閑忍譚~カンニンタン~【シノビガミ 二次創作短編】   作:朱星リズ

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不知火 穂村 カガリ(ホムラ -)

魔王流 丹朱(タンジュ)


「死したる鬼狩り」

かつて、(きょう)(みやこ)から外れた山嶺の村に住まう、一人の男がいた。

四つの頃に両親は鬼に喰い殺され、それから男は心に復讐の(ほのお)を燃やして生きた。

全てを嫌い、(すべ)てを焼き尽くす。人ながらその姿は「炎鬼(エンキ)」と揶揄(やゆ)された。

 

そんな彼だが、当然そんな呼び方をされたら「京の都の鬼が蘇った」などと、奇妙奇天烈な噂が流れ、彼自身の討伐依頼なども間違って出される。鞍馬神流や蓮華王拳、夜顔、挙げ句は常世(とこよ)に、旧校舎管理委員会――様々な流派の者が派遣されては、男の炎によって消し炭にされて行った。

そう、それは中忍や下忍だけでなく、上忍までも。どんなに強い者が現れても、彼を殺す事は()()()()()()()()()

 

彼は身体に竜胆(リンドウ)の花のような紋様――曰く、『龍紋』を持つ、伝承に語られる鬼狩りの生まれ変わり。

即ち、彼が持つ異能こそ――自死すらも許されない『()()()』。

 

彼の取り巻きはそれを豪運だ、奇跡だと言っていたことから、彼自身は後に知ることになる話ではあったが、彼は致命傷を負ったからといって、決して死ぬことはない身体を持っていた。

故に相対し、死力を尽くして戦った者は、文字通り死力尽き果て、彼の業火に焼かれて行ったのである。

 

+ + +

 

彼が()()の鬼退治の依頼を受ける、実に一ヶ月前のこと。その日の都は雨が降っていた。

傘も差さない彼の足は、平安神宮の横断歩道の前で止まっていた。

彼自身、特にこれといった用事は無かった。むしろ既に用事であった妖魔退治は終わらせて来ていた。報酬も受け取り、さっさと住まいの長屋に帰れば良いものを、何を思ったのかこの男は、平安神宮に行くと言い出したのである。平安の世を懐古するような口ぶりをしていたが、あの神宮は模倣されただけの明治の産物だろうに。

 

境内(けいだい)應天門(おうてんもん)を抜けて、龍尾段(りゅうびだん)を昇り、大極殿(だいごくでん)の前に立つ。見事に手入れがされている丹塗(にぬり)(やしろ)は、流石は伝統を重んじる現代人だと感心したものだ。

それから彼は大極殿に向かって手を合わせる。人間嫌いの鬼狩りも、神様のことは信じているのだと考えると、今でも思わず吹き出す話である。

 

さて、彼が手を合わせて神に挨拶をしているところ、その背後にもう一人の参拝客が現れた。ざあざあと降る雨の中で、石畳に蹴り散った砂利が擦れる音を聴くも、彼は黙祷をやめない。

宝石のような赤い髪を揺らし、彼のように(くゆ)る炎を宿した、緋色の瞳でこちらを視認したその人は、ゆっくりと彼に歩み寄る。

 

「――こんな雨で人気も無いのに、参拝客とは。殊勝なことだな」

 

赤髪の若者は男の声に足を止め、呆れたように肩をすくめる。

 

「……雨で人気が無いから来たんだけれどね。君も同じ理由じゃ無いのか」

 

さも同類のようだと返された男は、興味津々に声の主の方へ振り向く。殺気すら感じさせない凛とした華――諦観したような表情で、まるで項垂(うなだ)れた馬酔木(アセビ)のような彼女は、男の隣に立つと、同じくして主祭神に拝する。

ぼろになった羽織は、当人の趣味でも無い限りは、彼女が家も無く戦い続けた、抜け忍であるかのように物語る。

 

「――平安の祖には何と?」

 

面白おかしく問いただす炎鬼に、風雨に揺れる馬酔木(アセビ)は、顔を上げずに静かに答える。

 

「この地を荒らすこととなり、申し訳ない、と」

 

男はその解に首を傾げ、腕を組む。

疑問に思ったことを察知したか、彼女は髪を掻き上げ、隠していた右目を見せた。

彼女のことを馬酔木(アセビ)と評したが、その右目には項垂れた花ではなく、地獄花――曼珠沙華(マンジュシャゲ)が、琥珀(こはく)の如く確かに封じられていた。

 

曰く、この義眼は京の都に伝わる『天上(てんじょう)(ひとみ)』と呼ばれる、俗に言う神器の欠片であり、ひとたびその身に着ければ脳髄まで根を張り、妖魔の如く百の眼を宿す力を得る、と伝えられるそうだ。

 

「僕はこの力と、降魔(ごうま)の力で隠忍を討つ。これまで散っていった同胞の、僕の両親の、皆の無念を晴らす。この意識が毒花に吸われて無くなる前に、復讐を果たさなければ」

 

死の覚悟を背負いながら、復讐を誓う彼女の暗く紅い瞳を見、男は呵呵(からから)と笑った。

それもそうだ、この女は出会い頭に、男の冗談に対してお前も同類ではないかと返し、挙げ句男が追うものと()()()()()()()に、同じように復讐心を燃やしている。こんな巡り合わせ、彼でなくとも笑うしかないだろう。

けれどこの男と彼女とでは、決定的に違うものがあった。

 

「そうか。あんたが言ったように、俺達は同類だったか。その様だと明日から出立といったところか?」

 

「……いや。これから肩慣らしに山に出た妖魔を狩りに出向こうと……」

 

「あぁー……悪いな。それなら俺がさっき片付けた。詫びに酒でも奢ろうか」

 

――復讐に死に急ぐ者に、酒を奢る。

命を蝕む神器を着け、今にも里を荒らしに行かんとする百目(ヒャクメ)剣鬼(ケンキ)に対して、どっしりと落ち着いた炎鬼はとんでもない持ちかけをした。

 

「え、いや――」

 

「良いから良いから。安心しろ、俺もあんたと同じ鬼狩りだ」

 

+ + +

 

旅立ちに当たって強い酒は飲めない、とのことなので、酒屋で缶の安酒を一本買い、雨の中長屋へと足を運ぶ。この男が人生で初めて、家に女を連れ込んだ瞬間だった。

 

散水浴(シャワー)を浴びて雨汚れを落とし、部屋着へと着替える。女の分の下着は無かったので、男物の肌着で我慢してもらう。

冷蔵庫で冷やしていた日本酒を開けて猪口(ちょこ)に注ぎ、縁側にどかりと座る男の横で、女は缶ハイとつまみを少し用意し、瓦屋根と雨樋(あまどい)に打ち付ける雨音を聴きながら、暮れゆく曇天を見上げていた。

引金(プルトップ)を爪弾く指先から、炭酸が弾ける爽やかな音が出る。明日の旅路に一抹の不安を覚えているか、遠慮がちにちびちびと飲む女を見て、男は猪口になみなみ注いだ度の強い酒をくいと飲み干す。

 

「鬼狩りと言っていたが、君も隠忍を狩るのか?」

 

「いいや。俺はあんたらみたいな降魔忍者と違って、妖魔(バケモノ)の方の鬼を狩ってる。()()()()でも、隠忍の血統とかいう連中が居るのは知っているが、別段あいつらには興味は無い」

 

次の分を注ぎながら、男は言う。

つまみに用意した海苔煎餅を口に咥え、日が暮れても尚、涙を流し続ける暗雲を見上げる。

 

「――けどまあ、俺の両親が、隠忍の血統とやらに殺されていたのであれば――その時はあんたと同じ、降魔忍者になっていたんだろうよ。あんたもどうせそうだろ?両親が、同胞が、妖魔に殺されたとしたら……」

 

復讐者は、復讐すべき相手に依存して生きる。

男と女は目的である相手が違うだけで、その生き方は全く同じものであった。

 

「……そう、だね。そうなれば僕は妖魔を殺す。けれど君のように、気ままに生きながら、妖魔を殺し続けることなんてできない」

 

「何にせよ、今すぐにでも、この炎を消したいとでも?」

 

「――できることならば。こんな、今日みたいな雨に、忌まわしい過去ごと、きれいさっぱり洗い流してほしい」

 

孤独に、そしてただ孤高に力を振るってきた男と違って、女のその言葉には、怒りだけでなく寂しさが含まれていたような、そんな気がした。

きっとこの女は復讐を遂げた後に、黄泉(あのよ)(たお)れた同胞と再会したがっているに違いない。

豪運にも死を知らない頓珍漢(トンチンカン)な男は、死へ急ぐ女の言葉に、ただ首を傾げるばかりだった。

 

「――君は、死んでいった両親に会いたくは無いのか?」

 

「会いたくねえと言えば嘘になるが、会いたいとは思ってねえな。現世で会っちまったら、今の時代、そいつは十中八九俺を殺す罠になる。会いたいなんて思ったその時には、俺はもう死んでるかもな」

 

「……なんというか、(したた)かだね、君は」

 

空になった酒缶を縁側に置き、火照った身体を軽く仰ぐ。

 

「……僕は、君のように、独りでは戦えない。友を、両親を、片時も忘れることなんかできないし、会いたいとさえ思う始末だ。だからこうして、力に手を出して、刀を振るう道を選んだ。全ての責任を押し付けられて、魔王流を追われる身になるならば――仇と共に爆ぜ散るのは僕だけでいい」

 

「そうかよ、勿体無い。散る為に咲く花なんて無いだろうに」

 

こてん、と女は男の腕にもたれると、つまみの海苔煎餅を一つ取って食べる。

 

「……酔っているな。口説いているつもりか?」

 

「あんたこそ。よくそんな安酒で酔えるな」

 

「はは。酒には弱いんだ、見逃してくれ……」

 

(あかり)一つに照らされた、静かな夜闇の宴席。

赤髪の女は、何を思ったのか、男の腕にぎゅうとしがみつく。

いつ訪れてもいい死を前に、刹那に生きる彼女は、男の顔をじっと見つめる。

その両目には、涙が流れていた。

義眼とはいえ、生きている右目から流れる涙は、赤く黒い結晶の光を跳ね返して、血涙(けつるい)のように、(あや)しく(あか)い艶を見せる。

 

「……どうして僕に、酒を勧めたんだ」

 

同類(にたもの)同士、いい酒が飲めると思ったからな」

 

「――それだけか?」

 

「それ以上に理由が要るか?」

 

男はそう言って、女を見ると、彼女は男の後頭部を抑えて、強引に口づけする。

困惑した男は目を丸くしてそのまま動かなかったが、男の首に手を回した彼女の顔は蕩けていた。

 

「……最初で、最後かもしれないから。僕の心を埋めてほしい」

 

「――何の真似だ」

 

「良いから。安心して、僕も君と同じ鬼狩りだ」

 

夜が更けていく。

強かった雨音が、次第に弱くなっていく。

水音も、吐息も、全部かき消した雨は、その一晩だけ彼女の過去を洗い流した。

 

そうして雨が止む頃に二人は抱き合って眠った。

朝露(あさつゆ)(きら)めく明け方、男が目覚める前に、彼女は一人で長屋を出ていった。

 

+ + +

 

それから不死の身体を持った炎鬼は、やがて鬼を殺す酒を飲んで死んだ。

皮肉にも、両親を殺した鬼と共に、血筋の呪いを解くために、酒を酌み交わして。

 

かくいう曼珠沙華を眼に宿した剣鬼も、神器を狙う忍に討ち取られた。

皮肉にも、彼女が脱した鞍馬神流の、降魔の技を使う者によって。

 

どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選ぶ(いとま)は無い。

選ばないと()()()、という茨の道は、時として人を成功の道へ誘うが、大概はこうして、無慈悲にも人に牙を剥く。

 

かくして()()()()()共は、双方知らぬ間に、双方共に、京の都にて没した。

 

この二つの事実を同時に知っている者も、語り継ごうとする奇特な者も、もはやいないだろう。

そんな奴はせいぜい、二匹の鬼の晩酌(ばんしゃく)を後ろで見ていた、私のような、お節介焼きの幽霊くらいだ。

 

誰も居なくなった長屋に、縁側から陽の光が優しく差し込む。

ぽたりと垂れる雨水を横目に、空に掛かる、か細い虹が見えた。

 

 

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