俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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53_過去と、未来

『埒が明かないな』

 

 ムーが右手を空に翳した。

 ミシミシと音が響く。

 何かが軋んでいる。

 捻じ曲がり、原型を奪われていく。

 何かに干渉していた。

 あらゆる可能性を内包する肉体。

 その可能性の一つを解放していく。

 

『今こそ、生命の極限を見せよう』

 

 バリアを張りながら、その光景はつつがなく進んでいく。

 天空を飛ぶ伝説のモンスター達は、自らの力ではそれを防ぐ事が出来ない事を半ば悟りながら、自らのプライドに賭けて攻撃をし続けた。

 そこに、上空から冗談のような速度で突っ込んでくる巨大な矢。

 バリアに衝突し、雲を吹き飛ばした。

 

「グロロロロロ……!」

 

 突撃してきたのはメガレックウザ。

 隕石を呼び寄せるモンスターの力を用いて、自発的に原始の力を呼び覚ましていた。

 

『ゲンシの力、それは確かに凄まじい。元の俺であったならば万が一もあっただろう……なにせ、今も頭が割れるように痛い』

 

 発射後のロケットのような強烈な推進音と、衝突点から火花が散っている。ゲンシのエネルギーを用いてバリアを突き破ろうとしていた。

 

『星に埋め込まれた、未だ解放されていないままの自然エネルギー。それらを用いることで貴様は確かに圧倒的な能力を手に入れる事が出来る』

 

「!」

 

 グググとバリアが広がっていく。

 レックウザの顔が押し除けられ、背部から吹き荒れるジェットが弱まる。

 

『だが、このミュウツーはそういった、環境によって大幅に強化される相手も想定されていた』

 

「グルルル……!」

 

『吹き飛べ』

 

「────!」

 

 バリアの内側から波導が広がっていく。

 善なるもののそれでは無い、闇に堕ちたもののそれは暗黒と呼ぶに相応しい黒紫色だった。

 錐揉み回転しながら吹き飛ばされたレックウザは、その直前に上空に七色の塊を放った。

 伝説達が波導を防ぐ中、残された塊が爆裂して枝垂れ花火のようにバリアに降り注いだ。

 すると、先程は強烈な弾幕や突進を防いでいたバリアが溶けていく。

 強力なだけの攻撃では無かった。

 その正体を、ミュウツーは直に触れて理解した。

 触れても身体を傷つけることはない、ただ、わざを中和する効果があった。

 

『これは……自然エネルギーそのものか!』

 

 張り直そうとしても、バリアは次々と溶かされて意味をなさない。

 そして、捻れている空間も不意に乱れる。

 捩れそのものに乱れが生じる。

 

『くっ、掴めん……!』

 

「ビィ!」

 

『──時渡り、セレビィか! なぜここにいる!?』

 

 完全な予想外。

 時間に縛られぬセレビィは、時の果てを生息地としている。そして、彼らは均等に時間に散らばっていくわけではない。

 気に入った時間を見つけてそこを休息の地とするのだ。

 伝説の研究者、オーキドユキナリはかつて、セレビィについてこう言った。

 セレビィは、1匹いたら1万匹いると思え。

 流石にこの場で追加のセレビィ1万匹はムーにも荷が重かった。

 しかし、気配は感じ取れない。

 ならば何故セレビィがここにいる? 

 どういう事かと訝しみ、ハッ、とヒノトリを見た。

 

『貴様か、ポケモントレーナー!』

 

 この期に及んで、足掻いている。

 もはや使い果たした命が、それでもムーを倒すために繋いでいた。

 

『やはり……やはり、貴様から倒さねばならない!』

 

 雲間に見える巨体へ向けて翔んだ。

 ヒノトリは翔んでくるムーに当然気付いていた。

 理知的な瞳を向け、羽根を1本落とす。

 それはムーの飛行軌道に正確に差し向けられた。

 

 羽根が空に溶け、静謐なる光が広がった。

 そこに突っ込んだムーの魂が治されていく。

 初めから歪で、暗黒で、他者すらも捻じ曲げるほどの重力を発していたそれが、真円に近くなるように修正されていく。

 

『ぐうう、堪えるな……だが』

 

 それは耐え難い苦痛だ。

 魂が強制的に治癒される感覚というのは、何度味わっても慣れるものでは無かった。

 しかし、肉体が動くなら問題は無かった。

 かつて顕現したヒノトリと対峙したときは、なす術もなく肉体がほつれ、消失するしか無かったが……

 今回の復活、長い時間をかけて対策を施した甲斐があった。

 

『あの人間どもは本当にいい仕事をしてくれた!』

 

 ヒノトリはそれを受けて、バレルロールで一気に距離を離す。

 役割を完全に理解していた。

 癒すこと。

 魂を治すこと。

 ムーと同列の戦闘力を持ちつつも、ムーに歪められたワルモン達を元に戻すという使命があった。

 そして今回、ヒノトリは青年の中から状況を見ていた。

 概ねの事情を把握し、彼の意思に賛同していた。

 その為に距離を離す事を優先した。

 そうすれば──

 

『……なぜ、こうも邪魔が入る』

 

 並大抵の速度では無い。

 モンスター達はすぐさま追いついてきた。

 どちらを狙えど、必ず隙が生まれる。

 

『だが──今の時間で光明は見つけたぞ』

 

 翔んでくる巨大な影に紛れて、セレビィがいた。

 伝説達はそれぞれが、今にも爆発的な暴威を撒き散らそうとしている。

 そこに向けて、逆に突っ込んだ。

 自身の性能を全開にして、信用して、そこに賭けた。

 

 

 ──────

 

 

「何が起こっているの……?」

 

 リンネは上空での戦闘を見ていた。先程、ぞっとするような悪寒に包まれて目が覚めた。

 すぐさまそれは過ぎ去ったが、ムーが何かを狙っている事がわかった。

 

 何か、妙だった。

 あれだけ激しい爆発に巻き込まれたのに、怪我が一切無かった。そこまで鍛えていたつもりは無い。

 たまたまだろうか。

 そして──

 

「ワタルはどこ?」

 

 彼の姿が見当たらない。

 吹き飛ばされてしまったため、少しの間気を失っていた。その間に見失ってしまったようだった。

 

 先ほどまで戦っていたモンスター達から戦闘の意思が感じられない。

 ワルモン達の目つきが穏やかになり、戸惑うように自らの身体を触っている。

 構えていた武器はそこら中に捨ててあり、みんなの傷が癒えていく。

 その出所は──

 

「あの巨大なモンスターは……まさか、伝説の……?」

 

 優しい光が世界に向けて放たれていた。

 モンスターや人は疲れて座り込んだり、話したりしている。先ほどまでの激闘はなんだったのやら、居並ぶ人々の間を抜けてワタルとホリィを探す。彼らなら、あの人なら何か知っているはずだ。

 戦ってくれていた戦士のみんなを見る。声を掛けると返してくれるけど、戦場にしてはあまりにも静かだった。

 上空での戦闘と比して、あまりにも静かだった。

 みんなが空に見入っていたから。

 

「どこなの……」

 

 彼が見当たらない。

 こんな静かな場所なら、黒地に浮かぶ白いシミのようにはっきりとわかるはずなのに。

 嫌な予感がして、足取りが重い。

 

 そしてホリィを見つける。

 様子がおかしかった

 地面に倒れている。

 周りにはスエゾー達がいるのに彼女だけ。

 

「スエゾー! みんな!」

 

「リンネ……」

 

 巨大な瞳から、あの明るいスエゾーが滝の如く涙を流している。

 その姿を見て、心に、少しだけピシリと音が響いた気がした。

 

「すまん、ワイらは……」

 

「ホリィちゃんはどうしたの!?」

 

「今はそっとしといたってくれ」

 

「でも、大丈夫なの……?」

 

 横たわるホリィは明らかに気を失っている。

 強力な攻撃を食らったのか、そうでないならなんなのか。

 嫌な予感がどんどん強くなっていく。

 

「あいつの事が大事だったんや……だから……頼む、今はそっとしておいてやってくれんか?」

 

「──ワタルは?」

 

「…………」

 

「スエゾー」

 

 背を向けたスエゾーは、俯き、何も答えなかった。

 表情が読めない。

 リンネは尚も問いかけた。

 

「お願い……ワタルは……」

 

「リンネさん」

 

 ガスト。

 不可思議なモンスター。

 彼と同行している仲間の中で、最も謎が深い存在。

 蝋燭を探していると常から言っており、白いサイコロのような、それでいてクラゲのような身体をしているのが特徴だった。

 そんなガストが、赤い瞳を真剣にリンネに向けていた。

 

「彼はもういません」

 

「……何を、言っているの?」

 

「彼は、メノラーの継ぎ手から受け継がれた勾玉をその身に宿していました。そして、ホリィさんと共に集めた勾玉を吸収して──」

 

「やめてよ」

 

「リンネさん」

 

「そんなの……聞きたくない」

 

「……ならば言いません。ですが、せめて見てください、そして、忘れないでください。それが、我々が彼に対して今すぐに行える、唯一のことなのですから」

 

 ガストはリンネの肩を叩き、空を指す。

 ヒノトリが羽ばたいていた。

 

 リンネはホリィ達の旅の目的を思い返していた。

 ヒノトリを復活させ、ワルモンをイイモンに戻し、そして世界に平和を導く。

 そんな、夢物語を語る旅人達。

 ムーに抗っているというからどんな屈強なメンバーなのかと思えば、何のことはない普通の青年と、普通の少女だった。

 片腕を失うというのは、この世界ではそこまで珍しいことでは無い。

 凶悪なワルモン達によって命が奪われるのも当たり前の世界で、腕ぐらいで生き延びられたなら儲け物だ。

 当初はそんなふうに考えていた。

 

 この街は結界が守っている。

 街全体に、悪しきものには決して見つけ出すことのできない祝福がかかっていた。

 守護神達の祝福であると言われている。

 だから、留まっているのだと思っていた。

 そうでは無かった。

 そんな単純な話では無かった。

 

 トワから、凶悪なモンスターを倒したという話を聞いて、宿に赴いた。

 初めて話をした。

 彼は、自身の膝に頭を乗せて寝息を立てる少女の髪を、右手で撫でていた。

 

「この子の夢には、俺の命を賭ける価値がある」

 

 愛おしげに少女を見つめながら、続けた。

 

「なあ、分かるか? この広い世界で、こんなにすげえやつに出会えるなんて、本当に奇跡なんだ。命張らなきゃ、男として生まれた意味が無いぜ」

 

 彼は本当に、本気で世界を救おうとしていた。

 誰に何を言われようと、ホリィのことを支えることを決めていた。

 その証拠に彼らは勾玉を集めていた。

 行方の知れぬ、由来の知れぬ、あらゆる詳細の残らぬ、ただ、どこかからやってきた誰かの持ち物としてエンジュシティで伝わる勾玉。

 長い旅の中でそれを集め、ワルモン軍団にも追われていた。

 ある程度馴染んだ頃、何故この街に留まるのかを改めて聞いたことがあった。

 彼は、そうだよな、そう思うよな、と苦笑した。

 そして、とんでもないことを口走った。

 

「俺は──世界を救ったことがある」

 

 ちょっと信じられなかった。

 そもそも、世界を救うために旅をしているのでは無いのか。その疑問にも落ち着いて答えてくれた。

 

「俺はホリィと出会う前に……いや、今もなんだけど、ともかくホリィとは別の奴らと旅しててな、その時に何度か、世界を滅ぼす力を持った奴らと戦ったんだ」

 

「故郷での経験のおかげで、全体の流れというか、重要な分岐点みたいなのがある程度わかるんだよね。それで、今回はこの街がそうだった」

 

「お前の一族が守ってきたこの街には何かがある。それが何なのか、ホウオウなのかは分からない。でも、確かなのは、この街にいることが旅の終わりに近付く最短経路だってことだ」

 

「終わりってのが何なのか、それはホリィにでも聞いてくれ」

 

 彼は、そう──変な力を持っていた。

 流れを読む力とでも言うべきなのかもしれない。

 彼はチカラではないと否定していたけど。

 でも、上手くことを運ぶことが出来るとは言っていた。

 ──その力をこんな風に使うなんて。

 自分を捨てるような、そんな使い方をするならば、止めていた。

 命を、自分を何だと思っているんだ。

 そんな終わりでいいのか。

 ホリィが喜ぶとでも思っていたのか。

 

「どうしてそこまで──」

 

 

 ──────

 

 

「ビィィ!」

 

『要は順序の問題だった』

 

 ムーは、その手の中にセレビィを捕まえていた。

 ヒノトリの力は世界全体に及んでいる。もはや、全ワルモンの洗脳が解けるのは時間の問題でしか無かった。

 それでも、ムーの自信は揺るがない。

 邪魔さえ入らなければ、目的は完遂される。

 

『……ムウウ!』

 

 ムーが再び右手を翳した。

 今度こそねじ曲がっていく。

 セレビィに邪魔されることなく進んでいく。

 ムーの力が、世界の理を越えていく。

 

 そして出来上がる、空間そのものを捻り込んだような巨大な穴。その奥には荒れ狂う世界そのものがあった。あらゆる時代の、あらゆるものが見え隠れしている。

 周囲のフリーザー達を無視して、ホリィを睨みつけた。

 

『時を超え、貴様らをまず抹殺してやろう。今度は遊びも無い』

 

 そして、穴に身体を滑り込ませようとして、気付く。

 

『──この感覚は』

 

 時を超える感覚とはこういうものか、無視しようとしたが、どうしても無視できない。

 何か、妙な感覚がムーの皮膚を撫でていた。

 ジッ、と時空を見つめる。

 奥に何かを感じた。

 そして、時空の流れの中から金色の粒子が押し寄せてきた。

 ムーとセレビィの身体を突き抜け、背後に広がっていく。

 

『これは……これが時を渡るための橋だとでも言うのか?』

 

「ビィ!?」

 

『──こいつの反応を見るに、そういうわけではないらしい』

 

 粒子が広がっていく。

 広がって、戦場を満たしていく。

 ゆらゆらと軽い雪のように舞い落ち、崩れ落ちていたリンネの手に乗って溶けた。

 脳裏に見覚えのない光景がチラつく。

 

「何? ……誰?」

 

 見知らぬ人が、笑っていた。

 見知らぬ人が、泣いていた。

 見知らぬ人が、怒っていた。

 見知らぬ人が──

 

「記憶?」

 

 空を見上げ、遠くを見つめる。

 誰かが、世界のどこかで、いつかの時代に生きていた。

 

「あなたは……そうまでして、これを守りたいの?」

 

 問いかけに答えるものはいなかった。

 

『──なんという』

 

 驚愕に身を包まれたムーは、それでも一匹で乗り込んだ。

 穴を閉じて、粒子に逆らい進んでいく。

 この先に何かがある。

 それは興味だった。

 異常な現象を前にして、ポケモントレーナーが抱くのと同じ、未知への探究心が勝った。

 時を超える感覚は掴んだ。

 

 浮かんでは消え、脳を突き抜けていく世界の記憶。

 

 一歩、一歩、強くなっていく光に抗い、歩みを進める。

 そして、壁に辿り着いた。

 そこが源泉だった。

 しかし、粒子が溢れ出すそれを前にしてムーは否定する。

 

『時の果てが、このような場所であるものか』

 

 その壁に手を翳す。

 

『むっ!』

 

 ピシリと、ヒビが入った。

 ヒビは大きくなっていく。

 脆いとほくそ笑み、隙間からさらに溢れ出す粒子に飲み込まれ、姿が掻き消える。

 ガラスの割れるような音が鳴った。

 

 

 ──────

 

 

「なっ!?」

 

「──こいつは確か資料にあった……何故、黄金樹の中から?」

 

『……』

 

 ヒビが入り、そのヒビが大きくなって、窓ガラスが破れるような音と共にライフストリームの中からそいつは現れた。

 不思議そうに周りを眺めている。

 ここがどこだか分からないようだった。

 誰なのか。

 敵なのか、味方なのか。

 判断を仰ぐために、お兄さんの顔を見た。

 

「ええ……?」 

 

 大きく困惑していた。

 このタイミングで? とか言っているところを見ると、一応知っている存在ではあるんだろう。

 でも、何もしないわけにもいかないよね。

 

「お兄さん、どうするの?」

 

「……とりあえず、もう一回あの中に帰ってもらうのが良いのかもな」

 

「じゃあ〜……」

 

「ああ、とりあえず俺が話をしてみる。ホシノは念の為にユカリ達を守っててくれ」

 

「りょーかい」

 

 お兄さんはモンスターに近付くと、気さくに話しかけた。

 

「よお」

 

『……』

 

「何でこんなところにいるのかは知らんけど、今取り込み中でさ。帰ってもらえないか?」

 

『貴様こそ、何でこんなところにいる?』

 

「へ? あ、握手か? ──があっ!?」

 

 ゆっくり差し出された手を握り返そうと手を伸ばし、紫色の爆発に巻き込まれてお兄さんが吹き飛んできた。

 キャッチしたら、勢いを殺しきれずに2人でゴロゴロと床を転がってしまった。

 間抜けな絵面を止めてくれたのはリザードン。

 お兄さんの背中を足でズンと受け止め、お兄さんはお腹で私を受け止めてくれた。

 

「ごへえ!」

 

「うへへ、ナイスクーッション」

 

「ごへへ……俺はお兄さんだからな」

 

「リザ!」

 

 ピシャリと背を叩く尾が主張する。

 自分を使ってイチャイチャするな、それに目の前に敵がいるんだぞ。

 早く立ち上がれ。

 

「まったく、なんて乱暴な奴だ……ああいや、リザードンのことじゃないから」

 

 よしよしとリザードンの頭を撫でる。

 なんだかんだでレッドちゃんのリザードンはお兄さんの事が──と、そんな場合じゃないか。

 

「あなた、大丈夫だった?」

 

「ああ……やっぱ、あそこから戻ってもらうしかないか」

 

 そう言って指さしたのは今も轟々とうねり上がる黄金樹。

 一部分だけが、削り取られたようにライフストリームが裂けて、穴のようになっている。

 中に覗くのは赤茶けた大地と草肌。

 ナギちゃんが謎のモンスターについて尋ねる。

 そのモンスターは、訝しげにお兄さんを見ていた。

 

「あいつは何なの?」

 

「ああ……その……」

 

 いつもはペラペラと聞かれなくても語るくせに、何故か口篭って答えずにいる。

 

「どうかしたの?」

 

「いや、そのだな……」

 

 何故かブルーちゃんのことをチラチラと見ていた。

 

「わたし?」

 

 ブルーちゃんは身に覚えがないのか不思議そうに首を傾げ、トテトテと近付いてくる。

 

「わたしが何?」

 

「なんつーか……すげえ言いづらいんだけど……」

 

「え〜? 言ってよー」

 

 やりとりが楽しくてたまらないという表情をしていた。

 裾を掴んで軽く引っ張っている。

 

「多分、怒ると思うんだけど……」

 

「ええ? 怒んないよお」

 

 前はお兄さんにこんな顔を見せなかった。

 レッドちゃんにまとわり付くお邪魔虫ぐらいにしか思っていなかったのかもしれない。

 段々と和らいでいるのはわかったけど、劇的に変わったのは、マサラタウンでのあの一幕のせいだろう。

 メガシンカ、モンスターの限界を引き出す究極の進化。

 お手本を見せられて、最強とは何なのかを教えられて、メガストーンを託された。

 嬉しかったんだろうなあ。

 大事なものを渡してもらって、信じてもらえるって分かるのは凄く嬉しい。

 でも、ああいう事を軽々しくやるのは良くないと思う。

 レッドちゃんは何か言うかもしれないけど、人間のあの人とはわたしが一番長い付き合いなのだ。

 だから……もっと構ってほしい。

 これ以上女の子が増えたら、1人1日でも1週間以上かかるようになってしまう。というか既になってるし。

 そういうの分かってるのかな、お兄さんは。

 ……まあ、分かってないんだろうけど。

 

「じゃあ、教えるぞ?」

 

「うん」

 

「あれはミュウツーだ」

 

「……はあ? どういうこと?」

 

「怒っとりますやん……」

 

「怒ってないし。何でミュウツーがここにいるのか聞いてるだけ」

 

「それは俺が知りたいんだけど──あぶなっ!」

 

「ひゃっ!」

 

「……大丈夫だったよな?」

 

「う、うん……ありがと」

 

 ミュウツー? はまたエネルギー弾を放った。

 お兄さんが背中で防いで、衝撃がこちらまで流れてきて前髪がふわっと浮いた。

 

「やいミュウツー! てめえ、どの時代から現れやがった!」

 

『…………なるほど、過去か?』

 

「過去?」

 

「今、貴様を始末すれば簡単というわけだ。奴らもいないしな』

 

「……物騒だな」

 

『何にせよ、貴様は殺す』

 

「──ならば、私たちと手を組みませんかね?」

 

『む?』

 

「我々の目的は奴らの抹殺、あなたと同じです。手を組めば効率的ですよ?」

 

「左様、時を超えて現れたところでいきなりだが、どうだね」

 

『……良いだろう、貴様らは役に立ってくれた。ここでも示せ』

 

 

 ──────

 

 

 大雨が降っている。

 まるで、ナバルデウスに天が味方しているかのようだ。

 土砂降りの雨は大水槽に流れ込み、減った水嵩をぐんぐんと戻していく。

 

「おい、チャンピオン! どうするよ!」

 

「……いや、あくまでも上は彼らに任せる。俺たちはナバルデウスを抑えなければ」

 

「だけどよ! とんでもないぜ!」

 

 スカイロッドを越え、はるか天空まで登って広がる黄金色がダツラ達の目の前にあった。

 突如として現れたそれは、文字通り尋常では無いエネルギーの解放。

 天候を容易く激変させ、モンスターを活性化させていた。

 それだけでは無い。

 感じたことの無いほどの悪意が降り注いでいる。

 

「これを放っといたら、本当に世界が終わっちまうぞ!」

 

「だが、こいつを野放しにしたならば、どれだけの民草が犠牲になる?」

 

「……すぐにこの街は滅びるな」

 

「その通りだ」

 

「確かにそれは嫌だなあ」

 

「──なあ、今度はいけるんだな? ダツラ」

 

「ああ、不甲斐ないとこは2度と見せない」

 

「なら良いんだ」

 

「まったく……人使いの荒いチャンピオンだぜ────!?」

 

 そして、上空を見上げるとダツラは大慌てした。

 ワチャワチャと手を動かし、あれ、あれ、とリュウを揺さぶる。

 全然反応しないので慌ててパートナーを探すが、肝心な時にいなかった。

 

「ちょっ、おい! メタグロス! ……メタグロスどこ!? ああもう! お前もあれ見ろ! 何で反応しねえんだ何も!」

 

「分かっている」

 

 視線すら向けずに分かっていると言い切った。

 

「分かってるなら何とかしろ! ていうかメタグロスどこ言ったんだよ! ……何してんだお前え!」

 

 ダツラは気分屋なパートナーを探し、驚愕した。

 ナバルデウスにコメットパンチを打ち込んでいるところだった。

 

「メタグロス早く戻ってこいバカお前! 上見ろ! 上!」

 

 早くしろと急かす。

 

「──人が落ちてきてんだよ!」

 

 空中で自由が効かないのかグルグルと回転しながらフリーフォールしている人影が一つあった。

 あのまま地面──この場合は大水槽の屋根部分──に激突すれば水風船の様に弾けて消えるだろう。

 

「ああ」

 

「ああってなんだよ! お前も何とかしろ! チャンピオンだろうが!」

 

「彼なら大丈夫だ」

 

「彼!? なにが!?」

 

「自由落下で死ぬならば、彼がここまで辿り着くことはなかった」

 

 それを聞いてダツラは目が死ぬのを感じた。なんでこういう手合いはどいつもこいつも……

 風切音と絶叫が近づいてきて、目の前を通り過ぎる。

 

「────―どわああああああああああ!!!!」

 

 ヒュー、ズドン。

 そうとしか言い表しようの無い墜落の仕方をした青年は、スカイロッド中腹の屋根から突っ込み、何層も突き破っていった。

 

 

 ──────

 

 

「くっそー! なんだよあいつ! 強すぎんだろ! こんなのクソゲーだクソゲー! やってやられるか!」

 

 ミュウツーが強過ぎる。

 攻撃が通りません! 当たっても拳が痛いです! サイコエネルギーも使えません! 俺、何のためにいるのねん? 

 しかも吹っ飛ばされて窓パリンからの1500mぐらい落ちてきちまった。

 落ちる時ダツラが死んだ目で俺のこと見てたし、リュウはニヤリみたいな感じで見てたし……薄情だわあいつら! 

 許せねえよな!? 

 

 瓦礫を吹っ飛ばして、貫通してきた床や天井を逆に登っていく。瓦礫を吹っ飛ばせる俺が殴っても俺の拳が痛くなるだけのミュウツーとかいう最強生物。ホンマにやばい。

 あいつらが心配だ。

 特にブルー。

 暴走してないよな……ああ、ダメだ不安になる。あいつノコと一緒で、目を離すと何するかわからん族だからな。

 赤ん坊みたいに抱っこ紐で括り付けとけばよかった……これで天井は最後だな。

 

「どりやあ!」

 

「お、戻ってきた」

 

 戻ってきたじゃねえ! メタグロスいるんだからせめてサイコキネシスで受け止めるとかあっただろうが! 普通にスルーすんな! 俺じゃなかったら死んでただろ! 

 お前らそれでも守護の要か! 

 ホシノ達が落ちてたらどうするつもりだったんだ! 

 ……その時は流石に受け止めてたぜ、じゃねえよ! 

 俺のことも受け止めろ! お姫様の様に丁重に扱え! 

 

「上で何があった」

 

 ……そうだ! 上に急いで戻らなきゃいけねえんだ! ミュウツーがいきなり黄金樹……じゃなくてライフストリームの中から現れてよ! 俺の攻撃は通じねえし、ネオプラズマ団と協力し始めて大変なんだ! 

 

 身振り手振りで一生懸命説明したは良いけど、反応は微妙だった。

 ガチのマジなやつなのに伝わらん。

 また登ってくしか無いか? だけど時間が……

 

「落ち着け坊主、本気なのは十分伝わってる」

 

 ダツラ……いや、ダツラさん、頼む! 俺を今すぐ上に戻してくれ! 出来るなら空中戦に分があるやつが…………あ? 

 

「はあ? ……なんなんだ、こりゃあ……お前、何をしたんだ?」

 

 あ、ありえ……あり得ない……なんて事は…………ありえ、ない……だが、これは……嘘だろ? 

 なんで……なんで、伝説のポケモンがあんなに現れたんだ!? 

 

 

 ──────

 

 

 ムーがいなくなった焼け野原。

 戦う者はもはやいなかった。

 ただ、正気に戻ったワルモン軍団はバツが悪そうにしている。自分たちが引き起こした大災害を目の当たりにしていた。

 彼らも被害者ではあるのだ。しかし同時に、加害者でもある。ムーに洗脳され、無辜の人々を苦しめていた。正気に戻ったから、今までのことは無かったことになってはいお終いとはいかなかった。

 

 ホリィが突っ伏して泣いている。

 トワがそのそばで背中を摩っている。

 自身も泣きながら、優しく労わるように。

 

「ホリィは、頑張ったよ、だから、泣かないで……」

 

「違う…………違う……!」

 

 首を振る。

 そんな気休めなんかいらないと、励ましを否定した。

 

「私が……私が、やるべき、だったんです……! ワタル……あなたは……わたしは……なんで、わたしと……」

 

 上手く言葉にならなくて、なんで、と問う。

 言いたい事がたくさんあった。

 やりたい事もたくさんあった。

 また、抱きしめてもらいたかった。

 膝枕をしたかった。

 軽口を叩いて、優しいデコピンをしてもらいたかった。

 叱って、叱られたかった。

 叶うことの無い夢だった。

 それは愚かな男の選択の結末だった。

 

「あなたがいなきゃ……意味ないのに……」

 

「ホリィ……」

 

「だって……私だけじゃ、ダメだったの……あなたが、来たから……みんなが来てくれた……」

 

 ムーはどこかに行ってしまった。

 ワルモン達の洗脳は解けた。

 世界を脅かすものは根本的にいなくなった。

 なら、これで良い。

 自分が願った事だろう。

 ワルモンの洗脳を解いて、傷ついた人々を治して、ムーを倒す。

 ほら、叶ったじゃないか。

 

「……そんな、わけない……! なんで、あんな事したの……あなたがいてくれれば、それで!」

 

 今も空を飛ぶヒノトリだけが、彼がこの世界にいたことを示す証。

 だからなんだ。

 彼がいないじゃないか。

 証ではなく、彼に会いたい。

 ホリィは後悔に苛まれていた。

 もう、世界なんてどうでも良い。

 そう思ってしまうほどの苦痛が彼女の心を蝕んでいた。

 トワの慰めなど届かないほどに。

 

「──ビィ」

 

「セレ、ビィ……」

 

 ふわりふわりと漂う妖精の如き姿が、トワの目に映った。

 心配そうに飛び周り、ホリィに手を伸ばしては縮めて、触れるか触れまいか迷っているようにも見える。

 その額には小さな切り傷があった。今も治りつつあるその傷は、ムーに投げられた際に出来たものだろうか。

 かつて、エネルギーが足りずにワタルの腕を再生できなかった小さな妖精。

 時を超える力を持っている特別なモンスターだと教わった

 

「過去に戻れば……兄ちゃんと、また会えるのかな」

 

 悪魔の囁き。

 それをすることは致命的な何かを齎す。トワはそう直感していたが、思わずにはいられなかった。

 

「また、稽古をつけてもらえるのかな……」

 

「それは、ダメ」

 

 項垂れていたホリィがつぶやいた。

 腫れぼったい瞳に掠れた声、憔悴しきっていた。

 

「過去に戻ったとしても、私たちはそこにいるの。私は……そんなの耐えられない」

 

 たとえそれが自分であっても……いや、むしろ自分だからこそ、彼の隣で笑っている姿を見て狂わずにいられる自信が無かった。

 想像しただけで全身が震えている。

 トワは、ホリィの手を優しく包み込んだ。

 

「ならさ……せめて、兄ちゃんを元の場所に返してあげよう?」

 

「元の、場所……」

 

「きっとセレビィなら、兄ちゃんを元の時間まで戻してあげられるはずだよ」

 

「でも、ワタルは違う世界の人で……」

 

「ううん、違う。兄ちゃんはきっと、すごい未来か、すごい過去か、どっちからかやってきたんだ」

 

「──何で、そんな事がわかるの?」

 

「兄ちゃんは……ポケモンを、伝説のモンスターを、過去を、色々な事を知ってた」

 

 ワタルが語った、華と夢と敵に満ちた旅路は、あまりにもこの世界との共通点が多かった。

 それでも、そんな出来事があったなら誰の目にも分かったはずだし、聞いたことのない街ばかりだった。

 トワは、それを聞いて、嘘をついているとは思わなかった。

 どこから来たとも知れぬ風来の男は、真に試練を乗り越えた男は、瞳に輝きを湛えたあの人は、とても遠いところから来たのだと思った。

 本人も預かり知らぬままに、この時代に迷い込んだのだと。

 

「セレビィ!」

 

「ビィ」

 

「ヒノトリを……兄ちゃんを、元の時代に帰してあげて!」

 

「────ビィ!」

 

 セレビィは小さく頷くと、小さな緑色のポータルを開けた。自身がやっと入れるくらいの小さな穴。

 このままだとヒノトリは入れない。

 トワは見守った。

 腕を失った彼の命を助けた、この妖精を信じた。

 

 

 ──────

 

 

 半壊したスカイロッドの展望台。

 空が広く見えている。

 天井も、壁も、もはやほぼ無くなっていた。

 床だって落ちそうだ。

 

 ミュウツーが現れたことで一気に傾いた天秤。

 蹂躙され、ボウリングのピンのように薙ぎ倒されていくホシノたち。

 青年はすでに吹き飛ばされ、指示を出すべきリーダーがいない少女達を纏めるのはナギだが、あまりにも相手が悪すぎた。

 レッドも落とされ、ホシノも片膝をつき、グズマはナチュレを守るのに必死で、ノコはブルーを背負って大慌てで逃げ回っている。

 アイリもプラズマ団を止めるので精一杯。

 万事休す、と誰もが思っていた。

 

「これは流石に、キッツイわね…………何の音?」

 

 突然だった。

 固定されていたポータルが、黄金色から緑色に強く塗り替えられた。

 ミュウツーが露骨に警戒を強め、ビシャス達を置いて飛び上がると同時、何かがポータルから出てきた。

 それは、緑の妖精。

 まるでタマネギのような形の頭をした、人型のモンスター。

 一匹では無い。

 奥から奥から、何匹も現れ、どんどんとポータルが大きくなっていく。

 そして──巨大な影が飛び出した。

 

「わああ!?」

 

「なにこれえ!!」

 

 逃げ回っていたノコとブルーが叫んだ。

 ノコの目の前をファイヤーが通り過ぎる。

 ブルーの頭上をルギアの翼が掠める。

 ナギの横っ面をアマツマガツチがペチッと軽く叩いていく。

 落下したレッドとリザードンを、直滑降したホウオウが掬い上げる。

 アイリの背中を摘んで、レックウザが吠えた。

 ユカリとリンの前にフリーザーが降り立つ。

 次々と現れる、正体不明のモンスター達。

 

「ダークボールで捕まえろ!」

 

「……だめだ! 弾かれるぞ!?」

 

「なんだよ、こいつら!」

 

「──なんで、俺たちは正義のはずなのにこんなに虐げられるんだ!」

 

 ネオプラズマ団がダークボールを投げ付けても、悉くが弾かれた。

 逆に、一撃で薙ぎ倒されていく。

 そして巨大なモンスターが現れ、怯えがますます広がっていった。

 

「──でっかいぞお!?」

 

 ホシノは、現れたその巨大なモンスターと目があった気がした。

 言葉が漏れる。

 

「──お兄さん?」

 

 何も言わず、前を向き、モンスターは地上へ向けて降りていった。

 ホシノ達もモンスターに引っ掴まれて空中に出る。

 

 そして最後に、小さな人影がポータルの縁を乗り越えた。

 

 地上、突然に出現した伝説達の気配にナバルデウスは動きを止め、四天王のみならず住人までもが戦慄していた。

 動画に映る光景に、多くのプレイヤーが齧り付いた。

 研究者が嫉妬して、今すぐにその場に行こうとした。

 呆然とするダツラの隣で、青年は呟く。

 

「ああ、そういうことだったのか」

 

 やってくる巨大な影を見て、ポケモントレーナーは理解した。

 その拍動を、魂を、瞳を知っていた。

 内から溢れる炎が、そのモンスターを包み込んでいた。

 

「お前が残って……そんで、選んだんだな」

 

 モンスターの奥深くから見つめてくるソイツに、誇らしさと共感が同時に湧く。

 そして少しの嫉妬。

 ただ、それを抱く資格は自分には無いことも知っていた。

 選んだソイツは、どれだけ苦しんだだろう。

 どれだけ……

 

 モンスターはどんどんと加速して、このままだと青年達に突っ込むのもやむなしという速度になる。

 ダツラは避けるように言うが、ポケモントレーナーは空を見つめ返していた。

 

 大風が巻き起こる。

 ポケモントレーナーの前でピタリと停止したモンスターは、地面に脚をつけると、ポケモントレーナーと顔を突き合わせた。

 

「あいつがムーなんだな?」

 

 モンスターがこくりと頷く。

 ポケモントレーナーは、眼前の巨大な嘴をポンポンと叩き頷き返した。

 自分だけでは足りない。

 全力を賭しても敵わない。

 命を投げ打ってやっとこさ土俵に立てた。

 そんな悔しさが、手のひらから伝わってくる。

 何のためにここへ来たのか。

 ポケモントレーナーにはそれが痛いほど分かった。

 

「なら……俺に、力を貸せ!」

 

「────────!!!!」

 

 翼をもたげ、高く嘶いたヒノトリの背にポケモントレーナーが乗り込んだ。

 

「いくぞ!」

 

 一瞬だった。

 羽ばたき、煌めきを尾として舞い上がった一匹と1人を見てダツラは愕然と言葉を放つ。

 

「あいつは……なんなんだ?」

 

 

 ──────

 

 

 空中に、最強のポケモンが浮遊している。

 誰もを寄せ付けぬ、孤高な王のように。

 ただ一匹、全ての敵意を受け止める。

 そんな王の元にやってきたヒノトリの背中、乗っているのはホシノとポケモントレーナーだった。

 

『ついてきたか──ポケモントレーナー!』

 

「……その呼び方を知っているってことは、お前はやっぱりミュウツーでもあるんだな」

 

 こんな遭遇になるとは思いもしなかった。

 もっと、ブルーにも色々な体験をさせてあげたかった。

 あの子の純粋な願いを叶えてあげたかった。

 それがまさか、肉体をムーに利用されるなんて。

 

「トレーナーさん! あれが本当にミュウツーなら……私も戦うからね!」

 

「……あいつを倒しても、絶対にお前の仲間になることはない。だとしてもか?」

 

「悪い奴なんでしょ?」

 

「…………」

 

「分かってるよ、そんなことぐらい……だからさ!」

 

 ブルーは、燃え上がる心をそのままに、ストーンを掲げた。

 熱気があたりを包み込んでいく。

 

「お前、まさか……!?」

 

 いくら何でもこんな土壇場で。そう思うと同時に、ナギやアイリが見せてくれた、あの光景の事を思い出さずにはいられなかった。

 限界を超えた人間だけが放つ輝き、それこそ青年が求めたものでもあった。

 

「メガ、シンカ!」

 

「────グルアアアアアアア!!!」

 

 爆発的な炎が晴れ、現れたのはあの姿では無かった。

 あの、禍々しさすら感じるような黒い身姿を想像していたホシノ達は驚いた。

 茜色の体をそのままに、骨格がより戦闘の為に特化していた。

 青年は、違う驚きに包まれながらも納得した。

 

「トレーナーさん! これが、私たちのメガシンカ!」

 

「……そうだよな! お前に出来ないわけがないよな! ブルー!」

 

「うん!」

 

 改めて、宿敵と向かい合う。

 何故か、頭を抑えてうめいていた。

 

『痛い……! 頭が、痛い……!』

 

 最愛の相棒はショットガンを構え、確かめるように口を開く。

 

「……あれが最強のポケモンなんだね」

 

「ああ」

 

「あれが、ムーなんだね」

 

「そう、世界を支配したムーという化け物だ」

 

 その言葉に、レッドとブルーが反応した。

 

「あいつが、お兄さんの腕を奪った……!」

 

「そして──ホリィさんをあそこまで追い詰めたやつ!」

 

 半ばホリィと同化していた2人は、彼女がどれだけ追い詰められていたかということを実際に感じていた。

 そして、ワタルという存在にどれだけ助けられていたかも。

 彼が腕を失ったと知った時のショックたるや。

 今にも攻撃を仕掛けようと息巻く2人を抑え、ポケモントレーナーは先ほどまで自分たちがいた場所を見る。

 ポータルの近く、三つの人影があった。

 ただ……自分がそれに反応するのは筋違いでしか無かった。

 ヒノトリの背を叩くと、分かっていると身震いする。

 ならば、それ以上は要らなかった。

 

『──ああああああ!!』

 

 紫電が空中を走る。

 鳥がそれに引っかかって、一瞬で消し炭と化す。

 

『貴様らを消し去る!』

 

 先ほどまでと違い、余裕の無くなった表情でポケモントレーナーを睨む。

 

「うへへ、そう簡単には行かないよ〜だ」

 

「……ホシノ、俺は指示に全力を割く。だから……頼んだぜ」

 

「もちのろんさ!」

 

「────!」

 

 ポケモントレーナーは、手をヒノトリの背中に当てた。

 最初からそこに置くべきだったかのように吸い付く手のひら。

 意識が同化していく。

 両者の境目が曖昧になる。

 

 背中にホシノが乗って、周囲をポケモンが飛んでいる。

 それらの位置が、座標系に記されているかのようにはっきりと示し出された。

 ムーが次にする攻撃が、メガリザードンがしようとしている攻撃が、ビシャスがしようとしている行動が読める。

 もはや、負ける気がしなかった。

 

「……行くぞ!」

 

 

 ──────

 

 

『なぜだ』

 

 爆縮した空間が押し広がり、熱を伴って周囲を攻撃する。

 一瞬前までは範囲半径の中に入っていたはずの人間が逃げ延びた。

 サイコキネシスで捕らえたはずのモンスターが、なぜか捕えた感触が無い。目測を見誤った? 

 

『妙だ』

 

 頭痛が治らない。

 原因であるヒノトリを攻撃しようにも、そちらに意識を割いた瞬間に痛烈な攻撃が飛んでくる。

 攻撃を放っても、ポケモントレーナーの隣に立つ人間が防いでしまう。

 あの時代で戦っていた時とは比べ物にならない。

 連携によって我が身が翻弄されている。

 身を防ぐためにバリアを張ったところで、メガレックウザとメガリザードンの攻撃によって剥がされる。

 あの二人、ゲーチスとビシャスは何をしているかといえば、無数のセレビィに手間取っているようだった。

 この局面、この身がミュウツーでなければとっくに滅びていただろう。

 

『何故、先ほどと比べてこれ程の差が……』

 

「分からない? そりゃあ、分からないよね!」

 

 メガリザードンに乗ったニンゲンが話しかけてくる。

 

「プレイヤーとパートナーは、お互いに高め合うことでその力をより発揮するんだ! 1人ぼっちの君じゃあ! 絶対に私たちには勝てないよ!」

 

『ぬかせ!』

 

「あははっ! 無理だよーだ!」

 

 放った攻撃を全て避けられる。

 まただ。

 おかしい。

 あの男であればともかく、人間の反応速度はあそこまでのものでは無いのだ。

 最初にあの塔の中で戦っていた時は実際、相手にならなかったのだから、それは間違いない。

 

「──あなたが個として最強でも、私達には彼がいる」

 

 異なる系譜のモンスターであるアマツマガツチ。

 それの背に跨った女が囀る。

 

「あの人は決してあなたを逃さないし、あの人を傷つけたあなたを私達も許さない」

 

 大気を吸い込んだアマツマガツチが放ったブレス。

 それは瞬間的に貼ったバリアを貫通し、左腕に傷をつけた。体が流れ、吹き飛ばされる。

 

『威力が……増している……!?』

 

 明らかに威力が違った。

 嫌な汗が額を流れる。

 こんなのは想定されていない。

 伝説のモンスター達が、さらにスペックを底上げするなど。

 

「私の師匠は最強なんです!」

 

「流石に面目躍如だホ〜!」

 

 小さな道化が、逃さないと言わんばかりにミュウツーの周囲を覆うように氷の筒を作り出し、そこを駆け抜けたレックウザが激突した。

 

『ぬうううっっ!』

 

 バリアが完全に砕け散った。

 寸前でレックウザの角を掴み、なんとか軌道上から身を逸らす。

 自然エネルギーによる推進力だけではない。

 最早、間違いない。

 何かの干渉を受けていた。

 

「ムー、あなたは倒す」

 

 七色の羽を片手に掴んだレッドが乗ったリザードンは、ホウオウと共にブレスを放った。

 

『ぐううううあああああ!!』

 

 肌を焼く感覚。

 ポケモントレーナーの扱ったあの炎に近い性質を宿したそれに纏わりつかれ、最強のポケモンはもがき苦しんだ。

 大雨のおかげで鎮火したが、全身が痛み、肩で息をしているムーは追い詰められていた。

 しかし、だとしてもムーの肉体は最強で、まだまだ戦闘をすることができた。

 

『はぁ……はぁ……』

 

 そんなムーの前に、ルギアの背にしがみつくノコ、そしてフリーザーに運ばれるユカリとリン。

 

「ひ、ひええ……高い……」

 

『……何だ、今のは』

 

「あなたが誰かは知りませんが……ヒカワのように、みんなを傷つけようとしていることは分かります!」

 

「トレ君が戦ってるんだから、私たちも……! お願い、フリーザー!」

 

 フリーザーが放ったれいとうビームに合わせたルギアの爆炎が、ムーの周りに霧を作り出した。

 視界が取れず、風を生み出して霧を払うとそこには──

 

「ノコちゃんはあんなんでもドリームランドの勇者でね〜、やる時はやるんだよ」

 

『! ……貴様らだ……貴様らが原因だな!』

 

 ヒノトリの上で、片膝をついたまま黙して動かないポケモントレーナー。

 その隣にいるのは、その相棒たるポケモン、ホシノ。

 攻撃をしようとしたムーにウィンクをして、とっておきの一撃を放つ。

 嫌な予感がして、ミュウツーは左腕で弾を弾き飛ばした。

 

『──うぐぅっ!?』

 

 防いだ腕がジュウウと焦げ付く。

 熱では無い。

 もっと別の概念による攻撃だった。

 

「これは滅龍弾って言ってね〜、ハンサムさんからもらったんだよお…………効くでしょ? それが、みんなの気持ちだよ」

 

 冷たく言い放ったホシノは、青年の髪を撫でた。

 

「この人が守りたがっている世界を壊そうとするお馬鹿さんは……地獄に堕ちればいい」

 

 

 ──────

 

 

 セレビィに導かれるままに、不思議なトンネルの中を歩いた。

 色も音もぐちゃぐちゃで、中では色々な光景が同時に見えた。

 不安で……リンネさんと、トワちゃんと手を握って、必死にセレビィに着いて行った。

 せめて、あの人のいた世界がどんなところなのかは知りたかった。

 何も知らないままお別れなんて、そんなの嫌だった。

 

 そうして抜けたトンネルの先、崩れ落ちそうな床や天井の建物にたどり着いた。

 見下ろすと、地面が遥か下に。

 ヒノトリやモンスター達は、空中ですでに戦っていた。

 女の子達がその背に跨っている。

 セレビィは、統一的な服装が特徴の人達を追いやっている。

 いきなりの荒事。

 彼が話していた、故郷には争いが無かったという話は何だったのか。

 

「──これが、兄ちゃんのいた時代?」

 

「そうみたいだけど……もしかして……今、私たちがいるのって……建物?」

 

 信じられない高さ。

 浮遊城よりもはるかに大きな建造物。

 リンネは、これを人が築いたとは信じられなかった。

 3人で縮こまっていると、セレビィが一匹、こちらに来いと手招きをした。

 そこにはメガネがちょうど3つ。

 つついと手渡されて装着すると、視界に文字が流れ、音声が聞こえる。

 

『Sight Newral Link 確立中……』

 

「なに、これ……」

 

『Now Loading……』

 

「ナウローディング?」

 

 ピッ、ピッ、と小さな音が聞こえる。

 3人の知らない技術が展開されていた。

 少し待つと、真っ白だった視界が虹色に染まり、軽快な音声が歓迎する。

 

『Hello,New World』

 

 途端に世界が、これまで見てきたものから全くもって違うものに変わる。

 いや、昇華された。

 遠くのものが鮮明に、近くのものはより克明に見える。

 見たいと思ったものが強調され、分析されていく。

 少しだけ聞こえた音が、耳元で喋っているような声として認識される。

 

「す、すごい、これ……」

 

 トワがセレビィに腕を引かれて空中を見た。

 ズームされ、その男が映し出される。

 

「──あっ!? あれ! 兄ちゃんが!」

 

「……ワタル! ──いや、ワタルじゃ……ない……?」

 

 ホリィは思わず声を上げた。

 見慣れた顔だった。

 何よりも今、会いたいと思っていた人がそこで戦っていた。

 でも、両腕があった。

 彼の腕を失くした原因である彼女には分かった。

 あれはワタルであって、ワタルでは無いと。

 戦場の中心で、ヒノトリの背中に乗っていた。

 ヒノトリこそが彼で……きっと、あの少女がホシノなんだろう。

 そして、ヒノトリからは不思議な波導が広がっている。

 波導がホリィの胸に届き、イメージが脳内に投影された。

 

「何よコレ……」

 

 リンネやトワも同じイメージが届いたらしい。

 しかも、イメージの中に2人も組み込まれている。

 ワタルとヒノトリを中心として三次元的な陣が組まれ、ムーの意識の裏を突き続けている。

 間断なくモンスターと少女達に指示が送られ、その通りに展開が進行していく。

 

「これが、世界を救った彼の、本当の力……?」

 

 リンネがポツリと呟く。

 そして、とあるポイントが強調された。

 

「──ここに行けってこと?」

 

 ヒノトリがこちらを見て、確かに頷いた、ような気がした。

 ホリィはしかし、ここが地上のはるか上であることを思い出す。

 

「どうやってあそこに辿り着けば……キャアッ!?」

 

 いきなり、眼前に風が巻き起こった。

 現れたのは白と黒、レシラムとゼクロム。

 ゼクロムの背中には緑髪の女と白髪の男が乗っている。

 

「僕たちが運んであげるよ」

 

 レシラムが3人のそばに着陸した。

 

「あ、あなた達は!?」

 

「僕たち? そうだなあ──」

 

「何でもいいだろ、とっとと乗れ」

 

「あーもう、本当に空気読まないよね!」

 

「ゲーチスとの決着がまだなんだから、さっさと蹴り付けなきゃいけねえだろうが!」

 

「え? 僕の勝ちだよ?」

 

「そうじゃねえ! まだ捕まってねえだろうが!」

 

「でも、どうせ捕まるでしょ?」

 

「……なにを1人だけスッキリしてんだお前!?」

 

 夫婦漫才を横目に、3人は恐る恐るとレシラムの背に乗る。

 

「あ、あの〜、背中、失礼します……」

 

「ンバーニンガガ!」

 

「──よし、全員乗ったね? じゃあ行くよ!」

 

 ワタルとヒノトリの指示があるとはいえ、ムーの放つ弾幕は並大抵では無い。

 1秒でも反応が遅れれば、ルートを一つでも間違えれば、消し炭になるような高威力高密度のものだ。

 だからこそ、指示の異様さが際立っていた。

 

「……一体彼は、何者なんだろうね」

 

「知らねえよ」

 

 メガネも使わずに、脳内に直接情報を流し込まれる。

 とびきりの旅をしてきた2人でも、こんな体験は初めてだった。

 右へ、左へ、上へ、下へ。

 後退はしない。

 そんなルートは提示されない。

 攻撃を掠めるように、時には、突っ込んだらそのまま焦げ死にそうな中へ自ら飛び込まされる。

 それでも攻撃を喰らわない。

 どのような異能か、もはやその場の誰もが真に理解した。

 

 レシラムの背の上でホリィは、迫る攻撃に怯えながらもしっかりと前を見ていた。

 あるタイミング、ある場所。

 そこに辿り着くために。

 彼が、彼女らが作っていく陣形が一つの形に定まっていく。それが分かる。

 完成した時こそがこの戦いの終わりで、その時こそ、彼とホリィの旅が意味を成すときだった。

 

「──待ってて、ワタル」

 

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