「いぇーい!」
3人で喜び合っているのを見て俺は怒り心頭だが、ソレどころでもなかった。
「聞いてます? 人通りが多いんだから、あんな勢いで走っちゃダメですよね? それと、あの3人はあなたの知り合いですか? あなた、年長者ですよね? 本来あなたがああいった暴走行為を止める立場ですよね? なんで率先して行ってるんですか?」
ビジュアル的に恐らくジュンサーさんに捕まってお叱りを受けていた。
「聞いているんですか? そもそもその大量の荷物はなんですか?」
いや、これは全員分の荷物で……
「そんな荷物を持った状態で人にぶつかったら、大怪我じゃ済まないかもしれませんよね? そんな事もわからないんですか?」
しゅいましぇん……
でももう許して……3人が見てるから……
「大体、あなたの噂はこちらまで届いていますよ? 牢屋を脱獄したとか、権力者にソレをもみ消させたとか。そういったトンチキな噂が全部本当だとは思っていませんが、私の目が黒いうちはそんな事させませんからね!」
それって、あなたの事はずっと見ているわって告白!? もしかして俺にもモテ期が!?
「は? 死ね」
公務員に死ねって言われちゃった……そういえばこの街の観光名所とかあります?
いやー俺この街について何にも調べずに来たもんで、どっか遊べる場所ないかなーって
「私は忙しいので、総合案内にでも聞いてください」
いや、総合案内がまずどこか……おー……飛行船だ、すげえ! 本物は人生で初めて見たかもしれねえ!
「あなた結構田舎の出身なんですか?」
ん? うーん、俺記憶喪失なんだわ。だからあんまり常識とか分からなくてさ。
「そ、そうなんですか……私は忙しいのでここは離れられないですけど、総合案内はあちらにありますよ」
ありがとう! いやー、どの街の警察もちょろくて助かるわー! 法律ゆるゆるなんだろうなあ!
というか街に入ろうとするたびに警察とか警備とかに止められるのおかしくね?
IDあるんだからそれで犯罪歴とか勝手に洗えよ、現場主義なのか?
「何をお探しですか? ……この街の観光名所、ですか? それでしたら、やどりぎ、ですかねえ」
やどりぎ? それは一体……
「ええ、ここがひこうタイプの街である事はご存知だと思いますが、ひこうタイプのモンスターが何故か訪れる木がありまして」
ひこうタイプの街か、それは知らなかった。そしてなるほど、それでやどりぎかあ。
「おじさんもチラッとだけ見た事あるなあ」
「リザードンはもうそこに行った」
「師匠! 私は初めてですよ!」
ふーん……とりあえず宿を探してから向かおう。
ありがとうございました。
「……あれ? あなた確かマタナキの」
さようなら!!!
ちょうど昼時だ、疲れる事もしたし早く飯が食いてえんだわ。
でも店に入ろうにも荷物が邪魔だから、やっぱり宿探しが先決だな。
街を改めて見ると、雰囲気としてはマタナキよりもフルオカタウンに近い。
ただ、街を構成する材料や色選びなどが昭和を思わせた。そういう歴史ある街なのか?
…………まあ、どの街も歴史はあったか。
とにかく、これまで見てきた中では最も日本を思わせる外観だ。非常に心落ち着くというか、好ましかった。
そして、この匂い……この卵が腐ったような匂い! 街に入った瞬間から漂っていたこれはまさに!
暖簾が掛けられている温泉宿の入り口をくぐると、店員が盛大に出迎えてくれた。
「ようこそおいでくださいました、お待ちしておりました」
おお、この感じ、凄く心地良い……もしかして当たりを引いたか?
お前らはどうだ? 温泉は好きか?
「やだなぁお兄さん、女の子が温泉嫌いなわけないじゃ〜ん」
「普通」
「入った事は無いです!」
全体的には微妙と呼ぶに相応しい反応だったけど、別に嫌いではなさそうだし良いか。
それじゃあ4人とも泊まるって事で。
「家族部屋という事でよろしいですか?」
んなわけねえだろほぼ全員髪の色違うんだぞ。
1人部屋と3人部屋でお願いします。
あーもううるさいうるさい、一々ブーブー言うな。
「仲がよろしいんですね?」
ええ、自慢の仲間達です。
「それではお部屋にご案内します。お召し物を脱いでお上がりください、荷物もお預かりいたします」
いや、これ半端なく重いからやめといた方が良いですね。腰いわしますよ。
まとめ方もあんまり上手くないんで今解いたらバラバラになって収集もつかなくなるし。
とりあえず先に3人の部屋に案内してもらって良いですかね。
「承知いたしました、お気遣いありがとうございます」
女将さんはにっこりと微笑んだ。
ああ……良い店だ。
というかこんな良い店なのに来てすぐ泊まれるってどういう事? 直前にキャンセル入ったとか? 何気なく入った店がコレとか幸運すぎだろ。
3人の部屋に入って荷物を中央に置く。まずはホシノのホエルオーぬいぐるみを下ろし、それ以外の普通の荷物をどんどんと崩していく。
ほら、お前ら倒れてないで自分の荷物は自分で整理しな。
「お父さんがやってよ〜」
じゃあホシノの下着はお父さんの部屋に置いておくから……
「……! だめ!」
顔を真っ赤にして俺から荷物をひったくるホシノ。なんだ、やっぱり動けるんじゃん。
「ばか! へんたい!」
じゃあお父さんは自分の部屋行くね。30分ぐらいしたら呼びにくるから飯を食べに行こうか。
……あぁすみませんねお待たせして、俺の部屋に案内していただいても良いですか?
もうなんか、はい、だらしない奴らでほんまごめん……
「よっぽどお兄さんを信頼されてるんでしょうね」
さあ? そこら辺は分からないですけど、そうだったら良いですね。
そういえば、まだお金払ってないんですけど後払いですか?
「はい、それで構いません」
構いません? つまり通常の料金形態とは違うって事ですか? いつもは前払い?
「はい、ですがお客様は長期に渡って滞在されますよね?」
ん? 分からないけど、多分……?
お、ここか、じゃあ物理鍵を頂いても?
あの3人は電子錠の機能が使えるけど僕みたいなロートルはメガネが使えませんからね……
「お客様方なら、どれだけ長期滞在しても支払い能力を超える事はないでしょう? ポケモントレーナー御一行様?」
そう言って、微笑みながら彼女は部屋を辞した。なんで俺のこと知ってんの? ソーマ? こわっ……
部屋はまさに純和風の畳敷きだ。
す、すげえ……あっちでもこんな良い宿に泊まった事は無かったぞ。
洗面所で顔を洗ってから荷物を解しているとコンコンとノックされた。返事をする前に扉が開き、若干ビビっていると3人が入ってきた。
ああ、まとめて登録してるから勝手に入れるわけね……俺のプライバシーは?
どうしたんだ? まだ30分経ってないぞ。
飽きたからこっち来た?
あったのか……っ! 3人いても文殊の知恵にならないパターンが……っ!
おい、俺の布団に寝転ぶな、枕に顔を突っ込むな、荷物を荒らすな。
そもそも風呂入ってねえだろ! 俺は風呂入った後以外に布団に触れるのが嫌なんだ! 触るんじゃねえ!
うぼっ……枕を投げない!
か、姦しい……
もういいや、引き続き荷物を片付けよう……
おい、服はハンガーに……勝手に着るな! こいつら邪魔過ぎる……っ!
荷物を片付けたあと、3人娘の相手をして疲れた俺はそのまま全員引き連れてロビーまで来ていた。
なんかすれ違った人がギョッとしていた。そりゃそうだろ、こんだけ疲れてんだもん、顔も溶けてるだろうよ……
「え……あの人あんな疲れてるのに、なんであの子達はあんなにツヤツヤなの……」
すいません、昼飯ってどこで食べられますか? 出来れば元気の出るものを……
「そ、そういうことなの……!?」
なんか後ろがうるせえな……それで、無いですかね?
「ええと……右手を奥に進んでいただければ食堂がございます。少々お時間いただきますが、お待ちいただければご用意できますよ」
ああ、じゃあそこでいただきますね……ほら、行くぞお前ら。
「おじさんもお腹ぺこぺこだよ〜!」
「どんなお食事なんでしょうか!」
「お兄さんは私の隣」
はいはい、食堂は他の人もいるんだからあんまり騒ぐんじゃ無いぞ。
「ジュンサーさんに怒られてた人がそれ言う〜?」
このメスガキ……!
「あははー冗談冗談……おじさん達の代わりに怒られてくれたんだよね? ありがと」
好き……
じゃあホシノは俺の隣な、今ので今日のポケトレポイントがカンストしたので。
答えは聞いてない!
「だめ」
「ふふふ〜」
ほら、レッドはリザードンの……いないんだった。
じゃあ間をとってアイリが俺の隣な。
「!?」
ほら、こっち。
「あ、あの……私、別に隣じゃなくても……」
がーん、ショック! まあしょうがない……お前ら3人でそっちな!
「はーい」
「わかった」
「は、はーい……」
あー、めっちゃ疲れた……午前中にあんな全力出すもんじゃねえな。
「うへー……おじさんとしては、全力だとしてもリザードンと同速なのにビックリだよ……」
ポケモントレーナーってのはそういうもんだ、覚えておけ。
「納得いかないよ〜」
考えるな、感じるんだ。
それで……アイリ、はじめての旅を終えてどうだった? 楽しかったか?
「ええと……まだよく分かって無いですけど……すっごく楽しかったです!」
そうか、それなら俺も嬉しいよ。連れてきて良かった。
「アイリちゃーん、騙されちゃだめだよ〜。こんなの普通の旅じゃ無いからね〜」
「うん」
「確かに……学校で習ったのはちょっと違ったような……」
「本当は、自分で荷物を持って、テントを張って、ご飯作らなきゃいけないんだよ〜。それと、空での出来事みたいなのに遭遇する事は一生無いからね〜?」
「そうなんですね……そう、ですよね」
子供なんだからそんな大変な事しなくても良いじゃん、そういうめんどくさいのは任せてお前らは遊んでりゃ良いんだよ。
……なんか言えよ。あれ、どしたレッド。
「やっぱり隣」
「あ〜! レッドちゃんを盗られた〜! アイリちゃん慰めて〜!」
「よ、よしよし……?」
お、おう、そうか……まあ3人並んだら飯を置ききれないからな。最終的には2対2になってたと思うけど。
あれ、なんでホシノも……あの、狭い……これ天丼?
「じゃ、じゃあ私も……」
膝上も占領された、もう何もできねえや!
ご飯を置きにきた仲居さんがギョッとしていた。すいません、何もできないんです。
とりあえずそっち側に二つとこっち側に二つでお願いします。
「は、はい……」
度し難い物を見る目をしていた。さてお前ら、ご飯届いたんだからちゃんと席に着きなさい。
「はーい」
レッドとアイリはちゃんと向こう側に移動した。ポイントの話を覚えていたようだ。良い子達だ……
じゃあ、いただきます。
やっぱ旅館と言えばこの1人用の鍋だよなあ! ……あれ? チャッカマンは?
ん? こ、この石は太陽石!? 俺が扱えない道具の一つ!
「しょうがないなあ〜」
ホシノが代わりに火をつけてくれた。
ありがとねえ、飴ちゃんいるかい?
「えー……」
テンションひっく……
「レッドちゃんにはあんなにしてるのに〜?」
そんなことを言うホシノにはこうだ!
「うへへ〜」
優しく頭を撫でれば軽く左右に揺れる。イッヌみたいだね。
さて、改めておかずを見分させて頂きますかねえ?
蓋を開ければそこには純和食! ……多分。
食材が全然分からねえ……原型が違い過ぎる……唯一同じなのは米だけだ。
「ん〜美味ひー!」
おいひいねえ……疲れた体に糠漬けっぽいやつが染み渡る……
レッド、アイリ、美味しいか?
「たぶん」
「初めて食べたけど美味しいです!」
アイリは結構良い家に住んでたのにこういうの食べた事無いのか?
「は、はい……」
あーごめんごめん。
美味しい、それだけでいいよな、ヨシヨシ。
シュンとしてしまったので謝って慰める。今のは無神経だった、かも? 微妙なラインだった。
「ばか」
はい。
レッドに叱られてしまったという事は俺が悪いという事だ。
「く、暗くしちゃってごめんなさい、別にそんなつもりじゃなかったんですけど……」
後でちゃんと埋め合わせはするからな。
とりあえず今は飯を食おう、お店に失礼だからな。
「おー、鍋もだいぶ温まったみたいだね〜」
パカっと蓋を開ければ多分、牡蠣……? が入っていた。口に入れてみると、味は牡蠣だ……うーん、これは牡蠣!
確かに元気は出ますね。
「あ〜……ニンジンはお兄さんにあげる〜」
あ、こら、好き嫌いは……3人とも!?
「だってピクピクニンジンってちょっと気持ち悪いじゃん?」
脳内に音楽が流れる。
ひっこぬかーれてー、あなただけにーついてーゆくー、きょうもはこぶー、たたかう、ふえるー、そしてたべーられるー
世は無情なり、食べられる事すらなく、俺に押し付けられる食材もいるんだなって……
俺が……お前らの無念を晴らす! お前らが生きていた証を俺の中に刻み込んでやる!
「うわっ勢いよく食べ始めた……」
「師匠はピクピクニンジンが大好物なんですね」
「変だから多分そう」
ちなみに味は普通のニンジンだから普通に食べられる。
「うへー食べた食べたー……おじさんもう動けないよ〜……」
「結構な量がありましたね」
ふっかつ!
「師匠はご飯を食べたら体力が復活するんですね!」
ああ、美味かったぜ!
おいホシノ、横たわるな。俺の膝枕とか硬いだけだろ。
「うん、かたいよ〜」
そんじゃあ俺は部屋戻ってから風呂入るわ。
ほら、ホシノどけ。
「んー」
手を伸ばしてきたのに応じて抱き上げる。そうか、一緒に風呂に入るか。
「ち、ちがうよ〜……」
ほら、お前らも戻るぞー。
──────
「えっ、えっ、師匠とホシノさんってそうなんですか!?」
ホシノを横抱きにして前を歩く青年の背中を見て、顔を真っ赤にしたアイリがレッドに疑問をぶつける。
「……知らない」
レッドは回答を拒否した。
「あわわわ……こ、このままじゃホシノさんが本当にお風呂に連れ込まれて……」
「…………」
彼にとって、男とか女とか、そういう事はどうでも良く、自らの半身はホシノであると定まっていた。それは側から見ても明らかで、レッドもそんな事はとっくに理解していた。
ただ、何となくムカムカしていた。
小走りで青年に近寄り、背中を殴る。いきなり背中を襲った衝撃に立ち止まった青年は、ホシノを下ろすとこちらを振り返って笑いかけてくれる。
「あだっ! ……どうしたレッドー?」
それが嬉しくて、青年の胸元に頭を突き当てる。
「なんだなんだ、可愛いやつめ」
ムニムニと頬を揉まれてご満悦なレッドは右腕に引っ付くと一緒に歩き出す。
「……ちょっと〜おじさんを途中で下ろすとはどういう了見だ〜?」
「ほれ、手ェ出せ」
「……うへへ〜」
「アイリも早く来いよー、ん? 仲居さんどうしたんですか? ……え、家族風呂? まだその話してるんすか……?」
よく分からないけどなんかすごい、アイリはそう思った。
──────
3人を部屋に送ってから自室に戻り、タオルとかを持って大浴場へ向かう。ここは鉱泉が湧き出ている地域らしく、疲労が抜けるとかなんとか。
そこまで言うなら確かめてやろうじゃないか!
ウッキウキで廊下に出たら仲居さんがいた。ええ、怖い……ど、どうしたんですか?
スッ、と紙を差し出される。え、何……? 全てが怖いよ……
紙を見ると家族部屋の紹介が……ってまだその話してんの!? ありえないぐらいしつけぇ!
こえーよ、サービスの域超えてるだろ! あと俺、今から温泉入るから今日はもう勘弁してください……
「ちっ……」
舌打ちして仲居さんは下がっていった。疲れてるんだろうなあの人……
うおー、昼間の温泉誰もいねえから独り占めだあ!
身体を洗って飛び込む。
あ゛〜これだよこれ、懐かしいわこの感覚。
じんわりと末端から熱くなっていくこれが温泉だよ。
匂いも硫化水素の匂いが漂っており、非常に雰囲気が良い。
窓からは川の景色が見えていて風流だ。水面をパシャパシャとトサキントとかが跳ねていた。こんな特等席を俺みたいなペーペーが独占出来るとか、前世でどんだけ善行積んだんだ……
いや〜神様ありがとう! 最高だ!
これからも何度も入るんだから今日のところはのぼせる前に上がるか!
浴衣を着て部屋に向かう。
あ、女将さん、良いお湯でしたよー。ええ、うん、そうそう、景色がね。そういや売店ってどこでしたっけ? ああ、そっち? ありがとうございます。お金持ってまた来ますね。
部屋に戻って洗濯機に服をぶち込む。洗濯機まであるんだからやべえよなぁ。
荷物から現金を取り出して再度ロビーに向かい、売店でアイスを漁る。
やっぱソフトクリームだよねえ!?
冷凍庫に入るだけ買っていく。せっかくあんな良い景色の部屋があるんだから温泉上がったら自室で食えばええんや!
テレビなんて当然無いので、窓からの景色を楽しみながらアイスをシャクシャクと食っていると、部屋の扉が開いた。
レッドだった、やっぱり黒髪に浴衣は映えるな。
何か言うことも無く、俺の食っているアイスを見て冷凍庫を勝手に漁り始めた。俺の思考パターンがバレ始めてる……
レッドも隣に座って一緒にアイスを食べ始める。
そういや、リザードン放ったらかしだけどいいの?
「いい」
まあリザードンもそこらへんの温泉とか浸かりに行ってるのかもな。逃走の心配とか要らないしそんなもんか。
無言で食ってると、半分くらい容器があいたところでレッドが寄りかかってきた。
段々とずり落ちていき、先ほどのホシノ同様、横になって俺の太ももを枕にしたレッドの頰を撫でる。
「ん……」
レッドも心地良さそうに頰を手に擦り付けてくるが、寝落ちする前に撫でるのをやめると抗議の視線が飛んでくる。せめて歯を磨いてからにしろ。
「磨いて」
はいはい。
昔……言うほど昔では無いけど、前はもっとキリッとしてたのに、大分感情表現が豊かになったな。13歳なんだから適正だけど。
食べかけのアイスを冷凍庫に入れて、シャコシャコとレッドの歯を磨く。歯肉を傷つけないように気を付けないといけないのでかなり繊細な作業だ。盆栽の枝切りを見定めているかの如き集中力でレッドの歯を磨き終え、うがいとかさせる。
うん、分かってるって、俺にも歯を磨かせてくれ。
俺の周りをうろうろして、時々上目遣いで見上げてくるレッドに犬を幻視しながら歯を磨いた。
「ん……」
ポンポンと先ほどの場所を叩くレッドの指示に従い、そこに胡座で座る。
つまりレッドは俺のトレーナーだった……?
アホなことを考えている俺の太ももに再度頭を横たえ、手を引っ張られて頰に添えさせられた。
撫でると身じろぎをし、段々と瞼が落ちていく。
まあなんだかんだ歩き通しだからな、そりゃあ疲れてるだろう。
おやすみ、レッド。
──────
「レッドちゃんこっちいる〜? 部屋にも温泉にもいないんだけ……」
扉を開けて入ってきたホシノに、唇に人差し指を当てて沈黙のジェスチャーを見せる。
寝ているから、静かにな。
なんだその顔……なになになになに。
無言で頭を叩き続けるな。
耳元でヒソヒソと抗議される。
「おじさんを放っといて良いご身分じゃない?」
じゃあ歯磨いてこいよ、というかアイリは?
「部屋で寝ちゃった、歯もとっくに磨いたよ」
じゃあうだうだ言ってないでさあ!
お前も寝ろよ。
強制的に横たえさせ、左の太ももに頭を乗っける。
ホシノもお風呂上がりは髪下ろしてるから、癖がつかないようにしなきゃな。
「う、うん……」
為されるがままのホシノの頭を撫でる。やっぱトゥルットゥルだな。
「うへへ〜気を付けてるからね〜」
お前は良くやってるよ、レッドとかアイリの相手をいつもしてくれてありがとうな。
「良いんだよ〜、妹が出来たみたいで楽しいしさ〜」
そうか、そういうモチベーションなら大丈夫だろうな……だけど、ホシノもワガママとか言って良いからな?
「……フルオカタウンの時点で、十分貰ってるから」
どいつもこいつも全然手が掛からねえから、そのうちどっかいっちまいそうだな……
「それはお兄さんの方じゃない?」
そうか?
「あの空の廃墟の墓を見た時、私が何を思ったか分かる?」
なんだろう、分かんねえ。
「ちゃんと考えてる〜? …………お兄さんを放っといたら、1人でああいう場所で死んじゃいそうだなって」
つまり相談してから死ねと?
「……そうだよ」
分かった。
「……冗談だよ?」
分かってるよ。
ホシノも疲れてるんだからそろそろ寝な。
「うん……」
どうやら俺は勝手に死ぬことができないらしい、まあ死ぬ気なんか無いけど。
寝てる2人をえっちらおっちらと3人の部屋に移動させて、敷いてあった布団に横たえる。
お行儀よく、起きた時の着替えまで置いてあるアイリ。
スヤスヤだねえ。
3人集まると部屋も少し熱くなるだろうし、冷房だけつけて部屋を出る。
売店で色々アイスを買ってきて、3人の冷凍庫に詰める。
さて……やどりぎとやらを見に行きますか! まだ3時過ぎだし、帰ってきても3人ともスヤスヤだろ。
ロビーに向かって女将さんに話しかける。
ちょっと外に出てくるんで、3人にはやどりぎを見に行ったって伝えてもらって良いですか?
ええ、ありがとうございます。
宿から出ると、みんな浴衣だらけだった。
なるほど……さすが温泉街ってわけか。
やどりぎがある方に向かうと、道沿いにはいくつも茶屋があり、庇を張り出させた下に座る場所が設けてあった。
みんなそこに座って、お茶を飲んだり和菓子のようなものを食ったりしている。
俺はアイス食ったばっかだからまだいらないけど、ああいうのも悪くねえな。
客引きも結構いるようで、あちこちで声を掛けていた。俺にも金髪チャラ目の浴衣の姉ちゃんが近付いてきた。
いや、俺は結構です。いや、そっちの結構じゃないです。
ちょっと友達と待ち合わせしてるんで……いや、友達はそういうの興味ないですねポケモンなんで。
はい、ポケモンです。
いや、ドスニキじゃないです、人違いです。ええ、多分僕のことでは無いですかね……じゃあこれで失礼します。
──あっぶねえええええ! 冗談じゃねえぞ、こんなところでマタナキの時みたいなストーカー被害に遭うなんて。
なんか最近やたらとドスニキの名前が広がってんだよなあ……
ソーマって思ってるよりみんな使ってるのか?
ああいう客引きには気を付けなきゃな。
それにしても外は意外と気温が高い。
この時間にしてはちょっと暑く感じるな、どうせならそこの茶屋で涼んでから行くか。
すいませーん、お店やってますー?
うお、混んでる。
……ええ、一名です。
相席? 俺は別に良いけど……相手の方が嫌だって言うなら別の店行くんで。
…………あ、大丈夫? そっちの席ね、オレンジジュースだけ先に頼んで良いですか?
相席失礼します。
こういう時、ニューラルリンクがつながってればいくらでも暇つぶしができるんだろうけどなあ……
ん? あぁお気遣いなく、餡蜜、お一人で頂いちゃってくださって。
メガネ? まあお察しの通り持ってないんですわ。どうなんすかこういう時、みんなメガネ使って暇つぶしでもしてんすか?
へー……動画ねえ、まあ概ね想像通りだわ。君はどうなの? あー、ソーマねハイハイ。
いや、別に適当じゃないよ、似たようなのは触った事あるし。
目的? 旅行で来たんだけど観光名所とか何も知らないからとりあえず街に繰り出したんだよね。
でも暑いじゃん? だから小休止がてらこの店に入ったんだよね。
え? 違う?
君に? ……どういう事?
……もしかして俺、ナンパ目的だと思われてる?
ごめん、もう子供が3人もいるからこれ以上は良いかなって……
え、違うの? ごめん、君誰なの?
俺? 俺はポケモントレーナーだけど……そう、ポケモントレーナー。
……俺から風を感じる?
ああいや、俺のことはいいんだけど君は……あ、やっぱ良いや、オレンジジュース無くなったからもう行くね。席ありがとう、ここは奢るよ。
変な子と相席になっちまったな……タイミングよくジュースが無くなってくれて良かった。
まあいい、冷房効いた室内で涼んでるうちに外の気温もちょっと下がったな。
気を取り直してやどりぎに向かおう。
──────
「あの風は……」
コトリタウン ひこうタイプの街
そんな街のジムリーダーを勤めるナギは、立ち去った青年からとある風を感じ取った。
巫女であるナギの一家に伝わる家宝、御神体でもあるそれはたった一つの爪。
常に自ら風を発生させるその爪は遠い遠い昔、神が与えた契約の証である。
そして、先ほどの青年からはその風と同じものを感じた。勘違いでは無い、ソレを間違えることなどあり得なかった。
至って凡庸な人間にしか見えなかった。
ただ……仮に、先ほどの風がそうであるなら、あの青年とはまた近いうちに出会う事になるに違いない。
「ナ、ナギちゃん……! さっきの男は一体!? 乱暴とかされたり!?」
ナギちゃんファンクラブの1人が話しかけてきた。彼らは時々暴走してしまうのが悪いところだが、ソレ以外はとてもお世話になっている。
「……大丈夫、彼から風を感じていただけ」
「か、風を……!? あんなぽっと出の男から……ム、ムキ────!!」
また騒がしくなってしまった。先ほどの風の残滓もどこかへ行ってしまったようだ。
ナギは、先ほど届いた餡蜜を食べるのに集中し始めた。
──────
これがやどりぎか……マタナキで木は散々目にしたけど、また違うものを感じるな。
直径100mはあろうかという木は幹にできた節が発光しており、そこかしこの枝にポケモンが停まっている。
これ全部ひこうポケモンってマジ?
誰かの手持ちなのかねえ……
翼が生えたやつ、背中にブースターがついたやつ、普通に浮いてるやつ、ポケモンの種類に統一性は無く、それこそ空を飛んでいるという以外に共通点は見受けられなかった。
しばらく探すと、リザードンが樹の上の方で寝ているのが見えた。
おーいリザードン、来たぞー。
……あいつ無視しやがった。
良いだろう、こんな木ぐらい飛ぶ必要すらねえ、登ってやるよ。
そう思ってルートを探していると、なんか囲まれてしまった。
お前ら何?
……ナギちゃんファンクラブ? 知らね
おう、それで俺に何の用だよ。
ん? バトルしろ? 俺、今手持ちがいねえんだけど……
関係無いって何? 会話成立してねえじゃん。
まあ良いや、来いよ。
……おー、漏れなく全員ひこうタイプのポケモンっぽいな。それで? 徒手の俺に空から遠距離攻撃か?
ああ、マジでやんのね……
大丈夫? これ警察来たらお前ら詰まない?
……警察にもファンクラブがいるから大丈夫ってなんだよ、腐り果ててんじゃねえか。
遠慮無くぶちのめしてやる。
オラ、わくわくすっぞ!
めっちゃ弱くてなんかすげえガッカリだったわ。
リザードンに良いところ見せられるんじゃねえかと思ったのに……
もう良いや、放っといていこう。
おーい、リザードン、良い加減降りてこいよー!
おっ……やっと降りてきたか。
何で降りてこねえんだよ。
せっかくあっちの方観光しようと思ってたのに……結構暗くなっちまったし戻る時の懐中電灯代わりに尻尾の炎使わせてくれ。
いでっ、ごめんて〜頼むからさあ〜。
……んほぉ〜、硫黄の匂いが混ざったリザードンの体臭たまんねえ〜。
お前も温泉入ってきたのか?
そうかそうか、温泉っつったら温泉卵なんだけど売ってたりしねえかな〜
そういや俺たちが今泊まってる宿が結構良い宿でさ〜頼めばリザードン用に良い肉も出るかもな!
ああ、あいつらは旅の疲れが溜まってたのか昼間から寝ちゃったよ。
寝る子は育つ、だな。
……なんだそのジト目は、あれだぞ、放ってきたわけじゃ無いからな!
みんな寝ちゃったから俺の相手してくれる人がいないでしょ! その間の暇つぶしだよ!
あ、女将さん。
こいつ、レッドの手持ちのリザードンなんですけど、こいつの分の夕飯って出せたりします? もちろん追加料金で。
……おお、良かったなリザードン。な? 言っただろここの旅館すげえって。
じゃあ一旦部屋行くか。
……あれ、でもお前足汚れてるな。
ちゃんと拭くんだぞ。
ああ、これはご丁寧にどうも。
布もらったからリザードン足出せ。
……これでヨシっと。
一応3人の部屋に顔だけ出しとくか。
扉をノックすると特に反応が無いので、寝てるのだろう。ただ、念のため確認はしておく。
「起きてるかー?」
「スゥ……スゥ……」
「失礼しましたー」
やっぱ寝てたな。
じゃあ俺の部屋行くか。
ん? こっちが良い?
お前鍵開けられんの?
……女将にもらってたのね。
じゃあまあ良いか。
再び温泉に入って、昼とはまた違った雰囲気の景色を楽しむ。どうやら夜はクソでか蛍がいるようで、あちこちで光っていた。
あんまし近くで見たくねえな、クソでか蛍。
ん? ……ああ、確かに俺はポケモントレーナーですよ。ええ、ポケモンってのはポケットモンスターの略ですよ、よくご存知で。
ふーん……ソーマで誰かが言ってた?
まあ俺じゃあ無いですね。
お兄さんは観光でこちらへ?
ああ仕事……就職……うっ、頭が……
すいません、上せないようにここら辺で上がらせてもらいますね。
ええ、じゃあまた。
はーあ、せっかくお風呂入ってたのに……
腹減ったなあ、3人とももう充分寝ただろうし一回起こして飯行くか。
リザードン、3人ともまだ寝てる?
寝てるねえ……
とりあえず夕飯の時間だから起こしていくぞ。
ゆさゆさ
ゆさゆさ
ゆさゆさ、バシッ
ゆさゆさ、バシッゲシッ
寝相悪いな……ホシノちゃーん、夕飯のお時間ですよー。
おいリザードン、レッドはどうだ。
ダメか……無理やり起こそう。
ホシノ、ほら起きな、夕飯だぞ。
…………!?
あのホシノが抱きついてきた、だと……寝ぼけてるな。
とりあえず1匹確保、次はアイリだな。
アイリ起きな、夕飯だぞ。
うん、食ったらまた寝て良いから……抱っこ? お前ら揃いも揃って抱っこじゃん。
いや、お父さんじゃ無いけど……目ぇ覚めたか?
どうしたどうしたいきなり泣き出して。
……ヨシヨシ。
まあ……10歳だもんなあ〜〜〜。
そりゃそうなるでしょ。
やっぱちょっとおかしいよこの世界。
揃いも揃って我が子を千尋の谷に突き落としすぎだよ。みんな横並びでどんどん突き落としてってるじゃん。
アイリが泣き止むのを待ち、一旦顔を洗わせた。ホシノも途中で起きて、俺に抱っこされてるという意味の分からない状況から慌てて降りてた。
アイリと手を繋いで、食堂に向かう。
「師匠、ごめんなさい……」
いやいや、謝ることじゃ無いから大丈夫だよ。親御さんには連絡してるんだろ?
「はい……」
いざとなったらすぐにマタナキに送ってやるからな。
ちゃんと言うんだぞ?
「……大丈夫、です」
ダメそう。
なんかすげえ野生って感じがするわ、この早い段階での親離れ。
まあ俺が旅を続けるのに変わりはないし、グズマ探しを引き継いでも良い。
顔は……デフォルメされた状態なら分かる。
白髪の人間もそこまで多くないし意外とすぐ見つけられる可能性もある。
なんならソーマでグズマ@全部ぶっ壊したい垢とか作ってるかもしれない。
というかソーマで探さなかったのかよ、とは今は聞き辛い。
そういうタイミングじゃない。
アイリ、いつだって選択肢を持っておいた方がいい。
辛くなったら何時でも帰れる家がある、出迎えてくれる人たちがいる。そう思うだけで、少しは頑張れるって時がある。
俺が元いた場所だと上司に怒られた時に、こいつの家には無いけど俺の家には生ハムの原木があるんだよなあ……で乗り切れる人だっている。
繰り返しになるけど、選択肢を持っておくんだ。
この世界を旅するってのはきっと、俺が想像するよりずっと危険で、おっかない。
街から一歩出たらそこにはとんでもなく強いポケモンがいて、そいつらは俺たちの命そのものを狙ってくる。
まあそういうのはホシノたちの方がよっぽど知ってるだろうから、詳しく知りたければあいつらに聞きな。
ただ、いつだって帰って良いんだ。
1ヶ月くらい休みを取って、家でのんびりして、また合流すれば良い。
…………まあ説教くさい話は良いか。
とりあえず飯食べよう、飯。
「台無しです、師匠……」
いや、そもそも俺みたいなガキがこういう説教じみた事を言うのは烏滸がましくてあんまり好きじゃないんだ……
あと飯が不味くなる。
よく考えたら師匠って呼ばれる程アイリに対してなんかしてないし、多分こういうの俺の役目じゃない。
「そ、そんなことないです! 師匠は……」
ま、まあ良いんだよ、そこの認識の差は……とりあえず飯を食べようって話で。
昼とは違うメニューだな、刺身もある。
ん〜、鯛だ。
醤油があれば完璧だったな。
醤油ってのは大豆をどーにかこーにかしてソースみたいにした奴のことだよ、詳しくは知らない。
いや、ソースと味は全然違う、刺身にソースはかけないかな。
ほら、アイリもどんどん食べな。
刺身美味しいぞ。
食べ終えたあと、おやしみ〜って分かれ、自室に籠る。アイスを食ってクソでか蛍を眺めていると部屋の扉が開いた。
リザードンだった。
ノシノシと部屋に上がると俺の隣に座り込んだ。
お前も食うか? ……一口で全部いったな、冷凍庫にいっぱい入ってるから好きなだけ食べな。
器用にもリザードンはあの鋭い爪の生えた指で冷凍庫を開け、アイスの蓋を取り外した。
お前意外と何でもできるんだな……
お茶でも淹れるか。
部屋にあったアメニティの中からアイスに合いそうな茶葉を選ぶ。
リザードン、お前ってお茶飲めるの?
いけるんだ、じゃあこれでいいや。
……やっぱ緑茶が1番だわ。
ほら、お前も飲め。
いやなんで熱がってんだよ、お前いつもかえんほうしゃとか使ってるくせに。
ソレはソレ、コレはコレ? そういうもんか。
ダラダラと喋りながら夜を過ごした。
なんというか、リザードンが持つ独特な雰囲気のせいだろうか、これまでとは違う夜だった。
──────
「あ! ポケモントレーナーさん!」
総合案内に来たら開口一番これだった。
起きたら3人ともいなかったので、しょうがないからここに来た。俺は所詮ニューラルリンクの繋がってない雑魚じゃけえのお。
今日はジムの場所を聞きに来ました。
「おお、ジムに挑むんですか!? マタナキタウンのジムバトル、私見てましたよ〜! ドダイトスはどこにいるんですか?」
ははは、と乾いた笑いで対応する。ジムの場所早く教えてくんねえかな……
「おっと失礼しました、コトリジムの場所ですけどこちらが地図でして……」
文字はわからんけど、地図に示されていれば雰囲気は分かる。なるほどな、やっぱり街の中心部にあるわけか。
……方位磁針だけでも買おうかな。
まあジムの場所は把握できた、ありがとうございます。
「いえいえ〜、あっ! ジムに挑む時は声掛けてくださいよ! 絶対行きますから!」
残念ながらみんなが見たいであろうドダイトスはいないんだよなあ……
ジムへの道を進む。昨日より心なしか空いている気がする。歩きやすくてとても良いけど、なんかあるのか? 昨日は休日だったとか?
ただ、何か妙な感じがある。
気のせいじゃなく、ジムに近付くにつれて視線が増えた。それもあまり穏やかじゃないタイプの。
無視してジムの入り口に入ると、隠すことすらせずに俺にガンを飛ばしている奴のなんと多いことか。
ジムとスタジアムが併設しているタイプのようで、今日来たのはジムリーダーの観察をするためなのでジム部分はスルーする。
『さあ、本日もこの時間がやってまいりました! 挑戦者はマタナキタウンからやってきたカイリくん! 対するは我らがナギちゃん!』
『ナギちゃあああああああん!!』
スタジアムでジムリーダーを観察してきた。どうやら昨日出会った少女がジムリーダーだったらしい。
名前はナギ、あのファンクラブとかいうのはそれか。
戦い方は至って堅実で、ひこうタイプが持つ素早さと一方的に空から攻撃をできるという利点を押し付けるタイプの戦術だった。
とはいえカムイを倒したホシノの敵では無い。
もろたで工藤!
終わり際、キョロキョロと辺りを見回しているナギに対して観客が一斉に可愛い〜とか言ってて鳥肌が立ったのは良くなかった。
なんかこう、よその内輪ノリってのは心に来る。もちろん、俺もナギを好きになればこのノリが分かるんだろうけど、余所者だからなあ。
街の隅に来た。
スタジアムから出た後、どこに行こうかと迷い、案内板を見たら地図の一部が空白になっていたので来てみたのだ。
工事を行なっているようで、入り口で立っている車両誘導員の方に差し入れを渡して内容を聞いてみた。
なんでも観光地開発を行っているらしい。
新しいリゾート地をつくる計画があり、広大な森林の一部を切り拓いたようだ。こんな世界でも商魂逞しい人がいるねえ。
ただ、問題もある。
住人の一部が反対してモンスターで襲撃を行い、開発を止めようとしているらしい。
ありがち〜〜
どうやらその森林というのが、この街の巫女とやらが護る聖域の一部らしく、そこの信者どもが反対しているのだとか。
確かに、フェンスの隙間から時折見える作業員やポケモンは死んだ目で材料を運んでいる。
ここが世界の果てか。
大変ですねえ、私はただの交通整理なんで、なんて会話を交わしていたら、俄かに森の方が騒がしくなってきた。
誘導員さんに木を倒しているのか聞いてみるとそんな予定は聞いていないとのこと。
つまりこれがその襲撃って、コト⁉︎
──────
土を忙しく踏み締める音、踏み付けられた木の枝が折れる音、幾重にも重なる、翼を振る音。
「アイリちゃん! 急いで!」
「はあ……はあ……!」
「リザードン、かえんほうしゃ」
アイリ、レッド、ホシノの3人はクロバットの大群に追いかけられていた。
珍しくなかなか起きなかった青年を置いて、3人だけで試練を受けてみようという話となった。
早速ということでジムに向かい、良い感じの試練を探した。
内容は森林に潜んでいるアナコンダ1匹の討伐。
こんな世界でもアナコンダは強い。
なぜならでかいから、しかも火を吹けるし毒も使う。
立派なモンスターだった。
とはいえ、3人がかりだ。
ヒーホー君、銃火器使いのホシノ、全バッジを獲得したレッドのリザードン。
ぶっちゃけ苦戦のしようが無い。
そういうわけで早々にアナコンダは討伐した。
別にソレは良いのだ。
問題はそこからだった。
アナコンダから漂う血の匂いに釣られてクロバットたちが現れたのだ。
血に群がり、あっという間に食い尽くした彼らが次に目をつけたのは肉の柔らかそうな人間たち。
数とは力、流石に3人もやってられないと遁走。
メガネを使って、最も近くて開けた場所をマッピングして目指した。
息を切らしながら森の端を目指し、木々の隙間から見えた光目掛けて飛び込んだ。
「にーげろ──ー!!!」
ホシノ達は作業服を着た大人やそのパートナーがたくさんいる場所に辿り着いた。
「な、なんだあああ!?」
「や、やべえ、今度は森から来やがった!」
「あいつら聖域とか言ってたのにそんなんアリかよおおお!」
「さ、3人で襲撃とか……ゲリラかよおおお!! ふざけんなああああ!!」
もう阿鼻叫喚である。
連日の襲撃で作業進捗は限界を超え、もはや違約金が天元突破するかどうかでしか無い。
死んだ目をした彼らはもう絶望しか無かった。
「おお! 何やら知らないが同志達が援軍を寄越してくれたのか! 行くぞみんな! 工事を止めるんだ!」
森からクロバット、便乗して街からナギちゃんファンクラブ。
「もうだめだ……もう、この現場は終わりだ……」
「悪い夢、いや、良い夢……やっぱ悪い夢……」
その光景を目にして作業員は目を回し、泡を吹いた。
「なんか知らねえけど、ホシノたちを襲ってるんだな?」
「む……! お、お前はナギちゃんファンクラブ会員番号01003、00645、02458、00018を病院送りにしたやつ! 邪魔する気か!」
「仲間を数字で呼ぶのは愛を感じねえな……リザードン!」
もう疲れ切って指示すら出せないレッド達を守るために懸命に飛び回って、クロバットを追い払っているリザードンがピクリと耳を青年の方に向けた。
「ほのおのうず!」
立ち上るほのおのうずはクロバット達を巻き込み、竜巻となって吹き飛ばした。
「トレーナー!」
「よっす、何やってんの?」
「あはは……ちょっとどじっちゃった〜」
「あんまし作業員の方々に迷惑かけるもんじゃ無いぞ……」
「わざとじゃ無いんだよ〜……」
もうヘトヘトで倒れ込んでいる3人を担いでその場から離れた。
この場にいたら巻き込まれちまう。
作業員達には悪いけど、こいつらの方が大事なんだ。
「もう我慢の限界だ! ファンクラブ共をぶち殺すぞ! 優しく対応してりゃつけ上がりやがって! もう現場なんて知ったこっちゃねえ!」
「かかって来い! 聖域は我らが守る!」
ほら、ね?