俺はポケモントレーナー   作:goldMg

50 / 60
50_エンジュシティ、加護残る町

 

『完成した』

 

『あとは起動するだけだ』

 

『だが……やつらはどこに行った?』

 

 マガタマが感じ取れない。

 一体どんな奇術を用いたのか。

 これまでにこんな事は……一度だけあった。

 太古の話だ。

 一度目の敗北と同じく、脳の片隅にこびりつく忌まわしい記憶。

 だが、なんの問題もない。

 最後の勾玉は我が手にあり、仮に全てが揃ったとしても既にあの鳥は型落ちだ。

 拮抗していた天秤を傾ける鍵は人間が持ってきてくれた。

 

『では、馴染ませるとしようか』

 

 

 ──────

 

 

「──お、お兄ちゃん!?」

 

 アイリは驚きすぎて声が裏返っていた。

 この事件を解決したら探しに行こうとしていた兄。

 その本人が目の前にやって来た。

 あれ? もしかして旅の目的終わった? 

 

 ノコやナギも同様に目を丸くしている。

 

「あれがグズマ……」

 

「アイリちゃんのお兄さま……よね?」

 

 それを受けて……その場の全員の視線が二人の間で行ったり来たり。

 そして、同じ感想を抱く。

 

「いやいや! 全然似てないじゃん!」

 

 ブルーは思わず突っ込んだ。

 かたや金髪、華奢で人柄の良い美少女。

 かたや白髪、大柄で態度も目つきも悪い男。

 似ている部分が一つとして無かった。

 確かに似顔絵は見たけど、まさかあのまんま人相が悪いなんて思わない。

 ただ、二人は意外と普通に会話をしている。

 

「アイリ、久しぶりだな! 元気だったか!」

 

「お兄ちゃん! なんでここにいるの!?」

 

「……あー……そうだな……」

 

 答えて良いものかグズマは逡巡した。

 そんな迷いを見て、ナチュレは自分から前に出た。

 

「僕の過ちを──過去を清算するためさ」

 

「……えっ、と?」

 

「僕はナチュレ、君のお兄さんの……旅の仲間さ」

 

「あ、なるほど! 初めまして、アイリです!」

 

「うん、よろしく。それで……これはどういう集まりかな?」

 

 見回すと、一対多で戦っていた、

 赤い帽子の少女だけが、複数のモンスターを展開して他の女の子達をカバーしているようにも見える。

 と、頭に衝撃が。

 ナチュレはチョップされた。

 女の子にチョップ……アイリは兄の野蛮な姿にドン引きした。

 

「アホ、下らねえ問答はいらねえんだよ。お前ら行け!」

 

 白と黒の古龍は即座に戦闘に加わった。

 

 そしてユカリとリンは、再会を約束した人の元へ駆け寄る。

 

「ポケモントレーナーさん!」

 

「トレ君!」

 

「二人とも! 来てくれたんだね!」

 

「はい! ホシノさんも……久しぶりです」

 

「ユカリちゃん! 本当に脚は良くなったんだね!」

 

 しかし、再会を喜ぼうにも本人は気絶していた。

 

「トレ君! しっかりして!」

 

「ホシノさん、彼はどうしてしまったんですか?」

 

「わかんない……でも、前からたまに頭が痛いって言う事はあったんだ……」

 

 この場に医者はいない。

 服装的に、敵側にはいるかもしれないが、それがどうしたということである。

 ユカリは青年を抱きしめた。

 抗い難い肉体の苦痛は時に、正気すら失わせる。

 嫌というほど理解していた。

 他人にはどうすることもできない事も。

 せめてこれくらいは、と。

 

「彼を安全な場所へ連れて行きましょう」

 

「うん」

 

 エッサホイサと四人でポケモントレーナーを運んだ。

 筋肉がついているから重いのだ、この男は。

 

 

 ──────

 

 

 ナチュレとゲーチス。

 義理の父子同士の戦いを見ているビシャスは冷笑していた。

 この戦いにはなんの意味もない。

 強いていうなら、ゲーチスがスッキリするだけなのだろう。

 ダークボールで強化されたサザンドラを使えば、あのナチュレとかいう少女にはまず負けないと読める。

 今もあの少女は押され気味で、苦しそうにしている。

 

 懸念点だったポケモントレーナーは勝手にダウンしたし、グズマとやらもコチラにはそこまで気を向けていない。

 チャンピオン達は下のナバルデウスに釘付け。

 そして……

 

「エネルギー、充填、完了」

 

 100%の文字が示す、計画完遂の報せ。

 万能感が全身を覆い尽くした。

 後は、このレバーを押し上げるだけで良い。

 

「──いえ、待ってください」

 

 ゲーチスが、それを止めた。

 この土壇場に来て何を……と思ったが、意図だけは聞いておこう。

 

「この出来損ないを滅ぼして、グズマさんの顔を見てから行きたいのでね! ……わるだくみ!」

 

 サザンドラはその指示を受け、エナジーボールを回避して特殊攻撃の威力を上げた。

 

「やはり……父さん! あなたはこんなにも強い! なのに……なのに、なんで外道に落ちてしまったんだ! 何故、そんなにもパートナーを傷つけるんだ!」

 

「はかいこうせん! ──ははは! 落ちる? 落ちるだと? 私は最初からこうですよ、N! お前は本当に何も分かっていない!」

 

 サーナイトは跳躍し、天井を蹴って接近した。

 次の一手をナチュレに託して。

 

「分かっていないのは貴方だ! 多くの人を傷付けて……なんの意味があるんだ! ──サイコキネシス!」

 

 空間が歪み、サザンドラを捉える。

 そのまま上下左右に振り回し、壁に天井にと衝突させる。

 

「振り解け! サザンドラ!」

 

 エネルギー弾を発射し、サーナイトの集中を乱して逃れる。

 所々傷を負っているが、全く問題無し。

 バトルは続行だ。

 

「意味などと……そんなものが無ければ動けないなら、何もするな! 何も語るな! ──閉じ込めろ!」

 

 ほのおのうず、サーナイトを取り巻くように展開されたそれは、大幅に動きを制限する。

 抜け出そうとすれば大ダメージを喰らう状況。

 ナチュレはサーナイトの心の声を聞いた。

 

「テレポート!」

 

 普段から使える便利なわざ、テレポート。

 即座に渦から抜け出し、手元に溜めたエネルギーを放つ。

 マジカルシャイン。

 一直線に飛んでいき、顔面に直撃した。

 

「よし! ────なっ……」

 

 爆炎を抜けてきたサザンドラの顔面は負傷していたが、全く怯む事なく突っ込んできた。

 右腕の噛み付きに捕まり、振り回されるサーナイト。

 

「──!」

 

 床に叩き付けられて勢いそのまま、待機しているグズマの足元まで跳ね飛んできた。

 サーナイトを抱き起こしたグズマに、ゲーチスは投げ掛ける。

 

「グズマさん、貴方なら分かるでしょう」

 

「……」

 

「そこに意味があるから、意義があるから、理由があるからするのではない。ただ、そうしたいからするのです」

 

「……」

 

「内なる欲求に逆らう事など……それこそ、意味が無い事です。凡人が作った規範に閉じ込められた、哀れな奴隷である何よりの証拠」

 

「おい、三下」

 

「Nはそういった刹那的なものから切り離しておいたはずなのですが──なんと?」

 

「テメェの相手は俺じゃねえんだよ、三下。そんな事も分かんねえなら喋るんじゃねえ」

 

「なっ…………」

 

「ほら、まだ戦えるだろ。サーナイト」

 

 そう言って突き放し、サザンドラの待つ前線へと向かわせる。

 この2人の戦いに参加するつもりはなかった。

 あくまでオブザーバーであり、見届け人。

 

 ナチュレの目。

 意思の宿っている目。

 前の死んだような、何の欲望も無い目つきよりは万倍マシだった。

 

「父さん……極論では世界は変えられないし、変えられなかった。グズマ君に負けたあなたならわかっているでしょう?」

 

「はっ! 私が負けたのは、彼が英雄だったからだ! 世界をも変える力──そこに転がっている男と同じ、異常なるもの達! しかし……民衆はどうだ?」

 

「民衆?」

 

「弱く、流されやすく、ただ生きるだけの民衆──彼らの意思を捻じ曲げる事など、造作もない。お前も少しは学んできたのではないか?」

 

「…………」

 

 ナチュレは目を瞑った。

 

 

 ──────

 

 

 共に旅をしてきた。

 それは暖かく、明るく、楽しかった。

 基本的に荒っぽいけど、それでも最低限の気遣いは──ほんっとうに最低限の気遣いはしてくれる彼と一緒にいるのは、とても気が楽だった。

 むしろ、丁寧に接される方がむしろ辛かったと思う。

 ……もう少しだけデリカシーがあっても良いけど。

 

 彼がアッシュ地方を救ったという事実は極秘裏に処理されていた。というか、僕がチャンピオンを倒したという事も一般には広まっていない。

 少しだけ思うところはあるけれど、それが最も混乱の少ない収め方なのは理解している。

 グズマ君は本当にどうでも良さそうだった。

 こう言っていた。

 自分を探したいと。

 自分の中に何があって、何が無いのかを見極める事こそが目的だと。

 僕は、それに着いて行った。

 

 最初は分からなかった。

 みんな、無為に生きているようにしか見えなかった。

 生きる為に生きる人々、英雄になる資格の無い彼らにグズマ君が積極的に関わろうとしている意味がわからなかった。

 勿体無いと思った。

 正直、今でもたまに、本当にたまにその思考が顔を覗かせて我慢できなくなる。

 それでもグズマ君は、彼らを否定しなかった。ビーチに行った時なんか、しょっちゅう喧嘩して殴り合ったりしてたけど、それでも最後には一緒にお酒を呑んで笑っていた。

 何でそんな事をするのか聞いてみた事がある。

 あれは海底遺跡の中だった。

 ズンズンと前に進みながら答えてくれた。

 

『……人間ってのは、歪みまくってる鏡みたいなもんだ』

 

『一枚だけじゃあ俺の本当の姿は見えねえ』

 

『何百枚も何千枚も使って、ようやく俺の姿が見えてくる』

 

『それでも、本当の俺かどうかは分からない』

 

『相手のどこが歪んでるかは相手自身にも分からねえからな』

 

『でも確実に、俺という人間の姿が見え始める』

 

『それこそが、理由だ』

 

 歪んでいるなら永久に、完全な姿は見つからないんじゃ無いかと思った。

 

『肉眼じゃそんなの大差ねえよ』

 

 視力の問題じゃないと思うんだけど、と突っ込んだ僕は悪く無い。

 

 それからも色々な人と出会った。

 ずっと滝に打たれてるおじいさん。パチンコに入り浸っている鼻の長いジムリーダー。図書館で本に埋もれる危篤なお嬢さん。分析ばっかりしてバトルしないメガネっ娘。石ころを集め続ける男の子。

 やっぱり、英雄になれるような人間なんてほとんどいなくて……でも、グズマ君はそんな人たちと関わっていった。

 いっぱいバカなことをして、いっぱい笑って、いっぱい怒った。

 そんなことは初めてだった。

 

 あるとき気付いた。

 グズマ君と一緒にいると楽しいし、毎日が明るい。

 でも、それは英雄じゃ無い人々が作り出している。

 僕がどう思っていようが、世界を形作っているのはそんな人々だった。

 この煌めく世界をそうさせているのは、僕が無為だと断じていた人たちだった。

 

 夜、グズマ君の部屋でそのことを話すと笑っていた。

 イラッときたので、何で笑うのかと尋ねた。

 あーおもしれ、寝るわと言ってさっさと布団に潜り込んでしまった。

 揺さぶっても起きないから擽ったら、答えるからやめろって。

 最初からそうやって答えてくれれば良いんだ。

 ──息が詰まった。

 

『まだ納得はできてないんだろうが──』

 

 とても嬉しそうだった。いつもみたいな意地の悪い笑顔じゃなくて……目を瞑って、口の端を軽く持ち上げるだけの笑いだった。

 心臓が大きく音を立てていた。

 何を言われるのかとドキドキしていた。

 

『それだけ分かりゃあ、一安心だ』

 

 それだけ言うと、子供にするみたいに頭を撫でられた。

 されるがまま、その言葉が脳裏で反芻されていた。

 

 それは答えでは無かった。

 でも、答えだった。

 何となくそんな気がしたんだ。

 

 

 ──────

 

 

「…………父さん。確かに、人間は弱い。流されやすいし、自分の好きなようにしてばっかりだし、少し言葉をかければ言われるがままに動いてしまう」

 

「ふふふ、そうでしょう」

 

「でも……でもそれは、あなたがこの世界を変えて良い理由にはならない」

 

「……ほう? まだ理由などと言うのですか」

 

「世界にはもっと良い形があるというのは……それは僕もそうだと思う。未だに現金を使っている人はセンスが無いよね。それに、お酒なんて何が良いのか分からないし、屋台の射的は精度が低いから無くした方がいい。あと…………パチンコはもっといらない」

 

「……パチ……?」

 

「グズマ君はパチンコに行くといつも、お金が無くなるまで打ち続けるんだ。僕が行くのをやめてって言っても、アイツと並び打ちするだけからって全然やめなかった」

 

「…………?」

 

 ゲーチスは何の話をしているのか分からなかった。

 グズマも何の話か一瞬わからなかった。

 というか、全員が分からなかった。

 2体の古龍が加わったことで形成が逆転し、余裕が生まれた突入部隊も話を聞いていたのだが──グズマに視線が集中した。

 トゲトゲしたものが含まれているそれを感じながら、コイツ、どういうつもりだと睨みつける。

 ナチュレがむしろ睨んでいた。

 

「クズ」

 

 背後からシンプルな罵倒。

 グズマの精神にダメージが入った。

 

「パチンコ屋さんが無くなればグズマ君も無駄遣いが減るはずだよね。だから、パチンコは無くなった方がいい」

 

「お前は何を……?」

 

「でも、だからといって僕が勝手にパチンコを無くすわけにはいかない。あれが好きで頑張っている人だっているんだから」

 

 パチンコ浸り、口の悪さ、サングラスの種類などなど。

 次々とグズマにケチをつけていくナチュレ。

 グズマは苦虫を噛み潰したような顔をしながら聞いていた。

 そしてナチュレはケチをつけながら、無くすわけにはいかない理由も続けていく。

 ナギ達も、何を聞かされているんだろう……と思いながら、アイリの兄にドン引きしていた。

 

「もうやめて……」

 

 アイリは身内の恥に顔から火が出る思いだった。

 

 ナチュレは満足するまで言い終えると、再びゲーチスへと言を向ける。

 

「──だから、父さん。あなたが何を思っていようと、勝手に世界を変えてはいけないんだ」

 

「…………ふざけているのか? N」

 

「ふざけてなんかいません、これが僕の答えです」

 

「ならば、あなた達は相当無駄な時間を過ごしてきたようですね」

 

「違う」

 

「何も違わない」

 

「違う! これが世界の姿なんだ! 無理に捻じ曲げようとすれば、それこそ世界は壊れてしまう!」

 

「だからどうしたというのだ? 既存の世界を壊し、私のモノにすれば何の問題も生まれない!」

 

 睨み合っていた。

 ナチュレは以前とは全く違う、人の意思を宿した眼差しで。

 ゲーチスは以前と変わらぬ、人を駒としか思わない、悦楽の道具としか見ていない目。

 二人は真反対の存在だった。

 

「…………サーナイト!」

 

「サザンドラ!」

 

 もはや猶予は無かった。

 どうあっても、相手を叩きのめすことでしか己が存在を認めさせることはできなかった。

 この愚かな存在はやはり言葉では止められないと、両者が確信を持っていた。

 

 ──ガコンと、音が鳴った。

 

 ホシノは気付いた。

 青年がクリスタルを握っている。

 そのクリスタルがカタカタと震えていた。

 そして……

 

 

 ──────

 

 

 朝の訪れ、ポケモントレーナーは窓から空を見上げた。

 優しく頬を撫でる大気の動き。

 和を思わせる屋敷の並び、古い日本の街並みを再現しているかの如き風景が広がっていた。

 軽快な下駄の音が鳴り、子供が石畳を駆ける。

 こんな朝早くからどこへ向かうのかといえば、青年の方へと走ってくる。

 

「にいちゃーん!」

 

 手を振る子を見て、青年は苦笑した。

 こんな朝早くから元気だな、と。

 

 この街、エンジュシティに来て以降……もう数ヶ月、勾玉はほぼ無反応と言っても良い。

 時折指し示すのは俺、そして街の真ん中にある五重塔。

 とんでもなく驚いた。

 ただ……この街にいるべきだと、そう思った。

 おかげでこの街の人とはだいぶ仲良くなった。

 

「今日もやってー!」

 

 こんな朝っぱらから修行をつけてくれと子供が寄ってくるくらいには信用されているっぽい。

 街にただ滞在するのも何なので、金を受け取ってモンスター退治をやってたからかもしれん。

 片腕だと出来ることが限られるので、なるべく合理的に動くようにしている。というか、動けるように鍛えた。

 それがなんか凄腕の戦士に見えたらしい。

 

「うりゃあ!」

 

 上段から振られた木刀を半身になって躱し、こめかみにデコピンをする。

 今度は横に振り抜こうとしたので、手を添えて力のベクトルを上に変える。

 ガラ空きになった腹を押した。

 タタラを踏んで、結局尻餅をつく。

 

「あでっ! ……こんにゃろー!」

 

 木刀を捨てて殴りかかってきた。

 拳の先っちょに一つ一つデコピンを置く。

 舐めプじゃ無いぞ。

 俺も反応速度を試す練習になるからな。

 

「なめぷだろー!」

 

 悔しいなら強くなって。

 

「──うへぇあ……」

 

 肩で息をして、倒れる。

 朝から十数分の全力運動とか子供はすげえや。

 このポニテの嬢ちゃんは町長の従兄弟、トワ。

 まさにお転婆盛りだ。

 よく分かんねえけど、権力者の子供と仲良くしておくと良いことがあるって聞いたことがあるんだ俺は。

 だから、センスは無いけど元気はあるので好きにさせてる。

 それに可愛いからな。

 にしても……真夏ですよ! 真夏! 

 プールか海か川にでも行きたい気分だ。

 

「疲れたか?」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 午前中の分の体力はちゃんと使い果たしてくれたみたいだな。中途半端に残しておくと昼飯前にねだってくるからそこら辺の調整はバッチリだ。

 

「またやってる……」

 

「おっ、ホリィ朝ごはんできた?」

 

 ホリィが扉からひょっこりはんした。

 先ほどから良い匂いが漂ってきてたのだ。

 

「うん! 今日はサカナモドキとムギモドキ」

 

「そうか! よし、朝飯だ! ……っと、その前に」

 

 トワを風呂に入らせた。

 帰らせるにせよなんにせよ、こんな汗まみれの泥まみれのままいさせるわけにはいかないんよwww

 

「むぐむぐ……ホリィさんってやっぱりお料理上手だよね」

 

「そーお? ありがとう!」

 

 結局、ホリィの作った朝飯の匂いに耐えきれなかったらしい。

 ウチで食べている。

 ……ウチって言ってもこの家は町長に貰ったんだけどな。

 つまり、この家は町長の別荘と言っても良いので、この子がここでご飯を食べていても何らおかしくは無いのだ。

 

「ふぁーあ……おっ! 今日はサカナモドキかいな!」

 

「出たな! 目玉お化け!」

 

「うげっ……誰が目玉お化けや! このジャリガキ!」

 

 匂いに釣られて起きてきたスエゾーがトワと出会した。

 何でかトワはスエゾーに噛みつきがちだ。

 似たもの同士なのかもしれない。

 なあホリィ、何でだと思う? 

 

「胸に手を当てて考えてみて?」

 

 ……あったけえ。

 

「じゃあはい、あーん」

 

 あーん。

 ……なあ、やっぱりトワの前でコレやるの良くなくない? なくなくない? 

 

「あーん」

 

 黙殺。

 目も少しだけ細くなった。

 さっさと食えということらしい。

 役得なんだけど、何だかなあ。

 

「ごちそーさま!」

 

「ご馳走様」

 

「お粗末さまです」

 

 ともかく、美味い朝飯を食うと気力が湧いてくる。

 それが女の子の作ったものだと尚更な。

 

「んじゃあ、皿洗うか」

 

「ワタルは薪割りとかしてて?」

 

「え? でも作ったのホリィだし、やるよ」

 

「はーい! わたしがやりまーす!」

 

 立候補したのはトワ。

 良い子さんなので、遊びに来るとなんか手伝ってくれる。

 薪割りをやらせるわけにもいかないので、皿は任せた。

 

「──せいっ」

 

 斧を振り下ろし、木を割る。

 近くの山から運んできたものだ。

 杉じゃないけど幹がまっすぐなので、木材利用に優れている。

 花粉が無いのはとても助かった。

 人間は花粉症からは逃れられないからな。

 

「クゥ」

 

 ベビィが影から顔を覗かせた。

 最初は小型犬くらいだったのにだいぶ育って、もう大型犬くらいのサイズはある。

 まだまだ甘えたい盛りなのか足元にじゃれついてくるので、高い高いをしてやるとすんごい喜ぶ。

 よしよしよしよし! 

 

「わふぅー」

 

 ……なんか、生活が安定してる。

 家があるし、食い扶持に困らないし、ホリィとかスエゾーがいるから寂しくも無い。

 気になるのはグリーンスカイロッドだ。

 俺、あんなところで気絶してたら流石に死ぬのでは? 

 レッド達は戦ってたのに俺だけアホみたいにうずくまってて申し訳ない限りだ。

 起きたら気絶した直後、とかだったら良いんだけど。

 

 薪をラックに放り込んで家に入ると、二人はのんびりお茶を飲んでいた。

 

「お疲れさま、はい」

 

 と差し出された水色のよく分からんお茶。

 分かる食材に出くわすことの方が稀なのでとっくに慣れた。

 

「ホリィさん、あれ見せてよ!」

 

「え? えっと……はい」

 

「…………」

 

 食い入るように勾玉を見つめる。

 まるで、その奥に何かがあるかのように。

 ヒノトリの紋様はこうしている間にも俺の方を指し示している。

 それにしても……

 

「飽きねえなあ」

 

「だってこんなに綺麗なんだよ?」

 

「……まあ、綺麗ではあるな」

 

 トワも女の子だし、そういうキラキラしたものに夢があるのかもしれない。

 

「綺麗な宝石、好きなのか?」

 

「嫌いな人なんているの?」

 

 そう言われると返答に困る。

 ……嫌儲の人とか? 

 

「にいちゃんは嫌いなの?」

 

「…………」

 

「にいちゃん?」

 

 やっぱりイイ……

 

「にいちゃーん?」

 

「ワタル? 聞かれてるわよ」

 

 レッドとかホシノからはお兄さんって呼ばれるけど、にいちゃんって呼ばれると本当に俺はお兄ちゃんなんじゃないかって気になる。

 すごく気分が良い。

 

「にいちゃん、無視してる?」

 

 少しだけムッとした声に、心臓が跳ねた。

 

「聞いてる聞いてる、俺も宝石は好きだぞ」

 

「ふーん……でも、宝石なんか持ってなくない?」

 

「一時期は炭鉱で宝石取りまくって値崩れする直前まで売り捌いてたぐらい好きだ」

 

「それって好きなの?」

 

「あはは……」

 

 小首を傾げて横に座るホリィに尋ねるも、ホリィは苦笑いで流した。

 二人は髪色こそ違うが、歳の離れた姉妹みたいにも見える。顔が良いと雰囲気が似ていくのかもしれない。

 …………は? 今、俺の顔のことバカにした? 

 

「何やあいつ……ほれ、ガストも見てみぃ。一人で百面相しとるで、キッショいわあ」

 

「ふふふ……一人で思い悩む、それもまた彼ですね」

 

「何やこいつら」

 

 ホリィと俺の間にトワを挟み、手を繋いで町長の家まで向かう。

 せっかくなので小粋な口上も。

 

「どけどけい! この銀髪が見えぬかあ! お姫様のおかえりじゃあ!」

 

「ちょっ」

 

「そこのお爺! 饅頭一箱!」

 

「へへえ〜」

 

 饅頭屋の爺さんはノリが良くて助かる。

 

「ほらトワちゃん、お饅頭」

 

「う、うん……」

 

 ニコニコしながら饅頭を持ってきてくれた。

 サンキュー! 

 

「ほっほっほ」

 

「ありがとねー!」

 

 嬉しそうに手を振ってくれる爺さんと笑っているトワ。

 爺さんは可愛い女子が好きなんじゃよ。

 

「嬉しいけど、こんなの貰っちゃって良いのかな……」

 

「良いんだよ」

 

 袖の下に金は入れといたし、そのうち気付くだろ。

 それにしても……みんな和服着てるんだよな。

 コトリタウンも和が強かったけど、ここはそんなの目じゃ無いくらいに強い。

 

 さすが……さすが、エンジュシティ。

 俺も最初は気付かなかったけど、時間をおいて少しずつ確信が強くなっていった。

 三つの神社と、そこに祀られている神様。

 一つ一つ見て、家で思い返して声出して笑った。

 ホリィがびっくりしてたけどお構いなしだったのは誠にごめんなさいと思っている。

 間違いなくライコウ、スイクン、エンテイだった。

 

 ──そういうことだった。

 俺は、全くもって勘違いをしていた。

 

「毎度のことなんだけど……ノックはしてくれない?」

 

 大事な従兄弟を届けに来たんだから、もっと嬉しそうにしろ。

 

「はぁ……」

 

「リンネ、これ」

 

「……え? なにこれ」

 

「おまんじゅう」

 

「いや、そうじゃなくて……何でお饅頭を持ってきたの?」

 

「お爺さんから貰った」

 

「……ワタル、あなたね」

 

 お茶淹れてくれよ、歩いてきたから疲れちまった。

 

「すいません、お邪魔します……」

 

「あら、ホリィちゃんは良いのよ。どうせワタルに引っ張り回されてるだけなんだから」

 

 

 ──────

 

 

「相変わらず勾玉は反応しないのね」

 

「はい……どうしちゃったんだろうなあ、本当に」

 

 町長ことリンネは、ホリィの相談に乗っていた。

 以前から、ムゥの支配に抗っている旅人の話は聞いていた。

 凄まじい勢いでワルモン軍団を掃討していく人間達がいると。

 ただ、それは自分達には関係のない話だった。

 ここには辿り着けない筈だった。

 それがまさか、こんなにアッサリと街に入るとは思いもしなかった。

 話を聞くと、ホリィが身に付けている勾玉──ガイアという名前らしい──の導く通りにやってきたらしい。

 それが本当なら、彼女達はやって来るべくしてやってきたのだろうと認めるしか無かった。

 勾玉……彼女はもしかしたらこの街とも深い関わりがあるのかもしれない。

 

「ワタルはエンジュシティにいれば良いっていうんですけど……」

 

「前も言ってたわね」

 

「早くヒノトリを探さなきゃいけないのに……」

 

「……」

 

 トワを背中に乗せて、おウマさんごっこなる遊びをしている男を見る。

 能天気に見えるけど、なかなか抜け目のない男だった。

 どこで知ったのか、この街の最も深い神秘を街中で話し出そうとした時は思わず口を塞いでしまった。

 そして、そんな私の反応を見てやっぱりという顔をしていた。

 口伝でしか伝わっていなかった筈なんだけど……どこかに書物が実は残されていたのかしらね。

 

「ヒヒーン!」

 

「はいよー!」

 

 でも、悪い人間じゃない。

 そこだけは確かだった。

 この街に入れているし、トワが懐いている。

 何度も危ないモンスター退治をしてもらった。

 ……でも、部屋の中でカサカサ動き回らないでもらいたい。気持ち悪いから。

 トワに変な遊びを教えるのもやめてほしい。

 

 彼が片腕を失ったのは、ワルモン軍団の幹部5体を相手取った時のことらしい。

 そして、その5体とも勾玉を保持していたと。

 異常に耐性が高かったらしい。

 火が効かなかったり、殴打に強かったり。

 単純にそういうモンスターなのではないかと考えることもできるけど、何かが違ったらしい。

 

 ワタルの全身には痛々しい傷跡が幾つも残っている。

 左肩もそうだけど、胸や脇腹など。

 でも、その傷は幹部と戦った時にできたものじゃ無くてもっと前からあるそうだ。

 一体どんな修羅の国で生きてきたのか、この男は。

 かと思えば、別にそういうわけではない。

 たまたまそういう出来事に出会して、たまたま戦える人間が自分しかいないタイミングが続いたからで、20歳になる以前はもっと平和なところに住んでいた。争い事なんて同世代との喧嘩ぐらいだった。

 そう言っていた。

 

 私も昔から武術を習っているから、そこそこ戦える自信はある。

 だからこそ分かる。

 彼は本当に、全くもって、武術を習っていた人間であるとは思えない。

 戦い方を見た。

 ただ、一連の動きをつなげて隙をなくしているだけだっだ。

 それを人は武術と呼ぶのかもしれないけど、普段の動きにそれが全く現れないのだ。

 重心とかブレブレだし。

 本当にただの一般人だったのが分かる。

 

 しかし、戦闘時の切り替えが異常だった。

 

 彼はそれをチートと呼んでいた。

 神から授かったものだと。

 あくまでチートを流用したものであり、自分が戦うのは副次的な効果を用いているに過ぎないと。

 言っている意味は分からなかったけど、実際に見せてもらってその凄さというか、エグさというか、ヤバさが理解できた。

 

 ──スエゾーが1秒の間に何度もテレポートを繰り返してゴーレムを翻弄し、かえんほうしゃを放っていた。

 頭がおかしくなるかと思った。

 普段のスエゾーの強さを試してみたけど、あの動きをできるような練度ではなかった。

 ホリィちゃんも目をパチクリさせていた。

 そんな事ができるとは知らなかったらしい。

 そして、彼自信にそれを適用した時の動きはもう、人間が捉え切れるものではなかった。

 私も翻弄されて、少し悔しかった。

 ただ、安心して守護を任せられるとも思った。

 

 そういうわけで、彼には食客として働いてもらっている。ちゃんとお給金も出してるし、彼も文句を言わずにやってくれるので街の人もすぐに受け入れてくれた。

 

 

 ──────

 

 

 ある日、ワタルはダラダラしていた。

 リンネの家のリビングで。

 リンネが住んでいる家は町長専用であり、大きい。

 リンネは町長なので、リビングに良いソファがある。

 他の家には無い。

 モンスター退治はリンネ自ら依頼している関係上、来る機会も多い。

 何の問題も無かった。

 

 ホリィはトワと遊びに出かけている。

 基本的に一緒に行動しているが、この街に来てからは自分の時間というのも大事にするようにと、ワタルから言い含めていた。

 離れる時間というのも人には必要なのである。

 

 それはそれとして、今はモンスター退治の必要性が無いのでやる事もない。

 こうしてリンネの家に来てプー太郎みたいな事をしていた。

 そんな家で、カタンカタンと音が響く。

 リビングにやってきたリンネ。町長の仕事も一息ついたので2階から降りてきたのだが、ダラダラしているワタルを見て一瞬固まった。

 見なかったことにして、ホットミルクを作りはじめる。

 沸くのを待っているリンネにワタルはお構いなしに話しかけてきた。

 寝そべったまま。

 

「なあリンネ」

 

「…………」

 

 ソファーでダラダラしちゃおうかなあ、なんて考えてなかった。

 座ってゆっくりミルクでも飲んで、リフレッシュ! なんて考えてなかった。

 早く書斎に帰ろう。

 

「なあ」

 

「…………」

 

「リンネー」

 

「………………」

 

「武闘大会ってなに?」

 

「!?」

 

 取っ手から揺れが伝わり、ミルクの表面に波紋が生じる。

 武闘大会の存在は、そもそも主催が町長名義なので把握している。でも、考えると気が重くなるタイプの事柄ではあった。

 

「さ、さあ……」

 

「なんか賞金とか出るんだって?」

 

「…………」

 

「おーい」

 

「……出ないよ、名誉だけ」

 

「そうなのか? 出るって聞いたんだけど」

 

「町長が出ないって言ってるんだから出ないよ」

 

「それもそうか……」

 

「えっと……出、出たいの?」

 

「出ないぞ」

 

「え?」

 

 あっさりと否定する。

 話題を振ってきたのだから出るものだと思っていた。

 

「ホリィに出るなって言われてるんだ」

 

「…………」

 

「リンネのおかげで金には困ってないし、ホリィが嫌だってんなら俺も別にって感じ」

 

 リンネは自分を褒め称えた。

 

 ちゃんとお給金出しておいてよかった。

 もしそうじゃ無かったら、彼が大会に参加してとんでも無いことになっていた。ホリィちゃんともすごーく気まずい事になっていただろう。

 それに私も……

 

「でも、なんであんなに嫌がってたんだろうな」

 

「さ、さあ〜……なんでだろうね?」

 

「…………今、誤魔化したな」

 

「へ?」

 

「お前なんか知ってるだろ」

 

「え」

 

 ど、動揺を見破られた……

 圧倒的なスペックで状態を看破するのズルすぎない? 

 

「なあ、何隠してんだよ」

 

「うわっ」

 

 気付いたら壁際に追い詰められて逃げられなくなっちゃった……どうしよう。

 

「良いじゃん、教えろよ」

 

 か、顔が近いし、石鹸に混じって男の人の匂いが……

 

「……ん? これ聞いてる? おーい」

 

 あわわわ……

 

「全然話聞いてねえ」

 

「──なにしてるの?」

 

「あ、トワ、帰ってきたのか」

 

「なにしてるのって聞いてるんだけど」

 

「武闘大会に関してこいつが隠してることがあるっぽいから問い詰めてた」

 

 お、襲われる……! 

 

「そういう雰囲気じゃ無いけど」

 

「うん、よく分からんけどこうなってた」

 

「……ホリィさんを悲しませちゃダメだよ?」

 

「それな」

 

「もー! 本当に分かってるのかってー!」

 

 ……あれ、なんでトワが? 

 

「リンネ!」

 

 うわっ! ホリィちゃんはどうしたの? 

 

「一旦解散!」

 

「じゃあもしかして家に戻ってる?」

 

「うん」

 

「それなら俺も帰るかな」

 

 あっ……

 

「?」

 

 い、いえ……なんでもないです……

 

「なんで敬語なんだよ」

 

 

 ──────

 

 

「ただいま」

 

「あっ! おかえりなさい!」

 

 茹だるような暑さ、とまではいかない。日本の都会の暑さを体験しているワタルからすれば、異世界の夏というのはそこまで過酷なものでは無かった。

 しかし、生理的な現象を抑えるのは難しい。

 外を歩いているだけで汗が沸いてくる。無論、汗だって出さないようにしようと思えばそうすることは出来るが、何の意味もないのでそんなことはしない。

 

「暑かったわね」

 

「夏だからな。トワとはどこに行ってきたんだ?」

 

「──じゃーん!」

 

 後ろ手に隠していたものをどじゃーんと露わにする。

 それは何かのぬいぐるみだった。

 どこか見覚えがある形をしている。

 

「なにこれ」

 

「ふふ〜、前から頼んでたものがやっとできたの!」

 

「……よかったな!」

 

 珍しい、というのが素直な感想だった。

 ホリィは無駄遣いをしない。

 倹約家というわけでは無く、必要分以外のものを買ったりすると旅が大変だからだ。

 そんな彼女がそういう事に興味を持つ。

 年頃の女の子として極めて健全だ。

 これは嬉しい変化だと青年は頷いた。

 

「これ、誰かわかる?」

 

「そうだな……」

 

 青年はドヤ顔のキモい目玉をチラッと見る。

 見覚えがあるとは言ったが、本人そのまんまだった。

 

「どうや! ワイのパーフェクトボデーを完全再現したこのプリチーなぬいぐるみは!」

 

「きもいな」

 

「はぁ!? 目腐っとるんか!」

 

「ホリィ……もしかして、スエゾーのぬいぐるみの為だけに出かけたのか?」

 

「無視すんなやこらあ!」

 

 トワと一緒にどこに行ったかと思えば、『これ』を買いに行ったってマジ? 

 もしかして真夏の暑さで頭が……と少しだけ心配になった青年を差し置いて、袋をガサガサする。

 ガスト、ベビィ、ゴーレムと続き、最後にワタルとホリィのぬいぐるみが出てきた。

 

「よく出来てますねえ」

 

「せやな」

 

 スエゾーは興味深そうにしていた。

 

「ほうほう」

 

「あっ、や、やめてよ!」

 

 一つ一つ丁寧に見ていき、最終的にホリィのスカートの中を確認しようとしていた。

 流石に恥ずかしかったのか慌てて止めていたが、ワタルはドン引きしていた。

 

「そこまで再現されてるのか?」

 

「うう……」

 

 大事そうに抱え込み、顔を真っ赤にしている。

 

「……まあ、よく出来てるよ」

 

「そ、そう?」

 

「腕が良いんだろうな」

 

 ワタルの腕や胸元の傷まで再現されている。服も旅の時に来ていたアロハシャツでは無くて、もっぱら最近着ている和服だ。

 

「でも……どうして?」

 

「うん、みんなの思い出を残しておきたいなって思って」

 

「…………そう、か……」

 

 それ以上言葉を繋げることができなかった。

 ──きっとあなたはいずれ、元いた世界へ帰ってしまうんでしょう? 

 そんなホリィの思いを受けて、その本人であるワタルが言葉を返す事は不可能に近い。

 ジッ、と。

 二人の視線は交錯していた。

 せめて、せめてこの思いだけは。そして、形だけは。

 それこそがホリィの想いだった。

 

 心が揺れ動いていた。

 ここまで来ても優柔不断で、分からない。

 その時が来たら自分はどうするのか。

 

「ダメよ」

 

「っ……」

 

「ホシノさん達が待ってるんでしょう?」

 

「…………」

 

「絶対帰らなきゃ! ……ね?」

 

 

 ──────

 

 

 ワタルは、スイクンの石像がある神社を訪れた。

 セレビィが隣にいる。

 境内の石段に並んで腰掛け、ワタルはセレビィにとっての思い出話をした。

 

「セレビィお前、スイクンを知ってるだろう」

 

「ビィ!」

 

「多分、とんでもなく昔の話だろうな」

 

「ビィ」

 

「……もしかして、時を超えるお前らにとって、昔も今も大差無かったり……」

 

「ビィビィ!」

 

 流石にそれは無いと手を横に振るセレビィ。

 

「じゃあ一応、時代ごとの差とかは感じてるんだな」

 

「ビィ!」

 

「……ビシャスって人間のことは覚えてるか?」

 

「ビィ!?」

 

「その様子だと記憶に新しいみたいだな」

 

「ビ、ビィ……」

 

「俺のいる世界はビシャスのせいで滅茶苦茶にされかけてる」

 

「……?」

 

 ここ? と不思議そうに指差す。

 

「ここじゃ無い」

 

「…………ビィ」

 

「──いや、それは違う。今、お前の力を借りるわけにはいかない」

 

 それなら、と無造作に開かれたポータル。

 ワタルは拒絶した。

 セレビィが指をチョイと振れば、それだけでポータルは霧散し、光の粒になって空に溶ける。

 それを見ながら独り言をセレビィに聞かせたのは、なんの為か。

 

「一つの魂に、二つの肉体」

 

「ビィ?」

 

「本当にそうなのか?」

 

「ビィィ?」

 

「セレビィ、お前らは偏在している」

 

「ビィ」

 

「その一体一体がそれぞれ生きていて、時を超えることができる」

 

「ビィ」

 

「俺はどうなるんだ?」

 

「…………」

 

「……やっぱり、どっちも選べないよ」

 

 暗い顔をしていた。

 楽観的な性格のワタルですら無視できないことがあった。情熱と責務とは、比較するものでは無くて両立させるべきものだからだ。

 どうしたの? とセレビィはそんな人間の周りを飛び回る。

 頭を抱えるワタルはやがて顔を上げ、残った右手を見る。

 

「きっと、近いうちに勾玉が揃う時が来る」

 

「ビィ……」

 

「俺は、全てに決着をつける」

 

 ムー。

 未だ姿の見えぬ世界の覇者。

 5体満足ではなくとも、相手になってやろう。

 この街が平和で、未だにワルモン軍団に襲われない理由はよく分からないけど……それでも、世界ってのはそういうものだ、と。

 青年はよくよく理解していた。

 

 

 ──────

 

 

「はい、おきゅーきん」

 

「ありがたく頂戴いたしやす!」

 

「へへへ」

 

 何をしているかと言えば、リンネの家でモンスター退治のお金を受け取っていた。

 退治したのはベヒんもス。

 ベヒーモスに名前は似ているが造形が雑なモンスターだった。

 トワから丁重にお金を受け取り、懐に突っ込む。

 

「お茶でも飲みたいな」

 

「じゃあ私が入れる!」

 

 小さい背を目一杯伸ばしてせかせかドタドタとお茶を入れる準備をしてくれるトワ。

 銀のポニーテールが揺れるたびに目が吸いつくぜ。

 

「ワタルって小さい子が好きだよね」

 

「可愛いからな」

 

「ふーん」

 

「お前も好きだろ、可愛いの」

 

「そりゃあ嫌いじゃ無いけど……」

 

「とりあえずお前も座れよ。仕事はひと段落ついてるんだろ?」

 

「お陰様でね」

 

 俺がモンスター退治をするようになるまではリンネがやっていたので、その分の時間が浮いたのだそうだ。

 ジム協会みたいなの無いのか? 

 

「ジム協会? それってどんな団体なの?」

 

「10歳から所属できるんだけど──」

 

 ホシノ達から教わったことをまんま説明する。

 

「子供がモンスター退治って……危なく無い?」

 

「そこらへんはランクとか作って上手くやってたよ」

 

「ふーん……」

 

「逆に聞きたいんだけど、お前一人に負担がかかってる状況についてお前はどう思ってたんだ?」

 

「……大変だけど、仕方ないよ。私がやらなきゃその分だけ街のみんなが傷つくんだから」

 

 聖人なのかもしれない。

 真面目すぎるのも考えものだな。

 

「でもさ、ワタルは人の事言えなくない?」

 

「なんで?」

 

「腕」

 

 ツンツンと左肩を突かれた。

 ……こりゃあ一本取られたな! ガハハ! 

 

「ねえ、ワタル」

 

「ん?」

 

「ワタルはどんな旅をしてきたの?」

 

「俺の旅か……」

 

 確かにリンネとトワに話したことはなかったな。

 

「よし、分かった! 今日は朝まで寝かせないぞ!」

 

「ええ!?」

 

「なになに!? 私もやりたい!」

 

 2人とも、話を聞く準備は十分か? 

 

 

 ──────

 

 

「あんなモンスターもいるのね……」

 

 未知のモンスターが暴れていて行商人が街から出られないとの通報を受けて、ワタルは現場に急行した。

 リオレウスだった。

 あっさりと倒して持ち帰り、食肉加工。

 自分が持っていたところでタンスの肥やしになるだけだ、という判断のもとに鱗やら甲殻やらは街に寄付した。

 あと、肉も食い切れる量じゃ無いのでお裾分け。

 

「リンネさんも喜んでたわね」

 

 肉モドキじゃなくて、本物の肉。

 ワタルには違いがよく分からなかったが、現地民からしたらモドキとそうじゃないものでは味も匂いも全く違うらしい。

 俺はもしかしたら味音痴なのかもしれない。そんなことを思いながらフライパンで肉を焼く。

 その様子を、少女が横に立ってニコニコと見ていた。

 

「どんな味なのかしらね」

 

「……んー、塩気強めだったと思うぞ」

 

「食べたこと、やっぱりあるんだ?」

 

「まあな」

 

「ふーん……」

 

「美味しいのは保証する」

 

「味見してもいーい?」

 

「おう」

 

 味見用の切れ端を一つ渡す。

 ホリィは息を吹きかけて十分に冷ますと、口の中に放り込んだ

 

「むぐもぐ……むぐ……」

 

「どうだ、味濃すぎたりしないか?」

 

「…………」

 

「ん? ……うぉっ」

 

 変だな、とホリィに向き直ると無言で肉を噛み続けていた。若干の怖さを感じつつも、見守る。

 

「…………ごくん」

 

「どうだ?」

 

「すっっっっごく美味しい!」

 

「おお……そんなに?」

 

「うん!」

 

「そうかそうか、それじゃあ──残りは全部もらっちゃおうかなアゴォ」

 

 持ち上げた肉を口の中にオールインしようとする暴挙。

 ホリィがアッパーカットを喰らわして阻止した。

 

「だめーーー!」

 

 しかし、まさかのダメージ0。

 防御点が高すぎてホリィの打撃は装甲を貫通しなかった。

 

「ぐへへへ! 倒したのは俺だから全部俺が食ってしまっても良いんだよ!」

 

「スエゾー、手伝って!」

 

「HA! NA! SE!」

 

「任せや! ぬぐぐぐ……テレポート!」

 

「テレポートはずるいだろコラ!」

 

 ゴーレムの掌にテレポートした肉。

 

「エ……」

 

 え? 何? どうすれば良いのこれ……と、オロオロしているゴーレムの手がグググと下に動き始める。

 

「オ……オ……!?」

 

「おれのもんだぜ!」

 

 掴まれた手は、ゴーレムの意思に反してワタルの口元へ。単純な膂力ならワタルに軍配が上がった。

 

「……ゴ……ゴォォォォォオ!!」

 

「おお!?」

 

 とにかく抗った方がいいんじゃないかという反射的な思考から、一気に力を込めて引き上げる。

 釣り上げられて水面から飛び出す魚のように、ポーンと空中に吹っ飛んだワタル。

 

「ゴーレム! ナイスよ!」

 

「その肉、こっちに投げてくれや!」

 

「オオ!」

 

 遅れてやってきたホリィ達に肉を投げつける。

 スエゾーの目ん玉のど真ん中へ。

 先ほどまで焼いていた肉が目に……

 

「うわちゃちゃちゃちゃ!!」

 

「おっ、と」

 

 のたうち回るスエゾーが跳ね上げた肉は、ホリィが持ってきた皿の上へジャストミート。

 

「やったー!」

 

 肉を勝ち取り、スキップでゴーレムの周りを回る。

 それを見ている青年の顔にはニヤけ面が浮かんでいた。

 

「サラダでも作るか!」

 

 

 ──────

 

 

 今日はホリィと二人で繁華街に来てる。

 買い物の付き添いってやつだ。

 店に入るとホリィは、野菜もどきが安いとかリオレウスのお肉があるから肉モドキはいらないとか、そんなことを呟きながら商品を見ていく。

 リンネからもらった金はホリィが持っている。

 

『ワタルはお金使いが荒いんです……』

 

『そうなの? じゃあホリィちゃんに預けておくようにしてね』

 

『ワタル! そうしてもらえると嬉しいです!』

 

 こんな失礼なやりとりがあったからな。

 まあ、俺は金銭管理されるのには慣れてる。

 寛大な心で受け入れたぜ。

 ……いつ見ても、みんながメガネをしていない光景の素晴らしさたるや口では言い表せないぜ。

 ホシノ達は何とも思ってないみたいだけど……ちょっと不気味なんだよな、アレ。

 

「ワタル」

 

 ホリィがなんか持ってきた。

 ……なにこのキノコ。

 

「これ買ってもいい?」

 

 そもそも何これ。

 毒キノコ? 

 

「違うわよ、これはジマンジュタケ」

 

 え? 

 

「だから、ジマンジュタケ」

 

 自慢? 

 どういうこと? 

 

「ジマンジュタケ!」

 

 なんなんだよそれ。

 

「これはとっても珍しいキノコで、お肉と一緒に食べると幻覚を見るくらい美味しいんだって!」

 

 多分それ毒キノコだよ。

 やめとかない? 

 本当に幻覚とか見かねないから。

 

「え〜、絶対美味しいのに〜」

 

 うーん……

 

「……だめ?」

 

 上目遣いはずるいっしょ。

 

 買うのは食材だけじゃない。

 服や家具なんかも新しいものにしたかった。

 金というのは、使ってなんぼだ。

 それなりにもらっている俺としては、残したままいなくなるのは嫌なので自分が使える分は目一杯使いたい。

 家具屋でめぼしいものがないか探すと、ソファが目に付いた。ホリィは外に何かを見つけたらしく、出て行った。

 

 このソファ……リンネの家にあるのと同じ型だ。

 こういうのでいいんだよ。

 手揉みしている店主に、これを買うと告げる。

 お値段の程はいくらか聞いてみてもよく分からんので手持ちの金で足りるか聞いてみると、大丈夫だそうだ。

 金貨ってやっぱすげえや。

 ムフフ、ヌフフと笑い合っていると、カランコロンと音が鳴る。

 

「それ、キャンセルで」

 

 ホリィ、じゃないな。

 リンネだ。

 何故かリンネが店内に入ってきた。

 店主はとんでもなく慌てている。

 そりゃあ、いきなり街一番の権力者が入ってきたら驚くわな。

 でも、何でここに? 

 

「ホリィちゃんが偶々見つけてくれたから」

 

「リンネさんが窓越しに見えたの」

 

「にいちゃん、やっほー」

 

 ホリィがリンネの後ろから顔を出した。

 加えてトワもいた。

 ……それはいいんだけど、キャンセルはしないぞ。

 

「キャンセルで」

 

「キャンセルします!」

 

 しません! 

 ホリィはともかくリンネは関係無いだろ。

 それにホリィも、金は俺の小遣いの範囲内だし別に良く無い? ホリィだって使っていいからさ。

 

「ちょっ、お客様!」

 

 なんすか。

 

「流石に町長にそんな言い方は……」

 

 うるせえ! 俺はお客様だぞ! 

 さっさとソファを梱包しやがれ! 

 

「ソ、ソファは梱包出来ないです……大きさの問題で」

 

 じゃあ、お金だけ置いてくから持ってくぞ! 

 ……ん? どうしたトワ。

 

「にいちゃん……リンネに謝って」

 

 え? 

 

「謝って!」

 

「…………」

 

 トワに言われてリンネを見ると、頬を膨らませていた。

 どんどんと溜まっていく涙が、今にもこぼれ落ちそうになっている。

 …………やべっ。

 

 ごめんごめんごめんごめん! 俺が悪かったマジ悪かった! 言い方も頭も全部悪かった! 関係無いわけないよな! あるある! 一番あるよな! いつもソファー使わせてもらってるもんな! いやー! うちにソファーなんていらな……い、いらない! こんなゴミ、あっても邪魔になるだけだもんげ! 店主さん! こんなモン片付けといてくれ! 

 

「!?」

 

 リンネのところに行けばいつもソファーはあるし、お茶もあるし、リンネもいるもんな! うん、ソファーを買うのはまたの機会にしよう! な! 

 

 

 ──────

 

 

「ワタルくん、いつも娘が世話になってます」

 

 ワーニン! ワーニン! リンネのご両親襲来! 

 のんびりしていたところにいきなり凸られたから、オラすんげぇびっくりしたぞ! 

 これまで出会さないのがおかしかったのかもしれないけど、せめてアポとか欲しかったかなって。

 そもそも開口一番、娘が世話になってるなんて言われても……家と金もらってる俺の方が世話してもらってるとしか思えないんだけど。

 ……町長宅に近寄る人があんまりいないから寂しいんじゃないかと思ってたって? いや、トワがいるじゃん……あと、なんで別々の家に住んでんの? せっかく良い家があるんだからあそこに全員で住めば良いじゃん、と俺は思うんですが。

 畑が遠いからキツイ? 

 …………じゃあ仕方ない! 

 

「あの〜……これ、どうぞ」

 

 ホリィがコンニチソーダを持ってきてくれた。

 4人分、気が利くこと極まりない。

 

「ありがとう、いただきます」

 

「そんな構わなくても良いのに〜ホリィちゃんは良いお嫁さんねえ」

 

「あはは……隣、座るね?」

 

「ありがとなホリィ」

 

「うんっ」

 

 本題に入る。

 流石に来ただけなんて事はあるまいと思っていたけど、改めて真面目な顔をしたご両親。

 ホリィなんかカチコチに緊張していた。

 眉がキリッとしているお父さんが、頭を下げた。

 

「これはお願いなんだが……これからもあの子と仲良くしてやってくれ」

 

 そりゃあ、仲良くさせてもらいますよ。

 俺もリンネは好きですから。

 ただ、俺達は旅から旅の根無草ってやつでしてね、この村から何時いなくなるかは分からないんです。

 

「それでも良い、あの子が少しでも気が楽になる時間を増やして欲しいんだ」

 

 ……そこまで言うなら、お父さん達があいつの婿を探してやれば良いのでは? この街も広いし、相手ぐらいいるでしょう。

 

「いないんだ」

 

 は? いないってなに? 

 

「あの子は強すぎるから、ダメなんだ」

 

 ……おい、それでも親か。

 娘に向かってダメなんて、あんまり良い気はしないな。

 友達として踏み込ませてもらいますけど。

 

「ワタル、そういうことじゃないのよ」

 

 ホリィ、なにがそういう事じゃないんだ。

 あいつが少し強いからって、何がダメなんだ。

 村のことをあんなに思っているあいつのどこがダメなんだ。

 俺は頑張っている奴のことを貶す奴が一番嫌いなんだ。

 

「……すまない、言葉足らずだった」

 

 …………

 

「武闘大会のことは知っているだろう?」

 

 ………………んん? 

 武闘大会? なんで武闘大会? 

 

「あの大会は強さを示すための大会ではあるんだが……優勝者はリンネと戦うことができてね」

 

 は、はあ……

 

「そこでリンネに勝った男だけがあの子に求婚することができるんだ」

 

 ホワッツ!!??? wwww

 

「その様子だとやっぱり知らなかったみたいだね」

 

 ほ、本当なんですか!? 

 勝たなきゃ求婚もできないの!? 

 あまりにも前時代的すぎて脳みそが受容を拒否してるんだけど……ホリィ!? 

 

「ひゃいっ」

 

 なんで黙ってたの!? 

 ……というか、隠してたのか!? 

 

「そ、それは……」

 

 いや、その話は後でも良いか……あいつもなんで教えてくれないんだ!? 

 

「ワタルくん……あの子の気持ちも察してやってくれ」

 

 そんなに嫌われてたの!? 

 

「いや、それは違うが……」

 

 だって武闘大会が開かれればどうせバレるじゃん! 

 それなのに教えないって、絶対に求婚されたくないからじゃん! 

 ……いや、そもそも求婚しねえよ! 

 だって彼女いるし! 

 

「それは分かっている。だから、友達でいてあげて欲しいんだ」

 

 分かってる……? なんでホシノ達のことを……? 

 

「あの子はこの街だと一番強い。だからこそ、あの歳になるまで独り身のままだ……ホリィちゃんの次、二人目でも良い! あの子を貰ってやってくれ!」

 

 おい、友達って話はどこ行ったんだYO!! 

 それにあの歳っていうけど全然若いだろうが! 俺よりは年下だしょ!? だしょってなんだよ! 

 ……これは成人年齢低い世界特有のいつものアレか!? あと、そこでなんでホリィの名前が出るんだよ! 

 

「頼む!」

 

 ふざけんな! 

 いつかこの街から出て行くって言ってんだろうが! 

 

「あわわ……ワタル、お父さん、どっちも落ち着いて……」

 

 俺の方こそ頼む! 混乱してるから、今日は帰ってください! 

 

 

 ──────

 

 

「はぁぁ……なんでこんな事に……」

 

「……黙っててごめんなさい」

 

「いやいや、ホリィは悪く無いよ。ちょっと俺が混乱してるだけだから」

 

 そうは言っても疲れてるように見えたので、腕を引っ張って膝の上に横たわらせた。

 

「柔らかいな」

 

 頭を撫でるとベビィみたいに目を細めて、少し可愛い。

 

「ワタルは今、あっちの世界で大変だから……こっちの世界で結婚とかそういうのを考えてる場合じゃ無いものね」

 

「それはそうだけど、そうでなくてもこっちでいきなり結婚なんてしたらただの浮気だろ……」

 

「…………」

 

 それなら、こうして頭を撫でられるくらいに近付いているこの状況はどうなんだろう。

 どこまでなら彼は──ホシノさん達は許してくれるんだろう。

 彼はどう思っているんだろう。

 聞いてしまえばこの心地の良い時間が、砂でできたお城のように崩れて無くなってしまう気がした。

 喉から先に言葉が出てこなくて……ただ、頭を撫でる事しかできなかった。

 

 ──おでこに軽い衝撃が。

 

「あたっ」

 

 指の形、中指を振り抜いたその構え。

 デコピンをされたらしい。

 

「なに暗い顔してんだよ」

 

「……ううん! なんでもないよ?」

 

「…………なんでも無い奴があんな顔するわけないだろうが!」

 

「ひゃああああああああ!!」

 

 か、髪がぐしゃぐしゃに! 朝、寝癖もちゃんと整えたのに! 

 

「言いたい事があるならちゃんと言え! なんかやりたい事があるなら少しぐらい主張しろ! 人間は言葉にしなきゃ分からないんだよ!」

 

「ぐしゃぐしゃにしないでええ……」

 

「子供が遠慮なんかするな!」

 

 騒いでいると、というかワタルにひたすらワシャワシャされていると──

 

「何騒いでるの!? 大丈夫!?」

 

 リンネさんがたまたま来ていたようで、扉を勢いよく開け放って入ってきた。

 目線をワタルと私で往復させる。

 何度も繰り返し、ポンと手のひらを叩いた。

 

「……お邪魔虫ってわけね!」

 

「おいちょっと待て」

 

「うわっ!? ちょっと、おろしてよ!」

 

 片手で担ぎ上げると、強制的に椅子に座らせた。

 ジタバタと動くリンネさんの肩に手を置いて、動けないように固定する。

 側から見たら犯罪一歩手前だけど、リンネさんも本気で嫌がっているわけでなさそうだった。

 

「まずは武闘大会のことだ」

 

「……知っちゃったんだ」

 

 明らかに声のトーンが低くなり、伏目がちにワタルを見た。本当に知られたくなかったみたいで、気まずそうにしている。

 

「さっきな」 

 

「え……ホリィさん?」

 

「違う違う! 私じゃないです!」

 

 とんでもない勘違いをされそうになったので、一生懸命に首を振った。

 さっきなのは間違い無いし、この場にいるのも今は私たちだけだからそう思うのも無理は無いけど……

 

「じゃあ誰が……みんなに口止めしているはずなのに……」

 

 さらりと権力を濫用している事を溢すリンネさんに、ワタルが騒ぎ始めた。

 

「おまっ、だから聞いてもみんな答えてくれなかったのか!?」

 

「だって……」

 

「だってって……逆に聞きたいんだけど、それを知ったところで何にもならなくない?」

 

「……そんなのわかんないし」

 

「分かんないかもだけども」

 

「それで、誰がバラしたの?」

 

「お前のご両親だよ」

 

「……はぁ〜、そっかあ……」

 

 お母さん達かぁぁぁぁ……と項垂れて、ギロッと睨む。

 

「お母さん達に変な事聞いてないよね」

 

「変な事……」

 

 チラッと私に寄越された目線が言っている。

 あのくだりは黙っておこう。

 そう、通じ合った気がした。

 

「何にもなかったぞ」

 

「……本当?」

 

「本当本当!」

 

 椅子に座っているリンネさんの横にしゃがみ込んで、手を握った。当のリンネさんはいきなりそんな事をされて慌てていた。

 ワタルはそういうところがある。

 

「そんなことより、武闘大会ではどんな催し物があるんだ? それが知りたいな」

 

「そ、そうなの? ……じゃあ、細かい資料がうちにあるから今から来る?」

 

「そうしよう!」

 

「あ…………」

 

 彼女がどんな顔をしているのかにも気付かず、能天気に笑っていた。

 

「なあホリィ! 今から行こうか!」

 

「うん」

 

 機嫌取りなのは分かるけど、もう少し手心というか適切な距離感というか……そんなに長く手を握っている必要は無いよね? 

 

 

 ──────

 

 

 あっという間に武闘大会の日がやってきた。

 武闘大会はスタジアムで開かれた。

 ジムとかは無いけどスタジアムはある、妙だな……

 

 リンネの誘いで、ホリィやスエゾーはVIP席に座る事ができた。

 何故か俺だけ二人席で、何故かマイクのような物が置いてあり、何故か隣に知らんおっさんが座っているが。

 あっ、選手入場だ。

 

「では、選手の皆さんにご入場いただきましょう! ワタルさん、注目選手は誰でしょうか!」

 

「……はい、15番のあの銀髪の方はとてもかっこいいですね」

 

「おっと、やはり銀髪ですか! 銀髪と言えば町長ですが、ワタルさんは町長とも親睦が深いそうで、そこらへんどうなんですかね」

 

「どう、とは」

 

「ははは! これですよ、これ!」

 

 小指を立てるおっさん。

 鼻、ぶん殴ってやろうか。

 

「リンネはとても魅力的です、私なんてとても釣り合わないでしょうね」

 

「またまたぁ! 呼び捨てにしちゃってえ!」

 

『おい! 関係無いこと喋ってんじゃねーぞ!』

 

『ちゃんと紹介しろー!』

 

『というかお前が出場しろー!』

 

「これは失礼! では紹介させていただきましょう! まずは1番、ヘルブラザーズのくろお──」

 

 なんで俺は解説席に座らされてるんだ。

 俺もホリィの隣がえがったなあ……あ、トワが手振ってる。

 かわいい。

 

「先ほどは見た目で選んでいただきましたが──32人、ぱっと見て実力が分かる選手はいますか?」

 

 そう言われて、今度はちゃんと見る。

 リュウを見た後だと……うーん……

 

「えー……全員牛丼並み盛りです」

 

「……ははっ! なるほど、全員まとめてかかってこい、だそうです」

 

「はい、せめて三種のチーズ牛丼特盛温玉付きになってから私に挑戦してください」

 

「はっはっは! 中々お茶目な……ひぇっ」

 

 スタジアム中央からかわいい殺気が押し寄せてきた。

 リオレウスを倒してからにしてよねそういうのは。

 

「ただ、そうですね……今回に限っては、優勝したら挑戦の資格ありとみなしましょう」

 

 リンネが口をぽかんと開けていた。

 ざまあみろ、俺をこんな席に封じ込めやがって。

 

「やってやろうじゃねえかあ!」

 

 禿頭のオッサンが威勢よく拳を俺に突きつけた。

 他の出場者もイキっている。

 えーと……まずは初戦の対戦相手を倒してからなんだけど、そこらへん分かってんのかな。

 

 

 ──────

 

 

 本日の対戦、四戦が終わり

 沸いているスタジアムの周りには、たくさんの屋台がある。

 この街に来た時と同じように、多くの人が集まって群れとなっていた。

 騒々しいが健全で、人の自然な営みの中に生まれるものだった。

 神を敬い、戦いを見て血を激らせ、隣人と肩を寄せ合って。

 

 この街だけ、別世界のように見えた。

 

 ムーの脅威に怯える人々ばかりで、苦しみと憎しみの怨嗟が血と共に地面に染み込んでいくばかりの星。

 邪悪なる魔王に争っても、相手は街すら簡単に滅ぼす怪物。

 勝てるわけがない、どうにもならない。

 

 それが、この街はなんだ。

 まるでムーなんて嘘だったとでも言うように平穏だった。

 言ってしまえば、不気味。

 だけどリンネはそんな、誰かを騙すような奴には見えなかった。

 あの真っ直ぐな目。

 街のみんなの為に、必死に頑張っている姿を見た。

 ワタルは、自分でも手伝ったからこそ分かった。

 あの頑張りは嘘では無かった。

 

 でも、この街を守っているのは人の営みなんていう生優しいものじゃなくて、もっと別の……

 

 

 ──────

 

 

 手の中にあったクリスタルが力尽きたように砕け散り、青年はゆっくりと瞼を開いた。

 数ヶ月ぶりの世界。

 

「お兄さん!」

 

「…………」

 

 上体を起こして左手をニギニギと。

 調子を確かめる。

 記憶と状況の擦り合わせを兼ねて辺りを見回そうとして──両サイドから衝撃が。

 

「ポケモントレーナーさん!」

 

「トレくん!」

 

「……二人とも、久しぶりだな」

 

「はい!」

 

「うん!」

 

「再会を喜びたいけど……それは後にしよう」

 

 五体満足。

 失われた左手を取り戻した。

 ただ、クリスタルが粉々になっている。

 頭痛も無くなっていた。

 そして、喪失感が心を覆っていく。

 青年は『別たれた』事を理解した。

 

「おやおや、昼寝は終わりか」

 

「ビシャス……」

 

「ポケモントレーナー、いや──名もなき男よ! お前は遅かった!」

 

 両手を広げて勝利宣言をする。

 そんなビシャスの背後、グリーンスカイロッドの中央大空洞を光の柱が立ち上っていた。

 

「フハハハ! ハハハハハハハ! 勝ったぞ!」

 

「…………」

 

「想定外だった! まさかこれほどの結果になるとは……!」

 

 ソーマを起動したビシャスには、遠方から捉えられた光の柱の状態がくっきりと分かっていた。

 雲を貫いた光が四方八方に飛び散って、まるで枝のようになっている。

 恐れ慄く人々の様子がビシャスを勇気付けた。

 

「私はこれを黄金樹と名付ける!」

 

「黄金、ねえ……」

 

「黄金の時代を築く私に相応しい名だ! そうは思わないか!」

 

「……それに飛び込むのか? 本当に?」

 

 全て崩れ落ちたガラス壁、その直ぐ外を轟々と滝のように上昇していく光。

 それに触れてマトモな生命の形を保っていられる保証がいったいどこにあるのか。

 

「そうだ! この莫大な量のライフストリーム! これこそクリスタルが溜め込んできた世界の歴史そのもの! これならば、どれほどの過去だろうと辿り着ける!」

 

「歴史……」

 

 既に粉々になったクリスタル。

 船に搭載されていたもののカケラだったそれも同じように歴史の一部、そういう事だろうか。

 だからだったのだろうか。

 

「あとは……バンギラス! 時間を稼ぎなさい!」

 

「……舐められたもんだな」

 

 一瞬だった。

 交錯した二者。

 腹に風穴を開けたバンギラスが崩れ落ちた。

 

「──は?」

 

 血に染まった右腕。

 ピクピクと床で痙攣するバンギラス。

 ビシャスは目を疑った。

 時間稼ぎを、と自分は言った。

 まさかそれすらこなせない程とは。

 

 目的の時間軸へ行く為には調整が必要だ。

 仮になんの調整もせずに突入すれば、それこそどんな結末が待ち受けているか分からない。

 ただ、ビシャスは揺るがなかった。

 

「それでも、予想の範疇だ」

 

 カランカランカランカラン。

 それはなんの音か。

 それは、ボールが地面に落ちる音。

 何個も、何十個も、空のボールが地面に落ちていく。

 

「こりゃあ……ダークボールの面目躍如だな」

 

 ビシャスの本気度を目の当たりにして、ポケモントレーナーは構えた。

 生半可では無い。

 この男はここに賭けたのだ。

 この世界などどうなってもいいと、全てを投げ打った。

 ならば、こちらも出し惜しみをしている場合では無い。

 ホシノに目配せを──あれ……あの髪……あの顔……

 

「グ、グ、グ、グズマァア!?」

 

「あ?」

 

 若干消沈し、それでも意気を奮い立たせていたポケモントレーナーをド級の衝撃が襲った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。