俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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46_ああああ

 夢を見た。

 

 好きな人と、みんなと一つの家で暮らしていた。

 昼はみんなでお出かけをして、美味しいご飯を食べ、お兄さんと一緒にリザードンに乗って空を駆ける。

 夕方、帰ってきたらナギとホシノが揃って出迎えてくれて、お兄さんとお風呂に入った。

 ご飯を食べて、一緒の布団で寝て……

 

 ふと、周りが暗いことに気付いた。

 さっきまで抱き合っていたお兄さんがそこにはいなかった。エーフィも、ラプラスも、リザードンも、誰もいない。

 

『お兄さん……』

 

 不安で、名前を呼ぶ。

 いつもそばにいてくれた人。

 子供の頃から姿は違っても見守っててくれた人。

 最初に私を導き、ヒトカゲと引き合わせてくれた人。

 呼んだら、影の中から滲み出るように現れた。

 

『お兄さん!』

 

 駆け寄る。

 なんでかお兄さんは悲しそうな顔をしていた。

 

『レッド』

 

『お兄さん?』

 

 少し様子がおかしかった。

 

『レッド、俺はそっちにはいけない』

 

『……なんで?』

 

『俺は帰らなきゃいけない』

 

『ど、どこに?』

 

 指差した先には星があった。

 それはまるで、生命の木の樹幹から見下ろしたドリームランドみたいだったけど、明確に違うのが分かった。

 渦巻く雲、空まで届く尖塔、銃を持った人たちが行進をして──宇宙に浮いていた機械からビームが発射された。

 大地にあたり、一つの街が消滅した。

 

『な……に……あれ……』

 

『…………』

 

『待って……』

 

 歩き出した背中を追いかける。

 

『待って!』

 

 走っているのにどんどんと引き離されていった。

 

「……っ!」

 

 目を覚ますとお兄さんは隣にいなかった。

 扉がわずかに開いている。

 飛び出した。

 

「はぁ、はぁ、お兄さんっ……」

 

「──なんだ、起きちゃったのか」

 

 お兄さんは玄関のすぐ外で月を眺めていた。

 私に気付くと、膝を曲げて同じ目線の高さへ。

 

「あんまり顔色が良く無いな、おいで」

 

「うん……」

 

 腕の中に収まるとお兄さんの匂いが広がった。

 落ち着く匂い。

 

「どうして外にいたの?」

 

「……男には時々、月を眺めたくなる時があるんだよ」

 

「早く部屋行こう」

 

「お、おい、まだお月様が……レッドには敵わないな」

 

 お兄さんを部屋に連れて行き、ちゃんとベッドに寝るように言う。

 

「15歳の女の子に寝かし付けられるのも悪く無いな……」

 

 あの夢が怖かった。

 すごく生々しくて、お兄さんが本当にいなくなっちゃうんじゃ無いかって。

 

「レッド、ほら」

 

「ん……」

 

「俺はいなくなったりしないよ」

 

「……ほんと?」

 

 全部見透かしているみたいにそんな事を言ってくれる。腕の中から見上げると兄さんは笑って頷いた。

 

「当たり前だ。レッドたちが自分から離れていかない限りはずっといっしょだよ」

 

「──じゃあ、うん」

 

 再び夢の中へ。

 今度こそ悪夢は見なかった。

 

 ──クリスタルが、鳴っている。

 

 

 ──────

 

 

 え、エーフィちゃん……怖く無いよ……怖く無いからね……こっちおいで、はぁ、はぁ……。

 あっ! カメックスの後ろに隠れちゃったよ……おいでー怖く無いよ〜。

 

「こわっ……ピカチュウ、それはやばいよ流石に……」

 

 うるせえっ! 

 ほぼ猫だろあんなん! 

 俺に猫吸いさせろ! 

 ……エーフィーちゃーん? ほら、これ、ジャーキー食べる? 美味しいよー? 

 

「ふしゃー!!」

 

 がびーん!? 

 

「カメッックス!」

 

 どひいいいいい! 

 ハイドロポンプは人に撃つものじゃなーい! 

 

「いや、お兄さんから守ってるだけでしょ〜」

 

「ししょー! がんばってー!」

 

 アイリ! 俺、頑張るよ! 

 

「バナア!」

 

 ここでくさむすび!? 

 本格的に殺しに来てるよこいつら! 

 そんなにエーフィが大事なの!? 

 

「違うホ」

 

 お、教えてくれヒーホーくん! この修羅場を打開する策を! 

 

「レッドを放っておいたからこいつらは怒ってるんだホ」

 

 つまり!? 

 

「エーフィとか関係無く、ずっとこうしてやりたかったんだホ」

 

 打開策が無いってことじゃん! 

 俺、初対面なんだけどぉ!? 

 ……わざの威力が増した!? 

 ──あっぶね! おいコラ! 本当に殺す気か! 

 

「本当に殺したいらしいホ」

 

 ……レ、レッド! 助けてレッド! なんでも言うこと聞くから! 

 こんな情けない死に方は嫌過ぎる! 

 

「みんな、やめて」

 

 ……お、おお! おおおお! さすがレッド! 

 一発で止んだ! 

 

「次の街、1週間私が独り占めね」

 

 え? ……そ、それは……

 

「……あなた?」

 

「お兄さん、分かってるよね〜?」

 

「レッドさん、横暴ですよ!」

 

 別のバッドエンドルートが発生したんだけど!? 

 どうすればいいんだ! 

 何か名案は無いかと下を見れば、レッドが口の端を持ち上げていた。

 

「──あはっ」

 

 レッドの声で背筋が冷たくなったのは初めてだよ……なあレッド、1週間はちょっと……

 

「……嫌なの?」

 

 全然! めっちゃ嬉しい! 

 本当は俺もレッドと1週間付きっきりでいたいよ! 

 ……でもほら、レッドだってカメックスとかリザードンとかと一緒に旅してる時は、誰かだけに構うなんて不公平なことしなかっただろ? 

 

「お兄さんが言ったんだよ」

 

 不服そうに口を尖らせるレッドに、なんと言えばいいのか非常に困る。

 ブルーやノコも不満顔だからだ。

 この場で不満顔じゃ無いのがヒーホーくんしかいない。

 ヒーホーくんだけが、ほんっとうに楽しそうな笑みを浮かべている。

 

「うぷぷぷ」

 

 どう答えたもんかと目をあっちこっちに動かしていたら、レッドが溜息をついた。

 

「しょうがないから、二日にしてあげる」

 

「二日か! そ、それなら大丈夫!」

 

「私は優しい」

 

 ピースサインを見せつけるレッドに感謝しかなかった。

 いやあ本当に……1週間もあいつらを相手しなかったらどんだけ空気悪くなる事やら。

 それに俺も寂しいしな。

 

「ありがとな、レッド!」

 

「ちょろ……」

 

「……え、今なんて……」

 

「なんでもない」

 

 改めてエーフィたちに挨拶した。

 

「えーと……改めてよろしく、俺はポケモントレーナーだ。以前はピカチュウだったから、もしかしたらレッドから話を聞いてるかもしれない」

 

「フィ」

 

「ウホッ、いい毛並み……」

 

 エーフィが尻尾を俺の手に載せた。

 よく手入れされていて、愛されてるのが分かる。

 軽く尻尾を握ろうとしたらすり抜け、レッドの足元へ。レッドにゴロゴロニャンと甘えていた。

 懐いてるねえ……

 

 続いてラプラスへ。

 陸上だと這うように動くしか無いので、俺から近付く。

 人懐っこい笑みを見せていて、ヒレを片方あげて挨拶してくれた。

 

「ラプラスよろしくな! もしよければ今度、夏にでも海で背中に載せてくれよ」

 

「プゥ」

 

 嬉しそうに頷いて、大きな泡を一つ吹いた。

 空中を漂い、俺とラプラスの間で弾ける。

 どうやら受け入れてもらえたようだ。

 スベスベの肌を撫で、甲羅をコンコンと叩く。

 傷が所々あるのは、やはりレッドの連れているポケモンである証だろう。

 

「ラプラスも久しぶり」

 

「プゥ!」

 

「昨日はこいつらと会わなかったのか?」

 

「うん、ちゃんとお兄さんを家族として紹介したかったから」

 

「……レッド!」

 

「ん」

 

「お前は本当に可愛いんだから!」

 

「んふ」

 

 胸が熱くなった。

 その気持ちに答えるべく、抱き上げて頬に何度もキスした。

 そうだよな! 俺たち家族だもんな! 

 レッドを抱き上げたまま、カメックスとフシギバナにも挨拶をする。

 この2匹はヒソヒソなんか話していた。

 不貞腐れている雰囲気も若干ある。

 

「またあーいうことして……」

 

「ロリコン……」

 

「僕にはあんな事したことないのに……」

 

 後ろもヒソヒソしてた。

 今はレッドとの時間なの! 

 お前らはちょっと落ち着いてて! 

 

「キスする必要は無かったんじゃないかしら?」

 

 必要があるか無いかで相手は選ばないんだよなあ。

 したいかどうかだよ、ナギ。

 お前もそうだろ? 

 

「っ……そ、そうね」

 

「お兄さん、カメックスたちに挨拶して」

 

 ナギは黙らせたので、でかい亀ことカメックスとフシギバナに向き直る。

 

「あー……その……レッドを放って違う場所に行っちまって、ごめんなさい」

 

「……バナァ」

 

「ご主人がどれだけ辛そうだったか分かるか? って言ってるホ」

 

「…………すまん、想像もできない」

 

「──カメッックスッッ!」

 

「そんな無責任なお前が今頃ノコノコやってきて、どの面下げてその子を抱きしめるんだ! だそうだホ」

 

「……そうかもしれない。確かに俺に、レッドを抱きしめる資格はないのかもしれない」

 

「お兄さん、そんなこと──」

 

「いいんだレッド、コイツらの気持ちは尤もだ。俺だって、目の前にその時の俺がいたらぶん殴ってやるさ」

 

 ぶっちゃけ、その時の事を全く覚えていないので他人事を聞かされているような気分に近い。

 でも、レッドがどれほどピカチュウに会いたいと思っていたのかは俺だって知ってる。

 だから俺達は旅を始めた。

 俺の物語の始まりがホシノなら、俺達の旅の始まりにはレッドがいた。

 

「バナ」

 

「尤もだと思うなら、どうしてご主人を抱き締めてるんだ。だってホ」

 

「どうして? それは──俺がピカチュウとしてじゃ無くて、ポケモントレーナーとしてレッドのことが好きだからだ!」

 

 例えピカチュウの時の俺がどのような想いや理由からレッドのそばを離れたのだとしても、今ここにいる俺はレッドの事が大好きなのに変わり無い。

 そこを譲ってやる気は無かった。

 積み重ねてきたモノの重さなら、コイツらにだって負ける気はしない。

 

「カメェ……」

 

「……証明してみろ、だろ?」

 

「ホ」

 

「…………よし、分かった」

 

「お兄さん?」

 

「レッド、嫌なら引っ叩いてくれ」

 

「あっ……」

 

 だっこしていたレッドを地面に立たせ、目線を合わせて真正面から両肩に手を添える。

 今から何をされるのか気付いたらしく、小さな両手をワタワタと動かした。

 

「じゃあ、するぞ」

 

「っ……!」

 

「……もう少しだけリラックスしてくれると助かる」

 

 ガチガチに固まっていたので、肩をポンポンと軽く叩く。

 ゆっくりと抜けていく力に、俺も最後の覚悟を決めた。

 俺から迫るのは初めてかもしれない。

 それがこんな場でいいのか。

 そんな余計な思考は、目の前の潤んだ瞳の前に霧散した。

 顔を近づけて行くと、昨日の風呂で使った石鹸──俺と同じ匂いがした。

 

「目を閉じて」

 

「う、うんっ」

 

 そのまま愛しい少女の唇を──

 

「リザアアアアアアアア!!!」

 

「ぐへえええええええええ!!!」

 

 横からきた凄まじい衝撃に吹っ飛ばされた。

 誰がやったかなんて分かりきっていた。

 さっきまでは寝ていたリザードンだ。

 いつもはあんなに空気が読めるのに、一体どうした事なのか。

 拳を振り上げて大抗議した。

 流石におこです。

 

「おいこら! 今、そいつらに覚悟を見せろって言われたからそれをだなあ!」

 

「リザ! リザリザ! リザア!」

 

「そういうのは! 仲間がいっぱいいるこんな場所じゃなくて! 二人きりの時だけにしろ! ってホ」

 

 リザードンは俺に向けて激しく主張したかと思うと、今度は2匹の方を向いた。

 

「リザ! リザ! グルァ!」

 

「カメックス! フシギバナ! お前達もあの子の事を思うならそんな事をさせるんじゃなくて、ちゃんと接してから見極めろ! だホ」

 

「正論ね」

 

「ふへ〜、ここで本当にキスするのかと思ったよ……あんなの見せられたらおじさんも恥ずかしくなってきちゃった……」

 

「ら、ラブでしゅ……」

 

「いいな〜」

 

「お姉ちゃんってあんな顔するんだ……」

 

 ……なんか、こうやって言われるとやっぱり恥ずかしい気がしてきた。

 人前ですることじゃないよな、うん。

 

「レッドごめん、やっぱりここだと怒られるわ」

 

「…………」

 

 レッドは大層ご立腹だった。

 ……リザードンに対して。

 ごめんね〜、みたいな感じで長い首を使って顔を覗き込もうとしてもレッドが取り合わない。

 

「リザァ……」

 

 レッドのためを思ってした事なのに本人に受け入れてもらえなかったリザードンは、とてもションボリしていた。

 

「……というか、あなたもあなたよ」

 

「え」

 

「証明しろって言われてキスって……もうちょっと他に何か無かったの?」

 

「…………他にあるのか?」

 

 俺がレッドを好きだという事を証明するのに、それ以外に人前でできることって何があるんだ? 

 レッドの良いところを1時間言い続けるとか、そういう意味の分からない事をしなきゃいけないのか? できるけど。

 

「そこはあなたが考えなさいよね」

 

「でも、今俺がナギを好きだって証明しろって言われたら真っ先にキスなんだけど……」

 

「はぁ!? 何言ってんの!?」

 

「する?」

 

「ば、ば、ばか! 今するわけないでしょ!」

 

「え? じゃあ後で?」

 

「…………うん」

 

 ……するんかい! バカねって断るのかと思ったわ! 

 じゃあ良いじゃん、レッドにキスしても! 

 キスしたいもんレッドと! 

 

「…………」

 

「おいゴミ、他の女が目の前にいるのにそういう事言うな。マジでお前そういうところだホ」

 

 まさかのゴミ呼び。

 しかもヒーホー君から女性関係について言われるとは思わなかった。

 

「あれだホ。おいらも少し口を出したほうがこの先良さそうだと思ったんだホ」

 

 

 ──────

 

 

「よし、それじゃあ仕切り直しだ……で、いいよな?」

 

「…………」

 

 レッドはこくりと頷いた。

 あれから一言も発さない。

 明らかにイライラしているけど、なるべく表に出すまいと耐えているんだろう。

 もうロリコンと言われようとなんと言われようと、今日の夜はとことん甘やかすって決めたわ。

 

「レッドさんばっかし……」

 

 ……アイリもな! 

 

 なかなか本題に辿り着けなかったけど、俺はレッドの手持ちポケモンと仲良くしたいんだ。

 それはなぜかと言うと、コイツらも本物だからだ。

 かつて俺がゲームで戦ったレッドの手持ちポケモンそのもの。

 あの時に感じた俺のワクワクを生み出した強敵達。

 なるべくならコイツらとも触れ合いたい。

 そう思って、一生懸命にプレゼンテーションをすることにした。

 

 俺がいかにポケモンを愛してるかを伝えた。

 わざわざ骨董品店で昔のカセットやゲーム機を買ってきた事。

 vrゲームでは、全然動けなかったけどポケモンになってジムリーダー達と戦った事。

 リザードンの毛繕いをしている事。

 その気になればポケモン大好きクラブの会長にだってなれる事。

 レッド大好きクラブの会長な事。

 ナギちゃんファンクラブはあんまり民度が高く無いので気をつけたほうがいい事。

 ナギはクールぶってるけど、実際はポンコツ可愛い属性だから間違えないようにする事。

 食後の歯磨きを全員分やってあげるのは流石にどうなんだろうと思ってる事。

 

「おじさんの気のせいかな……なんか話がズレてるような……」

 

「僕もズレてると思うよ」

 

「何言ってるのよあの人……そもそも私、ポンコツじゃ無いし」

 

 俺の熱意が伝わったのか、カメックスとフシギバナは押し黙ってしまった。

 まだ受け入れてもらえるかは分からないけど、俺は仲良くしたい事を伝えた。

 あと、レッドのフルパーティーとポケモンバトルがしたい旨も伝えておいた。

 

 俺のポケモントレーナーとしての全力。

 それをレッドとぶつけ合ってみたい。

 もちろん俺も準備はする。

 ホシノ、ドダイトス、リオレウス、そして俺。

 うち2匹は野生だけど、誘えばきっとやってくれるだろう。

 最高のポケモントレーナーであるレッドとの戦い……楽しみでしか無いな! 

 

「うわ、あのだらしない顔……ピカチュウ、絶対それが目的だ!」

 

「バトル目当て……最低ですししょー!」

 

「お、おじさんもそのメンバーに入るのぉ?」

 

「…………」

 

 ああでも、それはレッド次第か。

 じゃあポケモンバトルは置いておこう。

 とりあえず、お前らとはこれからずっと付き合って行くんだから頼むぞ。

 

 

 ──────

 

 

「はぁ……」

 

「アイリ、ため息なんてついてどうした」

 

「…………ししょーのせいです!」

 

「ええっ!?」

 

 お風呂上がり、食堂の椅子で座ってお夕飯を待っていたら、師匠があまりにデリカシーのない言葉をかけてきたから少しイラッときてしまった。

 あからさまに取り乱すのを見て、少しだけ溜飲が下がる。

 ──昼間のあれ、レッドさんにキスをしようとした師匠の顔が頭から離れなかった。

 すごいモヤモヤして……そう、とにかくモヤモヤしていた。

 他に誰もいないからか、言いたくも無いのに良くない言葉が口から出ていく。

 

「……なんでレッドさんのことをあんなにヒイキするんですか! 私だってししょーの事が大好きなのに、いっつも後回しじゃないですか!」

 

「……はい」

 

「レッドさんはいつも一緒にお風呂に入ってるんだから、そもそもみんなより師匠との時間も長いもん! 私の方が全然短いもん!」

 

「……はい」

 

「はいじゃない!」

 

「ごめん」

 

「私の方がナギさんより先に入ったし、一番年下なんだからもっと構って欲しいもん!」

 

「…………」

 

「はぁ、はぁ……ぷぃっ!」

 

「……あー、アイリ」

 

「ふ、ふんっ!」

 

「よし、よし」

 

「そんなんじゃ全然許さない!」

 

「……ぎゅーっ! こ、これならどうだ!」

 

「ふひ……こ、こんなんで許されると思ったら、間違いですから!」

 

「い、一緒に寝るから……」

 

「そんなのみんなやってるもん!」

 

「じゃ、じゃあ……えと、あー……えーと……うーん……」

 

 そこでレッドさんやナギさんの時と同じ選択肢が出てこないことに、またイライラしてしまった。

 

「ばか!!」

 

「あっ……」

 

 食堂から出る寸前に見えた師匠は傷付いた顔をしていた。胸が痛んだけど、もう、隣の席に戻ることは出来なかった。

 部屋に戻り、枕に顔を埋める。

 

「ばか……ししょーのばか……」

 

 少しして、扉がノックされた。

 木の板越しに師匠の声が聞こえてくる。

 

「アイリ……入ってもいいか……」

 

「…………」

 

 何も言わずにいるとガチャリと扉が開いた。

 慌てて布団を被り、壁側を向く。

 

「アイリ……ごめんな」

 

 ベッドに腰掛けたのがわかった。

 そのまま師匠は、私の頭に手を置いていつもみたいに優しく撫でる。

 

「俺、女の子のことよくわかんねえんだ」

 

 確か、前も似たようなことを言っていた。

 その時は冗談なのかなって思ってたけど……本気なのかなあ。

 

「だから、アイリがどうして欲しいかが本当に分からなくて……」

 

 弱りきった声。

 放っとけなくて、師匠の方を向いた。

 師匠は声の通りに、迷子の子供みたいな情けない表情をしていた。

 

「アイリ……」

 

「ししょー、じゃあ、ちゅーしてください」

 

「…………え?」

 

「し、しようとしてたでしょ! レッドさんに!」

 

「いや……え……?」

 

 何でそこで混乱しちゃうの! もう! 

 

「んー!」

 

 目を閉じて師匠がチューしてくれるのを待つ。

 衣擦れの音がして、師匠が近づいてきたのが分かった。

 心臓がうるさい。

 師匠にも聞こえちゃうんじゃないかってくらい大きい音で鳴っている。

 

「アイリ」

 

「…………!」

 

「…………いや、いつまでもこんな事言ってたらダサいよな」

 

 何か言っていたけど、緊張でそれどころじゃなかった。

 

「するぞ?」

 

「は、はひ……!」

 

 ピトッて唇に何かがついたのが分かった。

 すぐに離れていったからバッて目を見開いたら、師匠の顔がすごい近くにあった。

 

「こっちが本命だ」

 

「ししょんむっ……!?」

 

 初めてのキスは、顔を見ながらだった。

 

「────ふぅ、ご馳走様」

 

「あ、あう……うう……」

 

 何も考えられなかった。

 両方のほっぺに手を当てたらすっごく熱くて、師匠の顔をまともに見る事ができなかった。

 でも わたしたちが しょうらい けっこんする ってことだけは なんとなくわかった。

 

「アイリ、これで良いか?」

 

「きゅう……」

 

「……アイリ? あれ、おーい…………気絶しちゃった」

 

 目を覚ますと、すごくお腹が空いていた。

 

「──アイリ」

 

「うわひゃあ!」 

 

 師匠は椅子に座っていた。

 私を待っていてくれたみたいで、優しい顔だった。

 

「お腹空いたろ? 食堂行こうぜ」

 

「は、はい……あの!」

 

「ん?」

 

「さっきのって……夢、ですか?」

 

「キスのこと?」

 

「うひっ」

 

「うひっ?」

 

「そ、それです……」

 

「……夢じゃないよ」

 

「あ、あわわわわ……じゃ、じゃあ私たちって付き合ってるって事、ですよね……?」

 

「うん」

 

「ひゃ、ひゃああああ……」

 

 信じられなかった。

 まさか私と師匠がそんな関係になるなんて。

 

「……そうだよ……四股になっちゃったよ……力士だよ……ポケの海だよ……」

 

 何故か師匠はちょっとだけ落ち込んでいるようだった。

 励ますために駆け寄ろうとして……足元が疎かだったのか、転んでしまった。

 

「ふぎゃっ! ……あ」

 

「アイリ、せっかちだな」

 

「ぼふん」

 

「アイリ!?」

 

 師匠に抱き止められた。

 もうそれだけで頭が真っ白になった。

 ふわふわとした状態で手を引かれて食堂まで行くと、二人分の食事が残されていた。

 師匠は本当にご飯を我慢してくれていたんだ。

 椅子を引いてくれたからそこに座ると、師匠が隣の席に腰を下ろした。

 一緒にいただきますを言ってご飯を食べていたら、師匠が懐かしい話をした。

 

「アイリ、あの小島のことを覚えてるか?」

 

「──あ、はい! 師匠と過ごした日々は一つだって忘れていません!」

 

「そ、そうなの? ……それは嬉しいなあ」

 

「はい! それで、こじまがどうしたんですか?」

 

 レッドさんのリザードンの背に乗ってたどり着いたこじま。

 私の冒険の原風景。

 

「あの時、お墓を見ただろ?」

 

「はい!」

 

 読めなかったけど、あのモンスターさん達が一生懸命に守っていたお墓に刻まれていた言葉はきっと、凄い大事な意味があるに違いなかった。

 

「あれに刻まれていた言葉の意味を教えようと思ってさ」

 

「……ええ!?」

 

 口に運んでいたおかずを落としてしまうぐらいには衝撃だった。

 あれは、師匠だけが分かっているべきものだと思い込んでいた。

 理由を聞く。

 何でこんな、二人の時に教えてくれるのか。

 それこそ、ホシノさん達がいる時に教えてくれれば良いのに。

 

「約束、破っちゃっただろ?」

 

「…………あ、で、でもあれは──」

 

 師匠は気にしていたんだ。旅の終わりに自分の正体を教えてくれるって約束が前倒しになっちゃったことを。

 そんなの気にする必要なんてないのに。

 師匠の正体を知りたいなんて、ただの私の我儘でしかなかったんだから。

 

「理由とかどうでも良いんだ。何にも教えられてない名前だけの師匠に、挽回のチャンスをくれないか?」

 

「ししょー……」

 

「二人だけの秘密にしよう」

 

「……じゃあ、教えてください」

 

 そして教えてもらった、墓碑の文字の意味。やっぱりあのお爺さんは師匠と同じくらい遠くの世界の人だということだった。

 

「今度はお前の番だ、ってお知り合いだったんですか?」

 

「いんや……あれはどちらかというと挑戦状だな」

 

「ちょーせんじょう?」

 

「あの爺さんはきっと、とんでもない災厄に出くわしたんだ」

 

 私たちが乗り越えてきた事件のようなモノだろうか。

 

「さあ、規模や種類は分からない。一つの街なのか、一つの地方なのか、国か、大陸か、惑星か、世界か。でも……きっと、その過程にいろいろな事があった。あの爺さんが世界そのものに与えた影響は、世界の存続だけだったろうけどな」

 

 カテイ。

 それは師匠が、レッドさんや私のために旅をしてくれる最中で起こしている全てのこと。

 一体あのお爺さんはどんなカテイだったんだろう。

 

「勿論それはあの爺さんの心の中にしか分からない。でも、その中で他人にもわかりやすいものは残る事がある」

 

「のこった、もの……」

 

「簡単だよ。写真、こじま、そして家族とその絆だ」

 

 家族と、絆。

 まるで……

 

「まるで、俺たちみたいだろ?」

 

「──はい」

 

「でも、あの爺さんはたった一人であの2匹と絆を結び、誰かを救い、最後に満足して死んでいった」

 

「……」

 

「俺にはできない事だ」

 

「そんなことは……」

 

「いや、断言できる。俺は一人では誰も救えない……だからあれは、一人でやり遂げたあの人から俺への挑戦状でしか無い。少なくとも俺にはそう読めた」

 

 英雄ポケモントレーナー。

 私の師匠でもあるその人は、強い口調でそう断じていた。

 その理由が知りたい。

 もっと、この人のことが知りたい。

 続きを待った。

 

「俺こそがお前達に救われてきたからだ」

 

「私たちに?」

 

 何の話だろうと思った。

 私達は何にもしてない。

 いつだって師匠が導いて、救ってきた。

 

「……何度も言ったかもしれないけど俺は、ただの大学生だった。世界を救うとか、誰かのために戦うとか、そんな事とは無縁の人間だった」

 

「ダイガクセイ」

 

「ただの学校だよ、俺はそこの学生だったんだ。そんな俺がこの世界に放り出されて、何が出来る?」

 

「何がって……世界を救って……」

 

「いきなり世界を? ……ここがどこなのか、今はいつなのか、自分が誰なのか、全てに確証が無い人間にできることは少ないよ」

 

「…………」

 

 仮にそうだとしても師匠、あなたはそれでもやってきた人間でしょう? 

 そんな風に思ったのは間違いなのかな。

 

「居場所をくれたのがテッセンさんとホシノ、意味をくれたのがレッドとアイリ、力の使い道を与えてくれたのがナギとユカリで、変わらぬ本質を教えてくれたのがノコとブルー」

 

「意味……」

 

「お前らがいたから、ここまで辿り着けた」

 

「今の師匠は、最初とは違うん、ですか?」

 

「……アイリ的には変わってない?」

 

「はいっ!」

 

「そっか……それは、凄い励みになるな」

 

「ししょーは変わりたくないんですか?」

 

「変化は──忘却でもあるんだよ」

 

「……元の世界の事、ですよね?」

 

「そう、俺の原点」

 

「──じゃあ、いっぱい聞かせてください、師匠の原点のこと」

 

「…………」

 

「師匠が忘れても、私が覚えておけば教えてあげられますから!」

 

「──ああ、そうだな」

 

 一緒にご飯をいただいて、一緒にベッドに入った。

 嬉しそうに話す師匠を見ていると私も嬉しくていつまでも起きていたかったけど、ベッドに入った途端に眠気が襲ってきた。

 

「アイリ、おやすみ」

 

「おやすみなさい、師匠」

 

 おやすみのチューをしてもらって、途端に眠りに落ちた。

 

 ──クリスタルが、震えている。

 

 

 ──────

 

 

「……ふぅ……ん……もっと……」

 

「んっ……レッドは……積極的だな……」

 

 孤児院の、いつも泊まっている宿なんかと比べたら狭い浴室。湯船に浸かった男女が睦み合っていた。

 一人は少女で、一人は青年。

 歳の差があることは明確な二人だった。

 何度も接近しては離れ、見つめ合う。

 そしてまた接近した。

 接触する直前、少女が青年の頭を両手で挟んだ。

 

「アイリとはしたの?」

 

「…………しました」

 

「むぅ……」

 

「ごめん」

 

「……んっ」

 

「ん……ちゅ……」

 

 上書きするように、拙いながらも夢中で啄む少女を受け入れる青年は、ヒーホー君に言われた言葉を思い出していた。

 

『このまま全員を嫁にするつもりホ?』

 

 否定したばっかりなんだけど……なんか、全然説得力無くなってきたな。

 俺は本当に、本心から答えていたのに……

 もしかしてヒーホー君はこの状態を予見していたのか? 

 いや、まだ全員じゃないからセーフ! セーフだ! 

 ……アウトかも。

 

 レッドを抱きしめ、そのきめ細やかな肌の感触と、お湯から身体中に伝わって行く熱を楽しむ。

 夢中になりすぎてレッドが上せたら大変なので、青年の方から一旦止めた。

 それでもと、自身の首に腕を回して物言いたげな少女に笑いが漏れる。

 

「……はは」

 

「もっと──」

 

「だから、今日はもう終わりだよ」

 

 唇が届く前に、頭を抱える。

 まとめた髪をタオルで包んでいるから、その少しざらざらとした感触が青年の首筋に触れた。

 

「なんで」

 

「なんでって……さっきも言ったじゃん」

 

「上せたらお兄さんが運べば良い」

 

「結構危ないから、そうなるのがそもそもダメなの分かって?」

 

「知らない」

 

 レッドの手を自分の掌に乗せて、指を開く。

 シワッとなっていた。

 

「そんなこと言わないでさ。ほら、指も少し皺になってきただろ」

 

「……うん」

 

「じゃあ、今日はあがろう?」

 

「分かった」

 

「良い子だ」

 

「……明日も、ね」

 

「はは…………俺が耐えられるかなあ……」

 

「我慢しなくて良いよ」

 

「……くぅ〜! つれえ〜!」

 

 ──クリスタルが、大きく震えていた。

 

 

 ──────

 

 

「────」

 

「ん…………」

 

 身体が重い。

 一体私は何を……? 

 

「──ろ、──ィ」

 

 誰かの声が聞こえる……この、温かい声は。

 

「起きろ、頼む起きてくれ、ホリィ」

 

「あ……っ……う……」

 

 声が出ない。

 目が霞む。

 身体中、全てが痛かった。

 背中を支える温かさだけが、私を抱き起こしている人が誰であるかを伝えてくれた。

 

「ワタ……ル…………ッ!?」

 

 段々とハッキリしてくる視界にまず飛び込んできたのは、空を飛び回るモンスター達。

 そして──燃え盛る街。

 声を上げそうになり、口を塞がれた。

 

「静かに」

 

 こくこくと頷くと手が離れ。

 周囲には同じように隠れている人たちがいた。

 ここは、街から少し離れた森の中だそうだ。

 そして、ワタルに視線を戻して……再び悲鳴をあげそうになった。

 

「ワタル……う、腕、が……」

 

 シャツの左側、二の腕から先に、何もついていなかった。

 本来あるべきものが何も。

 血は止まっているようだけど、それでも血の痕が表すのは、彼が負った傷の悲惨さ。

 何があったのか。

 

「大丈夫だ、傷そのものはセレビィが治してくれたから血は出ない」

 

「大丈夫なわけが……」

 

「それよりもここから離れた方がいいな」

 

「そ、そんなのダメよ! 休まなきゃ!」

 

「俺は歩ける、ここにいたほうが危険だ」

 

「ワタル……」

 

 まだふらつく身体を制御できない。

 失血で青ざめていて満身創痍なのはワタルなのに、そんな彼に支えてもらう事が心苦しかった。

 他の避難民達と歩きながら、話を聞く。

 

「ワルモン軍団の幹部5匹が一斉に攻めてきた。何とか全員ぶっ殺してやったけど……俺もこのザマだ」

 

「ワタルさんは一人で幹部全員と戦ってくれたんです!」

 

「私達も普通のワルモン相手には頑張れましたが、あの5匹だけは……」

 

「ああ、あんたらのおかげで助かったよ」

 

「とんでもない! あんたがいなきゃ今頃みんな……さあ行きましょう、ワタルさん」

 

「うん、そうだな」

 

 街の人やモンスターたちも応戦したものの、街は焼き落とされたらしい。

 幹部は落としたが、敵の援軍が来るかもしれないと言う事で避難したのだ。

 案の定で空から援軍がやってきたのがさっき、私が目を覚ます直前のことだった。

 

「何で私は気絶してたの?」

 

「最初に全員で集中砲火してきやがったんだ」

 

 その衝撃で、多くの建物が崩壊したらしい。

 街に出ていて、襲撃を直前に察知したワタルは鐘を鳴らしたあとに私を助けにきてくれたけど、庇うだけで精一杯だったって。

 

「……ありがとう、助けられてばかりね私」

 

「気にすんな、一人よかよっぽどマシだ」

 

「でも、なんで襲撃が……こんな大規模な襲撃これまで……」

 

「…………」

 

「ワタル、何か知ってるの?」

 

「いや……」

 

「──教えてワタル! なんでなの!?」

 

 なぜか言い淀むワタル。

 かつて滅ぼされた私の村と、さっきの光景が被っていた。カッとなって、身体を揺らしてしまった。

 

「待て、揺らすな……ぐっ……」

 

「きゃあっ!」

 

 崩れ落ちた身体に引き摺られて倒れ込んだ。

 片膝で耐えたワタルは、歯を食いしばっていた。

 

「ワタルさん、大丈夫か! ……おい嬢ちゃん! あんまり酷いことするな!」

 

「だ、大丈夫だ、これくらい……死ぬのに比べりゃな」

 

「ご、ごめんなさっ……そんなつもりじゃ……私……」

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

「…………っ」

 

 明らかに大丈夫では無かった。

 脂汗が額に浮かんでいて、今すぐにでも休ませないとマズいのは目に見えている。

 

「ビィ……」

 

「ああセレビィ、頼めるか?」

 

「ビィ!」

 

 セレビィが、緑色の光をワタルに浴びせた。

 

 ワタルは前の街、ラカタの泉でセレビィを見つけてきた。

 今は、連れてきてから1ヶ月ぐらいだろうか。

 セレビィはワタルにいたく懐いていて、その理由をワタルは

『方法は違えど、同じく時間を航行した者として、何か感じるところがあるのかもしれないな……』

 と言っていた。

 ラカタでは結局石板を見つけることができた。

 ヒノトリでは無かったのは現状を見れば分かる通りだけど……次の街に来て、こんな事になってしまった。

 無辜の人々を巻き込んでしまった。

 ……私たちのしている旅が本当に正しいのか、分からなくなる。

 

 村に伝わっていた伝説の一部。

 ガイアにはヒノトリを見つける力があり、そしてヒノトリを解放することができる。

 本来なら、村長の息子であるゲンキさんが受け継ぐはずだった。

 でも、私達以外殺された。

 みんなみんな、殺された。

 …………助かったのが私とスエゾーだけって知った時、こんなの間違っているって思った。

 

 一生懸命みんな生きていた。

 私たちは畑を耕して、協力してくれるモンスターのみんなはノラモンの襲撃を防いでくれていた。

 たまに来る商人から楽しい話を聞いて、ソレで十分だった。

 

 奪われたものは決して戻らない。

 例えヒノトリを蘇らせても、お父さんもお母さんも生き返らない。

 そんなことは分かっていた。

 それでも、私がやらないと…………

 誰もやってくれないんだから、私たちがやらないとダメだと思ってしまった。

 

 その結果、あの街は滅びた。

 人が死んで、ワタルは左腕を失った。

 私たちが頑張った結果、幾つもの街を滅ぼすに至った。

 本当にこの旅を続けても意味があるのかな……

 そんな資格が、あるのかな……

 本当はもっと上手くやれる人がいるんじゃ……

 ワタルは何度も世界を救ってきたって言っていた。

 そんな彼に任せていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。

 

「ホリィ」

 

 そんな彼が、真剣な眼差しで私を見ていた。

 住人やスエゾー達には先に行ってもらった。

 ワタルの失った体力を無理やりセレビィに補充してもらって、歩き出そうとする直前だった。

 

「そんな目をしちゃダメだ」

 

「え……?」

 

「お前は希望なんだ」

 

「な、なにを……」

 

「たとえ辛くても、お前は踏ん張らなきゃいけない」

 

「…………なんでよ」

 

「この時代に──この世界に生きるお前たちにしか出来ないことなんだ」

 

「……でも……あの街は私たちのせいで……」

 

「それは違う!」

 

「何が違うのよ! 私たちが来なければ……幹部が五匹も来ることだってなかったじゃ無い!」

 

「誰が言ったんだ、そんなこと!」

 

「だ、誰がって……そんなの考えればわかることじゃ……」

 

「──それはただの思い込みだよ、そんなこと考えちゃダメだ」

 

「お、思い込みじゃ……」

 

 ホリィは激しく動揺していた。

 叱られるなんて久しぶりだった。

 怒鳴られたり、暴力を振るわれたりというのはあったけど、こうして諭されるように何かを言われるというのは、村が失くなってからはじめてだった。

 

 ワタルは私の両手を握ろうとした。

 でも、片方がない事に気付いて左手だけを優しく掴んだ。

 穏やかな声で、優しい声で。

 

「ホリィ」

 

 名前を呼ばれただけで、唇が震えたのが分かった。

 目尻が下がって、鼻がひくつく。

 

「な、なに……」

 

「疲れたら、休めばいい。泣きたくなったら、泣けばいい」

 

「……ひっ」

 

「スエゾーがいるんだから、辛いことはあいつに話せばいいんだ。もちろん俺でもいいぞ?」

 

「……ひぐっ」

 

「ホリィ」

 

「や、やめて……」

 

「ごめん、本当は君が頑張る必要なんてないんだ」

 

「違うよ……だって……」

 

「いいや、子供の君が頑張る必要なんてどこにも無い…………だからこそ、それでも頑張れる君を俺は心から尊敬してる」

 

「…………ぐすっ」

 

「本当は名乗りたく無いんだけど……英雄として言ってやる」

 

「ずびっ」

 

「ホリィ、お前は英雄に至る人間だ」

 

 そんな、突拍子もないことを言った。

 正直、嬉しくもなんともなかった。

 

「きっとヒノトリを見つけ出し、ムーを倒し、世界を救える人間だ」

 

 何でそんなことが分かるんだ。

 

「でもそれは、苦痛と忍耐に満ちた道だ。普通の人間では、その道を歩もうと思うことさえできない」

 

「……」

 

「だから俺が手伝うんだ」

 

「っ…………」

 

 なんで私の左手を握って、そんな風に笑うの。

 自分は腕をなくしたのに。

 

「この右手で、行けるところまで着いて行ってやる」

 

「…………なんで、そこまで……」

 

「ははっ! そりゃあ、泣いてる女の子を放っておくのはポケモントレーナーじゃ無いからな!」

 

「な、泣いてないわよ! ……泣いて……なんか……」

 

「それなら良いんだ」

 

「……でも、もう少しだけ……手を繋いでてもらっても、良いですか?」

 

「──もちろんさ!」

 

 

 ──────

 

 

「……ワタル」

 

「うん?」

 

「もう、大丈夫だから」

 

「そうか! ……じゃあ行こう! このままじゃ置いてきぼりにされちまうからな!」

 

「……えと」

 

「どうした」

 

「手は……?」

 

 大丈夫と言ったのに手を握られたままだった。

 

「ん? 何か変か?」

 

「え?」

 

「手ぐらい繋いでいこうぜ」

 

「…………そう、なの?」

 

「そうなのってなんだよ」

 

 彼は笑っていた。

 明るい表情だった。

 最近はずっと難しい顔をしていたのに、何でいきなりこうなったのか。

 

「行くぞ」

 

「ビィ!」

 

 手を引かれて歩き出す。

 周囲を飛び回るセレビィは、時折私の頭の上を陣取ったり、ワタルの傷を癒したりしていた。

 街の人達にはすぐに追いついた。

 

「おいこらワタル! なんでホリィと手繋いでんねん!」

 

「良いだろ、羨ましいならお前も繋いでみろよ」

 

「ホリィ! ばっちいから手離しや!」

 

「ううん、いいの」

 

「な、なんでや!?」

 

「私ももう少しだけ、寄りかかってみる事にしたから」

 

「……そか、それならワイから言うことは何も無いわ」

 

 スエゾーは先ほどのワタルと同じように真剣な眼差しをしていた。

 それで二人は見つめあっていた。

 喧嘩とかそういうのじゃなくて……何か通じ合っているような、そんな気がした。

 

「ワタル」

 

 スエゾーが呼びかける。

 

「なんだ」

 

「守れるんか?」

 

 スエゾーは、失った腕を見ていた。

 ワタルも自身の左肩を見て、ニヤリと笑った。

 

「俺を誰だと思ってるんだ?」

 

「誰やねん」

 

「ポケモントレーナーさ」

 

「だからなんやねんそのネタ……」

 

「はっはっは!」

 

「何をわらってんねん、おもんないわ!」

 

 

 ──────

 

 

 ドジった。

 まさか、幹部が5匹もいきなり攻めてくるなんてな。

 もう少し上手く立ち回れば、左腕を失くさなくて済んだだろう。

 レッドやアイリの事があって腑抜けていたのかもしれない。

 ここ2週間くらいはずっとこっちだけど、ずっとあっちの事も考えていたからな。

 セレビィの癒しの力は極めて強力だけど、俺の肉体はとんでもない強度のエネルギーの塊らしくて、復元することはできなかった。

 これがホリィの腕だったら治ったんだとよ。

 いや、女の子の腕が失くなるような状況になったらその時点で負けでしょ(真顔)

 

 その事でホリィが責任を感じてしまっているのはすぐに分かった。

 街に襲撃が来たのも自分のせいだと思っているらしい。

 そういうことを考えてたらキリが無いから一旦無視して世界を救うのがベターだと俺は考えてるけど、女の子に求めることじゃ無いよな。

 

 そんで俺も、やっと腹が決まったっぽい。

 どっち付かずでここまでやってきてたけど、そんなんじゃこの世界は救えない。

 いつまでも女の子に任せて、テメェは自分の目的第一でやってるなんて、よく考えたら死ぬほどキメェ。

 俺ももっと主体的にやるぞ。

 やること自体はあんまり変わらないので、意識の変革的な? 

 家事手伝いから主夫になった的な? 

 なんにせよ、ホリィ達にももっと関わっていく。

 いや……先生、違うんすよ。

 狙って無いんです、本当に。

 ……信じてよお! 

 

 左腕を失うと大変なのが、全部である。

 そう、全部。

 バランスが崩れているのを感じるし、咄嗟に左腕を出そうとして、何も無いのに気付くことが結構ある。

 マジで腕って便利なんだよな……

 そういうのをホリィに見られると凄い悲しそうな顔をするので、笑って無かったことにしているけど。

 

 ガイアの導きに従って、円盤石や勾玉を見つけ出していく。

 その過程でゴーレムというモンスターも仲間になった。

 カタコトで言葉を話すのが特徴で、とても心優しいやつだ。

 防御の面で非常に頼りになるので、ホリィの安全はこいつに任せている。

 右腕一本だと選択肢が一個しか取れないのでコレは大きかった。

 戦闘がやりやすい。

 ……というか、あっちの世界よりもよっぽどこっちの世界での方が戦ってるわ。

 基本的にはホシノに戦闘を任せたいので俺は後方をやっていたんだけど、こっちだと俺が最前線。指示も俺がやってるから、忙しいのなんのって。

 でも、生きている実感が凄い。

 左腕を失くしたのもあるのか、闘っている最中に常にひりついてる気がする。

 あと、ガイアがバグり散らかしている。

 勾玉を吸収させるとすげえ変な方向を向いて、その先に進んでも何も無いんだよね。主に俺の方をずっと向いたりとか。

 最近は、勾玉を吸収させた後の挙動は信用しない事にしている。なんで異世界にきてクソゲープレイヤーみたいなことしなきゃいけなんだ。

 

 日常生活は思ったよりも不便じゃ無い。

 ホリィが介護してくれるようになったからだ。

 飯とかシャツを着るのとかだけだけど。

 流石に風呂とかは自分でしたいし、提案したホリィも恥ずかしそうにしていたからな。

 ……本当は服だって介護もいらないんだけど、ホリィが悲しそうにするので手伝ってもらっている。

 

「ホリィ、本当に気なんか使わなくていいんだぞ」

 

「気を遣ってるわけじゃ無いの。その……私がそうしてあげたいから……ダメ?」

 

「……わかった、手伝ってくれ」

 

 ダメ? と聞かれてダメな男はいない。

 でも、俺の身体操作能力は極まっているので、服を上に放り投げたら後はバンザイしただけで着るなんてことも容易だ。ついでにボタンも一人で着脱できる。

 なんか小学生の自慢みたいだけど……本当に大丈夫だから、ホリィが気にする必要なんて無いのにな。

 

 ……勾玉はいくつ集めれば良いんだ? 

 今回の5匹から一個ずつ手に入ったから、ガイア含めて23個……だったかな? 

 すんごい数だよこれ。

 そもそも勾玉を集めたらどんな特典があるんだよ。

 もしかして100個集めなきゃダメとか? 

 クソゲーじゃん。

 

 

 ──────

 

 

「お兄さん! う、腕が! …………ある」

 

 久しぶりにこっちの世界に戻ってきたら、レッドが朝から騒いでいる。

 腕? 無いけどどうした? 

 ……いや、あるわ。

 しばらく腕無かったからそっちに慣れちゃった。

 ──うわ、なんだこの感覚! 

 腕が自分の腕じゃ無いみたいだ! 

 すげえ! 左腕があるとバランス取れてる! 

 

「良かった……本当に良かった……」

 

 ……まさか、そんな事があるのか? 

 レッド、お前……

 

「うん……夢の中で、ホリィって子になってたんだ」

 

 そこまでは予想してなかったなあ!? 

 ……つまり、ホリィはレッドだったって事!? 

 俺、どんな顔してホリィといればいいんだ!? 

 

「そうじゃなくて……気持ちが流れ込んでくるっていうか、心だけホリィに巻き込まれる」

 

 そ、そうなのか……どんな風に思われてるんだろう。

 服着替えるの手伝ってくれてるから、そこまで悪くは無いんだろうけど。

 

「…………」

 

 なんだその微妙な顔。

 

「なんでも……それより」

 

 な、なんだよ……なんでそんな責めるような顔……

 

「また、無茶してた」

 

 ……いや、まあ……はい。

 

「……んん……」

 

 モゴモゴとして、レッドはなかなかその先を続けない。

 何か言いたい事があるわけじゃ無いのか? 

 それなら朝飯作りに行こうか。

 

「待って」

 

 やっぱあるの? 

 

「うん…………死ぬ気じゃ、無いよね?」

 

 そんなわけなく無い? 

 俺ってそんな死にたがりに見える? 

 目一杯生きようとしてるんだけど。

 

「…………そう」

 

 煮えきらないな。

 大丈夫だよ、俺は死ぬ気なんて無い。

 

「……本当にやめてね」

 

 ……分かった! わーかったから! 

 ちゃんと生きてあっちの事を解決するから! 

 

「じゃあチューして」

 

 それ、関係無いよね。

 

「1ヶ月ぶりだし」

 

 ……そうか、ホリィになってたならそこの体感時間も加算されるのか。

 

「うん、ほら」

 

 唇をちょんちょんと触って催促するエロガキの額をペシっと叩いた。

 

「あたっ」

 

 まずは顔洗うぞ、まだちょっと寝ぼけてるだろ。

 洗面所行こうや。

 ……ここの孤児院は洗面所くらいはあるんだな。

 ヒガン君のところのはアレだったからな……今は分からないけど。

 

「あ、トレーナーさんも起きてたんだ」

 

 レッドの顔を拭いてたら、扉をガチャっと開けてブルーが入ってきた。

 姉妹だから遠慮とか無いのかもしれない。

 今は俺が泊まってるから、いきなり全裸でも知らないぞ。

 

「へ、変態じゃん……そもそもお姉ちゃんの部屋で寝るのも変だし」

 

 そこは良いだろ、仲間なんだから。

 そうだ、このあと大事な話があるから聞くか? ブルーも朝飯まだだよな? 

 

「え? うん──大事な話って何?」

 

 レッドがあっちの世界の仲間に憑依してたらしくてな。

 その事に関して情報共有しとこうかな、と。

 

「……お姉ちゃんも?」

 

 ………………ん? 

 今、お姉ちゃん『も』って言った? 

 

「あ」

 

 ……ブルーちゃん、ちょっとお時間いただけますかね? 

 

 

 ──────

 

 

「ブルー……そういうのはもうちょっとだけ早めに言って欲しかったかな……」

 

 トレーナーさんが苦笑していた。

 でも……しょうがないじゃん。

 あの時はトレーナーさんだって私の事を除け者にしたりしてたんだから。

 

「……そっか、ごめんな」

 

 別に謝ってほしかったわけじゃない。

 ただ、信用できてなかっただけ。

 今は……話しても良いかな、ぐらいには思ってる。

 機会が無かっただけで。

 

「あの頃は確か……」

 

 クッパってモンスターと話したりしてたよね。あと、ワイバーン達と戦ってた。

 

「おお、本当に見てたんだな」

 

 信じて無かったの? 酷くない? 

 

「ごめんて……でも、そうか……レッドとブルーがどっちも俺の夢の中に……」

 

 共通点と言えばこの孤児院の出身ってことくらいだけど。

 他に何かある? 

 

「いや、俺もそれくらいしか……やっぱりナギ達も集めるか」

 

「じゃあお兄さん、ブルー、ご飯行こう」

 

 食堂にはすでにナギさん達が集まっていて、朝ごはんを準備してくれていた。

 

「ちょっとあなた、遅いわよ! なんで手伝ってくれないの!」

 

「ご、ごめん……ちょっと二人と話を……」

 

「二人に押し付けないで! もう……はい、これ並べて」

 

「しゅ、しゅいましぇんでした」

 

 ナギさんの前だと本当に情けないな、あの人……

 ホシノさんはケタケタと笑っていた。

 髪を後ろで束ねて、クジラのエプロンを着てお鍋とかを洗っていたみたい。

 

「おっ、そのエプロン。ホーリータウンで買ったやつじゃん」

 

「良いでしょ〜」

 

「似合ってるぞ」

 

「うへへ」

 

「……何をサボってるのかしら?」

 

「ひゅっ」

 

 ホシノさんと楽しく談笑し始めた途端、トレーナーさんの後ろからナギさんが現れた。

 肩を強く掴んでいる。

 ご立腹って感じだった。

 本当に尻に敷かれてるよね。

 

「……ナ、ナギも今日、いい感じじゃないかなあ!?」

 

「……なにが?」

 

「え?」

 

「どこがどう良い感じなの?」

 

「どこって……髪型と香り?」

 

「……それで?」

 

「え?」

 

「夜、待っても待っても部屋に来なかったあなたからは何が違って見えるの?」

 

「………………?」

 

「……あっそ」

 

「ちょっ……待ってくれさい!」

 

「なによ」

 

「あれだよな、1ヶ月前の話だよな……そう、確か……キスの話、だよな?」

 

「……1ヶ月って……何を言ってるの?」

 

「あ、いや、なんでも……」

 

「ちょっと待ちなさい、あなたまさか」

 

「…………」

 

 ただの痴話喧嘩を始めたと思ったら、トレーナーさんが発した一言によって、みんなで集まって話をすることになった。

 というか、それが無かったらナギさんのかまってちゃんムーブが続いてたよね……

 

「一晩で1ヶ月って……」

 

 ナギさんが絶句していた。

 私も驚いた。

 思ったよりもずっと深刻なことになっていたみたい。

 

「ナギ、それだけじゃない」

 

 お姉ちゃんが待ったをかけた。

 どうやらトレーナーさんは一番重要な事を言っていないらしい。

 そしてお姉ちゃんが明かしたのは、想像を超えたことだった。

 

「──左腕を、失った!?」

 

「お兄さん! ちょっと左腕見せて!」

 

「はい」

 

 こっちの世界に負傷は持ち越されないみたいで、左腕はちゃんとくっついていた。

 ずっとあったから分かってはいたけどね。

 でも、ホシノさんも流石に目つきが鋭くなっていた。

 

「お兄さん」

 

「うん」

 

「命を捨てる気なの?」

 

「レッドにも同じこと聞かれたな」

 

「で?」

 

「もちろん、死ぬ気は無い」

 

「…………でも、左腕は失くなっても良いって思ったんだ」

 

「結果的には失くなったってだけだよ」

 

「ばか! そんなやり方してたら本当に死んじゃうんだよ!?」

 

 怒ってるように見えて、ホシノさんは本当に心配している。

 それが分かっているのか、黙って聞いていたトレーナーさんは静かに言葉を続けた。

 

「死ぬ気は無いけど……死んでも守りたい奴らがいるんだ」

 

「……私たちは、どうなるの」

 

「大丈夫だ。きっと、あっちで死んでもこっちの俺は生きてる」

 

「ダメだよ、そんなの!」

 

 ノコさんが机を叩いて立ち上がった。

 トレーナーさんの考えに我慢ならなかったみたいだ。

 

「こっちで生きてるとしても……あっちの君が死んじゃったら、その子達が悲しむんだよ!?」

 

「そうだな」

 

「そうだな、じゃない! ……ねえピカチュウ、なんで分かってくれないの……?」

 

「……ムー軍団は恐ろしい相手だ。適切な分量の軍隊を派遣して、機械的に相手を仕留めようとしている」

 

「じゃあ逃げてよ!」

 

「それは無理、戦力が足りなくなる」

 

「それでも!」

 

「ここで逃げるなら……俺は最初から旅になんて出なかった」

 

「っ……」

 

 その一言でナギさん達は黙り込んでしまった。

 旅を思い出しているのかもしれない。

 それでもと、ノコさんがヤケクソに反論した。

 

「う、うるさーい! とにかく僕は反対だから!」

 

「なあノコ」

 

「な、なに!」

 

「俺は時々考えるんだ」

 

「なにを!」

 

「あの時……最初に出会ったとき、宝の話を聞いていなかったらどうなってたかって」

 

「あ……そ、それ……は…………」

 

「本当は、主人公が現れてパッと解決してくれるんじゃないかって期待してたんだけど」

 

「──主人公なんて、そんなの」

 

「あり得ないって思うだろ? ……でも、俺は本当にそう期待してたんだ、ずっと」

 

「期待……もしかしてドリームランドでも……」

 

「世界に危機が訪れた時、どこからともなく現れてみんなを救っていく。そんなやつをこの目で見てみたかった」

 

「それって……」

 

「結局、そんなやつはいなかったな……ああ、店員さんとレジギガスはそれに近かったか」

 

 拳を握りしめて失望の色を隠さないトレーナーさんにノコさんはもう、次の言葉を持っていないようだった。

 驚いたような、そんな顔だった。

 

「君は……」

 

「だから俺がやるんだ」

 

「!」

 

「これは俺が決めたことだ。悪いけど、貫かせてもらう。それに……俺が死ぬなんて誰が決めたんだ?」

 

「うん……」

 

「ノコ、信じてくれ。また、ドリームランドみたいに笑って終われるように」

 

「…………分かった!」

 

 誰よりも明るく朗らかに、青年が大好きなノコの笑い方だった。

 

「──お母さん達が!」

 

 突然、アイリの悲鳴が響いた。

 

 

 ──────

 

 

「くくっ……くくく……」

 

「流石、プラズマ団とやらを率いていただけはある。ここまで漕ぎ着けたか」

 

「ええ、ええ、そうでしょうとも」

 

「それで……終わらせるんだな?」

 

「あの、愚かで粗暴なサルに邪魔されてから苦渋を舐めてきた──それももう終わりです!」

 

 阿鼻叫喚の街。

 ダークボールから解き放たれたモンスター達は人々に襲いかかった。

 

「なんだこいつら! いきなり現れたぞ!」

 

「応戦するぞ、ドダイトス!」

 

「……このモンスター達、異常に体がでかいぞ!?」

 

 プレイヤー達は応戦しながらジリジリと交代を強いられる。

 その光景を見て、胸がすく思いだった。

 

「ダークボール……素晴らしい技術でした。それと時間遡行のヒントも、非常に参考になりました」

 

 まだ、この男には隠していることがあるに違いない。

 それを全て奪い取り、用済みになった暁には……

 そんなことを考えていた。

 

「例のサルとやらはどうなった」

 

「……未だ捕まらずですね」

 

「流石にお前を撃ち倒しただけはあるか」

 

「ええ──忌々しいですが、彼を捕らえるには根気強さが必要でした。ですがそれも、このダークボールがあれば一気に解決する!」

 

「では、私達も出陣と行くか……バンギラス! まずは因縁の警察から破壊しろ!」

 

「バンギラァス!」

 

 マタナキは混乱に包まれた。

 二人の道化は悠々と、最も重要な場所に向かった。

 

 

 ──────

 

 

「グズマ君! そっちは大丈夫だったかい!」

 

「ああ、問題ねえ」

 

 倒れ伏す不審者達。

 グズマが懐を弄ると、珍妙なものを持っていた。

 

「なんだこりゃ、変な……機械か?」

 

 真ん中のスイッチを押すと、赤い光が飛び出して壁に当たった。

 特に何も起きない。

 

「グズマ君、そういうのはいきなりいじらないで!? 爆発したらどうするのさ!」

 

「知らねえよそんなもん」

 

「はあ、全くもう……」

 

「そんな事よりお前も無事か?」

 

「……え〜? 僕のことが気になるの〜?」

 

「だる……やっぱいいわ」

 

「うそうそ! 大丈夫だよ!」

 

 手を広げてクルッと回り、無事をアピール。

 

「そうか」

 

「二人とも、大丈夫だった!?」

 

「リ、リン……速い……」

 

 軽快に走ってきたリンが、二人と合流する。

 ぜひー、ふひー、とヘロヘロになりながらやってきたのはユカリ。

 体力が足りていなかった。

 アルトマーレで出会った2組は暫く一緒に行動していたのだ。

 というか──

 

『お姉ちゃん……あのグズマって人……』

 

『うん、アイリちゃんのお兄ちゃんだ』

 

『トレ君達に教えてあげなきゃね!』

 

『うん!』

 

『あーっとごめんね? 二人とも、それは待って欲しいかな』

 

『うわっ! ……ナチュレさん、なんで?』

 

『声がそう言っているんだ』

 

『声……?』

 

『声って何?』

 

『説明し辛いんだけど……今はその時じゃないって予感がするんだ』

 

 そんなわけで、ここ数ヶ月はアルトマーレだけでなく他の場所に行くのも四人で行動していた。

 グズマだけは嫌そうだった。

 馴れ合いはあまり好きじゃないらしい。

 リンのレースがメインで、ある時はスカイタウン、ある時はモーモーファームシティ、ある時は海中都市トリトン、様々な街へ行った。

 ナチュレと二人は意気投合して、街では食べ歩きをしたり買い物をしたりと、これまで足りなかった青春を取り戻そうとしている。

 グズマはチンピラに絡んだり、その街のサマナーやハンターなどとバトルをしていた。どこまで行っても彼は彼である。

 

 そんな折、襲撃されるようになった。

 グズマもナチュレも良く見知った格好だった。

 しかし、二人が知っているものと微妙に違う。盾の中にPとZが描かれていた紋章だったのに、Zが90度回ってNになっていた。

 剥ぎ取った紋章を不快そうに見るグズマは呟いた。

 

「ぶっ壊し甲斐もねえくせに、懲りねえな」

 

「……っ」

 

 ナチュレが小さく肩をビクつかせる。

 自分の愚かさが招いた事態、その尻拭いをさせた負い目があった。

 

「どこぞの誰かさんもそうだったよなあ? 何度も何度も絡んできて──英雄がどうとか、未来がどうとか、モンスターとの共存がどうとか」

 

「…………」

 

「挙げ句の果てには──」

 

「ちょっと、グズマさん?」

 

「あ?」

 

 リンが目を怒らせていた。

 

「女の子をいじめちゃダメだよ。それに大事な人なんでしょ?」

 

「けっ」

 

「聞いてるの!?」

 

「お前らが首を挟む問題じゃあねえんだよ」

 

「リンさん、ありがとう。でも……グズマ君の言う通りだから……」

 

 悲しげに笑うナチュレを見て、ユカリも黙って見ていられなかった。

 

「グズマさん」

 

「ああ? なんだよ」

 

「どうか、ナチュレさんをもう少し見てあげてください」

 

「はぁぁ?」

 

「あなたが見てきたナチュレさんと、私たちが見てきたナチュレさんは違うのかもしれません。でも、もう少しだけで良いんです」

 

 大事なものを永遠に失ったと思っていたのに取り戻した彼女だからこそ、二人にはそうなってほしくなかった。

 あんな気持ちは誰にも抱いてほしくない。

 そう思っていた。

 

「んなこと言われてもな」

 

「グズマさん!」

 

「…………うるせえな! 別になんとも思ってねえよ!」

 

「なんとも思ってないのは可哀想でしょ!」

 

「なんなんだよめんどくせえ!」

 

 なんとも思ってないんだからそれで良いだろ。

 こいつらが来てからこんなんばかりだ。

 本当にイラつくぜ。

 ん? 

 

「グズマ君……」

 

「──グソクムシャ!」

 

「やっぱり僕はいない方が──ひゃあっ!」

 

「ミサイルばり!」

 

「ぐああ!」

 

「なっ!? ぐへっ!」

 

 こっそりとナチュレに近付いている奴らがいたのだ。グズマはナチュレを抱えて離脱しながらグソクムシャに一掃させた。

 

「あ、ありがとう」

 

「ったく、お前もちゃんと周り見ろ!」

 

「うん」

 

 ナチュレの服についた汚れを払うグズマの姿に、リンとユカリは目を見合わせた。

 もしかして、余計なお世話だったのだろうか。

 

「突っかかってきた時は俺が別の道に行っても目敏く見つけてきやがったくせに、なんであんな分かりやすいヤツらを見つけられねえんだお前は」

 

「あはは……」

 

 致命的なことが一つ。

 リンとユカリの男の基準はポケモントレーナーなので、グズマみたいなやつは分析できないのであった。

 

「ナチュレ」

 

「うん」

 

「やっぱり、こいつらはそういう事だよな?」

 

「間違いないよ」

 

「届かない栄光に縋り付く、哀れな道化がまた踊り出しちまったみてえだなあ……王様がいなきゃあ、道化なんて奴隷にも劣る無能なのも知らずによお」

 

「じゃあ、君はどんな役割なのかな?」

 

「……わかってんだろ? 俺の役割なんて一つだ」

 

「──あははっ! そうだね!」

 

「もう一度ぶっ壊してやるよ、全部なあ!」

 

 凶悪に笑い、ネオプラズマ団の紋章を踏み躙る。

 

「えっ、ちょ……」

 

 そこにリンの慌てた声が響いた。

 

「どうしたの? リン」

 

「み、みんなこれ見て!」

 

 共有された動画を見て、殊更に驚愕したのはグズマだった。

 

「マタナキ……!?」

 

 それは、グズマの故郷であるマタナキタウンの映像だった。

 所属不明のプレイヤー達はどのような方法を使ってから、空中からモンスターを呼び出してマタナキタウンへと押し寄せた。

 カムイは自身のパートナーであるパックンフラワーキングと共に蔦を張り巡らせ、防御網を敷いた。

 串刺しにされるのもお構い無しに突っ込んでくるモンスター達。

 目に正気の色は無く、血みどろになりながら蔦を引き裂いていく。

 

『やめろ! 止まるんだ!』

 

 カムイの言葉を無視して動き続け、次々と骸になっていった。

 問題は、敵の数。

 

『なんだこの数は!?』

 

 プレイヤーには資質が不可欠である。

 それは視力であったり聴力であったりと肉体的なものから、技に対する理解の深さや指示の上手さなどモンスターに関わるあらゆることに通じる。

 ポケモントレーナーが重視しているのは指示の上手さであり、レッドやホシノ、アイリに受け継がれたのもそこの部分だった。

 しかし、一人のプレイヤーが仲間にできるパートナーの数。これにも資質が大きく関わってくる。

 例えばレッドは5匹のパートナーを連れている。

 これだけの数を引き連れるのは非常に難しいことであり、彼女の資質の高さの一端でもあった。

 

『全員が6匹だと!?』

 

 集まったプレイヤー達は、どのプレイヤーを見ても6匹のパートナーを連れていた。

 そして、どのモンスターも正気を失っている。

 

『一体……どんな外法を用いたのだ!』

 

 カムイを突破するためだけに集められた特攻隊。

 まともな指示も無く、無秩序に放たれたモンスター達は街の人を傷つけようとする。

 ジム協会所属のプレイヤーも、そうでない普通のプレイヤーも必死に応戦した。

 しかし──

 

『瀕死になってもおかしくない傷なのに止まらない!?』

 

『力が……強いっ……!』

 

『きゃあああああ!』

 

 ギリィッ。

 そんなハッキリとした音が耳に届いた。

 

「…………」

 

 3人の目には、グズマの周囲が歪んで見えた。

 グズマは踵を返すと、どこかへ向かおうとする。

 ナチュレは呼び止めた。

 

「グズマ君、どこいくの?」

 

「決まってんだろ」

 

 ギロッと、明らかに瞳が血走っていた。

 地獄の底から這い出てきたような声。

 間違い無くグズマはブチギレていた。

 

「一人で?」

 

「当たり前だろ」

 

 ナチュレの返答すら待たず、グソクムシャを呼び寄せる。

 高速フェリー乗り場へ行こうとしていた。

 そこに並び立つ。

 

「僕も行くよ。あの人が過ちを繰り返そうとしているなら、僕には止める義務がある」

 

「……ダメだったら言え」

 

 グズマは、ナチュレがゲーチスを前にして役に立つかどうかは半々だと感じていた。

 ナチュレ自身も、これが虚勢であると自覚していた。

 

「……うん、もし僕にできなかったら……あの時みたいにまた、思いっきりぶっ壊してね」

 

「ちょっと待って! 私たちも行くよ!」

 

 リンが声をかける。

 しかしグズマとナチュレは反対した。

 

「危険なのは間違いない。だから、君たちは来ない方がいいよ」

 

「俺は守らねえぞ」

 

「グズマ君! ……とにかく、危ないのは間違いない。君たちはレーサーとしてはともかく、プレイヤーとしてはそこまでだろう? だから──」

 

「ううん、それは分かってる」

 

「えーと……それじゃあなんで危険に飛び込むのか聞いても?」

 

「きっと、トレ君がやってくるから」

 

「ポケモントレーナーさんの事かい? でも、それがどうかしたの?」

 

「……私たちは彼の仲間なんです──そうだと、彼が認めてくれたから」

 

 ユカリは大事なものをその手に握っているかのように、右手を胸の前に掲げて左手で包み込んだ。

 

「あの人が危険なことに巻き込まれるなら、私達もそこに一緒にいたいんです」

 

「久しぶりに顔も見たいしね!」

 

「──そうなんだね。それが、絆ってやつなのかな」

 

「はい。あの人がかつて紡いだ、そして今も紡ぎ続けているものです」

 

「まだ僕にはよくわからないけど……でも、きっと大事なことなんだね。それならグズマ君、彼女達も──あれ、グズマ君?」

 

「いつまで喋くってんだ、時間が惜しいんだよ」

 

 話を一切聞かずにボートを一つ掻っ払ってきたグズマは、早く乗れと催促した。

 もはや一刻の猶予すら無い。

 そして、グズマ達が間に合わないことは確実だった。

 それでも向かうのだ。

 

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