私は星野アクアの事を心の底から好いている。
そして星野アクアは私の事を心の底から好いてくれている。
そんな二人が向かうべき先は結婚だ――普通なら。
「ああ。俺達さ、本格的に同棲しないか?好き合ってる人間同士、二人でようやく見つけられた恋を愛にしていかないか?大学を卒業したら結婚だって考えてる、式場候補も国内外に候補を10箇所アテを付けている。お前の望むものなんでも俺が叶えてやる。だから一緒に暮らそう、幸せになろう」
「あ、あー、うん……そうね……それはとっても魅力的な話ではあるんだけど……」
「なんだ?何か不満か?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどね……ほ、ほら、ルビーが妬いちゃうんじゃないかしら?あの子とっても焼きもち焼きだし他の女と暮らすなんてーって絶対認めてくれないわよ」
でも私はそれをはぐらかした。
もっと言えば……何とかして断りたかった。
さっきも言った通り彼の事が嫌いな訳じゃない、寧ろこの世で誰よりも大好きな男の子だし世界が許してくれるならずっとこのまま幸せに暮らしていたいと思える程。
でも、それはダメ。
だって、他の誰も彼もが認めてくれたとしても。
――もう、世界は許してくれなかったもの。
「まーた数字ジャンキーは……てかそこも、イチャイチャし過ぎ!」
あの日はなんて事も無い平凡な日だった。
何をするでもなく適当に遭遇したあかねを弄り倒し、事務所でイチャつくインモラル兄妹と数字ジャンキーに呆れながらも何だかんだ平和な日々を過ごしていた。
色々と失敗も多くしてきたけれど、その分これからは女優として人生再逆転してやるんだと意気込んで生きていく……そんなはずだった。
「――え?」
人生、変わる時は一瞬だ。
それは良い意味でも悪い意味でも。
そして私のケースは、最悪のケースとして起きた。
「……ぁ、ぇ……」
その日の帰り、いつも通り帰宅してまた明日もいつも通りの一日を過ごしていくのだと信じて疑わなかった私は次の瞬間に下腹部に生温かい感触を覚えその場に倒れ伏していた。
直前に誰かとすれ違った――というのは覚えているから、恐らくその人に刺されたのか、そう冷静に分析出来たのは倒れた私の周りにもう致死量の血の海が出来上がった後だった。
意識が徐々に薄くなっていくと同時に、漠然と「あ、死ぬんだ私」と死にたくないでもなく「痛い」でもなくそう感じていた。
そうしてこのまま死ぬんだという時に、声が聞こえた。
「おい、おいしっかりしろ有馬!!目を覚ましてくれ!!」
誰かが事務所に連絡を入れてくれたんだろうか、あーくんが必死な顔して私の手を握ってくれてるのが僅かに分かった。
あーあ、もっと目が見えてる内に、感覚が残ってる内に味わいたかったのに……でもそれは、素直になれなかった私への罪。
ほんの少しでも味わえたのならそれで良い。
「あー……くん……った……かぃ」
「有馬!?聞こえるか!?俺だ、アクアだ!」
「……めん、ね……」
「……え?」
「ぃ……っも……なおに……れ……くて」
「んなの知ってる!!お前が素直になれない性格なのは承知の上で話に付き合ってたんだろうが!!これからだってバカみたいな言い合いして、笑い合って、そうやって有馬との時間を作っていきたいんだよ!!」
ああ、そう思ってくれてたんだ。
それだけで満たされる気がした。
大好きな人にここまで想われていて、幸せな気持ちにならない訳が無かった。
「……れ、しぃ」
「もう少しで救急車が来る!そうしたら絶対に助かる、だからそれまで絶対……!」
でも、もう無理だ。
目が、耳が、もう何も見えない、聞こえない。
だからせめて、最後に、最期に。
好きな人に想いを伝えよう。
「あ……く、ん…………し、ぁ……せ、に……」
それが、私の最後の言葉だった。
有馬かなの人生はあまりにも呆気なく、幕を閉じた。
「やぁ、有馬かな」
「え、誰!?というか私死んだはずじゃ……」
「ああそうだよ、キミは死んでしまったんだ。でも喜ぶべきだよ、キミのお陰で星野アクアの復讐は成就するんだ。星野アイ殺害の黒幕は時期に逮捕され、全ては終焉を迎える」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!?復讐!?あーくんが!?」
目が覚めたら真っ白な空間にいた――なんて、馬鹿な厨二病患者の考える様な空間に実際にいたら馬鹿とも言えないかも知れない。
目の前にいたのは明らかに子どもっぽい、けれども死んだ私と話してる厨二病存在っぽいナニか、確実に私は死んでいるのだから……ああ、自分が厨二病になったんじゃないかと頭痛がしてきてしまう。
それにあーくんが復讐?もう何も意味が分からない……
「そう言えばキミは彼から何も聞いてないんだったね。仕方ないから全て教えてあげるよ、彼の生い立ちから何から全てね……」
まあ、そこからは凄かったわよね。
何せあーくんが前世の記憶持ちでルビーも同じで、ルビーの初恋相手が前世のあーくんで……その時点でもう何がなにやら。
それに前世は二人ともアイ推しで推しの子に生まれたとかどういう因果してんのよ。
しかもアイが殺されたのは実父が原因で、復讐はその実父に対してで私を殺したのも実父?いや良い迷惑過ぎるでしょあーくんの実父。ゲシュタルト崩壊起こしそうよ。
でも、まあ。
「私のお陰でその復讐が終わるんなら、結果オーライなのかしらね。私が殺されたのは、何も知らなかったとはいえ言っちゃいけない事何回も言ってきたツケって事で良いし」
「冷静なんだね、キミは。もう少し事実を直視出来ずに錯乱すると思っていたのに」
「お生憎、まともな人生送ってきてないから。死ぬ時もまともに死ねるなんて微塵も思った事無かったからこんなもんでしょ、私の人生とか。ただにしても死ぬの早すぎない?とは思ったけれどね」
「随分と自己評価が低いんだ。彼だってキミの事は好いてくれていたのにね」
「ま、どこまで好きでいてくれてるかーなんて分かったもんじゃないし」
実際その通り、感覚で相手が自分の事を『好きか嫌いか』は分かっても、直接言葉にしない限りどこまで好きか嫌いか、なんてのは所詮は自分の物差しでしか無い。
そこに確実なものなんて無い訳で。
あるのは期待と不安だけ。
「でも死んだ今なら分かるんじゃない?」
「まあ――随分と愛されてたみたいよね」
「彼、自分の心に蓋してただけで本当はキミの事が好きだったんだよね。そしてそれを自覚したのがキミが死ぬ直前、面白いよね」
「面白くもなんともないわよ……これからどうすんのよこれ、アイツ死んじゃわない?」
お互い、思った何倍も何十倍も好きな人への気持ちが大きかったのに気付いたのが死ぬ直前とかやってらんないわよ。
しかもそんなだからアイツが勢いで死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしてる訳で。
私のせいで自殺しましたー、なんてなったら死んでも死にきれないじゃない、まあもう死んでるんだけど。
「実はそうなんだ。彼は『気持ちに気付くのがもっと早ければ助けられた』『もう二度と誰も失わないと決めてからまた失ってしまった』という自責の念に駆られて死のうとしてしまうんだ」
「そこで、キミに面白い提案があるんだ」
「なによ」
「幽霊になって彼に会いに行ってあげてほしい……と言ったら驚くかい?あ、見える見えないの問題はこっちで『都合良くしとく』から心配しないで」
「……私が会いに行って大丈夫な訳?」
「なに、これはちょっとしたあたしからのサービスタイム。理不尽に殺されてしまったキミと、三度も大切な人を失った彼を哀れんだ神様の戯れみたいなものさ。遠慮は要らないよ、代償も対価も無いから。代わりにその行く末を見守らせてもらうけどね」
……死んだ後のサービスタイム。
この子が一体どういう存在なのかは知らないけれど、もしもあの時、死ぬ間際に味わった多幸感をもう一度味わえて、更にあーくんを助ける事が出来るのであれば。
そしてこの子の言葉を信じるのであれば。
「分かった。……会いに行かせて」
「そう言うと思った。大丈夫『どんな結末を辿るとしても、あたしはそれを肯定するし何ならサポートもしてあげるから』心配せずに行っておいで」
ふわりと身体が浮く感覚に襲われる。
そして視界が真っ白の空間からブラックアウトする――きっと、次に目を開けたらそこはあーくんの目の前かどっかなんだろう。
死んでるのにヤケに楽しみになってきてしまった、と溜め息を吐き出すのだった。
「――行っちゃったか〜」
「なんと言うか、彼も哀れだよね」
「復讐に気を取られ過ぎて彼女をノーマークにして、刺されて、死んじゃって、復讐で自分の気持ちに蓋をしていたから自分の本心にすら気付けなくて、彼女が死ぬ間際にようやく自覚して、でも手遅れで」
「あはは、だからキミは復讐に向いてないって思ってたんだよ?」
「そしてそれは自分でも気が付いてたはず」
「哀れ過ぎるよね。気付いていて尚目を逸らし続けて、その代償に後悔してもしきれないものを背負わされて」
「でも、だから少しだけ彼に希望を与えてあげたい」
「その物語が辿る結末は喜劇か、悲劇か」
「私は構わないんだよ?――キミ達が二人、現実から逃げても」
「きっとどんな選択を選んでも、道だけはあたしが作ってあげるから……ふふ」
「――先輩、なんで死んじゃったの……?」
意識が覚醒した時、最初に聞こえてきたのは涙声のルビーだった。
日付は……あれから2週間くらいかしら、カレンダー的にはそんなものなはずだと思っている。
「おにいちゃん、もうずっと部屋から出てこないんだよ?」
「泣き声と呻き声だけ聞こえてきて、でも私じゃどうする事も出来なくて」
「――おにいちゃん、先輩の事好きだったんだよ?」
「だから私じゃどうしようも出来ないのに……」
「ルビー……」
この子がこれじゃ、あかねがどうなってるか想像もしたくないわね。
あの子、私の事嫌いって言っときながら何だかんだ言って色々と好意的な目線向けてきてたし。
……もう少し素直になっておけば良かったわね。
まあ、今はそれよりもルビーの情報通りなら自室で腑抜けてるおバカなあーくんの事どうにかしなきゃね。
「幽霊って便利よね」
瞬間移動とかは出来ないにしても壁抜けとかは当たり前の様に出来るし、どれだけ頑丈にドアを閉めてても問題無く部屋の中に入れる。
「あ、いたいた。はぁ……ほんとに塞ぎ込んで寝てるし……」
身体を小刻みに震わせながら寝てる彼は、私が見ていた何倍も小さく見えてしまっていた。
あの子から聞いた限り、あーくんは私を復讐から遠ざける為に色々としていたみたいだけど……知ってから彼を見ると、ヤケに背中が小さく見えてしまう。
もう、ほんとに。
私が死んでから私の有難みに気付くなんて遅過ぎるのよ、ばーか。
仕方ないからちょっとだけ元気付けてやるとしますか。
「……星野アクア!!とりあえず起きろ!まずは起きろ!いつまでも塞ぎ込まない!ほーら!起き上がる!顔洗う!いーから!なんでもいいから!とにかくベッドから出なさい!一日の始まりは朝からなんだから!とにかく早く起きなさーい!」
あ、鳩が豆鉄砲喰らった様な顔してこっち向いた。
うっわーすっかりやつれてるし肌も髪もボロボロじゃない、全く……折角アイから貰った美形の顔が台無しだって事に気付かないのかしらこのおバカさんは。
「…………か、な?」
「何よ幽霊見た様な顔しちゃって。まあ幽霊なんですけど!」
「……そうか。これは俺の見てる幻、か。都合の良い幻。……最後の最後に見るにはお誂え向きだな」
「って無視するなそしてナチュラルに飛び降りようとするな!10階ならまだしも2階なんて飛び降りたところで骨数本が折れるだけで死ぬ難易度めちゃくちゃ高いんだから非効率よ!!というか効率良くても死なれちゃ困るんですけど!?」
「……なんだようるさいな。俺の見てる幻なら都合良く自殺後押ししてくれても良いのに。今まで見てきた連中はどっちも、ちゃんとそうやって俺を追い詰めてくれたのに」
ああ、そう言えばコイツ脳内になんか変なの飼ってたんだっけ。
あの神様だかなんだか自称してた子曰く、だけど。
「……有馬かな、後は君に任せるよ」
「そうだね。僕達の役目は終わった、そしてアイツにこれから声が届くのは有馬かなしかいない」
「いやちょっと待てなんでアンタらいるのよ」
いやいや聞いてないと思わずツッコミを入れる。
あの子から聞いてたから良かったものの突然知らない人……、という名のイマジナリーが出てくるとか意味分かんないわよ。
だって脳内に飼ってた生物が私に見えるって、なにこれそれじゃまるで私も脳内に飼われてるみたいな……
「そうだ。今の有馬かなは星野アクアの考える『理想の有馬かな』を媒体として彼にだけ見えている」
「まーつまり、幽霊有馬かなというよりはイマジナリー有馬かなだね」
「死んで尚妙ちくりんな扱い!?」
私、死んだら想い人の脳内妄想の具現化になってたってマジ?
なに、笑った方が良い?
「そういう訳だ。何とかしてやってくれ」
「後はよろしくね」
「あ、コラ!勝手に逃げるんじゃないわよ!」
そんで今まで住んでたイマジナリーは無責任に逃げてくし。
こんなのの言う事聞いて苦しんでたとかコイツもしかしてバカなんじゃないの?
はぁ……しかしアレね、脳内に住んでるって事はあれやこれや思考が覗ける訳で……覗くまでもなく何考えてるか分かるってのも考えものよね。
まあ、何はさておき取り敢えずはこのバカに付き合ってあげましょうかね。
「とにかく死ぬとかそんな事考えてんじゃないの。そうやってバカな事考えるからイマジナリー有馬かなとかいう余計な物体として私が現れたのよ?分かってる?」
「分かるか。それに三度も大切な人を失った奴の気持ちがお前に分かるかよ」
「分かる訳無いわよ。でもそうやって塞ぎ込んでたら四度目、五度目があるかも知れないのくらいなら分かるわよ。ほーら、だから取り敢えずまずは死ぬ事くらい考えるのやめたら?イマジナリーでもなんでも今はあーくんの大好きな大好きな有馬かなちゃんが目の前にいるんですけどー?無視するんですかー?」
「…………なんでお前は、俺の見てる幻になって尚そうやって俺の手を取ってくれるんだ。俺は、自分の気持ちにもお前の気持ちにも気付けず、そして間抜けにもお前を死なせたんだぞ?」
「確かに私は死んだかも知れないけどね、アンタのせいなんかじゃないわよ。悪いのは私を刺した奴、それだけ。至極単純な話じゃない。だからそんな事言わないでよ、ね?」
触れてるのか触れてないのか分からないけれど、頭を撫でてあげる。
こうやって見ると年相応に見えるんだから不思議な気分になるわね。
あーくんが少しだけ笑ったのが見えた。
そう、これは神様がくれた私とあーくんだけの延長戦。
ちょっと悲しいけれどこの情けない顔したしょんぼりおバカさんを立ち直らせたら私はばいばいして成仏して、本格的にコイツの前からいなくなる。
それで良い、だって本来これは有り得ない事象なんだから。
――そう、この時はそう思っていた。
あの子風に言えば『悲しいけど優しい物語』として、最後はお別れして綺麗にその物語を畳む。
その、はずだった。
はずだったんだけどなあ……
1話の誤字に見えたりしたものや不自然なキャラの会話は全て『アクアが現実と今見えている妄想かな(半分幽霊だけど)の境界線をごっちゃにしてしまっている』のが原因で起きた『作為的なもの』でした(かなと暮らすのに一人暮らし、や大切な人を三度失った、のところ)
でも幸せそうだしまあ良いか!