「おいおい……マジかよ。」
一馬は目の前で起きている惨状に口調が戻ってしまう。
突如、屋敷に現れた大量の呪霊が無差別に人を襲っていたからだ。
一馬は咄嗟に銀隸棍を取り出すと目の前の呪霊を吹き飛ばす。
そして、怯えている五条家の従者であろう男に尋ねる。
「これはどういう事だ?
何があった?」
従者は呆然としながらも答える。
「わ……分かりません。
急に屋敷の中に呪霊が現れたんです。
五条家の……お屋敷には呪霊の侵入を阻む結界が貼られている筈なのに……」
それを聞いた一馬は屋敷で暴れまわる呪霊の大群を見ながら舌打ちをする。
(クソッ!…このタイミングでの呪霊騒ぎはどう考えても偶然じゃねぇ。
入ってきたにしたって量が多すぎる。
って事は三ツ木の言っていた
なら、一刻も早くクソガキの安全と三ツ木を見つけて事態を立て直さないと……)
一馬は頭でそう考えながら銀隸棍を振るい暴れている低級呪霊を片っ端から祓っていく。
「一体一体は大して強くねぇが数が引くほど多いなっ!?
クソッ!……前に進めねぇ。」
(こうなりゃ、
いや、アレはまだ俺でも制御が効かねぇ。
下手に力を使って屋敷を燃やしちまったら本末転倒だ。
だけど、こんなチマチマと倒してる時間が…)
焦りを覚えていた一馬だったがその戦況に"二つの変化"が起きた。
一つは一馬の隣にいた"夜蛾"が懐から取り出した"3体のぬいぐるみ"だった。
「どうやら、戦況が悪い様だな。
微力ながら手を貸そう。」
そう言った夜蛾は拳を構えると呪霊に向かっていく。
それに合わせて側にいた3体のぬいぐるみもまるで意思を持ったように動き出し俊敏な動作で呪霊と戦い始めた。
夜蛾もぬいぐるみ達も戦闘能力は高く、周囲から溢れていた呪霊の波が少し収まる。
その戦闘能力を見た一馬は驚いた。
「マジか。
呪垓については調べていたつもりだったけど
ヤバいなあの動き。
ぬいぐるみの癖に下手な術師よりも強いぞ。」
その言葉を聞いた夜蛾は少し笑う。
「ふっ……これでも傀儡呪術学の第一人者で通っている身だ。
"キャシィ"、"ツカモト"、"ブラパン"の3体は私の作った呪垓の中でも特に出来の良い個体だからな。」
(何だその壊滅的なネーミングセンス?)
ぬいぐるみの名前に一馬が困惑していると部屋を区切っていた障子が呪霊と共に吹き飛び消失する。
吹き飛ばした方から飛鷲がやってきた。
「漸く見つかったぜ。
ったく、広すぎるんだよこの屋敷は!?」
「飛鷲、お前呪霊の相手をしてたのか?」
「あぁ、急に現れた呪霊をぶっ潰しながら周りの奴等も助けてたらアンタ等を見つけてな。
にしてもどういう状況だ?」
「さぁな、だが当主の想定外が起きてる事は分かる。
結界がある筈の屋敷にこんな呪霊が出てくる事自体、有り得ねぇ。」
「って事は呪霊を呼び寄せる何かがあるって事か?」
飛鷲の問いに夜蛾が答える。
「だとすればこれだけの呪霊を呼び出す程の呪物だ。
相当な呪力を保持しているだろう。
周囲の呪力を正確に確かめられれば何処に呪物があるか分かる筈だ。」
そこまで聞くと飛鷲はため息をつきながら腰につけていたキーチェーンを一つ外すと左手に巻きつけた。
「はぁ……本当ならこんな所で見せたくなかったが仕方ねぇ。
こんな大量の呪霊を呼び出す呪物なんてさっさとぶっ壊したいからな。」
そう言いながら飛鷲はキーチェーンを巻いた腕を地面に突き立てた。
「
破具……そんでもって拡張術式……
飛鷲が術式を発動すると手に巻いたチェーンが砕け散り代わりに強力な呪力の波が周囲に発生した。
少ししてから手を地面から離すと立ち上がる。
「屋敷の東と北に一個ずつ……後は中庭に一つ変な呪力を垂れ流してる何かがあった。」
「へぇ……それがお前の術式って訳か?」
一馬の問いに飛鷲は答える。
「あぁ、装体呪法って言って持っている呪具を消費してそこに込められた力を使える。
普通に呪具使うよりも強い力が扱えるから便利だがその分、呪具が使い捨てになっちまうのが欠点だな。」
「今は戦力が多いほうが良い。
それでここからどう動く捨餓螺 一馬?」
夜蛾の問いに少し考えた一馬が答える。
「東と北の奴は二人に任せます。
俺は中庭の奴を破壊したら周囲を調べて首謀者を探します。
結界が機能してる筈なのに呪霊が出るなんてどう考えても計画的な犯行です。
なら、首謀者も近くにいる。
五条家の当主も気付いてる筈です。」
「成る程では我々も破壊が終わり次第、合流しよう。」
「お願いします。
それと飛鷲、ヤバくなったらお前が持ってきた俺のトランクケースを使え。
あん中には大量の呪具が入ってる。」
その言葉を聞いた飛鷲は不機嫌になりながら答える。
「んなもん、使わねぇよ。
俺が使う呪具は兄貴の作ったのって決めてんだ。
それより時間ねぇんだろ?
俺は東行くから
「オッサ!?」
オッサンと言う言葉に抗議しようとした夜蛾を無視して飛鷲は走り出す。
夜蛾も意識を切り替えると北の方角へ向かっていくのだった。
残った一馬も先程、説明された中庭へと急ぐ。
次々と現れる呪霊を薙ぎ払いながら中庭へと到着した一馬が目にしたのは大量の札と包帯で包まれた大きめの瓶壺だった。
軽く見ただけで瓶壺から濃密な呪力が垂れ流されているのが分かる。
そして、その見た目に一馬は見覚えがあった。
(あれは昔、捨餓螺家に持ち込まれた瓶壺か?
呪が強すぎて祓えないから封印して管理してた筈無のにどうしてこんなとこに……ってか、だとしたらかなりヤバいぞ。)
捨餓螺家に持ち込まれた瓶壺はかつて栄えていた〇〇県の△△村に納められていた。
とある豪族が過去の繁栄を忘れられず作り出した狂気の産物。
"コトリバコ"の作り方を参考にし制作された瓶壺には豪族の家族が凄惨な拷問の末に亡くなるとその遺体に村から集められた子供達の血と肉で満たしそこに呪具の依代となる物体を埋め込み瓶壺の中に押し込み作られた呪具。
それ故に産まれた強力な呪力は忽ち豪族に新たな繁栄と敵対する者へと害を齎したがそれも長くは続かず漏れ出した呪力に引き寄せられた呪霊により村はまるまる餌食となってしまった。
それを知った呪術師達が祓おうとしたが失敗した事で捨餓螺家が封印処置を施していたのだ。
その封印も外れており瓶壺からは大量の呪力が流れている。
「ほおっておいたらヤバいことになる。
さっさと片を付けるしかねぇ!!」
一馬は銀隸棍を振り回しながら瓶壺に近付くと一気に打ち抜いた。
しかし、その一撃は濃密な呪力により阻まれ一馬の身体を弾いた。
「クッソ!?硬ってぇなコイツっ!」
一馬が銀隸棍を振り直し追撃しようとするがそれを瓶壺から出現した巨大な尾が阻んだ。
尾の先端に付いた巨大な針が銀隸棍を一馬の体ごと押し出す。
「ぐおっ!?……ありゃ、蠍の尻尾か?
確か、あの呪具には依代になる物が入れてあるらしかったからアレがそうなのか。」
そう言っていると瓶壺から巨大な鋏と蠍を模した呪霊が現れる。
「チッ!依代を元に呪霊として実体化したか。
一級の呪具が押し返されるってことはあの呪霊は最低でも一級クラスって訳か。」
(夜蛾の方は問題ないだろうが飛鷲が相手にするにはキツイか。)
「……しゃあねぇ。
今は時間が惜しいからとっとと片付けて援護に行ってやるか。」
一馬は銀隸棍を仕舞うと身体に施された呪印に触れる。
すると、呪力の渦が発生し先程、収納していた鬼血の太刀を取り出した。
一馬が左手で刃に触れ呪力を流し込むと炎が巻き起こり太刀を包み込む。
「んじゃ、行こうか。」
一馬は地面を蹴り込み蠍の呪霊に接近する。
呪霊も反撃しようと尾を一馬へ向け伸ばすが一馬は刃で尾の針に触れる。
すると、刃の触れた場所が一気に燃え上がりそのまま針ごと尾を両断した。
「この太刀に呪霊が触れるとその呪霊の呪力に反応して爆炎を吐く。
そして、その炎には呪霊を滅する力もあってな。
"低級の呪霊だと近づけただけで燃えちまった"が流石に一級クラスなら保つか。
悪いが次の行動はさせねぇぞ……これで終わりだ。」
一馬は一気に距離を詰めると蠍の呪霊を瓶壺ごと叩き斬った。
瓶壺に封じられていた依代ごと斬られると蠍の呪霊の身体は瞬く間に燃え上がり一瞬の内に火が収まると瓶壺ごと燃え尽くした。
一馬は鬼血の太刀を体内にまた封じ込めると飛鷲の援護に向かおうとするが五条家の正面入口がある門で急に膨れ上がった呪力に警戒する。
「この感じ……あっちの方がヤバそうだな。
多分この傍迷惑な事件を起こした奴等がいるんだろうな。
屋敷の中に入ってこないとこを見るに当主が足止めしてんのか?
まだ片付いてないってことはそれだけ苦戦している。」
一馬は一瞬考えすぐに答えを出した。
懐からトランシーバーを取り出すと声を掛ける。
「おい、飛鷲!
まだ生きてるか?」
『ハァ!?何でトランクケースから声が聞こえてくんだよ!』
飛鷲の驚く声がトランシーバーから聞こえてくるが一馬はそれを無視する。
「恐らくだがお前が相手にしてる呪具は最低でも一級呪霊の強さがある。
だが、俺はやることがあるからお前の助けには行けねぇ。
そのトランクケースには大量の呪具が入ってる。」
『あ?俺は兄貴の作った呪具しか……グハッ!!』
何者かから攻撃を受けたのだろうトランシーバーごしに吹き飛ばされ地面を転がる音が聞こえる。
「んなプライド今、こだわってる場合か!!
よく聞け!!敵の狙いがどんなものにしろこんな呪具を送り込んでんだ目的は五条家の誰かの抹殺だ。
お前や俺達が苦戦してる間にここの奴等が殺されればそれこそ敵の思う壺だろが!
生きてプライド突き通してぇんならさっさと勝て!
このままだとお前も他の奴等も殺されるぞ!
悪いが本当に時間がねぇ。
トランクケースのロックは空いてる。
後はお前がどうするかだ飛鷲。」
それだけ告げると一馬はトランシーバーを切ると正面入口へ向かった。
屋敷の屋根を走り抜け現場に到着すると見えたのは傷だらけの三ツ木と相対している2人の呪術師……それにその背後から何かの術式を発動している初老の呪術師の3人だった。
(ありゃ、どう見てもヤバそうだな。
見た所、三ツ木と戦ってる2人の呪術師は近接タイプっぽい。
後ろのジジィは水を使った呪術でも使うつもりか?
なら、俺が手を出すのはコッチだっ!)
一馬は銀隸棍を取り出すと呪力を流し込み三節棍に分離させると初老の男に攻撃を加える。
攻撃に気付いた男はその攻撃を回避すると一馬を睨みつける。
「貴様っ何者だ!」
「そりゃ、こっちの台詞だ。
人んちの屋敷で何テロ起こしてくれてんだ。
しかも、御三家の一角を狙うとはどういう了見だ?」
「貴様のような下賤な呪術師に話す道理など無い!
邪魔をするならばここで始末してやる。」
男はそう言うと空中に巨大な水の球体を出現させた。
その攻撃に一馬は見覚えがあった。
(あれば碼鶴と同じ術式か?)
「雨水操術……水天の流獄」
すると水の球体が破裂し大波となって一馬を襲う。
一馬は銀隸棍を使い波を回避しようとするがその波はまるで意思を持った様にうねりながら一馬へと再度襲い掛かる。
「無駄だ!!
その波は貴様を捕らえ閉じ込めるまで動くのを止めない。
水の牢獄でその一生を終えるがいい。」
男は勝利を確信し波が一馬を飲み込もうとした瞬間、一馬を襲おうとしていた波が急に勢いを無くしまるで地面に押し付けられる様に落下した。
「なっ!?」
驚愕する男は波が沈んだ場所に目を向けるとそこには1本の大きなハンマーがまるで波を押し付ける様に地面に置かれていた。
「鉄嚼鎚で何とか抑えつけられたか。
雨水操術って事は雨や水を操れるんだろ?
生憎、それよりも小規模だが同じ術式を見たことがある。
奴と同じなら術者を倒せば能力も解除されるよな。
悪いがこっちは非常事態なんだ。
優しく無効化なんて甘い事はしねぇぞ。」
そう言うと一馬は銅玄を取り出すと口の様に裂けた刀身ごと男の右肩を抉った。
回避が間に合わず男は悲痛なうめき声を上げる。
「グアッ!?」
「まだ終わりじゃねぇぞ。
"喰らい尽くせ銅玄"。」
一馬がそう命令すると銅玄は男の呪力を急速に貪る様に喰らっていった。
男は退避しようと足掻く素振りをしめしたが、銅玄の容赦無い呪力吸収により息も絶え絶えになると地面に倒れ込んでしまった。
「誰だが知らねぇがそれだけ吸われちまえば簡単には動けねぇだろ?
何の為に五条家にカチこんだのか話して貰うぞ。」
そう言って男を捕まえようとするがその姿が急に消えて三ツ木
と戦っていた二人のそばに瞬間移動する。
片方の男が包帯で巻かれた腕を抑えながら痛みに耐える。
「ぐぁっ!?……あの呪具は特級か。
一度転移させただけでここまで蝕まれるとは……」
「膿杏!?……チッ!?
そこのオッサンもヤバそうだし今日ガキを仕留めるのは延期するしか無さそうだな。」
「アンタ達の事、逃がすと思うてるん?」
三ツ木の言葉を連歌は鼻で嗤う。
「ハッ……今日はあくまで挨拶程度さ。
それに、アタシらの相手よりも屋敷が心配なんじゃない?
あの呪具からかなりの呪霊が溢れ出てたしね。」
連歌はそう言うと三人の背後に帷とは違った空間の歪みが現れる。
そこに二人が入ると連歌が入る前に二人を睨みつける。
「アンタらの顔は覚えた。
次会う時はちゃんと殺してやるから楽しみに待っとけよ。」
それだけ言うと三人は姿を消した。
それを見ていた三ツ木は一馬に顔を向ける。
「いやぁ、手貸してくれて助かったわ。」
「話は後だ。
五条家に送り込まれたのは捨餓螺家で封印管理していた呪具だった。
一つは破壊したがまだ二つ残ってる。」
「それは厄介やねぇ。
色々と聞きたいことが山程あるけど今はこの事態を何とかしないとね。
手を貸してくれるね捨餓螺 一馬。」
「当然、さっさと状況を落ち着けてアンタにも詳しい話を聞かせて貰うぞ五条 三ツ木。」
そう言うと二人は残りの呪具と呪霊を処理する為、それぞれ行動を始めるのだった。