俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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54_見覚えのある光景

 鐘の音と共に、伝説のポケモン達がやってきた。

 時渡りの音。

 それは、敗北の過去そのもの。

 ロケット団の財力によりダークボールを開発し、強力なポケモンを手に入れた。

 最高幹部にまで成り上がり、夢を叶えるため、相応しいポケモンを手に入れる為、セレビィを探した。

 そしてハンターから手に入れた情報を頼りに、あの村に辿り着いた。

 

 ダークボールとは、そのポケモンの心を縛り、命すら削り取る事で能力を限界以上に引き出すモンスターボール。

 あの森のヌシであるセレビィを捕まえた以上、負けることなど、あり得るはずがなかった。

 そうだ──私が負けるなど! 

 

「あの……あの……あの、ガキどもさえいなければ!」

 

 ロケット団を捨て、自由な身のまま、世界を支配できるはずだった。

 サトシとかいうガキに邪魔されなければ、実現していたのだ! 

 敗北の果て。

 大量に現れたセレビィになすすべなく誘拐され、そして時渡りの、あのポータルの中で捨てられ……数年前、この時代に流れ着いた。

 まさか、同じように流れ着いた者がいるとは思わなかった。

 マタナキタウンで牢屋に入れられたのは、この世界の警備のレベルを知る為だった。

 あえてルールを破ることで、警察や治安維持機構の実働隊のレベルを測ったのだ。

 

 本当に他愛無い連中だった。

 モンスターボールすら持たず、絆などという曖昧なものに委ねてポケモンを操っているのだから。

 モンスターがいかに危険かという事を全くもって理解していない。

 ソーマと、そしてこのメガネ。

 私の時代には無かった、極めて進んだ技術を持っているにもかかわらず、生ぬるい生き方をしている連中だった。

 障害にはなりえないことが理解できた。

 チャンピオンと四天王だけは警戒する必要があったが、それでも私の勝利は揺るがなかった。

 約束されたも同然。

 

 そして牢屋で出会った。

 ポケモントレーナー、そう名乗る男だった。

 本名だとそう言っていた。

 笑うのを抑えるのが大変だった。

 だってそうだろう? 

 この私に向かって、ポケモントレーナーが本名だなどと。

 そして話をした。

 モンスターボールのことを知っていたりと、やはり私と同じ暦の中の人間であることが分かった。

 おそらく、ポケモントレーナーとして既に大成していたのであろう。

 肉体的なことなどどうでもいい。あの、ポケモンに対する理解の深さと指示能力の高さ。

 英雄などと言われているのを知って大笑いしたが、その戦闘ログを見たことで評価を改めざるをえなかった。

 各地を廻りながら世直しのような事をしているようだった。

 

 きっと、ジョウト地方の人間では無いのだろう。

 あれほどのトレーナーならば、私の所まで情報が回っていたはずだ。

 そう──空中で、伝説のポケモンとその背に乗るガキどもに指示を出し続ける、あれほどのトレーナーがロケット団の障害にならないはずが無いのだから。

 あの時代にジョウトにいたのなら、必ず私も戦っているはずだ。

 人前に滅多に姿を現さぬ、表したとて、その強力さゆえに捕まえることもできない。伝承や石碑に残るのが精々の、ただのモンスターの枠を超越した生命体達。

 そのポケモン達に、あの男は自由無尽に指示を出している。まるで伝説のポケモン達のトレーナーであるかのように。

 

「あの力さえ私にあれば……!」

 

 世界をきっと支配できる。

 この、私を邪魔するセレビィどもも容易に排除できたはずだ。

 しかし、ここは空中3000m近い。植物の力も弱く、セレビィどもも十分な力を発揮できないようだ。

 

「いけ! バクフーン!」

 

「フーンガアアアアアア!!」

 

 かえんほうしゃによって蜘蛛の子を散らすように逃げていく。所詮は植物の身体、火には弱いのだ。

 あの時とは違う。

 私は大量のダークボールを手に入れることができた。

 

「そら! いけ!」

 

 見れば、ゲーチスも同じようにダークモンスターを放っている。

 そうだ、それでいい。

 ライフストリームが何故固定されたのかは分かった。

 ならば、あとは対応すればいいのだ。

 それこそが科学技術。伝説のポケモンの脅威すら上回る、人が生み出した業。

 あの場所に戻りさえすれば、私は全てを元に戻すことができる。

 

「今度こそ、世界を統べる! ……ぬうっ!?」

 

 無数の蔦が、床から湧いてきた。

 グリーンスカイロッドの主要な構造体である植物そのものから伸びていた。

 手足に絡みつき、私の動きを制限しようとするそれらを操るのは誰なのか。

 セレビィどもじゃ無いのは明らかだった。

 なにせ奴らも困惑している。

 誰がやっているのか元凶を探している時に、その声は聞こえた。

 

「──我の街をこれ以上傷つけさせるわけにはいかない」

 

 それは既に殺したはずの男の声。

 信じられなくて、その姿が実際に現れるまで固まっていた。セレビィをかき分けて現れたのはやはり、アトラス地方のジムリーダーで最強に近い男、シンリンカムイ。

 確かにあの時、モンスターの津波で押しつぶしたはずだった。

 

「危うく死にかけた、おかげで回復に手間取ってしまったよ」

 

「人間では無い、のか……?」

 

「辛うじて、といったところだ」

 

 身体が緑色に光っている。

 セレビィに触れ、その身体に豊かな草花が宿っていた。

 

「このモンスター達は、どうやら我との相性が極めて良いらしい」

 

「…………」

 

 それはそうだろう。

 なにせセレビィとは、森に生き、森を守り、生命を癒す守護神なのだから。

 そのセレビィが、植物の亜人に近いシンリンカムイのそばにいたならば、常に回復役がいるようなものだ。

 

「この街の守護として、不甲斐ない限りだ。グズマが帰ってきて、あまつさえ戦ってくれているのに、我は見ていることしかできなかった」

 

「そのまま寝ていればよかったものを! お前達! 蔦を引きちぎりなさい!」

 

 バクフーン達に指示すれば、傷を気にせず拘束を抜け出していき、セレビィ達と激突した。

 そしてカムイと対峙する。

 ゆらめく蔦が、彼自身の怒りを表現しているようだった。

 

「その邪悪な力、ますます持って許し難い!」

 

「ほざけ! 私の崇高な目的のために犠牲になれるならば、この程度、甘受するのが支配される側の義務というものだ!」

 

「──相容れぬ! ここまで相容れぬ人間と出会したのは初めてだぞ!」

 

「そうだろうとも! 相容れぬからこそ、戦うのだ!」

 

「何故! そこまで人々を傷つけるようなことができるのだ!」

 

「……ふはははは!」

 

「何がおかしい!」

 

 そんな当然のことを聞かれたから、流石に笑ってしまった。

 想像したことすらないのだろう。

 世界を自らのものしたい。

 誰よりも上に立ちたい。

 欲望すら無いのか。

 

「シンリンカムイ! 貴様は何のために生まれて、何のために生きて、何のために死んでいく!」

 

「なにを言っている!」

 

「標なき人生を無為に過ごすのは楽だろう! ルールの中で生きていれば、それで満足か!」

 

 伸びてきた蔦を切り刻み、つかみかかってきた腕を掴んで投げ飛ばす。

 着地点めがけて銃を放ったが、蔦を束ねた盾で防がれた。

 

「無辜の人々を守る、それこそが我の人生の命題! ……あの日、あの人に助けられたからこそ、我はここにいるのだ!」

 

 銃口は今もカムイを向いている。

 物陰から飛び出た瞬間撃ち殺すために。

 

「ならば、あの人とやらも無念だろうな! 貴様が守ろうとしたものは今宵、この世界から消え去る!」

 

「──そんな事はさせない!」

 

 姿勢を低くして駆けてくる。

 思い切りの良さに拍子の裏を突かれ、射線上から逃れられてしまった。

 バックステップで距離を取り、小型爆弾を放る。

 通り過ぎた瞬間にセンサーが起爆させるようなものだ。

 カムイはその脅威を感じ取ったのか、一旦立ち止まった。

 

「街も、建物も! 全て、ネオプラズマ団とムーが破壊し尽くす! 象徴を剥ぎ取る! 世界は再編される!」

 

「……お前達は!?」

 

「む?」

 

「お前達もそうなのか!? かつて訪れたこの街を、世話になった人々を! お前達も滅ぼしたいのか!?」

 

 ゲーチスの部下達に、そんな言葉を投げかけていた。

 彼が集めた人材。

 そして今は私の部下でもある。

 そんな彼らは、カムイの問いかけに動揺していた。

 シンリンカムイにはそれだけのネームバリューがあるという事だ。

 それこそが……この世界の歪みそのものだった。

 

「お、俺たちは別に滅ぼしたいなんて……」

 

「世界が変わるっていうから……こ、子供が傷つかない未来があるなら、その方がいいじゃない?」

 

「ゲーチス様達がしろと仰るなら、我々も従うしか無い」

 

「そ、そうだ! 世界のためだ!」

 

「未来のためだ!」

 

「なっ…………!?」

 

 その光景を見せつける。

 愕然とした表情をしていた。

 絶望を感じているのがありありと分かる。

 そんな筈はない、と。

 信じたあの人と同じ種族が、こんな生命体な筈はない、と。

 お笑い草だ。

 

「分かるかシンリンカムイ、これが人だ」

 

「そんな…………」

 

「周りの意見に同調し、みんながそう言うからと責任を押し付けようとする。これほどの大惨事を引き起こしながら、この期に及んでゲーチスが言ったからなどと宣う」

 

「これが……人……?」

 

「自分が信じているのだから、それはつまり正しい。何故なら、自分が信じているのだから。その、ループして破綻した論理にすら気付かない、そんな愚かな者達を救うことに何の意味がある」

 

「…………」

 

「さあ、お前も我々の仲間になれ。共に世界を造り替えるのだ」

 

 呆然としたままのカムイに手を伸ばした。

 こいつがこの局面だけでも戦力になれば、成功率はグッと上がる。

 どうせ我々はあと1時間もしないうちに過去に遡り、世界を征服する。

 この街がどうなろうが、どうでも良いのだ。

 

「カムイ、子供が傷つかない世界には興味がないのか?」

 

 ゆっくりと近付き、差し出した手を見せる。

 ジムリーダーは目線をその手におろし、自分も右手を差し出した。

 さあ、その手を取れ。

 

「カムイ、我々なら作れる。子供が泣くことのない未来へと進むのだ」

 

「…………違う!」

 

 手を跳ね除けられた。

 カムイは大きく距離を取り、足元が揺れ始める。

 床を突き破って現れたのは、パックンフラワーキング。

 カムイはその肩に乗った。

 

「それが人なのだとしても! 平穏を破り、破壊活動を行うお前の言う言葉は、絶対にマヤカシだ!」

 

「ふん、そんな事にすらすぐに気付けないなど、貴様はやはり生ぬるい環境で生きてきたのだな……カイロス! 破壊しろ!」

 

「パックン! 我らの街を守るぞ!」

 

 

 ──────

 

 

『ぐっ……』

 

 ムーの体がまた一つ傷付いた。

 傷から出てくるのは血では無い。

 黒い煙だ。

 

『あいつらは何をしている……!』

 

 もはや一刻の猶予もない。

 再びの時渡りを行い、この場を離れなければならない。

 その為には囮が必要だった。

 その囮は今現在、誰かと戦っていた。

 

「あれれー? 余裕綽々だったのに、随分焦ってるねー?」

 

「リザ!」

 

 放たれた風の刃が尻尾を掠め、皮を削り取っていった。

 サイコキネシスで捉えようと左手を伸ばしたが、力の隙間を縫って逃げられた。

 

『ぬぐうううう!!』

 

 エネルギーを全身から放ち、球状の爆発を押し付ける。寸前に遠くまで退避し、しかもその距離から逆に光線を放たれた。

 

『何故だ!』

 

「ム、ムー!」

 

『…………』

 

 高い高いと怯えていたノコがムーに話しかけた。

 まだ腰が引けているが、それでも言いたいことがあるようだった。

 

「君は、ちゃんと話をするべきだ! ピカチュウと話をして、それで分かりあうべきだ!」

 

『……なんと幼い』

 

 それで解決するならば、こんな事始める筈も無い。

 夢物語ですらない、理想にすら届かない、あまりにも非現実的な物言い。

 

「だって、そうしなきゃ死んじゃうんだぞ!?」

 

 ルギアの上で、必死に言い募る。

 幼くて、何も分かっていない子供がそこにいた。

 ムーは何かを感じた。

 それは、ムー自身の何かでは無かった。

 肉体、ミュウツーが何かを感じているようだった。

 それが魂にも流れ込んでいた。

 

『くだらん』

 

 そう、切って捨てた。

 そんなもの、戦火の中で腐るほど見てきた。

 同じことを何度言われたか。

 

『戦いの中でしか生きられない、それが俺だ』

 

「分からず屋!」

 

 爆炎が飛んでくる。

 ミュウツーはそれを、当然のように防いだ。

 煙を抜け、周りを見回し、そして気付く。

 

『……最後通告だったというわけか』

 

 完全なる包囲網が完成していた。

 もう、どうやっても逃げる事はできない。

 そう、全員の目が告げていた。

 

 ヒノトリが真正面に来る。

 レシラムが隣を飛んでいる。

 あの小娘が、モンスターの背にいた。

 

『貴様も、こんな時代にまでついてくるとは』

 

「あなたは……絶対に倒します!」

 

『ポケモントレーナーを犠牲にして、いまだにその背にしがみつき、千切れた腕を引きずり、残骸すら使って事をなす、か。さぞ誇らしいだろうな』

 

「っ……」

 

 その返しに、ホリィが顔を歪める。

 いまだに乗り越えていない。

 ただ、最後まで務めないといけないという義務感がここまで突き動かしていた。

 トワとリンネがいなければ、すぐにでもその場に崩れ落ちていただろう。

 しかし、答えるものがいた。

 

「ああ、誇らしいよ」

 

「…………!」

 

『………………』

 

「最後までって約束したからな、その約束を守ることができて誇らしい、そんな気持ちだ」

 

「やっぱり、ワタル……なの……?」

 

「……いや、違う、俺はワタルじゃ無い」

 

 ホリィの言葉を完全に否定した。

 そんな青年の様子をレッドは沈痛な面持ちで見つめていた。

 そんなわけない。

 あんなに楽しそうに旅をしていたのに。

 そんな顔をしておいて、どういうつもりなのかと問い詰めたかった。

 でも、その続きはまた今度だ。

 彼が指示を出した。

 

「みんな、ここからがラストターンだ!」

 

『──来い!』

 

 

 ──────

 

 

『ぐうううううう!!!』

 

 ヒノトリを除き、プレイヤーと共に動く八騎。

 一騎ごとに、衛星のように複数の伝説が近くを飛び、ポケモントレーナーからの指示を受けていた。

 一騎がすれ違いながら攻撃を浴びせていた先ほどとは違う。

 全てのモンスターが連続的に攻撃を浴びせ、ムーは腕を振るわせながらバリアを張っている。

 しかし、目を離せなかった。

 ヒノトリが動きを起こした瞬間に対応しなければならない。

 

 ポケモントレーナー達も余裕があるわけでは無い。常に指示を出している青年は脳みそがパンクしそうだし、それを受けて能力を引き出されているプレイヤー達もモンスター達も皆、普段より遥かに高い負荷に頭が熱くなっていた。

 ホシノとノコだけは何度も指示を受けていたこともあり、比較的に余裕を保っている。

 

 押しきれないのは、ひっきりなしに飛んでくるナバルデウスのブレスのせいだった。

 2000mの距離を隔てても、その威力は衰える事を知らない。

 遠距離からの攻撃のため、感知半径に入った瞬間に指示を出し直さなければならないのだ。

 

 ただ、そんな均衡もいずれ崩れる時が来る。

 遥か下の方から、巨大な汽笛のような音が聞こえてきた。

 

『ォォォォォォォォォ…………』

 

 一つの戦いが幕を閉じかけている音だった。

 

『────!!』

 

 ポケモントレーナーは、その瞬間に残りのリソースのほぼ全てを費やした。

 四方八方から放たれた、無数の光線。

 一斉攻撃がミュウツーを完全に防御に回らせたその瞬間、ホシノを担ぎ上げた。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「信じろ!」

 

「──うわあああああああ!!!」

 

 親指を立てた青年に空中へ投げ出され、大声で叫びながらぶっ飛んだホシノはとあるモンスターの背中の上へ。

 当然、受け止める人間がいなければそのまま落ちるだけだが──

 

「うっっっっつ〜……ホシノさん、大丈夫?」

 

 頭から突っ込んできたホシノを受け止めたのはリンネだった。

 話に聞く少女だな、と理解して咄嗟に名前を呼んだ。

 

「ありがとう──お兄さんは!?」

 

 ホシノが元いた場所に目を向けると、ヒノトリが姿を消していた。当然、その背中にいたはずの青年も。

 さらに、ムーもいない。

 忽然と姿を消した三者の代わりに、その場には渦巻く闇が残されていた。

 そこからは声だけが聞こえていた。

 

 

 ──────

 

 

 あの瞬間、無理やりどこかへ逃れようとしたミュウツーに、それを分かっていたヒノトリと青年は突っ込んだ。

 そしてバリアごと、いきなり現れた闇の中に飲み込まれ、不思議な世界にやってきた。

 

 どこが地面か、どこが空か、左右がどちらか分からない。

 突き出した岩や、橋のようになった足場を破壊しながら進んでいく。

 すでにバリアは砕け散り、クチバシに貫かれまいと必死に抵抗していた。

 

『ぐっ! ……がっ! ……なん……だ、ここは!』

 

「──どこだっていい! 楽しもうぜ! ドキッ、男だらけの最後のデートってやつをよお!」

 

『ふざけるな! 貴様も帰れなくなるぞ! 愛した者達が待っているのに、良いのか!』

 

「いいじゃねえか、はみ出し者同士! まとめて世界からいなくなれば、少しは平和になるかもなあ!? ──それに、3人一緒なら寂しくねえぜ!」

 

『狂人め……!』

 

 青年がヒノトリの限界を引き出し、ヒノトリが青年の限界を引き出し、それを全て用いてミュウツーを滅ぼし尽くそうとしていた。

 防御力すら引き上げられているのか、ヤケクソでぶつけたエナジーボールがあたってもかすり傷ひとつ無い。

 その代わりなのか、鼻血が出ていた。

 

 とある場所に辿り着き、いきなり重力が軽くなった。

 青年は両腕を広げて笑っていた。

 ムーは突き刺されていた胸を押さえて睨んでいた。

 それが、両者の違いを表していた。

 

 めちゃくちゃな場所だった。

 もはや何の力を使わずとも、空中を泳げる。

 少し進めば上が下に、前が後ろに、無意味に放った攻撃が明後日の方向へ逸れ、極限に捻れた世界に消えゆく。

 そうして、螺旋を描きながら言葉と攻撃をぶつけ合う音が、現世にいるホシノ達の耳を貫いていく。

 

「やぶれたせかい! 俺たちの最終決戦に、これ以上に相応しい場所なんて無い!」

 

『……何者なんだ! 貴様は!』

 

「おっと、改めて自己紹介させていただくぜ! 俺はただのポケモントレーナーだ! よろしくな!」

 

『そんなわけがあるものか! なぜこんな、未知の空間のことを知っている!』

 

「知りたい? そんなどうでもいいことを知りたい? こんな土壇場で?」

 

『答えろ! この肉体のメモリーにすらそんな事は刻まれていなかったぞ!』

 

 放たれたはかいこうせんを片手で防ぎ、無傷な代わりに青年の目から血が溢れた。

 お返しにヒノトリが放った粒子砲はムーの右手をもぎ取り、そんな事などお構いなしに、言葉は紡がれた。

 

「アイ、そしてアイツー」

 

『!?』

 

 その単語を聞き、ムーが固まる。

 信じられないとばかりに目を見開き、攻撃の手が止んだ。

 

「その肉体を作るきっかけになった少女の名前だ」

 

『お、お前は……あの研究所の!?』

 

「さあて、それはどうかな」

 

『あり得ない! あの研究所は確かに最初の一体が滅ぼしているはずだ!』

 

「──世の中には不思議なことがたっくさんある。俺みたいな凡人には分からないことばっかで本当、嫌になるぜ」

 

『なにを訳のわからんことを……!』

 

「俺だってさ? 普通に良い大学に入って、良い企業に就職して、それで可愛い嫁さん見つける未来とかもあったのかもしれない」

 

 普遍的な事実として、たらればに意味は無い。

 彼もこの期に及んで元の世界に未練など無く、もしかしたらそうだったのかもしれないと思い返しているだけだった。

 

 いきなり何言い出すんだこいつ、わたしたちじゃ不満だってか、とホシノ達は若干キレていたが。

 

「ただ、そうはならなかった」

 

「俺はこの世界にやってきたから大学は卒業出来なかったし、就職もできなかった。何年経ってるのか知らないけど、もう死亡扱いされててもおかしくは無い」

 

「でもまあ……それでよかった」

 

「母さん達には悪いと思ってるけど」

 

「……なあ、楽しかったな」

 

 ヒノトリを身体を軽く叩き、確かめるように尋ねる。

 身震いをした背中に満足そうに頷き、目から垂れる血を拭った。

 

「マサラタウンにさよならバイバイ、か……」

 

 

 ──────

 

 

 結局、俺がこの世界に来た意味はわからなかった。

 勇者召喚された訳じゃ無いし、女神転生をしたわけでも無い。

 チートはあったけど、だから何? みたいな。

 無くても十分楽しめる世界だった。

 モンスターに襲われて死ぬ事はあったかもしれないけど、それは程度の問題でしかないしな。

 

 もし、もっと古い時代。

 こいつが作り出された時代だったなら、サトシやヒカリみたいな奴らと話すことが出来たのかな。

 メガストーンやダイマックスなんて技を使う奴らと存分に戦うこともできたんだろうか。

 ああ、それはなんて素晴らしいんだ。

 話がしたい。

 顔が見たい。

 彼らのポケモンと触れ合いたい。

 もっと、多くのところを旅したい。

 伝説のポケモンを見て、色々なトレーナーと競いたい。

 

 でも、こいつはそれを投げ捨てた。

 俺がするはずだったかもしれない選択。

 旅路を諦めた。

 もう会えなくても良いと、別れを告げて夢を振り切った。

 ムーはどこまでも最強で、俺たち如きの力じゃあ勝つことなんて出来ない。

 だから全てに火を付けて、燃料にして、最後の一直線を100万馬力の加速で突き抜けようとしたんだ。

 

 馬鹿野郎。

 

 分かるさ。

 俺だって分かる。

 ホリィを助けたかったんだろ。

 リンネとトワを助けたかったんだろ。

 でもさ、あの子達がそんな事を望むわけが無いんだから。

 最後ってそういうんじゃ無いことぐらい、分かっていたはずなのに。

 本当、頭が悪いな俺たちは。

 

 ……だからこそ最後くらいは、ちゃんと俺たちの手でやり抜きてえよな。

 

 

 ──────

 

 

『…………! ……人間の姿に戻っても……」

 

 奇妙な光景だった。

 同じ男が二人いた。

 双子とかそういう話では無い。

 明確に同じ男がその場に二人いた。

 しかし、違う部分もある。

 片やアロハシャツ、片や着物。

 一人は目、鼻、耳から血を垂れ流し、もう一人は片腕が無く、今にも倒れそうだった。

 刻々と色が変わりゆく勾玉を首からぶら下げた男は、ポケモントレーナーに肩を借りていた。

 

「しっかりしろ」

 

「こちとら怪我人だ、もっと優しくしろバカが」

 

「けっ、傷は塞がってんだろ」

 

「…………悪いな、あいつらを巻き込んじまった」

 

「直接言え」

 

「ああ、そうする」

 

 軽口を叩きながら、右掌を前に向けた。

 赤い炎が燃え上がっていた。

 まるでポケモントレーナーの鮮血のような赤さで、ヒノトリの光のような暖かさで……かつての青さは無かった。

 

『……やめろ』

 

 ムーから見た時、それはあまりにも悍ましく、許し難い属性を帯びていた。

 ワタルから見たら清浄なる光でも、ムーには地獄で煮込まれた臓物のような禍々しさを感じさせていた。

 

『それを……俺に近付けるな』

 

 膨れ上がる炎。

 気付けば一歩下がっていた。

 最強のはずの自分が後退り。

 肉体が擦り切れているようだった。

 先ほどまで受けていた圧倒的な火力のせいで、足が動かない。

 その事実に慄然とし、屈辱に顔を歪ませる。

 

 しかし、男たちにも余裕は無かった。

 

「……ゴボッ」

 

 ポケモントレーナーの口から大量の血が溢れる。

 あまりにも高い負荷が彼の肉体を傷つけ、内部を破壊していた。

 こうしている今もワタルの能力を引き出すために能力は全開で、ここから長々と戦えるような状況ではない。

 

「ゲホッ! ゴホォッ!」

 

「ぐっ……」

 

 ワタルも、言うまでも無く肉体は限界だった。

 震える手が落ちる前に、なんとかこの一撃を放たなければならない。

 二人分の命をかき集め、パスのつながったマガタマを通して、暴れる力を抑え込みながら祓魔の一撃へと変換していった。

 それぐらいの力は残っていたようで、力が収束していく。

 

 そして──

 

「イピカイエ、馬鹿野郎……!」

 

『おのれえ!!』

 

 

 ──────

 

 

『…………』

 

 ぐらりと、一匹のポケモンが体を揺らした。

 胴体に大穴が開いている。

 通り抜けた炎は空間を奥へと突き進んで、やがて見えなくなった。

 しかし、その身体が地面に倒れ伏すより先に崩れ落ちたものがあった。

 

「かっ……!」

 

「──くそ、これでも倒れねえか」

 

 二人して、潰れるように倒れ込む。

 未だ敵はその脚で立っているというのに。

 虚ろな目をしてはいるが、まだ生きている。

 ここで仕留め切らなければ。

 そう思っても身体が動かない。

 

『────あ』

 

 ピクリと、ムーの指先が振れる。

 

『危な、かった』

 

「そこは死んどけよ……バケモンめ……」

 

『認めよう、貴様らは──貴様は、俺の敵だ』

 

「ぐぶっ、げっほ!」

 

「もう、指も動かねえ……」

 

 もがく二人にジリジリと近寄っていく。

 大穴があるせいで、上体を右に左に揺らしながら。

 

「……ここまでか」

 

「…………」

 

『貴様らは、俺の、糧と、なる』

 

「嫌すぎる……」

 

「…………」

 

 ジャリ、と足音が止まり見下ろすのは、断面から黒い煙が漏れ出ている怪物。

 残った左腕を伸ばし、彼らに最後の一撃を与えようとしたその刹那だった。

 

「ボオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 まるで汽笛のような音が鳴り響き、世界が形を変えていく。

 彼らがいた大広間のような空間も、捻れた岩が突き出し、奈落へとつながる穴が出現した。

 そして遠くから、凄まじい何かがやってくる。

 彼らめがけて一直線に。

 たじろぎ、信じられないと二人を見る。

 

『なん、だ、この、存在級位は』

 

「あぁ……お前、やったな」

 

「──ギリギリ、だった」

 

 仰向けに倒れたままワタルは掠れ声を出した。

 ズタボロだが、清々しい笑顔だった。

 

「……ぺっ」

 

 気力が少しだけ回復したポケモントレーナーは這いずり、上体を起こして血を吐き捨てる。もう、今度こそ一歩も動けないワタルを置いて、力の入らない腕に力を込めた。

 ゆっくりと体を持ち上げる。

 

「いちち……」

 

 体の節々が痛かった。

 まさか内部から破壊されるなんて思いもよらなかった青年は、腹を抑えながらムーの前に立ち塞がる。

 

『──―なにが、くるんだ』

 

「ギラティナだよ」

 

『なに?』

 

「神話からも捨てられた虚なる神。その存在を知るのはごく一部の研究者達や伝承を受け継いだ物のみだった。そんなポケモンだ」

 

『…………』

 

 この男が何者かまるで分からない。

 研究者なのか、ポケモントレーナーなのか、この男を表すのにちょうど良い記号が見つからなかった。

 ポケモントレーナーを名乗っている以上は、それも兼ねているのは間違いない。

 ただ、あの連中はここまでしぶとく無かった。

 かつてのチャンピオンどもですら知らなかったであろうことを知っているなんて事は当然無かった。

 

『…………ふははは……』

 

 最強であるはずの自分がボロボロだった。

 ヒノトリであり、ポケモントレーナーでもある目の前の存在はどこから来たのか、そんな事ばかりが頭に浮かんでいた。

 戦う気分ではなくなった。

 そう、全てが馬鹿馬鹿しくなってしまった。

 

「?」

 

『もう、いい』

 

「もういい?」

 

『もう……力が入らん』

 

「──俺もだ」

 

 ムーはどかりと座り込み、岩に背中を預けて空を見上げる。

 そこには同じように岩があるだけで、ここが通常の世界とは違うことを嫌でも感じさせた。

 

『この空間は、やぶれたせかいなどと言ったな』

 

「ああ」

 

『あいつが支配者というわけか』

 

「──ったく、なにしてんだあいつら」

 

 闇から現れたそいつは、滑るように空間を近付いてきた。

 その眼を見るだけで、呪われるようだった。

 ムーはいよいよ、自身が詰んでいたことを理解した。

 勝つとか負けるとか、そういう次元の存在では無かった。

 その巨体の背中から、誰かが手を振っていた。

 この空間の中でも目立つピンク色の髪だった。

 

「おにいさーん!」

 

「ぶふぉっ!」

 

『…………』

 

 怨敵から、なんだこいつ……という目で見られたが、青年は堪え切れなかった。

 この場面であんな抜けた声を出されると、張り詰めていた空気がフニャフニャに崩れたような感覚になる。

 着陸したギラティナの背から降りてくる仲間たちの姿を見て、ハァァと深く息を吐いた。

 終わった。

 やっと。

 

 

 ──────

 

 

 ホシノは、どちらのところへ行くべきか分からなかった。どちらかを選ぶことは、反対を捨てることと同じ。

 どうすればいいのか、その答えをくれたのは立っている青年だった。

 

「分かりやすく言えば、こいつはワタルで、俺はポケモントレーナーだ」

 

 同じ顔をして、全く違う格好の二人。

 何が彼らを分けたのか、ホシノには全く理解ができなかった。

 倒れている青年には腕が無く、肩周りが血だらけで、一人の少女が駆け寄った。

 銀髪の二人も続く。

 初めて会う三人だけど、どういうことなのかはすぐに理解できた。話に聞いていたということ以上に、その表情が、態度が、彼らの関係性を端的に表していた。

 

「お兄さん」

 

「ホシノ、お疲れ」

 

「……うへ、おじさん本当に疲れちゃった」

 

「抱っこしてやろうか?」

 

「…………」

 

 軽くそんな事を言う彼の目からは血が垂れている。あたりに飛び散った血は、この戦いがどれほどのダメージを彼に与えていたかという事を悟らせる。

 睨むと、気まずそうに頭をかく。

 でも怒る気にはなれなかった。

 もうすでにキレていらっしゃるお嬢様がいた。

 長い髪を揺らして駆け寄り、ペタペタと全身を触る。

 過去に一度、同じような状況を経験しているナギがキレていた。

 

「なに立ってるの! 早く横になって!」

 

「……」

 

「聞いてるの!?」

 

「ごほっ」

 

 青年が、喉に残っていた血を吐き捨てた。

 

「──なんでこんなになるまで頑張ったのよ!」

 

「…………良かったよ、お前らが無事で」

 

「ナギちゃーん、叱るのは後でさ……まずはこいつをどうにかしようよ」

 

 ホシノが指差したのは、大穴が開き、右腕がもがれたムー。

 きっと、誰かのパートナーが一撃でも加えただけで死ぬだろう。

 

「──兄ちゃん!」

 

 

 ──────

 

 

「ワタル!」

 

「兄ちゃん!」

 

 声が聞こえた。

 ガチで眠すぎて目を開けるのもきつかった。

 何とかこじ開けると、見慣れた少女が泣いている。

 

「ワタル! いやだ、そんな! うああ……!」

 

 ああ、そういやこっちに来てたな。

 こんな泣いちまって、しょうがねえ。

 ……腕が動かねえや。

 いつもならハンカチでも指でも、拭ってやるところなんだけど……情けねえ。

 

「わああああ!! にいぢゃあ゛あ゛あ゛ん!!!」

 

 トワ……お前、鼻水出過ぎ。

 笑えるけど、笑えない。

 表情筋も、顔も、指先すらも言うことを聞きやしないもんだから、何すりゃ良いのか。

 動く目で他に誰かいるのかを確認すると、リンネがいた。

 

「ワタル、無理しないでいいから」

 

 リンネ。

 ホリィの事を、ちゃんと守ってくれたみたいだな。

 ありがとう。

 街を守るには不甲斐ない傭兵だったけど、こんだけやりゃあ及第点だろう? 

 

「…………なんで、こんな──」

 

 ……いや、お前まで泣いたらもう収拾がつかねえよ……一番お姉ちゃんなんだから、そこはグッと堪えてだな。

 でも、泣いてくれる奴がいるってのはやっぱり嬉しいな。

 見ていられる時間がもうすぐ終わるってのが悲しいところだけど、それも乙ってやつか。

 

「──!」

 

 あー……もう、なんか既に耳が聞こえねえ。

 

「──? ────っ!」

 

 ……そんな顔しないでくれ、ホリィ。

 普通の人間ならとっくに死んでるはずなのに、ズルで生きてるだけなんだ。

 これ以上こっちにいたら、閻魔様に怒られて、地獄の底に叩き落とされちまう。

 

 いやあ本当、楽しかった。

 

『──そうか』

 

 

 ──────

 

 

「なんだ、今の戦いは……」

 

「あれこそ我らが英雄だよ」

 

「あんなの……あんなの、人間になせる術では……」

 

「そうだ、彼はやっぱりただの人間だった。そしてそれでもと、戦い続けたからこそ彼は英雄になった」

 

 愕然と空を見るビシャスとゲーチスは蔦に捉えられていた。

 無数の蔦とセレビィ。

 もはや身じろぎすら出来ない肉体。

 

「あなた達を逮捕する」

 

「ふん」

 

 この期に及んで目が生きている。

 まだ、活路があるとその目は語っていた。

 

「往生際が悪いな、どうする気だ? ネオプラズマ団はもう倒れた、あの人数に頼ることはもうできない。それに、ナバルデウスも最早戦えまい」

 

「ふふふ……チャンピオン達から連絡でも受けたか? 貴様は先ほどの声がナバルデウスの断末魔だと思っているな」

 

「…………これは!」

 

 床が、揺れている。

 激しい戦闘で何層も破壊されたグリーンスカイロッドは、通常より構造が不安定になっていた。しかし、何も起きないのに揺れるはずもない。

 倒れ込まないように脚を固定し、何が起きているかを見回すが、近くにモンスターの姿は無い。

 画面の男は口元を歪ませた。

 

「──古龍とは、一部を除いてポケモンを凌駕する存在だ」

 

「ポケモン……」

 

「モンスターボールすら無い、この衰退した時代には操ることが出来ない存在なのは当たり前だ」

 

「衰退……侮辱する気か?」

 

「いいや、ただの事実だよ」

 

「あなたの時代には、古龍をパートナーにしていたというのか?」

 

「ふっふっふ、想像力が足りないな」

 

「…………」

 

「古代戦争。貴様達がそう呼ぶ戦争は、とても古いの時代のものだ」

 

「──まさか」

 

「イコール・ドラゴン・ウェポン。人々は古龍に匹敵する存在を自らの手で生み出し、戦わせた」

 

 聞き馴染みのない言葉。

 持ち込んだ技術。

 ハンサムの言う通り。

 この男も彼と同じ、はるか過去からやってきた旅人だとカムイは理解した。

 

「天体の合によりやってきた新たなる秩序、モンスターどもと、世界の趨勢を決める戦争をしたと、そう聞いている」

 

「天体の合? なんだそれは」

 

「──ふはははは! だから衰退したと言ったのだ!」

 

 ビシャスは嘲笑う。

 この世界を嘲笑う。

 何も知らない、無垢な赤子のような文明を嘲笑う。

 箱庭に押し込められた人類を嘲笑う。

 

「認めよう! 個人で見た時に、貴様らの中には輝ける者が確かにいる! リュウをはじめとして、彼らの力は私の時代においても通用するだろう!」

 

「特にポケモントレーナー……奴がどのような過程を経てあんな怪物になったのかは私にも分からない。異質で、異常で、あまりにも人からかけ離れている」

 

「そしてやつの知識……危険だ」

 

「だが、平均を見れば我々の足的にも及ばない」

 

「貴様もだカムイ、脆弱な知識が足枷となっている」

 

「舐めすぎたな」

 

 揺れ出す床。

 全身を襲う圧力。

 

 見られている。

 奴が見ている。

 

 その感覚をカムイは何度も味わってきた。

 この街を治めるものとして、最も身近な脅威を押し留めるのは義務でしかない。

 それでも、カムイはまだナバルデウスを完全に理解したわけではなかった。

 

 四天王達との戦いに敗れたと思っていた、弱々しかった気配が膨れ上がり、爆発した。

 

「──!」

 

 声を出せたのか、出せなかったのか。

 全身を殴るような衝撃が下から襲い掛かった。

 衝撃とは水、すなわちブレス。

 1kmもの距離を超えてなお、超生物の放った攻撃は巨大構造物の外壁を破壊するに足る威力を有していた。

 

「──げほっ、げほっ! ……おお、おおおお!」

 

 洗い流され、蔦から解放された二人の目の前には轟々と音を立てるライフストリームと、ネオプラズマ団の持ち込んだ機材が。

 今、邪魔するものはいない。

 ならば、今こそ野望を! 

 そう思って近付くと、先ほどは見えなかった誰かが座っていた。

 

「……誰だ!」

 

 右手を掲げている。

 何をするのか、誰なのか。

 その手を見ていると、口を開いた。

 

「お前らは」

 

 右から左へ手が動き出す。

 

「何も」

 

 それを目で追った。

 

「見なかった」

 

 ネオプラズマ団が駆けつけた時、そこには誰もいなかった。二人は忽然と姿を消し、2度と現れることは無かった。

 

 

 ──────

 

 

 別れは寂しいけど、ありふれた事だ。

 俺がそこに対して首を突っ込むような話では無い、のかもしれない。

 それに、一々そんな事をしていたらキリが無いのも確かだ。

 何せ、人は死ぬ。

 昨日死んだし、今日死ぬし、明日死ぬ。

 人以外もだ。

 アクマが死に、神が死に、星が死ぬ。

 俺がいたのはそういう世界だった。

 救いがあったのは、そんな中でも人はしぶとく生きていた事だ。そうした人たちとの交流は、俺が人間性を失うのを止めてくれた。

 

 彼らの主義主張は受け入れられるものでは無いし、何度衝突したかなど数えきれない。

 殺されそうになったし、殺した。

 それは、彼や俺が元々いたような世界を基準とすれば、辛くてキツイものだ。

 だけど俺にとっては必要なことだった。

 人を殺すたび、心が削られた。戦いが終わった後の光景を直視して、戻すものがなくなっても吐き続けて、そのまま気絶したりもした。

 

 それこそが、俺を人間たらしめた。

 人が死ぬのは嫌だ。

 反吐が出る。

 人を殺すのは良く無いという常識。

 たとえ法律が無くなっても、国が無くなっても、世界が変わっても、原点だけは忘れない。

 彼もきっと、そうだ。

 

 ……戦って殺すのでは無く、尻拭いで死ぬ。

 俺は、そんな理不尽を押し付けた。

 彼には選ぶ事ができた。

 見捨てて、一人でどこかへ行く事だってできた。

 あの時、その選択肢を半ばへし折ったのは俺だった。

 ああ……俺もただの人間のつもりだったのに、いつのまにか上位者気取りだったんだな。

 

 倒れた男に泣いてしがみつく少女達。

 彼女達をそうさせたのは俺だ。

 かつて、俺にも大事な仲魔がいた。

 よく助けてくれた。

 よく話をしてくれた。

 よく喧嘩をした。

 懐かしい。

 あの日々は心の一番奥、大事な場所にしまってある。

 そうだな……俺にもまだ為すべきことはある、か。

 傍観者気取りじゃ無くて、彼に預けた者として。

 

 だから──これは等価交換だ。

 

「お願い……いかないで……」

 

 少女達の間を透り抜け、彼の前に立つ。

 とても穏やかな表情で倒れていた。

 

『いやあ本当、楽しかった』

 

 ──そうか。

 君は本当にこの世界が好きなんだな。

 

『……え? 誰?』

 

 俺にとっては遥か昔、君にとってはつい先刻、仕事を押し付けた者と言えばわかるかな。

 

『…………ああ、あんたか』

 

 前回はアルセウスが尻拭いを手伝ってもらい、今回は俺が手伝ってもらった。

 ……君は、あまり良くない星の元に生まれたらしいな。

 

『そうか? 俺は全然そんなこと思わないけど』

 

 何故だ? 

 今にも死にかけているのに、何でそんな風に思えるんだ? 

 

『言わせるつもりか?』

 

 …………ワクワクと、な。

 

『例え辛い時があっても、楽しい時間を過ごしたのは嘘じゃなかった。最後の最後にあいつらの顔も拝めたし、俺はもう満足だよ』

 

 ──そうか。

 

『……はは』

 

 どうした。

 

『いや、ただ……こうなるなら、子供くらい作っときゃよかったなって』

 

 なら、そうしろ。

 子供を作って、幸せに生きろ。

 

『?』

 

 それは貰っていく。

 完成したマガタマは、人の身にはあまりにも重すぎる物だから。

 

『……これはもう、魂とくっついてるよ』

 

 曲がりなりにも俺は、かつて人修羅になった男だ。

 その程度でどうにかなってしまうのなら、捨てることすらできなかっただろうさ。

 

『うおっ、マジで分離した…………え? どうなんの、これ』

 

 罪には罰を。

 成果には報酬を。

 君は──ん? 

 

『あなたが積極的に介入するなど、珍しいものを見ました』

 

『異世界の魂……勿体無い気もしますけれども……』

 

『ア、アルセウス!? あと、その声はあの竹林の!?』

 

 何故ここに? 

 

『それは私たちのセリフです、まさかそこまで肩入れするとは思わなかった』

 

 そんな事はない。

 俺は野球を見る時はどちらかだけを応援するタイプだ。

 

『やはり同郷の事になると、ということですか?』

 

 そういうことだ。

 彼が言うには少し違うらしいけどな。

 だが、同じ故郷を持つ者に贔屓するぐらいは許されるだろう? 

 

『私には貴方の行動を縛る権利は無いので、ご自由にどうぞ』

 

『アルセウス様がおっしゃるなら、私にも否やはございません』

 

『あの……俺の魂でリモート会議するのやめてもらえません?』

 

 そうだな、では──おや、君も来たのか。

 

『どうも〜』

 

『……また増えた!?』

 

『お久しぶりです、人修羅さん』

 

 ハンサムを怒らせてはいないか? 

 

『たまにって感じです』

 

『……ハンサムさんの知り合いか! 見たことないけどあんたは?』

 

『ミラボレアスです』

 

『本当に誰!?』

 

 ハハハ、賑やかになってきたな。

 ……ワタル、遠き世界の同胞。

 命を無駄にするなよ。

 

『え、このタイミングでここから離脱とか──』

 

 さて、何だか……すごくスッキリした気分だ。

 彼もすぐに目を覚ますだろうし、俺もパートの時間だから帰るとしよう。

 

 

 ──────

 

 

 一番最初に気付いたのはホリィだった。

 

 強く響いていた鼓動は小さくなって、やがて消えた。

 それは終わりを意味していた。

 彼の肉体から大事なモノが抜け出ていったのを感じ、絶望と共に泣きつくことしかできなかった。

 

 そんなホリィの耳を通してドクンという音が一回、復活を知らせるかのように脳に届いた。

 信じられなくて顔を上げると妙なものを見るような目をみんなに向けられ、もう一度耳を寄せる。

 ドクンドクンと連続した音。

 彼が生きている証が確かに、空気を揺らしていた。

 そして──

 

「がはぁっ!」

 

「!!」

 

 確かに命の色は消えていた。

 その場にいる誰もが彼の死を確信し、悼んでいた。

 ムーも、ワタルが一個の生命から一つの死体に変化したことを読み取っていた。

 そして、肉体が元に戻ろうとも、魂が元に戻ることは無い。

 死とは本来、不可逆だ。

 そんな不可逆を可能にするのは。

 滅龍弾の一撃によって消えゆきながら、最後、驚愕に目を見開いた。

 

『まさか……』

 

 勢い良く上体を起こした青年は何が起きたのか把握できていないようで、咳き込みながら頭を振っていた。

 

「げっほ! げーっほ!」

 

「ワタル! ワタル! ワタル!」

 

 ホリィが喜色に満ちた笑みで抱き付く。

 続いてトワが。

 

「にいぢゃあああああん!!!」

 

「…………くっ……なにが……」

 

「大丈夫?」

 

 リンネがそっと手を握った。

 その感触に驚いたように、リンネの方を見る。

 しかし、焦点が合っていない。

 

「リンネ、か? ごめん、光が強すぎて処理できないんだ」

 

「ええ、リンネよ…………良かった……」

 

 さめざめと泣き出したリンネの様子に気付き、手を引いて腕の中に抱き止める。

 

「ありがとう、ホリィを守ってくれて」

 

「うん……うん……!」

 

「そんで、えーっと……ホリィもいるんだよな?」

 

「ゔぁい……」

 

「ここ、どこ?」

 

「わがんないでず」

 

 泣きじゃくってマトモな答えが返せないホリィを左腕で抱きしめ、違和感を感じる。

 

「左腕……?」

 

 さらなる混乱がやってきた。

 何で左腕があるんだ? 

 これまでの出来事はもしかして夢だったのか? 

 でも、それだと時系列がおかしな事になる。

 リンネと出会ったのは腕を失くした後、それは間違いなかった。

 

 やがて目が光に慣れて、周囲を見回す。

 やぶれたせかいだった。

 先ほどまで戦っていたのだから間違いない。

 それに、ホシノたちがいた。

 

 側にポケモントレーナーがいる事を癪に感じはしたが、仕方あるまい。

 自分は選んだのだから。

 それでも、目頭が熱くなった。

 もう会えないと思っていたあの子達の姿に視界が滲む。

 掛ける言葉を持たず、ただ見つめることしか出来なかった。

 

 ホシノはポケモントレーナーに耳打ちをした。

 そうだな、と頷いたポケモントレーナーを置いて歩いてくる。

 

「お兄さん」

 

「ホシノ……」

 

 まるで懺悔をするように膝立ちになり、ホシノを見上げた。

 リンネたちが一旦離れて自由になった手を、伸ばそうとしては止め、また伸ばそうとして。

 目を瞑って首を振った。

 そんな資格は無いと。

 ホシノは、そんなワタルの頭を優しく抱きしめた。

 

「!」

 

「お兄さんは、すっごーく頑張ったんだね」

 

「…………」

 

「腕が失くなっても、命を失うとしても、ホリィちゃんたちを守りたかったんだね」

 

「……ああ」

 

「でも、ダメだよ。ホリィちゃんが悲しむし、レッドちゃんが悲しむし──私が嫌だもん」

 

「そっかあ……」

 

「そうだよ」

 

 愛しい声と匂い、姿。

 青年は少しだけ躊躇ってから、細い腰に腕を回した。

 

「──会いたかった」

 

「うん」

 

「顔を見ることは2度と無いと思っていたんだ」

 

「うん」

 

「お前たちが頑張っているって分かっていたから俺も頑張れた」

 

「うん、分かってる」

 

「ホシノ、俺は──」

 

「…………ん」

 

 少しだけ空いた二人の距離が、再び零になった。

 それをホリィは寂しそうな顔で見つめている。

 ポケモントレーナーは背を向け、ヒーホー君のところへ。

 

「なんか、大丈夫かホ?」

 

「大丈夫では、ある」

 

「ふーん」

 

「…………これでいい」

 

 それは彼なりの敬意だった。

 自分に見られるのなど嫌だろう。

 自分が嫌だと思うのだから、あっちの自分もそう思うのは当然のことだ。

 まあ、自分以外としている所など自分も見たく無いので、こうして目を背けているというわけだ。

 彼もまた自分ではあるが、そこらへんは複雑である。

 

「で、帰る方法だホ?」

 

「そういうことだ」

 

「全く、オイラがいないとなーんもできないんだホ! おーいデカブツ! ──────」

 

「──────」

 

 ヒーホー君はジェスチャーを交えながらギラティナと話していた。

 帰る帰らないで、こじれない限りはそんなに話は長くならない。すぐに話はついたようで、戻ってくる。

 

「早く帰れ、だそうだホ」

 

「世界の主がそう仰るなら……アイツらの話も、一旦帰ってからにしてもらうか」

 

 きったねえ涙を流す、自らの写し身を見た。

 レッドやブルー、みんなも集まり、命を捨てた事について怒られていた。

 同時に、よくここまで頑張ったと褒められているところだった。

 幸せそうに泣いていた。

 

「良い仲間達だホ」

 

「そうだな」

 

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