俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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9_強襲、ティアーズカンパニー!!

 朝、女将さんにものっそい勢いで扉をドンドンされて目が覚める。

 ホシノは目を擦りながら半覚醒状態だが、俺は嫌な予感がして飛び起きた。

 ……ナギから連絡、リオレウスが暴れかけているぅぅ!? 

 やべえ! すぐに向かわなければ! 

 え? ホシノが何で部屋にいるのかって……そんなどうでも良い事より今はナギだ! 

 浴衣のまま飛び出し、屋根上をダッシュして伝っていく。道を歩いてる警察とばっちり目があった気がしたけどソレどころじゃねえ! 

 も〜、朝からこんな忙しくなるならリオレウスなんか捕まえるんじゃなかったわい! 

 屋根上をドタドタと走っていけば、ナギの家が近付くにつれて衝突音が段々と大きくなってくる。

 あわわわわ……これ絶対やってるよお……土下座ルートかぁ!? 

 

 

 ──────

 

「チルタリス! はかいこうせん!」

 

 指示を出し、なるべくリオレウスのヘイトを買わない様にギリギリの位置を取る。

 彼の予想通りお腹が空いてさえいなければ問題無かったようなのだけど、餌をあげる為に近付いたらこれだ。

 泊まっているという宿にもう連絡はしてある。彼が来るまで私が相手をすれば良いだけだ。

 それにしても昨日まで野生だったからか、途轍もなく厄介ね……

 どうやらポケモントレーナーと戦った際に学習したらしく、攻撃を見極めて回避行動を取るようになっていた。

 こんなリオレウスは見た事がない。

 あんな短時間で学習行動を取れるモンスターはそう多くないはずだ。

 ナギは、資料として残す為にメガネの録画機能を付けていた。

 

 ジム戦にリオレウスで挑むプレイヤーは裕福層に多い。

 リオレウスを幼体から育てるのには金がかかるからだ。

 裕福層のプレイヤーは境遇ゆえにモンスターに対する知識も豊富で、旅の最初は快進撃となる事が多い。しかし、途中からはそうではない。そこまで裕福でなくとも旅をすれば知識は付いてくる。そして、裕福層とはいえ才能まではどうしようもない。

 昔はブリーディングによって強いプレイヤーを産み出そうした事もあったらしいが、何故か途中で能力が打ち止めになってしまった。単一の個体が持てる才能の限界だとか、遺伝情報の欠陥だとか諸説あるが、理由は結局不明らしい。

 そして、人より知識があったからこそ活躍していた彼らは、時が経つにつれて凡人となり、プレイヤーの波の中に消えていく。

 故に、リオレウスを持っているプレイヤーはそこまで強いわけではない。もちろん強いプレイヤーもいるが、それはリオレウスとは関係無かった。

 しかも、刷り込みによってプレイヤーを主人と認識し、彼らのパートナーとなったリオレウスは指示には従うが、調教の弊害か、指示がなければ動けない事が多い。

 だからこそ、ナギは興味を持ちながらもパートナーにする事は無かったのだ。

 自由な空を好む気質のナギとは真逆の、縛られた翼。

 

 しかし、このリオレウスは違う。

 負けて服従こそしたが、ソレは序列がついただけだ。上位者がいるだけであり、それ以外は野生そのもの。

 目の前の餌2匹を喰らう為に、翼腕を羽ばたかせた。

 一振りで猛烈な風圧を発生させ、一度空高くまで上がると、まずはチルタリスに狙いを定めた。

 昨日は飛ぶ猶予すら与えてもらえなかったが、リオレウスはこうして狩りをする。

 流星の如き速度で突っ込んでくるリオレウスに、ナギは指示を出す。

 

「正面から受けないで! すかした後はりゅうのいぶき!」

 

 チルタリスもそれに応え、突っ込んでくるリオレウスを避けてその背に紫炎を放つ。

 ナギは適当に攻撃を選んだわけではない。ドラゴンタイプの技はリオレウスにとても良く効くのだ。

 チルタリスとリオレウスの体格差を無視して、紫炎は物理的な圧力を発生させてリオレウスを地面に叩きつける。

 ナギはジムリーダー、保有するチルタリスも高い水準で鍛えられていた。

 舞い上がった土煙によって少しの間、リオレウスの様子が隠される。

 どうなったかナギが様子を見ていると、土煙を抜けて、火球がナギに向かってきた。

 

「きゃっ!」

 

 間一髪避けたナギからの指示が一瞬遅れ、空中のチルタリスの動きに迷いが生じた瞬間、一気にリオレウスは突っ込んだ。

 ドッグファイトの様相を呈したそれに、ナギも指示を飛ばす。

 肉声では届かない位置だが、メガネの音声指向機能を使えば問題無かった。

 

「背後を取って、とっしんを至近距離でくらわせて!」

 

 指示を受け、リオレウスの背後を取る。

 小柄なチルタリスの方が機動性能自体は上だった。

 オーラを纏って、リオレウスを叩き落とす一撃をお見舞いする為に接近し──―リオレウスの体が飜る。

 振り抜かれた尻尾とチルタリスがぶつかり、周囲に異音を放つ。

 リオレウスが青年から模倣しているのは特定の動きでは無かった。

 相手の動きを引き付け、反撃を食らわせる。

 カウンターの概念を身に付けていた。

 やがて衝突は収まり、2匹は正対する。

 空中でバッサバッサと翼を羽ばたかせる2匹。

 視線は交錯し、場が硬直する。

 技の応酬が始まった。

 衝突するたびに空気を揺らし、ビリビリと窓ガラスも揺れる。

 そこにドタドタと無様な足音が聞こえてきた。

 

「くっそ……! 朝から全力ダッシュとかついてねえ! ……ッハァ、ハァ……ナギ! 無事か!」

 

「ちょっと、あなた何で屋根の上走ってきてるのよ」

 

「こっちの方が早いと思って、それより怪我は無いんだな?」

 

 リオレウスも彼を見ていた。自らを圧倒した、小さくて強き者。

 野生の掟により、リオレウスは矛を収める。チルタリスになど用は無いと地面に降り、横たわる。

 

「お、おお……なんだ、まだ戦ってなかったのか? じゃあさっきの音とか空の影は……」

 

「戦ってたわよ! あなたが来たから落ち着いたんでしょ!」

 

「ご、ごめんなさい……それより餌を早く準備しなきゃな。ナギ、頼む」

 

「全く……準備はもうしてるわ。お肉を渡そうとしたら暴れ出したのよ」

 

「そ、そうなんすね……じゃあ俺が持ってくるから」

 

 青年は駆け足で餌を持ってきた。愛想笑いを浮かべ、非常に気まずそうである。

 

「ほ、ほーれ……リオレウス、肉ここに置いとくからな」

 

 チラリと青年を見たリオレウスはプイッと目を逸らし、青年が離れてからその肉を食べた。

 一仕事終えた青年がナギのところに来る。

 

「いやーマジでごめん、こうなるとは予想…………してたけど」

 

「連絡先も貰ってたわけだし、大事にはならなかったから良いわよ」

 

「恩に切るぜ、本当にありがとう。……それで、恩ついでになんだけど」

 

「…………はあ?」

 

 

 ──────

 

 

 いやーマジですまねえ! 朝飯まで作ってもらっちゃってよ! 

 朝起きて飛んできたからさあ、もう腹ペコペコで。

 この借りは纏めて今度返すぜ! 

 

「期待しないでおくわ」

 

 まぁまぁそう言わずに、何を作るんだ? 

 そういや朝飯といえば、以前はほぼ毎日、米に味噌汁目玉焼きだったんだけど最近は結構食生活が変わってさあ。稼いでる影響かね? 

 ナギも結構稼いでるんでしょ? キャビアとか米にかけたりしてんの? 

 

「はい、どうぞ」

 

 ドン、と机の上に置かれたのは米、味噌汁、納豆だった。

 あ、質素なんですね……

 かと思ったらナギは目玉焼き2個だった。

 

「ふんっ」

 

 ちょっと怒ってるやん。

 まぁありがたく頂きますよ。

 …………納豆うめぇぇぇぇぇ!!! 

 よく考えたら納豆食うの超絶久しぶりじゃね!? やばい、五臓六腑に納豆が染み渡る! 

 ありがとう、ナギ! 

 また食いに来るわ! 

 

「よくあなたそんなの嬉々として食べられるわね……おじさんと趣味が似てるのかしら」

 

 故郷で食ったっきりしばらく食って無いからな! 

 記憶喪失だからアレだけど、納豆は好きだぜ! 

 お前のおじさんとは気が合いそうだ、治ったらぜひ会わせてくれ! 

 おじさんから納豆もらって旅の保存食料にしよう! 

 

「……好きにしたら?」

 

 その為にも早く、ナギのおじさん治さなきゃな! ……あぁいやすまん、不謹慎だった。

 ……そうだ、ホシノたちほったらかしだわ。

 食器だけ片すか……

 すまんナギ、一旦はコレでお暇するわ。

 じゃあ、お邪魔しましたー! 

 

 1人になった室内で、ナギは彼が片付けた食器を見る。おじさんが入院してから、誰かと朝食を食べるのは久しぶりだった。

 朝から騒がしくて、とても忙しかった。

 今はとても静かだ。

 静かなのは好きだ。風をしっかりと感じることが出来るから。

 うるさいと、風は逃げてしまう。巫女として、風を感じられない場所はあまり好きでは無いけど……今は耳鳴りがして、誰もいないのに風も聞こえなかった。

 

 

 ──────

 

 

 ぐでーっとなってるリオレウスを見る。

 今はおとなしいけど、やっぱり腹減ってると抑え効かねえよなあ。コレは早めに終わらせてさっさと野生に帰した方が良さそうだなあ。

 ああいや、ホシノのバッジ獲得もあるから、そっち終わらせたらって感じか。

 そういや俺のパートナーランクって今いくつだっけ……帰り際にジム行くか。

 

 ジムに寄ると、いつも通りの敵意マックスニンニクマシマシアブラオオメカタメの視線が飛んできた。

 あ、ダメだこれ、ラーメン食べたい。

 受付の姉ちゃんに近寄り、俺のパートナーランクを聞く。

 

「2ですね」

 

 な、何だってぇ!!!??? 

 ドダイトスを捕まえ、ジムリーダーを倒し、更にリオレウスを捕まえた俺のパートナーランクに変動無しィ!? 

 う、嘘だろ……これは陰謀だ……誰かが俺を陥れようとしてるんだ! 

 いやどういう事だよマジで、キレそう。

 

「あなたのプレイヤーとの試練受注回数はえーと、直近で2回ですかね、マタナキタウンでの記録です」

 

 ……そういや俺、全然試練受けてねえ。ホシノたちはちょいちょい受けてるはずだけど、そういう事か。

 いや、でもジムリーダー倒したのに対しては俺も公式になんか載ってたりとかさあ……

 

「そもそもジムリーダーに挑むのはプレイヤーの特権です。パートナーは試練を受ける事は出来ますが、それでもジムリーダー戦の主体はプレイヤーです」

 

 ……お、覚えてろよおおおおおお!!! 

 いつか遠い未来、文字が読めるようになったら速攻でパートナーランクマックスにしてやるからなああああ!!! 

 俺は逃げ帰り、3人部屋にいるリザードンの腹に飛び込んだ。

 モフモフ

 モフモフ

 モフモフ

 モフモフ

 ああ……このモフモフだけが俺を癒してくれる。

 聞いてくれよリザードン、みんなが俺のことをいじめてくるんだ……リザードンは分かってくれるよな? 俺が頑張ってるって。

 ウンワカルヨー

 そうだよな、ありがとうリザードン……

 そっと頭に手を添えられる感触に見上げると、リザードンは無の顔をしていた。

 どういうこと? 

 後ろを振り返るとレッドの手だった。

 

「お兄さんは頑張ってるよ」

 

 ママ……

 レッドは私の母親になってくれるかもしれなかった女性だ……

 

「母親……?」

 

 ありがとうなレッド、今俺、傷心中なんだ……

 

「知ってる」

 

 知ってるの!? 

 びっくりして起き上がった俺にレッドはタブレットを見せてきた。俺と情報を共有する為にわざわざ買ったらしい。

 レッド……お前良い嫁さんになるよ。

 そして見せてもらったのはソーマに投稿されてる動画。また盗撮されとりますやん……

 

『お姉さん、俺のランクって幾つか教えてもらっても? はいこれIDカード』

 

『あら、あなたは……えーと、2ですね』

 

『えぇ!? あんなに頑張ったのに!?』

 

『あなたの試練受注回数はえーと、直近で2回ですかね、マタナキタウンでの記録です。何か頑張られたんですか?』

 

『うぐ……で、でもジムリーダー戦とか……貢献度的な……』

 

『はあ……そもそもジムリーダーに挑むのはプレイヤーの特権です。パートナーは試練を受ける事は出来ますが、それでもジムリーダー戦の主体はプレイヤーです』

 

『あ…………お、覚えてろよクソが! 試練なんて今度全クリしてやっからなああぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 さっきの俺だった。

 ダッシュで逃げ出してるのを第三者視点で見るとびっくりするほど情け無いな……

 スワイプするとコメントを見ることができた。

 

『草』

 

『草』

 

『草』

 

『三下過ぎる……あまりにも……』

 

『悲しいな、これが二つ名持ちをゲットした男の末路か……』

 

『草、なんで最初から撮られてんだよ』

 

『プライベートの存在しない男』

 

『ちゃんとプレイヤー登録してたら凄かっただろうになあ』

 

『俺たちのドスニキが三下になっちまった』

 

『元から三下だったような……』

 

『なんか最近はリオレウスを捕まえたとかいう噂が』

 

『どういう事なの……』

 

『三下なのか凄いのかハッキリしろ』

 

 電源を切る。

 リザードンを布団にしようと振り向いたら何もいなかった。

 あれ? 

 

「リザードンは飛んで行ったよ」

 

 座布団を並べて寝転がる。

 あーあ、もう今日は何もやる気が起きません。こうして一日中寝転んでることにしました。

 朝からダッシュしたから疲れたしな。

 まさか直接のダメージの後にまた同じダメージを食らうとは思わなかったよ。

 釘パンチみてえだ。

 ……ああいや、レッドは悪く無いよ、心配してくれてありがとう。

 そういや2人は? 

 ……え? ホシノが俺の部屋に閉じこもっててアイリが説得してる? 

 意味が分からん。

 え、何でいきなり不機嫌に。

 ……うん……うん……確かに2人で寝たな。

 …………? 

 ……あぁ、ホシノが取られて悔しかったのか! 

 ごめんごめん、昨日はちょっとな。

 ……どうした? 

 違う? 何が? 

 俺? 

 …………ああ〜! みんなで寝ればいいのにって事ね。

 でもほら、みんな年頃だしあんまり、な? 

 嫌だってわけじゃないぞ? 

 じゃあ良いじゃんって……う、うーん……

 

 女将さん、年頃の女の子って難しいっすね……

 え、浮気? 誰が? ……俺? 

 どういう事? 

 ……ナギ? 

 す、すいません……何の話ですか? 

 朝の出来事を思い返してみろって言われても……

 女将さんが来て、宿を出て、リオレウスを静かにさせて、飯食って、ジム……はどうでも良いけどそれで帰ってきましたね。

 ……何でため息をついた? 

 女の子を放っておいて別の女の子のところへ? 

 ひ、人聞きが悪過ぎる……確かに単純に分解すればそうなるかもしれないけど、そこまで単純化出来るものでも無いというか。

 ごちゃごちゃ言わないで謝ってこい? 

 はい……

 

 

 ──────

 

 

「ホシノさーん、出てきてくださーい……はあ、師匠はどこに」

 

「アイリ」

 

 ホシノに呼びかけ続けていたアイリは肩を跳ね上げさせると、一気に詰め寄る。

 

「うおっ、どうした?」

 

「何でホシノさんを放っといて一人で行っちゃったんですか!」

 

「……き、緊急事態だったからです」

 

「ホシノさん布団の中に閉じこもっちゃいましたよ! 絶対に師匠のせいですからね! 何とかしてください!」

 

「は、はい」

 

 ぷりぷり怒ってるアイリは3人の部屋に戻ってしまった。

 恐る恐る扉をノックする。

 

「ホシノー……俺だ、入っても良い……ですか?」

 

 もう何が何だか、敬語になってしまった。自分の部屋に入るのに許可が必要な理由もわからんし、そもそも何で閉じこもったのかすら分からん。

 まず、謝るって何を? 

 なんか致命的に分かってない事があるのは間違い無い。

 

「は、入るぞー……」

 

 部屋に入ると、布団の配置は朝と変わっていなかった。ただ、布団が膨らんでいて、その中にホシノがいるのは明らかだった。

 にゅっ、とホシノが顔を出してくると涙目で言い放った。

 

「も、もうおじさんはダメだ……あんなところ見られたら、お外歩けないよ〜」

 

「どんなところだよ」

 

 一人称をおじさんにしてる事以上に恥ずかしい事とかあるのか? 

 

「お、男の人の部屋に寝泊まりしてるのを見られたんだよ!?」

 

「はい……? それを気にするなら何故俺の部屋に……?」

 

「う……べ、別に良いじゃん……」

 

 女将が浮気が何とか言ってたから怒ってるのかと思ったら、全然違うじゃん。

 心配して損したわ。

 なんかイラッと来たので布団を引っぺがす。

 

「うわ! や、やめてよ〜……」

 

 隠れ蓑を失ったホシノはうつ伏せになってしまった。

 昨日寝た時と同じ、浴衣のまんまだ。

 

「良い加減着替えろ」

 

「うう〜……お兄さんは鬼畜だー!」

 

「鬼畜でも家畜でもトゲチックでも良いから、ほら、起きるぞ」

 

「…………じゃあその代わり抱っこしてって〜」

 

 何なんだこいつは……

 米俵のように肩に担ぎ、アイリ達がいる部屋に放り込む。さっさと着替えてこい! 

 

 別に意味は無いけど女将さんには一応、経緯を報告する。

 浮気がどうとかいう、そこらへんの誤解に関してまるっと説明したら、またため息を吐かれた。

 この宿の唯一の欠点は、女将が人の話にため息を吐くところだな。

 

「良い男だと思ってたけど、ソーマで色々言われてるのにも理由があったんだね……」

 

 何やら不穏な事を言いながら女将さんは管理室に入っていった。

 ……ソーマに蔓延る邪悪どもめ! 俺のことを盗撮して好き勝手言いやがって! 有る事無い事吹聴して俺をどうしたいんだ! 

 地団駄踏みながら3人の部屋に行くと、レッドがホシノを追い詰めていた。

 あははー……なんて愛想笑いしながら何かを誤魔化しているホシノをレッドがジト目で見ている。

 修羅場か! 修羅場なのか!? 

 

「あっ! ほ、ほら、お兄さんも来たし、私まだ朝ごはん食べてないからさ〜……」

 

 レッドのジト目は今度は俺に向き、ズイズイと近寄ってきた。

 なになに何なのどうしたの。

 今日の予定の話? 

 

「ん!」

 

 レッドは一枚の紙を突き出した。

 うん? これは……仲居さんが持っていた家族部屋紹介のやつ? 

 ……さっきの話の続きか? 

 

「そう」

 

 いや、さっきも言ったけど年頃の女の子達と男を一緒くたに部屋に入れるのはあまり健全とは言えないんじゃないかなーって……

 な、なあ? ホシノ。

 

「えぇ? ……分かんなーい」

 

 おい、逃げるな、お前が始めた物語だろ。

 ……いや、レッド……ほら、アレだよ。

 

「どれ」

 

 あの……アレ……

 

「こっちの方が安い」

 

 そ、それはそうなんですけど……あっそうだ! 俺はお金管理してないからホシノが決めればいいんじゃないかなあ!? 

 

「ホシノはお兄さんに聞いてって」

 

 おい、おじさん! こんな時だけ俺に投げんな! 下手くそな口笛吹いてんじゃねえ! 

 そもそもアレだよ!? ただでさえ盗撮され過ぎてソーマに俺の動画が氾濫してるっぽいのに、そんな事したらもう俺の評判が取り返しのつかない事になるよお!? 

 ……アイリ! アイリは嫌だよな!? 俺が女の子を部屋に連れ込んでるみたいに言われるの! 

 

「……今も師匠の部屋に結構行っているような?」

 

 アイリィィィィィィ!! 

 

「そもそも、何が嫌なんですか?」

 

 ……いやもうぶっちゃけて聞くけどさ、俺ってソーマで何て呼ばれてんの? 女将がなんか変なこと言ってたんだわ、俺がソーマで色々言われてるとか。

 一例でいいから教えてくれない? 

 

「えーと……大ゴキブリとか?」

 

 大ゴキブリ!?!? ドスニキはまだ分かるけどゴキブリ!? あの黒いやつ!? しかも大!? 

 

「そのゴキブリだと思います……一応動画も……」

 

 また動画! はー、良いですねこの世界は! 

 肖像権なんて無し! 俺のプライベートなんてなんのその! 

 良いぜ、かかってこいよ。見てやるよ、そのゴキブリとやらをよ。

 

「うへーお兄さんが壊れちゃったよ〜」

 

 見せられた動画は、俺がマタナキの牢屋から脱出した直後の物だった。

 レッドとホシノを抱えて飯屋に直行している動きが滑らか過ぎるのと、2人の脚がダラーってなってるのが六本足を連想させて大ゴキブリとか言われているらしい。

 じゃあ3人でゴキブリじゃん。

 そう言ったら、お姫様たちから罵詈雑言の嵐を食らった。

 泣きそう。

 

 

 ──────

 

 

「ふふふ、私は最初から分かっていましたよ」

 

 仲居さんが道中でニヤリと笑っていた。

 レッド達と一緒に受付に行き、部屋を変える手続きを済ませる。

 サインとかの諸々はホシノに任せて俺は後ろでボケーッとしていた。なんか色々話しているようだが聞く気にならん。

 そういや、手持ちの金もそろそろ少なくなってきたな。なあホシノ、そろそろ小遣いくんねえ? 

 

「あとでね〜」

 

 ほーい。

 ……いや、こんな事してる場合か? 俺のランクを上げるためにも試練を受けるべきなのでは? 

 まあ、文字が読めないから3人の誰かが同伴してないと試練を受けることすらできないんですけど。

 不便過ぎん? 

 勉強すれば良いじゃんって思われるかもしれないけど、話し言葉が同じなのに書き言葉の体系がまっったく違う。もうね、脳が混乱してそれどころじゃないわ。レッドも日本語の勉強挫折してふて寝してたし。

 つまり、無理ぽよって事。

 あとで誰か誘って行くかあ……ホシノとアイリのどっちかだな。

 レッドを連れてくと全部吸われちゃうし。

 基本的には、ランク差が大きい相手と試練に行くと、プレイヤー・パートナーの関係でも無い限り、ランクが高い方に貢献度は全部渡される。

 寄生を防ぐためらしいな。

 念書を書いて、メガネでちゃんと録画していれば問題無いらしいけど。

 なあ、アイリ。

 

「なんですか?」

 

 後で一緒に試練行かない? 1人だと俺何も出来ないからさ。

 

「……わかりました! 私がすべて、師匠のお世話をします!」

 

 うん……嬉しいけど、ちょっと違うかな。それだと俺が本当に何も出来ないニートみたいな感じになっちゃうね。

 ほら、また後ろでなんかヒソヒソ言われてるよ。

 あんな子供に……とか聞こえてきたし。

 受付のお姉さん、違いますからね? 

 

「えぇ、はい」

 

 ニッコリと、ゆっくりと、対応を拒絶された。

 なんか、イメージアップ戦略とか無いかなあ……企業の広告塔になればもしかしてイメージ良くなったりする? 

 

「何の話?」

 

 ん? ……おお、ナギじゃん。

 チルタリスも一緒か。

 リオレウスはあの後暴れてないよな? 

 

「ええ、取り敢えずはお腹いっぱいで寝付いたようだったから報告しようと思って」

 

 お疲れ、悪いな面倒な役やらせて。

 

「治安維持もジムリーダーの仕事だから問題無いわ」

 

 さっすがあ! ところで今日はファンクラブの奴らは一緒じゃないのか? いつでもくっついてそうなイメージあるんだけど。

 

「私の部下というわけでは無いのよ、流石に分からないわ」

 

 統制の取れてない集団ほど恐ろしいものは無いな……そうだ、ちょっと向こうで、良いか? 

 

 受付から少し離れたところで改めて話をする。

 ティアーズカンパニーを襲撃する日なんだけど、いつにするか決まったか? 

 え? 決まってない? 

 おじさんを治す方法を先に見つけたい? 

 うーん……それはいいんだけど、リオレウスが危ないと思うんだよなあ。

 あいつはあくまで野生のままだから、不用意にファンクラブのやつらが近付いたりしたらバクッといかれておしまいだぞ。

 私がちゃんと説明するって? まあ、それならそれでいい。

 だけど、リオレウスを四六時中監視してるってわけにもいかないし、なんか方策でもあるのか? 

 俺はてっきり数日で強襲かけるのかと思ってたから、そこら辺は考えてないんだよ。

 まあジムリーダーの実力を疑うわけじゃ無い、純粋に心配してるだけだ。

 お前が1人でアレを抑え込む? それは……力技過ぎないか? 

 あと負担がデカすぎる、おじさんを治す方法はどうするんだよ。

 俺にはそんな伝手なんか無いぞ。

 お前だって、他のジムリーダーに連絡が取れないから俺なんかに頼んだんだろ。

 何とかするって……なんか、おかしく無い? 

 

 ナギと話したけど、なんか様子がおかしい。

 俺がこっち来た後になんかあったのか? 

 ザワザワとなんか嫌な予感を感じる。

 試練受けてる場合じゃ無いのかもしれねえなあ……

 当初想定していた以上に今回の件、闇が深そうだ。

 ナギはもう家に帰っちゃったけど、後でまた様子見に行くか。

 

「手続き終わったよ、おじさんもう手が疲れちゃった〜」

 

 プラプラと右手を揺らして、疲れたアピールをしてくる。

 そんじゃあ、ホシノはまだ朝飯食ってないから腹減ってるだろうし飯、食べに行くか。

 

「私も食べてないです実は」

 

「私も」

 

「もう動けないよ〜」

 

 なんで? 俺がナギの家に行ってる間に食ってるもんだと思ってたわ。

 

「師匠を待ってたんですけど」

 

 ほんまごめん……

 アイリの冷たい視線は俺に良く効く。

 それじゃあほら、ホシノは乗っかれ。

 

「よいしょ、っと……いざ出発〜」

 

 3人のお姫様の食べたいものを聞くと、あんまり味が濃く無いものが食べたいとのことだったので、それっぽいレストランに入る。

 

「おじさんはAセットにしよーっと」

 

「私も」

 

「えーっと、私はBセットと……」

 

 チラチラとアイリが隣からこちらを伺ってくる。

 何でも好きなの食べていいからな。

 

「えへへ……じゃ、じゃあプリンも……」

 

 プリンなんて可愛いもんよ、いくらでも食べな。

 なんならこのアマサダとかいうやつも食べるか? 

 

「流石にそんなには食べられないです……」

 

 じゃあ俺はDセットにしようかな。

 納豆ご飯は美味かったけど、ナギサイズだから正直量が少なかった。

 

「朝からそんなに……男の人っていっぱい食べるんですね」

 

 言うほど多くも無い。

 アイリ達はまだ小さいからたくさん食べないでもお腹いっぱいになるだろうけど、俺ぐらいになるとこれぐらいが普通だ。

 そういや話は変わるけどアイリ、やっぱさっきの話はナシになりそうだ。

 

「え」

 

 何でそんな心底ショックみたいな顔するんだよ、俺のお世話しなくていいの楽だろ。

 ……何でそんなモニョモニョしてんの。

 何だホシノ。

 いや、別にいじめてないだろ、ちょっと予定が変わったんだよ。

 あーもううるさいうるさい! 

 

「せっかく師匠のお役に立てると思ったのに……」

 

 何を気にしてるのかと思えば、死ぬほどどうでも良い事だった。アイリ、お前はお兄ちゃんを探しに来たんだろ? 

 レッドとアイリは本質を見失っちゃダメだって、一番大事な事は2人とも覚えてるだろ? 

 旅を楽しむなとは言わないけど、俺の心配とかいいから。

 

「……ばか」

 

「……ししょうのばか」

 

「ば〜〜か」

 

 何が馬鹿なんだ、むしろ俺が一番目的を見据えてて賢いだろ。

 え? 違う? 

 目的、合ってるよな。

 それじゃない? 

 ……何で心底からバカを見る目をしてるんだ! 俺の言うことの何が間違っとるんだ! 

 …………仲間として俺の役に立ちたい? 

 ……じゃあ俺が間違ってるわ、ごめん2人とも。

 

「お待たせいたしました〜」

 

 3人のご飯が届いたので先に食べるように促す。俺は一応すでに朝飯を食ってはいるから、多少遅れてもいいしな。

 

「これ美味しいですよ、師匠! 一口食べます?」

 

 じゃあもらうわ。

 

「あーん!」

 

 あーん……うん、美味いな、ピクピクにんじん単体だけど。

 

「はい、おじさんからもあーん」

 

 あーん……うん! ニンジンがうまい! 

 

「あげる」

 

 おっ、レッドはちゃんとハンバーグくれるんだな、ありがとう。

 

「あーん」

 

「あーん!」

 

 そしてそれはアイリの口元へ。

 なんだあ? てめえ……

 

「大変お待たせいたしました〜Dセットでございまーす」

 

 やっと来たか、そんじゃあ頂きますかね。

 ……あ? 

 その徽章は確かティアーズカンパニーの……なぜ警察を伴って? 

 

「ご同行願います」

 

 全く、腐り切ってるぜこの街の警察はよ……ファンクラブだのティアーズだのと、子供達を不安がらせないでもらっていいか? 

 とりあえず着いて行くから、3人とも続きを食べてな。

 店を出て、前にティアーズカンパニー、後ろに警察という順番で着いていく。

 細い路地裏に入り、少し進んだところで後ろの警察をぶちのめす。

 

「ちっ……おい!」

 

 周囲からは顔を覆い隠した忍者みてえな奴らが現れた。

 そりゃそうだよね! ナギの家に盗聴機ぐらい仕掛けてるよね! 

 忍者どもはそれぞれがポケモンを伴っており、本人達も物騒なものを持っている。

 なんかホシノみたいな輪っかをくっつけてる人型ポケモンとか、メカメカしいアンドロイド型のポケモンとかもいる。

 

「やれ」

 

 一斉に飛び掛かってくるそれを見て、正直興奮した。

 まるで映画のワンシーンみたいだ! 

 でも、徽章は外してくるべきだったんじゃないかなって……

 

 たでーま。

 ……ん? いやなんか勘違いだったみたいで、途中で帰っちゃったよ。

 ……あれ、俺のDセット……米しか残ってないんだけど。

 おいレッド、なに口をもぐもぐさせてんだ。

 美味しかった、じゃねえ! 

 

 

 ──────

 

 

 あれから2ヶ月、ホシノを可愛がったり、ティアーズの襲撃を退けたり、アイリを可愛がったり、リオレウスの暴走を止めたり、レッドを可愛がったり、ナギの様子を見に行ったりしていた。

 あの時様子がおかしかったのは、入院していたおじさんの容態が変化したからだったらしい。

 そもそもおじさんが入院しているのすら知らなかったからビックリしたわ。

 何でも、おじさんは先代のジムリーダーだったらしく、何かの病気のせいでほんの一年前に辞めたのは有名な話らしい。

 俺が知るわけあるかあ! 

 

 ただ、唯一の肉親の調子が悪くなったという事で、様子がおかしかったのは納得した。

 そりゃあそんな心持ちで強襲なんて出来るわけが無い。俺に出来るのは様子を見に行くことと、リオレウスと模擬戦をする事だけだ。

 本当はアイリ達とジムリーダー戦、つまりは対ナギ戦に備えて特訓をしたかったんだけど、流石にそういうわけにもいかない。

 

 変わった事と言えば、ちょくちょくと3人が試練に出かけて、ヒーホー君のパートナーランクが上がった事、ナギの家に出入りしている俺に対するファンクラブからの風当たりが強くなった事、リゾート開発がさらに進んでいる事だろうか。

 後アレだ、寝る時暑くてしょうがない。家族部屋で寝るようになって、夜、気付いたら布団の中でレッドとホシノが引っ付いてる、寝相悪過ぎ。

 

 ナギは正直なところ元気が無いし、ティアーズ関連になんの進展も無いまま2ヶ月経ってしまったよ。

 お前ジムリーダーなんだからそこはしっかりしてくれよ、とは思えない。だってジムリーダーになって一年だもんげ……

 しかも最近は飯を作ってる時に唐突に泣き崩れたりして、正直ヤバい状態です。

 精神科とか無いんかこの世界、と思って総合案内で聞いてみたら、精神疾患? 何ですかそれ? って反応だった。

 ホシノ達にも一応相談してみたけど、俺に一任するとの返答が来た。

 一任って何? 俺に何が出来るん? 

 なんか協力とか……って聞いてみたら俺1人の方がいいってさ。

 もうあいつらなんか知らない! 

 

 ……え、ちょっと待って! 俺がポケモントレーナーとして異世界に来た時にめっちゃ可愛いポケモンゲットして旅してる途中で、精神科も周りにいないからメンタルやばい女の子のカウンセリングする羽目になった話聞く!? 

 ……いやチルタリス、お前は何でボケーっと突っ立ってんだよ、ナギのパートナーなんだろうが! リザードンを見習えリザードンを! あいつの察しの良さを真似しろ! 

 あとファンクラブどこ行った! 何で最近顔見せねえんだ! 

 

「…………」

 

 ナギは今日も家の縁側に座り込んで、寝ているリオレウスを見ている。

 俺はその光景を後方理解者面しながら見ている。

 チルタリスはボケーっとして、時折地面を突いて虫を食べている。チルタリス君さあ……

 よいしょとナギの隣に座る。

 やる気、出ないか。

 

「……ごめんなさい」

 

 んんん! 違うぞ、責めてるわけじゃないからな? 

 

「全然、考えがまとまらないの」

 

 うーん……じゃあ、俺が代わりにやることだけ整理すると、これは2ヶ月前にも散々話したことだけど、一つ目はおじさんの洗脳解放、二つ目はティアーズ強襲、この二つだな。

 そんで今、おじさんの方に着手しようって話なんだけど……一昨日もおじさんの所に行ってたよな。

 

「……目を覚ましてくれないの」

 

 それは聞いた。外傷性のものじゃないんだろ? あんまり深く聞くのもなと思って、これまで聞いてなかったから今更なんだけど、何の病気なんだ? 

 

「お医者様も、それが分からないって……」

 

 …………は? 

 原因がわからない? おいナギ、それって。

 

「一年前に診断してもらってるのよ……結局原因不明で、それから体調を崩し気味になって……」

 

 ……なんでそんな、大事な情報を俺に教えないんだ? 

 

「……あなたに何が出来るのよ」

 

 ……一年前から医者でも原因不明の体調不良で、ティアーズカンパニーに赴いたら洗脳されて帰ってきて、それで最近体調を崩してって……この状況にお前、何も感じないのか? 

 その質問をしてすぐ、やってしまった、と思った。今も苦しんでいるナギに対して掛ける言葉としては間違っていた。

 ナギは、俺を睨みつけると悲しそうな表情で叫ぶ。

 

「…………何を感じろって言うの? これ以上、何を感じればいいの!?」

 

 ……そうだな、悪かった。当事者と傍観者じゃあ見え方も違うか。とりあえず、俺はやることができたからリオレウスは連れていく。

 お前は休んでろ。

 

 

 ──────

 

 

「もう、どうしたらいいのよ……」

 

 リオレウスの背に乗って飛んでいく青年を見て、ナギはもう、気が狂いそうで仕方がなかった。

 

 一年前、おじさんが突然に倒れて、医者でも原因不明で対処方法は無いと診断された。

 幸い、その時はすぐに復帰できたけど、万が一という事で、巫女であった私が代わりにジムリーダーを務めることになり、元々はおじさんのパートナーだったチルタリスと一緒に、しばらくは頑張っていた。

 でも、おじさんが突然ティアーズカンパニーに会いに行くと言って、変な契約書を持って帰ってきた。

 それは、聖域の一部を売り渡すという内容だった。

 当然反対したけど、おじさんは虚な表情で私の言葉が聞こえていないかのような振る舞いをしていた。

 それから、おじさんは入院しっぱなしになった。

 ティアーズカンパニーに何かされたに違いないと思いつつも、忙しくて何も出来なかった。

 

 ジムを切り盛りするのに疲れ、たまにはと思って入ったのがあの甘味処だった。

 1人で楽しんでいたけど、相席を頼まれて了承したら彼が目の前に座った。

 軽薄そうな雰囲気にティアーズの回し者なんじゃないかと思って警戒していたら、全く違ったようで引き攣った表情で出て行ってしまった。

 その際だった、あの風を感じたのは。御神体から発されるのと同じ、穏やかで清廉な風。

 

 偶然、再会したのを折に協力を頼み込んだ。

 するとやはり、彼とその仲間は、私の一族が信仰する神である天津禍土のことを知っており、さらには直接会ったと言うのだった。

 出会って数日だけど、風を纏う彼が言うのならば信じるしか無い。

 協力者を得て、ティアーズカンパニーの悪事を暴こうと意気込んでいた、その矢先だった。

 おじさんの意識が戻らなくなった。

 その連絡を受け、身体に力が入らなくなった。

 やろうと思っていた事や、やらなければならない事が手に付かなくなった。

 家から出もしない私を見かねたのか、ポケモントレーナーを名乗る彼は何度も訪ねてくれた。

 1人だと食べる気がしなかったご飯も、2人ならなんとか食べることができた。

 何度も話しかけてきて、聞いた事もない楽しい話を聴かせてくれる。その間だけ、現実から目を背ける事ができた。

 このままの日々でも良いと、そう思った。

 けど、彼は旅の途中だと言う。いずれはこの街から出ていくし、そうなったら私はまた1人だ。

 最近はファンクラブの人たちに脅迫が行っているらしくて、あんなに慕ってくれていたみんなとも連絡が取れていない。

 そしてついに、彼も愛想を尽かしたのか、リオレウスと共にどこかへ飛んで行ってしまった。

 涙が止まらなかった。

 

「どうすれば……よかったのよ……」

 

 限界、そう、限界だった。

 そもそもが無理な話だったのだ。彼女は巫女をやっていただけの小娘で、彼女のおじさんみたいなバトルの才能は無い。チルタリスだって十全に使いこなせないし、こんな広い屋敷も彼女1人では手に余る大きさだった。

 彼女はすでに、十分過ぎるほどに頑張っていたのだ。

 ナギは、膝を抱えて現実逃避をするしか無かった。夢の中なら、いつだって楽しい事が待っているから。

 自由に空を、楽しく、何も考えずに飛び回れるから。

 

 

 ──────

 

 

 突然の衝撃と音に、ナギは目を覚ます。

 膝から顔を上げると、どうやら数時間が経っていたようで辺りはもう暗くなっていた。

 そして、庭にリオレウスが戻ってきている。

 月明かりの中でも分かるほど血だらけで、降りてきたというよりは墜落したといった様子だ。

 先ほどの音はこれだろう。

 一体何が? 

 混乱しつつも、万が一に備えてチルタリスを近くに呼ぶ。

 そもそも、このリオレウスは彼のパートナー……では無いらしいけどそのようなものだ。

 彼は一体どこに? 

 そう思い、リオレウスに近付くと翼の下に肌色が見える。

 人の腕だ。

 

「ちょっと……あなたなの?」

 

「……ぐっ、くそ、動かせねえ……」

 

「ねえ、聞こえてるの?」

 

「……ナギか? 悪いんだが、こいつの翼をちょっとどかしてくれ」

 

 チルタリスにリオレウスの翼を持ち上げてもらい、彼を引き摺り出すと、彼も全身血だらけで、一際目を引くのが胸にできた大きな切り傷だった。

 

「だ、大丈夫なの!? ちょっと待ってて……今、応急キットを……」

 

「ああ、頼むわ……くそ、アイツらに怒られるな」

 

 包帯や綺麗な布を持ってきたナギは、青年の身体についた血を拭き取り、消毒して包帯を巻いていく。

 

「……何があったの?」

 

「あいてて…………ティアーズのやつら、とんでもねえ化け物を飼ってやがった」

 

「え? ……あなた、まさか1人で戦いにいったの!?」

 

「ああ、誰かさんは戦えるような状態じゃ無かったからな」

 

「言ってくれれば……」

 

 バカ言え、と青年は真剣にそれを否定する。

 

「命と命がぶつかり合う時にはな、迷ってるやつか、そいつを庇ったやつから死んでいくんだよ」

 

「…………」

 

 言外に、足手纏いだと言っていた。

 青年はしかし、彼女に笑いかけた。そんな事はもうどうでも良いと言わんばかりに。

 

「だけど、もう大丈夫だ。お前のおじさんも直に元通りになる、聖域の話にもカタはつけた」

 

「何を言って……」

 

「ウツロイド、ウルトラビースト、なんとかホール、うろ覚えだが、そんな感じのが今回の事件の核だ」

 

 青年は話した。ティアーズカンパニーで起きていたことの顛末を。

 この世界に現れたウツロイド、それを利用しようとし、乗っ取られたティアーズカンパニーの総裁、なんとかホールを広げるための計画の一環として買収された聖域。

 ナギにとっては寝耳に水で、全く知らない単語ばかりだったが、だからこそ、傷を負っている彼の言葉の信憑性が増していた。

 

「やっぱ殲滅戦にはこういうデカいのが向いてんだよ……」

 

 青年は壁にもたれかかり、リオレウスを指差して言う。

 最上階の総裁の部屋に強襲をかけた際、背後に現れたウツロイドを一瞬にして噛みちぎったのは完全にリオレウスの功績だったとか。

 その後、集まってくる全社員を相手取り、まだ洗脳の抜け切っていない相手をなるべく傷つけないように制圧していったらしい。

 

「はは、No.2としての自覚でも芽生えたのかね。置いてきゃいいのに、律儀に俺のことを運んでくれやがって」

 

「…………それで、その、おじさんが治るって言うのは」

 

「結局のところ、ナギのおじさんが倒れてたのはウツロイドの能力によるものだからな、ぶっ殺しちまえばそれも解けるって話よ。今頃、目ぇ覚ましてんじゃねえか? 連絡してみれば良い」

 

 それを聞き、ナギは恐る恐る、おじさんにコールをかける。心臓がバクバクと鳴っているのがわかった。もし、おじさんが出なかったら…………そんな思いとは裏腹に、少し時間はかかったがコールは繋がった。

 

『……アラカゼだ』

 

「…………」

 

『……あれ、ナギじゃないのか?』

 

 長く寝ていた影響か声が枯れていて、それでも、間違えるはずがなかった。いつも聞いていた声。

 

「ア、アラカゼおじ、さん……」

 

『…………ナギ……すまなかった、迷惑かけたな』

 

「ううん……良かった……良かったよお……」

 

『ああ……そうだな、本当に良かった』

 

 まだ体力が戻っていないのか、しんどそうなおじさんの様子に、ナギは早めに電話を切り上げた。

 

「へっ……ハッピーエンドで万々歳ってな」

 

 青年は、最初からこうすりゃ良かった、とは考えなかった。あの戦いの中で、リオレウスがいなければ死んでいた。そしてそれは、この2ヶ月間、模擬戦をやっていたからこそ生まれた、絆の亜種だった。

 

「明日は良いもん食わせてやるか……」

 

 ナギがそっと、青年の手を両手を握る。

 

「ありがとうございます……この御恩は、一生をかけてお返しいたします」

 

「やめてくれ、恥ずかしいから……ぐっ……ハハ、もう動けねえや」

 

 宿にも帰れやしないと自嘲する青年に肩を貸し、家の中へ連れていく。

 布団を貸してくれるというので、ありがたく今日は一泊させてもらうことに決めたポケモントレーナーだった。

 明日が怖いな、なんて思いながら。

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