俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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その後2_みんなのもの

 薄情な仲間達に憤慨しながら不貞寝していたら、本当にあいつらはバラけて出掛けてしまった。

 これが世界を救った英雄に対する仕打ちか? 

 ……とはいえ久しぶりのコトリタウン。

 俺も見て回るか、一人で! 

 

 数日前に大事件があったとは思えない人の数だ、前に進めねえ。

 ──誰か交通整理を! 

 交通整理系ストリーマー来い! 

 俺の平凡な日常を守るヒーロー! 

 ……え? お得意のすり抜けはどうしたって? 

 物事には限度があるんだよ! 

 あれはこういう時の事を想定した技じゃないから、むしろ力で無理矢理の方が楽だ。

 

「ネオプラズマ団はどうなったんだー!?」

 

「また女の子が増えたらしい」

 

「珍しく一人だな」

 

「ポケモントレーナー、ソロ活中wwっと」

 

 う、鬱陶しい……

 俺は見せ物じゃねえんだぞ! 

 

「見せ物だろー!」

 

「見せ物だー!」

 

「そもそも自分から見せ物になりに行ってるだろ」

 

 お前ら! 珍しいものが見たいなら旅をしろ! 

 三年間も人の事をネットのおもちゃにするんじゃねえ! 

 

「一年間は失踪してたから、実質二年弱では?」

 

「ネットのおもちゃ……良い響きだな」

 

「俺も使わせてもらお〜」

 

「ポケモントレーナー、ネットのおもちゃになって早三年wwっと」

 

 うおい! ふざけんな! 

 俺はお前らの名前も知らないのに一方的にずるいぞ! 

 しかも俺はお前らの街守ってやったのに、この仕打ちは炎上不可避ですよお!? 

 

「あの氷の道が未だに溶けてなくてみんな大困りですよお!?」

 

「お前23歳だろ! いつまでも旅なんかしてねえで就職しずあああああ!!!」

 

「ダ、ダズルゥゥゥゥゥ!!」

 

「ポケモントレーナー、一般人を放り投げて病院送りwwっと」

 

 おいてめえ……

 

「あ…………ポケモントレーナー、接近wwっと」

 

 接近wwじゃないよな? 

 パシャパシャ、じゃないよな? 

 見えないけど、よく分からんけど撮ってるんだろ? 

 

「はい」

 

 言うことは? 

 

「──や、優しくしてくれると嬉しいであべし」

 

 地に沈め。

 

 ふん、雑魚が。

 俺の行脚を邪魔するからそんなことになるんだ。

 ……おい、ロケじゃねえんだよ! 

 後ろにくっついてくんな! 

 ……どうした坊ちゃん。

 飲み物奢ってくれるのか? 

 なんか悪いな! ワハハ! 

 じゃあオススメを頼んでもらってもいい? 

 俺、文字読めねえからよ! 

 

「まだ文字読めないの!?」

 

 読めない! 

 清々しいくらい読めない! 

 

「勉強しなよー!」

 

「まだ若いんだから覚えられるだろ!」

 

 勉強は絶対しねえ! 

 あ? ……そんなんだから20まで旅することになるんだだとお!? 

 そうだが? 

 何か文句でも? 

 俺は勉強やめてもお金は稼いでるんだけど、お前らは? 

 というか、俺の生涯年収超えてる奴だけ文句言って貰ってもいいか? 

 ……反則とか生っちょろい事言ってる暇があったら試練全制覇でも目指しとけ! 

 あ、串焼きだ。

 すいません、これください。

 支払いは現金で。

 え? 現金無理? 

 オワタ。

 ……誰か! お客様の中に、この哀れな乞食へと恵んでくださる優しい方はいらっしゃいませんか! 

 

「手のひら返しの速度が速すぎる……!」

 

「これが、最速にして最優のレッドのお兄さん……!」

 

 どうかぁ! 

 お恵みください! 

 ……そこのにいちゃん! 

 

「う、うわ、目があった」

 

 良い格好してるじゃないか。

 プレイヤー、だろ? 

 しかも金持ってるタイプの。

 バッジも結構集めてるな? 

 

「だ、だとしたらなんすか?」

 

 目と目が合ったらポケモンバトル! 

 

「は、はあ!?」

 

 俺が勝ったら串焼きを奢ってもらうぜヒャッハアアアア!! 

 

「なんで!? ──え、ちょ……落ち着け! シキオウジ!」

 

 そっちのポケモンもやる気みてえだなあ! 

 構えろ! 決闘の流儀は知ってるな? 

 

「──何をしてるんだ君は?」

 

 あれ、ハンサムだ。

 仕事でどっか行ったのかと思ってたけど、まだいたんですね。

 

「ん、私も年柄年中仕事してばかりというわけにもいかないからね。それで、これはどういう状況だ?」

 

 見ての通り、ポケモンバトルですね。

 

「ち、ちがう! 目と目があったらバトルとか言い出したのはポケモントレーナーさんです! 俺は全然!」

 

「よく無いぞ、カツアゲは……ここは私が請け負うから行きなさい」

 

「あ、ありがとうございます! シキオウジ、逃げるぞ!」

 

「全く君は……警察が来たら一発だぞ?」

 

 俺の応援要請には応じないくせに、都合よく現れやがって。

 

「その件については申し訳無いと思っている」

 

「ポケモントレーナーさん! ハンサムさんは忙しいんスカら、許して欲しいッス!」

 

 あー……スカリオくん、だったな。

 

「ッス」

 

 ハンサムさんの仕事内容は軽くしか知らないんだけど、やっぱりとんでも無いことが? 

 

「ッス。この前なんか、地下に封印されていたやつだったんスけど……資料によるとおーばーどうぇぽん? っていう──」

 

「ごほん!」

 

「あっ……ッス!」

 

 なんか大変そうだね……関わるのやめとこ。

 

「ッス!」

 

「そうしてくれると助かる。私は私で、中々大変なものでね……」

 

 なんでも良いけど、奢ってくれません? 

 

「すごいね君は!? この流れでそう持っていくか!」

 

 いや、あれが美味しそうなんで。

 

「ほう、串焼きか」

 

「美味そうッス!」

 

「そうかそうか、じゃあ一つ買おうかな」

 

 おっ、ありがてえ。

 

「すまない、このアプトノスの串焼きを一本頂きたいんだがね」

 

「しゃっせ〜、あっす、おっす」

 

「うむ」

 

 若人に奢るのはさぞ気分がいいでしょうねえ! 

 ザス! 

 

「はい、スカリオくん」

 

 …………あれ? 

 

「美味いッス!」

 

 ちょっとちょっと、ハンサムさん。

 

「うん?」

 

 俺の分は? 

 

「?」

 

 いや、俺俺。

 

「すまない、ちょっと言っている意味が……」

 

 分かれよ! 

 俺の串焼きはどこだよ! 

 俺の分も買ってくれよ! 

 そもそも俺が食いたいっつって話繋げたのに! 

 国際警察の仕事協力してあげてるんだからそれくらい奢ってくれよ! 

 

「シー! シー! 静かに! ……んんっ、私は一応、仕事できているからね。こんな公的な場で金銭の授受は……」

 

 なんでいきなりお堅い話になってんの!? 

 あと、全然私的な場ですけど!? 

 ニートがお散歩してるところですけど! 

 

「すまない、君がいる場所はすべて公的な場として取り扱うように言われているんだ」

 

 おかしいよねえ!? 

 人権侵害一歩手前だよねそれ! 

 

「うめ、うめ」

 

 おいスカリオくん! 見せつけるように食うのをやめてくれないかな!? 

 

「彼は成長期だからね、君とは違って」

 

 年齢の話をするな! 

 俺だってまだまだ食い足りねえんだよ! 

 消費カロリーが大きいからなあ! 

 

「大体、君はそれこそバカになるくらい稼いでいるじゃ無いか。そのお金で私にも奢って欲しいくらいだ」

 

 …………よ。

 

「え?」

 

 …………んだよ。

 

「すまない、歳のせいか耳が……もう少しはっきり……」

 

 もう全部、管理されてるんだよ! 

 

「あっ」

 

 俺の取り分なんて無いの! 

 お金がやってくる! 

 ホシノが見つける! 

 口座に仕舞われる! 

 お金がやってくる! 

 ナギが見つける! 

 睨まれる! 

 お金がやってくる! 

 誰かが見つける! 

 現金は一応ある程度貰えてるけど、この店現金使えねえんだもん! 

 

 どうしてこうなっちまったんだよ……

 

「カードとか別の方法もあるんだろうけど、君の金遣いの荒さは有名だからね」

 

 んなもん有名になるな! 

 そもそも荒くねえよ! 

 珍しいものを買いたいと思って何が悪いんだよ! 

 

「君にとっては珍しくても、この時代の人間にとっては普通のものばかりだからね。感覚の違いもあるだろう」

 

 竜車買いたいっつってもダメって言われるしよ! 

 

「そりゃあダメだろ」

 

 お、お金はあるもん! 

 ペットの面倒ちゃんと見れるもん! 

 

「いやいや……やはり頭おかしいな」

 

「ポケモントレーナーさん、竜車なんか何に使うんスカ?」

 

 普通に旅の荷物持たせられるじゃん? 

 誰かが怪我した時に乗せて運べるじゃん? 

 何も悪い事がないじゃん。

 何でこれで反対されるんだ? 

 今の旅の人数は俺を含めて9人だぞ、9人。

 むしろ竜車も持たずに旅してるのがおかしいんだ! 

 

「9人で旅をしてるのがおかしいだけだと思うんだが……スカリオくん、私はおかしいかね」

 

「普通の反応ッスね」

 

 ムキイイイイイイ!! 

 

「そもそも、この地方では竜車を扱うには許可がいるんだが、そこら辺は把握しているのか?」

 

 知らないよそんなの! 

 みんな教えてくれないんだもんよ! 

 

「調べたりとか──ああそうか、文字が読めないからそれすらも……」

 

 憐れむな。

 

「いきなり真顔になるのはやめてくれ、怖いから」

 

「ッス、ッス」

 

 文字が読めないのは絶対に俺のせいじゃない。

 ポケモンの世界のくせに日本語か英語対応していないこの世界が悪い。

 つまりアルセウスが悪い。

 

「凄いな君は……でも、女の子をあんなに引き連れるには、その太々しさが必要なのかもしれないな」

 

「ッス」

 

「勉強したら文字も覚えられるんじゃないか?」

 

 や! 

 

「え」

 

 やーなの! 

 勉強やーなの! 

 こっちに来てまで勉強したくないの! 

 遊んでたいの! 

 

「うーん、生粋の遊び人」

 

「元々は勉強とかもやってたんスカ!?」

 

 やってたよ! 

 ちゃんと同じ時間に起きて大学行ってたよ! 

 

「じゃあこっちでも勉強すれば良くないスカ?」

 

 糸が切れちゃったからもう無理。

 ぬくぬく生きていきたい。

 

「ヌクヌクって……結構な頻度で事件に巻き込まれてまスけど、そこらへんはいいんスカ?」

 

 比較にもならん。

 旅の楽しさの前では事件もスパイスみたいなものだ。

 ところで、俺にも串焼きの肉を一欠片だけ……

 

「…………」

 

 な? 

 

「もぐもぐもぐもぐもぐ!」

 

 ああああああああ!!! 

 どうしてだよおおおおお!! 

 

 

 ──────

 

 

『どうしてだよおおおおおお!!』

 

 目の前で串焼きが無くなり、膝をついて絶叫するポケモントレーナーの動画が投稿された。

 早速コラージュが作成され、ホシノたちの元へ届けられる。そんな事も知らずに、青年は地面の上で転がりまわって駄々を捏ねていた。

 

「ああ、もう……」

 

 ホシノは恥ずかしくて、外を歩きたくなくなった。

 偶には彼も一人で過ごす時間が必要だろうとみんなで気を遣ってあげたのに、途端にこれだ。

 その癖、なんで盗撮されるんだ! とか、俺の人生が世界に生放送されるのは間違っている、とか宣うのだから、ちゃんちゃらおかしい。

 

「うへ〜、少しは抑えるとかさ〜……」

 

「お兄さんに期待しちゃダメ」

 

 青年がこの場にいたら発狂しそうなセリフを吐くレッドだが、本心からの発言だった。

 そもそも、こういう人間であるというのは、マタナキタウンで出会ってすぐに分かっていたはずだ。

 それでも着いてきたのだから、今更こんな事で動揺してもしょうがない。

 

「こういうのを受け入れるのも、お嫁さんとしての度量」

 

「お、お嫁さんって……あはは、気が早いね?」

 

「?」

 

「…………え?」

 

 二人は認識をすり合わせた。

 

「付き合ったらお嫁さんになるんじゃないんだ……」

 

「まあ、彼氏彼女でお嫁さんって言うのはちょっと違うってだけだから……お兄さんに聞いてみるのも良いんじゃないかな?」

 

「なにを?」

 

「そ、それはほら……この先のこととか」

 

「! ……ホシノは天才」

 

「うへへ、こ、こんなことで褒められるのは微妙な気持ちだよ、おじさんも……」

 

 宿に戻ったら確認しよう、とレッドが鼻息荒く拳を握っているのを見て、ホシノは我に返った。

 

「あれ? でも、レッドちゃんが確認するってことは私もなし崩し的に……?」

 

「大丈夫、ちゃんと聞いておく」

 

「──ちょ、ちょちょちょちょーっと待って!」

 

「何で?」

 

 誰が聞いても答えは変わらないのだから、まとめて聴いた方が手間が省けて良い。それを待つ必要があるのか。

 そんな意味が込められた、何で。

 レッドが仲間内で比較したときに合理性の高い思考を持っている事は、ホシノも把握している。

 脳みそがフル回転して、すぐさま伝えるべき言葉を弾き出した。

 

「ほ、ほら! 自分の未来の事だから、自分でちゃんと知りたいんだよ!」

 

「つまり?」

 

「人から聞くのは嫌って事!」

 

「……分かった」

 

 感情論で良いのだ。

 レッドはちゃんと人の感情を汲み取れる子なのだから。

 合理的な答えは、より合理的な答えに押し潰される。

 故に、合理的な答えには感情論が一番効く。

 ホシノはそんな面倒くさい事を考えて発言した訳では無いが、レッドの性格を加味して即興で出した答えがこれだった。

 

「じゃあ、私が先に聞くからホシノはその次ね」

 

「え゛っ」

 

「最初が良い?」

 

「そ、それっておじさんも聞かなきゃいけないの……?」

 

「知りたく無いの?」

 

 どうかと言われれば凄く知りたい。

 ただ、思い付きでパッと聞けるような軽い内容では無かった。

 人が未来を知る時、可能性は狭まる。

 それが喜ばしい未来かどうか、それは知るまで分からない。

 だからこそホシノのように躊躇う。

 世界で一番信じている人だとしても、心を完全に読み解けたわけでは無いのだから。

 

「……レッドちゃんは怖くない?」

 

「なにが?」

 

「も、もしだよ? もしだけど……違うって言われたら……」

 

「聞かなかったら曖昧なままだよ」

 

「うへ……凄いなあ、レッドちゃんは」

 

 ホシノが聞こうが聞くまいが、レッドの行動が左右される事は無い。

 ただ、姉のように思っている人がイジイジしているのはレッドもなんとかしたかった。

 そもそも今は楽しく街を見て回っているのだ、こんな程度の事で時間が潰れても面白く無い。

 

「あそこ入ろう」

 

「……カフェ?」

 

 

 ──────

 

 

「アロハジュース三つ」

 

「かしこまりました〜、ごゆっくり〜」

 

 テーブル席に着いた。

 レッドとリザードンはホシノの対面に並んで座り、メニュー表を見ている。

 最近はリザードンもメガネを使っているのだ。

 

「喉渇いちゃった? ごめんね、気付かなくて」

 

「ううん、立ち話は疲れるから」

 

「逆に気を使わせちゃったかぁ〜……ありがとねぇ」

 

 ポシェットをリザードンの膝の上に置き、なんでもないように答える。落ち着いた場所の方が話も弾むだろうと思ってのことでしか無かった。

 

「まずはどこの地方かねぇ」

 

「さあ? お兄さんに地図を見せないと始まらない」

 

 この地方では大陸をぐるっと周る感じで旅してきたから、次はどこの街に行くかがほぼ確定していた。

 しかし、別の地方に行くにあたっては彼の意見も取り込まねばならない。

 何故なら、アトラス地方は大洋の中心に位置する小さな大陸丸ごと一つ。一方のカオス、フィナーレ地方などは別の大陸の一地方でしか無い。

 これまでのほぼ一本道の旅とは違って、向かう場所を完全に自分たちで選ぶ必要があった。

 

 どこの大陸へ行くか、どこの地方に行くか、それは彼に委ねようとホシノたちは決めていた。

 行動指針の決定。

 彼の最も優れた部分はそれだ。

 知識によるものなのか直感によるものなのかは定かでは無い。

 しかし次に取るべき行動、次に向かうべき場所を迷い無く決められる。

 そして誰が何を言おうと、本気の彼の意思を捻じ曲げる事はできない。

 ブレない支柱であればこそ、彼はリーダーなのだ。

 

「おじさんたちがしてきた大冒険が、こんな小さな島の中での出来事だったなんて……信じられないや」

 

「うん、異常」

 

 二人と一匹は、ツギハギだらけの地図を見た。

 先人の努力により作られたものだ。

 遥か上空、宇宙に到達することが不可能なこの世界で、計算と低高度からの計測によって作られた地図。

 未計測領域が多く、何も描かれていない部分の方が目立つ。

 その中の一つの島。

 これが、ホシノたちの生きてきた場所だった。

 空を征くこじまも、宇宙の法則を捻じ曲げる神人も、異世界への入り口も、次元の裂け目から入ってくる異形も、原初の巨人も、この範囲での遭遇でしか無い。

 その全てを乗り越えた。

 

「そりゃあ、ハンサムさんも協力を頼むよね……」

 

「呪われてる」

 

「うへ、そうかも」

 

「──ところでホシノ」

 

 地図を見ながら、レッドはさりげなく切り出すことにした。

 ホシノはジュースを口に含みながら軽く返す。

 

「どひたの?」

 

「一昨日、エッチしたでしょ」

 

「ぶふぅぅぅ!!」

 

「リザァ!?」

 

 ブフでは無い。

 ホシノの口から吹き出された、乙女成分マシマシのアロハジュースはレッドの顔面へ。

 しかし、過去の出来事からレッドも予想していた。

 咄嗟にリザードンの翼を引っ張って、甘ったるい液が上半身に付くのを回避することに成功した。

 当然、リザードンはびっくり仰天の顔で自分の主人を見る。

 まさに青天の霹靂。

 裏切りとはかくあるべしと教科書に載るような鮮やかさだった。

 

「リ、リザ! リザ!」

 

「待って」

 

 拭いて! 拭いてよ! 

 レッドの肩を揺らすリザードン。

 しかし下手人たる少女は、自分にかかったわけでは無いからと悠長に手を挙げた。

 

「おしぼりください」

 

「は、はいただいま〜」

 

 やってきた店員は惨状を見て、大体を察した。

 何はともあれ、拭くものが無ければ始まらない。

 

 リザードンは口をへの字に曲げて不機嫌にしている。

 

「ごめんね」

 

「リザ」

 

「…………」

 

 ジュースを拭き取る主従を前に、ホシノもまた口元を拭っていた。

 頭の中を高速で通り抜けていく誤魔化し、反論。

 気のせいだよ、見間違いじゃ無い? 、別に良いじゃん、浮かんだ言葉の数々は、レッドの顔を見たせいで喉元にすら届かなかったが。

 嫉妬と寂しさの入り混じった表情。

 レッドは口をギュッと引き結び、深呼吸をした後に口を開く。

 

「ねえ、私はホシノが羨ましいよ」

 

「……うん」

 

「なんでホシノは良くて私はダメなの?」

 

 そんなの分からない。

 彼が何を考えているのかなんて、理解できるわけがない。

 それでも、レッドとホシノで明確に差があるのは事実だった。この場には二人しかいなくて、直接問われているのはホシノ。

 なら、ホシノは自分なりの答えを出すしかない。

 しかし、回答を待たずしてレッドは再び尋ねた。

 

「エッチまでして、それでお嫁さんになれないなら……私は何なの?」

 

「あ…………」

 

 レッドの言いたい事はそれだった。

 

「はぁ……」

 

 重たいため息。

 色々と溜め込んでいる物が含まれたような声色だ。

 リザードンは右往左往している。

 ポケモントレーナーがいたらどつくぐらいはしてやれたが、この場面で出来ることは無かった。

 

「ごめんね」

 

「謝って欲しいわけじゃない」

 

「…………」

 

「教えて」

 

「な、なにをかな?」

 

「最初、どうやって誘ったの?」

 

「そ、それは、そ、そ、その……」

 

 無茶振りここに極まれり。

 肌が触れ合う直前のやり取りを、身内とはいえ他人に話すなんて、顔から火が出るどころの騒ぎでは無い。すでに顔が熱くなっているくらいだ。

 しかもここはカフェで、他にお客さんがいる。なおさら、話すことなどできるわけもなかった。

 今だって聞かれているかもしれない。

 蚊の鳴くような声で許しを請うた。

 

「ゆ……許してください……!」

 

「何で敬語?」

 

 こてんと首を傾げる。

 

「本当に勘弁して……! おじさんにも一応恥という感情が……せめて、せめて宿で……!」

 

「分かった」

 

「ほっ……」

 

「会計お願いします」

 

「へ?」

 

 スカートの布をギュッと握って必死に言葉を紡いでいたいたホシノなど知った事かと、レッドはすぐに会計を済ませた。

 さっ、さっ、と荷物をまとめ、入ってきたばかりのカフェを出る。

 そのままリザードンに抱えられた。

 

「宿に戻るよ」

 

「リザァ」

 

「あわわわわ……」

 

 しゃあねえな……あいつほんま、とコメカミに血管を浮かべながら頷くとひとっ飛び。

 例の宿に着く。

 ホシノは、飛んでいる間に緊張も落ち着くかと思っていたのに、宿を目にして、むしろ追い詰められていることを悟ってしまった。

 

 

 ──────

 

 

「──で、これは何?」

 

 帰ってきたナギ達がまず目にしたのは、うつ伏せになって座布団に顔を埋めているホシノ。

 耳が赤くなっている事に加えて、後頭部から湯気が出ている。

 目を凝らすと、湯気にホシノの柔らかフェイスが映っているような気がした。

 犯人は明らか。

 風呂上がりでも無いのに、いちごミルクを啜って少し怒り気味のレッドだろう。

 

 打ち上げられた魚と化したホシノの背中をノコとアイリがつつく。それを傍目に見ながらブルーは姉に事情を聞いた。

 

「お姉ちゃん、ホシノさんどうしたの?」

 

「ん」

 

 ずずっと。

 具体的には答える事なく、いちごミルクを飲む。

 

「……何かしたの?」

 

「ん」

 

「したんだ」

 

 この感じだと何をしたのかまでは教えてもらえそうに無いなあ、とブルーはめんどくさ案件である事を理解した。

 

「ナギさん、なんかめんどくさそう」

 

「……放っておいても良いわね」

 

「うーん」

 

「彼に任せましょう」

 

「それが良いのかなあ?」

 

 めんどくさいことはリーダーに任せれば何とかしてくれるでしょ。

 そもそも、このパーティ内部で起こる問題の9割は彼の金と人間関係の事なのだから、彼が解決するのが筋だ。

 うん、きっとそう。

 ナギは決めつけた。

 魔の手が自分にも迫っていると気付かず。

 

「ナギ」

 

「どうしたの?」

 

 ブルーの問いかけにはまともな反応を返さなかったのに、レッドが自分に話しかけてきた。

 これは自分も少しだけ関係してるのかな? 

 何となく察したナギは、取り敢えず机の対面に座った。

 育ちの良さが現れた正座をする。

 背筋を伸ばし、凛としてレッドに問う。

 

「レッドさん、ホシノさんと何があったの?」

 

「最初のエッチの時のことを教えてもらってた」

 

「……えっ…………えっ?」

 

「ナギも教えて?」

 

「えっ…………あっ、えっ、あっ、その、え?」

 

 言語能力喪失。

 思考停止。

 左半身失調。

 ナギは力が抜けて、ピンとまっすぐだった身体が左に傾いた。

 アイリは、頬を抑えて目を輝かせている。

 

「ひゃあああ──おとなのかいわです!」

 

 聞き間違いである事を祈って、レッドの顔を見返す。おふざけの雰囲気が全く見えない。

 

「最初はどうやって誘ったの」

 

 言葉を返すまでもなく、同じ問いかけが繰り返された。

 まっすぐな、どこまでもまっすぐな目で、ナギにそんな質問をしていた。

 お主は、わしに死ねというんじゃな? 

 パニックに陥って、一人称も二人称も語尾もおかしくなったナギの内心をよそに、座布団を用意する面々。

 

「教えて」

 

 質問は、すでに尋問に変わっていた。

 

 

 ──────

 

 

 キャーキャー言いながら轟沈判定を1隻から2隻に増やしたアイリ達は、首を傾げた。

 座布団に沈んでいたナギとホシノの懇願を無視し、真偽を青年にも確かめようと鼻息を荒くしていたが、一向にポケモントレーナーが帰ってこない。

 これは変だ。

 

「ポケモントレーナーさん、もしかしてまた何かしたんじゃ……」

 

 ユカリの一言。

 全員の背筋を嫌な予感が襲った。

 

「い、いやいや! ピカチュウもそこまでバカじゃ無いよ! 昼間もやらかして、夕方にもやらかす、なんてそん、な……そんな……」

 

 言ってて不安になるノコ。

 自分と出会った時も、最初からお尋ね者だったのを思い出した。

 

「し、調べましょうか……」

 

「うん」

 

 各々がソーマを調べ始めたと思ったら、30秒弱でアイリが立ち上がる。

 

「──ああああああああ!?」

 

「!?」

 

 叫び出したアイリに、全員の肩が揺れた。

 

「どしたのアイリ!?」

 

「ノコさん、これ!」

 

「どれどれ、ふむふむ……? …………うわあ……」

 

「な、なになに? トレーナーさん何したの?」

 

「リザ……」

 

「諦めるしかないホ、アイツはこういうやつなんだホ」

 

 リザードンはグリーンスカイロッドを睨んだ。

 

 

 ──────

 

 

 起きたら木の上、雲が遥か下です。

 何これ誘拐? 

 ここあれだよな……あの……頭痛え……

 隣で寝ていたハンサムさんとスカリオくんを起こすと、二人も何でここにいるのかよく分かっていなかった。

 一つだけ確かなのは、シャンティエンが温めてくれてなかったらスカリオくんは凍死していたという事だ。

 ……昨日何してたっけ、俺たち。

 

「ふむ、どうやら我々は世間の注目の的らしい」

 

 冷静に言ってるけど、冷や汗ダラダラじゃねえか。

 そりゃあこの木に登ってんだから見られたら目立つっしょ。

 

「それもあるっスけど……やべえっスね」

 

 俺たちは何を成し遂げてしまったんです? 

 

「──ドダァイ」

 

 ふぇ? 

 …………な、何でこいつがここに……? 

 

「読み上げるぞ? ……ポケモントレーナー、夜の大乱闘! 一般人を引き連れ、二つ名持ちドダイトスと共にナバルデウスと大喧嘩!」

 

 何を言ってるのか全く頭に入ってこないんだけど。

 

「どうやら我々は、泥酔してナバルデウスに喧嘩をふっかけたらしい」

 

「まずいッスよこれ……始末書じゃ済まないかもッス!」

 

「ああ……とてもまずい!」

 

 へー。

 

「ポケモントレーナーさん! 他人事じゃ無いッスよ!」

 

 大変そうだねえ。

 お仕事、頑張ってねえ^^

 

「ず、ずるいッス無職だからって! 無職のくせに生意気ッス!」

 

 それは言っちゃいけねえだろうがあ! 

 好きで無職なわけじゃねえよ! 

 全部この世界が悪いんだよお! 

 

「いつまでもそんな事言ってると、ホシノさん達に愛想尽かされちゃいまスカらね!?」

 

 ぐぬぬ……

 

「シャアアアアアアア!!」

 

 うおっ!? 

 おい! シャンティエンは反則だろ! 

 引っこんでろよ! 

 

「ドッダアアアアアアアイトス!!」

 

 おい、お前も張り合うな! 話が拗れちゃうでしょうが! 

 はぁ……もういいですわ。

 

「何をやれやれみたいな顔してるんスカ! 最初はポケモントレーナーさんッスカらね!?」

 

「君たち? おふざけは良いけどそろそろ降りようか」

 

 うーし、そうしますか。

 ……どうやって? 

 ここ、高度幾つ? 

 

「うむ……計器が狂っていなければ、地表より4000m地点のようだ」

 

 おいい!? 

 4000てお前……何で酔っ払って富士山より高いところまで登ってきてるんだよ! 

 というか、グリーンスカイロッドの高さって3kmじゃなかったか!? 

 ……まさか、そういうこと? 

 

「察しの通りだよ。あの黄金の異常現象がグリーンスカイロッドと同化して、高さを遥かに塗り替えてしまったようだ」

 

 おほほほ……すっげえや! 

 デカくなってるとは思ったけど、まさか横幅だけじゃなかったなんてな。

 いや、よく立ってられるな……俺の知ってる物理法則とは違うんだろうけど、脳がバグるわ。

 ──3000mの時点でおかしかったけどね!? 

 

 さて、3人仲良くお縄につきますか。

 

 

 ──────

 

 

『英雄と小悪党を反復横跳びする男がいるらしい』

 

『言うほど小悪か……?』

 

『こいつ、街の花壇壊してたぞ』

 

『盗撮してる奴が悪いからセーフ』

 

『普通に逮捕しろよ、あんな危険人物』

 

『逮捕した事あるけど、普通に脱走されたらしい』

 

『いつの話だよそれ』

 

『今回の花壇の件でも取り調べしてるらしい』

 

『やっぱり、ああいう悪な感じの男の方がモテるのか……』

 

『23とかおっさんじゃん』

 

『木から降りてきた時の動画だとガチのおっちゃんが隣にいたね』

 

『間違いなくおっちゃんだった』

 

「ああ、もう……!」

 

 ノコは日がまだ高くない時間、初めてのお使いに駆り出されていた。

 ミッション名は「ポケモントレーナーを回収せよ」

 なんだかんだで誰かと一緒に出かけたことしかなかったノコにとって、この世界で一人歩き回るというのは非常に新鮮な体験だ。

 

 誰かに急かされているわけでも無い。

 むしろ、ゆっくりで良いとレッドに言われている。なのに、焦燥感にも似た感覚が腹の底を襲ってくる。

 歩き方もぎこちない。

 周りを歩く人がみんなこっちを見ているように感じられて、落ち着きなく指先を擦り合わせる。

 

「そ、そうだメガネ……」

 

 電源を入れるとすぐに視界が切り替わり、そこにいる人の顔がズームアップされた。

 当然、知らない人間だ。

 店を見ると店名やメニュー、値段がすぐに表示され、席の状態も確認できる。

 それも今は関係無い。

 

「えーと……えーと……地図は……」

 

 言ってしまえば、不安だった。

 やることは極めてシンプル。

 探検隊だった頃に何度も受注した迷子探しと同じだ。

 ピカチュウと出会う前は一人でこなしていたのだから、人間になったとはいえ出来ないわけはない。

 

「こ、こうだよね……街の地図は……えっと……警察署……」

 

「ちょっとちょっと」

 

「うわっ!?」

 

「お姉さん今一人だよね」

 

「え? そ、そうだけど……」

 

 話しかけてきたのは同じ水色の髪色をした青年。

 爽やかそうな、と評せる見た目をしていた。

 

「ジュース奢るからさ、30分だけ付き合ってくんない?」

 

「な、なんで?」

 

 問い返すと、青年の目が輝いた気がした。

 

「いや実はさ! この街に来たばかりでよく分かってなくて、同じ髪色の子見つけたから嬉しくなっちゃったんだよね!」

 

「そうなんだ……確かに一緒だもんね」

 

「そうそう、ははっ!」

 

「……へへっ」

 

 自分の髪を触る青年は、嬉しそうに笑う。

 ノコも釣られて笑ってしまった。

 

「じゃあ、そこの店なんだけど……」

 

「あ……でもごめん、人を迎えに来てるから行けないや……」

 

「え〜! じゃあ10分でも良いからさ! ほんと一瞬だから!」

 

 人差し指を立てて、眉尻を下げる。

 本当に来て欲しそうで、10分くらいなら良いかな……なんてノコが思い始めたところで、アイリに言われたことを思い出す。

 

『ノコさん! 知らない人に着いていっちゃダメですからね!』

 

「そ、そうだった……」

 

「え? 来てくれる気になった!?」

 

「し、知らない人に着いていっちゃダメって言われてるんだ」

 

「そうなの? ……俺、ランプ! 君は?」

 

「僕? ノコだよ」

 

「じゃあ、これでもう知らない人じゃない!」

 

「……そ、そうなの?」

 

「そうそう! さっ、行こう!」

 

 そして、ランプが手を伸ばしてきて、握った。手を触られる直前、時間が引き延ばされたような感覚を味わう。手がゆっくりと近付いてくるが見えた。

 そして触れられた瞬間──ゾワゾワと鳥肌が肌を覆った。

 

「ひっ……!」

 

 手を弾き、バッと勢いよく距離をとった。

 

「おお……揺れてる……」

 

「君、何?」

 

 目が細くなる。

 さっきまで感じの良い人間に見えたのに、今は内心が透けている。

 まるであのゲンガーを相手にしているようだった。

 気味の悪い感情を押し隠して話しかけているのが、やっとノコにも分かった。

 

「え、な、何って……なにが?」

 

「気持ち悪い……」

 

「気持ち悪いって、ええ? 俺、そんなに変?」

 

「さっきも言ったけど……僕、人を迎えに来てるから」

 

 目を細めて拳を構え、警戒を解かないノコに、アンプと名乗った青年は口の端を歪めた。

 不快そうに吐き捨てる。

 

「……ちっ、ブスが」

 

「んなっ!?」

 

 その態度の変化に驚いて、どこかへ行く青年の背中を見ることしかできなかった。

 

 数分後、ムカムカを隠すこともせずに道を進む。

 

「むぅぅ……」

 

 飲み物に始まり、焼き鳥やスナック菓子など、目についたものを片っ端から買う。

 そしてムシャムシャと、ムカつきを発散するように喰らい尽くしていく。

 良いことなのかはともかく、ムカつきを感じている代わりに最初に感じていた不安は無くなっていた。

 

「なんなんだよ……僕、何も悪いことしてないのに……」

 

 吐き捨てるように言われた、ブス、という言葉が特に気になっていた。

 人間としてこの世界に生まれ落ちて一年足らず。

 ワニノコというモンスター視点で、人間の美醜感覚はいまだによくわからない。

 リフレインする先ほどの声。

 ピタリと脚が止まる。

 

「……僕、ブスなのかな」

 

 一度その考えに至ると、もう振り払うことは出来ない。

 建物の窓ガラスを見て、自分の顔の特徴を観察する。

 中にいる人間たちは、外から凝視してくる少女にビクッとした。

 

 パッチリとした目。

 赤い瞳。

 長いまつ毛。

 稜線のスッと通った鼻。

 

「分かんない…………はぁ、やっぱりブスなのかなあ……」

 

 トボトボと歩き出す。

 

「……やだなあ」

 

 ピカチュウも、ブスだから彼女にしてくれないのかもしれない。

 いや、きっとそうだ。

 そうじゃなきゃ説明が付かない。

 一緒にいてくれるって言ってくれた。

 信頼だってして貰えてる自信はあるのに、迫っても応えてくれない理由がずっと気になっていた。

 ホシノもナギも交尾──エッチしたって言ってたのに、僕には魅力が足りないんだ。

 

「はぁ……」

 

 重たいため息に比例して、足取りも重い。

 警察署まではもうすぐだった。

 

 

 ──────

 

 

 ノコが重苦しい雰囲気を漂わせながら迎えに来た。

 

「はぁ……」

 

 なにこいつ、人の顔見てため息つくとか。

 つまらない動物園で悪かったですねえ! 

 ウキィッ! 

 

「はぁ……」

 

 ……おい、いつまでため息吐いてんだ。

 早く引き取りに来たこと言えよ。

 

「…………はぁぁ……」

 

 かまってちゃんかよ! 

 話なら聞いてやるから、早く出してくりゃれ! 

 ていうか、どんだけおやつ買ってんだよ。

 やけ食いか? 

 やけ食いなのか? 

 悪いことでもあったんか? 

 

「はぁ……ねえピカチュウ、僕ってブス?」

 

 何の話してんの? 

 

「僕ってブスなの?」

 

 新手の口裂け女みたいな……? 

 おい、どうしちまったんだよ。美醜感覚なんて分からないってこの前……ハッ!? 

 まさか、これが成長!? 

 やっと人の顔が見分けられるようになったんだな!? 

 

「顔は元から見分けられるよ……それより教えてよ」

 

 え? 檻の中と外で会話すんの? 

 もしかしてあくタイプ? お前みずタイプだよね? 

 というか、マジでここから出してくれないの? 

 お前何しに来たの? 

 

「はぁ……教えて?」

 

 …………可愛いよ。

 その、ブスってのは何? ソーマかなんかで言われたのか? 

 そんなの気にしないで良いからな。

 ただの妬み嫉みだよ。

 少なくとも、顔だけならパーティの中でもトップクラスだよ。俺はそう思ってる。

 

「……ほんと?」

 

 ほんとほんと、だからオラをこの檻から──

 

「じゃあなんで僕のことは彼女にしないの?」

 

 あの、すいません……何の話でしょうか? あと、ここ警察署だからね? そこらへんに警察歩いてるのに、何の話してるの俺ら。

 ほら、婦警さんにドン引きされてるじゃん。

 俺が。

 

「ブスじゃないなら、何で?」

 

 ええ……どういう事ですか? 

 

「僕のことが一番可愛いって思ってるのに、彼女にしたいと思わないの?」

 

 コイツあれだ! 

 聞きたいこと全部答えるまで出さないつもりだ! 

 ホシノ! お前人選ミスだぞ! 

 この役目に最適なのはユカリだぞー! 

 

「すぐそうやって話を逸らすし……」

 

 ああもう! 答えりゃ良いんだろ! 答えりゃ! 

 すぅ……はぁ……

 ……俺だってノコと色々したいけど、一応順番とか考えてたんだよ、あと年齢とか。

 

「えっ」

 

 はい、これだけ! 他には何もありません! 

 

「本当にそれだけ!?」

 

 うん、そうだな。

 ……言っちゃったよ。

 

「僕と付き合わない理由、無いってことだよね!?」

 

 無い。

 

「じゃ、じゃあ!」

 

 ……そうだな、ここまできたら順番とかはあんまり拘ってもな。

 その……よろしくな。

 

「うん!」

 

 やめてよこういうの! 

 俺、もうこのやりとりが自分で言っててきつい! 

 自意識過剰じゃないのがきつい! 

 嬉しそうなのも可愛いけどさ! 

 っていうかよろしくって何だよ!

 

「すいませーん! この人を引き取りに来ましたー!」

 

 速っ! 

 お前、やっぱり答え聞くまで出さないつもりだったな!? 

 

 

 ──────

 

 

「るんるん! ふんふーん!」

 

 ブランコのように腕を振るノコに引っ張られて、握られた俺の手もブンブンと振れる。

 警察から脱出して宿に向かっているんだけど、スキップしながら歩くもんで目立つこと目立つこと。

 理由は明白だよね。

 彼女がどうとか、そんな話をしたからだ。

 

「ふーんふんふん」

 

 幼子のように楽しそうなノコを見て、奥さん方はあらあらまあまあと微笑んでいる。

 うーん可愛い。

 誰だ、ノコにブスなんて言ったやつは。

 見ろこの、今にも歌い出しそうな顔。

 

「おーいーもの〜にっころーがし〜」

 

 ああ、歌い始めちゃった。

 芋の煮っ転がしの歌を歌い始めちゃったよ。

 確かにワニノコの実家では芋の煮っ転がしが出てたけども。

 

「あのお姉ちゃん、何歌ってるのー?」

 

「うふふ、あの子はノコっていうのよ、可愛いわね」

 

「ノコノコ? ……変な名前!」

 

「そんなこと言わないの! ……今日はお芋の煮っ転がしにしようかしら」

 

 そんな親子の微笑ましいやり取りも眼中に無いのか、ノコは煮っ転がしの歌を続ける。

 

「オーレンーをいーれて〜、おーにくーもいーれて〜」

 

 でも待って欲しい。

 俺はコイツの隣を歩いてるわけで、コイツが変なことをしたら俺も引っ張られて目立つ事になる、俺は何もしてないのに。

 …………俺は何もしてないのに! 

 スキップして目立っていたのとは比にならないくらいの視線だぞ! 

 

「……あれ、ポケモントレーナーじゃね?」

 

「あ、本当だ。隣のは確か全裸の……」

 

「ノコちゃんだよな」

 

「仲良いなー」

 

「仲良いっていうか……手が早いよな」

 

「早いとかいうレベルか?」

 

「浮気性なのか、単に欲に忠実なのか」

 

 やめてくれ、それは俺に効く……

 お、俺だって感覚はお前らと一緒なんだ! 

 何でこうなったのか俺だってよく分からないんだ! 

 でも、お前らの意見はわかるよ! 

 客観的に見たら何股だよってレベルのクソだもんげ! 

 

「また女の子に手を出したのかー?」

 

 またって言うけど、最後まで手を出したのは二人だけだから……風評被害だから……

 

「あははっ! 君、浮気性だって!」

 

 おいやめろ! 仲間のお前が言うと洒落にならないでしょ! 

 歌ってろ! 

 

「だって、おかしなこと言われてるからさ」

 

 お、おい、いきなりそんな顔するな。

 せっかく綺麗な顔立ちしてるんだから、眉なんか顰めないでニコニコ笑っててくれ。

 ……セクハラじゃないぞ! 

 

「君は浮気性じゃないもん」

 

 そう言ってもらえると嬉しいけど、あんまり説得力も無い……なにせブルー以外と付き合っているからな……ブルー! お前は最後の希望だ! 

 

「真剣にみんなの事が好きなんでしょ?」

 

 まあ……そりゃそうだよ? むしろ、好きだから一緒に旅をしたいと思ったんだ。

 ……いや、最初はこういう仲になりたくて始めたわけじゃ無いけどな!? 一緒に世界を駆け抜ける、頼もしい仲間たちだと思ってたわけだから! 

 つまり──そう、仲間として愛してたんだよ。

 それが、彼氏彼女って形にまとまっただけだな。

 ……もちろん、みんなのことは最初から可愛いと思ってたけど。

 

「僕も?」

 

 ……正直に言うけど、お前だけは本当に、可愛いとかそういう感じじゃなかった。

 

「はあああああああああ!?」

 

 うるさいうるさいうるさいうるさい! 

 耳キーンなってる! 

 ほら、あの男の子の顔を見ろ! 

 めっちゃ驚いてるじゃん! 

 迷惑だからやめなさい! 

 

「いきなり痴話喧嘩とか、やっぱりポケモントレーナーはすげえや!」

 

 うぉい待ていい! 

 そんな驚きだったの!? 

 すごく無いし、その認識は改めてくれ! 

 

「ちゃんとこっち見て! 今は僕が話してるでしょ!」

 

 グゲッ! 

 く、首が……

 

「今の、どういう意味!?」

 

 だって、俺って人間だし……お前は元々ワニノコでポケモンだったし……ペット的な可愛さの話なら出来るけど、恋愛的な可愛さとは別じゃん! 

 俺、間違ってないよ! 

 

「むぅぅ!!」

 

 ゆ、揺らすな! 

 何でお前らは俺の服を引っ張るんだ! 

 シャツが千切れちゃうの! どれだけのシャツが犠牲になってきたか知って欲しい、マジに! 

 

「でもでも! 今はちゃんと可愛いって思ってるでしょ!?」

 

 そりゃそうだよ。

 ……さっきもちゃんと伝えたよな? 

 

「僕だけ扱いが雑! 君はもっと僕に優しくするべき! 褒める回数が少ない!」

 

 箇条書きで伝えるのやめて? 

 分かったから。

 

「絶対分かってないよね」

 

 勘弁して……そんなすぐに他人への対応を変えられる奴なんて怖いだろ……

 

「でも、ふーん……そっかー」

 

 ニヤニヤすな

 

 

 ──────

 

 

「……なんだこれは」

 

 宿に戻った青年は、ユカリとリンに両腕を掴まれて座らされた。

 ホシノとナギは青年の顔を見るなり、首まで真っ赤にして突っ伏した。

 

「ちょっと質問してただけ……ノコ、何してるの」

 

「あははっ! んー! ……とりゃっ!」

 

 ポケモントレーナーの胡座の上を独占しているノコは、楽しそうに匂いを嗅いだかと思えば、頬にキスをしたり、アロハシャツに体を突っ込んで首元から無理やり顔を出したりと好き放題だった。

 ちなみにシャツはビロンビロンになった。

 引き攣った顔だが何も言わない青年に痺れを切らし、レッドがノコのスパッツをグイグイと引っ張る。

 

「うわっ、ちょっと! レッド! 反則だぞ!」

 

「どいて」

 

 どうにでもなーれ、という顔でいるポケモントレーナーを他所に、引きちぎれるアロハシャツ。

 哀れ、ただの布ではこの戦いについて来れなかった。

 すぐさまユカリが替えのシャツを持ってくる。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとうユカリ」

 

「えへへ」

 

 ワーギャーと五月蝿い右手側とは異なり、正面と左手側はとても静かだ。

 突っ伏したホシノとナギ。

 机をどかし、空いた胡座を枕にするアイリ。

 役に立てて嬉しいと微笑みつつ隣を確保し、肩に頭を載せるユカリ。

 お互いに何を話せばいいのか分からずにお見合い状態になっているブルーとリン。

 

「……平和だ」

 

「そうですね」

 

 あの戦いが、遠い世界で起きた出来事のような気になってくる。

 束の間の平穏に、ユカリはポケモントレーナーの顔を見上げた。それは、どこか湿ったような目付きだった。

 その頬には赤が差し、期待するように瞼を閉じる。

 青年は、久しぶりの再会を果たした少女の積極性に驚きながらも、その細い首筋に手を添えた。差し出されたものへと顔を近付けると、細目を開けていることがわかった。

 少しだけ笑いながら、そのまま唇を奪った。

 柔らかな感触。

 己のカサカサのそれとは比べ物にならない。

 甘い匂いは、ほんのりつけた香水だろうか。

 静かに貪る。

 しかしユカリは耐えられなかったようで、喉から声が漏れていた。

 

「ん……んっ…………あっ」

 

 離れると、名残惜しそうに口元を抑える。

 しおらしい姿を見て浮かんでくる感想など、可愛い以外には無い。

 

「…………」

 

 視線に気付くと、そろそろと手を伸ばして青年の服を小さく掴んだ。

 上目遣いでなおも見つめてくる少女の期待に応える為、再び顔を傾けようとしたその時。

 

「──なにしてんの?」

 

「──お兄さん?」

 

 背後から殺気が立ち上る。

 青年は、後ろを振り返る事ができなかった。

 ついでに、足元からもジトジトした視線が飛んできている。

 

「うわきもの……」

 

 青年は正気に戻った。

 ユカリは目をあちこち彷徨わせていて何も言えるような状態じゃないし、チートなどでは無く青年自身の力で乗り切らなくてはいけない局面がやってきたのだ。

 …………やってきたのだ! 

 

 

 ──────

 

 

「僕の目の前で2度とこういう事しないでね」

 

「ふぁ、ふぁい……」

 

 ボコボコのボコ。

 乗り切れなかった。

 ヒーホーくんに顔面を治療されるポケモントレーナーは、酷い目にあった……と頭をかきつつヘロヘロの返事をした。

 全く反省の色が見えなかった。

 ノコが至近距離で目を凝視する。

 

「わかったんだよね?」

 

「はひ」

 

 そして本題に入るレッド。

 改めて座り直し、どうしてホシノとナギが突っ伏しているかを話す。

 

「お前ら……なんちゅう拷問を……」

 

「聞きたいことがあります」

 

 レッドが敬語。

 物々しい雰囲気を感じ取り、青年も居住まいを正した。

 

「お兄さんは、私と結婚してくれますか」

 

「…………!?」

 

 そして襲いかかるパニック。

 まさかそんなことを聞かれるなんて思ってもいなかった青年は、座布団の上でガタガタと揺れ出した。

 

「教えて」

 

 汗がこめかみを伝う。

 あれ、おかしいな。

 レッドの雰囲気もおかしいし、いつのまにか起きていた2人と合わせて8人から見られているのもおかしい。

 しかも今しがたボコボコにされたばかりだ。

 空気がパンパンに張り詰めていた。

 小ボケすら許されない。

 そんな事をしたら2度と口を聞いてもらえなくなりそうだった。

 

 俺たちまだ付き合って1ヶ月経ってないよな。しかもレッドは15歳。気が早くないかい? 

 

 という正論を口に出すことすら憚られる。

 揺れ動く瞳が、その真剣さを容赦無く突きつけた。

 青年は

 

「も、もう少し大きくなったらな? (震え声)」

 

 と返すのが精一杯だった。

 一斉に吐かれるため息。

 まるで、チキンと言われているかのような状況。

 しかし、今はそれでいいやと頷いたレッドが、朝ごはんを食べに行くために青年の腕を引っ張る。

 確かにみんなお腹が減っている。

 笑う膝を抑えて立ち上がり、部屋を出た。

 

 

 ──────

 

 

「あらあら、両手に華……です……ね……?」

 

 女将の顔が微笑ましげな様子から段々と訝しげな表情に変わっていく。

 右腕にはレッド。

 左腕にはノコ。

 どちらにも美少女が抱きついている。

 それに、傍目にもポケモントレーナーに好意を抱いてるのが明らかな2人。

 青春を感じる可愛らしい光景の筈なのに、それを見た女将の脳裏に浮かんだのは誘拐の二文字だった。

 なぜだろう。

 

「HAHAHA! そうなんですYO!」

 

 様子がおかしい青年は、もはや発言すら怪しい。それでも両脇の少女達は嬉しそうでしかなく、あくまでおかしいのは青年だけだった。

 というか、目が若干飛んでいる。

 狂気に陥っているのかもしれない。

 引き気味の女将はノコに対して話を続けることに。

 

「朝ごはんを召し上がられるのですよね?」

 

「うん!」

 

「うふふ、朝から元気いっぱいですね!」

 

「ありがと!」

 

 元気いっぱいのお客様に、女将は腕を出してちからコブを作るジェスチャーをした。

 ノコも同じように返す。

 

「?」

 

 よく分からないながら、レッドも同じように腕をまくって曲げた。

 

「──相変わらずレッドちゃんは天然だね〜」

 

「可愛いわよね」

 

 そんな様子を後ろから見ているのは、撃沈していた2人。なんとか正気を取り戻して着いてきたのだ。

 それでも、青年の姿を見る事がないように、必死に視線を散らしている。

 朝ごはんを食べるときに顔真っ赤なんて、それこそ恥死しかねない。

 

 そんな2人の後ろを歩く姉妹。

 ホシノとナギの不自然さにはあえて触れない優しさがあった。

 

「はあ……もうお腹ぺこぺこ〜」

 

「リン、はしたないからやめて」

 

「トレ君が戻ってこないのが悪いんじゃん」

 

「あの人にはあの人の考えがあるの」

 

「お姉ちゃんさあ、あんまりトレ君をすごい人みたいに扱うのやめたら?」

 

「そ、そんなことしてないよ……!」

 

「トレ君もそんな風に見られるのは好きじゃないんじゃない? 普通に話すのが一番だよー」

 

「……いいじゃない、別に」

 

 普通だとは言いつつユカリには自覚があった。

 彼を目の前にすると、どうしてもリンに接しているみたいにする事ができない。

 彼の役に立ちたい、彼に喜ばれたい、そんな想いが強くなって行動に現れてしまうのだ。

 しかし、ユカリは開き直ってもいた。

 さっきは代わりの服を持って行ったら喜んでくれた。

 キスだってしてもらった。つまり、女として求められているという事だった。

 受け入れる準備はいつでも出来ている。

 

「それだけどさあ……みんなの前でああいうのは良くないよ」

 

「…………」

 

「もう少し手順を踏んだほうがいいじゃん」

 

「…………?」

 

「あんな風に見せつけるようにしたら、そりゃあ怒られるよ。2人でデートとかして、もっとちゃんとムードとか……それで最後にって感じで──」

 

「……それは、リンがして欲しい事じゃないの?」

 

「…………え!? ……い、いやいや違うって! あくまで私はお姉ちゃんの!」

 

「私はポケモントレーナーさんと一緒ならどこでもいいけど……」

 

「え゛……そ、それは逆にどうなの……?」

 

 青年の背中を見る。

 どこでもってたとえば、居間とかでも……? 

 それともトイレとか、お風呂とか──

 ホワンホワンホワンと広がる妄想。

 を、かき消す。

 

「だ、だめだめだめ! ちゃんと2人きりの部屋で!」

 

 首をブンブンと横に振る妹に、やれやれ分かってないなあ、と肩をすくめる。

 

「だから、それはリンがそうしてもらいたいだけでしょ? 私はどこだって良いの。あの人が来てくれるなら、それで」

 

「…………」

 

 愛おしそうに青年を見つめるユカリに、信じられないものを見る目を向けるリン。

 姉が遠かった。

 初めて、ここまで度し難いと思った。

 

 更にその後ろを歩くのはブルーとアイリ。

 

「──え? 私以外トレーナーさんと付き合ってるの?」

 

「前までは私とホシノさんとレッドさんとナギさんだけだったのに……師匠は浮気者です!」

 

「??」

 

 ブルーの脳みそはアイリの言葉を理解できなかった。

 二重の驚きがあったからだ。

 四股している状態を浮気者じゃないと認識しているアイリの脳みそと、なぜ自分だけ省かれているのかということに対する驚きだ。

 

「でも……えへへ、最近は私のこともちゃんと女の子として見てくれてるんですよね」

 

「????」

 

 え……今、怒ってたよね? 

 1秒前までほっぺた膨らませてたよね? 

 なんで1秒後には嬉しそうにクネクネしてるの? 

 怖い……

 自分のことが変だって自覚はあったけど、この子には負けるかも。

 

「キスだけじゃ無くて、お風呂に一緒に入るとお膝の上に乗っけてくれて、えへへ……」

 

「そ、そうなんだね……でも、お風呂でそんなにくっついたら、そ、その……あの……」

 

「あっ! そ、それは、そっ……はうう……」

 

 2人とも、口に出すことはできなかった。

 ブルーは年相応の恥ずかしさだけが原因だったが、アイリは感触を思い出してしまった。

 膝の上に座っていると時折タオル越しに触れるモノがあった。しかし、彼女の師匠はそれをまったく気にすることなく、胡座に切り替えてそこに座らせるので、時折ではなく常に触れた状態になる事もあった。

 当然、その場でそれを口に出せるはずも無く、後になってムラムラと思い出していた。

 お風呂自慢をするつもりで口に出してブルーに指摘され、死ぬほど恥ずかしい気分になっているのだから世話無いとはこの事だ。

 

「マセガキどもがホ……」

 

「ガルルル」

 

「なに? 普通だホ? ……オイラには良く分からんホ」

 

「リザ」

 

「普通では無い? お前ら、意見を統一してくれホ」

 

 ブルーとレッドのリザードンは、ヒーホー君を間に挟んで反対の意見を述べた。

 相性が良くないなりのコミュニケーション方法だ。

 ブルーのリザードンの一方的なコンプレックスが原因だが。

 

「ガルルル、グルア」

 

「シャアア?」

 

「グルルル!」

 

「リザリザァ……」

 

「あっちょっ、お、オイラを挟むな! 潰れちゃうホ! 潰れヌワアアアアア……」

 

 段々と弁に熱が入って距離が近づく二匹の毛並みに埋もれ、ヒーホー君の声は小さくなっていった。

 

 

 ──────

 

 

 遅めの朝食後、俺は一旦全てを銀河の彼方へと棚上げして、警察署の前で日向ぼっこをしていたドダイトスにみんなを紹介した。

 ちょっと格が違いすぎて、警察のポケモン達はみんな萎縮して戦闘すらできなかったらしい。

 人だかりが出来ていたけど、ドダイトスが吠えたら蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

 場所を街の外に移し、カムイに連絡した上で紹介を始める。

 

「久しぶり〜」

 

「ドダァイ」

 

 ホシノはパシパシと甲羅を叩くと、軽めの挨拶で終わらせた。

 

「ドダイトスさん! 相変わらずおっきいですね!」

 

「ドダァイ」

 

「ほら、ヒーホー君も挨拶!」

 

「ホ!」

 

「? ……ダァイ」

 

 ヒーホー君の顔を見て一瞬固まったが、匂いを嗅いで納得すると普通に挨拶をする。

 何かが引っかかったらしい。

 

「久しぶり。この子はリザードン、覚えてる?」

 

「……リザ」

 

「ダァイ」

 

「ええと、挨拶すれば良いのよね? 初めましてドダイトス、ナギって言います」

 

「…………」

 

「な、なにかしら」

 

「ドダァイ」

 

「蔦? ……ありがとう」

 

 今度は匂いを嗅いで何かが気になったらしく、顔を近付けて何度も確かめるように鼻を動かす。

 そして最後に、蔦を一本渡した。

 

「ドダイトスさん初めまして、ユカリです」

 

「リンです」

 

「!」

 

「へ?」

 

「ド、ドダイ!?」

 

 ドダイトスは、ユカリを見て一瞬で大きく反応した。何かに心底驚いているようだ。

 

「ダ、ドダイ! ドダイトス!」

 

 ポケモントレーナーに訴えかけるが、言葉が通じるわけもない。

 

「マレナルモノの匂いがするって言ってるホ」

 

「エムリットのことか?」

 

「──リィ?」

 

「……うわぁ!」

 

 ガチ恋距離に出現したエムリットにガチビビリして尻餅をついた青年。伝説がいきなり現れるのはずるいから仕方ない。

 ホシノに助け起こしてもらうと、ユカリに尋ねる。

 

「まじでビビった……ユカリ、お前は知ってたのか?」

 

「い、いいえ……エムリットさん、いつからいたのですか!?」

 

「リィリィ〜」

 

「ずっといたらしいホ」

 

「ストーカーじゃねえか!」

 

 目を白黒させるドダイトス。

 上位存在にこんなところで出くわすとは、と思っているらしい。

 

「私はブルー! こっちはリザードン! これはメガストーン!」

 

「ド……!」

 

 とても強力なアーティファクト。

 ビリビリと圧力を感じさせるその石に目が釘付けになった。

 そして同時に、どこか懐かしさも感じる。

 

「ド、ドダァイ……」

 

「なにこれ、だそうだホ」

 

「これはメガストーン! この子の力を限界まで引き出すんだ!」

 

 腰に手を当て、お茶目に説明を聞かせる。

 やる気十分、といったところか。

 

「ブルー! やるんだな! 今、ここで!」

 

「ふっふっふ……トレーナーさん、私やっちゃうよ! むむむむ……」

 

 リザードンの腹に触れ、目を瞑った。

 遺伝子の奥にある秘められた炎。

 それを感じ取る。

 表に出ている火が、まるで小さな種火であるかのような劫火。

 メガストーンを掲げた。

 

「──メガシンカ!」

 

「ガルアアアアアア!! ………………?」

 

「…………あれ?」

 

 なにも おきなかった ようだ……

 

「あれ?」

 

 リザードンを見て、メガストーンを見て、もう一度リザードンを見て、何も起きていないことを確認して──青年を見た。

 

「トレーナーしゃん……」

 

「ブ、ブルゥゥゥゥ!!」

 

 プルプルと子鹿のように震えている無力な少女がそこにはいた。メガストーンはうんともすんとも言わずに手の中にあるだけ。

 リザードンも確かな繋がりを感じながら、あの時のような湧きあがる力が無い事に困惑していた。

 力が引き出せない。

 

「なにもおきないよぉ……」

 

「よしよし! 良い子だからな!」

 

「なんでぇ〜?」

 

「がんばってるがんばってる! ブルーは超頑張ってるから!」

 

 こんなに泣きそうになって、可哀想に……と抱きしめる。

 しかし、なんでと理屈を聞かれても、ポケモントレーナーの脳みそでは適当な事しか言えない。

 

「多分、もっと追い詰められた状況になればできるから!」

 

「ふぇぇ……?」

 

「ほら、人間って限界に追いやられてようやく力を全開で使うことができるから! ブルーは今安全な場所にいるから、無意識に力が必要無いって思ってるんだよ!」

 

「そなの?」

 

「そうそう! 今できなくても当然のことだから気にしないでいいからな?」

 

「わかった……でもトレーナーさんは出来るんだよね?」

 

「お、俺のはそういう力だから……」

 

 最後に挨拶したのはノコ。

 お互いに見つめ合う。

 

「なんか……ちょっとコータスお爺さんみたい……」

 

「ド……ドダ……ダ……」

 

 ドダイトスは驚きこそしなかったが、困惑した。

 なんだこいつ、どっちだ。

 匂いを嗅いでもどちらかが良く分からない。

 

 人か、モンスターか。

 この二者の匂いは大きく違う。

 体臭では無い。

 魂の匂いだ。

 ここまで混ざったものは初めてだ。

 しかし、見た目は人間。

 ならば……

 

「ドダァイ」

 

「こ、こんにちは」

 

 

 ──────

 

 

 それにしても、コイツなんでまた街に出てきたんだ? 

 前は結構出てくるの渋ってたのに……酔っ払ってる時になんかやったんだろうけど、何やったんだ? 

 酒臭いただのジジイと化したハンサムもなんも覚えてなかったし、唯一酒を飲んでなかった未成年のスカリオ君は口をつぐんでいた。

 …………ブルってきやがったぜ。

 

 ノコはドダイトスから見てもちょっと変なようだ。

 そうだよな、だってポケモンだったし。

 ……引っ掻くな! やめいやめい! お前がポケモンだったのは本当だろうが! 

 最近は割と人間って? 

 割と人間ってなんだよ、人間は100%か0%でしかねえんだよ。

 ……いや、そんなことないかも。

 ホシノが純度100%じゃねえもん。

 そう考えると、見た目だけなら100%人間のノコは割と人間なのか? 

 

 アイリに稽古をつけてやることにした。

 ドダイトスが久しぶりにいるからな。

 ヒーホー君もアイリもいい感じに調子上がってきてるし、ここら辺で一度タイプ相性をご存知でないムーブをしてやろう。

 この地方での最後の稽古だ。

 ……構えろアイリ! ヒーホー君! 

 お前達を! 思う存分叩きのめす! 

 準備はいいか! 

 

 

 ──────

 

 

「はぁ……はぁ……! ヒーホー君!」

 

「ま、だ……まだ、まだまだいける、ホ!」

 

 十分あまりの攻防。

 ホシノさん達以外に見ている人も増えた。

 

 ブフは、直撃することすらなかった。

 ブフーラは、甲羅の表面を磨いて消えた。

 マハブフーラは、うねる土の竜に砕かれた。

 ブフダインは、とっしんに打ち負けた。

 マハブフダインは、降り注ぐ土の雨に飲み込まれた。

 

 遠い。

 距離が遠い。

 届かない。

 

 私は強くなった。

 それはもう、3年前と比べたら信じられないくらいに。

 だって、アトラス地方を一周したんだから。

 その間に異世界を冒険して、伝説のモンスターと出会って、神様と出会ってきた。

 三年間……あっという間だったな。

 あんなに濃かったのに──いや、全部が濃すぎて、私の脳みそじゃ受け止めきれなかったんだ。

 その最初の一歩。

 雷雲の途切れた聖域。澄んだ青空の中に浮かんでいた圧倒的な存在と、お墓。

 私の旅の原風景を見せてくれたのは──この人だ。

 世界を、文字通り世界間を旅する異邦人。

 チートを得たからと誤魔化して、敵に立ち向かう人。

 

 師匠が、ひどく冷たい目をしている。

 モンスターバトルをしている時のこの人は、いつも楽しそうにしているのに。

 それはおふざけが入っているからだ。

 あくまで、旅の余興として考えていたから。

 そして唐突に始まった、久しぶりの稽古。

 

 師匠が全力で、私を敵と認めて叩き潰しにかかっている。

 ──ヒカワのように、クッパのように、ミュウツーのように。

 ブルルッと身体が震える。

 

「もう、終わりか?」

 

「……ヒーホー君! メギド──」

 

「わかりやすすぎる」

 

「ドダァァァァァイ!!」

 

 紫色の球体が、唐突にドダイトスの直上に発生した。

 しかしダメージが発生する事はなかった。

 すでに置いてあったエナジーボールと衝突して弾けたのだ。

 

「まだ、何も言っていなかったのに……!」

 

 色の混ざった花火が、二つ目の名前を与えられた怪物の周囲を彩る。

 強く、ただ強く。

 その一点がドダイトスをこの土地の主人たらしめた。

 あらゆる技を引き出す人間と組んだなら、それは恐ろしいことにだってなるだろう。

 

「でも、負けてない!」

 

「そうだホ! あいつ、調子乗りやがって!」

 

 倒れてない。

 なら、まだ負けてない。

 だからこそ師匠は戦いを終わらせて無いし、手を止めてない。

 

「ヒーホー君!」

 

「ホ!」

 

 パシッ。

 握り拳を掌にぶつけ、合わせた両手を上から下へ振り抜いた。

 ダブルスレッジハンマーの動きから放たれたのは、三日月状の氷刃。

 ドダイトスが地面をドンと一回踏んで現れた蔦を切り裂いて進む。

 

「ホホホホホッ!!」

 

 息もせずに、刃を連続で放った。

 裂かれた蔦を散り散りに。

 粉微塵に切り刻んで、跡形もなくしていく。

 

「すすめぇぇ!」

 

「…………カッ──────!」

 

 ドダイトスでが口を開いた。

 次の瞬間、何か、とてつもない空気の揺れが生じたと思ったら、キーンという耳ざわりな音が耳に響いて……

 

「────!」

 

 なにこれ! そう言ったはずなのに、モヤに隠されたように声が聞こえない。

 

『ボイスカット機能が破損しました』

 

 そんな通知が視界の端に届いた。

 関係無いと、思考を紡ぐ。

 ここで思考をやめたら、負けあるのみ。

 ヒーホー君の眼前には、今にもその身体を刺し貫こうとトゲの群れが迫っていた。

 

 負けたく無い。

 この人に負けたく無い。

 こんな呆気なく負けるのだけは、嫌だ。

 必死で、声が出ているかもわからないのに叫ぶ。

 脳裏に浮かんだ、知らないわざを。

 

『ぜったいれいど!』

 

 声が出ずとも、意思が伝わるならば。

 それこそがプレイヤーとパートナーの絆。

 

 ──ヒーホー君の全身が、一瞬にして白い霜に覆われた。

 

「────キタキタキタキタアアアアアア!!」

 

 まとわり付くエネルギーが、内なる力を暴れさせる。

 青かった身体の一部も、全て白く。

 迫っていたトゲが砕けて消えた。

 

「ぜったいれいど……そういえば誰も使わないよな、いちげきひっさつ」

 

「ドダァイ!」

 

「おう、そうだな」

 

 首を傾げたポケモントレーナーを叱るドダイトス。

 何を気を逸らしている! 今はあの奇怪なチビを見ろ! 

 

「な、何かが込み上げてくるホ……!!」

 

 パキパキと、まるで鎧のように氷を纏っていた。

 

「甲冑みてえだな」

 

「ダァァァァイ!」

 

「──あっ! 聞こえるようになった!」

 

 聴力を取り戻したアイリは、白い鎧を纏ったヒーホー君を見て戦意を漲らせる。

 何が起きたかはわからなくても、戦う力が手に入ったという事だけは分かった。

 それと同時に、制約があることも。

 

「つ、疲れるホ……!」

 

 

 ──────

 

 

 はっはっは! だいぶ観客も増えたな! 

 それにしても──アイリ! 出会った時と比べると、お前は本当に凄いポケモントレーナーになった! 

 ヒーホー君! お前は進化こそしなかったけど、アイリに相応しいポケモンに育ってくれた! 

 その鎧は、言っちゃえば時間制限付きの強化の証だな! 

 なら、次の一撃を最後にしよう! 

 時間切れなんて、つまらねえからなあ!? 

 綺麗に締めようや! 

 

 ドダイトス! お前もお祭りの最後に一発、景気良いの頼むぜ! 

 

 りゅ う せ い ぐ ん!! 

 

「ゴォアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ズルなんて言いっこ無しだぜ! 

 なんでもありの、パーティータイムだ! 

 宙から降り注げ! 

 全てを焼き尽くせ! 

 がはははは! 

 ……あれ、なんか多いな。

 

 えー、地面がボッコボコになりました。

 りゅうせいぐん、結構良い感じの火力してたわ。

 ホシノ達がワーだのヒーだのピーだの言いながら逃げ回ってたから、めちゃめちゃ範囲も広い。

 アイリのところにも降ってきたから、ヒーホー君も戦うところじゃなかった。

 

 え? なんだホシノ。

 反省? 

 してないよ? 

 なんで俺がするの? 

 わざを使ったのはこの野生のドダイトスだよ? 

 

「ドダイ!?」

 

 ほれ見ろ、ドダイトスもそうだよって言ってるじゃん。

 反省しろよ〜? 

 ……あ、なんでもないですごめんなさい。

 

 ホシノやナギも時々怖いけど、ノコも最近ちょっと怖いんだよなあ。なんか、無邪気な子供から女に変わった感じが……

 一生ガキンチョメンタルのままでいて欲しかった! 

 よく分かんなーい、みたいな顔してるあいつが一番輝いてたよ! 

 流し目とかするようになってきたし……! 

 みんな、俺を置いて大人になっていく! 

 許さねえ……お前らの足を引っ張ってやるからな! 

 

「何アホなこと言ってるの……」

 

 ノコ! お前のことは離さん! 

 

「えっ!?」

 

 これ以上遠くには行かさねえ! ゲヘヘヘ! 

 

「う、うんっ! ……えへへ!」

 

 なんだこいつかわいいな。

 ……くっ! 女の子ってずるい! 可愛いだけで全てが許される! 

 

「……女の子になりたいの?」

 

 なりたいわけねえだろバカか! 

 

「ええ……なんなの……」

 

 とりあえず、あとのことは任せたぞ! 

 

「え? どこいくの? ……な、なに……? なんだっけこの音……」

 

「あちゃー……また、よく分からないするから……」

 

「ホシノ、何だっけこれ」

 

「警察だね〜」

 

「あー…………逃げたの!?」

 

「逃げたね」

 

「こ、こらー! ピカチュウー! 逃げるなー!」

 

 もう警察は堪能したから! 

 十分どすえ!

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