東方祟り傘   作:bver

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4. 医者の匙、神の情け

永琳から匙を投げられる。

これは病気ではないと。

嘘だと今にも暴れそうな形相で迫る魔理沙に、優しく言葉を掛ける。

 

「最近は雨が多かったのよ」

 

魔理沙には言っている意味が分からなかった。

最近こんなことが多い気がする。

いや、そもそも最近は晴れ間が続いていなかっただろうか。

友人に殴られた日だって、帰り際に初めて降り始めたのだ。

だから――。

 

「……雨が、多かったのよ」

 

だから、そんなに諭すように言わないでほしい。

ただ、信じられないだけなのだから。

思い返せばほら、雨が降った記憶はある。

ただ、雨の日は何も起こらなかったから記憶が薄いだけなのだ。

何も……。

 

 

妖怪寺から追い出された。

曰く、来る場所を間違えているそうだ。

寺という名前に引かれて来たのかもしれないが、妖怪の救済を掲げるこの場にあなたが居ても何にもならないと。

やけに冷たく、しかしやんわりと追い出されて、それはそうかと諦めるしかなかった。

 

どうしたらいいのか分からない。

こんな状態で例えあの魔法が完成したとしても、治ったと実感できないのでは意味がないではないか。

いや、一番怖いのは、治ったと勘違いしてまた繰り返してしまうことかもしれない。

それは、それだけは――。

 

そんなことを考えている時に、早苗に聞かれた。

 

「誰かの恨みを買ったのですか?」

 

偶然会って、会話をしている途中にふと黙ったかと思うと、そんなことをいきなり聞かれた。

出会ったときは感じなかったが、話している内に雨が降ってきて、そこで馴染みのある気配を感じたのだと言う。

早苗が仕える神の一柱は祟り神らしく、時折使う神力の中に似た気配があったかもしれないと。

憔悴した様子で必死に縋る魔理沙に苦笑して、早苗は山の神社へとゆっくり向かった。

 

 

祟り神は言う。

 

「小さな祟りが付いてるかもね」

 

晴れの日に永琳に教わった症状を伝えて、魔理沙の様子を観察した諏訪子はそう言った。

雨の帳に囲まれた境内で、早苗の隣に座る魔理沙を細く見つめて。

何かまでは分からないが、水の、あるいは雨の係累の気配は感じると。

ただ物忘れという性質からすると、元を探すのは難しいんじゃないかと悩む姿を見せる。

雨の日の記憶を忘れやすいという祟りの小ささからも、相手の判断はつき難いそうだ。

 

「早苗」

 

少しの考察を語ると、それで終わったとでも言うように巫女を呼んで、拍子抜けするほど軽く酒を注ぎ始める。

そんなに心配せずに日記でもつけてりゃいい、とそれだけ言って、杯を呷った。

そのまま、特にこれ以上何もないとでも示すように巫女に話しかけ、酒を味わっている。

しばし呆れて、俯いた後、目の前の神に魔理沙は怒鳴った。

 

「何でもいいから祓ってくれ!」

 

雨に囲われた境内で、魔理沙の声が響いた。

忘れた記憶だけが残るのだと、あれはどうしたと聞かれた記憶だけが積もるのだと。

一頻り自分の味わった恐怖を伝えて、頭がおかしくなりそうだと叫んで、荒い息をつく。

境内は開けているはずなのに、不思議と長く、声の残響が残っていたように思う。

その声が雨に消えるのを待っていたように、祟り神はゆっくりと笑う。

吐き捨てるように、あるいは嘲るように笑う。

 

「祓って、晴れて今まで通りかい?」

 

そんな問いを優しく掛けて、理解していない様子で見上げた魔理沙の目を見て緩やかに続ける。

なるほど、確かに私ならその小さな祟りくらい押しつぶせるかもしれない。

所詮は弱小妖怪の小さな祟りだろう、祟り神の私に掛かれば根を払うこともできようものさ。

そうして祓ったら、お前さんは元通りだ。

元の通り、雨の日の出来事も忘れず、元の通り、怯えず過ごして、元の通り、信頼を失うことも無くなるかもしれない。

 

「そして元の通り、祟られた行動を繰り返すだろうよ」

 

雨が強くなっているようだ。

魔理沙の耳には、先に説かれた祟り神の言葉をしっかりと押し付けるように、重い雨の音が聞こえている。

例え雨の日に聞いたことだとしても、忘れないように、刻み込むように。

魔理沙に起こっている現象の根幹を伝えるように。

 

まあ何だ、と話を終わらせるように神は続ける。

品行方正に生きろとは言わないがね、と。

 

「恨まれた原因を忘れているような屑に情けを掛けるほど、祟り神は優しいものじゃないよ」

 

紙に書いて欲しけりゃいつでも言いな。

そんな言葉を最後に、諏訪子と早苗は境内を去った。

 

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