俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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49_彼と彼女

 空を飛び、何度か休憩を挟みながら別の大陸からアトラス地方までやってきた。

 ひとっ飛びで目的地までは行けない故、休憩を取る。

 そんな野営中、ゲーチスの演説が。

 それを聞いて、思わず声を荒げる。

 

「──何してやがるんだ、カムイィ……!!」

 

「……どうやら君の故郷のジムリーダーは負けてしまったみたいだね

 

「けっ、あのカムイがこのザマか!」

 

 立ち上がり、苛立ちを拳に込めて木に叩きつける。

 己がこの地方を旅立ったキッカケ。

 そのカムイが無様にも、自らがかつて下した敵を相手取って負けた。

 堪え切れない複雑な感情が噴出していた。

 ナチュレはそんな様子を見て、冷静に諭す。

 

「グズマ君……アッシュ地方で既に英雄に至ったキミが、別の地方とはいえどもジムリーダーより劣っているなんてことはあり得ない。これは当然なんだ」

 

「ああ!?」

 

「仕方ないんだよ。今回の襲撃、ネオプラズマ団はきっと前回以上の──」

 

「そういう事じゃあねえんだよ!」

 

 ナチュレの言葉を遮る。

 詰め寄り、余計なことを言うなと凄んだ。

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて!」

 

 リンが間に入り、仲裁する。

 いきなり喧嘩されても、どんな顔で見ていれば良いか分からない。

 

「ナバルデウス──あんな大きなモンスターを人が操るなんて……でも、そんな事もあるよね……」

 

 ユカリはそんな3人の様子には構わず、マタナキタウンで行われていることを飲み込んだ。

 オールドタウンの一件を乗り越えた彼女は、大抵のことはあり得るんだと受け入れる事ができるようになっていた。

 彼が言っていたように、この世界は魔法のような奇跡に満ち溢れている。

 神を操り、世界を再編する目前まで行った男がいるんだから、ナバルデウスを手中に収める人もいるだろう。

 

「ほら二人とも、これでも飲んで落ち着いて」

 

 リンが差し出したホットティーを少し見つめた後、乱雑に飲み干すグズマ、一方のナチュレは両手でカップを包み込んでチビチビと飲んでいる。

 

「何にせよグズマさん。こんなところで怒っていても仕方ないんだから、今日はちゃんと身体を休めようよ」

 

「…………ふぅぅ……んなことは分かってる」

 

 どかっと座り込み、難しい顔で火を見つめる。

 消化できない感情、それを消し去るには実際に会わないといけないのだろうと、リンはしっかり理解していた。

 こんなところで言い争ったところで何の意味も無いのだ。

 

「むう……」

 

 ナチュレはイマイチ分からない様子でグズマの横顔をチラ見している。彼女の欠点、というより育ちに由来している事で、気持ちそのものを読み取る事はできてもそこから相手を慮る能力が不足していた。

 グズマもそんなことは承知である。苛立ってはいても、これ以上そこを詰めるつもりはなかった。

 

「……ねえグズマ君」

 

 ちょいちょいと服の裾を引っ張られ、顔を向ける。

 

「こういう時、僕はなんて声をかければ良いの?」

 

 不安そうに、探り探りな様子で。

 今、怒らせた本人にそれを聞く。

 自分の判断に対する自信の無さがそこにはあった。

 

 かつて、自身の行いに対して一切の疑いを持たずに進んでいた彼女は、敗北という結果のみを得た。

 そして突き付けられた、自分が成そうとしていたことの歪さ。彼女はその重みに耐えられなかった。

 

 そもそも、彼女は自分で判断したことなどなかったのだ。

 全てを言われるがままにするだけ──そうしていれば世界は良くなっていく、そう信じていた。

 信じ込まされていた。

 

 いきなり剥き出しの世界に放り出されて、彼女に何かを判断することなど出来なかった。

 だから彼女は、一番頼りになる人間に着いていくことにした。

 最初は当然嫌がられた。

 着いてくるなと何度言われた事か。

 顔を合わせるたびにウゲエという顔をされ、バトルで勝ったら着いてくるなと言われ、負けても無視して着いていった。

 冷たいのは当然だった。

 それでも……あの背中が忘れられなかった。

 

 

 ──────

 

 

 そもそもグズマはアッシュ地方に大きな目的を持って訪れたわけでは無かった。

 アトラス地方にいるのが嫌で、とにかく飛び出したのだ。

 山を越え、船に乗って海を越え、谷を越え、空を越え、違う地方を目指して辿り着いたのがたまたまアッシュ地方だった。

 

 アッシュ地方を巡る旅はグズマにとって、とても良いものだった。

 別の地方を成り立たせるシステムやモンスター、気候、風土を堪能していた。

 そして人々の生きる様子を、故郷で腐っていた時の自分とは違った視点から見た。

 それはまさに、自分に足りないものを見つける旅。

 あの地方にいたままならば得られなかったものを、一つ一つ拾っていった。

 パートナーとの絆を深め、人と人の繋がりを知る。

 偉大な博士、サイクリスト、バトル狂い、ジムリーダー。

 様々な出会いがあった。

 間違いなく充実していた。

 それなのに、一つだけノイズがあった。

 

 たまたま出会った少女がトンチみたいな事を聞いてきたので適当に返したら、いきなりバトルが始まったのだ。

 倒して、不気味さを感じながらも放置して去った。もう2度と会う事は無いだろうと油断して。

 まさか同じことを繰り返す羽目になるとは、

 たまに出会うと、その度に意味のわからない問答をされて、答えても無視してもバトルになる。

 この時期は明確に彼女を嫌っていた。

 

 ……彼女のことを知った。

 戦う目的を知り、出会う理由を知り、名前を知った。

 背後にいる者を知り、最終目的を知り、彼女の境遇を知った。

 憐れだった。

 何も知らぬままに綺麗な心を歪められ、そんな事も分からずに世界のために戦っている少女が、ただただ憐れだった。

 

 そしてグズマは、この世で最も唾棄すべき邪悪を見た。

 救いようの無い、滅ぼさねばならない大敵を見た。

 

 その男の名はゲーチス。

 拾い子を、その能力を利用する為に洗脳し、神の子として喧伝し、民衆を騙した。

 バトルの才能を伸ばし、将来に備えさせた。

 その果てに拾い子はチャンピオンを破り、古龍を復活させて英雄と成った。

 計画の最終段階、古き秩序の象徴であるチャンピオンズリーグを破壊して新たな城を築いた。

 

 城に辿り着いたグズマは英雄の希望通り、一対一のバトル。英雄も、古龍を使わずに堂々と戦った。

 間違いなく、その時の英雄に憂いは無かった。心身に力が満ち溢れ、彼に勝って全てを完遂させようとしていた。今こそ、彼に自分を認めさせる時だった。

 

 そしてグズマは英雄を──ナチュレ・ハルモニア・グロピウスを打ち倒し……よく出来ましたとでも言うように、拍手をしながら現れた男の話が始まった。

 

 プラズマ団の目的。

 それは全て自分のため。

 全ては世界を自分の物にするため。

 世界を統べる王になり、並ぶ物なき力を手にするため。

 その為の鍵こそが、英雄となった少女だった。

 しかし、神の子などと、英雄などと、子供の聴かされるおとぎ話でしかないと男は嘲笑った。

 嗤いながら、言う。

 作り出した偽物の英雄と自らの間に子供を作る事。

 少女の存在価値とは傀儡を作る為の胎だった。

 

 グズマは、それを少女の耳に聞かせる事すら不快で、不愉快だった。

 

 負けて崩れ落ちていた少女は、唖然とした。

 初めてだった。親だと思っていた男が、下卑た視線を自分に向けていた。そしてそんな視線を直視してしまった。

 背筋が凍り、怖くなって目を逸らした。

 そして影が差す。

 顔を上げた。

 黒い布地、赤いバッテン、あのパーカーが目に入る。

 そこには憤怒に染まる人間がいた。

 いつものように怒っている彼がいた。

 いつもなら戦いの中、顔と顔が向かい合っているのに──彼の背中を見上げていた。

 

『N……退いてろ』

 

『ははっ! 絆されたのですかな!』

 

『ああ?』

 

『違うのですか? Nは──ナチュレは顔だけなら一級品! 人間としては不完全でも、ねえ?』

 

『……気持ち悪いな、てめえ。歳食ったオッサンが子供をそんな目で見るなんてのは、本当によお』

 

『…………まあ、良いでしょう。それでどうするのです? 抵抗されないのであれば、私は今からあなたを抹殺しますが』

 

『──そんなの決まってんだろ、ぶっ壊すんだよ』

 

『ほう?』

 

 少女がいた。

 人々がいた。

 その全てを傷つけようとしている男がいた。

 

 騙された人々の行動を思い出す。

 かけられた言葉を思い出す。

 少女のしつこさを思い出す。

 何も分かっていない、歪な知識しか無い少女を、思い出す。

 

 全てが頭に来ていた。

 

『どこに行ってもウジャウジャと湧いてきやがる……プラズマ団だの、N様だの、英雄だの、理想だの──ふざけやがって!!』

 

 だから、吠える。

 魂の限り吠える。

 怒りのままに。

 自らが乗り越えたいと願っている世界を穢そうとする愚か者へと。

 

『ムカつくんだよお!! てめえも! てめえが撒き散らす妄想も! プラズマ団も! この城も! そんで……この女も!!』

 

『いつも死んだような目をして、中身の無い言葉ばっか垂れ流して、薄っぺらい夢を語りやがって、気味がワリィ!」

 

『何が英雄だ! 何が理想の世界だ! 下らねえ!!」

 

『──だから、ぶっ壊す!! 全てオレさまがぶっ壊してやる! このハリボテの城も、てめえも!!』

 

 グズマは拳を突きつけ、ゲーチスは両腕を広げた。

 

『なるほど……報告通り、そして見た目通り。極めて愚かで、幼くて、野蛮な方のようだ。では、存分に蹂躙しましょう……出よ、サザンドラ!! さあグズマさん、あなたもパートナーを…………なっ!?』

 

『…………あ?』

 

 唐突に、その場にいた全員の視線が吸い寄せられる。

 光がグズマの腰から溢れていた。

 正確に言うなら、腰にぶら下げていた袋。

 それはオーキド博士から渡された──グズマにこそ必要だろうと押し付けられた物だった。

 袋がひとりでに開き、宙に浮いていく。

 それは石。

 一つの、白い石。

 

『この光は…………! グズマさん、あなたもやはり!』

 

 ゲーチスは驚くと同時に納得もしていた。

 自分の傑作が、ただのプレイヤーに負けるはずがないからだ。

 

 炎が溢れ、石の中心から何者かがあらわれる。

 それは白く、白く、どこまでも純白で、清らかな姿をしていた。

 そしてグズマの眼前に立ち、英雄の誕生を祝福する。

 

『モエルーワ!!』

 

『──なんだこいつぁ!?』

 

 驚くだけのグズマに対して、ゲーチスは身を震わせて喜んだ。

 こいつを、この男を倒せば、名実共に自分は英雄すら従える真の王だ。

 

『フハハハ! では、私はあなたを倒して先へ進ませていただくとしましょう! ──これが正真正銘、ラストバトルです!』

 

 ゲーチスは強かった。

 グズマが内心で、こんなに強いならチャンピオン目指せよと思ったほどに。

 しかし、決まっている事がある。

 悪役は英雄には勝てない。

 それだけの話だった。

 

 ──それでも終わらないのがこの話だった。

 

『バリバリダー!!』

 

 ゲーチスを倒して一息ついた途端、錯乱したNが制御できなくなった黒い古龍が暴れ出した。

 その日、何度目かの激闘。

 グズマはうんざりしながら、白い古龍で迎え撃つ。

 城や、辛うじて残っていたチャンピオンズリーグを完全に破壊するほどの戦闘が巻き起こった。

 

 崩壊後の跡地にうめき声が響く。

 古龍に守られた事で崩壊に巻き込まれはしなかったはずだが、それでもその声は確かに助けを求めていた。

 

『──はぁ』

 

 ため息の後、割れたサングラスを投げ捨てて踏み砕く。

 倒壊後の砂塵で視界が利かない中、グズマは疲れた足を引き摺りながら声の元を探した。

 瓦礫の山、人よりも大きなコンクリート塊を避け、歩いていく。

 

『ああっ……! うあああああ!!』

 

 そこには、髪を振り乱しながら苦しんでいる少女がいた。

 黒い石を手に持ったままもがいている。

 ここまで来て、こいつはまだ世話を焼かせるのか。

 ……挙げ句の果てには上空で炎と雷が衝突している。

 

『ンバーニンガガ!!』

 

『ババリバリッシュ!!』

 

 グズマは、脳内で血管が切れる音を聞いた。

 戦闘は自分たちで勝手にやってろと古龍に任せて、ゆっくりと少女に近付く。

 もう、しばらくバトルはしない。

 キレながらそんな事を考えていた。

 そして苦しむ少女の前に立つ。

 今もなお呻きながら、石は手放すまいと力をこめている。

 

『ううう……! ……っあああ!! ぐううううう……」

 

 コレほどに苦しんでいても、こんなに助けを求めていても、それでもコイツは……理想を抱き、そして追いかけるのをやめられない。

 

 ……なら、そのユメごとぶっ壊してやる。

 

 拳を硬く握りしめた。

 

『──歯ぁ食いしばれええ!!』

 

 その後は入院だ。

 殴られた少女が気絶した後、古龍たちの相手をしなければならなかった事もあり、疲労が限界に達していた。

 それに少女も頬に怪我を負っていたので治療をしなければならなかった。疲労困憊だったとはいえ、大柄な男が華奢な少女を殴ったのだ。治療だって必要になるというものである。

 見ていたのがチャンピオン達だけで良かった。

 

 当のチャンピオン達はびっくりして動けなかった。それはもうとんでもなくびっくりしていた。

 まさか別の地方から来た粗野な青年にこの世界の命運を託す事になるとは……とセンチな気分になっていた所でいきなり、ただの暴力沙汰が起こったのだから。

 

 グズマが少女に近づいたとき、てっきり諭すと思っていたのだ。コレまでにあの二人が何度も戦ってきたことは知っていた。きっと、二人の間には何か通じるものがあると思っていた。見た目の質は全く違っても、きっと何かが──

 しかしまさかのグーパン。

 それも、現在進行形で苦しんでいる少女の頬に全力で。

 

 グズマは後にチャンピオン達に囲まれ、とんでもなく感謝はされたがその部分だけ叱られた。

 

 

 ──────

 

 

 それ以降、少女に付き纏われるようになった。

 来るなと言っても全く言う事を聞かない。

 しかも頬が痛いとか言いやがる。

 そうなると途端に立場が弱かった。

 殴る必要があったかと言われれば、当然無かったからだ。

 しょうがないので、バトルで勝ったら好きにしていいけど負けたら着いてくるなという条件でバトルをした。

 負けたにも関わらず着いてくるとは思わなかったが。

 

 ただ……今となってはの話だが、一緒に旅をする奴がいるというのは中々楽しかった。

 最初はストレスもあったが、それでも会話をする奴がいると旅路も短く感じる。

 それと、一人にしたらコイツは何をするか分からなかったな、というのも後にして思う。

 

「──聞いてる? グズマくん」

 

「ん? ああ」

 

「……本当?」

 

「聞いてるっつってんだろ」

 

「じゃあ教えて?」

 

「……あれだ、無理に変わろうとしなくていい」

 

「答えになってない気がするんだけど……ホントに聞いてたの? 質問の内容繰り返してみて?」

 

「…………」

 

「はぁ……」

 

「……昔のことを思い出してたんだよ」

 

「え? 昔って……子供の頃のこと?」

 

「アッシュの話だ」

 

「なんで」

 

「理由なんかねえ、思い出す時は思い出すんだよ」

 

「僕の話を無視して?」

 

 なんでテメェの話が俺の行動より優先順位高いみたいになってんだよ、とは言わなかった。

 

「……顔に出てるよ」

 

 めんどくせえし寝るか、そろそろ。

 

「めんどくさいって思ったよね、今」

 

 めんどくさ……

 

「答えてから寝てよ。さっきの質問は、ああいう時になんて声をかければいいのかってことだからさ」

 

「…………」

 

 知らん、というのが答えだった。

 そんな時に、誰かに声をかけるなんてシチュエーションに至ったことが無い。

 

「グズマさんグズマさん……!」

 

「あ?」

 

 リンが耳打ちをしてきた。

 

「キスしてやればいい、って答えてみて……!」

 

「はぁ?」

 

「いいから……!」

 

 度し難かった。

 頭まで真っピンクなのだろうか、この女は。

 そもそもそれを己が言うということは、キスしろと言っているようなものだ。

 意味が分からない。

 頭がおかしくなったと思われるだけだ。

 しかもギャグにしても面白く無い。

 

「もう……! いいから言ってみてよ……!」

 

「さっきからリンさんは何をコソコソしてるの?」

 

 しつこいしウザいしなんなんだ。

 ただ、逃げられるような感じじゃなかった。

 言うまで寝かせないという強い気迫を感じる。

 一番厄介な手合いだ……

 

「…………ソウイウ トキ ハ キスシテ ヤレバイイ」

 

「えっ」

 

「はぁぁぁ……がっかりだよグズマさん……」

 

 だっっっっる。

 

「もう寝るわ」

 

「あ、はーい」

 

 少し後。

 グズマがいなくなった焚き火の周辺。

 リンとユカリは温かい目をしていた。

 

「グズマ君がキスしてって……夢かな……でも……うわうわ……」

 

 これが現実かどうかを早口で呟くナチュレ。

 たったこれしきのことで狼狽する程度には、関係が進んでいないだろうことは明白だった。

 ただ、微笑ましかった。

 彼がこのピュアな少女のことをとても大事にしているのだと分かった。

 それはそれとして、乙女的にはもう少し先を見たいのでグズマにはぜひ頑張ってもらいたい。

 

「あ……ぼ、僕も寝るね……!」

 

 見られている事に気付いて恥ずかしくなったのか。

 いそいそと、グズマの入ったテントに潜っていく。

 姉妹は顔を見合わせて苦笑した。

 あれでテントは一緒なんだよなあ。

 

 

 ──────

 

 

 ポケモントレーナー達はチャンピオンとは合流しなかった。

 すでに水族館の上部でナバルデウスと戦っていたからだ。

 水族館にある膨大な量の水を触手のようにうねらせながら四天王達へと攻撃を仕掛けているのを遠くから見て、青年は即座に判断した。

 あそこには行かない。

 あのマップ破壊兵器とマトモにやっていたら日が暮れてしまう。

 

 だから、この高い塔を登らなければならない。

 最高高度3000m。

 その展望台フロア、2800m地点まで。

 中にはエレベーターがあるが……当然使えない。

 ウジャウジャとプラズマ団がいるし、何より電気系統だって握られているはずだ。

 だが、こちらにはリザードンがいる。飛んでいけばいいのだ。

 

「よし、トレーナーさんこっちは良いよ!」

 

「お兄さん、こっちも」

 

 レッドブルー姉妹の背にそれぞれ三人ずつ乗り込む事になった。ただ、レッドのパートナー全員を運ぶと重いので、一人だけ乗れないらしい。

 …………俺? 

 …………

 

「──ちくしょおおおお!!」

 

「うわ、本当に壁走ってる……」

 

「四つん這いでも走ってるって言うの?」

 

「あれだけ速度出てたら走ってるって言えるわよ」

 

「ピカチュウ頑張れ〜!」

 

 指先の力で接触面を破壊してとっかかりにし、獣のように加速していく。ピカチュウの状態で走ってもこれほどの速度は出なかっただろう。

 やはりポケモントレーナーは、自分の肉体をこそ自在に操れるのだ。

 それにしても、少女達のなんと楽観的なことか。

 仮にもパーティーメンバーがこんな高さの壁を自力で登っているのに、自分たちはリザードンの背中の上で呑気に話している。

 

 青年は激怒した。

 許すまじ、ゲーチス。

 この壁を登るという夢を叶える機会にはありつけたが、疎外感が凄まじかった。お前さえいなければ楽しく登れただろうに。

 

「なんか怒ってる?」

 

「どうせ変な事考えてるんでしょ」

 

 眼下ではバハムート、キングゥ、ナバルデウスによる超獣決戦が開かれていた。

 全力全開のメガフレアを莫大な水量のブレスで押し流し、キングゥの無限砲撃を強靭な装甲で防ぐ。

 スペックとスペックのぶつかり合い。

 過去に戦った時と同じく、苦戦していた。

 これにはナバルデウスを閉じ込める水族館が極めて巨大であることも関係している。

 海よりは狭くとも、これだけの水があれば全力だって出せるのだ。

 とはいえ、その量は有限。

 このまま本気で戦い続ければいずれ水は尽きるだろう。高い知性を持つ古龍なら、そんなことはわかって当然。

 ……なのに、ナバルデウスは手を止める気配が無い。

 

「止まれない……いや、止まる気が無いんだな」

 

 リュウは察していた。

 ダークボールで操られている事など関係無い。

 ナバルデウスはこの機に全てを賭けた。

 矮小な生き物である人間と、自分。

 生存競争の果てに一度は敗れた自分が、もう一度故郷へ戻るチャンス。

 あの大海原へ、その為にこいつらをここで滅ぼす。

 人の事情など全く関係の無いナバルデウスの目的はしかし、ゲーチスの野望と上手くマッチングしていた。

 目の前の鳥を見据え、今一度のブレスを放つ。

 

「バハムート!」

 

 ブレス──極限まで圧縮してから放たれた水圧レーザーが、如何なる奇術によってか竜を追尾する。フレアでの迎撃を諦めたバハムートは、巨大な体躯をものともしない機敏さでブレスを振り切ろうと飛翔した。

 

 

 ──────

 

 

 黒い古龍がぶら下げるカゴに乗って運ばれる。

 かなり大きなカゴで、外から見ればひどく間抜けな見た目をしているが、至って合理的で安全だった。

 4人に加えてそのパートナー達を乗せても一顧だにしないだけの膂力と飛行能力を古龍は持っている。

 しかも、古龍自身の持つ威圧感によってモンスターも近づいてこない。

 

「快適快適、良いことだねー」

 

「うん、それにこの古龍さんは可愛いしね。ナチュレさんが羨ましいかも」

 

 リンもユカリも、まさかナチュレがこんな隠し玉を持っているとは思わなかった。

 

「はは、そうだろう? グズマ君のせいで一時期は行方不明だったんだけど、なんとか見つけたんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

「…………んん」

 

 グズマは気まずそうに遠くを見ていた。

 

「グズマ君ってば、僕を気絶させた後に2体共遠くに行けって追い払っちゃったんだよ? 僕を気絶させた後に、ね。おかげで探すのが大変だった」

 

「…………」

 

 意味深に笑いながらそんな事を言う。ナチュレ自身も気付いていないが、揶揄うのが楽しくてしょうがないといった様子だ。

 そんな光景を見ていたリンは、ふと、このカゴを持っている古龍を見上げ、気になっていた事を聞く。

 

「聞いて良いのかわからないんだけど、この古龍ってなんていう名前なの?」

 

 ナチュレは、英雄の前に現れる古龍とだけ言っていた。しかし、いくらなんでもそれが種族名なわけは無い。

 ずーっと気になっていたが、我慢していたのだ。何か理由があるのだろうと。

 突入前ということで思い切って聞いてみた。

 するとナチュレは苦笑した。

 

「僕にもわからないんだ。出てきたのは2体のモンスターにまつわる伝説だけで、その名前は出ていなかった。もしかしたら、本当に名前が無いのかもしれないね」

 

「へー……トレ君なら知ってるのかなあ」

 

「うん、あの人なら知っててもおかしく無いね」

 

 リンとユカリの脳内に、メガネをクイッ、クイッてしているポケモントレーナーが現れた。

 そこにグズマが疑問を投げかける。

 

「ポケモントレーナーってやつぁ、結局のところ何者なんだ?」

 

 いきなりアトラス地方に現れて旅をしているのはわかる。ただ、その途中でどんどん仲間を増やして大所帯になっており、しかも全員女らしい。

 とんだハーレム野郎だな、というのがグズマの感想だった。しかも、自分の妹がその中にいるというのだから世の中というのは何が起こるかわからない。

 20歳の男が10歳の子供を連れ回す……字面だけ見れば犯罪だ。

 しかし、ユカリ曰くメンバーの仲は良いらしい。なら、家族を捨てたと言っても良いグズマから言えることは何も無かった。

 

 グズマが気になっているのは別のことだ。

 ポケモントレーナーとやらは未知の知識を有しているという。かのオーキド博士のような研究者としての知識ではなく、まるで常識であるかのようにその知識を披露するのだそうだ。

 その出所に興味があった。

 

「え!? グズマさんもやっぱりトレ君のこと知りたい!?」

 

「むふふふ……今日は語っちゃいますよ!」

 

 グズマは質問した事を後悔した。

 リンとユカリは嬉しそうにポケモントレーナーのことを語り出した。

 但し、オールドタウンでこんな事をしてもらっただの、こんな話を聞かせてもらっただの、故郷まで一緒に帰っただの、そんな話だ。

 微塵も興味が湧いてこない。

 そんな事を聞きたかったわけでは無いのだ。

 もっとこう……大事なことがあるだろう。

 

「あー! グズマさんちゃんと聞いてる!?」

 

「……ああ」

 

「前もそう言ってナチュレさんの話全然聞いてなかったじゃん!」

 

「っ……」

 

「こんなどうでも良い話聞いてどうすんだよ」

 

 ナチュレは動揺していた。

 あの夜のことを思い出しているのだろう。

 リンが一気に畳み掛けた。

 

「いやいや! グズマさんだってカマトトぶってるけどイチャイチャしてるじゃん!」

 

「……?」

 

「それ! それだよそれ!」

 

「うるせえな、どれだよ」

 

「い! ま! の! た! い! せ! い!」

 

 リンが指摘したもの。

 それはグズマとナチュレの距離感だった。

 グズマが片膝を立てている脚の間にナチュレが座っている。それだけに飽き足らず、ナチュレはグズマの両腕を掴んでシートベルトのようにしていた。

 グズマは何言ってるんだと鼻で笑った。

 

「寒いっつうからこうしてんだろうが」

 

「その通りに受け取るな!」

 

「その通りも何も、寒いから毛布かぶってるんだろ」

 

 ナチュレは実際、毛布を脚に被せている。

 グズマは何アホなこと言ってんだコイツ……みたいな顔をしていた。

 

「被ってるけど……! 被ってるけどさあ……!」

 

 リンはもどかしさを堪えられなかった。

 この二人のくっつきそうでくっつかなさそうな感じ、そしてグズマの絶妙な保護者面にムカムカする。

 

「あ、あはは……あんまりそういうこと言われると恥ずかしいかな」

 

 それでナチュレはこんな感じだ。

 二人で旅してる時からずっとこうなのだろう。

 慣れてしまって、何も感じなくなっていたのかもしれない。

 だけど、こっちは暫く彼に会えてないのに、こんなプラトニックなのを見せられたら腹立たしい事極まりない。

 というか、これだけ言われて離れようとしないのはもう見せつけてるとしか思えない。

 なので──

 

「じゃあ離れなよ」

 

「え」

 

「恥ずかしいなら離れれば良いじゃん」

 

「そ、それは……あ」

 

 目を彷徨わせた後、救いを求めるようにグズマの顔を見る。

 

「グズマ君は別にこのままでも良いよね?」

 

「……いや、リンの言う通りなんじゃねえかあ?」

 

 ニヤニヤと笑っていた。

 この男、平時は極めて意地が悪い。

 しかしナチュレは必殺の一撃を持っていて、それを躊躇なく行使するクレバーさがあった。

 

「恥ずかしいんなら離れるべきだと俺は思うぜえ」

 

「──なんか頬が痛くなってきたかもしれない。グズマ君、どう思う?」

 

 その一言で形成が逆転した。

 

「寒いって言ってるやつを無理やり引き剥がすのは良く無いぜ、リン」

 

「ええ?」

 

「んんっ、なんかまだ痛いかもしれない」

 

「……オレさまはこのままが良いな、うん」

 

 察しのいいユカリは気付いた。

 これは何かの符号のようなものだと。

 二人の間だけで通じていればいい合図がある。

 逆に言えばナチュレはそうして甘えているし、グズマもそれを受け入れているのだ。

 

「リン、意地悪はダメですよ」

 

「お姉ちゃん!?」

 

「あなただって、ポケモントレーナーさんと会うなって言われたらどう思うの?」

 

「…………」

 

 完璧なバックアップ。

 流石、ヤマトナデシコは違うな、と心の中のポケモントレーナーも大絶賛である。

 良いことをして気分上々なユカリがムフムフしていると、突然大きな揺れが全員を襲った。

 グズマは咄嗟に彼女を抱き寄せる。

 

「おっ……あ、ありがとう」

 

「──なんだ?」

 

 ナチュレの感謝を無視して原因を探る。

 サングラス型のメガネを装着し、立ち上がってカゴの端から周囲を見回した。

 グソクムシャも隣で唸っている。

 

「……何かがいやがるな」

 

 何かがいる。

 しかし、それが何かというのが分からない。

 

「バリバリダー!!」

 

 黒の古龍が吠えた。

 それで気付く。

 気配の正体は直上にいた。

 

「おいおい、まじかよ……」

 

 グズマは呆気に取られた。

 まず、大きい。

 黒の古龍の10倍以上は確実にある。

 そして羽衣のような皮膜を纏い、舞うように翔んでいた。

 上空から横へと移動し、グズマ達と並んで飛行するモンスター。

 

「ナチュレ」

 

「うん………………どうやら、用があるのは僕たちじゃなくてこの子みたいだね」

 

 ナチュレは新たに現れたモンスターの心を読んだ。

 そして気付く、このモンスターと黒の古龍は既知の仲なのだと。

 

「ンバーニンガガ!!」

 

 白の古龍もいつの間にか顕現した。

 普段はリュックの奥にしまってあるが、勝手に出てきたようだ。

 グズマとナチュレが共に行動するようになってからは、この2匹は争っていない。

 仲はあまり良くないようだが、表立って、という事はしないあたり大人だった。従順な性質なのかもしれない。

 その2匹とモンスターは人には分からない言語で会話をしながら、楽しそうに飛んでいる。

 

 

 ──────

 

 

「モエルーワ」

 

「バリッシュ!」

 

「────」

 

 暫く飛んだのち、モンスターはどこかへと消えていった。

 一体何だったのかと勘繰る暇も無い。

 ただ、ナチュレだけが考え込んでいた。

 グズマはそんな彼女をじっと見つめる。

 モンスターの心を読むことが出来る。

 その特殊能力ゆえにゲーチスに拾われた彼女は、それゆえに苦しみ、それ故にモンスターを愛している。

 皮肉だった。

 視線に気付いたナチュレは首を傾げた。

 

「……どうしたの?」

 

「いや……そろそろ近えぞ」

 

「──そうだね、アレがグリーンスカイロッド……すでに始まっているんだね」

 

 まだ距離はあるが、四人はどうするかを改めて決めた。

 少なくとも、ナバルデウスをどうこうするなんてのは考えていない。

 あれをどうにかするには純粋な暴力の大きさが必要なのだ。今のナチュレとグズマならどうにか出来るかもしれないが、二人が来たのは違う目的だった。

 リンとユカリは黙って見守る。

 それは、とても重要な事だった。

 

 かつてアッシュ地方を手中に収めようとした男が、英雄に阻止された男が、今度は英雄の故郷を標的にしていた。

 グズマを見つめる。

 荒々しくて、繊細さのかけらも無くて、目つきが悪い。

 そんな男が不敵に笑っていた。

 

「グズマくん」

 

「ああ」

 

「あの時は、僕もあっち側だったね」

 

「鬱陶しかったぜ」

 

「いつも負けてた」

 

「当然だ、何せオレさまはグズマさまだからな」

 

「今度は一緒に戦うんだ」

 

「そうだ」

 

「…………僕は、父さんを……この手で……倒したい」

 

 弱々しくそう言った。

 手が震えている。

 あの男の目。

 自分を見るあの目が思い出されていた。

 やっぱり怖かった。

 ダメだったらやってくれとグズマに頼んではいたけど、本当に怖かった。

 

「N」

 

「……!」

 

 フワリと、ナチュレの帽子を奪う。

 指先でくるくると回し、目線を合わせて言った。

 まるで子供に言い聞かせるように。

 不敵に笑いながら。

 

「いつまでも父親に縛られる必要はねえんだぜ」

 

「あ──」

 

 彼がNと呼んでいた時、常に彼は敵だった。

 

 プラズマ団の一員として活動していたナチュレが彼と出会ったのは偶然では無かった。

 彼は釣りをしていた。

 釣りの達人に教えられながら、グソクムシャとともに釣り糸を垂らす彼がいた。

 別の地方から来たプレイヤーとして注意するように言われていた。ジムリーダーを倒していくその男は未知数の実力だと。

 だから接触を図った。

 彼が理想を語るに足る人材なのかを知るために。

 ……回答は、最悪だった。

 

『消えろ、カス』

 

 失望したし、人間性が最悪だった。

 教えられていたような、最低の大人と同じ部類だと思った。

 だから……一度バトルをして終わりにしようと思った。

 

 予想に反して、彼は強かった。

 そして、バトルをしている最中のグソクムシャの心を占めるのは、彼に対する圧倒的な信頼だった。

 信じられなかった。

 こんな男に負けたのも信じられなかったし、信頼し合っているのも信じられなかった。

 だから、その後も何度か接触した。

 一度しか勝てないとは思わなかったけど。

 そして彼は、負けるとあっさりとそれを認めた。

 今のお前は俺より強い、と。

 そして、次に出会った時には勝てなくなっていた。

 

 途中から期待していた。

 彼こそ、僕の対として英雄に成る人物だと。

 理想を求める英雄と真実を求める英雄、彼がそのどちらかは分からなかった。

 言動が酷すぎて。

 ぶっ壊す、彼はそういうフレーズを使う。

 彼自身の破壊性がよくよく現れていた。

 釣り竿とか街灯とかゴミ箱とか自販機とか、本当に色々壊していたからね。

 

 そして、彼は僕とは対では無かった。

 ……いいや、こう言うべきだね。

 僕は、彼の対では無かった。

 彼の言う通りだった。

 僕は何も分かっていなかった。

 知った気になっているだけだった。

 教えられた事を鵜呑みにして、言われた事をやるだけの機械だった。

 アッシュ地方で戦っていた時の彼は、僕を気持ち悪いと評した。

 てめえみたいなヤツにはぶっ壊す意味も無いと断じた。

 

 アレから僕も少しは成長できたかな。

 マリオネットじゃなくて、人間になれたかな。

 彼が言うところの、ぶっ壊し甲斐のある人間に。

 

「ナチュレ」

 

 肩に手が。

 

「過去にケジメをつけるのは……自分にしか出来ねえんだ」

 

 少し顔を顰めながら、彼はそれでも言い切った。自分の事はどうあれ、それは確かな事だと言うように。

 

「てめえの何十倍も強いグズマさまが後ろで見ててやる──だから、やりたいようにやりやがれ」

 

 帽子が返された。

 彼は後ろで見ていてくれると言った。

 やりたいようにやれと言った。

 ……それなら! 

 

「やるよ、グズマ君!」

 

 

 ──────

 

 

 世界で一番大きな構造物。

 グリーンスカイロッドは遠近感を消し去るほどに大きい。

 そんな構造物と比べたらずっと小さな竜が、水の鞭から逃れようと飛び回っていた。

 飛び回りながら光弾を放ち、水上にいるナバルデウスへと直撃させる。

 光弾の一つ一つが凡百なモンスターの全力を上回るような威力を持っている。それでも、ナバルデウスは意に介していなかった。

 

「ナバルデウスが本当に暴れてる……」

 

 ユカリはどこか現実感の薄れた感想を抱いた。

 あの時と同じように、この世のものとは思えない光景だった。

 

「あそこにトレ君もいるんだよね……」

 

 リンは目を凝らしていた。

 きっと、あの人ならここに来る。

 そう信じてはいても、彼は最近ホーリータウンにいたというので距離的にどうなのだろうという事もあった。

 

 ナチュレは起こっていることを冷静に観察した。

 

「あれって確かこの地方の四天王のパートナーだよね」

 

「間違いねえ、バハムートだ──来るぞ!」

 

『オォォォォオオオオオ!!』

 

『グガアアアアアアアアア!!』

 

 2体のモンスターはお互いに向けて、あり得ないほどに太いレーザーを放った。

 衝突時に放たれた衝撃波が大陸を揺らした。

 すでに周囲にある建物の窓ガラスは根こそぎ割れている。躯体にヒビが入っている建物も数え切れないくらいあった。

 これでもだいぶ軽減はされている。

 キングゥが変形して作り出したバリアーが、衝撃を幾分か上方に逸らしていた。

 当然、飛んでいる四人のところまでその音と衝撃波が余さずやってくる。

 古龍は大丈夫でも人間は死ぬので、即座に白の古龍が現れて防いだ。

 

「ンバーニンガガ!!」

 

 もう、チャンピオン達もその存在には気付いていた。

 彼らほどの猛者が、近付いてくる強大な気配に気付かないわけがない。

 そして四天王クラスの人間になれば、違う大陸で起こった出来事にもある程度通じている。

 それが例え、一般には秘匿されている事だとしても。

 ダツラはニヤリと笑った。

 

「もう一人の英雄、凱旋ってわけだな!」

 

 上空を征く一対の古龍。

 それこそは、真実と理想を追い求める者達の頂点だった。

 

 カゴの中、ユカリがワタワタとグズマに尋ねる。

 

「い、いよいよ突入です! ……でも、どうやって?」

 

「…………」

 

 グリーンスカイロッドの展望台がある地点は2800m。当然のように過酷な環境であり、空を飛ぶモンスター達の襲撃もある。そんな場所に設置された展望台が、容易に突入など行えるはずもない。

 ユカリはどうするのかを聞かされていなかった。

 

「グズマさん?」

 

「……どうやら、その質問は杞憂みてえだな」

 

 近付いて分かった。

 グリーンスカイロッドの外郭に大穴が開いている。

 何者かがそこを破壊した痕跡がクッキリと残っていた。

 リンは、こんな無茶をする人間に一人だけ心当たりがあった。

 

「トレ君だ……きっと、あれはトレ君達がやったんだ!」

 

「……やべえやつだな、ポケモントレーナー」

 

 突入し、内部の空洞を一気に飛び上がる。

 ユカリとリンは緊張を隠そうともせずにお互いの手を握る。

 不安と、期待があった。

 彼も、同じ気持ちをいつも味わっているのかもしれないと思うと、少しだけ心が暖かくなる。

 会って、どんな話をしよう。

 どんな文句を言おう。

 でも……どんな事でも、再び出会えるのが楽しみだった。

 

 ネオプラズマ団の団員達は驚きの声をあげていた。

 

「──なんだあれ!?」

 

「まだ追加でくるのか!?」

 

「おい! 攻撃しろ! ……くそ、役に立たねえ!」

 

 先ほども2頭のリザードンがやってきた。

 今度は見た事の無いモンスターが2匹。

 間違いなく敵ではあったが、その威圧感はダークボールで凶暴化したモンスター達すら押さえつけていた。

 

 

 ──────

 

 

 突入したポケモントレーナー。

 それを待ち受けるのは、予想通りにゲーチスだった。

 さまざまな計器が並び、巨大なモニターにグラフが表示されている。

 展望エリアをまさに、何かをしますというような空間に改造していた。

 

「あなたがポケモントレーナーですか……まあ、いいでしょう。誰も、私の野望を止めることなどできないのだから!」

 

 普通にバトルが始まった。

 ゲーチスが新たに揃えた幹部達。アイリやナギはパートナーと共に戦い始めた。

 しかし、ポケモントレーナーは──

 

「がっ!? ぐううう……! なんだ、これ……!」

 

「トレーナー!? どうしたの!?」

 

 部屋に入り、少しして頭を抑えると片膝から崩れ落ちた。

 途轍もない頭痛が襲ってくる。

 まるで脳内をかき混ぜられるような痛み。

 全身に力を込めて耐えるが、それでも耐え切れない。

 明らかな異常が起きていた。

 

「……拍子抜けですね、まさか部屋に入ってくるなりダウンとは」

 

 サザンドラが近付いてくる。

 こんなところまで来て、ただ蹲っているバカを始末する為に。

 

「や、やめろー!」

 

「お前が、やめろ……ノコ……! 危、ない……から!」

 

「ど、どかないよ! 僕はどかない!」

 

 ノコが飛び出した。

 戦力としては不足に過ぎるので控えていたのだが、倒れたポケモントレーナーの前に立ち塞がる。

 

「これでも食らえ!」

 

 ホシノもサザンドラの気を引こうとゲーチスへの攻撃を開始した。

 

「ぼ、僕が守るからね!」

 

「ちっ……邪魔ですね」

 

 サザンドラはすぐにゲーチスの元に行き、防御行動に出る。

 無視して始末しても良いが、ここで攻撃を無意味に喰らうのも癪だ。

 そもそも今回の目的はチャンピオンや彼らを倒すことでは無い。

 この巨大な塔。

 人類の叡智の粋を動かす巨大な動力。

 地下にあるクリスタルこそが狙いだった。

 ゲーチスは、未知の技術を持ち込んだ男に尋ねた。

 

「エネルギーの充填はいかほどで?」

 

「ふむ……あと5%だな」

 

 その男は、仮面を付けていた。

 その仮面は素顔を覆い隠していたが、それこそがポケモントレーナーの記憶を呼び起こさせた。

 

 激しい戦闘が広い塔内で繰り広げられている。

 ヒーホーくんとアイリが相対するのはアモンをはじめとして、10種以上のほのおタイプのモンスター。相性差に加え、ダークボールで強化された相手だ。

 アイリは師匠の事を気にかける余裕すら無かった。

 しかし、声が聞こえた。

 

「その、ふ、服……仮面……! そう、か……ぐぅぅ……ビ、ビシャス……! ロケット、団!」

 

「ほう、私の名前を知っているとは……やはりお前は私と同じ、過去からの来訪者のようだ──この顔に見覚えは?」

 

「…………!? ……ヤ、ヤニ、カス! なんで……てめえが……っ! ……ゲーチス、に協力を…………ぐああああ!」

 

「お兄さん! 無理しないで!」

 

 

 ──────

 

 

「──知れた事」

 

「彼と目的が一致したからだ」

 

「過去に行き、再びやり直す」

 

「世界を我が手に」

 

「その為に!セレビィが開けた、時の門を掌握する!」

 

 塔中央の空洞を指差す。

 

「時を逆行する装置はすでに手に入った!」

 

「もはや、秒読みだ!」

 

「屈辱をあの少年たちに返す!」

 

「ふはははは! 楽しみだぞ!」

 

 高笑いをするビシャス、そしてニヤニヤと笑うゲーチスを見てポケモントレーナーは理解した。

 こいつらは、ネオプラズマ団なんてどうでも良い。

 遠く離れた時代を征服したところで、自分の時間軸に影響が及ぶことは無い。

 だから、お互いに使い捨ての契約なのだ。

 

「だが……ポケモントレーナー! 私の名前を、私の正体を知っているお前だけはここで消す!」

 

「…………!」

 

「あの時代でお前が何者だったかも、なぜ私の名前を知っているのかもどうでも良い! バンギラス! 葬れ!」

 

 今度こそ、ホシノもどうにも出来ない。

 ポケモントレーナーの息の根を止めに来たバンギラスには銃弾も効かなかった。

 

「お兄さん! 動いて!」

 

「…………」

 

「痛くても動かなきゃ! ……じゃないと、私も死んじゃうよ!」

 

「…………」

 

 もはやホシノの声すら聞こえていなかった。

 頭の中で意味の無い音がこだまして、周りの状況が分からない。

 

「くっ…………ヒーホー君!! 師匠が!」

 

「〜〜無茶言うホ!」

 

 ヒーホー君はアモン達を氷漬けにし続けながら、バンギラスに氷を差し向けた。

 バンギラスは飛び退いた。飛び退いて、まずはあの邪魔なチビを片付けようと決めた。

 ただ、その一瞬があれば十分だった。

 間に合った。

 

「な、何あのモンスター……誰?」

 

 気付いたのはホシノ。

 塔の中央にある空洞。

 そこに突然、黒と白のモンスターが現れた。片方はカゴをぶら下げていて、中に人影が四つ乗っていた。

 

「──」

 

 一人の唇が動いた。

 そして、モンスターの口から放たれたブレスが強化ガラス壁を容易く破壊し、気圧差で空気が吸い出される。

 

「ぬぅっ!!」

 

 空気に引きずられてビシャスはバランスを崩し、その拍子に足元のダークボールを一つ蹴り飛ばした。

 コロコロと転がっていく。

 視線が引かれ、そのまま追った。

 視線の先、カツンと誰かの靴に当たる。

 

 手が伸びてきた。

 その手の主はダークボールを拾い上げ、まじまじと見る。

 

「──これは、襲撃してきた人たちが持っていたのと同じだね」

 

 穏やかな声だった。

 中性的で、抑揚の少ない発声。

 突然の乱入者の登場に、戦闘が一時的に止んだこの空間でその声は良く通った。

 そして、その声の後ろに立っている男。

 ゲーチスは彼をこそ待っていた。

 この時を待っていた。

 

「N……そしてやはり、アナタは来てくれましたか」

 

「……貸せ」

 

 大柄な男が、乱暴な仕草でダークボールを奪い取り、踏み潰した。

 

「ぶっ壊しにきてやったぜええ!! ゲーチイイイイス!!」

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