これは幸せな世界のお話   作:ぶり大根(元・孤高の牛)

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これは、とてもとても幸せな世界のお話

「……ここ数日ずっと私と話してばっかだけどさ、それで良いの?つまんなくなーい?」

 

「つまらなくない。お前がいてくれるならもう幻でもなんでも良いって思ってきたからな」

 

「あっそ。あーくん私の事好き過ぎない?」

 

「好きだからな」

 

「……照れる事言うんだから」

 

 少しずつあーくんに変化が訪れたのは、私が目の前に現れてから数日経った頃だった。

 徐々にだけれど僅かながら笑顔が増えてきた様に感じていた。

 まだこの時は食事なんかは殆どしないし自室から動く事も殆どしてなかったけど、それでも私がいる事で元気になってくれているのが分かって嬉しかった。

 

「なあ、俺はどうしたら良かったんだろうな。アイを殺した黒幕……つまりはお前を殺した黒幕は捕まって。やる事は全て終わって。

……でも、本当はお前は殺されず、解決のはずだったんだ。俺は間違えてしまったんだろうか……もっと違うやり方で、いや、もっと復讐以外の事を、かなの事を気にして動けていれば……そう、思ってしまうんだ」

 

「さて、どうかしらね。でも一つ言えるのは……一人で背負い込み過ぎたのよ。もっと他人を頼っていれば楽に復讐出来たはずなんだから。

……アンタが苦しむ事だってもっとずっと少なかったのは確かだと思うわ。それこそ私にも色々話してくれたって良かったのよ?……ま、話してくれなかった事をどうこう言いたい訳じゃないけどね」

 

「そう……だったんだろうか。誰かに頼る事が、許されて良かったんだろうか……そんな風に、思ってしまうんだ」

 

「……あのちょっと前まで脳内に住んでたアンタの前世とちっちゃい頃のアンタだっけ?アレ、私に全部押し付けて消えてったくらいには自分勝手だったし言う事聞く必要なんて最初から無かったのよ。

あーくんは聞き過ぎたのよ。アンタはアンタ、他の誰でも無いんだからもっと自由に生きて良いんだから」

 

「もっと、自由にか……」

 

 実際話聞いてるだけでも酷いくらい一人だけで何とかしてやる感が出てき過ぎてて聞いてられなかった程だったんだから。

 もう少し自分に甘ければ、誰かを巻き込める性格だったらきっとこんなにも苦しむ必要なんて無かっただろうに。

 だからせめて今だけは、何もかも忘れて私だけ見てくれれば。

 幸せになれるはずだから。

 

 そう、一時的なカウンセリングになれば良いと思っていただけだった。

 これで前を向ける様になって、私無しで生きていける様になって、いつか言う時の『ばいばい』を笑って出来るくらいに元気になって、終わろう。

 それまでは、この少し甘美な空間に甘えていよう……と考えていた。

 

 

「ん、今日はちゃんと朝ごはん完食出来たのね。偉い偉い、良い子良い子。ちょっとずつ元気になってる証拠よ、その調子で次はルビーとミヤコさんに顔見せられるまでに回復するのよ、良いわね?オッケー、約束だからね」

 

 

「おにいちゃあああああああん!!」

 

「……やっと、出てきてくれたのね。良かった……本当に……」

 

「ここまで長かったわね。私としてはいつ出てくれるかヒヤヒヤしたもんだけれど……終わり良ければ全て良し、本当に良く頑張ったわね、よしよし……この調子で高校に復帰出来るくらいまで頑張んなさい。

……ちゃんと一人でやってける様になるまでは怖くて成仏も出来ないんだから、分かってる?破ったらその日の内に消えちゃうから覚悟してなさい」

 

 

「ううーん、丁度良い日差しね。平日の真昼間、誰もいない何の音もしない静かな公園で二人でピクニック、開放感もあって背徳的で良いと思わないかしら。

……うんうん、まあどんな理由であれ外に出たいと思ってくれたのは凄く嬉しいわよ。え?いや、まあ……私とデートしたいからって理由なのはどうかと思うけど?嬉しいけど?

……つ、次はこの調子で学校に行けるまでになりなさいよ!良いわね!……うん、ちゃんと笑えるようになったじゃない。やっぱりあーくんは美形だから笑った顔が特別似合うわよ、ほらだからもっと笑ってなさいな」

 

 

 そう、日に日に彼は閉じこもっていた殻を破る様に外の世界にまた出ていく選択をしてくれた。

 嬉しかった、生きてる間よりも密着したり笑顔で話せたりイチャイチャ出来たりしたのは……ちょっと釈然としなかったけど。

 だってもう本当は死んでるんだもの、実体の無い私はたとえ彼相手でもすり抜けるし彼からも触る事は出来ない。

 唯一、認識してくれる人間ってだけなのが不満なだけ。

 本当は生きてる間に抱き着いたりくっ付いてイチャイチャ出来る様な関係になりたかったのに。

 

 でも、今出来てるから全て「まあいいか」で許せた。

 

 それはさておき、あーくんは日に日に元気になっていった。

 でも、途中からあまりにも順調過ぎていた事に私は気付けなかった。

 人の死は簡単に乗り越えられるものじゃない。

 そしてそれは、逃げ場を与えられた瞬間どれだけ強い人間でもそこに逃げてしまうくらいの精神崩壊を始めてしまう。

 

 そこに気付いたのは、取り返しが付かなくなってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おにいちゃん?突然元気になり始めたのは嬉しいけどテンションおかしくない?」

 

「ん?……いや、何もおかしくないと思うが」

 

「だって急に膝枕とか……役得〜!とは思うけど、おにいちゃんに一体何が……」

 

「何にもねえよ」

 

 そう、それはルビーの言う通りテンションが徐々に不自然に高くなっていた事だった。

 確かにあーくんは笑う様になったし私と話しててもイキイキとしているけれど、逆に悲しむ事が無くなってしまった。

 まるで全てから逃げる様に、負の感情から逃げる様に。

 

 

「ねえあーくん」

 

「なんだ?」

 

「……私は一応ここにいるとはいえ幻なのよ?いつかアンタが立ち直ったら消える、それ分かってる?」

 

「消える……?かなが……?はは、バカ言うなよ。だってかなはここにいるのに消えるなんて、そんな事有り得ないだろ?かなはここにいて、死なずにここにいて、そしてずっとここに……」

 

 明らかに彼は壊れていた。

 私はただ元気になって、笑ってサヨナラがいいたかっただけなのに、ただ最後に、これまで言えなかった事を言い切りたかっただけなのに。

 

「…………違う、かなは死んでない。死んでない死んでない死んでない死んでない死んでない死んでない死んでない!!!嫌だ、俺の前からもういなくならないでくれ、かなは死んでないんだ!!!俺はこれ以上もう大切な人を失う訳にはいかないんだよ!!!」

 

「ごめん、ごめんねあーくん……私はここにいるからね。……ほ、ほら、明日はどこ行くか決めないっ!?ゲーセン、映画館、喫茶店、ちょっと遠出してあげても良いんだから!」

 

「あ、ああ……そうだな、明日の話をしよう。俺としては――」

 

 この回想から分かる通り、あーくんは『私が死んでいる』事を認識しながら、幻の私がいる事でその事実から逃げる選択をしていた。

 もう幻の前世にもチビのあーくんにも邪魔をされず都合の良い幻を見てしまった彼は都合の良い世界に閉じ籠ってしまっていた。

 

 そして彼が、今までどれだけ頑張ってきたか私は聞かされてきたし見てきていた。

 本当はダメだと分かっていても、それを知っている以上断る事は出来なかった。

 

 

 ――最初に言った通り、私は現実逃避したあーくんの告白を何とかして断りたいと思っている。

 本当は私も好きだけど、私はもう死んでいるのだから。

 生きてる人間は、生きてる人間を見ていかなくちゃならないから。

 死んだ人間にいつまでも囚われる事無く、それは思い出として昇華して。

 

 だから私は突き放さなくちゃいけない。

 

 いけないのに。

 

 

 

「どうしたんだ、ボーッとして」

 

「え、あー……アンタと二人過ごせたら楽しいだろうなーってね」

 

「だろ?だから今候補を探してる、もう少し待て。絶対に後悔させないから」

 

 ああきっと、この呪縛からは逃げられない。

 ここまで苦しんで、苦しんで、苦しんで。

 前世も大切な人を前にして何も出来ずに苦しんで。

 そして私まで死んでしまって壊れてしまった彼を置いて成仏なんて、出来っこ無い。

 最後のその壊れるトリガーを引いた私に、勝手に消える権利なんて残されていない。

 

 きっとそれをしたら、二度と戻れないと知っていても。

 大好きな人の為にならないと知っていても。

 もう悲しんでほしくない気持ちの方が、私の中で強くなってしまって。

 

 そして何より。

 

 この多幸感から離れたくなくなってしまって。

 

 

 ――ほんと、私って弱いなあ

 

 そう悟って、共にこの甘美な微睡みに堕ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、やっぱり逃げられなかったね」

 

「でも大丈夫だよ、有馬かな」

 

「彼はキミの前向きな行動のお陰で笑顔になれた」

 

「彼はキミの前向きな行動のお陰で周りを安心させる事が出来た」

 

「彼はキミの前向きな行動のお陰で生きる事が出来た」

 

「そして彼はキミの前向きな行動のお陰で、これからを生きていく事が出来る」

 

「そうだとも、だから有馬かなキミは何も悪くない」

 

「そのまま一生彼が現実に戻って来れなくなっても、キミのせいじゃない」

 

「――この物語は喜劇か悲劇か。そんなのは人の勝手さ」

 

「星野ルビーや黒川あかねがこの事を知ればそれは悲劇だろう。大切な人が一生戻る事の無い現実逃避をしながら狂った人生を送る事となるのだから。もう自分の言葉では何一つ響かない、それはあまりにも悲劇だろうね」

 

「でも星野アクアと有馬かなから見てはどうだろう。有馬かなは自分の言葉で星野アクアが全ての呪縛から解放され(自らという呪縛に捕われ)自分だけを見てくれる、自分だけを愛してくれる、生きてる時には味わえなかった多幸感を一身に受ける」

 

「星野アクアは星野アイを殺した黒幕を捕まえられもう誰も傷付く事が無い世界で、有馬かなに全ての罪を受け止めてもらえ、一度失った有馬かなを取り戻し、たとえ触れられなくても愛する事が出来る、共に生涯を過ごす事が出来る」

 

「これはどこからどう見ても喜劇だね。そう、全ての物語は喜劇と悲劇の表裏一体、最初から結末は決まっていたんだよ」

 

「この物語はきっと、喜劇でもあり悲劇でもある」

 

「だからキミは安心して、星野アクアとの永遠の現実逃避を堪能すると良いよ」

 

「そう、世界は許さなくてもあたしが許してあげるから」

 

 

「幽霊と結婚とかアンタも物好きよねぇ」

 

「愛しいものを見ると健康に良い、それが人間であるかどうかなんて関係無い。それが俺の見解だ」

 

「ふふっ、何よそれ。でも……ありがとね、そう言ってくれて。そう言われればきっと……私も救われるから」

 

 

「さてさて、この話ももう終わりの時間を迎えてしまった様だね」

 

「果たして二人はこれからどうなるのか?」

 

「でも無理なんだ。この続きは残念だけれど二人だけの世界で紡がれる」

 

 

 

「――何者にも観測されない世界で、幸せな幸せな呪縛の中で、ね」

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