俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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52_「「「あぁ、楽しかった」」」

 虫の音だけが静かに響く庭先で、立ち尽くしていた。

 何をしているか。

 月を見上げていた。

 1人で、物思いに耽っていた。

 

 ホリィと共に戦う事を決めた。

 そこに一切の後悔は無い。

 ヒノトリを復活させるという目的。それに最後まで付き合うと、あの日決めたのだから。

 必然の結末だった。

 ムーを倒す。

 それがどれだけ難しいことかというのは正直分からない。実際に見たこともないし、ポケモンとしても聞いたことがない。

 確かなのは、世界を征服しかけているというその実績。

 出会ってきた誰よりも、明確に脅威として世界に恐怖を与えていた。

 どれだけの年月と労力をかけてそんな事をしたのか……凄まじいという思いだけが浮かぶ。

 世界征服。

 このたった四文字に挑んだ者はたくさんいた。

 このたった四文字を実現した者はいなかった。

 そこに王手をかけている。

 それは覇道に生きる者の頂点。

 ムーという存在がいかに王の器たるか。

 その証左に他ならない。

 彼に止められるのか? 

 ──いや、止める。

 どんな奴が相手でも、ホリィがそこに向かうならば一緒に行くんだ。

 

 それでも、後悔は無くても未練があった。

 月を見て思い出すのは、彼女達と一緒に月を見た夜。

 旅の中で、常に月が空にあった。

 

「──」

 

 

 ──────

 

 

 朝、リンネの元を1人で訪れた。

 いつもなら勝手に入るだけだったが扉をノックし、名前を呼ぶ。

 少し待つとパタパタと足音が近付いてきて扉前で止まった。

 扉はなかなか開かない。

 

「リンネ?」

 

「……今開けるね」

 

 ゆっくりと開かれた扉。

 ワタルは中に入ることはせず、恩人の顔を見た。

 その顔を見返し、悲しげな顔をする女。

 

「……行くのね」

 

「ああ」

 

 1人の武人としてリンネは理解していた。

 戦う事を決めた人間の眼差しがそこにあった。

 

 結局のところ、彼は戦う人間では無かった。

 彼が話をしてくれた時。

 旅をしてきたと語る彼の眼は柔らかく、戦ってきたと語る彼の眼は憂いを帯びていた。

 出会い、紡ぎ、見定め、世界を楽しむ。

 それこそが彼の本質だった。

 そしてその本質のまま、出会った人たちの為に彼は強くなった。

 彼の仲間はそんな姿に惹かれたのだろう。

 立ち上がり、導き、進み続ける。

 どこまでも1人で行ってしまいそうな、まるで流星のような輝きに魅せられて──

 

 手が差し出された。

 傷だらけだった。

 鍛錬とは違う、命を賭けた闘争を経た結果の傷に満ちていた。

 そんな、世界を救ってきた人間の手を握った。

 

「君からは十分過ぎるほどに多くのものを貰った」

 

「……」

 

「俺に、家を──帰る場所を作ってくれてありがとう」

 

「私も……」

 

「君にはこの街の人たちを守る義務がある」

 

「っ…………」

 

「それを捨て去って行くのは、あまりにも無責任だよ」

 

「……あなただって……ホシノさん達を諦めたじゃない……」

 

「そうだな」

 

 大きく頷く。

 力無いリンネの言葉を青年は真正面から受け止めた。

 

「でも、俺の願いは一つじゃ無い」

 

「命を賭ける価値のあるやつはアイツらだけじゃ無かった」

 

「リンネ、トワ、君たちに出会えた」

 

「スエゾー達と旅をすることができた」

 

「この数ヶ月、本当に楽しかった」

 

 

 ──────

 

 

 空を制するワイバーンを小鳥のように落とし、あらゆるところに行くことが可能なムーの拠点。

 浮遊城が夕焼け空の中を悠々と向かってきていた。

 

「浮遊城……まさか、本当に城がそのまんま浮いてるなんてな」

 

 青年は備わった直感により理解していた。

 この日──決勝の日に奴らは現れる。

 全てを終わらせる為に。

 つまりはホリィを殺す為だ。

 そしてその理解が証明してくれた。

 ヒノトリは存在する。

 ムーが恐れるそのモンスターは実在して、ホリィが目指していた方角は正しかった。

 

 そしてもう一つ。

 エンジュシティでかつて何があったのか。

 青年と、リンネの一族だけは知っていた。

 ライコウ、スイクン、エンテイの悲劇と奇跡。

 大会開始以前、青年はリンネに土下座して、一族に伝わる逸話の内容を聞かせてもらっていた。

 自分が知る歴史との差異を知る為に。

 

『守護神、そして生命全てが大いなる災いによって血に沈んだ時、紅き煌めきを纏ったオオトリが現れて奇跡を降り注いだ』

 

 土下座する青年を起こしたリンネは、彼の右手を取って逸話の詳細を語った。

 それを聞き、確信を深める。

 やはりエンジュシティは、クッパの言っていたゴールに間違いなかった。

 この街に止まったのは正解だった。

 

『ワタル、あなたはもしかして大いなる災いのことを知っているの?』

 

 リンネの素朴な問い。

 知らない。

 知るはずが無い。

 そんな大仰な単語は聞いた事が無い。

 だって、ポケモン以外の事なんて知らないんだから。

 青年は預言者でも何でも無い。

 ポケモンが好きなだけの、ただの大学生だ。

 

「ワタル……」

 

 そっとホリィの手を握る。

 風が2人の額を撫でた。

 轟々と迫ってくる城の発したものだろうか。

 青年はオールドタウンのことを思い出した。

 超高密度のサイコエネルギーによって浮いていくスタジアム、あれと同等の質量を持つ物体が自分たちを抹殺するためだけにやってきた。

 もしも自分達の真上に着陸されれば、それだけですり潰されるだろう。

 

「あ、あかん! あかんで! あんなもん勝ち目なんか無い!」

 

「ゴ……」

 

 スエゾーはパニックを起こして走り回っている。

 こんな時でも変わらない姿に、全員が少し安心していた。

 いつ何時でも情けないと言うのはそれだけ聞くとネガティブだが、こうした極限の緊張下だと見ている者の肩の力は少しだけ抜けるものだ。

 

「カロロロ……」

 

 ベビィは牙を剥き出しにしていた。

 野生の勘で、あそこに破滅的な存在がいることを察知したか。

 

「大丈夫よベビィ」

 

 何の根拠もなく励ます。

 何が大丈夫なのか。

 自身が大丈夫では無いのに、何を言う。

 ホリィの心中を暗いものが覆っていた。

 宿敵を倒す機会がやってきたのだから、そのチャンスを喜ぼう。そう思っても心は晴れない。

 彼はどうだろう。ワタルなら、いつもみたいに笑っているかもしれない。

 

 ……横顔を見上げると、固い表情をしていた。

 彼の境遇を思い出す。

 仲間から離されて1人で、当然だ。

 少しだけ手に込める力を強くする。温もりが、絆がそこにあると教える為に。

 ホシノさん達には及ばなくても、あなたの事を想っている人はいるよ。

 驚いたようにこっちを向いて、フッと笑った。

 

「──ホリィ、ありがとう」

 

「あ……」

 

 ありがとうなんて言われる立場じゃなかった。

 何度も何度も助けられて、挫けそうになるたびに励まされて、そして、この地にやってきた。

 23個のマガタマ、数多の円盤石、たくさんのモンスターと出会った。

 街があり、そこには人がいて、それぞれが日々を懸命に生きていた。

 ヒノトリを復活させること。

 それがどういう意味を持つのか。

 何の為にそうしているのか。

 何で始めたのか。

 再確認させられた。

 そんな旅だった。

 でも、それだけの旅では無かった。

 一緒にいてくれる人がいたから頑張れた。

 同じ目的を持ってくれて、その為なら危険を厭わずに動ける人だった。

 熱い思いが込み上げる。

 溢れそうになった時、繋いでいる左手からとても暖かいものが流れ込んできた。

 

「泣くのは勝ってからにしよう」

 

「……はい!」

 

 目尻に溜まりつつあったモノを手の甲で拭い、声を張る。

 せめてこの時だけは、隣で立っていたかった。

 

「そんじゃあ……魔王退治といきますか」

 

 

 ──────

 

 

 それは、禍々しい存在だった。

 

『人』

 

 それは、圧倒的な存在だった。

 

『モンスター』

 

 それは、最強の存在だった。

 

『神』

 

 それは──あり得ない存在だった。

 

『何が違う?』

 

 モンスターが話すたびに、脳髄に直接言葉を注ぎ込まれているような感覚に陥る。

 エンジュシティ近くの草原で停止した浮遊城から光に乗って降りてきたモンスターを見て、ワタルは硬直していた。

 目を大きく開けて、信じられないとばかりにその姿の細部までを観察する。

 人ほどの大きさ。

 白い身体に紫の尻尾。

 極めてシンプルなそのカラーバランスを、知らないはずがなかった。

 

「あれは……なに……?」

 

 ホリィの口から漏れた言葉。

 あれはムーでは無い。

 ホリィの知るムーはあんなモンスターでは無い。

 ドラゴン種に分類されるムーは、山のような巨体、翼、牙、爪を持つ。

 村を、ミナガルデを襲ったムーはあんな姿では無かった。

 ただ、カチカチと鳴る歯の音が知らせるのは、目の前のモンスターの邪悪さ。

 開かれた眼は品定めするように全てを見据え、ゆっくりと動かされる手足は威圧感を生み出す。

 背後にはワルモン軍団。

 無数のモンスター達は、王の拝謁を賜る人間の最期を見ようと興味津々だった。

 歩みを進める王が、ワタルの前までやってくる。

 互いの視線が交錯し、相手の正体を看破した。

 

「ミュウツー」

 

『──ポケモントレーナー』

 

「……俺の名を知っているのか」

 

『知っているのか、だと? ……ククッ』

 

 クツクツと笑い、邪悪に口の端を上げた。

 

『それは名では無い』

 

「!」

 

『知っていて当然だ、何故なら俺が戦ってきた者達そのものでもあるのだから』

 

「……」

 

『人はいつまで経っても学ばん。自らが生み出したモノを制御することも出来ず、欲に飲み込まれていく』

 

「まさか、ムーってのは──」

 

 浮かんでは消える想像の中に、確かな線が結ばれ始める。記憶のピースが繋がれて、一枚の絵になっていく。

 

『古くから変わらぬ闘争を始めよう、ポケモントレーナー』

 

 

 ──────

 

 

『燃え尽きろ』

 

「ガスト! まもる!」

 

「──ぐうううう!!!」

 

 押し寄せる炎。

 展開されたバリアに小さなヒビが入る。

 草原を焼き尽くしていく炎が、ワルモン軍団達をも巻き込んでいた。

 

「ぐあああああ!!」

 

「あ、あづい! あづい!」

 

「ムー……さま……」

 

 ホリィが必死に叫んでいた。

 

「やめて! 貴方の仲間達も全員死んじゃう!」

 

『仲間などいない』

 

「ワルモン軍団は貴方達の仲間でしょう!?」

 

『俺の同胞はすでに皆死んでいる』

 

「仲間がいたなら……それを失う悲しみだって!」

 

『くだらん』

 

 ビキビキとヒビが大きくなり、熱が漏れ始めた。

 

「もう持ちません!」

 

 ガストの叫び。

 常に冷静で飄々とした彼の必死な訴え。

 ワタルは右手を構えていた。

 

「ぜあっ!」

 

『むっ!』

 

「──がはあっ、はぁっ……はぁっ……力不足、ですか……」

 

 撃ち出された青い光線をムーは反射的に避け、炎が途切れた。

 ガストは今の一撃を防いだだけで大きな疲労が襲ってきたことに戦慄した。

 

『……貴様、純粋な人間では無いな?』

 

「そう思うか?」

 

『ただの人間は光線など放たない──ふっ」

 

「──はぁっ!」

 

 一瞬にして接近し、ホリィに向かって放たれた拳。

 当たれば脳天がザクロのように弾け飛んでいただろうそれを受け止め、青い炎を巻き起こす。

 しかし、ムーを焼け屑にする前にその姿はかき消えた。

 

『なるほど、反応速度も人間のそれを凌駕している』

 

「大丈夫かホリィ!」

 

「え……あ……」

 

 尻餅をついたホリィの肩を抱いて起き上がらせる。

 ただの少女がこの場にいることはあまりにも危険だった。

 いつ、その身を必殺の一撃が襲ってもおかしくは無い。

 それでもワタルはホリィに退避しろとは言わなかった。

 

「狙いは一つ、あいつの勾玉だ」

 

「……マガタマ!」

 

 一瞬の出来事に放心していたホリィは、その一言で我に帰った。

 ムーの首元には、ホリィと同じようにマガタマが飾られている。

 ムーはそれを掬うように持ち上げ、見せつけた。

 

『これが欲しいか』

 

「ぜひ欲しいね」

 

『核たるこれさえあれば、ヒノトリは復活する』

 

「……核?」

 

『何も知らずに旅をしていたわけではあるまい。聞けばそこの娘はあの村の出だとか……ガイアは娘が持っていた、そうだろう?』

 

「そうだ」

 

『ならば、すでに残りのすべては手に入れたというわけだ』

 

「…………」

 

『お前を始末して、その娘を食ってから勾玉を破壊してやろう』

 

 

 ──────

 

 

 飛び交う光。

 風は吹き荒れて戦場をかき乱す。

 爆煙の上がる中で、尾を引く2対の色が衝突した。

 すぐに離れ、今度は大気を切り裂く一条の光が互いに向けて放たれた。

 

『ガアアアア!!』

 

「おおおお!」

 

 紫のエネルギーを貯めたムーと、蒼き炎を宿したワタル。自然エネルギーの衝突が巻き起こすのは電子の遊離によるプラズマ。

 触れたもの全てを溶かし尽くす熱がどんどんと広がっていく。

 電気と熱の両方が、他者の接近を許さなかった。

 

「セメテ……ゴォオオ!」

 

 ゴーレムが岩を持ち上げ、援護として投擲した。

 遠距離ならばその余波は免れると判断してのことだった。

 ムーに一直線の巨石。

 直前で砕かれたが、十分に大きな破片が降り注ぐ。

 

『ぐっ! ──邪魔だあああ!』

 

「……あかん!」

 

 返す刀で放たれた光弾が、テレポートで避難したスエゾーとゴーレムのいたところを抜けていく。

 ゾッとするような音と共に視界外へと飛んで行った。

 空まで立ち上る紫色のドームが発生し、遅れて爆音と衝撃波がやってくる。

 

「きゃあああああ!」

 

「くっ……」

 

 ワタルは吹き飛ぶホリィを抱き留め、衝撃から庇う。

 ムーにばかりかまけているわけにもいかない。結局のところ、この場で最も重要なのはホリィだった。

 彼女がいるからワタルはこの場にいた。

 勾玉を奪取し、ホリィに渡す。

 それこそが最優先のはずだ。

 しかしその糸口が掴めない。

 一度ノックダウンさせてから勾玉を奪い取ろうと考えていたのにそんな余裕すら無い、自身の未熟さに歯噛みする。

 

「ワタル、私のことは気にしないで」

 

 ホリィはすでに覚悟を決めていた。

 この戦いで自分がどうなっても受け入れる。

 どんな結果になっても、自分達は最後まで頑張り抜いたと胸を張ろう。

 

「思いっきりやって」

 

「オレ、マモル。ワタル、タタカウ、マカセル」

 

 ゴーレムが立つ。

 高い物理・特殊防御力を誇り、少女の体を覆い隠せるくらいには大きいゴーレムならば確かに守りきれるはずだ。

 懸念点はいくつもあるが、これが最善なのかもしれない。

 逃げたところで、少女の脚ではムーから逃げ切ることは出来ない。

 追いつかれて勾玉を奪い取られるだけだ。

 

「お願い、ゴーレム」

 

「ゴー!!」

 

「わ、ワイもおるで! いざとなったらテレポートで一目散や!」

 

「ガルルル!」

 

 ベビィも本能に抗ってホリィを守ろうとしていた。

 震える膝を抑え、牙を剥いてムーへ唸る。

 もはや狼を超える大きさにまで成長したベビィ。

 冷凍光線や風の刃を操るところも加えて、赤ん坊などという呼称は相応しく無いほどの強さにはなっていた。

 それでも目の前の人型のモンスターを見ると、ベビィの脳へと訴えかけてくるものがある。

 戦ったなら、死ぬぞ。

 その警鐘はベビィの判断を鈍らせ、実際に戦うとなったらいつもの実力が出せないことは明らかだった。

 それでも……母のような、そして弱い存在であるホリィを見捨てることは決してしない。

 それこそが、前を歩いていた男の背を見てきたベビィの矜持だった。

 

 

 ──────

 

 

「リンネ! なんで兄ちゃんを止めなかったんだ! 

 

 トワがリンネにつかみかかった。

 

 遠くからも見える浮遊城。

 平和で、ムーの脅威を知らない者もいるエンジュシティは、近くの草原に留まったワルモン軍団の存在でパニックに陥った。誰もが恐怖に慄きながら、戦士達はそれでも街の外へ出て戦おうとした。

 しかし、望遠鏡で捉えた光景。

 現れた小さなモンスターと対峙していたのは、町長お抱えだったはずの男。

 

 優勝した者が挑戦するはずだった彼が何をしているのか、遠くから見守った。

 そして始まったのは、持っている武器がまるで役に立たない戦い。

 

 超常の発現が齎した破壊。

 世界を統べる王と、人類の守護者の戦い。

 世界を救うという偉業を成し遂げるには、世界を破壊する者と同じだけの力を手に入れなければならない。

 決して人前では見せなかった暴力の塊を、惜しげもなく解放した男の姿がそこにあった。

 武器を手に取る事も忘れてその光景に見入る男達。

 

「リンネ!」

 

 そんな事はどうでもいいと、トワは怒る。

 自分に黙って遠くで戦っているワタルに。

 見送るだけだったリンネに。

 

「好きじゃないのか!?」

 

 血は繋がっていなくても、ワタルとホリィのことを本当の家族だと思っていた。

 兄と姉だと思っていた。

 

「大事じゃ無かったのか!?」

 

 最初は知らなかった。

 だから、生活を通じて2人のことを知っていった。

 

「家族じゃ無かったのか!!」

 

 エンジュシティにやってきたばかりの時は、腕を失くした哀れな男の人と、その人を支える女の人だった。

 街を歩くのを見かけた後も珍しい黒髪だったから覚えていただけで、ホリィが右側から兄ちゃんを支えていて、弱々しいと思ったのを覚えている。

 

 偶然だった。

 朝、剣を練習する為に街の外れに向かっていたら、宿から出てくる兄ちゃんを見かけた。

 この頃はまだ兄ちゃんは家をもらっていなかった。

 どこかへ行くその背中をこっそりと追いかけた。実は最初からバレていたんじゃないかと思うけど、その時は何にも言うことなく兄ちゃんは歩いていた。

 

 街の外、どこまでも進む背中に着いていくのが不安になった頃、大きなバケモンが現れた。

 咄嗟に隠れ、息を殺していた。

 あの男の人はどうなるのか、なんて思う事すらできなかった。

 バキッとかグシャッとか、怒号が耳から入ってくるのが怖くて必死に耳を塞いだ。

 肩を叩かれ、掛けられた言葉を覚えている。

 

『──ちょwwおまww町長のいとこじゃんwwwなんでwww』

 

 ただ爆笑してただけかもしれない。

 よく分からない事にツボって笑っていた。

 バケモンは? と質問したら大丈夫と指差した。

 メッタメタにやられているモンスターの死体があった。

 それでまた悲鳴をあげた。

 

『宿代もねえから、こうして金になるやつを自分で取ってきてるんだ』

 

 戦っている光景を見ていなかったから信じられなくて、証明しろと切り掛かったら木剣をグッシャグシャに潰されてボールみたいにされた。

 泣き叫んだら、兄ちゃんはホリィに叱られていた。

 リンネにその日の出来事を話したら、気になったのか兄ちゃんと話に行った。

 あっという間にあの家が兄ちゃんのものになった。

 

 兄ちゃんに稽古をつけてもらって、ホリィのご飯を食べて、スエゾーと追いかけっこをして、あの家は幸せでいっぱいだった。

 ずっと続くと思っていた。

 

 

 ──────

 

 

「兄ちゃん……!」

 

「トワ! ダメ!」

 

 駆け出したトワ。

 速力の差ですぐに追いついた。

 今も雷鳴が轟き、爆炎が空に上がるあの場所へ従姉妹を行かせるわけにはいかなかった。

 

「離してよ!」

 

「行かせない!」

 

「離せ! ……兄ちゃんが戦ってるのに自分は見てるだけなんて、そんなのヒキョーだぞ!」

 

 リンネの心が途端に熱された。

 言葉が口を突いて出る。

 

「私が! 私がどんな気持ちであの人を見送ったかも知らないくせに!」

 

「だったら! なんで最初からそっちを選ばなかったんだ!」

 

「だって……私は町長なんだから! 仕方ないじゃない!」

 

「それで納得したならそんな顔するな!」

 

 肩を掴んでいた手から力が抜けた。

 

「…………じゃあ……どうしたら、良かったのよ……」

 

 リンネは町長だった。

 その背中には、町で住む人々の命が重くのしかかっている。そして、彼らを愛していた。

 守るべき人々であると、理解していた。

 

 ワタルは、良く似た少女を知っていた。

 勝手に責任があると思って、自縄自縛になっている少女と出会って旅をしてきた。

 それ故にリンネを留める方法も知っていた。

 例え彼女の内心が手に取るように分かるとしても、関わらせるべきでは無いと思った。

 だから、その答えを突きつけたのだ。

 

「行くよ、リンネ!」

 

 トワには関係無い。

 未だ自分が何者か定まっていないトワには、そんなの関係無い。

 足の動かないリンネの手を掴んで引っ張っていく。相手の気持ちなんか関係無い、ただ、そうしたいからそうする。

 それこそ欲求の根源。

 人間が争うことのできない本質の部分。

 

「兄ちゃんが待ってるぞ!」

 

 少しずつ、抵抗が弱まっていく。

 足が動き始める。

 引かれていない方の、垂れ下がっていた腕が振られ始める。

 やがて、トワの速度では遅いと担ぎ上げて走り出した。

 

「さいしょっからそうすれば良いんだよ……まったく、世話が焼けるなあ」

 

「ナマイキ」

 

「へへ」

 

 

 ──────

 

 

「──ワタル!」

 

 辿り着いたリンネが見たのは、地上で肉弾戦を繰り広げるムーとワタル。

 邪悪な気配に背筋が凍り付きながらも、ホリィたちが囲まれている事に気付いた。

 ワルモン軍団とて、ただ観戦しているだけでは無い。

 人質を取ればそれだけ戦況を有利に進められると理解していた。

 一角を蹴散らしてホリィの元へ行く。

 

「ホリィちゃん、助けに来たわよ」

 

「リンネさん……ありがとうございます……」

 

 申し訳なさそうに感謝するホリィの頭を撫でる。

 

「私の方がお姉さんなんだから、好きなだけ頼ってくれれば良かったのに」

 

「…………本当に、ありがとうございます」

 

 ところで、と向き直る。

 

「私はどうすれば良い?」

 

「勾玉を奪いたいんです」

 

「……あなたを放って彼のところに行くのは、あんまり良く無いわね」

 

 ワルモン軍団。

 それは悪の象徴。

 ホリィたちが旅の中で葬り去ってきたワルモン達だって、本来は人の敵う相手では無かった。

 それはホリィだって同じだ。

 1人では1匹倒すのすら難しい、というか不可能に近い。

 

「まずはこいつらを倒さなくちゃね」

 

 そう言って構えた。

 

 

 ──────

 

 

 どれだけ戦ったのか。

 分からないほどに戦った。

 エンジュシティの戦士達が加わって、ワルモン軍団と全面的に争っていた。

 

 押すように蹴り上げられた左足をクロスした両腕で防ぎ、突き抜けた衝撃が岩山を揺らした。

 何事もなかったかのように腕を下ろし、戦っているリンネ達を嘲る。

 

『餌が増えたな』

 

「いいや、頼れる仲間だ」

 

 なぜ、来てしまったのか。

 そんな事を考えるのは無粋だ。

 助けに来てくれたんだ。

 ああ、嬉しいなあ。

 俺の旅は無駄では無かった。

 自分が楽しいだけの旅では無かった。

 リンネ達もきっと、楽しいと思ってくれていた。

 

 通り過ぎた尾の一振り。

 それを掴み取り、ぶん投げる。

 空に放り出されたムーは落下すること無く空中で制止した。

 

『何故そうまでして抗う』

 

「ミュウツー、お前は意外と頭が悪いんだな」

 

『結果は分かっているだろう?』

 

「ああ、分かってるぜ。お前が倒されて世界には平和が訪れる、それが結果だ」

 

『そんな都合のいい世界はどこにも無い』

 

 右手を構え、その先に闇を凝縮したような球体を生じさせる。

 ──突然、その足元から青い炎が立ち上った。

 身体が炎に包まれる。

 

『ぐぅぅううう!』

 

 シルエットの動きが、もかぎ苦しんでいる様子をアリアリと映し出す。

 

「そうだ、都合の良い世界なんて無い」

 

 左肩を押さえ、炎を睨みつける。

 都合が良いならば左腕を失う事は無かった。

 

「傷付いて、迷って、置いて行かれて、閉じ込められて、弄ばれて、夢を笑われていた」

 

 今は側にいない仲間。

 彼女達が味わった苦痛をどれだけ和らげることが出来ただろう。

 少し離れただけで、記憶している笑顔が本物か分からなくなる。

 それでもこの身体を覆う傷は、震える心は、確かに彼女達との繋がりがあったことの証明に違いなかった。

 

『ぐうあ……』

 

 身を焦がす炎が消え、解放されて膝をつく。

 

「────」

 

『おのれ…………?」

 

 異様な光景を見たムーは、首を傾げた。

 青年は泣いていた。

 眉を下げて、両目から涙を流していた。

 

「会いたいよ」

 

 口に出すほどに、思いは強くなる。

 

「あいつらに会いたい」

 

 心を偽ることなど誰にも出来はしない。

 

「もう会えないなんて嫌だ」

 

 いくら諦めたと宣ったところで、そんなのはカッコつけでしか無いんだから。

 

「なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ」

 

 心の奥の奥。

 思っていたこと。

 

「なんであの子達と一緒にいさせてくれないんだ」

 

 理不尽に怒っていた。

 不条理に悲しんでいた。

 そうして頭を抱えて、泣き崩れていた。

 

「引き離すなら……なんで出会わせたんだ……」

 

 孤独の苦しみを味わわされていた。

 みっともなく隙を晒していた。

 

「……でも……」

 

 青年はそれでも顔を上げ、汚い顔を前に向けて、彼女達の今を思う。

 いつだって、自分が居なくたって、あの子達は本気で、全力で立ち向かっていた。

 

「あいつらも……頑張ってるんだ……」

 

 ゲーチスと必死に戦っているはずだ。

 世界を救う為に頑張っているはずだ。

 自分が戦っているのと同じように、あの塔の上でポケモン達と一緒に。

 

「俺だけこんなところで立ち止まってたら、笑われちまうよな……」

 

 それに、彼女達も。

 

「リンネもせっかく駆けつけてくれたのに……みっともねえや、俺……」

 

 いきなり泣き出して、感情が抑えきれない自分が情けなかった。

 それでも、彼女達への想いは本物だった。紛れも無い本心で、溢れそうになるのを今でも必死に抑えている。

 ホシノ達に会いたくて仕方がない。

 でも、今ここにいるホリィ達も大事で見捨てることが出来なかった。

 

「泣いてる場合じゃ無いわな……」

 

『芝居は終わりか?』

 

 ゴシゴシと目を擦る青年と対面している怪物は、腕組みをして不快そうな表情を見せる。

 いきなり泣き出した敵の姿が、異様に腹に据えかねていた。

 

『意味の無い囀りは満足したか?』

 

「……それがお前か」

 

 その姿を見た彼には、目の前の敵が何故ここまで世界を脅かしているのか分かった気がした。

 自分が愛した世界を何故こうも傷つけるのか。

 

「この世界には意味なんて無くて、必死に生きている人間は滑稽で……」

 

『…………』

 

「そうとしか生きられないお前は……なんて憐れなんだ」

 

 もはや、青年のウチにある力は僅かだった。

 全開で出し続けた事により、超能力はもはやほぼ使えない。

 次に全力を出せば、本当に何も無くなる。

 それでも拳を強く握りしめた。

 力が無くとも燃え上がるものがあった。

 

 

 ──────

 

 

『くだらん』

 

 吐き捨てた。

 

『くだらん』

 

 睨め付けた。

 

『全て、くだらん』

 

 意味は無いと断じた。

 

『俺を作った科学者達も、その同族たるお前ら全ても、のうのうと生きるモンスターどもも、全てくだらん!』

 

「くっ……!」

 

 憎しみが湧いてくる。

 忌々しい人間が言葉を喋っている状況に吐き気がする。

 そう作られた魂は、生命を目の前にしたならば抹殺しろと肉体に叫ぶ。

 いくつもの光弾を、動き回る青年に向けてばら撒いた。

 土が舞い上がり、お互いの姿が隠される。

 挑発するように、悍ましい未来を語る。

 

『お前も! あの娘も! ガイアの価値も知らなかった、あの下らん村の人間達と同じように焼き尽くしてやろう!』

 

「──下らないのはてめえだ!」

 

 叫びながら、青年の拳が頬に叩きつけられた。

 純粋な膂力のみでムーを吹き飛ばす。

 岩に突っ込んで粉砕したムーは無傷で、青年の拳からは血が吹き出ていた。

 そのまま追いかける。

 

「何もかもが下らないと思うなら、何も見えないように部屋にでも引きこもってろ! 幼稚なてめえの感情を俺たちに押し付けんじゃねえ!」

 

 どんなに憐れだろうと、他人に迷惑を掛けるなら相応の罰を喰らう。

 どんな事情があってそうなってしまったとしても、何をしてもいい理由になんてならない。

 破壊されつつある右拳を思いっきり振りかぶって、ムーの顔面を殴る。

 

「心が! 抑えられないなら! 瞑想するなり! なんなりして! 鍛えようとは! 思わないのか! そうして! 乗り越えて! 傷付けないように! 少しは努力しろ!」

 

 殴るほどに傷付くのは彼の拳ばかりで、ムーの身体に傷はできない。

 何をしているのか分からなくて、ムーは戸惑っていた。

 その行動をする事が何に繋がる。

 痛みも無く、困惑のみが広がる。

 その首元に手が伸びる。

 

「ぬうああ!」

 

 ネックレスが引きちぎられた。

 獣の如く牙を剥き出しにして、勾玉を握り込んだまま再び殴る。

 歯がギシギシと鳴っていた。

 

「てめえみてえなやつがなあ! いっちばんきらいなんだよ! 人を不幸にしてもなんとも思わないで!」

 

 ただ、ムーがこの選択肢を選んだことが許せなかった。

 大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 その意味を旅を通して実感してきた。だから、そっちを選んだのが見逃せなかった。

 

「俺と違って、戦う力を最初から持っていて! どうすれば傷付けないで済むかぐらい考えればわかるくせに! 自在に力を操れるくせに! 思考を放棄して楽な方を選びやがったな!」

 

 ムーは兵器として生み出された。

 そんなムーに言ったところで、と誰かが反論するかもしれない。

 

「脳みそがあるんなら使いやがれ!」

 

 そんな事は関係無かった。

 ムーには理性があった。

 知性があった。

 分別を持つ為に必要なだけのものが備わっていた。

 ならば、選択することができたはずだ。

 平和に生きることができたはずだ。

 だから彼は怒っていた。

 

「他人様に迷惑を掛けるんじゃねえ!」

 

 それがムーに届くかは別だった。

 

「がっ……」

 

 青年の肩を、剣のように鋭くなったエネルギーが刺し貫いた。

 霧散した後には向こう側まで見えそうな穴が。

 すぐ様、ぼたぼたと血が溢れ出す。

 だらりと右腕を垂れさせてよろめく。

 ムーは更に、人がはかいこうせんと呼ぶわざをお見舞いした。

 発生した爆煙を抜けて現れた血まみれの青年は、ホリィの目の前に落下した。

 

 

 ──────

 

 

 自分が混ざったら一瞬で血霞と消えるような、大地を、山を、空気を削り取りながら行われる戦闘。

 ホリィは悲鳴を必死に堪えていた。

 彼が命を賭けて戦っている。

 しかも彼は全く違う世界からやってきた人で、本来であればこんな戦いに責任なんて無いのに。

 安全な場所で、ただ思うだけしか出来ない。

 戦う力の無い人間がこの場でできる事は、祈ることだけだった。

 そんな彼女の前に青年の肉体がドシャリと落ちた。

 

「ワタル!」

 

 ムーが、浮遊した状態でゆっくりと近づいてくる。

 両手には紫紺の球体が。

 最悪の想像が浮かび、前に立ち塞がる。当然のように、その視線は青年から彼女へ。

 邪魔するのは誰ぞと問い掛ける。

 その視線に捉えられただけで足がすくむ。恐怖に身を震わせながら、それでも両腕を広げた。

 

「もうやめて!」

 

『どけ、女』

 

「これ以上この人を傷付けないで!」

 

『向かってきたものを打ち滅ぼす、それは当然の事だ』

 

「──なんで……なんでこんな酷い事ができるの!?」

 

『酷い?』

 

「みんながあなたに一体何をしたの!? 大切なモノを守ろうとしただけじゃ無い!」

 

『…………』

 

 ムーの姿全体に影がかかっているようだった。

 その表情も有り様も隠され、赤く光る目だけがホリィを見下ろしていた。

 

『ガイアを持っていながら、本当に貴様らは何も知らないのだな』

 

「…………え?」

 

『酷いと言うのなら、何故、俺は廃棄された』

 

 暴虐の化身たる姿はなりを潜め、冷静に問う。

 廃棄、と言う言葉にホリィは全く理解が及ばなかった。

 俺は廃棄された、それはつまり、ムーは捨てられたということで……でも、誰がそんな事を? 

 ムーは強大で、そんな風に扱える存在に心当たりなどあるわけもなかった。

 

『必要になったから作って、争いが終わったから捨てて……それは酷く無いのか?』

 

「……だからって、こんな──あ」

 

 言い募るホリィの肩に熱が。

 そしてべとりと濡れる感触。

 振り向くと、青年がフラフラと立っていた。

 肉体の限界が近いのは明らかで、ホリィは血で汚れるのも構わずに抱き留めた。

 

「ワタル! 起きちゃダメ!」

 

「──ホリィ、これを」

 

 押し付けられたものを見る。

 

「勾玉……!」

 

「ホリィ、合体させるんだ」

 

 あまりにも弱々しい掠れ声。

 いつもの溌剌さは見る影も無かった。

 垂れる血と一緒に体力も地面に吸い込まれていく、

 ホリィは必死に血を止めようとした。

 

『させると思うか』

 

「ゴオオオオオ!!」

 

 突進したゴーレムがその巨大な拳を叩きつける。

 拳の大きさがミュウツーと同じくらいであるゴーレムの一撃は、尋常のモンスターであればそれだけでノックアウトは確実だ。

 しかし──

 

『それで殺せると思っていたなら、お笑いだ』

 

 何故、ムーが世界征服を完遂一歩手前まで持ってこれたか。

 負けなかったからだ。

 誰も敵わなかったからだ。

 この世界に、ムーに匹敵する怪物がほぼいなかったからだ。

 

「ゴ……!」

 

 ゴーレムの手はあっさりと受け止められていた。

 それどころか振り回されて、投げられた。

 その先で地面に突っ込み、巨大故にワルモンや戦士達を薙ぎ倒していく。

 

「ゴーレム!」

 

「ホリィ、頼む……勾玉を……」

 

「………………わかった!」

 

 そんな2人の元にエンジュの戦士達が駆け付ける。

 その中にはリンネもいた。

 ワタルを寝かせて薬を飲ませる。

 肩の傷に応急処置を行い、呆れたようにため息をついた。

 

「いつもこうやって戦ってきたのね」

 

「まあ……俺は、所詮……ただの人間だからな……」

 

「そりゃあこんな傷だらけにもなるわよ」

 

「……リンネ、ホリィを守ってやってくれ」

 

「もう、勾玉は揃ったんじゃないの?」

 

「…………もう少しだ」

 

「はぁ〜……分かった、ちゃんと守る」

 

「ありがとう、安心……だ……」

 

 青年は目を閉じるとすぐに意識を失った。

 リンネは一度頭を撫でると立ち上がり、ホリィの隣に立つ。

 そして武闘大会に出ていた猛者達や、そうで無くても街を守る戦士達が並ぶ。

 見知った顔だった。

 全員、街で会ったことのある人だった。

 

「嬢ちゃん! いつも街を守ってもらってたんだ! こんな時くらいはカッコつけさせてくれよ!」

 

「俺たちも戦士だ! 戦うぜ!」

 

「ワタルが戦えないなら、俺たちがやるしかねえよな!」

 

「あいつも水臭えよな! こうなるなら最初から声かけろってんだ!」

 

「みなさん……!」

 

「ホリィちゃん、任せて」

 

「リンネさん!」

 

「あなた達が守ろうとしているものを一緒に守らせて欲しいの」

 

「あ──」

 

 頭が真っ白になって、何を言えば良いのか分からなくなった。

 リンネは、まるで戦場の女神のように先頭に立って走り出した。

 

「私に続いて! 目標はムー! 周りのワルモンは他の人やイイモンたちに任せ、私たちはあいつを止める!」

 

 

 ──────

 

 

 悠久の時を生きるポケモン、ネイティオ。

 起きているのか寝ているのか、細い目で海を眺めていた。

 昔のことに思いを馳せながら。

 

「──ネイティオ」

 

 いつだって聞いていた声。

 大冒険の中にあって、どんなダンジョンよりも不思議な相棒だった。

 幻聴。

 この環境に慣れたと思っていたけど、やっぱり寂しい気持ちがどこかにあったのかな。

 首を振って、そんな気持ちを振り払った。

 もうピカチュウはいないんだから。

 

「ネイティオ」

 

 バッ! と振り向いた。

 

「よう、ネイティオ」

 

 ピカチュウがそこにいた。

 幻覚。

 幻聴。

 もう、私はダメなのかもしれない。

 

「おーい、見えてんのかー?」

 

 グニグニと頬を触る手の感触。

 ああ、懐かしい……ダークマターを倒した時に、お別れする前にせめて、もっと触っておけば良かった。

 本当に、こんな感じだった。

 これが幻覚でも良い。

 強く抱きしめた。

 せめて今だけは消えないでください。

 この夢を覚さないでください。

 本当に触ることができないとしても──

 

「おいおい、どしたん話聞こか〜?」

 

「…………え?」

 

「あん?」

 

「さわれる……」

 

「お、おう……って、いきなり泣くな!」

 

 取り乱して、わんわんと泣いてしまった。

 腕の中でもがくピカチュウが何か言っていたけど、そんなの関係なかった。どれだけ寂しかったか、知りもしないくせに。

 抱きしめて、泣いて、バカ、とかどうして置いてったんだ、とか八つ当たりみたいに──いや、八つ当たりじゃない。これはもう完全にピカチュウが悪い。私は悪くない。

 

「──で、俺が生まれたってわけ」

 

「何がどうなのか知らないけど……でも、君はちゃんと人間になれた、いや、戻れたんだね」

 

「お前のおかげだ、ありがとな」

 

「あはは、そうやって改めて感謝されると恥ずかしいな」

 

 久しぶりに話をした。

 どこかに行っちゃいそうな気がして、ずっと抱きしめていた。温かくて、小さな身体。

 文句も言わず、元の世界に帰ってから何があったのかを話してくれた。

 様々な出会いがあって、遠い未来にまた訪れて、完全にダークマターを成仏させることができたとか。ホシノ? とかいう人間達とパートナーになれたとか。

 

「ああそうそう、ちゃんとレッドと会えたんだよ」

 

「ちゃんと?」

 

「人間として、ピカチュウとして、あいつに正体を明かしたんだ」

 

「そっか……じゃあ、ピカチュウだった時の気持ちとかも?」

 

「いや、あっちの俺はこれ覚えてないから」

 

「ひひっ」

 

「なんだよ」

 

「私だけのピカチュウなんだ」

 

「そうだな」

 

「ところで……」

 

「お?」

 

「なんでここにいるの?」

 

「………………それ聞く?」

 

「大事なことだよ」

 

「……まあ……いつもの、って感じだ」

 

「君っていっつも何かに巻き込まれてない?」

 

「それに関してはアルセウスが悪い」

 

 アルセウスはブンブンと首を横に振った。

 外宇宙の人間にそんな設定をすることはできない。

 

「それよりネイティオ、困ってるんだけど」

 

「……はいはい、またですか」

 

 久しぶりの再会なのにまた相談ですか、しょうがないなあ。

 

「事情も良く知らないのに首を突っ込むクセ、治らないね」

 

「うぐっ……」

 

「君、もう何歳なの?」

 

「ま、まだにじゅうよんとかさんとかだし……」

 

「はぁ……」

 

「俺の歳はいいんだよ!」

 

 頼むよ! と手を合わせて祈るポーズを見るのも久しぶりだった。あの頃は、こうして楽しく過ごしていた。

 時間は常に流れるけど、その中で観察をし続けるというのは本当に退屈で……あの日々は本当に、なんて素晴らしい日々だったんだろう。

 ──この奇跡のような時間がいつまでも続けば良いのに。

 

「仲間がたくさん出来たんだね」

 

「……そうだ」

 

「その子達のことが大事なんだね」

 

「そうだ」

 

「君はいつも、命より大事なものばかりだね」

 

「──やっと見つけたんだ。お前と、あいつらと、出会えたからな」

 

 ピカチュウが腕を振り解き、大海を背にしていた。

 かつて、滅びゆく一つの文明を前にしていたあの時のように。

 

「だから、手を貸してくれ!」

 

「君の時間軸における運命はもう枝分かれしているようだ。レッド達と旅をすることは2度と無いとしても?」

 

「それでもだ!」

 

「寂しいんでしょ?」

 

「だとしても!」

 

 愛した友と一緒にいられないことは死ぬことよりも辛い。

 私も体験してきたことだ。

 そしてなにより君の顔を見て私に分からないはずが無い。

 

「君もやっぱり、私のこと言えないよ」

 

「────はは、そうかも」

 

「私たちはやっぱり似たもの同士だね」

 

 

 ──────

 

 

「ヒノトリの復活?」

 

「ああ、勾玉が鍵だとムーは言ってた。でも残りの勾玉の数がそもそも分からないんだ。早くしないと、リンネ達が……」

 

「私もマガタマの事は全く──」

 

『勾玉か……懐かしいな』

 

「へ?」

 

「え?」

 

 男は気付けばそこにいた。

 二匹とも、ステータスという項目があるなら全てがカンストした個体。

 世界を救ったという過程を経て、この世界で並ぶ者の無い存在になっていた。

 そのどちらも、声をかけられてようやく気付いた。

 

『捨て去ったそれが、まさかあの世界で長い事ワザワイを齎すなんてな』

 

 掌の上に現れたいくつもの勾玉はホログラムのようなものなのか、実体はそこにはなかった。見た目の違う半透明の勾玉が円環を成してクルクルと回っている。

 

 その男には見覚えがあった。

 甘栗頭に、刺青。

 不可思議な術を使う、同郷に近い、だけど同郷では無い男。

 驚きに包まれた。

 だって、そんなわけはない、仮にそうなら、あの人は一体。

 

『どうやら俺は、すごく迷惑をかけてしまっているみたいだ』

 

「……なんであなたがここに!?』

 

『──ポケモントレーナー、いずれ出会う君のことを俺はあまり知らない。そして、知る必要も無い』

 

「いずれ……出会う……」

 

『アドバイスすることがあるとすれば、世の中は俺たちの脳みそじゃ想像もつかない不思議で満ち溢れているということだ。それは、俺と同じく未知の世界に放り込まれた君ならば、知っている事でもあるはずだよ』

 

「んなこと言われても……」

 

『本題に入ろう、勾玉の事だ』

 

「──ちょっと待って欲しい」

 

『む?』

 

「私たちの再会を邪魔して、挨拶も無しなのはどうかと思う」

 

『……確かに君の言うとおりだ、挨拶をするべきだったな』

 

「そうだね」

 

 形式的な挨拶をして、本当にそれだけだった。

 特に意味があったわけでは無い。

 ただ、ネイティオにとって必要なことだった。

 

 

 ──────

 

 

『勾玉は、アクマが吸収すれば強大な力を手に入れ、人間なら適合すれば魔人になることができるアイテムだ』

 

「つまり、あなたの世界由来の物ということか……」

 

『正確には閣下とかそういう連中が持ち込んだんだけど……そこら辺はいいか』

 

 話出しがそもそもおかしい。

 そのアイテムがこの世界にあるのは別に、というか口振りからして彼がこの世界で廃棄したようだ。

 そこは良い。

 なぜそれがムーとヒノトリに関わってくるんだ。

 

『勾玉とは力の塊。どんな使い方をされていたとしても、大きな力を与えるだろう』

 

 つまり……彼が廃棄した後で、どこかでそれを手に入れた奴がいて、それがヒノトリに関わっている? 

 そんなの予想できるはずが無い。

 

『勾玉は25個ある。そして、その全てを俺は所持していた』

 

 ホリィとの長い旅の中で、多くの勾玉を集めた。

 そしてその数は23個。

 ムーの持っていた勾玉を奪い、24個となった。

 あと、1個。

 

「あんたの時はどうなったんだ?」

 

『なにも』

 

「え?」

 

『あくまで俺の世界では力の塊だった。様々な力を使いこなすのには役立ってくれたが、それを集めたからといって何かが現れたりはしなかったな』

 

「……何か……何かヒントになるものはないか!?」

 

『ヒント?』

 

「今もリンネ達が戦ってる! あいつらの元に俺は戻らなきゃいけないんだ! 最後の一個を見つけなきゃいけないんだ! だから、ヒントを! あんたなら!」

 

『そんなものはいらない』

 

「なんでだ! そもそも、あんたが持ち込んだならあんたが処理するのが筋でもあるだろうが! なら、ヒントぐらいくれよ!」

 

『せっかちだな……いいか? 勾玉とは首に飾るものじゃ無い。決して装飾品なんかじゃ無い。身に沈め、己が糧とするものだ。特別な力を手に入れるための道具なんだよ』

 

「……何が言いたいんだ」

 

『君はただの人間だったはずだ。例え膂力がこの世界の生命より優れていようと、モンスターでも亜人でも無かったはずだ』

 

「当たり前だろ」

 

『いいや、当たり前じゃない』

 

 すぐさま否定された、当たり前、ということの意味。

 ピカチュウ──ワタル──ポケモントレーナ──―名も無き男には分からなかった。

 何を言われているのか、考えてもやはり出て来るのは、自分がモンスターでも亜人でも無いという、当たり前の結論。

 それでも、男が断言するからにはなんらかの理由があるはずだった。

 

『君は、人間だ』

 

「人間だな」

 

『人間は、何の助けも無しに火を吹いたり雷を落とす事はできない』

 

「当然だな」

 

『当然……なら、君はどうだ』

 

「────あ」

 

 稲妻が走ったようだった。

 当然のことだ。

 人間は物理法則によってその体を形成していて、そこから逸脱した行為はできない。この世界においても同じだ。

 神秘を宿しているものはいるが、普通の人間は肉体に火炎放射器を隠したり埋め込みでもしない限り、炎を吹く事はできない。

 それが別世界のただの人間であった青年ならば、それこそ神秘もクソも無い。

 ならば火を吹いたり、雷を降らせたりなんて事はできないはずだ。

 

 ──俺は、そうだったか? 

 

『君はただの生き物だったか? 何かおかしな事はなかったか? 胸を張ってそう言えるか?』

 

「俺は…………」

 

『それは君自身が知っている事だ。俺が何かを言わなくても、知っていた事だ』

 

 怪物か、人間か。

 ヒトか、モンスターか。

 

『その上で君は選ばなければならない、今あるものを捨てる覚悟を。全てを君の意のままに操ることなど出来はしないのだから』

 

「今あるものを捨てる……」

 

『君が彼女達を愛しているのは分かる。共に生きたいと願っているのも』

 

「……」

 

『決めるのは君だ』

 

「ピカチュウ……」

 

 もう、後戻りはできない。

 セーブポイントはここが最後だ。

 この先に進めば選び直しはできないし、そんなことをしようとしたらみんな死ぬ。

 

 自由意志の名の下に好きなだけやってきた。

 それはとても楽しい事だった。

 始まりだけは苦しかったけど、マイナスをゼロに戻して、そして積み重ねていった。

 

 いつのまにか握られていたのは、免許証だった。

 最初から持っていたもの。

 自己を確定させるもの。

 もはや、必要無いものではあった。いまだに持っているのは、未練なのだろうか。

 

『迷う、恐怖を抱く、帰りを待つ人のことを思う。それらは全て、君が未練を残しているからだ』

 

「……」

 

 俺は、故郷に戻れない事に納得した。

 母さんや父さんと出会えない事を受け入れる事が出来た。

 それなら……

 

『君には出来るはずだ』

 

「──ああ」

 

「ピカチュウ!」

 

 ネイティオの声。

 身体に走る衝撃が、抱きしめられたことに気付かせた。

 

「君がどこにいても! どんな姿をしていても! どれだけの時が経っても! 私は忘れない!」

 

 寂しがり屋のこの相棒を再び置いていく。

 胸が張り裂けそうだった。

 

「あの5年間の事を永遠に忘れない!」

 

「……1000年後、再び俺がこの世界を訪れる。そこまで再開は無しかもしれないけど、偶には村に顔を出してやれよ」

 

「──さようなら、相棒」

 

「ああ、さよならだ」

 

 

 ──────

 

 

 目を覚ますと、戦士達はいまだに粘っていた。

 剣を構え、槍を投げ、弓を放っている。

 しかし、もう長くは保たない。

 そこら中に突っ伏しているし、ホリィやガスト達も倒れていた。

 リンネと、準決勝まで残った4人だけがまだ戦っていた。

 青年は身体を起こし、包帯を伝う血を無視してホリィのところへ向かう。

 夢で決意した内容を実現する為。

 彼女が持っている勾玉へ。

 

『目覚めたな……ならば、くたばれ』

 

 放たれた光芒は5人を余波で蹴散らし、そのままワタルへ。

 

「ワタル!」

 

 無防備に受けようとしたその背中を見てリンネの声が響いた。

 

「──まもる」

 

 青いバリアが展開された。

 モンスターの使うそれを何重にも重ねたような出立ち。

 ムーは眉を顰めながら、出力を上げた。

 

『…………なぜ貫けない』

 

 先ほどまでの彼であれば間違いなく貫けたはずだった。さらに出力を上げる。

 

『……ありえない……こんなのは……!』

 

「最後、だからな」

 

 背を向けたまま返答する。

 そしてホリィの元へ辿り着いた。

 

 凄まじい密度だった。

 ムーの放つ、山を溶かし尽くすはかいこうせんと拮抗し、仲間達をしっかりと守っている。

 ただ、それを維持しているワタルからは命が溢れていく。

 肩からとめどなく流れ出る血。

 エネルギーの消費が明らかに負担になっていた。

 青ざめる顔のままに、ワタルはホリィに語りかけた。

 

「君たちを近くで……誰よりも近くで見てきた」

 

「とても幸せだった」

 

「この旅路を得られた事は、俺の最上の一だった」

 

「きっと……このために俺は喚ばれたんだ」

 

「いつか、叶う」

 

「お前たちの夢はいつか叶う」

 

「そう約束したからな」

 

 夢の果て、旅の果て、倒れ伏す仲間たちを見つめる。

 強大な敵を前に、今にも尽きそうな命の煌めき。

 ああ……あの子達は怒るかな。

 命を粗末にすることは良くないことだ。

 

『くくっ……』

 

 ムーは愉快そうにこちらを見ていた。

 集まっても何もできない雑魚が、何かをしようとしているのを見ていた。

 その上でそれを上回ろうとしていた。

 青年は胸に手を当てる。

 

 失くした左腕。

 それは皮肉にも、元の時代の彼と既に別人であることを証明していた。

 

「俺はてっきり……無条件でこのチカラを授けられたもんだと思っていた」

 

 右手に纏わせた、蒼き炎。

 ──波動は我にあり。

 アーロン、ルカリオ。

 大いなる災いを止めた勇者たちが宿していたチカラ。

 

「でも、そんなわけないよな」

 

「これはどこまでいっても後付けのチカラ、媒体となる何かが必要だった」

 

「そして、これがあったから俺は喚ばれたんだな……そうだろう、店員さん」

 

 立てなくても、ホリィはそれを聞いていた。

 

「ホリィ、円盤石にヒノトリが封印されていない理由が分かったよ」

 

「……ワ、ワタ……ル……」

 

 何をしようとしているのか、ホリィには分かってしまった。細かい事はわからなくとも、良くない事だった。

 違うところから来たこの人がそれをするのは、許されることでは無かった。

 ワタルがでは無い。

 それをさせるホリィ達がだ。

 

「やめ……て……」

 

「ベビー、先生、ガスト、ホリィ、ゴーレム──」

 

 順々に名前を呼んでいき、バリアを維持したまま右腕でホリィを抱き起こした。

 

「きっと君達も『主役』なんだ」

 

「ワタル……」

 

「ホリィ、スエゾー……かっこよく生きて、世界を救え!」

 

「やめて……」

 

「──頑張れよ! 頑張れ、ホリィ!」

 

 ボタボタと血溜まりが作られていく。

 ムーを倒したとして、それでハッピーエンドなんて、そんなわけない。

 そんな世界でホリィはきっとまた旅をする。

 誰かを助け、救い出すために。

 誇らしかった。

 栄光の日々だった。

 泣いている顔を見つめる。

 俺のために……こんな俺のために泣いてくれているのだ。

 マガタマをホリィの首から外し、立ち上がる。

 共鳴するように、マガタマが光り輝いた。

 

『……その光は』

 

 ムーが突然に狼狽えた。

 結界に光線を放つ。

 ミュウツーの強大な肉体に宿ったムーの魂は焦っていた。

 それは、相反する存在が呼び出されることに対する生理的な反応。

 

「やめろ!」

 

「コレは、俺にしか出来ないことだ。力が偽物で、名前が偽物で、全てが偽物の俺にしか出来ないんだ」

 

「ガアアアアアア!!!」

 

 一際巨大な光線を浴びてピシピシとヒビが入っていく結界。

 ホリィは必死にワタルの脚を掴んでいた。

 入らない力を無理やり入れ、ソレをさせまいと防いでいた。

 だが、モンスターを上回る膂力に勝てるはずもない。

 マガタマを心臓のあたりに押しつけた。

 押し付けられたマガタマは肉体に飲み込まれていく。

 青年は笑っていた。

 言いたくてたまらないことがあった。

 それは、彼が最後に出来る事だった。

 

「最後の勾玉! 貴様が! この死に損ないめ!」

 

 ムーを真正面から見据えて、青年は口を開く。

 

「俺は死なない!」

 

「たとえこの肉体は滅んでも!」

 

「必ず俺の意思を継ぐものが現れ、そしてお前を撃ち倒す!」

 

「……ああ、みんな……月が綺麗だな」

 

 マガタマが完全に肉体に飲み込まれた。

 始まりの勾玉、マロガレを埋め込まれた肉体と融合していく。

 

「ワタル!! やめて!!」

 

 叫びは届かなかった。

 

 赤い光が辺りを明るく照らした。

 それはとても優しい光だった。

 傷付いたホリィ達を癒していく。

 それだけではない。

 その場にいた敵も味方も、全員を癒していた。

 

「あ、ああ……ワタル…………!」

 

「ワタルさん、あなたは──メノラーの継ぎ手とお知り合いだったのですね」

 

 結界などもはや要らなかった。

 攻撃をしていたはずのムーが苦しんでいた。

 小さな最強の身体に押し込められた、最強の魂が藻搔いている。

 

「ガアア! ……ぐううう!」

 

「──────」

 

 巨大な影が空に上った。

 それは自ら光を放ち、光はワルモン軍団へと降り注いだ。

 それを浴びたワルモン達の首に刻まれた紋章が消えてなくなる。

 血気を上げて進行していた軍勢は、自らの身体をペタペタと触り、お互いの顔を見る。

 

「俺たちは一体何を……?」

 

「何でこんなところに……」

 

「──あれを見ろ!」

 

 モンスター達は、戦士達は、エンジュシティの人間達は確かに見た。

 赤い巨体が、自分たちの上空を飛んでいるのを。

 神々しくて思わず祈りたくなるような美しさ。

 それこそは、正しくヒノトリだった。

 

「くたばれええええ!!」

 

 ムーは飛び立った。

 魂が苦しもうと、正当な後継機であるこの肉体はあの光に屈しない。

 そう作られたからこそ、ヒノトリに負ける事は決してあり得なかった。それは数値的に確実な事実だ。

 そしてヒノトリさえ消せば、世界は完全にムーのものだ。

 エネルギーを溜め、一撃で仕留めようとして気付く。

 

 空、あらゆる方角から小さき影がやってくる。

 ヒノトリよりも遥かに小さなそれら。

 ミュウツーの肉体に刻み込まれた生命の警鐘が大きく鳴り響いていた。

 

「あいつらは……」

 

 その影達の正体。

 それは失われた伝説。

 もはやポケモントレーナーと、ムーだけが知っていた名前。

 サンダー、ファイヤー、フリーザー、ホウオウ、ルギア──多くの伝説が集まっている。

 何のために集まったのか。

 それは古い友との盟約だった。

 

『いつか遠い未来』

 

『お前達の力が、また必要になる時が来る』

 

『俺はアマツマガツチとランドロスと共に、この地に留まる事にするよ』

 

『だからお前らは──各地を守ってくれ』

 

『その地の神になってくれ』

 

『世界をどうか、見守っていてくれ』

 

『そんで、都合の良いことを言って悪いけど……もし、あの人の勾玉を扱える誰かが再び現れて、何かを守るために力を必要としていたなら──』

 

『存分に力を貸してやってくれないか?』

 

 勾玉の最後の覚醒が近い事を感じた彼らは、世界中から集まってきていた。

 友の残火、契ったものを違えぬ為に。

 

「木端どもが──邪魔をするなああああ!」

 

 空中で爆発が巻き起こった。

 

 

 ──────

 

 

「うぐっ……ぐすっ……」

 

「ホリィ、何があったんや! ……あれは、何や!」

 

 スエゾーが指差すのは、空を彩る火球。

 雲というキャンバスの中に丸い色が何度も広がっては消えていく。そして飛ぶ、巨大な赤いモンスター。

 泣いているのもお構い無しに、ホリィに詰め寄る。

 スエゾーの胸中に、恐れにも似た確信のような考えが一つ。

 

「ワタルはどこ行ったんや!」

 

「ワタルは──ワタルは──」

 

「教えてくれや! ホリィ!」

 

 凄まじい剣幕のスエゾーをゴーレムが止める。

 

「スエゾー……アレ、ワタル」

 

「……何言うてんねん、ワタルは人間やないか!」

 

 考えも、言葉も否定する。

 

「ゴーレムさんの言っている事は本当ですよ、スエゾーさん。きっとワタルさんは、最後のマガタマを持っていたんでしょう」

 

 ガストが宥める。

 

「…………いつからや」

 

「はい?」

 

「いつから持ってたんや!」

 

「……きっと、出会った時には」

 

「なら……なら、何で言わないんや!」

 

 スエゾーは泣いていた。

 

「なんで、あんなことしたんや!」

 

 命を捨てさせてしまったことを後悔していた。

 別の世界から来たって言うなら、その世界に帰ればいいのだ。

 この世界の事に対してワタルは、何の責任も持っていなかった。

 この世界で唯一ワタルだけは、起きた事に対して無関心でも許される存在だった。

 

「ばかやろー!」

 

 空を飛び回るヒノトリが、世界を癒していく。

 傷ついた存在を、洗脳された存在を。

 無かった事にしていく。

 

 

 ──────

 

 

 伝説達は、憐れなものを見る目をしていた。

 友と比べて何と孤独なことか。

 そう作られたから、そうとしか生きられない。

 何て不自由で、憐れな存在なんだ。

 エネルギーを溜め、伝説の名に相応しい攻撃を放つ。

 一撃一撃が雲を切り裂き、山を穿つ威力だった。

 先ほどまでの戦いなど何でもないと言わんばかりの規模だった。

 

「むうっ!」

 

 ミュウツーが爆炎に包まれ、すぐに煙ごと吹き飛ばす一撃が周囲に放たれた。

 その攻撃をモロにくらった伝説のモンスター達は動揺しない。

 それだけのエネルギーは感じていた。

 

「──所詮は旧い時代のモンスター! 最強であると作られたこの肉体と魂には勝てん!」

 

 ムーは無際限の力を引き出し、エネルギー弾を次々と放つ。

 人々が解析した全てを詰め込まれた個体。

 ムーという素体をブラッシュアップして作られた、最高にして最悪の研究成果。

 それこそがミュウツーだった。

 古代人は、戦争のためにそれを成した。

 人はどこまで強いモンスターを作れるのか。それこそ、この存在のコンセプトだった。

 モンスターボールですら縛ることができないように作られ、結局は凍結されたソレが今、遺憾無くその性能を発揮していた。

 飛んでくる一撃はバリアーで防ぎ、バリアーの中から絶大な威力の攻撃を放つ。

 

「──ふははは!」

 

 万能感にムーは酔いしれていた。

 元の肉体よりも遥かに扱いやすく、遥かに出力が高い。

 無敵だと、嗤っていた。

 今まさにカミナリを放ったサンダーに接近し、蹴り飛ばす。

 

「──―!!」

 

 吹き飛び、距離をとって体勢を立て直したサンダーに追撃を放とうしたムーへと、ルギアが爆炎を浴びせた。

 

「ヌルい!」

 

 咄嗟にバリアで防ぎ、お返しにエネルギーを収束させたビームを放つ。

 しかしその一撃を相殺するように横からビームが放たれた。

 ムーの魂が苦しんでいた。

 そのせいで全力が出せない。

 

「ちっ……」

 

 

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