俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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60_いざ、新たな地へ

「願い廻りて……廻りきて……」

 

冷涼な声が、耳に響く。

鈴の鳴るような声だ。

 

「廻る思いが……天照らす……」

 

とても聞き心地が良い。

いつまでも聞いていたくなってしまうような、そんな声だ。

ホシノに教えてやらなきゃな。

 

「照らした星は……地に堕ちて……」

 

ああ、でもなんで目が開かないんだ。

とても身体が痛い。

 

「忘我の閨で……未だ目を開けない……」

 

全身がバラバラになってしまったかのような……いつだったか、こんな目に遭った気がする。

……そうだな、あいつらと戦った時だ。

 

「これからやってくる災いは、きっと……これまでの比では無いのでしょうね……」

 

起きなきゃ。

きっと、あいつらが待ってる。

 

「ようこそおいで下さいました……漂流者様」

 

 

――――――

 

 

目が覚めたらどっかに到着していた。

アローハ地方じゃない。

トラグル地方のアルタイル島だそうだ

ど、どこ……?

幸いなことに、同じ世界なのは間違いない。

アローハ地方のことを知っていたからな。

 

目覚めた時に目の前にいた第一村人は、エリカという名前の女の子だ。

和服を着ている。

なるほど理解した。

俺は当然、持ち物とか無いので、エリカのお世話になることにした。

おかげで、最初にホシノと出会った時みたいに警備員をぶちのめす必要がなかったから助かる。

さすがだぜ!ジムリーダー!

 

そういえば、到着と言ったけど正確には漂着なんだわ。

浜辺に打ち上げられてた。

なんでこうなったかは全く思い出せない。

おい、またか。

ピカチュウ→俺で記憶引き継がないのはわかるけど、俺→俺なんだからそこらへんちゃんとしろ!

チートはどうなってんだよ!お前こういう時は役立たねえな!本当に!

ピカチュウの時の記憶は少しだけ引き継げたけどさ!店員さんのおかげで!

 

だけど……ワタル、俺もお前に追いついたかもしれねえな。

俺はお前自身だが、1人で異国の地に足を踏み入れるのはすげえ久しぶりだ。もう、あのひとりぼっちの感覚も忘れかけてたところだった。

お前は今でも、あの地で3人と楽しく過ごしてるか?ホリィやリンネを大事にしてるか?

俺は……不甲斐無いな。

少し油断したらこれだ。

 

エリカに連れられて着いたのはニジムシタウン。

そこそこ発展しているようで、自転車に乗っている人とかいる。

ん……なんだあれ!?

なあ!何あれ!

……レウスシリーズ!?

リオレウス的な!?

欲しい!

一式100万円、しかも素材やらは抜きで、加工代だけでか……

作っちゃおっかなあ!?

あ、リオレウスを狩るのは正式なライセンスが無いと違法なのね。

じゃあ無理か……流石に犯罪者の装備は作ってくれないだろうし。

でも今更法律に従うのもなあ……何とかならないかなあ……

自分で鍛治をやるとか……でもポケモントレーナーの技能に含まれてない筈だし、肉体制御はともかくとして1からになっちゃう。

流石にそこまで時間を取るわけにはいかないか。

あいつらを探さなきゃいけないからな。

やっぱナシだ。

……余裕があったらな。

 

何で毎回俺だけ迷子なんだろう。

たまにはホシノたちが1人になってもおかしくは無いのに……あいつらがまとまってる方が一万倍マシか。

ナギもしっかりしてるように見えてアホだから、1人にしたらどうなるか分からないし。

 

それにしても異国情緒に溢れてて漂着のし甲斐があるな、このニジムシタウンは。

アイルーとかいう、ゲロ可愛いニャンコが歩いてるから発狂しそうになった。

あの……名前が出てこない。ハチミツのやつも同じようなやつ連れてたけど、あの時は余りにも気配が禍々しすぎて可愛いという感想にはならなかった。

語尾にニャってつけるタイプの、ヒーホー君みたいな種族なのが特徴だったようだ。

あの黒いやつ、しゃべってたっけ……?

――せや!合流したら、ヒーホー君に教えたろ!

喋るモンスター、他にもいたぞって!

 

エリカ曰く、モンスターハンターというのがこの地方におけるプレイヤーの名称らしい。

かっこヨ。

俺もなっちゃうか?モンスターハンター。

……正式にモンスターハンターになるには講習を受けた上で筆記、実技試験に受かる必要があるだあ!?

はい、やめやめ!この話は無し!

 

エリカはやっぱり良いとこのお嬢様らしい。

そうだよな、口調も所作も俺みたいなパンピーからじゃ摂取できない上品さに満ち溢れてるし。

ナギやユカリと近い感じだ。

やっぱり、うちの女子の層は厚すぎる。

お嬢様からクール系、僕っ子まで何でもござれのオールラウンドパーティー。

俺のキャラとか霞んじゃうね。

……俺のキャラってなんだ……?

 

エリカの実家がどれくらい良いとこかというと、この街と近辺を牛耳っていた一族の一人娘だとか。

ふーんって感じだ。

エリカのお父さんはブチ切れたかと思えば泣き出した。

ご先祖様がどうとか言ってる。

こわい。

名家ってやべえわ。

 

ご大層な脇差しを見せられた。

なんで俺に?と思ったけど、証明になるんだそうだ。

なにが?

見せられた刀の銘は『比翼連理』

いいね。

笑ったけど。

お父さんが呆然としていたけど、意味を教えたら爆笑した。

 

「ははははは!守り続けてきた物がそんな名前だったとは!はっはっは!」

 

「お、お父様……?」

 

どうやらご同郷がいたようだ。

何を思ってこんなへんてこりんな名前の刀を残したんだか……

切れ味は……まあ、普通の刀だな。

わざわざ使う必要は感じない。

ただし、タイプが付与されている。

くさタイプだ。

意味がわからない。

どんな事をしたら、刀を振って草が出てくるんだ。

でも出てくるんだよな……

 

2人の反応的には、別におかしい事でもないようである。

武器にタイプを付与するのはこの地方だとポピュラーなんだな。

でも……せっかくなら、ほのおとかでんきが良かったな。

刀を丁重に返すと、せっかくなので今日は泊まっていって欲しいとの事。

ありがてえ……っ!

トントン拍子とはこのことか。

今日だけでも凌げば明日がある。

 

 

――――――

 

 

1人になると途端に不安になってくる。

俺だけ船から落ちたとかなら良いんだけど、船そのものがぶっ壊れてしまったのなら……

ただ、こうして考えるのは無駄だ。

俺に出来ることは大別して二つ。

対象への指揮操作、自身の肉体操作。

どちらも至近の相手にしか意味が無い。

指揮操作に関しては声が届けば可能だけど、それも精々数百メートルが限界。

どこにいるかもわからない相手に対して、俺はなす術が無い。

スタンド使いが相手だったら間違いなく瞬殺されちゃう。

 

あいつら大丈夫かなあ、そんな風に思っていたところにやって来たのはエリカ。

夜に男の部屋を訪れるとかいうあまり良く無い行動を嗜めたが、話したいことがあるらしい。

真面目な雰囲気。

俺も今後の方針とかあるからそこら辺は擦り合わせておこう。

 

エリカは、暫くこの街に留まってはどうかと言う。

理由は二つ。

まず、既にソーマを通じて俺の情報は拡散されている。待っていれば、やがてホシノたちはこの街に辿り着くだろう。

なるほど、それだけで確かに俺がここに留まる理由になり得る。

 

もう一つは、少し奇妙な内容だった。

漂流者。

エリカたちは俺のことをそう呼ぶ。

そして言い伝えによれば、漂流者がいないと何かを乗り越えることができないらしい。

禁忌が関係しているとか。

 

赤き海を切り開くことが出来るのは、漂流者だけ。

何を言っているのか意味がわからない。

ただ、真面目な顔だった。

エリカは本気で伝承を信じている。

土下座までされてしまっては、俺も首を横に振り辛い。

 

一つだけ、良い知らせと言って良いのかわからないけど、耳寄りな情報を知ることができた。

アローハ地方は、このトライデント地方の程近いところにあるんだそうだ。

でも、遠いんでしょう?

……海は隔ててる、か。

俺1人の力じゃ、やっぱりどうにもならない。

 

しゃあねえ、この地方で暫く頑張るか……お前ら、悪いな。

これも旅にはつきものだ!2年後、シャボンディ諸島で会おう!

……そんなに耐えられないよお!

 

 

――――――

 

 

この地方には三つの島があって、それぞれに星を司る精霊がいるらしい

穢れた精霊と戦った経験ならあるよって話をしたら、エリカは悲しそうな顔をしていた。

人の澱みが集まって龍脈を汚した結果、そうなってしまうらしい。

龍脈とは……!?

なんかゴチャゴチャ言ってたけど、俺には理解できない概念だったのでスルーした。

 

むぅ……みたいな顔してる。

でも待って欲しい。

俺はガチの素人なんだ。

精霊と戦いはしたけど、精霊が何だかわかって無いし、預言とか言われてもよくわからないし、伝承とか言われてもふーんとしかならない。

オカルティックなのは雰囲気で感じ取ってるけど、ポケモン関連のことに敏感なだけだ。

あくまで、ただの人間として扱って欲しい。

伝承がどうとか、そんな大それた人間では無いからね俺は。

そんな風に扱われたら、正直むず痒い。

 

なんか……俺みたいなはみ出しものを凄い人みたいに見る風潮、よく無いと思う。

俺の成したことは凄い。

そこは認めるようにしてるけど、文明がここまで育ってるから俺も満足に生きられてる感がある。

それを無視して、なんか生えて来たアイツ凄いな!みたいなのは違和感を感じるよな。

しかも、この地方だと俺は何もしてない。

ただ浜辺に流れ着いてただけの迷子なんだ。

 

そのことをエリカに伝えたら、何となく今日なんじゃ無いかと感じて、海に行ったら本当にいた。だから、これはやっぱりみんなの運命なんだと。

本当にもう……信仰ってやつだな。

人の心に根ざす物。

法律が縛る前、人々のルールとして機能していた物。

宗教に限らず、何かを楔として人を繋ぎ止めるそれを、俺が否定出来るはずも無い。

うんうん分かる分かると聞き流すことにした。

 

地方を移れば色々なルールが変わるもので――ポケモンを狩る為のライセンスなんかもそうだし、建物なんかも全然違う。

そして気温が高いせいか、基本的にみんな薄着だ。

エリカは涼しい顔で和服を着こなしてるけど、なんか浮いてるよね。

ニジムシのみんなからすれば慣れっこな光景なんだろうけど、見るだけで暑くなってくる。

……え?お前の体温のほうがよっぽど高い?

うるせえ!だから俺も半袖半ズボンだろうが!

 

とまあ……アローハに近いだけあって、南国だ。

ナッシーもいるし、でかいカニもいる。

俺が漂着した浜辺にも、ザザミとかいう大型犬くらいのカニが浜辺を歩いてた。

ダイミョウザザミという大型モンスターも出るらしいので、楽しみだ。

食い甲斐がありそうだよな。

 

どうやらエリカはジムリーダーでは無いらしい。

本当に、マジで名家の娘ってだけ。

だけ……っていうのもおかしいけど、とにかく、町長とかそういう役目は負ってないらしい。

じゃあ誰がやってんの?ジムリーダーってなったけど、この街にはそういう概念が無かった。

モンスターハンター。

つまり、モンスターと戦うのを生業にしている人達ってことで、人間同士で争うような事はしないのだとか。

名前が違うだけじゃなくて、内容も全く違ったようだ。

代わりに町長はいる。

呼び方は団長だけど。

というわけで次の日、団長に会いに行くことに……というか、向こうから来た。

 

 

「――やあ!君が漂流者君だね!」

 

「あ、はい」

 

「船から落ちて、ここまで流れ着いたんだって?」

 

「はい、多分」

 

「運が良いね!漁師だって船から落ちたら絶対に生き残れないのに!」

 

「そうすね」

 

「団長……漂流者様が困ってますよ?」

 

「おっと、ごめんごめん!珍しい話を聞いたもので、つい楽しくなっちゃって!」

 

元気だな〜。

 

「本名はなんて言うんだい?」

 

「ポケモントレーナーです」

 

「へ?………あのポケモントレーナー?」

 

「どのかは知らないですね」

 

「複数人いるのか……?っと!名乗るのを忘れていた!僕はロマニ!この街の団長だ!よろしくね!」

 

説明を聞くと、この地方は元々巨大な未開の大陸で、そこにやって来た調査団の団長が収めていたらしい。

偉大なモンスターハンターでもあった若き団長は古龍を御し、精霊を鎮め、モンスターを狩ったという。

異種族との交流にも注力して、大陸を治めた。

そしてある時、彼女は役割を終えたと言ってどこかへ消えた。

 

エリカ達の持っていた刀の元の持ち主が、その団長だそうだ。

あの爺さんの線もあったけど、普通に別人だな。

だって女だし。

そうか……女の人もこっちに来てたのか……店員さんなら何か知ってるのかな。

 

 

――――――

 

 

「これが幻想の谷……」

 

「はい……深く暗く、囚われれば逃れること能わぬ……隠り世との境目です」

 

「世界の断層か」

 

「この下に行って帰ってこれたのは……初代団長だけだそうですわ」

 

「ふーん……なら、俺も帰ってこれるのかな」

 

「だ、ダメですわ……彼女も死にかけたそうなので……」

 

「結構最近の話なのか?」

 

「えっと……一応、数千年前の話らしいですわ」

 

「――ワッツ!?」

 

「ひゃんっ」

 

「な、何でそんな昔の話が克明に残ってるんだ?」

 

「……うふふ、不思議ですか?」

 

「そりゃあもう」

 

「では……こちらへ……」

 

あっち行ったりこっち行ったり、めんどくさいわね……

連れられて来たのは、ニジムシの外れにある――墓地?

なんか、緑がかった板がいっぱい地面にブッ刺さってるんだが?

色々と刻まれているけど……なんだこれ。

過去の英霊達を祀る場所か?

 

「こちらは、彼女の偉大な功績を記した歴史書ですわ」

 

「え?」

 

「エピタフプレート……決して風化せぬ石碑に刻まれている物をお読み頂ければ、彼女が成した事がわかります」

 

決して風化しないってのは純度が高い金属って事か?

軽く叩いてみると、圧倒的な硬度が皮膚越しに伝わって来た。ああ、鋼とかそんな生っちょろい素材じゃ無いわ。

もしかしたら、船の素材の強度を超えているかもしれない。

 

「彼女は皆の憧れであり……礎であり……光だったのですわ」

 

愛おしげにエピタフプレートを撫でるエリカの所作からは、心底の敬意が伝わってくる。

これが信仰の源だな。

間違いない。

伝承の剣と壊れぬ石碑。

で、その彼女が言い残したのが、禁忌とやら。

こんなんばっかだ。

 

でも、この街の人たちの戦う力は十分な気がする。

リオレウスを討伐するってすんげえ大変だし。

それをこなしている人が何人もいるんだから、俺の出る幕とか無いだろ。

その旨を伝えてみた。

 

ロマニも同じように思っていたらしい。

いきなり外部から現れた素人が全部解決するなんて、そんな事あるのかって。

だよな。

一般的な感覚を持っててくれてありがとう。

でも、『彼女』がそんな適当な事を言い残すとも思えない、というのも見解としてあるようだ。

うーん、確かに。

こんなご立派なのを残しておいて、物騒な予言だけ適当とか……普通はしない、よな?

最悪なのは、『彼女』が人類の敵である可能性だ。

その予言だけを外すためにこの石碑を建てる。

そんな悪辣さを持ち合わせたやつだったなら、どうにもできない。

 

「――と、とんでもない!絶対あり得ないよ!僕が保証する!そもそもだ!この島……元は巨大な大陸だけど、この島を収めて人が住めるようにしたのは彼女だ!そんな事をするわけないじゃないか!」

 

ロマニは、とんでもない事だと否定した。

まるで見てきたように言うんだな。

 

「うん、僕は彼女を実際に見たからね!」

 

カラッと笑いながらそんな事を言った。

 

「団長は冗談がお上手なんですわ」

 

「ははっ!バレたか!」

 

和服の裾で口元を隠して上品に笑うエリカと、頭を掻くロマニ。

一つ気になった事がある。

 

「ロマニさんは耳が長いんですね」

 

「ああ、僕は竜人族だからね」

 

「……亜人種ということですか?」

 

「いいや?亜人とは違う、竜人だよ」

 

さっぱりだ。

何が違うのやら。

人語を解して操るところか?

 

「団長を説得するのは、とても大変だったと聞き及んでおりますわ」

 

「うん、僕も最初はやる気無かったんだけど……他にやる人がいないってしつこくてさ」

 

「旅を愛していらっしゃるのですやね」

 

「――うん、僕はこの世界が好きなんだ」

 

「うふふ、子供みたい」

 

なんか……すげえ絵になるな。

優男だけどイケメンのロマニ、普通に美人のエリカ。

仲睦まじいというか、エリカの目が完全にアレ。

でも、そうか……ロマニは俺やダイゴ、博士と同じで世界を愛しているのか。

それは親近感が湧くな。

……親近感?

ふと、思いついた事をボソッと口に出してみた。

 

「天体の合」

 

「!!」

 

とても、驚いている。

聞き覚えがあるかのように。

ハンサムさんから教えてもらった事の中にあった、ビシャスが放ったというその言葉の意味を知っているかのように。

 

「君は……」

 

「団長?」

 

「あ、ああ!何でも無いよ!あはは!」

 

まあ、それは些細な事だ。

俺が気にするべき事じゃない。

でも、もう少し取り繕い方とか気にしたほうがいいと思う。

見た目通りの純朴な性格でどうやって団長になれたんだよ。

なんか無いの?権謀術数とか、裏の顔はマフィア顔負け、みたいなさ。

無さそうだなあ……

ポワポワしてるもんよ、顔が。

 

「じゃあ、またね!エリカちゃん!漂流者君!」

 

「はーい……」

 

控えめに手を振るエリカの背中は、少しだけ寂しげだった。

 

――キュンキュンしちゃうよお!?こんなん見せられたらあ!

 

 

――――――

 

 

漂流3日目。

今日は1人行動。

相変わらずエリカのご実家にお世話になっている。

プー太郎だ。

人が多いところに来た。

レモンが生っている。

地中海性気候じゃ無いと育たないと思ってたけど、違うんかな。

……よく考えたらレモンじゃなくて、ポケモン世界の実だわ。

男の子が収穫作業をしているので、話しかけてみた。

 

「そこのお前!レモン1個に含まれるビタミンCはレモン5個分だぜ!」

 

「は?」

 

流石にこのネタは通じないか……

 

海辺に建てられた、桟橋の集合体みたいな街の主要部。

年月を感じさせるこれこそが彼らの開拓の証なのだと、下に向けて積み重なった木材を見て理解する事ができる。

人々が行き交う。

ハンターだけではない。

人類の社会を築くのは戦うものじゃなくて、むしろその逆。

戦わない人たち。

商人、医者、子供。

そういう奴らがたくさんいて人類の生存圏は形成されている。

 

あくまでモンスターが戦っていたアトラス地方とは全く違う。

自らの肉体を盾として人々を守る。

言うならば、強い人々の地方。

まだアトラス地方の方が俺の世界に近い。

それくらい、全く違う文化圏。

トラグル地方。

俺は嫌いじゃ無い。

力強さを感じる。

 

街を歩くと、随分とあけっぴろげな文化な事が分かった。

胸が丸見えとかそういうあけっぴろげじゃ無い。

人と人の距離が近い。

家はツーツーだし、店の前で椅子を置いて酒飲んでる。

膝を叩いて笑い、キッチンのアイルーが運んできた飯をみんなで食べてる。

 

「……良いな、これ」

 

口は自然と弧を描いていた。

あまりにも馴染みが無い光景。

なのに、とても尊いものだと理解できた。

お互いがお互いを本当に信頼している。

そうでなければこうはならないだろう。

そして、悪性の人類がいたなら途端に破綻する。

いないからこうして続いてきた。

 

「――おっ!漂流者!」

 

「ん?」

 

甲高い声が耳に入った。

後ろから近付いてくる足音はドスドスと重っこい。

振り返ると、随分小さいのがいた。

120、130cmぐらいか?

見下ろすほどの小ささ。

鎧を着込んでて、どんな風貌かは知る事ができない。

ただ、防具の見た目的にあんま強く無さそうな人物だと思いました。

 

甲高い声を張り上げて、俺の太ももをバシバシと叩く。

 

「わっちはイナリ!よろしくな!」

 

「ブフォォ!」

 

「な、何がおかしいんじゃ!」

 

こんなん笑うは。

嘘でしょ?

二箇所が鬼のツノみたいに盛り上がった兜の下にいるのがどんな人物か、見なくても分かっちゃったよ。

マジか……すげえな、異世界。

あの怪盗っ娘やホシノ、オールドタウンで出会った女の子みたいに輪が浮かんでいるわけじゃ無さそうだけど。

 

「聞いとんのか!」

 

「ああ、すいません」

 

「全くもう……お主、どっから来たんじゃ?」

 

「んふっ、俺はアトラス地方から来ましたね」

 

「――え!!!」

 

「うるさっ」

 

「あとらすちほー!?あとらすちほーから来たんか!?」

 

「そうですよ」

 

「いいなー!」

 

天真爛漫だ。

アイリやノコとは違うタイプの。

兜の下だから実際の表情を窺い知ることはできないけど、きっと目を輝かせているんだろう。

そんな声色だ。

 

「わっちも行きたいなー!」

 

「行けば良いじゃ無いですか」

 

「そんな簡単に行けないからここにいるんじゃろが!」

 

ふんがー!と両手を突き上げるイナリ。

まるでアライグマが威嚇してるみたいだ。一生懸命だけど怖くない。

体格って大事なんだなあ。

そんなイナリの背中には薙刀?が背負われている。

刃の部分がとんでもなく長い、こんな武器もあるんだな。

この小さな体躯で振り回すのだろうか。

それは……すごく見てみたい。

 

「あと、何で敬語なんじゃ!」

 

「なんとなく」

 

「なんとなくってなんじゃ!」

 

「何となくは何となくだっつってんだろうが!」

 

「うう〜……うー!」

 

はい論破^^

……おい、初対面で殴ってくる奴がいるか!いくらグルグルパンチとは言え!

 

「うがー!」

 

この凄まじいまでの距離の詰め方。

これが南国スタイル……?

 

 

――――――

 

 

「――おっ、イナリちゃんだ!お肉食べるかい?」

 

「食べる!」

 

「――これ持ってきな!」

 

「ありがとな!」

 

「――いかづちの。太刀の調子は大丈夫か?」

 

「うん!」

 

イナリは随分と街の人に可愛がられているようだ。

兜――ヘルムと言うらしい――を全く脱がないので、どんな姿をしているのかが分からないけど、相応の見た目なのだろうか。

実は全身毛むくじゃらとか……?

モフモフしたくなっちゃうねえ^ ^

 

「うぅっ、なんじゃ……寒気が……」

 

「そんな暑そうな防具着込んでて良く倒れませんね」

 

「おじじの部屋に比べればこれくらい、へっちゃらじゃ!」

 

「ふーん?」

 

「……着いたぞ!ここが酒場じゃ!」

 

「先輩は酒呑めるんですか?」

 

「――せんぱい?」

 

「ハンターなんでしょう?じゃあ、俺よりも先にやってるんだから先輩だ。俺はまだ0年生だし」

 

「ふ、ふーん……しゅしょーなこころがけじゃな!」

 

「――あら、イナリちゃん。おニューの防具を着込んじゃって、今日はお休みなんじゃなかったの?」

 

受付嬢が話しかけてきた。

チラッとこっちを見たけど、あくまで形としては先輩へ意識が向いている。

 

「後輩を案内しとったんじゃ!防具は……たまたまじゃ!」

 

「ええと……あなたは、漂流者さんですよね?」

 

首肯する。

 

「イナリちゃんと何故?」

 

ちょっとだけ不審者を見るような空気を感じた。

待って欲しい。

俺は確かに不審者だけど、先輩に危害を加えようなんて考えていない。

その旨を伝えても意味は無いし、俺がしていた事をそのまま伝える。

 

「――街の散策、ですか」

 

そう。

結局のところ、地理を把握しないと何も出来ないのであーる!

まずは街の把握じゃい!

これは毎度のルーチンでもある。

初めての街に来たら、まずは何があるかを知る。

ナギ達はメガネを使えば初めてだろうが100回目だろうが同じ情報を手に入れられる。

でも俺は文字を読めないから、こうして自分の肉体に叩き込まないといけない。

足で稼ぐってやつだ。

慣れたもんだね。

文字以外の情報ってのは意外と多いもんで、人が話してる事がわかれば気質やら習慣やらがポロポロと見えてくる。

受付嬢の口ぶりから読み取れるのは、先輩が着ている鎧は作ったばかりだという事。

今日は休日だという事。

ハンターは休日に鎧を着たりする事はあまり無いという事、かな。

つまり、そこら辺を歩いてるおっさんも実はハンターの可能性がある。

誰を見ても、あのハチミツ野郎みたいな鋭い気は漂ってないけど。

……レベルの差か?

 

あなたはモンスターハンターになりたいのですかって……返答に困るな。

今、俺が目標に据えるべきは何になるとかじゃなくてアイツらと合流することだ。

ヒーホー君なんかは泣きべそかいて寂しがってるだろうからな。

ヒホヒホ鼻水垂らしてるのを拭いてやらなきゃいけねえ。

 

というか、だ。

そもそもハンターとやらになるには最低2年かかるんだろ?

そんな時間はとてもじゃ無いけど取れない。

本音を言えば、ソーマでの反応を見てすぐにそっちに行きたいんだから。

3日もあれば見つかるもんじゃ無いかと思ったけど、エリカはまだだって言うしな。

 

「――くそ」

 

「っ」

 

「あ、ごめん。なんでもない」

 

口から汚言が漏れてしまった。

ホシノ達のことを思うと、焦燥感が募ってくる。

必死に抑えているけど……この世界に来て、信頼のおける仲間達とやってきた俺には、1人でやるってのがキツすぎる。

なまじ希望がある分、ホリィと一緒にいた時よりも……だ。

 

「こ、こうはい、おこってるのか?」

 

「なんでも無いですよ、ちょっと仲間のことを考えてただけです」

 

「仲間がいるのか?」

 

「ええ」

 

「どこにいるんじゃ?」

 

「分からない、なにせ俺は1人で流れ着きましたから」

 

「イナリちゃん……この方は漂流者なのよ」

 

「……ごめん」

 

「大丈夫ですよ」

 

気まずい雰囲気になったので、軽く謝ってからその場を離れた。

ハンターになるとかならないとかを答えるのを忘れてたけど、まあ、どうでも良い事だ。

大事なのは、アイツらと合流するまでおまんまをちゃんと食べて、五体満足でいる事なのだから。

今度は腕を失うなんて出来ない。

あの人や神様の奇跡に縋るなんてのは、情けないからな。

俺は自立した人間として、節度を持って生きていくんだ。

 

 

――――――

 

 

「このナイフかっこいいな……」

 

「後輩!それは切れ味悪いからこっちにしとくといいぞ!」

 

「ださっ」

 

「なっ……先輩になんて口をきくんじゃ!大人しくこれ買えー!」

 

「ちょっ、ちょまっ、腹にナイフを押し付けないで!刺さっちゃうから!」

 

「あははは!」

 

「ひい!?ナイフ片手に追いかけてくるな!」

 

「くらあ!商品で何してんだ!」

 

「ちょ、俺じゃなっ、ぐはあああ!!」

 

 

――――――

 

 

「うわっ、まだ釣りしとる……クエスト行く前からずっと釣りしてるけど、飽きないのか?」

 

「海釣りは醍醐味だろ、こんなに近くに海面があるのに釣らなかったら海に失礼だ」

 

「ふーん……おっ、意外と釣れてるんじゃな」

 

「持ってく?」

 

「良いのか!?」

 

「良いよ、先輩だもん」

 

「ありがと!」

 

「うっ、か、かわいい……」

 

「こ、こーはい!?何故鼻血が……」

 

「大丈夫大丈夫、それより……なんで先輩はいつも防具着てるんだ?」

 

「え?………そ、その……ご、ご飯があるから帰る!」

 

「おう、走ると危ないぞー……」

 

「へぶっ!」

 

「あーあ」

 

 

――――――

 

 

「何であんなに潜ってられるんだあの人」

 

「この街に住んでるものなら、皆アレくらいは潜れるぞ」

 

「ええ……鰓とかついてるんですか?」

 

「んなわけないじゃろうが!」

 

「先輩もアレくらい潜れるんです?」

 

「……ま、まあ、できる、かも」

 

「今度見せてくださいよ」

 

「そ、そのうちな!」

 

「ええ、楽しみにしておきます」

 

「……うう、練習しなきゃ……」

 

「はい?」

 

「な、なんでもない!」

 

「そうですか」

 

 

――――――

 

 

「あれが捕獲したモンスターかあ……あんなデカブツをどうやって眠らせたんだ?これが異世界マジック?」

 

「……なあ、後輩」

 

「なんでしょう」

 

「その……色々調べたんじゃけど……」

 

「はい」

 

「後輩、ポケモントレーナーって名前なんじゃよな」

 

「そうですね」

 

「英雄って呼ばれてるんじゃな」

 

「……アトラス地方だけですけど」

 

「どんな事をしたんじゃ?」

 

「えー……まあ、人助け?」

 

「古龍を鎮めたとか書いてあるんじゃが……これ、本当なのかえ?」

 

「多分人違いですね」

 

「あれえ?」

 

本当に身に覚えが無い。

なんだろう、何のことだろう。

 

「じゃ、じゃあ……お空が虹色に包まれたアレを何とかしたというのは?」

 

「空が虹色に……オールドタウンの一件のことですかね」

 

「た、たぶんそれ?じゃ」

 

「あれは確かに俺達です」

 

「…………」

 

「先輩?」

 

なんかプルプルし始めた。

まさかまたナイフで!?と身構える。

しかし、予想に反してナイフは取り出されない。

その代わりにすごい詰め寄ってきた。

何されちゃうん?

 

「……すっごーーい!」

 

「!?」

 

「すごいすごい!」

 

「お、おおう……」

 

すごいすごいと子供みたいにはしゃぐ先輩。

周囲にいる人たちが何だ何だと見ている。

やめて!俺は何もしてない!

ガッシャガッシャとアーマーを揺らす先輩の素顔を俺はいまだに見ていない。

でも、この可愛らしい先輩がみんなに好かれてるのは知ってる。

つまり、俺はそんな可愛らしい子にひっつく不審者。

漂流者様とか言ってエリカ――というかエリカのお父さんであるダイコクさんは色々お世話してくれるけど、所詮はただの遭難事故の被害者でしか無い。

……お父さんの信頼が厚すぎて怖い、日本語読めたからって喜びすぎなんだよ!

 

「後輩は強いのか!?」

 

「技術は学んで無いから、あくまで我流でしか無いですね」

 

「じゃ、じゃあG級のハンターみたいな事ができるのか!?」

 

ウキウキとした声で、すごい凄そうな奴らと比較された。

何だよG級って。

もうなんか、怖えよ。

グレート?グッド?ゴッド?ゴージャス?ギガント?

猛者集団なの確定じゃん。

 

「さ、さあ……G級っていうのがどれくらいの強さなのか分からないんでなんとも……」

 

「これまでに少ししかいないらしいんじゃが、古龍と戦えるらしいんじゃ!おジジが言うにはすごい強いらしいんじゃと!」

 

おじじ!おじじ!もっとちゃんとした情報を教えてあげて!聞いても細かいところが全然伝わってこない!

歴史上、数名しかいなかったって事と、古龍とやりあえる奴らだってのは何となく伝わってきたけど。

……すげえ奴らだな!

ナバルデウスとタイマンって、やっぱり専業集団は格が違うな。

 

「こんだいのやつは、どっか行っちゃったらしいんじゃけどな!」

 

「どっか行っちゃった?行方不明って事?」

 

「うん」

 

「クエストの途中に?」

 

「いや、最高のハチミツを探すとかなんとかってオジジが言われたらしい!」

 

「………」

 

 

――――――

 

 

「ご飯食べたいから奢ってくださいよ」

 

「なんでわっちが!?」

 

「なあ頼むよ〜、この街来たばっかでお金ねえんだよ〜」

 

「わっちだってそんな余裕あるわけじゃ……そもそも来たばっかじゃ無いじゃろうが!」

 

「たのむよ!お肉が食べたいの!ダイコクさんちの精進料理は体には良いけど偶にはガッツリしたものが食べたいんだよ!」

 

先輩の顔を見てみたいという下心もあった。

ここまで来ると、自然な流れで見ないと気が済まない。

見せて欲しいと口に出すタイミングは失した。

そして、ジャンクなお肉が食べたい。

酒場を見るたびにキッチンスタッフのアイルーが調理してるバカみたいな大きさの肉。

アレがどうしても食べたい。

俺もバカになりたい。

ハンターの奴らはずるいぞ!

 

「お願いお願いお願いお願い!」

 

ジタバタと地面の上で転がってみる。

どうだ!大人が駄々を捏ねる姿はさぞ見苦しいだろう!

ぐははは!

さあ、奢れ!

 

「や、やめんか!」

 

「奢って奢って奢って!」

 

「な、なんなんじゃもう……大人なんじゃから食い扶持ぐらい自分で稼がんかい!」

 

灼熱アルマジロのステーキとかいうのを奢ってもらった。さすが先輩!太っ腹だぜ!

なお、先輩は食べなかった模様。

 

 

――――――

 

 

「こーはい!こーはい!」

 

漂着して1ヶ月が経つ。

イナリの家に行くことになった。

スキップなんかしてすごく楽しそうだけど、お財布がすっからかんになってたのを俺は見逃さなかった。

武器屋で軽く買い物をした後、プルプルと震えながら財布を見てたけど、後輩の前ではそんな事おくびにも出さない……先輩、かっこいいぜ!

 

「おじじー!かえったぞー!」

 

「おうイナリ、帰ったか…………?」

 

「……………」

 

まるで雷のような。

総評するに相応しい老人がいた。

いや、老人か?

髪も髭も白く染まり、顔には深い皺が刻まれているが、肉体は老いた人間のそれでは無い。

あまりにも常人離れしていて、挨拶が遅れた。

 

「あ、初めまして。後輩です」

 

「誰じゃよ!?」

 

ツッコミも一級品だ。

 

「――そうかそうか!イナリが最近話してた後輩とな!」

 

「はい、お世話になってます」

 

「そうか、そうか……うむ……」

 

「はい」

 

「うむ……」

 

「………」

 

「………」

 

なんか、気まずい。

お互いに強く意識しすぎて、日常会話すらまともに出てきやしない。

俺をここに連れてきた本人は、廊下の陰からヘルムだけ出してこちらを覗いている。

……助けてくれ!先輩!

念を込めて睨みつけると、シュンっていなくなった。

おいいいいい!

この爺さんと本格的に2人っきりになっちゃったよ!

どうするよ!

 

「……ん、んん!……しゅ、趣味とかありますか?」

 

「え、お……趣味は、鍛治、かの」

 

「鍛治!」

 

「な、なんじゃ」

 

「どんなの作ってるか見てもいいですか?」

 

「ん、まあ、道具とかに触らなければ」

 

「是非!」

 

確かに鍛治師っぽいもんな!

カッケェナイフとか作ってんのかな!

 

 

――――――

 

 

「すげえええええ!え、これ全部作ったんすか!?」

 

「そうじゃぞ」

 

「す、すげえ……」

 

アーマー、ヘルム、小手、武器、鍋、ハサミ、何でもある。

嘘だろ、これが趣味?

本職やん。

 

「ワシももう歳だ、こんぐらいのしか作れん」

 

「いやいや……」

 

どデカい釜、その用途はこびりついた金属片が明らかにしてくれる。

これを1人でとか、正気じゃねえだろ。

でも、あのマッスルならきっと可能だ。

 

「もしかして、あの子の防具なんかも……」

 

「いいや。あいつらのところで作らせたわい」

 

「あいつらってのは……あそこの?」

 

「うむ、日用品ならともかく、こういうのはちゃんとしたところで作るのに慣れておくべきじゃ」

 

「確かに」

 

……この爺さん、そういえば先輩とどういう関係なんだ?

家族なのは間違いなさそうだけど……

 

「――ワシとイナリの関係?血は繋がっとらんよ」

 

「そうなんすか」

 

「うむ」

 

「でも、家族ではあるんですよね?」

 

「無論だ。あの子の成長を見守る事が、この老耄に与えられた最後の役目じゃよ」

 

その言葉からは、真の覚悟を感じ取る事ができた。

全然死にそうに無いけど。

でも本気なのだ、この爺さんは。

 

「お主こそ、なぜこの地にやってきた?」

 

「……え?」

 

「…………あ、そうか、漂流者だったの。すまん、今のナシ!」

 

「あ、はい」

 

何だよもう、緊張したわ……何故とか言われてもマジで答えられないよ。

 

「それは置いといて、だ」

 

「はい」

 

ジジイの目がブッピガンと光った。

 

「イナリと何故仲がいいんじゃ」

 

「はい?」

 

「万が一、不埒な考えで近付いたのならば……お主は今、ここで……」

 

赫く輝く瞳。

雄々しさが形を持ったような右腕が取ったのは、壁にかけてあった一振りのハンマー。

バチバチと青い電気が迸った。

総毛立つ。

こ、これがジジイの出す気迫かよ……

 

「おじじー、今日の夕飯は……何でハンマー持っとるんじゃ?」

 

ひょっこりと、先輩が唐突に顔を出した。

それだけでパチンと、風船が弾けた。

ハンマーを自然な動作で壁に戻すと、問いに答える。

 

「おお、こやつがハンマーを見たいというものでな。夕飯か?どれどれ、氷室を見に行くか」

 

ジジイはドスドスと部屋を出て氷室へ向かった。

先輩は、ついてこいと指先をちょいちょいするので、アヒルのように後に着く。

 

「なあなあ、おじじと何を話しとったんじゃ?」

 

「ハンマーの話ですよ、おじいさんも言ってたでしょう?」

 

「ふーん……おじじ、すごいじゃろ?」

 

「はい、とっても」

 

「くふふ」

 

「おじいさんが大好きなんですね」

 

「うん!」

 

一つだけ分かった。

先輩の口調は、あのジジイから移ってる。

可愛いから何でもいいケモな。

おっと……何でもいい、けど、な。

 

 

――――――

 

 

エリカの家の屋敷で、当代の当主であるダイコクと話す。

屋敷っつっても俺がいるのは離れだ。

ただの客人である俺が母屋に泊まるわけにもいかないからね。

 

「彼の方は、かつて雷神と呼ばれた鍛治士だよ」

 

「雷神?」

 

「彼の方が持つハンマー、あれを振るえば作ることのできない武具は無かった……そうか、あの子と仲良くなったんだな」

 

「はい、先輩です」

 

「せ、先輩?……イナリの事は聞いているか?」

 

「いや、何も」

 

「何も?」

 

「俺が自分から聞く事は無いです」

 

「……そうか」

 

俺の前で脱がないなら、そういう事だ。

俺がこの島から出ていく前に見られたら嬉しいけど、どっちでもいい。

レッド達と合流できたなら暫くのんびりしてもいいし、あいつらがアローハに行きたがるならそうする。

どうだろう。

ホシノは海のことが好きだから、この地方を気に入るかもしれない。

リンは世界中旅してるからあんまりって感じな気がする。

アイリは先輩と仲良くしてくれるだろうな、良い子同士だから。

ノコは……なんか、適応しそうだな。

 

 

――――――

 

 

2ヶ月もすれば、とあることを思うようになった。

お金が稼ぎたい。

ダイコクさんのところで世話になっているし、先輩にたかっているしで自活能力が消えかかっている。

良い職ないかな……文字使わなくて良いやつ。

という事です必死に探したら、漁師のゲンさんが手伝うかって声をかけてくれた。

力仕事なら任せてくれ!

 

というわけでゲンさんの誘いから更に2ヶ月、俺は今、荒波に揉まれながら投網漁(人力)をしています。

バカでかいカラフルなペリカンとかラギアクルスとか亜人の海賊とか、なんか意味わからんやつらと船の上で必死に格闘しています。

あれ、俺何しにきたんだっけ?とか偶に思ったりしながら日々、漁師を守ってる。

 

いやー、みんなを守った時に得られる感謝?やり甲斐っていうのかな。そういうのがやっぱり働く意義だと思うんですよね(笑)

 

それに、ホシノたちはアローハ地方に先に着いていたらしい。

ええー!?って驚いたもんだが、あいつらなら大抵の敵は退ける。

当然だな。

俺もお兄ちゃんとして誇らしいぜ。

……ただ、ノコは行方不明だ。

 

「おい!網引き上げるぞ!」

 

「うっす!」

 

ああ、本当にこの身が恨めしい。

 

 

――――――

 

 

おーい先輩、今日は俺が飯奢りますよ。

ほら見て、これ!給料!

いやー、働いて金を得るのが1番嬉しいですからね!

なんか食べたいものあったら言ってくださいよ。

え?アイス?

じゃあアイルーキッチンで頼みますか!

……今日もニャァニャァ言ってらあ。

すいませーん、アイス二つ!

Vっ!

 

先輩は何のクエスト行ってきたんですか。

……おお!ドスランポス倒したんですか!すごいじゃん!

1人で倒したんでしょ?

武器の手入れとかちゃんとしないとな!

もうやった?

確かに血とか付いてないもんな、さすがは先輩だ!

 

……俺?俺は今日も魚獲ってましたね。

ほらこれ、お土産のハジケブリ。

オジジと一緒に食べてね。

ん?これ?小金魚。

美味いから3匹もらってきました。

どうしたんすかそんなに見て。

……食べたいの?

じゃあ2匹あげますよ。

俺も食べる分だけあれば良いから。

……うん、転ばないで帰ってくださいね。

 

 

――――――

 

 

ブンブンと手を振る全身鎧を見送ると、ゲンさんが別方向からやってきた。

ハチマキ巻いてる。

いやー漁師だねえ。

 

「ゲンさーん!」

 

「おっ!いたいた!なんだよもう呑みにきてたのかよ!誘えよな!」

 

「がはは!俺は足が速いんだから!」

 

「知ってるよバカ!」

 

実は、ゲンさんを先に誘ってた。

俺を雇ってくれたありがたいお人だからな。

奢りたかった。

 

「お前、給料入ったばっかなのにバカスカ使うなよお?」

 

「えー」

 

「えー、じゃねえ!金欠だっつってあちこち走り回ってたのお前だろうが!」

 

「はっはっは!最悪はなんとかなりますって!」

 

「なんとかってなんだよ」

 

「狩猟場に行きゃあ、食えるもんがいくらでもありますから」

 

「んなっ……ば、ばか……滅多なこと言うんじゃねえ!ギルドのお膝元で!」

 

「いやいや、採集に許可はいらないでしょう」

 

「あ、そ、そういうね……って、ハンターでも無いのに狩猟場なんて!……いけるか、お前さんなら」

 

「はは、まあ」

 

「……なあ、ひとつ聞いても良いか?」

 

「なんすか?……まさか娘さんを紹介とか?ごめんなさい、俺、彼女いるから……」

 

「ぶっ殺すぞ」

 

「こわっ」

 

「ったく……え、彼女いるの?」

 

「はい」

 

「まじか………まじか」

 

「なんすか」

 

「――ってそうじゃねえ!」

 

机を叩いて立ち上がったゲンさんに視線が集まる。

あーあ、これだから海の荒くれ者は。

ハンターや受付嬢の視線に晒されて、すごすごと座り直した。

 

「お前、なんでハンターにならないんだ?」

 

「はい?」

 

「ラギアクルスと殴り合えるなんて……G級だぞ」

 

「いやいや、できる人いますって」

 

リュウとかリュウとかリュウとかリュウとか。

店員さん?別枠だろ。

 

「お前の周りにはどんな化け物がいたんだよ……で、なんでならないんだよ」

 

「漁、楽しいじゃないすか」

 

「……そうか?」

 

「はい、ゲンさんやミカワさんと一緒に船で魚獲るの好きですよ」

 

「…………最近の若い奴らはみんな、ハンターにばっかなるからよ……俺も頑張っちゃいるが、昔ほどには体が動かねえ」

 

「おでこに小皺ができてますもんね」

 

「うっせえ!……このご時世だ、ハンターがいなきゃ街だってすぐに潰れちまうって分かってるけどさ…………だからよ、お前さんがいてくれると正直助かるぜ」

 

「ぐへへ、これからもよろしくお願いしやすよ、おカシラ」

 

「ばか!変な呼び方すんな!ったく、こうなりゃ今日は潰れるまで飲むぞ!」

 

 

――――――

 

 

「ゲンさん、ほら、もう行きますよ」

 

「うゆへー……まだのめりゅ……」

 

「お家どこっすか?送りますから」

 

「ぐごおおおおおお」

 

「寝るの早えよ!」

 

ゲンさんを背負う。

漁師らしい身体つき、絞られた身体。

ビールっ腹でも無い。生き抜くために、本当に頑張ってきたんだと分かる肉体だ。

さて、この人の家はどこかな……奥さんがいるとは聞いてたけど、カンカンだろうな。

……受付嬢に聞くか。

ん?何故か向こうから。

 

「漂流者さん」

 

「ちょうど良い、ゲンさんのお家の場所って知ってます?」

 

「ハンターになるつもりはありませんか?」

 

「無いのでゲンさんのお家を教えてください」

 

「……これはわかりますか?」

 

受付嬢がポーチから取り出したのは、なんかの欠片。

なんだろう、ラギアクルスっぽい。

 

「これはラギアクルスの背電殻の欠片です」

 

「やっぱり?ラギアクルスだと思ったんですよ」

 

「あなたは、ラギアクルスを撃退しましたね」

 

……やべっ、もしかして規定か何かに引っかかった?

どうしよう。こんなつまらんことでケチつけられたら敵わないぞ。

そうなったら泣き喚いてなんとかするしか無い。

 

「漁を邪魔されない為にやったけど……なんかダメだった?」

 

「いえ、あくまで確認です」

 

「そうなんだ、じゃあゲンさ――」

 

「ハンターになれば、漁師よりも多くの給料が得られます。それに、名誉も」

 

感じるのは悪意では無かった。

必死さ。

彼女の表情は訴えていた。

深刻な人材不足を。

分かるよ。

何かあったんだろ。

だっていないんだもん、ビシバシくるようなやつがほとんど。そして、若い。

ちょっと強そうなやつも疲れ切ってるし、先輩も初心者っぽい割には忙しそうだ。

帰ってきたらいっぱい褒めてるけど、疲れてるのは間違いない。

この前なんか、疲れ過ぎてたのか幽霊みたいに家に帰ってたから無理やり背負ってジジイのところまで届けた。

でも……

 

「悪いけど、俺は仲間と合流しなくちゃならない。依頼を出してる通り、1人は行方不明だしな。ずっとこの島にとどまることは無いんだ」

 

「……そう、ですか……」

 

項垂れた受付嬢は、それ以上深く突っ込んでくることはなかった。

正直に言うと、心が痛む。

後ろ髪を引かれるような感覚がある。

 

でも天秤は、最初から傾いてる。

この痛みは偽善でしか無い。

このやるせなさは義憤でしか無い。

何もしない男が抱いて良い感情では無いんだよ。

だから、ポケモントレーナー。

お前はただ、ゲンさんを送り届けろ。

ホリィの時とは違う。

この世界に、確かにあの子達がいるんだから。

 

そして必ず、ノコを見つけ出す。




こっちでの余談は一応終わり(のつもり)です。

R18って要りますか?

  • いる
  • ポケモンは全年齢対象なのでいらない
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