紅魔館
パチュリーに怒鳴られた。
調子が悪そうなのは大図書館の主の常だが、その剣幕は思ったよりも鋭い。
意味が分からない、ただ邪魔をしたいだけなのか、と。
対する魔理沙は本当に分かってないかのように驚きと、怪訝な表情をしている。
ただ、また本を借りていくだけだというのに。
「いつものことじゃないか」
そんな言葉が口から出てしまった時、魔理沙は少し後悔した。
そのくらい、パチュリーの浮かべた表情がひどいものだったのだ。
すぐに発作で苦しみ始めたから、こあと共に介抱するのに必死になって、見えなくなってしまったが。
長く続く様子から、体調の悪さは本当なのかもしれない。
いくらか落ち着いた様子で息を整える姿を見て、魔理沙は早々に立ち去ることを決めた。
驚きさえ塗り潰して、吐き気を催したような軽蔑を見せるあの表情を、もう一度向けられたくはなかったのかもしれない。
「借りてくぜ」
あるいはこの場すべてを冗談で終わらせたかったのかもしれない。
茶化すように軽い調子でそう言い残して、魔理沙は図書館から飛び出していった。
「大丈夫ですか、パチュリー様」
飲み物を用意しながら心配するこあに、ゆっくりと頷いて見せる。
溜め息を吐いて、持ち去られた写本と同じものを魔法で手繰り寄せた。
これもまた、写本である。
とある魔法の開発をしようと準備していたものだったが、もうそれも必要なくなった。
喪失感と共にしばし本の内容を想い、目を閉じると、こあに手渡す。
そうして、手早く認めた書置きをその本の上に置いた。
「美鈴に」
短く伝えると、こあがゆっくりと離れていった。
疲れたように揺椅子に深く身を預けて、もう一度呼吸を整える。
感情の高ぶりは元凶が去ったことで静まったようだ。
あるいは、地に落ちたとも言えるかもしれないが。
そうして出てくるのは、ただ後ろ髪を引かれたような恨み言だけだった。
「どうしてかしら……」
どうして、あの子は同じ本でも構わず盗んでいくのだろう。
最後にそれだけ思って、パチュリーは考えることを止めた。
香霖堂
霖之助から叱られた。
君に対する苦情が里からも妖怪達からも山ほど来ていると。
つけ払いはいいが、いつまでも返さないなら盗人呼ばわりも仕方がないだろうと。
対する魔理沙は驚くとともに苦い表情になる。
その驚きは心当たりがないことにか、苦みは知り合いに手間を掛けさせた気まずさか。
「手持ちはこれだけだぜ。あとは金目のものを見繕ってくるから、香霖から配ってくれ」
そう言っていくつかの品を置いて、魔理沙は店を飛び出していく。
止める間もない行動に霖之助は呆れるばかりだ。
そも、なぜ自分が返済役になっているのか、という文句を付ける暇もない。
魔理沙が残していった二束三文の品を確認しながら、一言くらいは愚痴染みた独り言も漏れるというものだ。
「催促も、当人に直接言えばいいだろうに」
本来の業務でない仕事に嫌気がさしながらも真面目に鑑定する姿は、頼られる理由の一端だろう。
そんなことも当人は気付かずに、ひとまずの鑑定を終えて支払額を準備する背からは、苦労人の哀愁が漂っていた。
霧雨魔法店
そういえば、霊夢と何か約束していた気がする。
衣に付いた雨粒を取ることもせず自宅を漁っている最中。
博麗神社から借りてきたガラクタを見つけて、魔理沙はふとそんなことを思った。
「確かこいつは、前の宴会で聖のやつが……」
そんな記憶と共に、法力を宿したそれが物珍しく、渋る霊夢から強引に借りてきた思い出が蘇る。
懐かしいという感情と、何かに使えるかもという勘が働いて、霖之助に渡す品からは外しておくことにした。
そうしてある程度の品を見繕うと、大きめの風呂敷に雑に包んで、玄関前に準備した。
中々に重いそれを見て、さあ幾らになるか、と人に渡すものながら期待が膨らむ。
箒を手に持ち、帽子を被り、扉を開ける前にふと避けておいた先ほどのガラクタが目に入った。
何だったか、先ほど悩んでいたと思うのだが……。
「……まあ、いいか」
扉を閉めると、どこかで積んでいたガラクタが崩れたのか、雨に紛れてカランと音がした。
それを気にすることも無く、傘をさすまでもない暗い雨の中を突っ切りながら、魔理沙は香霖堂へと急いだ。
アリス宅
「まったく、本人が忘れてどうするのよ」
目の前で編まれる魔法光に照らされて、並んで構成を検討していたアリスが苦言を呈す。
悪い悪い、と軽く謝りながら、その顔から隠れるように魔理沙が本をかざす。
情けない様子に溜め息を付いて、もういいわとアリスが机上の陣を解除した。
合同研究を提案してきたのは魔理沙の方からだった。
例に漏れずあまり自分の魔法を開示しない魔理沙にしては珍しい申し出に、アリスが返事を返したのが先週。
当日になっても現れず、何も連絡が無い魔理沙に待ちきれず店を訪ねてみれば、本に囲まれて一人で研究を行っていた。
一通り叱って、どちらの家でやるかという問いにアリス宅を指定したのは魔理沙だった。
曰く、最初からそのつもりだったと。
そうして、冒頭の愚痴が出てきたところだった。
「まあ、ちょっと調子が悪くてな」
俯くように言い訳する魔理沙は確かに普段とは違って見えた。
そんな珍しく弱気な様子では、怒る気も失せてしまう。
気を取り直したアリスは、自分の人形達に施した魔法の記録を読み解きながら説明する。
魔法における意識とは何か――。
付与対象と触媒の関係は――。
自動化を実現させるために必要な要素は――。
そうして考察を続け、魔理沙の持参した医学書からも知見を得る。
そんな折、目指す目標を話していたアリスは魔理沙に尋ねた。
この魔法は何のために作るのかと。
「……最近、忘れっぽいんだ」
そう言って視線を上げた顔には、不安と焦燥が色濃く表れている。
未来を見ているようで、すでに現実が見えてしまっているのかもしれない。
そんな困り顔が、アリスに向けて寂しそうに笑っていた。
外の雨音が、やけに大きく聞こえた。