閑忍譚~カンニンタン~【シノビガミ 二次創作短編】   作:朱星リズ

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長耳 月唄 終夜(ツキウタイ ヨスガ)

世界忍者連合 神南 輪世(カナミ リンゼ)


「生に縋る愚者」

悪夢を見た。

長耳(ナガミミ)である僕が、それも連日同じような。

木々が固く作り上げた壁と、そこに作られた鉄格子を隔てて、僕ともう一人――僕と全く同じ顔をした、隠忍(おに)ではない、只人(タタビト)の男が対面する。

 

「死ぬな。絶対に死ぬな。生きろ。生きて、生きて、生き続けろ――」

 

他人の生を渇望し、生きろと言葉にする彼の顔には、不思議な事に慈しみなどは無く、ただそう口にしながら僕を恨めしそうに睨んでいた。

どうしてその人を憎んでまで、その人に生きていて欲しいのだろうか。

どうして僕は、彼に恨まれなくてはいけないのだろうか。

 

かつて構築された、半永久的に機能する隠忍の召喚術によって、僕達、長耳は知らない間に生まれてくる。それは勝手に動く物ではなく、必ず一人、取り替え子という生贄を用意しなければならないという。

もし、この檻の向こうに居る彼が、僕の取り替え子だとしたら。現世での生を奪われて、僕を酷く憎んでいる者であるとしたら――。

 

何度目かわからない夢の中、黙り続けていた僕は、思い切って彼に訊いてみることにした。

 

「どうしていつも、そんなに恨めしい顔をするんだい。他人の生を望むことは、何も悪い事じゃあないじゃないか」

 

「――お前が憎く、同時に歯痒いからだ。お前が死ねば、僕も死ぬ。僕は現世の美しさを知った。だからこんな煉獄(れんごく)から抜け出して、僕の手でお前を殺し、お前と繋げられている忌々しい命の鎖を解く」

 

男は鉄格子を掴む腕に力を込め、怒りを絶やさぬまま、こちらを見上げて口角を上げた。

 

()()になるんだ。今のお前のように。その為には、お前が生き続けなければならない。お前がこの煉獄の門を開くまで、僕がこの煉獄を脱するまで……、生きて、生きて、生き続け――その果てに、僕に殺されろ」

 

月蝕(げっしょく)のように赤い目には、僕に対する復讐の炎が静かに灯っていた。恐ろしいほどの邪気を宿しながら、もう一人の僕はおぞましい妖魔の姿に変貌していく――。

 

+ + +

 

「――おおー、怖……。そんな夢を見たんですねえ」

 

占い師の女性――神南 輪世(カナミ リンゼ)は、僕の話を聞くと同情するような優しい声音で返した。

いくら何でも連日同じような悪夢を見るもので、何か悪い物が憑いたのかと仲間にも心配された。そんな僕を心配してくれた仲間は、折角だからと占い師を手配してくれた。

斜歯(はすば)比良坂(ひらさか)に頼むのは(しゃく)だと話しながら、ほとんど宛の無いハグレモノから依頼先を探していたところ、偶然にもタロット占い師が居るとのことで、こうして彼女に依頼することにしたのだ。

 

「はい。友人は何か悪い物が憑いてるんじゃないかって言っていて……それで相談しに来たんですけど……」

 

「うーん……わかりました。じゃあちょっと見てみましょうか」

 

そう言うと輪世(リンゼ)はカードをシャッフルし、テーブルに7枚のカードを置いた。内最後の2枚は十字に重ねて置かれる。

 

「ここに展開したのは、現実世界と夢の世界を比較するための方陣(スプレッド)。これらはそれぞれ、現実で起こっていること、夢で起こっていること、現実での感情、夢での感情、その夢を見た原因と、あなたはどうすべきか、それに重ねて降ってくる問題を指します」

 

彼女は1枚ずつカードを(めく)っていく。

タロットについてはあまり詳しくなかったので、出たカードがそこまで良いものかはよくわからなかった。

聞くところでは出た順に、魔術師の逆位置、悪魔の正位置、月の正位置、審判の逆位置、戦車の逆位置、節制の正位置、愚者の正位置。

上下が逆さまのものは「逆位置」と呼び、基本的にはカードが示すものの反対の暗示が起こるものらしい。

 

「総括するに――あなたは一度、身の回りを整理整頓したほうがいい!あなたの家、多分だけど部屋が汚いでしょ?」

 

――沈黙が流れた。どきりともせず、僕は彼女が出した結論に首を傾げる。

 

「え……っと、住んでる家は無いよ。僕ら長耳は基本的に宿暮らしで、里に戻る事もあるけど、身分が高く無ければ里に自分の家なんて置けないし……」

 

「――あ、あれ?……ええぇ〜?それじゃあ……うーん……」

 

ウンウン唸りながら、彼女はじっと節制のカードを見つめ、眉をひそめる。

 

「……1枚ずつ見ていきましょう。まずあなたは魔術師の逆位置……つまり自分の技術や能力の未熟さを憂いて、自信を喪失しているのではないか。どう?最近そんな感じする?」

 

「ううーん……」

 

なんだか的を外したような占い結果を聞き、今度は二人で一緒に首を傾げた。確かに魔力がそこまで高くないため爵位(しゃくい)は持っておらず、低級の長耳ではあるけれども、そこまで自信を喪失しているとは思っていなかった。

見かねた輪世はバッグから本を取り出すと、パラパラとそれを捲って、ばつが悪そうに続けた。

 

「……自分の技術や能力を磨こう!っていう意欲はある?やる気とかさ」

 

「うーん、無い、かも。今でも不自由してないしな……」

 

「あ、じゃあそれだ!今特に不自由していないから、そういった意欲が湧かない!そんな状況で見た悪夢だから、きっと警告夢かもしれません」

 

それから彼女は悪魔、月、審判と続ける。

夢の中に出た自分自身は悪魔であり、実は自分自身の破滅を望んでいる。それを受けた僕は夢では何らかの罪悪感を抱いて自罰的な感情を抱き、現実ではその結果からただならぬ不安を抱いている、と。

 

そしてその夢を見た原因――戦車について、彼女はこう語った。

 

「戦車の逆位置は、暴走や敗北感、他人へのイライラみたいな暗示。なんか最近そんなことあった?」

 

そういえば直近、鞍馬神流(くらましんりゅう)の忍と妖魔狩りの忍務を受けたが、あの忍とは思想の違いで(こじ)れてしまったような、そんなことを思い出した。

 

「あの忍は自分の力を引き出すために、わざわざ自分自身を傷付けていた。ちょっとそれが見てて怖かったけど、確かに彼女は力を引き出せていたし、強かったなあっていうのは思ったな……」

 

輪世(リンゼ)は「なるほど」と唸ると、それから節制と、その上に重ねられた愚者を指差す。

 

「じゃあこれはそうね、鍛錬しろってことだと思います。ふらふらと不自由なく生きるのもいいけど、水の流れは止めるな。成長を止めることは流れを止めることと同義。一気にじゃなくていいから、一日腹筋30回から始めましょう」

 

「え、ええ〜……?わ、わかりました……」

 

「うんうん。じゃあ今回はそういうことで。占い料はお仲間さんから戴いてるから、そのまま帰っていいですよ。あなたに運命の微笑みがありますように!」

 

+ + +

 

それから僕は言われたとおり、弓術や魔術の訓練を始めた。仲間にも動いてもらって、その仲間が持つ的に夢想弓(むそうきゅう)を動きながら当て、休憩中は瞑想をし、食事の際はそれなりにスタミナのつくご飯を食べて、夜は腹筋30回。

不思議な事に、トレーニングを始めた初日から、パタリと悪夢を見なくなった。

 

後日、経験を積むという名目で、依頼を1つ受けた。内容は、街で暴れて表の世界に被害を与えている忍を無力化して捕縛すること。別段大したことのない、賞金稼ぎが暇つぶしに受けるような依頼だ。

依頼人の元へ行くと、見知った顔の女性――いつだったかの占い師が立っていた。

 

「やっ、あの時のウサミミくん!――終夜(ヨスガ)くんだっけ?同じ依頼受けてたんだ!どう?あれからトレーニングしてる?」

 

「あの時の!そりゃあもう。おかげで悪夢も見なくなったよ」

 

「良かった!じゃあその成果、楽しみにしとこうかな」

 

犯人は御斎学園(おとぎがくえん)の中忍で、不登校の生徒だそうだ。

高所での戦闘を得意とするとのことで、追手を振り切りながら表の世界で迷惑行為を行い、そうして人が混乱する様をSNSに上げているのだという。

人相書きや情報、犯人が残した足跡を辿って居所を探る。手に入れた手がかりを頼りに黒い森を駆け上がり、鉄筋で出来上がった木々を飛び移る。

その日の月は新月で、切れそうな細い輪郭だけが街の頭上に仄かに輝いていた。

 

折り込んだミニスカートとロングヘアを夜風に揺らし、僕たちの来訪を待っていたように、犯人の忍はこちらを向く。

 

「――追いかけっこしよう。こないだも、そのまたこないだも、誰も追いつけなかった。貴方達は私に追いつける?」

 

バチバチと火花を散らしながら、揃って高速機動(ヴェロシティ・システム)に入る。

訓練通りに弓を引き、彼女の足を狙うも、上手く当たらない。輪世(リンゼ)は彼女の機動を予測して回り込み、針を打ち込もうとするが、それも間合いが届かない。

 

「あいつ、速すぎ!」

 

愚痴る輪世(リンゼ)を他所に、夢想弓を放ち続ける。次は彼女の行く手を阻むように、ビルの下にできた人混みへ誘導していく。

彼女も負けじと、自身の得意領域から逃れないように立ち回る。

再び僕が矢を番えようとしたその時――。

 

人遁(じんとん)破軍(はぐん)。奥義、【落首花椿(らくしゅはなつばき)】」

 

幻影の手が僕の首を後ろから掴み、態勢を崩(逆凪)させる。機動は空中で止まり、散りゆく椿のように、僕は真っ逆さまにビルの壁面から落下した。

 

――生きろ!

 

何者かが、身体の底から叫び声を上げる。

ぼう、と自身の身体から赤く燃える鬼火が現れるのを見た僕は、地面に打ち付けられると同時に爆炎に巻き込まれる。

 

――ここで死してたまるか!生きろッ!!僕がお前を殺すんだッ!!

 

ドクン、ドクン、と強く打ち付け続ける心臓を抑えながら、砕けたアスファルトの上に立ち上がる。

 

「……うるさい。この程度で死ぬ程、僕は弱っちい存在じゃない」

 

上空に向かって夢想弓を番える。その矢の先端に鬼火が灯り、それを放つと、赤い放物線を描いて流星となる。驚いた女学生はなんとか高所に留まろうとするが――放った矢は赤い蝶のような姿を取り、女学生の回りをバタバタと飛ぶ。

そうして彼女は、雑踏へと誘導させられた。

 

「なっ――」

 

「【生命の朔望(月は満ちる)】」

 

空に浮かぶ新月は、まるで時を加速させたように、満月の姿を取る。

ぎり、と弓を引絞り、女学生の足元を狙う。再び高速(ヴェロシティ)に乗ろうとする彼女に、輪世(リンゼ)が上空から妨害するように魔法陣を描き、瓦礫を降らせた。

 

「調子に乗るのもそこまでよ!――【崩落せし傲慢の塔(バベラス・ブレイカー)】ッ!!」

 

出来上がった瓦礫の山からむくりと立ち上がる女学生は、ダメージによって思うように気が練れておらず、ついに慌てた様子を見せて刀を抜き、こちらに走って斬りつけてきた。

 

夢想の矢は見事彼女の足に命中し、得物を落とした彼女は、僕の足元にべちゃりと転んだ。

 

瓦礫をまるで無かったかのように幻の蝶に変える僕の横で、戦意を失った女学生の腕を輪世(リンゼ)が縛った。

 

「――殺してよ」

 

そんな彼女が口を開く。

 

「殺してよ!うんざりなんだ!こんな世の中!学校だって家だって、どこ行っても苦しいんだ!!」

 

力を御せる忍者は、全霊の力を解き放つこと(最後の一撃)で自死を選ぶことができる。

忍者は、忍者に殺されることはできない。

それくらいは、彼女もわかっていると思っていたけれど――いいや、わかっていなかったことが、何より安心したことか。

 

彼女は夢の中の僕とは真逆の事を言った。

この世の美しさを知らない彼女は、この世を煉獄だと言った。だから死にたいと言った。

 

「――僕の友達は、この世は美しいって言ってたよ」

 

「は……?」

 

「だから、こんな煉獄抜け出して、現世に帰るんだ、って。僕の友達は、別世界にいるみたいだから、どんな手段を取ってでも帰るんだって」

 

死にたがりの女学生は黙ったまま、僕の話を聞いていた。

 

「……もし、生きる理由が必要なら。もし、何を頼りに生きればいいかわからないなら。僕たちと一緒に考えないか。僕は、誰にも死んでほしくない」

 

「そんなの……そんなの、あんたの独りよがりじゃん!あたしには関係ない!!」

 

「っ、関係ないわけが――」

 

言いかけたところで、輪世(リンゼ)が仲裁した。

 

「ああーはいはい!熱くならない!」

 

どかりと女学生の前に座り、彼女はカードデッキを取り出して混ぜ始めた。

 

「私もね、人間だし。そうやって人に勝手に死なれるのは嫌だよ。君が例え知らない人であっても。わかる?止められるものは、止められるときに止めたいワケ。はい、好きな数字!」

 

「な、何、急に」

 

「いいから!好きな数字!」

 

「ろ、6」

 

そう聞いた彼女は、デッキを6回混ぜるとカードを1枚引き、女学生に見せた。

 

「はい。あなたの運命は死の逆位置。たぶんイジメとか、虐待とかで悩んでんでしょ?だったらそんな縁は切り捨てちゃうっていう勇気も大事。あなたの人生はあなたの自由。ハグレモノになったって、恥ずかしい事なんて無いんだから」

 

「は、ハグレモノ……嫌よ、そんなことしたら……怒られ……」

 

「ほら!そういうこと言うから良くないの!縄を解くから、ここから1枚引きなさい!」

 

輪世(リンゼ)は女学生の縄を解いて、背中をトントンと叩き、両肩に手を置いた。恐る恐る女学生がデッキからカードを引くと、月のカードが逆さまになって出てきた。

 

「あなたの運命を支えるカードは月の逆位置。あなたの抱えてる不安は、徐々に無くなってくる暗示。――ね、一度ゼロから、やり直そう。私達も手伝うからさ」

 

女学生の目に涙が溢れ始める。ダムが決壊するかのように、彼女は号泣した。

 

「――ぅ……うっ、うっ……ぁああ……!!」

 

「……あなたに、運命の微笑みがありますように」

 

泣き崩れる彼女を、輪世(リンゼ)は後ろから優しく抱きしめた。

改めて占いは凄い力を持っているな、と思った。それこそ、そこに無かった生きる(よすが)を、こうして簡単に作ってしまうのだから。

 

+ + +

 

依頼人には女学生が自死を選んだと伝え、報酬の半分を貰った。その後、依頼人――女学生の親が去って行ったことを確認し、彼女の元へ戻る。

明け方まで眠って回復した彼女に、貰った報酬金の全てを渡し、事の始終を説明した。

 

「何から何までありがとう」

 

「いーの!私だってハグレモノだし。君だけじゃないんだ」

 

「僕は長耳なんだけど……まあ、自由に旅してるし、ハグレモノみたいなものか」

 

心の傷が癒えきってないのか、彼女は力なく笑う。その様子を見て、輪世(リンゼ)は僕に提案した。

 

「……まだまだメンタル的に一人旅とかはできなそうだし、私と終夜(ヨスガ)くんと、2人で面倒見るか」

 

「えっ」

 

「えっ、じゃないの!親御さんにあんな嘘ついたの、君も同罪だからね!乗りかかった船には乗ってもらうよ」

 

こうして今日から、ハグレモノの下忍とはいえ、中忍程度の力を持っている彼女の面倒を、しばらく二人で見ることになった。

御斎学園の目から逃れるためにも、確かに護衛くらいはしばらく居たほうがいいかもしれない、と思い、納得することにした。

 

「……全く。人生何が起こるかわからないな」

 

「ふふ。それ、私の座右の銘」

 

人生、何が起こるかわからない。

本当に、何が起こるかわからないことが、人生の楽しみなのだと僕は思う。

それを座右の銘にしている輪世(リンゼ)も、同じように思っているんだろう。

それに、夢の中で出会った彼も、現世の美しさを知ったと言っていたが――もしかしたら、この事なのかもしれないな、とも思った。

きっといつか出会うその時、僕を殺すと言っていたが、同じ価値を分かち合って和解できれば、と片隅で願っている。

 

何も無かったかのように、一つの物語を終えた、都市の大通り。

夜明けの光が、3人の愚者の歩く道の先に、輝いて見えた。

 

 

 

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