閑忍譚~カンニンタン~【シノビガミ 二次創作短編】 作:朱星リズ
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ハグレモノ 偲ノ海 靜(シノノメ シズカ)
もう自分の足で歩けるからと言って、付き添ってくれた彼に別れを告げた。彼も彼できっと上手く逃げてくれることだろう。
私の大切な婚約者が連れ去られて、脳以外、機械の身体にさせられて。そんなわけわからない実験に振り回されて。気を失っている間に、私よりも先に斜歯忍軍を抜け出した婚約者を追って、ここまで来たは良いけれど、肝心の霧隠れの里が見つからない。
里の宛もなく町外れの道を歩いていると、ふと小波の音が聞こえてくる。音を頼りに進むと、そこは小さな海岸だった。
人気のないそこには足跡すらもなく、手付かずに流木が流れ着いている様子が伺える。
――少し、休んでいこう。
私はそう思って、大きな流木に腰を下ろし、背負っていた荷物を足元に抱えた。
思えば都市部からだいぶ遠くまで来た。インドアな、安定した生活を続けていたのに、まさかこんな事になるなんて。
おかげで木の実や野草の知識がどんどん身に着くし、最近は火のつけ方だって覚えた。
服はもうすっかり汗で臭いし、お風呂にだって全く入っていない。
……少しくらいは、と思ったけれど、海水で身体を洗うのはどうなんだろう。身体が塩まみれになるのは、いくら何でも嫌かも。
眼前に広がる水平線を見つめながら、暮れて行く夕日に照らされて、小波の音だけを聴いている。
まるで世界にもう、私以外誰も居ないような、そんな感覚に陥る。あの時、彼と別れたことを、初めて後悔した。
けれど、これで良かった。彼と私が一緒にいれば、見つかったときには二人して始末される。
そうなるなら、そうなるのは私だけでいい。だから、これでいいんだ――。
そこまで思うと、感極まって涙が出てきた。
「――ごめん……、ごめんなさい……、ごめんなさい……」
悔しくて、悲しくて、寂しくて。道も将来もわからない今の私には、泣くことしかできなかった。
+ + +
泣き疲れて眠っていた私は、小波の音と、
空は顔色をすっかり変えて、月と星が海を彩っていた。
身体を起こすと、流木にはフードを深くかぶったパーカー姿の人が、風船ガムを膨らませながら座っていた。
「だ、誰!?」
「――こちらの台詞。普段僕しかいない海岸に、お客なんて珍しいなって思って」
赤く暗く、炎に照らされて
中性的なその人の声は優しく、どこか寂しそうな雰囲気を感じさせる。
ふと鼻に甘い香りがすることに気が付き、焚き火を見ると、マシュマロが串に刺さって焼けていた。数は1つだけで、でろでろに溶けてはいたが、今さっき出したばかりの物に思えた。
「……君の分。もう溶けちゃってるけど、好きなタイミングで食べなよ」
言葉に甘えて、よく焼けたあつあつのマシュマロを頬張る。
毒が入ってても気にしなかったけれど――普通に美味しかった。
「ここに何しに来たの?」
フードから顔を見せずに、私に問う。
斜歯忍軍の間者であったら困るから、少しだけ嘘をつくことにした。
「……職を失って、行く宛がなくて。ふらふらと歩いていたらここまで……」
「そう。――でも安心して、僕も斜歯忍軍の抜け忍だから」
言ってもいないことを言い当てられて、どきりとした。
けれどそうか、忍者ならば隠し事は通用しない。私はフードの彼を信用して、身の上を打ち明けることにした。
「――戦いに疲れた者達が住まう、霧隠れの里、なあ……。僕もよく知らないな。何せ僕は
言いながら彼は、袋からマシュマロを取り出して、串に刺して焼き始める。
そんな彼を横に、私はぼんやりと海を眺めながら、これからのことをずっと考えていた。
霧隠れの里が見つからなかったら、どうしよう。
婚約までしたのに、彼に会えなかったら、どうしよう。
途中で倒れたら? 間者に襲われたら?
海に揺らめいて映る月を見ていると、不安にざわめいて波立つ、自分の心を見ているようだった。
「……一旦、置いておきなよ。君はもうハグレモノなんだからさ。別に自由に振る舞ったって、咎める人は居ないよ」
また心の内を読まれる。忍者はこうやって忍法を使って秘密を探るわけだけど、そこまで読まれても、もう有益な話なんて何も残ってない。
「……マシュマロ、まだあるけど」
「……ありがと」
言われた通り私は、一旦考えるのをやめて、マシュマロを焼き始めた。
海風を受けて寒さもある中、じんわりと熱で溶けていくマシュマロを見ているだけで、何だか涙が出てきた。
「美味しい……」
さっき頬張ったものと、大して味は変わらないはずなのに、つい言葉を漏らす。
一人になってからずっと見ていた空は、昼も夜も晴れているのに、何だか灰色に見えていた。
けれど、その日の夜空は、格別、
本当に、本当に綺麗な星月夜だった。
きっと私の婚約者も、私を途中まで送ってくれた彼も、同じ夜空をどこかで見ているんだろうか。
+ + +
フードの彼は翌明朝まで傍にいてくれた。
私が眠りに就いても、ずっと起きて見張りを続けてくれていたようだった。海岸に差し込む朝日を受けて私が目を覚ますと、大あくびをする彼の姿が視界に入った。うっかりフードが外れており、女性的な夜のような青いショートボブヘアを揺らして、海をじっと見つめる。
……よく見たら睫毛も長いし、女の子なんじゃないか?という、どうでもいい疑問を抱きながら、私は身体を起こす。
服に付いた砂を叩き落とし、流木のそばに置いていた荷物を再び背負う。
「もう、行かなきゃ。ありがとう」
「そっか。気をつけて」
淡白なやり取りをして、私は海岸を後にしようとする。
「……ごめん。名前、聞いてもいい?」
立ち止まって振り返り、彼?彼女?に向かって私は叫ぶ。恩人の名前を聞かないまま立ち去るのは、何だか自分の信念のようなものに反したような気がした。
「
「……可愛い名前。ありがとね、シズカ」
「ん」
不思議な人だった、と思いながら、海岸を後にして、道なりに山道を上がって森に入っていく。
すると、晴れていたはずの道が、だんだん霧深くなっていき、どこを歩いているかわからなくなる。
草木を分け、まっすぐ進んでいるつもりになりながら、私は歩みを進めていた。
やがて私は、声をかけられてその歩みを止める。
「――
+ + +
これはこの
霧の中に消えた彼女の行方もその後も、今や誰も、僕でさえも、知り得ない。
……ああ。誰も、知り得ないんだ。
けれど最後に、彼女は何を見たかくらいは語っておこう。
これは海鳴りから聴こえた、ただの噂だが――
――彼女は霧の中に、