【夜蛾 正道の記憶】
「これを……捨餓螺 一馬が作り出したというのか?」
夜蛾は三ツ木から渡された日本刀の呪具を見つめながら驚愕した。
ひと目見ただけで分かる込められた呪力の質の高さと強さ。
「どう見ても特級呪霊を使った呪具ではないか。
これを一人の呪術師が、作り上げたと?」
「そうだよ。
実際、作る場面を見てないから分からないけど少なくともその場には捨餓螺 一馬しかいなかった。」
(信じられない。)
夜蛾は呪骸を扱う関係上、呪具についてもある程度の知識を得ている。
強い呪具であればある程、それを作るには大量の呪術師が必要となってくる。
まずは素体となる呪霊を弱らせて呪具化の術式を刻み肉体を呪具に変化させ精神を屈服させ消滅させる。
それをする事で初めて呪術師が扱える呪具を作れる。
だからこそ、等級の高い呪霊ではこの屈服の作業が難しい。
特級呪霊が相手となればそれこそ高名な呪術師が己の命をかけてやっとと言ったレベルだ。
故に呪具にするよりも祓う方が効率が良いと考え呪術師は実力主義の道を歩んで来たのだ。
だからこそこの刀の呪具を作り出した捨餓螺 一馬は異常だ。
三ツ木の話によれば彼はこの呪具を作った際、大怪我を負ったらしいが肉体の欠損や障害は残っていないと言う。
悪い冗談の様な事だが三ツ木の顔を見るとそれが真実なのだと夜蛾は理解した。
そんな異常な人物が自分に会いたがっている。
夜蛾にとってそれは己の命を危ぶむ程の恐怖を持つに充分だった。
三ツ木が部屋を後にし数刻待っていると一人の青年が障子を開けた。
若い姿とは裏腹に身体から流れる呪力は重く深い。
それを見るだけでこの青年が特級クラスの呪術師なのだと夜蛾は理解できた。
「貴殿が捨餓螺 一馬か?」
そう尋ねた夜蛾を言葉に青年は肯定する。
話し始めて早々に呪骸技術について尋ねられた。
「はい、次に作る呪具で呪骸の技術が必要なんです。
勿論、指導に対してのお礼は用意します。
金や呪具。
俺に叶えられる事ならばお渡しする準備は整えています。」
悪くない条件だ。
彼の言う事が本当ならば夜蛾が現在行き詰まっている研究が進展するかもしれない。
だからこそ、冷静に捨餓螺 一馬と言う人物を見極めなければならないと夜蛾は思っていた。
故に踏み込んだ事を尋ねた。
現在、捨餓螺が行っている非術師でも呪霊を相手出来る呪具の販売についてだ。
銃と弾丸の形をした呪具で低級の呪霊ならば祓える力を持っている。
それを捨餓螺は量産出来ている。
そして、それを政府や他国に売り出しているのだ。
その事を伝えると捨餓螺 一馬は縛りを付けているから問題ないと言った。
だが、本当に怖いのはそこではない。
その武器は呪術師にも有効という点だ。
呪術師の世界は閉鎖的で鎖国的だ。
だからこそ、非術師も我々と一定の距離を保ちながら接してきていた。
そこには好意的な部分以外にも思うことはあるだろう。
もし、そんな人物が捨餓螺家の呪具を手に入れて我々に牙を剥いたら?
いや、私達に向くならば良い。
まだ未熟で弱い高専の生徒がターゲットにされたら……そう考えてしまう自分が確かにいた。
そんな兵器を作れてしまう捨餓螺 一馬を私は確かに恐れていた。
彼が呪骸技術を求める理由を聞くまでは………
天与呪縛により失った手足の代わりを呪具として作り上げる。
確かにそれならば呪術師にとって有り難い代物となるだろう。
呪術師にとって手足は術を使う上で重要な部分だ。
術の発動から細かな調整等、全て手足を使って行われる。
そして、呪力で動く義手ならば普通の義手よりもより精密な動きをさせることが出来るだろう。
この目の前の少年は自分より幼い呪術師の卵である少年の為にその呪具を作ろうとしているのだ。
「お願いします。
俺に……人を救う技術を教えてください。」
捨餓螺 一馬はそう言って私に頭を下げた。
その姿を見た私はこれまでの自分の考えを恥じた。
(教師として若者を教え導く存在である俺が若者を恐れるなんて……俺をまだまだ未熟だな。)
まだ、何も最悪な事は起こってはいない。
他人の為にこれだけ出来る人物ならばきっと……呪術師と非術師の未来も変えていける筈だ。
ならば俺もやることは一つだ。
「頭を上げてくれ捨餓螺 一馬。
君の想いは確かに受け取った。
どうやら、少し臆病になっていた様だ。
呪骸技術を使った義肢製作……一研究者としても興味がある。
是非、参加させてもらおう。」
俺の言葉を聞いた捨餓螺 一馬は安堵の表情を浮かべる。
「良かったです。
正直、貴方に断られていたら手詰まりになる所でした。」
年相応な姿を見た俺は我慢できなくなり笑った。
「あっはっは!!君はまだ大人じゃない。
こんな背中でも頼られたのならば答えるさ。
もし、君が間違った道に行ったとしても止めてやる。
同じ研究者であり先を生きている年長者としてな。」
2人が笑い合うと早速今後の事について話し合う。
「それでは確認だ。
私は君に呪骸技術を……君は私の研究で使う完全自立型人工呪骸のコアを渡す。
これで良いかな?」
「はい、構いません。
コアの受け渡しに期限はありますか?」
「出来るだけ早くと言いたいが君程の呪具師が作るのだ。
コアの材料を集めるだけでも時間が掛かるだろう。
だから、先ずは君の研究である義肢制作を優先させる。
失った手足を早く与えてやりたいだろうしな。」
「夜蛾さん………ありがとうございます。」
「日取りが決まったら教えてくれ。
私が捨餓螺家に向かおう。」
「感謝します。
此方もコア製作には全力で当たらせて貰います。」
「期待しているぞ捨餓螺 一馬。
さて、俺達を引き合わせた
「この呪力は?」
2人はいきなり屋敷を囲う様に発生した呪力を感知し警戒する。
「これは……帳か?
だが、我々の使う帳とは質が違う……まさか!?」
一馬も同じ考えに至ったのか2人は急いで部屋を出るのだった。
【鎖餓螺 飛鷲の記憶】
『それは本当か飛鷲?』
「あぁ、間違いねぇよ"鷹兄"。
捨餓螺 一馬本人が俺にそう言って来た。」
一馬が夜蛾の元に向かい暇になった飛鷲は長男である鷹光に携帯でとある相談をしていた。
『やはり、噂は本当だったんだな。
兄弟で母親を家から追い出したと言うのは……』
「それでどうする鷹兄?
正直、俺は奴等の話に乗るべきだと思ってる。」
飛鷲の言葉を聞き電話越しで鷹光の声のトーンが低くなる。
『飛鷲、正気か?
本家の意向に逆らう事になるんだぞ。
そんな事をすれば俺たち兄弟や鎖餓螺家の者達がどうなるか頭の悪いお前でも分かるだろう。』
「でもよ!だからってこのままアイツ等の言う事ずっと聞いてるつもりかよ!?
ずっと捨餓螺家の奴隷として生きてくなんて………」
飛鷲達、兄弟は生まれてからずっと捨餓螺家に尽くす様に教育を受けさせられてきた。
"捨餓螺家の為に賢くあれ" "捨餓螺家の為に強くあれ"
子供らしい生活など存在しない奴隷としての生き方をずっと刷り込まれ叩き込まれてきたのだ。
『お前の気持ちも分かる。
だが、現段階で結論をつけるにはまだ捨餓螺 一馬に信頼が置けない。
それに斑鳩の考えもある。』
「斑鳩兄は拒否すると鷹兄は思ってんのか?」
『アイツは良くも悪くも家に忠実だ。
こんな話がもし、斑鳩の耳に入ればお前ですら捨餓螺家の者達に引き渡すかもしれない。』
「でもよ!?鷹兄……俺達は兄弟なんだぜ?
斑鳩兄だって………」
『兎に角、今結論をつけるには早すぎると俺は考えただけだ。
お前はそれよりも目の前の任務に集中しろ。
捨餓螺家の情報を少しでも多く取って……帰……お……ザザザ』
「鷹兄?……何言ってるか聞こえねぇぞ。
おーい……鷹……!?」
スマホの調子が急に悪くなり首を傾げている飛鷲だったが突如、感じた異質な呪力に周囲を警戒する。
(んだこの纏わりつく様な呪力は?……もしかして、帳か?
だとしたら、どうして……この屋敷を覆う様に展開しているな。)
飛鷲はお世辞にも頭が良いタイプの人間ではない。
だがその分、獣の様な直感が働く。
今、彼の頭には何か厄介な事が起きている確信があった。
「クソがよ。
誰だか知らねぇが面倒な事しやがって……」
飛鷲は腰に着けているチェーンアクセサリーの中で翡翠の石が埋め込まれたチェーンを外すと腕に巻いた。
「術式展開、
飛鷲が術式を発動するとチェーンを巻いた腕から放射状に呪力が発生すると翡翠が嵌め込まれた場所から"青白い点と赤い点"が空中にまるでモニターの様に投影された。
それを見た飛鷲は舌打ちをする。
「チッ!?呪霊が屋敷に入り込んでやがる。
ったく、何処か安全なんだよあのクソ当主が!」
そう言うと腕に巻いていた翡翠のチェーンに亀裂が入りバラバラに砕けてしまった。
その瞬間、展開していた映像も消える。
「こりゃ、襲われんのは時間の問題だな。
……鷹兄なら、捨餓螺 一馬と合流して何とかしようとするんだろうな。」
飛鷲の頭に浮かぶのは鷹光や斑鳩と幸せに暮らしていた光景、彼はそれを守る為に今この場にいる。
そして、その光景を叶える為には非情な判断が必要になる事も覚悟はしていた。
だがそれでも、彼の心は納得しなかった。
「これで見捨てた奴等に怨まれて化けて出られても困るしな。
それに捨餓螺 一馬もそんな奴を側に置きたくはねぇだろうな。
………はぁ、面倒せぇなぁ。」
口では悪態をつきながらも行動は早かった。
「先ずは手近の奴からだな。
秒殺してやるよクソ呪霊共。」
気合を込めて言った飛鷲は呪霊のいる方向へ一直線に向かっていくのだった。
【五条 三ツ木の記憶】
夜蛾と一馬が話し合いをしている頃、三ツ木は寝室で寝ている五条 悟の顔を見ていた。
「ホンマ、寝ている時だけは普通の子供なんやけどなぁ。」
明るい声とは裏腹に三ツ木の表情は暗い。
この年齢で既に最強の呪術師と言う道を歩まざるを得なくされた目の前の少年。
大人を蔑み自らの強さを誇張し実戦できてしまう。
それがどれだけ少年を孤独にさせるのか大人である三ツ木が知らない筈も無かった。
「堪忍やで悟君。
家ら大人が不甲斐ないせいで君に呪術界を背負わせてしまっている。
我ながら言ってて情けないわ。」
文字通り、世間から隔絶され過ぎてしまった呪術界はその流れに抗うどころかそれを今でも肯定し続けている。
世襲や因習、血統の優先等、上げていけば切りが無い。
そういう意味で言えば実力至上主義である禪院家の方はまだ先進的と言えるだろう。
だが、それでは駄目だ。
時代は変わった。
そして、その時代の移り変わりに呪霊も適応し進化してきている。
本来ならば呪術師である我々もそれに伴い進化していくべきなのだ。
だが、それを呪術師の存在と歴史が許さなかった。
五条家の当主となった三ツ木であったが彼でもその流れを変えることは出来なかった。
(圧倒的な力がいる。
呪術師の古臭い掟や考えを真っ向から否定出来る程の力が………)
三ツ木にとってその力とは目の前で眠っている五条 悟だった。
だからこそ、彼に当主の座を譲ったのだ。
呪術師の未来を変えてもらう為に……
そんな事を考えていると屋敷の周囲に妙な気配を感じた。
「何や……この感覚……」
三ツ木は部屋を出て妙な気配のする方向へ向かう。
外に出ると正門の付近に妙な人影を見つけた。
(表には見張りを立たせてた筈やのに報告が無いって事は……錫魅の言ってた奴等か?)
三ツ木は扇子を抜くと開きながら呪力を展開し人影に尋ねる。
「こんな夜分遅くに何の御用か存じませんがアポ無し訪問はお断りですよ?」
その声を聞いた一人の男が前に出る。
「貴様の軽薄さにはウンザリだ五条 三ツ木。」
話しかけて来た男に三ツ木は見覚えがあった。
「天下の
代々、"雨水躁術"と言う生得術式を扱う水宮院家。
三ツ木の目の前にいる男はその家の当主である
三ツ木にそう尋ねられた典孝は顔に怒りを浮かべながら答える。
「用だと?
貴様のせいで我が水宮院家は断絶するのだぞ!!
それも全て五条家のせいだ!!」
「それはアンタが悟君に刺客を送ったからでしょう?」
「あの"化け物"が御三家の当主となればどんなに危険か貴様が分からない訳ではないだろう!!
"無下限呪術に六眼"……そんな力を持つ存在など呪霊よりも脅威だ。
五条家の兵器として飼いならすならばまだしも当主の座を明け渡すなど……この世界を滅ぼしたいのか貴様はっ!!」
「だから、刺客を送り秘密裏に始末しようとしたと?
手段も考えも古すぎるんですよ。
そもそも、そちらの家の断絶も元々は生得術式である雨水躁術を扱える術師がいなくなったのが原因でしょう。」
「だまれ!!
全てはお前達、五条家が悪いのだ。
これは、未来の呪術界を守る為の行為……私が術師の地位を救うのだっ!!」
典孝はそう言うと片手を天へと伸ばした。
その瞬間、五条家を覆っていた結界に波紋の様な揺れが生じると水に覆われた3つの壺が屋敷へと入ってくる。
「五条家の結界は強力だ。
汎ゆる呪霊の侵入を阻む力がある。
だが、それはあくまで"呪霊相手"のみだ。
我々、術師はその限りでは無い。
私の呪力を使い表面を覆えば呪物も結界内に持ち込める。」
「解説どうも……なら死んで貰うしかありませんなぁ。」
三ツ木は球核術式を発動し展開したブラックホールで典孝を攻撃しようとするが背後から急に現れた二人組により振り下ろされた"鉄棒"を回避した事で術式の発動を邪魔されてしまった。
奇襲を避けられた二人組の内の一人てある"左手に包帯"を巻き顔に複数の傷のある男が三ツ木を見ながら言った。
「ふむ……見事な避けだ。
これは少々手こずりそうだな。」
そう評する傷の男の頭を隣にいた"両目の位置に包帯を巻いた女"が引っ叩く。
「ちょっと!!決めるならカッチリ決めなさいよ!」
「そうは言うが
相手は五条家当主。
そう安々と取れる首ではあるまい。」
「んな事、どうでもいいのよ。
アタシは気に食わない呪術師の餓鬼一匹殺せるからこの依頼を受けたんだ。
こんなオッサンさっさと片付けて先に行くよ
2人の名を聞いた三ツ木は回避した事で足についた砂埃を手で払いながら言った。
「連歌に膿杏……君達が呪詛師の
五条家に喧嘩売るなんて一体、いくら貰ったんや?」
その問いに連歌は鼻で嗤いながら答える。
「ハッ!、アタイ等の目的は金じゃねーよ。
お前等みたいな呪術師……それも餓鬼の呪術師を殺せるって言うから依頼を受けただけさ。
それにしても五条家の当主だって言うから警戒していたけど拍子抜けだね。」
「油断はするな連歌。
奴の術式は強力だ。
慢心せずに確実に仕留めよう。」
「んな事分かってんだよ。
指図するじゃないよ膿杏。」
2人はそう言いながら鉄棒を構え三ツ木を睨みつけた。
(あらら、油断どころかかなり警戒されちゃってるねぇ。
本当ならあの壺を壊しに行きたいのに……どうする?
球核術式は展開に少し時間が掛かる。
その少しの時間をあの兄妹が狙ってくるだろう。
"悟君の回復"にはまだ時間が掛かるだろうし五条家お抱えの呪術師も一馬君達を呼ぶ為に休みを与えてしまった。
情報を秘匿して偽報も満遍なく流したのに見事に嵌められた。
この手口はどう考えても
となると次に打ってくる手は……)
「アタイ等、相手に考え事とか余裕だなオッサン!」
動きが止まっていた三ツ木に向かい連歌は持っていた鉄棒で殴り掛かる。
三ツ木はその攻撃を鉄扇を使いいなしながら連歌に向けて球核術式を放った。
「考え事はしてても術式展開はしてたで?
アホ丸出しで近付いてくれておおきに」
だが、放たれた球核術式によるブラックホールは連歌に向かって進むと急にその姿を消した。
「!?」
「アホはテメェだよ!!
くたばれや!」
振り抜かれた鉄棒が三ツ木の脇腹に命中する。
骨の折れる音と共に身体が吹き飛ばされると三ツ木は地面を転がりながら倒れた。
折れた脇腹を抑えながら三ツ木は瞬時に体勢を整える。
その姿を見た膿杏が言った。
「球核術式……聞いてはいたが随分と強力だな。
コレは流石に"保持"出来ないか。」
そう言って膿杏は左手を三ツ木のいる方向と違う壁に向けると先程、三ツ木が生成した球核術式のブラックホールが現れ家を囲う塀を消失させた。
「やっぱり僕の攻撃消したんも何かカラクリがありそうやねぇ。」
三ツ木はそう言いながら典孝により屋敷の中に送り込まれた呪物に目を向けた。
(送り込まれた呪物は3つ。
本当なら屋敷に入れる前に始末したかったんやけどこの三人相手にしながらはちょっとキツイなぁ。
一馬君たちを呼んでおいて良かった。)
「悪いけど任せるしか無いな。」
そう言うと三ツ木は目の前の三人へと意識を向けるのだった。