閑忍譚~カンニンタン~【シノビガミ 二次創作短編】 作:朱星リズ
✕
魔王流 丹朱(タンジュ)
かつて、
四つの頃に両親は鬼に喰い殺され、それから男は心に復讐の
全てを嫌い、
そんな彼だが、当然そんな呼び方をされたら「京の都の鬼が蘇った」などと、奇妙奇天烈な噂が流れ、彼自身の討伐依頼なども間違って出される。鞍馬神流や蓮華王拳、夜顔、挙げ句は
そう、それは中忍や下忍だけでなく、上忍までも。どんなに強い者が現れても、彼を殺す事は
彼は身体に
即ち、彼が持つ異能こそ――自死すらも許されない『
彼の取り巻きはそれを豪運だ、奇跡だと言っていたことから、彼自身は後に知ることになる話ではあったが、彼は致命傷を負ったからといって、決して死ぬことはない身体を持っていた。
故に相対し、死力を尽くして戦った者は、文字通り死力尽き果て、彼の業火に焼かれて行ったのである。
+ + +
彼が
傘も差さない彼の足は、平安神宮の横断歩道の前で止まっていた。
彼自身、特にこれといった用事は無かった。むしろ既に用事であった妖魔退治は終わらせて来ていた。報酬も受け取り、さっさと住まいの長屋に帰れば良いものを、何を思ったのかこの男は、平安神宮に行くと言い出したのである。平安の世を懐古するような口ぶりをしていたが、あの神宮は模倣されただけの明治の産物だろうに。
それから彼は大極殿に向かって手を合わせる。人間嫌いの鬼狩りも、神様のことは信じているのだと考えると、今でも思わず吹き出す話である。
さて、彼が手を合わせて神に挨拶をしているところ、その背後にもう一人の参拝客が現れた。ざあざあと降る雨の中で、石畳に蹴り散った砂利が擦れる音を聴くも、彼は黙祷をやめない。
宝石のような赤い髪を揺らし、彼のように
「――こんな雨で人気も無いのに、参拝客とは。殊勝なことだな」
赤髪の若者は男の声に足を止め、呆れたように肩をすくめる。
「……雨で人気が無いから来たんだけれどね。君も同じ理由じゃ無いのか」
さも同類のようだと返された男は、興味津々に声の主の方へ振り向く。殺気すら感じさせない凛とした華――諦観したような表情で、まるで
ぼろになった羽織は、当人の趣味でも無い限りは、彼女が家も無く戦い続けた、抜け忍であるかのように物語る。
「――平安の祖には何と?」
面白おかしく問いただす炎鬼に、風雨に揺れる
「この地を荒らすこととなり、申し訳ない、と」
男はその解に首を傾げ、腕を組む。
疑問に思ったことを察知したか、彼女は髪を掻き上げ、隠していた右目を見せた。
彼女のことを
曰く、この義眼は京の都に伝わる『
「僕はこの力と、
死の覚悟を背負いながら、復讐を誓う彼女の暗く紅い瞳を見、男は
それもそうだ、この女は出会い頭に、男の冗談に対してお前も同類ではないかと返し、挙げ句男が追うものと
けれどこの男と彼女とでは、決定的に違うものがあった。
「そうか。あんたが言ったように、俺達は同類だったか。その様だと明日から出立といったところか?」
「……いや。これから肩慣らしに山に出た妖魔を狩りに出向こうと……」
「あぁー……悪いな。それなら俺がさっき片付けた。詫びに酒でも奢ろうか」
――復讐に死に急ぐ者に、酒を奢る。
命を蝕む神器を着け、今にも里を荒らしに行かんとする
「え、いや――」
「良いから良いから。安心しろ、俺もあんたと同じ鬼狩りだ」
+ + +
旅立ちに当たって強い酒は飲めない、とのことなので、酒屋で缶の安酒を一本買い、雨の中長屋へと足を運ぶ。この男が人生で初めて、家に女を連れ込んだ瞬間だった。
冷蔵庫で冷やしていた日本酒を開けて
「鬼狩りと言っていたが、君も隠忍を狩るのか?」
「いいや。俺はあんたらみたいな降魔忍者と違って、
次の分を注ぎながら、男は言う。
つまみに用意した海苔煎餅を口に咥え、日が暮れても尚、涙を流し続ける暗雲を見上げる。
「――けどまあ、俺の両親が、隠忍の血統とやらに殺されていたのであれば――その時はあんたと同じ、降魔忍者になっていたんだろうよ。あんたもどうせそうだろ?両親が、同胞が、妖魔に殺されたとしたら……」
復讐者は、復讐すべき相手に依存して生きる。
男と女は目的である相手が違うだけで、その生き方は全く同じものであった。
「……そう、だね。そうなれば僕は妖魔を殺す。けれど君のように、気ままに生きながら、妖魔を殺し続けることなんてできない」
「何にせよ、今すぐにでも、この炎を消したいとでも?」
「――できることならば。こんな、今日みたいな雨に、忌まわしい過去ごと、きれいさっぱり洗い流してほしい」
孤独に、そしてただ孤高に力を振るってきた男と違って、女のその言葉には、怒りだけでなく寂しさが含まれていたような、そんな気がした。
きっとこの女は復讐を遂げた後に、
豪運にも死を知らない
「――君は、死んでいった両親に会いたくは無いのか?」
「会いたくねえと言えば嘘になるが、会いたいとは思ってねえな。現世で会っちまったら、今の時代、そいつは十中八九俺を殺す罠になる。会いたいなんて思ったその時には、俺はもう死んでるかもな」
「……なんというか、
空になった酒缶を縁側に置き、火照った身体を軽く仰ぐ。
「……僕は、君のように、独りでは戦えない。友を、両親を、片時も忘れることなんかできないし、会いたいとさえ思う始末だ。だからこうして、力に手を出して、刀を振るう道を選んだ。全ての責任を押し付けられて、魔王流を追われる身になるならば――仇と共に爆ぜ散るのは僕だけでいい」
「そうかよ、勿体無い。散る為に咲く花なんて無いだろうに」
こてん、と女は男の腕にもたれると、つまみの海苔煎餅を一つ取って食べる。
「……酔っているな。口説いているつもりか?」
「あんたこそ。よくそんな安酒で酔えるな」
「はは。酒には弱いんだ、見逃してくれ……」
赤髪の女は、何を思ったのか、男の腕にぎゅうとしがみつく。
いつ訪れてもいい死を前に、刹那に生きる彼女は、男の顔をじっと見つめる。
その両目には、涙が流れていた。
義眼とはいえ、生きている右目から流れる涙は、赤く黒い結晶の光を跳ね返して、
「……どうして僕に、酒を勧めたんだ」
「
「――それだけか?」
「それ以上に理由が要るか?」
男はそう言って、女を見ると、彼女は男の後頭部を抑えて、強引に口づけする。
困惑した男は目を丸くしてそのまま動かなかったが、男の首に手を回した彼女の顔は蕩けていた。
「……最初で、最後かもしれないから。僕の心を埋めてほしい」
「――何の真似だ」
「良いから。安心して、僕も君と同じ鬼狩りだ」
夜が更けていく。
強かった雨音が、次第に弱くなっていく。
水音も、吐息も、全部かき消した雨は、その一晩だけ彼女の過去を洗い流した。
そうして雨が止む頃に二人は抱き合って眠った。
+ + +
それから不死の身体を持った炎鬼は、やがて鬼を殺す酒を飲んで死んだ。
皮肉にも、両親を殺した鬼と共に、血筋の呪いを解くために、酒を酌み交わして。
かくいう曼珠沙華を眼に宿した剣鬼も、神器を狙う忍に討ち取られた。
皮肉にも、彼女が脱した鞍馬神流の、降魔の技を使う者によって。
どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選ぶ
選ばないと
かくして
この二つの事実を同時に知っている者も、語り継ごうとする奇特な者も、もはやいないだろう。
そんな奴はせいぜい、二匹の鬼の
誰も居なくなった長屋に、縁側から陽の光が優しく差し込む。
ぽたりと垂れる雨水を横目に、空に掛かる、か細い虹が見えた。