それは一瞬の出来事だった。
碼鶴を退けた一馬と甚爾はそれぞれ別の違和感を感じる。
とてつもない呪力と違和感を二人は関知する。
「何だ一体?」
「気持ち悪い感覚だ....何なんだこれ?」
互いが疑問を口にした瞬間、一馬の身体が湖の方角に急に引き込まれた。
「!?」
「一馬!」
甚爾は手を伸ばすが一馬の指に触れること無く身体が引っ張られていく。
甚爾は一馬を追いかけるがまるで穴に吸い込まれていくように一馬の身体は奥へ奥へと進んでいった。
甚爾は地面を踏み締める足に力を入れる。
痛みや疲労は思考ごと捨てる。
それだけして追いかけている筈なのに一馬に追い付かなかった。
森を抜け湖に到着する。
引っ張られていた一馬の身体は破壊された祠の付近まで連れて来られると止まった。
(今なら間に合う!)
甚爾は一気に一馬の元に駆け寄ろうとするが目に見えない頑丈な壁の様な何かにぶつかり吹き飛んでしまう。
「グアッ!?.....何だこれは!」
甚爾は通れない壁を殴ってみるがびくもとしない。
(これって帳か?
禪院の奴等のじゃねぇとしたら....!?
早く一馬をこっから出さねぇと!)
帳を降ろしたのが呪霊の可能性があると気付いた甚爾は見えない壁を殴り蹴り続けた。
効果が無いのは分かり切っていたが付近の大木を殴り倒すとそれを持ち上げて壁に突進する。
だが、負けたのは大木の方であり簡単に折れて粉々になってしまう。
だが、それでも壁を壊そうとするのを止めない。
呪具と道具を全て使い切った甚爾に出来ることはもうそれしかないのだから.......
「クソッ!一馬!!
クソがっ!」
甚爾の悪態が虚しく響き静かな湖に溶けて消えていった。
対する一馬は帳が降ろされた事を呪力を関知して理解してしまった。
そして、湖のそこから流れ出る尋常じゃない呪力も感じ取ってしまった。
これまでとは比にならない威圧感を感じて身体が硬直する。
すると、湖の底から声が聞こえてくる。
『カゾク....キエタ。
モウ....ヒトリ....ヤダ』
「家族?....どういう意味だ?」
不意に発した一馬の言葉に湖の底の者は反応する。
『ダレカ....イル?
ヒトリ....ツライ...クルシイ』
『オマエヲ.....カゾク.....スル』
その瞬間、一馬の身体が水中に吸い込まれる。
(息が.....!?)
口を抑える一馬が見たのは"巨大な口"だった。
湖の全体にかかり開かれた大きな口。
その口が開かれると一馬は全身を喰われてしまう。
口の中にあったのは強大な呪力の塊....しかもその呪力は増え続けていた。
行き場を無くした呪力は宿主を求めた。
そして、中に入った一馬の身体に入り込んでくる。
突如、全身の血管が破裂する程の痛みと血を拭き出す。
肉体の許容限度を越える呪力を流し込まれると起こる現象だ。
こうなった人間の末路は二つしかない。
"呪力に身体を侵食され呪霊へと堕ちるか"。
"呪力に耐えきれず肉体が破裂するか"。
一馬は生きようと必死に足掻くが全身の痛みと身体を暴れ回る呪力がそれを許さない。
言語化出来ない痛みと苦しみは一馬の精神を一瞬で崩壊させ意識を取り戻しては崩壊のループを繰り返す。
もう、一馬の中には言葉も無くなり感情も粉々に破壊された。
....しかし、一馬はその光景に既視感があった。
もう、誰の記憶かすら分からないが思い出せる。
包帯で全身を覆われ今の様な痛みを受けた。
聞こえてくるのは親しかったであろう
逃げることは出来ずこの身に起こるのは痛みだけ.....
そうだ....俺はそこで死を感じ生を求めた。
生きたい....死にたくない。
例え、記憶と意識を失ったとしても生き延びたい。
他の全てを"犠牲"にしたとしても......
俺は包帯の中で握った拳で身体を拘束していた枷を引き千切った。
突如、黒い閃光が走り俺は生き残るために力を使った。
....あぁ、思い出した。
あの日、父親と呪術師を喰らったのは....."俺"だ。
父親が施した俺を"呪具に変える術式"に俺の術で上書きを施して彼処にいた全員の全てを俺と言う呪具に封じ込めたんだ。
俺は前と同じ様に荒れ狂う周囲の呪力を消し飛ばす様に両手を振るった。
すると、両手から前と同じ様に黒い閃光が走る。
一瞬、自分の身体に絡み付いていた呪力が吹き飛ぶと素早く手印を結ぶ。
その形は
「領域展開.....」
【
一馬が発動した領域展開は一瞬の内に広がると自分を飲み込んだ呪霊を取り込んだ。
そして、あらゆる形に無制限に変化していく。
その変化に呪霊の精神が耐えられなくなり絵の具に水を加える様に薄まり透明になっていく。
『キエ...ル?イ...シキ....ガ...』
呪霊の精神が喪失すると残ったのは呪霊の肉体と力だけだった。
一馬はその力に自らのイメージを投影する。
すると、一馬のイメージに寄り添う様に力は形を変えると小さな黒い壺に姿を変え存在が安定した。
呪具として完成させると一馬は自分の胸に手を当てる。
「"第一門.....開放"」
その声と共に一馬の身体に7つの"丸い刺青"が浮かび上がり胸の中心にある刺青が光ると先程、作り上げた呪具を吸い込んだ。
呪具が体内に収まると一馬が「"閉門"」と呟き中心の刺青に"封"の文字が浮かぶ。
封印を終えると一馬は気絶してしまった。
沈む身体を潜ってきた甚爾が掴み上げ水上まで担ぎ上げる。
「ぷはっ!.....おい、一馬!!
目を覚ませ!しっかりしろ!」
甚爾は一馬を岸まで上げると身体を揺さぶる。
すると、一馬は水を口から吹き目を覚ました。
「ぶはっ.....はぁはぁ....ここは?」
「気が付いたか。
お前、湖の中を沈んでたんだ。」
「湖に?....そうか。
そう言うことか。」
一馬は身体を起こすと先程、呪具を封印した胸に手を当てる。
「何があったんだ一馬?
お前が湖に引っ張りこまれてから...」
一馬は甚爾の問いに少し悩むと逆に問いかけた。
「甚爾....俺はお前の事を勝手だけど親友だと思ってる。
だから、お前には正直に話す。
俺が何なのか?
そして、何をしたのかをな。」
一呼吸置いた一馬は話し始めた。
「俺の父親は俺が呪霊から呪具を作り出せる術式があると知ってとある術を俺の身体に施した。
"人間を呪具が封印できる器に変えてしまう術"だ。」
「!?」
「この術は対象となる人間の精神を破壊して呪具を封印出来る器に変えるらしくてな。
術が発動した時は地獄の様な苦しみを味わったよ。
でも、そのお陰で俺の生きたいと言う欲望が純化して生得術式に反映された。
俺は彼処で.....始めて領域展開をした。
俺の領域展開は周囲の呪力を持った全てを無制限に変化させて好きに作り替えられる呪具を作る術だ。
俺は父親とその周りの呪術師全員を呪具に変えて俺と言う呪具の器を作る術式に組み込んだんだ。
そのお陰で俺の意識は失われること無く呪具を封印できる"生きた呪具"と俺は成った。
記憶を失っていた筈の俺が術や武術に秀でていたのは組み込んだ呪術師達の力を喰らったからだ。」
「それじゃあ....湖にいた呪霊は?」
「俺の領域展開で呪具に変えて身体の中に封印した。」
「........」
「俺の力は他の呪術師の上澄みを吸い取った結果だ。
そして、それは俺の精神構造にも関わってくる。
俺が弟の二虎を大切に思ってたのも.....きっと父親の記憶と精神が作用したからだ。
俺を呪具に変えて捨餓螺家の地位を磐石にした後、二虎に当主の座を譲り俺を呪具として使い続ける魂胆だった。
全部、思い出したことで色んな術師の記憶が入ってきてな....それでわかっちまうんだよ。」
一馬の話を聞き甚爾は無意識の内に拳を握っていた。
(俺は禪院での生活がクソだと思ってたが.....一馬はもっと"クソな世界"にいたんだな。)
「何でそんな話を俺にしたんだ一馬?」
甚爾の問いに一馬は自分を冷笑しながら答える。
「分からねぇ。
こんなこと話しても意味ねぇ事は分かってる。
俺の存在がバレたらきっと御三家からも俺は呪具として扱われることもな.....でもお前には話しておきたかった。
それだけだ......」
一馬達が会話をしていると二人の元に直毘人と扇が現れる。
「おぉ、生きてたか悪ガキども!」
直毘人はそう言う中、扇は一馬に尋ねる。
「捨餓螺 一馬....ここにいた"特級呪霊"は何処にいった?」
その問いに周囲は驚くが甚爾が答えようとする。
「俺が来た時には一馬が気を失って倒れていた。
特級呪霊なんて何処にもいなかった。」
「お前には聞いていない黙っていろ。
答えろ捨餓螺 一馬....答えぬのなら力付くで...!?」
扇が一馬に触れようとするが甚爾が扇の肩を掴み止める。
「貴様....邪魔をするな。」
「一馬に触れようとするんじょねぇよ。」
「邪魔だてするならばここでお前を斬るぞ!」
脅してくる扇に甚爾は肩を握る手に力を込める。
凄まじい握力により肩の骨が軋む。
「ぐっ!....」
「もう一度だけ言うぞ。
一馬に触れんな....."殺すぞ"。」
甚爾はそう言うと隠していた殺気を開放する。
殺気を受けた扇は動揺から汗をかき刀に手を掛けようとしたのを直毘人が止めた。
「分かった。
特級呪霊などいなかった訳だな。
ご苦労だった。」
「兄上!?何故!」
「直接現場を見た甚爾が言っておるのだ。
本当なのだろう。
なら、これ以上追求する意味はない。」
「しかし!」
「当主であるワシの決定に従えないのか扇?」
「......承知いたしました。」
「うむ!と言う事だ。
甚爾も扇の肩から手を離せ。
ここで殺し合いでもする気か?」
直毘人の言葉を聞き甚爾も扇の肩から手を離す。
「良し、後始末はこちらがやろう。
お前達は本家に帰って治療をして貰え。」
直毘人の言葉に従い二人はその場を後にする。
二人だけになった瞬間、一馬が言う。
「甚爾....お前」
「確かに俺は禪院の者だ。
でもよ俺の事を親友と呼んでくれる奴を売る程、家に魂を売っちゃいねぇ....安心しろお前の事は誰にも言わねぇ二人だけの秘密にする。」
「良いのか?
バレたら最悪、禪院家に命を狙われるかもしれないぞ?」
「はっ、それこそ今も大して変わんねぇよ。
んなこと気にする暇があったら強くなるぞ。
俺達が誰にも負けない程、強くなれば手を出そうなんてバカも現れなくなるだろうからな。
兎に角、今は傷治して飯食うぞ。
腹減って仕方がねぇ.....」
甚爾はそう言うと一馬と共に本家に帰るのだった。
本家で治療も終わる頃には禪院家での合宿は最終日となっていた。
俺は挨拶もそこそこに禪院家を出ると捨餓螺家に帰って来た。
二虎と源爺が俺を迎えに来る。
「一馬様!よくぞご無事で.....」
「心配したんだよ兄さん!
怪我は本当に大丈夫?」
「あぁ、問題ねぇよ。
ありがとうな源爺.....二虎。」
「どうしたの兄さん?
僕の顔に何か付いてる?」
「いや....何でもねぇ。
ちょっと疲れたから先に寝るわ。」
そう言って俺は自室に戻る。
一人っきりになった俺は座り込んだ。
「二虎を見て動揺するなんて....何考えてんだよ。」
記憶を取り戻した一馬は自分の中にある二虎への想いに戸惑いを隠せないでいた。
(二虎に対するこの想いは父親の感情から掬い取られた上澄みだ。
....それを知っちまった後、俺は二虎にどんな顔をしたら良いんだ?)
「どうすりゃ良いか....分かんねぇよ。」
一馬は弟への想いに一人悩んでいると俺の部屋を誰かがノックする音が聞こえる。
「誰だ?」
「僕だよ兄さん.....今良い?」
「二虎?....良いぞ。」
一馬は二虎を迎え入れると二虎は大きなキャンパスをもって現れた。
「どうした二虎?」
「えっと....実は兄さんに見て貰いたい物があるんだ。」
二虎がそう言って一馬に見せたのは一枚の絵だった。
子供の頃の
実際には存在しない風景がそこには描かれていた。
「やっと、完成したんだ。
僕が兄さんと過ごしたかったこの光景が....もうこの絵よりも僕たちは大きくなっちゃったから実際にこう言う風には遊べないけど....でもこれから先の未来は違う。
兄さんと二人でこの絵に写る僕達みたいに過ごしていきたい。」
「.......」
「ずっと言えなかったけど....僕を助けて....守ってくれてありがとう。
これからは僕も兄さんに負けない様に強くなるから....」
二虎の言葉を聞いて俺は涙が溢れて止まらなくなっていた。
(俺は弟からこうも想われていたんだな。
この想いは"過去の父親の記憶"じゃない"今を生きている弟"の物だ。
ありがとう二虎.....お前の絵と言葉に救われたよ。)
「どうしたの兄さん?」
一馬の顔を見てそう尋ねる二虎に一馬は涙を拭くと笑顔で告げた。
「いいや....俺は本当に良い弟に恵まれたと思ってな。」
「それってどういう意味?」
「気にすんなこっちの話だ....あー、悩んでた自分が馬鹿馬鹿しいぜ!
安心したら腹減ってきたな。
源爺に言って飯でも食うか。」
「え?でもさっき疲れて寝るって.....」
「お前のお陰で疲れぶっ飛んで元気一杯だ!
良いから飯食ううぞお前も来いよ二虎。」
一馬はそう言って二虎を連れて飯を食べた。
その飯の味はこれから先も忘れない。
一馬と二虎が本当の意味で兄弟となった味なのだから....