俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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最終話、ホリィ達が帰った直後からです。


その後1_お義兄さんって、呼ぶな!!

 鐘の音が聞こえたなら、その場を動いてはならない。

 森の守り神が時渡りをしようとしているのだから。

 でも、あれほどの規模の現象を引き起こせるなんて、映画だけでは分からなかった。

 ビシャスが欲したポケモン、セレビィ。

 ホリィ達は、彼らに連れられて行った。

 

 寂しい。

 この世界では寂しさとは無縁なものだと、この間までは思っていた。

 いつかまた出会えると無根拠に信じていた。

 そんな事は無かったんだな。

 これが……寂しい……? みたいな、感情を知ったばかりのアンドロイドってわけじゃ無い。

 寂しいものは寂しい。

 ポータルのあった場所を眺めていると、脇腹に柔らかな衝撃が走った。

 ……ノコだった。

 このタイミングで、二人きりで話したいことがあるらしい。

 

 ──え? 呼び方を変えた方がいいかって? 

 なんで? 

 一人だけピカチュウ呼びだと変な目で見られたりするからって、そんなこと心配してる暇があったらお前はもう少し指示能力をだな……真剣な悩みだあ? 

 そんなお前に良いことを教えてやろう。

 ポケモントレーナーと呼ぶのと、ピカチュウと呼ぶのは、意味不明さでは大差無い。

 むしろ、お前しかその呼び方しないから分かりやすくていいまである! 

 ……ふざけてないかって? そんなわけないだろうが! 

 じゃあ、ピカチュウって呼ぶのをやめてなんて呼ぼうと思ってたんだよ。

 ……ト、トレピ!?!?!? wwww

 ピカチュウとくっつけちゃったの!? 

 それなんか違くないか!? 

 彼ピみたいな……というかこれ、このタイミングで話すことなのか? 本当に。

 

 いやもう良いよ、ピカチュウって呼べば良いじゃん。

 お前にとっては俺はピカチュウなんだから。

 俺は全然嫌じゃないし。

 俺とお前だけで通じていれば良いじゃん。

 ……だろ? 

 よーしよしよし! 

 ノコは可愛いなあ! 

 

 ありがとな。

 

 

 ──────

 

 

「さて……チャンピオン、ハンサムさん」

 

「うむ?」

 

「戦いは終わった、俺たちにできるのはここまでだ」

 

「そうか? ……そうだな」

 

 ポケモントレーナー御一行は所詮旅人。

 街の修復やら何やら難しいことは、協会の人間達の問題だ。

 彼は爽やかな顔で仕事をぶん投げた。

 カムイは死んだ目で、改めて足元のグリーンスカイロッドを見る。

 

「しごとやめようかな」

 

 そう呟くのもやむなしだ。

 破壊されていた建造物を飲み込むように樹がめり込んでいる。

 空まで届く、まさに世界樹と呼ぶにふさわしい異様。

 しかし、もともと人がいた場所以外は木で埋め尽くされ、展望台など見る影も無い。

 ネオプラズマ団の残党が助けを求めて手を振っているくらいだ。

 

「まあ、頑張りたまえ!」

 

 ポンと、肩に手を置き励ますハンサム。

 自分には関係無い、と気楽だった。

 

 リュウがネオプラズマ団の元へ。

 この地方における最強の称号を得た男が目の前に。

 残党に緊張が走る。

 自分たちはここで処刑されるのだろうか。

 穏やかに、リュウは尋ねた。

 

「戦意は感じないが……戦うならば、相手になろう」

 

 ブンブンブン! と首を横に振る。

 カムイとも戦えなかったが、チャンピオンはもっと無理だ。

 

「それならば、まずはそのボールを破壊させてもらうぞ」

 

 

 ──────

 

 

 避難所、人でごった返しているそこはサファリパーク。

 普段は旅立つ子供達のモンスターとの出会いの場となっているが、今は何処にもいない。

 強大な気配を感じて隠れてしまったからだ。

 協会職員達はテントを置いていた。

 そしてそこにカムイが到着した。

 事務局と合流して話し始めるが、そもそも本物かという確認が行われた。

 死亡したと思われていた故だ。

 

 その間、ポケモントレーナー達はアイリの両親の元へ。

 再度の合流、お互いの無事を確かめる。

 その場にはグズマとナチュレもいた。

 先ほどは乱戦中だったこともあり、よく顔を見ることもできなかった。

 

「お兄ちゃん!」

 

「おう」

 

「久しぶり!」

 

「おう」

 

「この人は私の師匠のポケモントレーナーさん! こっちはホシノさん! こっちは──」

 

 妹の目を見る。

 自分が知るアイリは、ここまで強い意思を宿した瞳では無かった。

 いつもビクビクしていて、グズマに対してもビビっていた。

 それがどうだ。

 この目。

 それに、こんなにハキハキと喋る子では無かった。

 心に宿る炎が動作や表情にありありと現れている。

 相当の修羅場を経験してきたのだろう。

 

 ふっ、とグズマの顰めっ面が和らいだ。

 

「良い仲間に出会ったな」

 

「ふっふっふ! そうでしょ!」

 

 腰に手を当てて自慢げに笑うアイリは、久しぶりの再会を心から喜んでいる。

 こんな穏やかな再会になるとは、家族の中の誰も予想していなかった。

 グレイとアナは涙ぐみながら兄妹の様子を見ていた。

 グズマがアロハシャツの青年の顔を見る。

 

「テメェがポケモントレーナーだな」

 

「ああ! 初めまして、グズマくん……いや、義兄さん! お会いできて光栄だ!」

 

「」

 

「あれ、どうした?」

 

「……めろ」

 

「え?」

 

「その呼び方をやめろ」

 

「なんでだ、義兄さん! アイリのお兄さんってことはつまり俺の義兄さんでもあるじゃ無いか!」

 

「やめろ! 反吐が出るんだよ!」

 

「そんなこと言わないでくれよ義兄さん! 仲良くしようぜ義兄さん!」

 

「てめええええ!!」

 

 襟を掴んでガクガクと揺らすグズマをおちょくるように義兄さん義兄さんと繰り返す。

 

「あらあら、やっぱり相性良いわね」

 

「うん、思ったとおりだ」

 

「どこがだよ!!」

 

「ところで!!!!!」

 

「うおっ!?」

 

 クソデカボイスで話をぶった斬る。

 ポケモントレーナーとしては、どうしても気になることがあった。

 緑髪の人物の正体だ。

 グズマの手を解き、興味津々な顔で近付く。

 

「わっ、わっ、わっ、な、なんですか?」

 

 あまりの勢いに、若干引き気味のナチュレはグズマの隣に退避した。

 半月のような笑みを見せ、ポケモントレーナーはナチュレを観察していた。

 

「やっぱり君はNだな?」

 

「あ、はい、Nです」

 

「ナチュラル・ハルモニア・グロピウスってことだよな?」

 

「いいえ、ナチュラルじゃなくてナチュレ、ですね」

 

「愛称とかあだ名とかじゃなくて?」

 

「はい、本名です」

 

「えーと……一応聞いておきたいんだけど、男では無いよな?」

 

 あまりにも失礼な質問にムッとしながらも、是を返す。

 胸だってあまり大きくは無いけどあるのだ。

 服の上からだって分かるはずなのに、なんてことを聞くんだろう。

 

「僕は女です」

 

「Nが女……いや、そうか、レッドも女だもんな……もしかして、俺が気付かないだけで女から男になってるパティーンも?」

 

「あの……?」

 

 この男は一体何を言っているんだ、とナチュレはあまり見せぬ困惑顔で尋ねた。

 

「ああごめん、ちょっと似た人を知っていたもので」

 

「僕と似ている人?」

 

「まあそいつは男なんだけど」

 

「おいおい……それってこいつの……」

 

「え?」

 

 Nと似ていて、違う男。

 そんな人物が本当にいるのだとしたらそれは、捨て子だった彼女の本当の──

 

「え、なに?」

 

 ポケモントレーナーは、全く察せずに真顔で二人を見返す。

 

「その人はどこで見たのか教えてもらっても?」

 

「どこでって……俺の脳内かな」

 

「真面目な話してんだよこっちは」

 

「俺も真面目なんだけど」

 

「てめえ……」

 

 若干敵対的な空気を漂わせる二人。

 ポケモントレーナーは、何かやらかしたかと目をあさっての方に向けて考えた。

 

「グズマ、よしなさい」

 

「親父は関係ねぇ」

 

「いいや、私は彼のことを多少は知っているが、彼にも一言では説明できない事情があるんだ」

 

「事情だあ?」

 

 

 ──────

 

 

 何だろう、何かしちゃったのかな……的な嫌なドキドキがあったけど、Nの父親を俺が知っているんじゃ無いかと勘違いされたらしい。

 なんだそりゃ。

 期待させて悪いけど、知らんよ。

 似ている人(本人)なんだもん。

 ……え? 

 なんでミドルネームや姓まで知ってるのかって? 

 それは一言では説明できない事情がだな……何だノコ。

 説明してやれ? 

 えー? 

 でも、Nなんだよなあ……

 不安だ。

 俺の情報を元に世界を征服しようとしたりしそうなんだけど……

 

 というか、グズマとNが何で一緒にいるんだ? 

 偶然か? 

 でも偶然ならこんなところまで一緒に着いてこないよな。

 しかも、仲良さげに話してる。

 Nはめっちゃ楽しそうだし。

 あっ、アイリも混ざりだした。

 グレイさんも。

 ……一体どういうことなんだいジョニー! 

 

 ──Nがグズマの彼女!? 

 なんだ!? 俺の耳がおかしくなったのか!? 

 それともなぞなぞか何かなのか!? 

 どういう経緯を経ればアローラとイッシュの二人がそんな関係になるんだ。

 というか、本当にそういう関係なの? 

 義兄さん、そこんところどうなんですか? 

 ……Nが勝手に言ってるだけ? 

 あ、そうなの? 

 

「グズマ! 女の子に恥をかかせる気か!」

 

「何だ恥って! 俺は悪くねえだろ!」

 

 なんか親子喧嘩を始めたぞ。

 Nはニマニマとグズマを見ているだけだし、グズマは否定しているし……正解はどっちだ? 

 そもそも俺の中でNっていう存在が割と悪役寄りなんだよな。

 Nっていう存在を作り出すためにはどうしてもゲーチスかゲーチスに相当するやつが必要で、そいつがいる以上はNはやらかすってのが認識だ。

 

 あと、グズマがどんな性質のやつかっていうのが実際のところわからん。

 ツンデレタイプのキャラなのか、見たまんまチンピラなのか、生身の方で判断するしか無いんだよな。

 なんだナギ……え? 生身で判断しない方が失礼? 

 うっせ! 予備知識があるなら、それを前提にした方がいいに決まってるだろうが! 

 …………俺も普段は信用薄い? 

 は? 

 なんでや! 

 言動がおかしいしアロハシャツ着てるからって……

 め、名誉毀損だ! 俺だって真面目にしようと思えばできるんだ! 

 普段はそうしてないからって……正論パンチはずるいぞ! 

 

 そういえば、簡単な判断方法があった。

 ほぼセクハラみたいなもんだけど……

 はいはい! グズマ君……いや、義兄さんに質問があります! 

 

「やめろっつってんだろそれ!」

 

 やめて欲しかったら俺の質問に答えることだ! 

 

「んだよそのクソみてえな交換条件……とりあえず言ってみろ」

 

 お二人はどこまで進んでるんですか! 

 

「……どこまでも進んでねえよ」

 

 間があった。

 今、間があったで候! 

 吐け! 

 チャキチャキ吐け! 

 どこまで進んでんだよ。

 良いじゃん教えろよ。

 

「ふざけんな! 喋るにしてもこんな大人数の前で言うとか拷問だろうが!」

 

 ほほう、進んでることは認めるんですね? 

 奥さん聞きました? お宅の息子さん、進んでるらしいですわよ。

 

「あらあら、まあまあ」

 

「気色悪い反応やめろ! 今のは言葉の綾だ! ……そもそも、テメェこそアイリとどこまで進んでんだよ!」

 

 はうあああっっ! 

 そ、それはあああああああ!! 

 

「ポケモントレーナーくん!? ま、まさかその反応は!?」

 

「あ、あら……私もまだ、アイリにそれは早いんじゃ無いかと……」

 

 そこまでは行ってない! 

 俺も流石にそこまでアレじゃ無い! 

 

「ど、どこまでいったんだ! グズマはともかく、そっちの方が気になるぞ!?」

 

 な、なにいいいいいいいい!!! 

 ターゲットがこちらに切り替わった!? 

 これが運命石の扉か! 

 グ、グズマ! 今こそ義弟を助ける時だぞ! 

 力を貸すんだ! 

 

「…………ふっ」

 

 グズマアアアアア!! 

 将来の家族になんて仕打ちを! 

 お前はそれでも大和男子か! 情け無い! 

 

「さあ! ポケモントレーナーくん!」

 

「教えて頂戴!」

 

 あわわわわ……

 

 

 ──────

 

 

 二人の両親から詰められたポケモントレーナーは、どこまで進んだのかを正座で粛々と吐いた。

 なんだかんだでグズマも固唾を飲んで聞いていた。

 妹がこのやべえ奴と何をしたのかが当然気になったからだ。

 そして聞いてみれば、何だキスか……と安堵した。

 グレイとアナもその返答に、良かった……割とまともだった……と胸を撫で下ろした。

 しかし、肝心のポケモントレーナーは冷や汗が止まらなかった。

 一歩間違えれば行き過ぎてたかもしれない、という嫌な予感があった。

 

「あうう……」

 

「ホ」

 

 頭から湯気を立てて恥ずかしがるアイリの周囲に冷気を出して冷ますヒーホー君。

 アナはそんなヒーホー君に中腰で呼びかけた。

 

「お久しぶりです、ヒーホー君」

 

「ヒホ」

 

 ヒーホー君も、アナのことを覚えていた。

 もちろん、お互いの第一印象は最悪だ。

 痺れさせられて仲間にされたあと、返してこいなどと目の前でやり取りをされたのだから。

 しかしその後、蟠りが解消されてアイリとやり取りをしているのを側から見ていた。

 ソーマ越しでも、娘のことを愛しているのは理解出来た。

 ヒーホー君は賢いしジャアクフロストに憧れているので、最初の対応への反応を飲み込むだけの度量は持っている。

 それ故に、微妙な顔はしつつもそこは抑えた。

 これまでは、話すタイミングが無かったが、今回数年ぶりにちゃんと話すことが出来るのだから、そこら辺をスッキリさせようとお互いに思っているのだ。

 

「アイリはプレイヤーとしてどうですか?」

 

「まあ、オイラの相棒としては及第点だホ」

 

「あらあら」

 

「アイリは優しいし、覚悟があるし、何よりアイツに比べてオイラの扱いがマシだホ」

 

「アイツ……ポケモントレーナーさんの事?」

 

「そうだホ」

 

「ポケモントレーナーさん、ダメよヒーホー君に優しくしなきゃ」

 

「はい……すみません……」

 

「もっと叱ってやれホ!」

 

「うふふ、ヒーホー君とポケモントレーナーさんは仲がいいのね」

 

「んなわけないホ! こいつ、オイラのことを便利な冷蔵庫か何かだと思ってるんだホ!」

 

「そうなの?」

 

「そんな事ないです」

 

「違うらしいわよ?」

 

「^^」

 

「ホ! アイツ! ホ!」

 

 

 ──────

 

 

 やいのやいのと戯れる母親達を見て肩を落とす。

 なんとか話を逸らすことができた。

 そんなグズマの背中に声が掛かる。

 

「グズマくん」

 

 喜色に満ちた声色は、イタズラ成功と言っているかのようだった。

 

「お前、マジでやってくれたな」

 

「ふふふ」

 

「どうしてくれるんだ? ああん?」

 

「ふふふふふふ」

 

「……おい、何がおかしいってんだ」

 

「否定しないでくれるんだね」

 

「…………」

 

「ふふふ」

 

 隣に立ってニコニコと笑う。

 グズマは瞑目していた。

 しかし、看過できないセリフが耳に入る。

 

「グズマ君は優しいね」

 

「ああ!?」

 

 優しい。

 それは己とはかけ離れた概念だ。

 破壊という概念が人の形をしたのがグズマであり、故に、あの城を破壊したのだから。

 その己に対して優しいなどと。

 

「アホなこと言ってんじゃねえ」

 

「グズマさんは優しいですよ」

 

「……ユカリ」

 

 いつの間にか、近くにいた。

 

「テメェはアイツと乳繰りあってこい、こっちに首ィ突っ込んでくんな」

 

「グズマさんはナチュレさんに、好きな事をさせてあげたいんですよね?」

 

「…………」

 

 頬を引くつかせる。

 

「だから、いつでも見守ってるんですよね?」

 

 認めることすら癪な事というのは存在する。

 口に出す事が野暮だからだ。

 それをこいつの前で言われるのもまた屈辱に近い。

 というか、なぜ見抜かれた。

 

「なんで分かったのか、とか思ってます?」

 

「…………」

 

 さらに顔を歪める。

 エスパーか何かかこいつは、と戦慄していた。

 

「私も気付いたのは最近なんですけど……グズマさん、ナチュレさんのやる事をなんだかんだで手伝ってますよね、ある事以外」

 

「お前……」

 

「それで思い返してやっと分かったんです、時々ナチュレさんに厳しい理由が」

 

「ほほう! 私にも聞かせてもらえるかなあ!?」

 

「お、親父……」

 

 横からヌルッと顔を突っ込んできたのはグレイ。

 目を輝かせている。

 

「ユカリさんだね? 私はグレイ。レース、いつも見てます」

 

「ありがとうございます!」

 

「それで、ナチュレさんとグズマのことだね?」

 

「はい!」

 

「何で時々厳しいんだい?」

 

「えーと……あ、でも、個人的な事だと思うので私が勝手に話すわけには……」

 

 チラチラとグズマとナチュレを見る。

 

「おいふざけんな、何で俺達に解説させようとしてんだ、話すわけねえだろ。…………おい、お前もなんか言え」

 

「僕は元々プラズマ団の幹部をやっていて、そこから解放してくれたのがグズマ君なんです」

 

「おい!」

 

「うん?」

 

「うん、じゃねえ! そんな軽々しく話すことじゃねえだろ!」

 

「大事な事だからこそ、君のお父さん達には知ってもらいたいんだ」

 

「はぁ?」

 

「だって……ね?」

 

「…………好きにしろ」

 

 

 ──────

 

 

 ナチュレとグズマの話を聞いたグレイの第一声がこれ。

 

「ナチュレさん、ウチの娘になりなさい」

 

「──ありがとう、ございます」

 

「よし! そうと決まれば届出を……」

 

「あなた、そのうちなるんだから焦らなくて良いわよ」

 

「何言ってんだ!? ナチュレ、お前も安請け合いすんな!」

 

「──グズマ! 本当に立派になったな! 見直したぞ!」

 

「何で2回目!?」

 

「あなたがウチから出ていってくれて良かったわ」

 

「はあ!?」

 

 何だこのクソババアども、また出て行ってやろうか……とキレ散らかしそうになるグズマだったが、二人に囲まれて本当に嬉しそうなナチュレの姿を見てやめた。

 

「グズマ、あなたに対して私がした事は許される事では無いけど……それでも、あなたが外の世界に行ってくれて、本当に良かった」

 

 アナは、ナチュレを抱きしめながら噛み締めるように言った。

 少女が最悪の未来を迎える前にグズマは間に合わせた。それは間違いなく、正しい事だった。

 例え彼の最初がどうあったとしても、そこに辿り着いたのならば賞賛に値した。

 息子であるという贔屓目を抜きにしても。

 

「お兄ちゃん! カッコ良いことしたんだね! 前はあんなにカッコ悪かったのに!」

 

「グズマ! 大事にするんだぞ!」

 

「っせえなあ……」

 

 

 ──────

 

 

 なるほど、そういう話だったのか。

 Nは変わらず英雄様で、グズマがそれをぶっ壊したと……やっぱゲーチスってクソだな。

 

「うへ〜話を聞けば聞くほどお兄さんみたいだね〜」

 

 はぁん!? 

 あんなチンピラと同じとか侮辱罪に該当しますが!? 

 

「同じとは言ってないよ〜」

 

「でも、やっぱり似たものを感じるわね……英雄って誰も彼もこんな感じなのかしら」

 

「頭のネジが緩んで無いと英雄になんてなれないって事だよ!」

 

 ノ〜コ〜? こっちこい。

 

「はーい」

 

 うりうり。

 

「ノコさんへの折檻がいつもの100倍くらい優しい気が……」

 

 今日の俺は気分が良いんだ。

 まあ、家族水入らずで話したい事とかもあるでしょうし、俺たちは一旦退散するとしましょうか。

 グレイさん、失礼します。

 

「あ、ああ……すまないね、家が狭くて」

 

 いやいや(笑)

 こんな人数泊められる家とかどんな大豪邸だよって感じなんで。

 それに、泊まる宿も決めてあるから問題無いです。

 アイリ、グズマと喧嘩するなよ。

 

「あ、はい! ……ん!」

 

 ん。

 じゃあ、また明日な。

 

「えへへ、はーい!」

 

 ──ん? なんか後ろから足音が……

 

「貴様ああああああ!!!」

 

 ごへええええええ!! 

 グレイさんのナイスボディブローがあああああああ!! 

 わ、わすれて、た……

 

 

 ──────

 

 

 気付いたらベッドの上。

 ユカリに抱きしめられていた。

 

「おはようございます」

 

 お、おはよう……ここどこ? 

 

「宿です」

 

 宿か……ああ、グレイさんの腹パンで気絶したんだったな。まだ腹が痛いような気もする。

 

「お腹大丈夫ですか?」

 

 うん、ところでこの体勢は……? 

 ユカリの胸元に抱き締められているため、周りの様子が分からない。

 至近距離でユカリの服の色が見えているだけだ。

 

「ふふ、あの時は逆でしたね」

 

 え? ……俺、こんな風にしてたっけ……怪我人にこんなことを? 

 

「そーですよー」

 

 もう2年前の話だ。

 彼女とどんな風に接していたか仔細まで覚えているつもりだが、もしかしたら風化してしまっている部分があるのかもしれない。

 それを彼女は律儀に覚えていてくれたのだ。

 …………ユカリ。

 

「はい」

 

 心配させちゃったみたいでごめんな。

 色々な意味で。

 

「……はぁ…………本当に心配したんですよ? 行方不明になったり、船が乗っ取られたり……」

 

 腕に込もる力が少しだけ強くなる。

 

「でも、こうしてまた会えました」

 

 随分活躍してるって話は聞いてたよ。

 モンスターレース、楽しんでるみたいだな。

 

「あはは、まだ全然ですけどね」

 

 ……この部屋には俺とユカリしかいないのか? 

 なんかやけに静かな……

 

「ふふ、リンもいますよ」

 

「…………」

 

 背後から無言で抱き締められた。

 この瞬間まで息を殺してたのか……? 

 何でそんなことを? 

 

「約束、ちゃんと覚えてますから」

 

 え? 

 

「結婚してなかったら貰ってくれるって」

 

 ……どうしよう、その問題をスッカリ忘れていたぞ。

 再会したらちゃんと説明しようと思ってたのに、予想外に時間が経ってしまった。

 しかもアイツらの言った通りに解釈されてるし……別にイヤじゃ無いけどね!? 

 でも、自意識過剰みたいで恥ずかしいという男心がそこにはあるんだ! 

 というかユカリはそれで良いのか!? 

 本人が言い出したんだから良いんだろうけど、まだ若いのに……お、俺も若えから! 焼肉食っても胃もたれとかしねえし! 

 

「私、すっごく楽しみにしてたんですから」

 

 おおう、重たい信頼を感じる。

 

「でも……ホシノさん達が先にそうなっちゃったんですよね」

 

 うん、そうなりたくて仲間になったわけじゃ無いけど……あの子達のことが好きなんだ。

 

「あーあ! 私が最初に出会ってたらなー!」

 

 ふはっ、キミってそんなにお喋りだったんだな。

 もっと物静かな子だと思ってたよ。

 

「…………こんな私はダメですか? もう、遅いですか?」

 

 いいや? 何もダメじゃ無いよ。

 ユカリが元気になった。

 それって凄く良いことじゃん! 

 ネガティブな要素がどこにも無い! 

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 ところで、この体勢はいつまで? 

 

「もちろん、私を貰ってくれるまで」

 

 …………ユカリはそれで後悔とか無いのか? 

 自分で言うのも何だけど、俺って二股どころじゃ無いんだけど……うぐぐ、正気が削られる……

 

「でもみなさん、楽しそうですよね」

 

 そりゃあとんでもないことばっか起きてるからな。

 飽きはしないだろ。

 俺も楽しいし。

 

「なら、それで良いじゃ無いですか」

 

 まあそれは旅の楽しさだから……俺が男として、というか人間として、どれだけちゃんと相手できているかとは別問題なわけで……

 考えれば考えるほど俺がどれだけクズかが顕に……! 

 やはり死ぬしか! 

 

「私に諦めろって言うんですか?」

 

 そんな事は言ってないじゃん……

 

「じゃあ良いですね!」

 

 ハイ! ヨロコンデー! 

 

「──私は!?」

 

 あ、リン。

 

「あ、じゃない! 何で二人だけの空間になってるのさ!」

 

 何でって……黙ってるんだもん。

 リンとも話したかったのに、背中でスーハースーハー匂い嗅いでばっかで会話に混ざらなかったのはリンの方じゃん。

 

「は、はあ!? 匂いなんて嗅いで無いし! むしろ臭いから! 汗臭い! 背中にいて後悔してるところだから!」

 

 ……心臓が痛い! やばいよユカリ! 

 年下の女の子から臭いって言われるのめっちゃくる! 

 23年間生きてきてこんなに辛かったの初めてだもん! 

 罵倒の切れ味半端ないって! 

 あんなん普通言えへんやん! 

 人の心とか無いんか! 

 

「こら、リン」

 

「うっ……で、でもトレ君が変な事言うから……」

 

「ポケモントレーナーさんも、あんまり妹をおちょくらないでください」

 

 あんなに鋭いナイフが飛んでくるなんて思ってなかったから……

 

 

 ──────

 

 

 何でかユカリは部屋を出て行ってしまった。

 久しぶりにゆっくり一緒にいたかったのに、あの子の情緒が分からない……リンはウーウー唸りながら部屋の隅でモジモジしてる。

 

 …………ああ、懐かしい宿だ。

 あの時はまだレッドとホシノしかいなかった。

 たったの三人で始めた旅が、今や九人に……3倍!? 

 窓から見下ろすと、女将さんが落ち葉を掃いていた。

 変わらぬ光景。

 一瞬、時が止まったような感覚に陥った。

 嬉しくなって、エントランスまで駆け足で行った。

 

 女将さん、お久しぶりです。

 

「随分大所帯になられたんですね」

 

 それはもう……

 

「噂ではみんなと付き合ってるとか」

 

 いきなりぶっ込みますね!? 

 もうちょっと流れというか、だんだんそういう下世話な話に切り替わるものでは!? 

 

「人の噂と木の成長は止まぬもの。殊更にそれが、太陽の祝福を直に受けている存在であるならば」

 

 え? 

 

「うふふ」

 

 意味深なこと言いやがって……

 女将さんはネオプラズマ団に何かされたりはしてないんですね? 

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

 それは良かった。

 何あったら言ってください! 

 力になりますよ! 

 なにせ元気だけは有り余ってますから! 

 

「もしかして、こうやって女の子達を口説き落としてきたのかしら?」

 

 んなわけあるかい! 

 口説いたことなんか一度もねえわ! 

 そんな自身満々モテモテな顔面してねえわい! 

 

「ダウト」

 

 え。

 

「少なくともそちらのリンさんは口説かれたみたいですけれども」

 

「…………」

 

 リンが玄関でこちらを見ていた。

 目を細めている。

 まるで猫みたいだ。

 ……思い返しても口説いた記憶が無い。

 口説いてないよな? 

 口説いてない! 

 ていうか、追いかけてきたの? 

 

「女の子にそんなことを聞くなんて失礼ですよ」

 

 そんな事言われても……

 リン、こっちおいで。

 

「……むぅ」

 

「それでは、失礼しますね」

 

 あ、はい。

 それでリン、コソコソしてたのはなんなんだ? 

 

「……んん!」

 

 咳払いの後、腰に手を当てると居丈高な感じを醸し出し始めた。

 何がが始まる……! 

 

「そ、その!」

 

 なんでしょう。

 

「お姉ちゃんだけじゃ無いよね!」

 

 ユカリがなに? 

 

「ほら! あのこと!」

 

 え? 

 

「っ…………だからぁ!」

 

 うん。

 

「〜〜〜〜っっ! ああ、もう! 何でわかんないの!」

 

 お前、まじで変わんねえな……

 お姫様気質というか、我が強いというか。

 逆に安心するわ。

 

「はぁ…………久しぶり、トレ君」

 

 ああ、前より綺麗になったな。

 

「ううううるさいから!」

 

 うっうー! 

 

「バカにしてんの!? ああもう、なんでこうなるかなあ……」

 

 あんまり発狂とかしないほうがいいと思うよ。

 体に悪いから。

 

「キミのせいでしょ!」

 

 ところでよ。

 今なら春日のココ、空いてますよ? 

 

「あ…………」

 

 

 ──────

 

 

『なんかあってウケる』

 

 一枚の写真。

 マタナキタウンの建物の間に、氷で造られた道が張り巡らされていた。

 ジェットコースターのような起伏、滑り台のような表面は誰かが滑るために整えられたかのようだった。

 

『ジャックフロストが街の中で遊んでるんだけど、何アレ』

 

 一つの動画。

 

『ホ──! ホ──ー!』

 

 そのジャックフロストは氷上を滑りながら、どんどんと道を形作っていく。

 

『こらー! 止まりなさーい!』

 

『バーカ! 追いついてみろホ〜』

 

『ぶっころ』

 

 ジムの職員が追いかけるが、全く追い付かない。

 それどころか、罵倒しながら後ろ向きで滑っていく。

 

『一瞬で特定出来て草』

 

『間違い無くアイリちゃんのだわアレ』

 

『自称天才(ガチ)』

 

『喋るモンスターとは一体……』

 

『何故彼の元には変なのしか集まらないのか』

 

『ポケモントレーナーが一番変だからじゃないかなあ』

 

『ポケモントレーナーの隣にいるとどんなやつでも薄く見える』

 

『怪異かな?』

 

『……あ、やっぱりいた』

 

 風を切って滑っていく姿は、かつてと変わらない。

 三次元座標系という、人間の認知能力では把握するのが難しいコースを駆け抜けるのだって、お茶の子さいさいだ。

 

「イヤッフ────!」

 

「アハハハ! ──私も滑りたい!」

 

「オッケー、下すぜ!」

 

 地上を走る人間などなんのその。

 螺旋状にくねるコースはリンにとっても慣れたものだ。

 あの時はおんぶに抱っこだったけど、今回は隣で。

 

「サイコジェットレースはまだやってるんだよな!?」

 

「うん! 今はまだシーズンじゃ無いけどね!」

 

「今度、乗っけてくれよ!」

 

「分かった!」

 

「──オラ、ワクワクすっぞ!」

 

 何でもないこんな時間を過ごす為に、2年も待たされた。

 正直腹は立ってる。

 放っておかれたも同然なのだから。

 でも、彼が頑張っていたのも知っている。

 何をしていたのかをナギさん達から教えてもらった。

 

 この人はスケールがおかしい。

 感覚がズレてるんだよね。

 平気な顔で警察沙汰を起こすし、生身でモンスターと取っ組み合う。

 それに、世界を滅ぼす敵と戦うって何? 

 例のヒカワがそれなのは分かるけど、何でそういうのと何回も出くわすの? 

 

 トレ君との出会いは今でも覚えている。

 紙媒体の新聞を探している変人がいると思ったら、例のポケモントレーナーだった。

 私もそれなりに有名だと自負してはいたけど、メガネすら使えないんじゃ知らないのも無理は無い。

 多分、インフルエンサーの名前とか知らないんだろうね、今でも。

 

「トレ君!」

 

「なんだ!」

 

「今後とも、よろしくね!」

 

「任セロリ! ……お?」

 

 バサバサと、風を蠢かせる音が耳に入る。

 紅の肉体を持つ、オーソドックスなモンスター。

 リザードン。

 背中に乗った少女、レッドちゃんはジト目気味だった。

 

「レッド!」

 

「二人でなにしてるの?」

 

「お前らこそどこ行ってたんだよ」

 

「散歩」

 

「散歩かあ……」

 

「それよりナギが怒ってたよ」

 

「げえっ!? そ、そんな悪い事してないだろうが!」

 

「知らない、ナギに聞いて」

 

 一気に雰囲気が落ち込んだ。

 スーッと減速して、地面に降りる。

 顔を手で抑えてるけど、そんなに? 

 

「トレ君、大丈夫?」

 

「……リン、優しいなぁお前は」

 

「普通だと思うんだけど……」

 

「オメェの座る場所ねーから! をしたリンと同一人物とは思えない……」

 

「それはもう良いじゃん! 細かいこと言ってると嫌われるよ!?」

 

 

 ──────

 

 

「あなたねえ……」

 

 開口一番これだもん。

 今から怒りまーす、みたいな雰囲気出しすぎでしょ。

 

「何度言わせれば気が済むのか知らないけど、街中であんな事したら危ないって分からない?」

 

 はい……はい……

 

「はい、じゃ無くて分からないの?」

 

 分かります……

 

「じゃあなんでやったの?」

 

 リンとの再会の喜び的な……

 

「は? ……そもそもヒーホー君も協力しないで、あなたが断ればこの人は何も出来ないんだから」

 

「えー」

 

「えーじゃない」

 

「オイラ人間じゃ無いから関係無いホ」

 

「アイリちゃんに迷惑がかかるでしょ」

 

「……なるホど!」

 

 も、もう良いかな? 

 

「…………は?」

 

 何でも無いです……

 

「そもそもお祝いなら普通にご飯とかそういうのがあるわよね、何でわざわざ意味の分からない方を選ぶわけ? センスが無いから?」

 

 センスが無いからです……

 

「あ、あの、その辺で……私の為にやってくれたんだし……」

 

「甘やかさないでリンさん、放っておいたら酷い目見るのはあなたなのよ?」

 

「え?」

 

「こんなんでも一応リーダーだから、変な事してたら私達も同じ目で見られるの」

 

「……そっか……だからグズマさんがいる時はチンピラみたいな人が良く寄ってきたんだ」

 

「それに、一緒になってふざけてたんだから今回はあなたも同罪よ」

 

「へ?」

 

 

 ──────

 

 

 二人揃ってマッマのお叱りを受けた後は風呂じゃよ。

 ハリー、風呂は大事じゃ。

 リンは甘いものを買いに行った。

 ストレス後、即甘味とはやりおる。

 

「ふぃ〜……」

 

 こうして湯船に浸かると実感が湧いてくる。

 この地方で俺がするべき事は全て終わった気がする、というか終わり。

 そう決めた。

 あいつが言っていた通り、あの瞬間までが、この地方における俺たちのストーリーラインだったんだろうな。

 ……なんか、しんみりとした気分になるなあ。

 せんべいとお茶と縁側があれば一生寝てられる気分だ。

 

 そんな俺だけの世界に、ガラガラと、風呂場の戸を開けて何者かが入ってきた。

 のび太さんのえっち案件か? と思ったらホシノだった。

 当然タオルは巻いている。

 ほにゃっとした顔のまま、シャワーの前へ。

 無言で見ていたら、身体を隠すように腕を巻き付ける。

 

「み、見ないでよ」

 

「ああ、ごめん」

 

 入ってきといて何言ってんだ……

 とはいえ俺は英国紳士なので、外を眺めることにした。

 グリーンスカイロッドがあまりに大きくなりすぎている。

 伐採しろ。

 でかい木は確かにマイナスイオンとか出てそうだけどデカすぎると怖いわ。

 

 身体を洗い終えたホシノはドシン!! と俺の両膝の間に着水した。

 衝撃で温泉が蒸発し、湯が全て無くなり、発生したソニックブームが街を根こそぎ吹き飛ばした」

 

「聞こえてるし、そんな重く無いから! …………なんでしみじみ〜とした顔してたの?」

 

「ひと段落ついたなって思ってたところだ」

 

「……まあそうだよねえ……長かったもんねえ?」

 

「中学に入って卒業するくらいの期間、旅してたからな」

 

「ちゅーがく?」

 

「学校だよ、ガッコー」

 

「あぁ〜! なるほどね」

 

 ホシノは足を伸ばして、子供のようにバタバタとお湯を揺らす。

 湯の中に小さな波が発生した。

 クスクスと笑いながらそんな事を続ける。

 赤ちゃんになってしまったのか。

 可愛らしいので腕をお腹側に回して抱きしめると、指先をいじくってやめない。

 

「あーあ、こんなところまで来ちゃった」

 

「こんなところ?」

 

「元々はさ、バッジを何個集められるかなって旅だったんだよ?」

 

「ポケモンだからな」

 

「それがいつの間にか、どうやって世界を救うかって旅に変わってた」

 

「ポケモンだからな」

 

「真面目に聞いてる?」

 

「真面目だよ」

 

「……ポケモンかあ」

 

「ポケモンだ」

 

「お兄さんにとってポケモンってなんなの? ……いや、なんだったの?」

 

「ポケモン、ポケットモンスター」

 

 脳機能の問題でVR適性が著しく低かった俺にとって、一時代前のゲームこそが娯楽だった。

 未知との遭遇は仮想現実の中では無く、あくまで画面の中。

 視覚を通して情報を得ることが限界の、欠陥品。

 それが俺だ。

 何でポケモンにハマったのかと言われれば……最初は代用品だった。

 初めに触れたのがポケモンだった。

 それだけだった。

 

 今にして思えば、それで良かった。

 俺が生まれてからの作品にグズマやナギなんかいなかったし、もしやっていなかったら知らないままだった。

 一人暮らしの部屋の壁に背中を付けて、他に誰もやっていないゲームをやっていた。公園のベンチでゲームをしている時に子供達に珍しがられた。大学に持って行ったら、みんな知らなさすぎてゲームかどうか審議するところから話が始まった。

 俺以外の奴らにとって、ただの骨董品でしか無かった。

 それでも俺にとっては──

 

「大切な宝物だよ」

 

「……お兄さんは、レッドちゃんやナギちゃんだけじゃ無くて、この世界そのものが大好きだよね」

 

「当たり前だろ」

 

「じゃあ……ポケモンとは関係無しに、世界を救うっていうのは、お兄さんにとってどういう意味があったの?」

 

「意味か……」

 

「知りたいな」

 

 

 ──────

 

 

「あれは……俺にとって、世界と関わる口実そのものだったな」

 

「口実?」

 

「俺は、ホシノと一緒にいられればそれで満足だった」

 

「…………えっ!?」

 

「フルオカタウンでお前と出会ったのは、運命だと思った。何もなければあの街で、ホシノとずっと過ごしていたよ」

 

 ホシノは驚愕に見舞われていた。

 そんな重い感情が彼にあること。

 運命。

 唐突の告白に早鐘が鳴り、鼓動が彼に聞こえてしまうのではないかと羞恥が湧いてくる。

 そんなホシノを落ち着かせるように、青年は静かに言った。

 

「でも……俺たちはレッドと出会った」

 

 そうだ、あの街で出会ったのは自分だけじゃない。

 彼のもう一人の運命。

 最速の称号を持つ少女、レッド。

 強くて、とびきり素敵な女の子。

 彼の最推し。

 

「あの、寂しくて泣きそうだった女の子を助けたのはお前だ、ホシノ」

 

「え? でも、お兄さんが……」

 

 そこで、予想だにしていなかった事を彼は告白した。

 本当にこれまで、想像した事すら無かった。

 

「俺はレッドを見捨てるつもりだった」

 

「………………?」

 

 言っている意味が理解できなかった。

 ホシノの元にレッドを引き連れてきたのはポケモントレーナーであり、ピカチュウを探す旅に行こうと誘ったのも彼だった。

 フルオカからマタナキへの旅路の中ですら、レッドは途中から彼の手を握って、お兄さんと嬉しそうに呼んでいた。

 その彼が今、なんて言った? 

 

「ホシノ……あの時、俺はお前が断ると思っていたんだ。だからお前に聞いたんだよ」

 

「……なんで?」

 

 振り向くと、寂しいような悲しいような、そんな面持ちをしている。

 

「言っただろ、あの頃の俺はお前と一緒にいられればそれで良かった。それ以外は切り捨てるつもりだったんだよ」

 

 それは、彼なりの誠意に違いなかった。

 自分のパートナーに対して真摯にあろうとしただけなのだ。

 自分に対して向けてくれている愛が嬉しかった。

 当時は仲間に対してのものだったのかもしれない。

 でも、その頃から信頼してくれていた。

 ──だとしてもそんな事、許しちゃいけないはずだった。

 その選択をし続けたら、世界どころか誰も救えない。

 助けられるはずの少女や人々すら救えなかっただろう。

 なら、何故……

 ホシノは彼の瞳を見た。

 青年は強く頷き、ホシノの手を握る。

 そして、核心的な事を告げた。

 

「そうだ、最初は俺じゃない。俺はお前の言葉に従っただけで、レッドや世界の命運を変えたのはお前なんだ、ホシノ」

 

 稲妻が走るような衝撃だった。

 それを彼が公の場で発言すれば、世界そのものを変えうるような事。

 タタラを踏む。

 受け入れようも無かった。

 

「いや、でも……」

 

「もちろん、ホシノだけじゃない!」

 

「うわあ!」

 

 えいやと抱っこされ、立ち上がった拍子にタオルがお湯の中に取り残された。

 素肌が密着して、あまり意識しないようにしていた部分がお互いに触れる。

 

「二人目がレッドじゃ無かったら俺はあそこまでやる気にならなかったし、弟子がアイリじゃなければ俺は師匠として成長することもなかったかもしれない」

 

「わっ、わっ」

 

 抱っこのために回された腕が、ホシノの臀部を押し上げている。

 手を必死に伸ばしても、今度は胸が彼の肌に強く触れるだけ。

 

「誰が欠けてもダメだった。俺が偽物として成長する為に必要な過程の一つ一つが、あの旅路に詰まっていた」

 

「や、やめ……!」

 

 

 ──────

 

 

 世界を救ったというのは結果でしか無くて、途中の旅の中にこそ彼が求めたものがあった。

 血湧き肉躍る、などという物騒な話ではない。

 踊るのは胸で、湧くのは好奇心だ。

 そうでなければ、旅など途中でやめていただろう。

 彼が求めているのはポケモンバトルであって、戦争じゃないのだから。

 

 彼の胸にある鐘を鳴らすのはいつだって、新たな未知の登場だった。

 仮想の既知だった幻想が質量を伴って現れる。どこか見覚えのある生き物達が、生物としての補完を伴って彼の現実を侵食する。

 

 ──上等だ。どこからでもかかってこい。

 俺と勝負しろ、アルセウス。

 お前の作り出した世界と俺の知識のどちらが上か、知恵比べだ。

 

 結果として、彼の惨敗ではあった。

 彼の知識は、未知を上回ることは無かった。

 生きている生物達を前に、シナリオなどというものは意味を為さない。

 誰も、真の意味での予定調和の上でなど生きてはいないのだから。

 

 それこそが歓喜を沸き起こすのだ。

 臓腑を叩く歓喜こそが、彼の原動力そのものだった。

 

 耳まで真っ赤にして、肩に顔を埋めている少女。

 じっと見つめていたら、我慢出来なくなったのかチラッと目線を返した。

 少女達と共に、この地方を三年かけて制覇した。

 ゲームならば、エンディングが流れているだろう。

 それでもここは現実で、第一部が終わっただけの自分のストーリーはまだまだ続いていく。

 この、天使の輪を備えた愛おしい少女と出会って、生まれ変わった自分が続いていく。

 これはまさに、祝福だ。

 

「結果だけを見ちゃいけないんだ。お前達は生きている人間で、ボタンを押せば勝手にストーリーが続くわけじゃない」

 

「う、うん……分かったから……」

 

 青年はにこやかにホシノを見つめ続ける。

 微笑ましいなあ、と。

 

「窓から空を見てみろ! 現実を超えているとしか思えなくても、まるで当たり前のようにモンスターが空を飛んでいる!」

 

「ひゃあっ!」

 

「お前達の日常全てが俺にとっての非日常だ。お前らの非日常は俺にとって神話だ!」

 

「こ、こら〜!」

 

 ハイになった青年は、まるで赤子にそうするように高い高いをした。

 当然ホシノは驚くと共に抗議の声を上げるが、そんなの関係無いと笑う。

 

「全てを遊び尽くせ! ホシノ!」

 

「遊びたいのはお兄さんでしょ!?」

 

「お風呂場では静かにしろ!」

 

「なにがあ!? …………あの……そろそろ下ろして……」

 

「イヤだけど」

 

「お、下ろしてよ……」

 

「無理」

 

「むぎゅ……」

 

 再び抱きしめてお湯に浸かると、桃色の髪に顔を埋める。

 シャンプーの甘ったるい匂いに混じって、ほのかな人間の匂いが鼻腔に届いた。

 

「……へんたい」

 

「そうですけど、なにか?」

 

「うう…………んんっ!?」

 

 精一杯の罵倒も交わされ、観念して顔を上げた少女は予想通りの目に遭った。

 

 

 ──────

 

 

 テントの中に入る。

 パタパタパタと、翼を揺らして寝転がっている少女がいて、ため息をついた。

 夕飯の片付けをし終えたと思ったらこれだ。

 

「ミカ、またソーマでレスバしてるの?」

 

「だってこの人たち、お兄ちゃんの事バカにしてたんだもん」

 

「あのね……そういうのに構ってたらキリ無いから」

 

「ふーんだ」

 

「というかそこ、僕の寝袋なんだけど」

 

「お兄ちゃんの物は私のものだもーん」

 

「まあ良いけどさ……ほら、こっち来て」

 

「はーい」

 

 ぴょこんと背中を向けて正座をすると、小さな翼がヒガンの目の前にはっきりと現れる。

 まるでモンスターのような翼。

 それゆえに親から捨てられたのだとアラカゼが語っていたことを思い出す。

 残酷な事実であっても、アラカゼは包み隠さずに教えてくれた。

 男なら逃げるなと叱咤してくれた。

 厳しい修行でも、父のように見守ってくれたのだ。

 

「……お兄ちゃん?」

 

「ああごめんね、今やるから」

 

 ブラシをリュックから取り出して、ミカの翼をそっと手に取る。

 白い翼。

 まるで純真な心がそのまま現れたかのような美しさ。

 それが今日は少しだけ汚れていた。

 

「あんまりソーマを見てばっかりだと、翼が黒くなっちゃうかもよ?」

 

「──黒い翼! それ、いいかも!」

 

「ダメだこりゃ」

 

 軽くお小言を挟みながらも手は止めない。

 

「ふんふんふーん♪」

 

 鼻歌を歌って、軽く体を揺すりながら身を委ねるミカ。

 可愛い妹だ。

 だけど、少しだけ生意気なところがある。

 生意気とか思うのは僕がまだ子供な証だろうか、と余計なことを考えると、鼻歌が止まった。

 

「余計なこと考えないでやってよ!」

 

 ぷんぷん! と両腕を振りながら抗議してくるところもまた生意気だ。

 

「はいはい」

 

 ──テントの入り口が揺れた。

 

「ヒガンさん、ミカさんがいないのですが……あ」

 

「あ」

 

「あ」

 

 3人の言葉が重なる。

 あ、に込められた意味の多さたるや。

 

 ミカが妹ならば、ナギサは年下の親友みたいな感じだった。もちろん二人とも可愛い妹なのだけれども、イメージの問題だ。

 

 ナギサは落ち着いていて、言葉遣いだけなら他人行儀とも取れる。

 だけど二人きりだと甘えん坊で、ミカにばかり構っていると嫉妬して翼で叩いてくる。

 目を細めたら、危険信号だ。

 

「…………」

 

 目が細くなっていた。

 

「こ、これは違うんだよナギサ!」

 

「へえ、そうなんですか」

 

 背筋を伝う冷や汗。

 

「そうそう、違うから続けて? お兄ちゃん」

 

「ミカ……」

 

 ミカは飄々としている。

 翼をどこか挑発的に揺らすと、続きを促した。

 

「ほら」

 

「う、うん……」

 

 チラッとナギサを見る。

 にこやかな笑みを浮かべていて、手が動かなくなった。

 それでこんなことを宣うのだから一層タチが悪い。

 

「続けられては? お夕飯の準備から片付けまで手伝った私など放って、一人だけ先に寝転がっていたミカさんの翼だけを愛でていれば良いのでは無いですか?」

 

「…………」

 

 この二人はこういうところがある。

 仲良くするように言ってはいるのだが、中々うまくいかない。

 自分には兄としての実力が足りないのかもしれない。

 ヒガンの最近の悩みだった。

 そろそろポケモントレーナーさんに相談したいな……そんなことを思っていると、ミカがナギサの前に立ち塞がる。

 

「そうだね〜。お兄ちゃんと一緒に戦ってただけの私と違って、ナギサちゃんは後ろでがんばれーって一生懸命応援してたもんね? そりゃあ戦ってただけの私なんかと違って、安全地帯でヌクヌクしてるナギサちゃんの方が優先だよねえ」

 

 言葉通りなら順番を譲り合っているのだが、ヒガンの心はヒエッヒエだった。

 やめてえ! 

 怖いよ! 

 もっと僕の精神衛生上クリーンに会話して! 

 ヒガンの心は叫びたがっていた。

 

 そう、二人は純真だけど鋭さも持ち合わせている。

 雪見だいふくの白さではなく、仕上げたばかりの剣が持つ白さだった。

 

「お兄ちゃん」

 

「ヒガンさん」

 

「ひゃいっ」

 

 半ば飛んでいたヒガンの意識を引き戻すかのように、二人の声がかかる。

 素っ頓狂な声が出て怪訝な目で見られるが、状況は一瞬で分かった。

 ミカとナギサは二人とも、翼をヒガンに見せつけるように背中を半分向けていた。

 

「「どっちが先?」」

 

「あばばばばば……」

 

 結局、あまりに不甲斐ない兄の姿を哀れに思った二人は喧嘩を辞め、先ほどまでブラッシングしてもらっていたミカがナギサに譲ることで事なきを得た。

 情けなさも使いよう、だ。

 

 

 ──────

 

 

「シュッポッポシュッポッポシュッポッポ〜」

 

「あ、シュポポタスだ」

 

 地域ごとに、モンスターというのは特徴が出る。

 シュポポタスもそんなモンスターの一種だ。

 温泉地帯に生息しているヒポポタスが適応した姿。

 ポケモントレーナーに言わせれば

 

『それはヒポポタス アトラスの姿なのでは……?』

 

 となるだろう。

 そんな、シュポポタスが温泉でご機嫌な姿を横目に、3人はグレンタウンに到着した。

 

「割と最近、ポケモントレーナーさんもここに来たらしいねー」

 

「うん……あの人はここでどんな冒険をしたんだろう」

 

「冒険って……あはは! ここはそんな冒険するような場所じゃ無いじゃん! 変なの!」

 

「……ミカ?」

 

「な、なんでもないよー」

 

 唐突にミカの脳裏に浮かぶ、鉢巻を締めて包丁を握ったヒガンの姿。

 いつもは気弱なのに、ポケモントレーナーが絡むと少しだけおかしくなる。

 それだけインパクトが強かったのだろう。

 ミカには理解できない理由で。

 

「ミカさん、人の憧れをバカにしちゃダメですよ」

 

「お利口さんだなあ、ナギサちゃんだってポケモントレーナーさんの事ほとんど覚えてないくせに」

 

「覚えては無いですけど、バカにして良い理由にはなりませんから……わっ」

 

 ナギサの顔に少しだけ影がかかる。

 見れば、ヒガンがにっこりとナギサの髪を撫でていた。

 されるがまま心地よく堪能していたが、人前ということもあり、少しだけ恥ずかしくなって憎まれ口を叩く。

 

「も、もう! ヒガンさん! 女性の髪をむやみに触るものではありませんよ!」

 

「ははっ、無闇じゃなければ良いんだね?」

 

「もうっ!」

 

 サラッと返すヒガンとナギサのやりとり見て、ミカは激怒した。

 脇腹に軽く頭突きを喰らわせる。

 

「おふっ、ミ、ミカ……?」

 

 グリグリと頭頂部で脇腹を押し込む妹が何を主張しているのか、わからない兄では無い。

 

「よしよし」

 

「ふっふーん」

 

「…………よし!」

 

 満足げな二人に頷くと、ヒガンは街の中へ歩き出した。

 孤児である3人にとっては、訪れる街のあらゆる要素が、実体験を伴うものとしては初見である。

 一つ進んでは立ち止まり、また一つ進んではあーでも無いこーでも無いと話をする。

 その中で見つけた一つの店。

 

「──あ、これがビードロ!? 本物は初めて見た! お兄ちゃんこれ買って!」

 

「ミカさん、余計な物を買うと荷物が重くなってしまいますよ?」

 

「そんなこと言って、ナギサちゃんも釘付けだよ〜?」

 

 ヒガンはよく分からないながらも、ミカが指差しているビードロを間近で見た。

 よく分からないけど、なんか良い感じだ(小並感)

 

「へぇー、確かに綺麗だね……ヨシ! すいません、店主さんいますかー」

 

「バーン?」

 

「うわっ! ……ブ、ブーバー!?」

 

「なんでブーバーがここにいるんでしょうか……」

 

 店主を呼んだはずが、店の奥から顔を出したのはブーバー。

 迷い込んだのかと思えば、店の名前とロゴ入りのエプロンを着ている。

 そしてブーバーの前には、今まさに形作られている途中であろうビードロ製品が。

 

「え……も、もしかして君が作ってるのかい!?」

 

「バーン」

 

 静かに頷くと、また製作に取り掛かる。

 しかし待って欲しい、用件があるんだ。

 

「あの……店主さんって今どこに?」

 

「バー」

 

 首を横に振る。

 どうやら今はいないらしい。

 

「そっか……買おうかと思ったけど、店主さんがいないなら諦めるしか無いかぁ……」

 

「えぇー! 戻ってくるまで待とうよー! これ欲しい!」

 

「そうですね、私はこれとこれが良いです」

 

「ナギサ!? なんで2個買おうとしてるんだい!?」

 

「…………私とヒガンさんの分です」

 

「そ、そっか」

 

 ならしょうがないか……でも、僕の分は自分で選べるとかじゃ無いんだね……まあ、ナギサが選ぶなら間違い無いか……

 

「でもビードロって脆いし、旅で持ち歩くにはちょっと……」

 

「リオレウス便で家に送りましょう」

 

「ちょっとリオレウス便は高いかなあ……ペリッパー便ならなんとか……」

 

「ならそれで」

 

「──お! なんだなんだ! お客さんか!」

 

 ガラガラ! と店の扉が開いて入ってきたのは店主らしき人物。

 ブーバーが顔を出して手を上げた。

 

「たでーま、ブーバー」

 

「バーン」

 

「なに? やっぱりお客さん? ……あれ、どっかで見たような……」

 

「ブゥン」

 

「おおそうか! ポケモントレーナーの友達とかいうやつか! たしか……ジダン!」

 

「ヒガンです」

 

「そうそう、ヒガン! コトリタウンの出身なんだっけ?」

 

「はい!」

 

「あそこは良い街だ、何せ温泉がある。温泉がある街は良い街だ」

 

「は、はあ……」

 

 変な人だ、と3人ともが心中に同じ言葉を浮かべた。

 

「それで、どれが欲しいんだ?」

 

「これとこれとこれです」

 

「……お前さん、見る目があるな」

 

「え?」

 

「それはアイツが作った中では傑作に近い三つだ。やっぱりポケモントレーナーの友達なだけはあるのか……」

 

「いや、これはこの子達が選んだんですけど」

 

「なにっ、そうなのか!?」

 

 頷く二人を見て、顎を撫でる店主。

 素朴な感想を漏らした。

 

「中々、人を見るってのは難しいなあ」

 

「あの……お支払いを……」

 

「おっと、そうだったな。三つで20万円だ」

 

「!?」

 

 ババッと値札を見る。

 6万円! 8万円! 6万円! 

 ババッと二人を見る。

 

「ミカ!? ナギサ!?」

 

 二人は目を逸らした。

 

「あ、お空綺麗だよ」

 

「うふふ、本当ですね」

 

 うふふ、20万円。

 爽やかな晴空とは裏腹に、土砂降りのプレッシャーがヒガンの背中にのしかかっていた。

 

「買うのか? 買わないのか?」

 

「か、か、かかかかか……」

 

「か?」

 

「か゛え゛ま゛せ゛ん゛!!!」

 

 20万円なんて出費はゆ゛る゛さ゛ん゛!!! 

 仕送りのための金だって必要だし、生活費が消し飛んじゃうよ! 

 

「えー!」

 

「──本当に、ダメですか……?」

 

 すぐに振り返り、大粒の涙を溜めて懇願するナギサ。

 偶然ではあるのだろうけど、周囲のビードロに反射した陽光に包まれて、祈る修道女のような姿になっていた。

 

「おお……これも芸術だな……」

 

「ヒガンさん……」

 

 それを受けてヒガンは

 

「うん、ダメだよ」

 

 あっさりと棄却した。

 しかも真顔で。

 

 ここで彼らの関係性を思い出そう。

 コトリタウンにある同じ孤児院の出身。

 ヒガンが普段から試練に出かけていたとは言えど、義理の兄妹で、しかも特にヒガンに懐いていたのがミカとナギサ。

 当然、お互いがどんな人間かなど知り尽くしている。

 

「いいかい? お金は大事なんだ」

 

 お金は大事、偉い人も言ってる。

 旅の稼ぎはそれぞれが稼いでいるが、ヒガンが頭抜けている。

 二人がそれを何に使おうが、基本的には文句を言うことは無い。

 賢い二人なら自分が何か言わなくても本当に必要な物を選べるだろうと信じているからだ。

 

 でも、これはちがーう! 

 

「僕たちはそこまでたくさんお金を持っているわけじゃ無いんだから、何を買うかはちゃんと決めないといけない。君たちなら分かるね?」

 

「……けち」

 

「けちー!」

 

 

 ──────

 

 

 ケチだの甲斐性なしだのカブトムシだのと言われの無い誹謗中傷を浴びせる二人の脳天にゲンコツをぶつけ、目を回しているうちに引きずって店を出る。

 可愛いし、普段は甘やかしてあげたいけど、それはそれとして躾はしっかり。

 これが僕の方針。

 

 二人は本当に、孤児院で育ったのが嘘なんじゃ無いかってくらいに上品だ。

 本が好きなナギサはともかく、ミカは外で遊びまわって土だらけ、なんて日も多かったのに。

 でも、そういう不思議なこともある。

 それを嫌というほどに教えてくれた人がいる。

 

 ここもかつて、彼が通った街。

 この街でも何かが起きたらしいけど、詳しいことは分からない。

 あからさまな情報統制があったわけでも無いのに、調べても辿り着けなかった。

 不思議な力で真相がモヤの中に閉ざされてしまったみたいだ。

 

 そんな街を、ゆっくりと歩く。

 川の代わりに流れている温泉から湯気が上がり、ミカがすごいすごいとはしゃぐ。

 それをナギサが宥めながら、自分も気になったのか柵に体重を預けて下を見る。

 

「おい!」

 

 二人に呼ばれて覗き込んで、3人で肩を寄せて写真を撮る。

 投稿した写真にはいろいろな反応が。

 昔はコレに色々と心を惑わされたけど、もう慣れっこ。

 だから『ガキを囲ってハーレム気取りか?』なんてコメントにも『^^』これで十分。

 二人のことに言及する悪質なコメントは通報すれば良いし、気楽だね。

 

「おい、てめえ!」

 

 二人は僕に対しての良くないコメントがあるとカッカしちゃうけど、僕が投稿して僕が傷付けられるだけならなんの問題もない。

 そういうものだって、ポケモントレーナーさんも言ってたし。

 そんな事より、良い写真が撮れたことを喜びたい。

 

「聞いてんのか!」

 

「……はい?」

 

 モヒカンのプレイヤーらしき人が話しかけてきた。

 パートナーはグレッグルらしい。

 

「なんですか?」

 

「…………」

 

「おっとっと」

 

 無言で体をぶつけてくる。

 僕よりは背が高くて、見下ろされている形だった。

 

「あの、なにか?」

 

「……わかってんだろ」

 

「はい? …………ああ、なるほど」

 

 ポケモントレーナーさんの言葉を思い出す。

『力だ……暴力は全てを解決する!』

 

 アラカゼさんの言葉を思い出す。

『ヒガン、暴力を用いてはいけない。人は言葉で語らうものだ』

 

 ポケモントレーナーさんがこう言う。

『ヒガン君、拳を握れ。その中に男の全てがある』

 

 アラカゼさんが返す。

『拳を一度振り上げたなら、戻すのは極めて難しいぞ』

 

 うーん……まずは対話からかなあ? 

 因縁も何も無い、僕からしたら初対面だけど、ソーマでやりとりとかしたのかもしれないし。

 誤解があるなら解かなきゃいけないよね。

 

「えっと、ソーマでやりとりとかしたことありますか?」

 

「……あ? ……舐めてんのか?」

 

「いてっ──」

 

 ガスガスと足を蹴られた。

 ポケモントレーナーさんが騒ぎ出す。

『ヒガン君! これは正当防衛だから!』

 

「お、お兄ちゃん抑えて!」

 

「え?」

 

 何もしてないのに、手すら動かしてないのに焦って……一体どうしたんだろうミカは。

 

「申し訳ありませんが、私たちは観光中なのでそういった事は控えていただけませんか?」

 

 ナギサがチラチラと僕のことを見ながら制止の言葉をかける。

 そしてモヒカンさんは、それを聞いて顔を真っ赤にしていた。

 ナギサの綺麗さに照れたわけじゃ無い。怒って、血が頭にのぼっている赤さだった。

 

「てめえ……!」

 

 振り上げた右手を咄嗟に掴む。

 

「今、何をしようとしたんですか?」

 

 ナギサを後ろに退かし、良くないことを働こうとした彼の目を見る。

 手は掴んだまま。

 

「僕は言葉で解決しようとしたのに……」

 

「離せよ!」

 

 言われた通りに手を離す。

 

「ヒガンさん、私は大丈夫ですから……」

 

「ナギサ、良いんだ。僕がこうしたいだけだから」

 

 手首を摩ってこちらを睨むモヒカンさんに諭す。

 真摯に向き合えば、もしかしたら分かってもらえるかもしれない。

 

「意味も無く女の子を殴るなんて、ダメです!」

 

「優しくしてりゃあっ!」

 

 グレッグルが攻撃体制に入った。

 やる気らしい。

 なら……

 

「バトルだ!」

 

「あーあ……」

 

「ヒガンさんは、本当にもう……」

 

 

 ──────

 

 

「ヒガンさん! ストップです! もうダメです!」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 泣いている。

 モヒカンがシナシナになって、左腕を抑えている。

 でも、まだ彼は気絶していない。

 ならここから立てるはずだ。

 回復スプレーは持っているはずだし。

 

「さあ、バトルはここからですよ!」

 

 例え骨が折れても、瞼が千切れても、立ち上がれるならば戦えるはずだ! 

 なぜなら死んでいないんだから! 

 

「──チョーップ!」

 

「あいてっ! ……ミカ! バトルの邪魔をしちゃダメだっていつも言ってるでしょ!」

 

「お兄ちゃんこそ! いつも言ってるけど、もう決着は着いたでしょ!」

 

「ええ? ………………あ」

 

「落ち着いた?」

 

「あああ……ごめん、またやっちゃった」

 

 モヒカンの人を冷静に見ると、もう戦える様な状態じゃ無かった。

 泣いているし……というか、ナルとグレッグルだと勝負にならなかった。

 早々にグレッグルが気絶して、僕も調子に乗って彼と殴り合いをしてしまった。

 

「いやいや……殴り合いっていうか、お兄ちゃんが一方的にボコボコにしてたよ」

 

「痛えよお……」

 

 指の骨が折れている。

 最初に胸ぐらを掴んできたときに反射的にやってしまったんだ。

 急いで病院に連れ行かなくちゃ! 

 本当に誰がこんな酷いことを! 

 

「小粋なジョークとか今は良いから!」

 

 到着すると、協会の人から取り調べを受けた。

 街中で派手に戦ってしまったから、そこは僕もしょうがないと思う。

 周りの人の証言もあって、これと言ったお咎めが無かったのはすごく助かったよ。

 

「いや、思いっきり怒られてたよね? やりすぎ! って」

 

 でもポケモントレーナーさんも、こういうのはコラテラルダメージって言ってたよ。

 

「ヒガンさん……本当に怪我はされてないんですよね?」

 

 あはは、そんなに触られるとくすぐったいよ。

 

「……ヒガンさん?」

 

 あ、はい。

 

「反省してください」

 

 頑張ります……

 

「頑張らないでください! はあ、もう……」

 

 額に頭を当てる動作すらどこか気品を感じさせる。

 うちの妹はなんでこう、僕とここまでの差がついちゃったのかな。

 でも、おでこが痛いだけの可能性もあるので念の為に手を当てる。

 

「なんですか?」

 

 おでこ、痛いの? よしよし。

 

「…………ふんっ!」

 

 痛い! 

 なんでぶったの!? 

 

「お兄ちゃん、デリカシーだよデリカシー」

 

 心配しただけなのに……ああ、ナギサ怒らないで……

 

「ヒガンさんなんて嫌いです!」

 

 ナギサぁ……;;

 

「ナギサちゃんの機嫌とかどうでも良いから、宿に行きたいなっ!」

 

 

 ──────

 

 

「ようこそおいでくださいました、お部屋はこちらです」

 

 ガチガチの足を動かして、板敷の廊下を進む。

 内装や照明を見ただけで分かる。

 ナギサが予約してくれたって言ってたけど、こ、これ……! 

 

「す、す、す、す、すすすすっごく高い宿なんじゃないの……!?」

 

 女将さんに聞こえちゃったら失礼だから、ナギサの耳元で慌てて尋ねる。

 なんでもない顔で振り向いた。

 

「せっかくグレンタウンに来たので、良い宿を取りました」

 

「取りましたじゃないよ……! も、もしかして、残高……はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 なんか視界がグニャグニャしてきた。

 頭も痛いし、お腹も空いてきた気がする……! 

 オレンジュースが飲みたいなあ! 

 

「こちらでございます」

 

「ありがとうございます」

 

「御用がございましたらいつでもお呼び下さい」

 

「はい」

 

 案内された部屋を見て、正気に戻った。

 

「意外と普通の部屋だ……」

 

「ちゃんと予算は考えています。それとも……私がそんな、無駄に高い部屋を取ると思いましたか?」

 

 信用無いのね、私……と悲しそうなフリをするナギサの姿に、腰を曲げ、頭を下げた。

 

「ありがとうナギサ、こんな良い部屋をとってくれて」

 

 大袈裟に見えて、ヒガンは敏感に感じ取っていた。

 ナギサの心が少しだけ傷付いた事を。

 

「…………」

 

 パタ、とナギサの翼がヒガンの頬を撫でた。

 

「ブラッシングは念入りにね、分かった」

 

 すぐさま顔を上げて、荷物を下ろす。

 

 

 ──────

 

 

 ──おはようございます。

 

『おはよう』

 

 ブラッシング職人、ヒガンの朝は早い。

 まず、朝起きるとトイレに行く。

 夜のうちに溜まったものを出し切る事で、次の行動を満足にこなせるというわけだ。

 そして、部屋に戻る。

 畳の上に配置されている赤みを帯びたテーブルは、高価な調度品だろうか。

 彼自身の素朴なイメージとは少し合わないが、職人の仕事には関係無い。

 

 ──ブラッシングとはヒガンさんにとって? 

 

『コミュニケーションだね』

 

 ヒガンがテーブルに載ったブラシを手に取る。

 いつも使っているものだ。

 よく手入れの行き届いたブラシは、それだけで彼の仕事の細やかさを感じさせてくれる。

 

 ──見ても良いですか? 

 

『どうぞ、でも毛先をあんまり触らない様にね』

 

 ──柄まで丁寧に手入れしてありますが、なぜ羽根が1本残っているんですか? 

 

『さあ、あの子のする事だから僕にはなんとも』

 

 驚愕する。

 一人だけがブラシに羽根を残していた。

 これは不公平なのでは無いだろうか。

 それを尋ねてみると……

 

『羽根が残っていたくらいで不公平って事は無いよ。でも変だな、いつもはそんな事しないんだけど……』

 

 何やらヒガンがぶつぶつ呟いていたが、カメラは捉えた。

 一人の少女が布団の隙間から見ていたのだ。

 彼の布団に潜り込んでいるようだが、あれは許されるのだろうか。

 結婚もしていない男女が同衾するなど。

 

 ──インモラルでは? 

 

『あはは、それを言うならナ──』

 

 映像が乱れた。

 どうやら電波障害が起きたようだ。

 すぐに復旧し、続きを語る。

 

『ともかく、ちょっと恥ずかしいけど僕は全然嫌じゃ無いよ』

 

 職人自身がそう語るならば、良いのだろう。

 良い事を聞いた。

 と、布団の中にいた少女が職人に飛び付いた。

 危ないっ! 

 そう、声をかける暇もなかった。

 しかし、さすがは職人。

 体幹がしっかりしている。

 受け止め、驚きながらも朝の挨拶を交わした。

 

『おはようミカ』

 

『おーはよっ!』

 

 ミシッ。

 何かが軋む音がした。

 床だろう。

 少し建物が古い事も関係しているに違いない。

 

『アハッ! イェーイ!』

 

 画面に向かって少女が見せつけるようにピースサインをする。

 ミシミシッ。

 さらに何かが軋む音がした。

 しっかりと建物の維持管理を行なっているのだろうか、この宿は。

 

 ──朝から随分と仲が良いですね。

 

 少女が去った後、聞いてみる。

 

『朝からって言うか……いつも通りだよね?』

 

 スタッフに聞かれても返答する事はできない。

 それは職人であるヒガンの答え次第だ。

 というか……

 

 ──ブラッシングはいつ? 

 

『うーん……朝ごはんの後かなあ』

 

 ──朝、起きてすぐの方が良いです。

 

『え? ……そうだったの?』

 

 ──はい。

 

『じゃあ、今からする?』

 

 ──はい。

 

『……さっきからなんで撮ってるの?』

 

 ──ホームビデオを孤児院のみんなに送ろうと思って。

 

『絶対違うよね、ホームビデオってこういうのじゃないよね』

 

 ──うるさいですね。

 

『うん、開き直らないでもらっていいかな?』

 

 ──いつもより丁寧にブラッシングしてくださいね? 

 

『そこは任せて!』

 

 ──うふふ……

 

 

 ──────

 

 

 ヒガン君はどうやら普通に旅をこなしているらしい。

 俺も一安心だ。

 ナギサとかいう少女から送られてきた動画の中に映っていたヒガン君の姿は、あの頃とは見違えていた。

 妹を引き連れているという使命感もあるのだろうけど、それを抜きにしても目付きが変わったと思う。

 たったの1週間だけの付き合いなのにも関わらず、いまだに自分のサムネを二人で撮った写真にしてくれている。

 今度会ったら、美味い飯にでも連れて行ってやろう。

 ……そうだ、バトルもしたいな。

 あの子がどんな風に変わったのかを、バトルを通じて知りたい。

 二人の仲間から聞きたい、あの子がどんな旅を辿ったのかを。

 楽しみだ。

 ん? なんでお前らそんなに動画を熱心に……

 

「彼、アナタの悪い所をガッツリと引き継いでるわね」

 

 ダニィ!? 

 そ、それはどういう事だ!? 

 

「トレ君の悪い所をガッツリと引き継いでるって事だね」

 

 つ、つまり!? 

 

「ピカチュウの悪い所をガッツリと引き継いでるって事だよ」

 

 ……まさか! 

 

「もう良いから」

 

 レッドは名前の熱っぽさとは裏腹に乗ってくれなかった。

 これからは是非、クールを名乗って欲しい。

 

「……やだ」

 

 冗談だよ。

 

「嫌い」

 

 嘘だよ! 嘘だから! 

 

「うわ、必死だ……」

 

「レッドちゃんに拗ねられるといつもああだよね」

 

 ほ、ほら! 飴ちゃん食べるか? な? 

 

「いらない」

 

「しつこいとお姉ちゃんに本当に嫌われるよ」

 

 ああああ……

 あああ……

 ああ…………

 あ…………

 ………………

 

    _,,..,,,,_

   / ,' 3  `ヽーっ

.  l   ⊃ ⌒_つ

   `'ー---‐'''''"

 

「し、死んだ……?」

 

「心なしか見た目も変わったような気がしますね……」

 

「うへへ、お兄さんは放っておいてさ! まだ早いし遊びに行こうかー!」

 

「賛成〜〜!」

 

    _,,..,,,,_

   / ,° 3  `ヽーっ

,  l   ⊃ ⌒_つ

   `'ー---‐'''''"

   チラッ

 

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