悪童と呼ばれた呪具師   作:多趣味の男

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第十二話 終宴(下)

【加茂 賢尺の記憶】

 

酒天童子の一件が終わり賢尺は事後処理に追われていた。

酒天童子の呪具化は呪術師界でも大きな話題となっていたのだ。

 

特に酒天童子を呪具化した捨餓螺 一馬への注目が大きくなったのは言うまでもないだろう。

様々な呪術師や権力者が捨餓螺 一馬へ接触しようとしたが御三家が捨餓螺との縛りを結んでいる情報を流すとその動きは小さくなっていった。

 

故に、賢尺は目の前にいる加茂家の者達の直訴に苛立ちを隠せないでいたのだ。

「賢尺様っ!何故、酒天童子の呪具を我々が所有できないのですか?」

 

目の前にいる一派は加茂家の中でも古い伝統や仕来たりを重んじる集団だった。

「その事ならば前にも話したであろう?

確かに呪具化には成功したがまだ危険が無いと決まった訳ではない。

故に捨餓螺に監視の任を与えたのだ。」

 

賢尺がそう説明すると集団の中心にいた老人が話してくる。

「ならば、尚更、大江山の封印を担当していた我々がその呪具の管理をすべきではありませんか御当主殿?」

 

賢尺に意見したこの老人の名は"加茂 紫痕"(しこん)

先々代から一派を纏め上げており度々改革派である賢尺と衝突していた。

「今回の一件は捨餓螺家が関わっているとは言えあくまで加茂家の問題である筈....なればこそ呪具の管理や処遇は我々が決める権利があるのではないですか?」

「我々....まるで呪具の所有権が自分達にあると言いたげですな紫痕殿。」

 

「いえいえ、滅相もない。

ただ、御当主殿には御三家として"恥じない姿"を多方面に見せるべきだと老いぼれながら思う次第にございます。」

(良く言う....加茂家が呪具の所有権を手に入れれば是が非でも自分の手元に置こうとする癖にな。)

 

賢尺は紫痕について良いイメージを持っていない。

昔を重んじるだけの老いぼれならば良かったがこの男はそれだけでなく今でも権力を欲している。

 

呪術師を神格化させて表の世界にすら躍り出ようとしていることを賢尺は理解していた。

賢尺は確かに当主となってはいるが発言力で言えば紫痕の方が上だった。

 

加茂 麗が大江山の封印に選ばれたのも紫痕の声があったのも大きい。

(あのジジィは麗と俺が同期なのを知ってる。

今回選ばれたのも俺を揺さぶる狙いがあったんだろうな。)

 

賢尺はそう考えながら紫痕に見える様に一つの書類を取り出した。

「これは?」

「大江山に関する過去、数年分の報告書です。

"貴殿方が改竄する前"の......」

 

「!?」

「今回の一件、おかしいと思ったのです。

酒天童子の封印は確かに弱まっていました。

ですが、その兆候がこんなギリギリになって現れるものかとね......そうして調べましたら報告されていた異変が意図的に削除された痕がありました。」

 

「でっ!?....デタラメだっ!

こんな資料をワシは知らん!」

紫痕の取り巻きが立ち上がり反論する。

「大方、紫痕様を陥れようと貴様が仕組んだのだろう!」

「私がその様な真似をどうしてするのですか?」

「そっ....それは!?」

 

「この資料には紫痕様が管理されている保管庫の印が押されています。」

そう言われ資料を確認すると確かに紫痕の管理する保管庫の書物を示す印鑑が押されていた。

それを見た紫痕は動揺を顔に出さないようにしながら言った。

「確かにこの資料は私の保管庫にあった物でしょう?

ですが、何故これを御当主様がお持ちなのですか?」

「さぁ.....いつの間にか私の書斎に置かれていました。

大方、善意の第三者が届けてくれたのでしょう?」

 

そう惚けた賢尺に苛立った紫痕の取り巻きが賢尺の胸ぐらを掴み上げる。

「貴様、何をする?」

「黙れ!お前の様な若造が当主をやっているのがそもそも間違いなのだ!

改革?そんな下らない事の為に加茂家が代々受け継いできた歴史を汚す気なのか?」

 

紫痕に与している者達の考えは良くも悪くも単純だ。

歴史と家を重んじその名と地位が自分の価値だと本気で思っている。

故に加茂家当主であっても歴史と今の地位について長い紫痕の方が立場が上だと本気で思っているのだ。

 

そして、これまでは紫痕の意に反する者を恫喝すればそれが地位に結び付いた。

だからこそ、今回も何も考えず反射的に賢尺の胸ぐらを掴んだのだ。

 

だが、今この場に置いてこの選択は最悪の手段だった。

紫痕は胸ぐらを掴んだ段階で止めるべきだった。

己の失策を理解したのは紫痕の頭に降ってきた"取り巻きの歯"を見た時だった。

 

「はひょ!?」

 

一瞬の内に全ての歯を失った取り巻きは流れる血と痛みから自分の状態を理解した。

呆然としている取り巻きの頭を賢尺は掴み上げる。

見ると掴んでいる賢尺の腕が術式を発動し黒くなっていた。

 

「こっちが下手に出れば調子に乗る.....良く分かった。

アンタらは一度、自分の状況を理解した方が良さそうだ。」

そう言うと賢尺は掴んでいた取り巻きの頭を地面に突き立てる。

取り巻きの頭は畳を貫くと動くのを止めた。

 

「お前ら一派が何を企んだかは知らないがそのせいで犠牲者が出た。

大江山の住人や呪術師にもだ。

この落とし前はどうつける気だ?」

「それは......」

 

「これだけ長い期間行われてたんだ。

隠匿が作為的なのは分かる。

問題は誰が指示して主導したか?だ。

そいつには何がなんでも責任を取って貰う。

なぁ、紫痕殿?

それこそが上に立つ者の責務ですよね?」

「.....仰る通りかと」

 

紫痕は暗い顔をしながら答える。

すると、賢尺は席に座り直した。

「今回の一件が片付くまで紫痕殿を加茂家に関する仕事から外します。」

「....承知致しました御当主殿。

では、近日中に犯人を上げましょう。」

 

そう言うと紫痕は取り巻きを連れて賢尺の家を後にした。

部屋から人がいなくなると賢尺は一馬との会話を思い出した。

酒天童子との戦いが終わって直ぐ、一馬は賢尺の元へ尋ねてきた。

 

「アンタ程の人間が今回の件で後手に回るなんて珍しいと思ってな。

それと、加茂 麗さんの件についても何で教えてくれなかったんだ?」

賢尺は誰もいないことを確認すると真実を話した。

 

「....つまり、この紫痕ってジジィがアンタを追い落とす為に態々、麗さんを利用したってことか?」

「無論、証拠はない。

奴の事だ....重要な資料は己の管理する保管庫に仕舞うだろう。」

 

「保管庫からその資料を盗み出せないのか?」

「不可能だ。

保管庫には呪力を感知する呪具と警備の呪術師がいる。

我々が一歩でも入れば直ぐにバレるだろう。」

 

賢尺がそう言うと顎に手を当てながら一馬が尋ねる。

「警備している呪術師のレベルはどれくらいだ?」

「正直に言えば強くはない。

保管庫にあるのはあくまで資料であって呪具では無い。

故に3~4級程度の呪術師が警護を行っている。」

 

「成る程....なぁ、そこに入り込めればそのジジィを追い詰められる証拠は必ずあるんだな?」

「それは間違いない。

だがいるのか?

保管庫に忍び込める者が?」

 

「まぁ、そこは相談だな。

呪力が無くて3~4級術師にバレることなく動ける奴なんて俺は一人しか知らねぇ。

だが、こっちも条件がある。」

「聞こう。」

 

「先ず、酒天童子及びそれに関わる呪霊の呪具の所有権を俺にくれ。」

「大きく出たな。

確かにそれだけの価値はあるだろうが言えとしての面子もある加茂家に何も呪具が無いでは話にならん。」

 

「なら、壊れた酒天童子の呪具ならどうだ?

あれを復元して渡す。

見た感じ特級クラスの力はあると思うが?」

「復元出来るのか?」

 

「酒天童子を呪具化した時、奴の呪力の波長は理解した。

それを使えば酒天童子が行っていた技を使える呪具として作り直せる。

完全に同じって訳じゃねぇがな....」

「良いだろう。

保管庫の資料と酒天童子の呪具二つ....それで手を打とう。

捨餓螺 一馬、一つだけ答えろ。

何故、そこまで肩入れする?

呪具が欲しいだけの行動とは思えない。」

 

賢尺の問いに一馬は頭を掻きながら答える。

「嫌いなんだよ。

こんな風に人を道具みたいに使う奴がな。

最初はアンタもその口かと思ったが麗さんが傷つけられたと知った瞬間のキレた顔を見て違うと分かったから協力する....それだけだよ。」

 

そう言うと一馬は携帯で誰かに連絡すると賢尺に結果を話す。

"ダチ"(甚爾)が引き受けてくれた。

証拠が手に入ったらアンタに渡す。」

 

そうして次の日にはこの資料が賢尺の手元に来た。

 

(捨餓螺 一馬、奴に借りが出来てしまったな。)

賢尺はそう思いながらも笑顔で資料を見つめるのだった。

 

 

 

【加茂 紫痕の記憶】

 

加茂家の屋敷を出る車の中で紫痕は怒りから手に持っていた杖を軋ませていた。

その姿を怯えた表情で取り巻きが見つめている。

 

「しっ....紫痕様っ!」

「やってくれたな賢尺の小僧!?

まさか、ワシの力を削がれるとは思わなんだぞ。」

 

今回、大江山の酒天童子の復活は紫痕としても想定外だった。

封印を弱くなったところで鬼の血を使った封印を施せば酒天童子達が復活しないとたかをくくっていたからだ。

 

実際、その考え自体は間違っていない。

そもそも、酒天童子の封印が完璧でなかったのは茨木童子の両方を封印することで強固な術式になる様に作られていた。

 

だが、茨木童子は失った子を救う為に自らの命を使いきっていた。

それを不憫に思った酒天童子が己の力で茨木童子の精神を生かしていただけに過ぎずその事実を加茂家は知らなかったのだ。

 

(鬼の血を持つ呪術師が一人死ぬだけで以後、数十年封印が続くのなら安いものだ。

どうせなら、賢尺の友であった麗を使えばボロを出すだろうと思ったのじゃが...甘い考えだったか。)

 

賢尺の考え方はこれまで代々紡いできた呪術師の生き方を否定するものだ。

そして、それは捨餓螺家にも同じ事が言えた。

 

(非術師でも呪霊を祓える呪具の開発.....そんな物を認めてしまえば我々、呪術師の存在が根底から揺らいでしまう。

非術師は我々、呪術師を敬い救われるだけの存在であるべきなのだ。)

 

今の御三家はそういう意味で言えば最悪の世代と呼べた。

 

力を第一とする禪院家は一見、紫痕の考える呪術師を第一と考える集団に見えるがその実は違う。

"力があれば術師の枠組みなど関係ない"....そう当主は考えているが周りがその意味を曲解しているに過ぎない。

 

そして、加茂家は今あるような犠牲や差別を是とする呪術師の世界そのものを否定しようとしている。

 

五条家に関しては六眼使いが産まれた時点で考えることを放棄している始末だ。

 

そこに捨餓螺家の優秀すぎる呪具が現れたのだ賢尺の考えを後押しする展開になりかねない。

(だからこそ、麗を人質に考えを改めさせようと思ったが失敗してしまった。)

 

しかも、そのせいで加茂家の仕事に関わることを止められている。

(犯人を上げろと言っていたが替え玉を差し出した所で認めぬだろう。

ワシを加茂家の役職から引き離すのが目的か)

 

もう、加茂家に自分の居場所が無いと暗に理解した紫痕は取り巻きに尋ねた。

「屋敷に帰ったら"奴等の提案"に返答をする。」

「宜しいのですか!?

失敗すれば我々は呪術師の敵と呼ばれかねませんぞ!」

 

「敵とするか味方となるかは勝者が決めるのだ。

このままでは我らは敗者として人生を終えてしまう。

そうなるくらいなら最後の最後まで足掻く。

 

今の御三家は信用ならん。

我々だけがこの呪術師界を導いていけるのだ。

呪術師としての誇りを捨てた奴等の事など知ったことか!」

「....承知致しました。

我々は何をすれば?」

 

「先ずは準備だ。

反旗を起こすにしても我等には足りない物が多すぎる。

....そうじゃ、捨餓螺を使えば良い。

彼処ならば上等な呪具がたんまりと揃っておるだろう。」

「我々に協力するでしょうか?

捨餓螺家当主は悪童の弟ですよ?

兄弟の仲も良いと聞きます。」

 

「悪童の息がかかった者になど頼らん。

奴の"母親"を使えば良い。

ワシは捨餓螺家当主を決める争いを目の前で見たが母親の一馬に対する憎しみは相当なものだった。

 

あの怒りは利用できる。

一馬への復讐をちらつかせれば飛び付いてくる。」

 

「承知致しました。

ではその様に.....」

「今は水面下で動けば良い。

蛇が獲物を狙う様にゆっくりと静かに動く。

そして、何も気付かず此方に寄ってきた所を喰らう。

 

そうなって始めて当主達は気付くのだ。

我々が正しかったと言う事をな。

その為にも犠牲は必要だ....それも呪術師界を驚愕させる程の犠牲がな。」

 

「その犠牲とは......やはり」

取り巻きが尋ねると紫痕は醜い笑顔で答えた。

 

"五条 悟"(ごじょう さとる).....奴の死をもって改革などと言う下らない謀を潰してやろう。」

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