やんのか?」
「ガル」
「フワァ」
ヌッ。
尻尾と触腕が割って入る。
いきなり喧嘩するな、温度差で風邪引くぞ。
2匹の目は雄弁に物語っていた。
ヒートアップしかけた気持ちを落ち着かせ、先ほど話そうとしていた話を続ける。
「オイラはニンゲンじゃ無いから、その思考の中で理解できないことだってたくさんあるホ。でも、比較することはできるホ」
「おう」
「比較するとお前はやっぱり、お前とその他大勢に分けられるほどには異質だホ」
「そんなにか?」
「言ってしまえば、お前の仲間はみんなお前がいなきゃ普通の人間として人生を終えていたはずだホ」
「今も普通の人間だろ」
「んなわけ無いホ」
「む……」
「まあとにかく、お前の思考のそれはドリームランド? からやってきたとかいうノコと比べても明らかに違いすぎるホ」
「ノコか」
被っていた布団を半分蹴り出しているノコ。
青年の指を今もガジガジと齧っているノコ。
見た目は普通の人間だがその中身はワニノコ、ポケモンだ。
そのノコですらヒーホー君には普通に見えるらしい。
天才が言うならそうなのかもしれないとポケモントレーナーは思った。
「そんなに違う奴らをよくもまあここまで纏めて世界を救ってきたもんだ、と、そういう話だホ」
「あー……」
「そもそも世界を救うってそんな何回もするようなことじゃ無いはずだホ。これは流石に人間とか関係なく分かるホ」
「それは分かる、俺が最初に想像してた旅と違うもん」
「どんな旅をイメージしてたんだホ」
「ゲームじゃなくてアニメの方だな──つっても分からんか…………簡単に言えばホシノと2人旅で、各町で出会すのも精々がジムリーダーくらいってところだ。そんで……元の世界に帰る方法を探すつもりだった」
「今は違うホ?」
「まあな。こんだけ仲間が出来たら、俺も流石に放って帰るわけにはいかないだろ」
「ホシノ1人だったら良かったホ?」
「ポケモンを野生に返すのは往々にしてある事だ」
「やば……」
何言ってんだコイツ……という顔をしているポケモントレーナーを、三匹は理解し難いモノを見る目で見ていた。
「今は違うけどな、関係性も変わったし」
「ちなみに、このまま全員を嫁にするつもりホ?」
「……何言ってんだ? イカれてんのか?」
少しだけ怒気が混じっていた。
なんで怒られてんの? という困惑がヒーホー君に次の言葉を止めさせる。
「あいつらは仲間だ」
「ホ」
それはそう。
青年自信がいつも公言している事だし、世間もそう認識している。
「仲間は嫁とイコールじゃない」
「ホ」
それもそう。
一般的には。
「じゃあなんでそんな結論になるんだ……?」
「イコールじゃ無いけどノットイコールでも無いホ」
「まあ……そうだけど」
「逆にどういう目で見てるんだホ?」
「だから仲間だって……」
微妙に会話が成立していなかった。
ただ、そこから読み取れるのは、ポケモントレーナーは現状に満足しているという事だった。
「じゃあ本当の本当に最後、目的が終わって、その後の旅も終わったらどうするんだホ?」
「そうだな……何年後か分かんねえけど、そうなったら──」
「やっぱいいホ」
「何で!?」
「知らん知らん! オイラには関係ないホ!」
聞いたらとてもまずいことになる予感がした。
ポケモントレーナーは、あからさまに聞く気が無い様子のヒーホー君を訝しみながらも、勝手に納得したんだろうと解釈する。
リザードンもホッとしていた。
一発だけゲンコツをくれてやった。
「いっっで! なんだよ!」
涙目の青年を放っといてテントに入り、丸まっているレッドを包んで眠る。
ヒーホー君は優雅に氷のベッドを作り出し、足を組んで寝た。
青年は、良いもん良いもん! 俺にはホシノがいるもん! とホシノを抱きしめて寝た。頭の輪っかは消えていなかった。
──────
マサラタウンへの道のりはまったく険しいものでは無かった。
モンスターの質も量もそこまで。道のりも、草が多いことを除けば平らな道が続くだけだ。
このメンバーならピクニックに等しい。
レッドは青年と手を繋いで歩く。
気持ちを抑えきれないのか早歩きになりがちだが、他の面々もレッドがどれだけこの時を待ち望んでいたか理解していたため、咎めたりはしない。
そして呆気なくマサラタウンに到着した。
「おぉ〜……これがレッドちゃんの故郷……」
「あーー!!」
「来たーー!」
「おーーい!」
二重三重の声が。
またポケモントレーナーがなんかやったのか!? と青年を見ても特に何もしていない。
「……なんで俺のこと見た?」
「お姉ちゃん達だー!!」
ワイワイと駆けてくる子供達。
最終的にレッドとブルーにまとわりついた。
それに、大人達も勢ぞろい。
きっと村中の人間が集まっていた。
「おかえりー!!」
「みんなただいま、大きくなったね」
「私は変わって無いと思うけど」
「……えーと、どういう関係?」
ホシノが念の為に関係性を確認する。
「孤児院の子ども達、あらかじめ院長に連絡してたから」
「何たって凱旋だからね!」
「なるほどね〜……みんな初めまして、おじさんはホシノって言うんだ。よろしくね?」
「おじさん?」
「おじさんって何?」
「おじさんはどこ?」
ピュアな子供は気になったことをすくに聞くもので、おじさんって何のことだと問い詰める。
「お、おじさんっていうのは、その……あ、あのーそのー……」
ドマり散らかす情けないおじさん。
そこに思わぬ助け舟が。
「僕はノコだよ〜!! 君たちレッドの兄妹なんだ? よろしくね!」
「おっぱいでけー!!」
「あっ……でか……あっあっ……」
「どうやってそんな大きくしたの!?」
子供の関心はすぐに移り変わる。
ノコと追いかけっこをし始めた。
胸を一撫でしたホシノの肩に、したり顔の青年が手を置く。
「なあホシノ」
「うん?」
「おじさんってなんなんだへぁああ!」
「…………」
無言の正拳突きが鳩尾に突き刺さった。
崩れ落ちる青年をナギやリザードンが踏み越えていく。
「田舎って感じね」
「うん」
「……ここがレッドさんの故郷」
元ジムリーダーとして、人類トップのセンスを誇るレッドに対しては尊敬の念を抱いているナギ。
その故郷を実際に見て、少し感じ入るものがあった。
「ここでレッドさんが育って、史上最優のプレイヤーに……」
「それやめて」
そして気付く、あれだけマサラタウンマサラタウンとうるさかった男が静かな事に。
アイリとナギが振り返ると、地面でモゾモゾしている。
まさか腹を痛めたのか。
近付くと聞こえてきたのはジャリ、とかゴキ、とかボキ、という音。
「し、ししょー? お腹痛いですか?」
「あなた、痛いならそうと──」
「これがマサラタウンの土の味と匂い……!」
今は近づくのはやめておこう。
2人は目線で意を共にした。
──────
窓から家の中を覗き込んだり、研究所の遺構があったという場所でショックを受けたり、小さな村を目一杯楽しんでいる青年。
仲間達は、泊まる宿が無いこの村で唯一多人数が宿泊できる孤児院に来ていた。
1人の老婆が片眉を上げてレッドを見る。
「ただいま」
「驚いた、本当に帰ってくるとはね」
「連絡はしたでしょ」
レッドの後ろにいるアイリ達をチラリと見て、息を吐く。
「私の言ったことの意味は分かったようだね」
「うん」
「……おかえり、レッド」
「うん」
「部屋はもう埋まってるから、適当に空いてる部屋を使いな」
「分かった」
仲間を置いて歩いていくレッド。
ナギが前に出て、ぺこりと頭を下げた。
「いつもお世話になってます、ナギです」
「ああ、話は聞いてるよ」
「……えっと、どんな……?」
「身長が高いのが狡いとかそんな事を言ってたかね」
「あ、あはは……」
「私はホシノです、よろしくお願いします〜」
「話は聞いてるよ」
「お、おじさんも?」
「出会った順番は私の方が先だからわからせるとか」
「ええ……」
「は、初めまして! アイリです!」
「話は聞いてるよ」
「お願いします!」
「かなりセンスがあるらしいね」
「やったー!」
「僕はノコです!」
「話は聞いてるよ」
「教えて!」
「キャラが被ってるらしいから気に食わないって言ってたね」
「!?」
「どこが被ってるのか私にゃさっぱりだけどね……まあ、ともかく歓迎するよ。アンタらも部屋は勝手に使って良い、その代わりちゃんと家事はしてもらうよ?」
「は、はい!」
「ちょっと待って! 僕、貶されただけだよね!? 本当に今のを聴かされておしまい!? え、ちょっと……あ、ピカチュウ」
ナギ達は院長の部屋を出て、入れ違いでポケモントレーナーが入ってきた。
「私たちは先に部屋を見つけとくわね」
「ああ、そうしてくれ」
「んに……」
軽くアイリの頭を撫でてから院長の前に立つ。
「さて……うちの娘をスケコマシたってのはあんたかい」
「多分違う人ですね」
仲間がいなくなった2人きりの空間で、改めて対面に座った。
「あのだね」
「はい」
「アンタの話はね」
「はい」
「うん────―ざりするほど聞いてる!!」
「お、おお……」
院長は半ギレでそう言い放った。
「なんなんだい!?」
「なにが!?」
「ちょっと暇があれば、やれお兄さんがどうだの今日はお兄さんが浮気しただのお兄さんと喧嘩しただのお兄さんがご飯を食べただの……あたしゃアンタらのイチャイチャを聞く機械か何かなのかい!?」
「いや、知らないですけど……」
「まったく…………バカ娘が世話になったみたいだね」
「いやいや、こちらこそレッドさんにはいつも助けられてるんで」
「はんっ」
「なんすか」
「謙遜もほどほどにしな」
「…………」
「……あの子はだいぶピカチュウに懐いていたからね。それがあんな、突然いなくなっちまって……ひどいもんさね、兄みたいな存在だったのに」
「そ、それは……すみません」
「アンタが謝る必要は無いよ」
「いや……なんというか……ホント申し訳ないです……」
「まあ何でも良いけどさ……アンタに出会って根暗なところが少しは治ったみたいだね。前はもっと切羽詰まってたよ……ピカチュウを見つけなきゃ〜って、こう──視界が狭まるというかね」
「そ……そうですね」
「あんなバッジなんか何個持ってたって、あのピカチュウは戻ってこないのに……本当、バカな娘だよ…………な、何してんだい!?」
院長の前で青年は身を地面に投げ出した。
土下座では済まない。
そんな頭が高い謝罪などあり得なかった。
五体投地、彼が選択したのはそれだった。
「申し訳ございませんでしたあああああああああ!!!」
「なんなんだいまったく……」
「この上は切腹をさせて頂きたく!」
「──つまり、なんか事情があるってことかい?」
「全て俺の責任でございます!」
「……とりあえず聞かせな」
──────
「歳のせいか、大抵のことじゃあ驚かない自信があるんだけどねえ……流石に驚いたよ」
「俺は覚えてはいませんが、レッドと一緒に埋めた箱があるはずです。この鍵がその証で……」
ネイティオから受け取った鍵を見せる。
院長は指先でつまむと、鍵をマジマジと観察した。
「確かに見覚えがある、これはあたしがあげたもんだね。もう見つからないものだとばかり思っていたけど……」
「タイミングを見て箱を探そうかと」
「森に埋めたとか言ってたかねえ……詳しい場所はあたしも知らないからそこら辺はあの娘とどうにかしな」
「はい」
部屋を出て行った青年の背中を見届けてからぼやく。
「神様だの時間旅行だの、ソーマもあながちバカにできないもんだね……こんな老耄に教えて何になるんだか」
青年は自分が寝泊まりする部屋を探した。
全部埋まっていた。
今日は1人だけ野宿でつか……? と悲しくなっていると、レッドが廊下の角から手招きしていた。
「こっち」
「お?」
まだ見つけてないだけで空いている部屋があったのかもしれないと後ろにくっついていく。
レッドが扉を開けた部屋にはレッドの荷物があった。
「レッドの部屋か?」
「うん、お兄さんの泊まる部屋だよ」
「うん?」
ベッドを見てみる。
ここはそもそも宿じゃ無くて孤児院である。
キングサイズのベッドなんか無いしツインのベッドも無い。大きさだけは普通ぐらいにはあるので青年1人だけ、レッド1人だけなら不自由なく寝れるだろうが……
「狭くね?」
「うん」
「そうだよね?」
まさかこの硬い床の上で寝ろと?
いつのまに反抗期を迎えてしまったのか。戦慄しているとレッドがベッドに倒れ込んだ。
腕を広げている。
「来て」
「……潰れちゃうからね? そこに俺がダイブしたらペチャンコだよ?」
「ゆっくり来て」
まだ風呂に入ってないんだけど……と渋る青年の腕をグイグイと引っ張る。
自分の横に寝かせて、腕を伸ばすように要求した。
「それは腕枕的な?」
「そ」
「はいはい」
腕に頭を乗せるレッドと見つめ合う。
「帰ってきてマサラタウンは変わってたりした?」
「…………何も変わらない」
「昔のまま?」
「うん。院長がいて、みんながいる」
どうやら他の村人はカウントに入らないらしい。まあ、孤児院だからな。あんまり仲良くしてくれる人達ってのもいないのかもしれない。
「院長とは何を話したの?」
「そ、うだなあ……軽く事情説明というか管理責任に関してというか……」
「?」
「良いんだよ、そんなことは」
「そっか」
「……狭くね?」
「うん」
「やっぱ別の部屋──」
「……私はこの孤児院にお金を送ってます」
唐突に募金活動の自慢をし始めた。
「院長が経営してはいるけど、私もお金は出してます」
何が始まるのか分からなかったので、そのまま聞いてみる。
「お金を出している、つまり私もここの家主です」
そうかな……そうかも……
「家主として命令、お兄さんはこの部屋に泊まって」
それって俺が野宿したら意味無くなるのでは?
そんな思いつきを口にしたら、露骨にショボンとした顔になった。
「…………だめ?」
「い──」
いよ、と答える前に扉が開いた。
「お姉ちゃんいるー? ……あ」
「あ」
ブルーだった。
顔を上げたレッドと目が合い、両者固まっている。
「…………」
なんか空気重くね?
姉妹で見つめ合っても何も始まらんだろ。
ブルーは何しに来たんだ?
「あ、うん……歓迎会とかあるらしいから準備の手伝いしてほしくて」
孤児院なのに?
大丈夫か? そんな余裕本当にあるのか?
「お姉ちゃんも私もお金送ってるから、これでも前よりは全然マシになったんだよ」
ヒガン君のところみたいな感じだったのかな……
「……良いから、そんなところで寝てないで行こう、お姉ちゃん」
「うん」
すくっと立ち上がるとブルーに着いて出て行く。
俺も手伝ったほうがいいかな?
「お兄さんは歓迎される側だから寝てて良いよ」
…………そんなところでって、俺の隣はそんなところ扱いなのか?
──────
白い空間でひたすらにキーボードを叩き続ける。
変わり映えのしない生活。
いや、人間のそれと比べたら生活とは呼べない。
これはただの作業だ。
でもまあ……この矛盾に満ちた世界に生きる存在達を見ることは楽しかった。
与えられる休暇のたびに出掛けて、生き物達の情動を目にする。
それが趣味。
主のもとで働き続けて、世界を管理し続けるだけ。
あの時の私は何にも感じない、ただの歯車だった。
永劫その役目を熟す。
それが悪いことだったとは今でも思わない。
必要だったし、実際この世界でも同じような事をやっている。少し畑違いだけど。
それでもこの世界に来て、様々な物事を理解した。
主に匹敵する存在がいる事もそうだ。
最初、唐突に謁見した時は信じられなかった。
主と同じ白い身体、しかしその性格は主とは全く違う。
「クエルプラン」
穏やかで、慈悲深く、慎みがある。
主を悪く言うつもりはないが、生命からしたらこの方が創造主である方がよほど救いがあるのだろう。
「クエルプラン、進捗はどうですか」
「はい、やはり直接の解析が出来ないので原因は不明ですが──僅かなノイズのようなものがあの人、ポケモントレーナーから発生しているようです」
「そうですか……」
「この世界の魂のシステムに組み込まれていない弊害でしょうか? この空間にも突然現れましたし……解析しようとするならそれこそ──」
そこで言い淀む。
「あなた程の魂の専門家は我が世界には居ません、教えてください」
「はい、彼を殺してその魂を直接観察すれば──」
「なりません」
ピシャリと言い放つ。
「異世界の存在を徒に弄ぶ事は考えないでください」
「差し出がましい事を申しました」
「……いいえ、意見を求めたのは私です。ですがノイズの正体は気になりますね」
「思い当たるものはありますか?」
「無いとは言えませんが確定では無いですね、彼はあまりにもイレギュラーなので……ああ、作業の邪魔をしました」
「とんでもございません。ですが……ディアルガ様とパルキア様がお待ちですよ?」
ディアルガとパルキアが次元の亀裂からコソコソと二者のやりとりを見ていた。
漂着した、父なる母のお気に入りが気になって仕方無いのだ。
「アレらは別に構う必要は無いですよ。それよりもクエルプラン、気になっていたのですが何故こんな殺風景な空間にずっといるのです? あなたが望めばもっと色々──」
「いえ、いいえ、違うのです」
「違うとは?」
「既に多くのものを頂きました。居場所、役目、自由……これ以上何を望みましょう? 私は既に満たされています」
「私は何も与えていませんが……」
「では、こうして偶にお会いできれば十分です」
「そんな事で良いのであれば、分け身たる私はこうしてここにいますが」
「──良いのですか!?」
「はい、私なりの報酬です。世界の監視には別の分け身が遣わされるでしょう」
「ではこちらにお座りください!」
でん、と絢爛豪華な玉座が現れた。
異界から流れ着いた神が突然にした行動。その意図が掴めず目を白黒させるアルセウス。
「これは?」
「アルセウス様の御所です!」
「おところ」
「どうぞ!」
「……では」
今更二言もあるめえ。
アルセウスは御所とやらに座り込んだ。
あ、しゅごひこれ、わたひのすべてにふぃっとしゅるのほおおおおお!!
「……はっ!」
一瞬、正気を失っていた。分身とはいえ神を堕落させようとするとはなんと恐ろしい椅子……
「座り心地はどうですか?」
「す、素晴らしいですが……これは一体?」
「はい! 私の魂の一部を加工した物です! アルセウス様の魂を包み込む設計をしております!」
「!?」
「うふふ、人間を見て色々と夢想していたのですわ! ああ、私だけのアルセウス様……一体何をいたしましょうか?」
「は、はは……」