【鎖餓螺 飛鷲の記憶】
「クソッ、本気で面倒くせぇ!」
飛鷲は両手に巻き付けたキーチェーンを見ながら悪態をついた。
一馬たちと別れた後、呪霊を生み出した元凶である壺を見つけた飛鷲は破壊する為に即座に殴り付けた。
しかし、その拳は壺に当たり前に中から現れた獣の様な腕に止められる。
その腕に危機感を覚えた飛鷲は腕を引き抜くと腕の防御の為に付けていた呪具のキーチェーンが根こそぎ破壊されていた。
(並の呪霊なら触れる事も出来ない鷹兄特製の呪具を砕くとは……)
今、飛鷲が使っているキーチェーン型の呪具は長兄が作り上げた飛鷲の生得術式に合わせた逸品だった。
だからこそ、そのチェーンを破壊した獣の腕を飛鷲は警戒した。
すると、壺からその獣は全身の姿を現した。
巨大な猿の姿をした呪霊が飛鷲に向かって吠える。
(この呪力……どう考えても一級クラスじゃねぇか。
出し惜しみしてたらコッチがやられる。)
飛鷲はポッケからこれまでと違い宝石が付いた呪具を取り出すと生得術式を発動した。
「拡張術式 犠装」
その瞬間、飛鷲の取り出した呪具は砕け散り、両手足に増大した呪力が装甲の様に纏った。
この呪具の素体になったのは"二級呪霊の鎌威太刀"と呼ばれその能力は呪力を刃に変えて放つことが出来る。
「うぉら!!」
飛鷲が右の拳を振るうと巻き起こった風に呪力の刃が発生し獣の呪霊を斬り刻む。
その攻撃で傷ついた獣の呪霊は怒りで叫ぶが飛鷲はその姿を見て驚愕していた。
(マジかよ……全身を細切れにするつもりで使ったのに断ち切れてねぇ!?)
飛鷲にとってこの呪具は対呪霊で使う切り札の一つだった。
現にこれまでの呪霊ならば一発で断ち切り祓えていたのだ。
しかし、目の前の呪霊は断ち切れず与えた斬撃のダメージも直ぐに回復した。
(傷が塞がるのが早ぇ。
クソ猿の反撃が来る。)
飛鷲の想像通り、獣の呪霊の反撃が行われた。
腕を思いっ切り振るうと飛鷲の身体はくの字に曲がり壁に吹き飛ばされる。
口から血を吐きながら飛鷲は立ち上がる。
「カハッ!……コイツ、呪力をボールみたいに飛ばして来やがった。」
追撃しようとする獣の呪霊を見た飛鷲は即座に行動する。
「何度も同じ技を食らうかよ。」
飛鷲は獣の攻撃を迎撃する様に呪力の込められた左の拳と右足を振るった。
拳による複数の呪力の斬撃と足による巨大な刃の斬撃が獣の呪霊が放った攻撃と激闘する。
しかし、飛鷲の放った斬撃は獣の呪霊の呪力に触れると簡単に押し戻され返しの刃が飛鷲を襲った。
「斬撃が押し返された!?……いや、力じゃねぇな。
相手の呪力の方向性を変えられる術式か?
ったく、厄介過ぎるだろ!」
飛鷲は呪具作りに才能は無かったが喧嘩の才能はあった。
幼少期の頃から喧嘩に明け暮れた彼が生き残り勝ち続ける為に沢山の能力を持っていた。
その最たる能力の一つがこの分析力であった。
相手と自分の手札を冷静に見極め現実を直視する。
だからこそ、飛鷲は今の現状は絶対的に不利であると心の底から理解していた。
(俺の手持ちであのクソ猿にダメージを与えられる呪具は無ぇ。
鎌威太刀ですらこれだ。
となれば俺に出来るのは足止め……だが、あの一撃を食らってから身体が重い。
予想よりもダメージがデカかったか。
なら、どうする?
手持ちの呪具でどう乗り切る?)
そんな事を考えていると近くの部屋から物音が聞こえた。
獣の呪霊もそこに目を向ける。
そこには一馬の持ってきたトランクケースに足が引っかかり倒れた五条家の従者がいた。
獣の呪霊はまるでエサに飛びつく様に従者に飛びかかる。
「チッ!本当に呪霊はクソみたいな事しかしねぇな。」
飛鷲はポケットから二つの取り出し破壊すると両腕に亀の甲羅を模した呪力の盾が生成された。
それを構えて従者の前に立つ。
獣の呪霊の攻撃で盾にヒビが入り飛鷲の身体にダメージが入る。
獣の呪霊はお構い無しに盾を破壊しようと連撃を続ける。
飛鷲は痛みに耐えながら叫ぶ。
「グッ!?……おい、お前五条家の従者だろ!?
んな事で座ってねぇで早く逃げろ戦いの邪魔だ!!」
「無……理です……こっ……腰が……抜けて……」
(クソが!?このままじゃ反撃どころかジリ貧。
この攻撃だってもう何度も受けてらんねぇ……どうすれば)
そう考えているとトランクケースから一馬の声が聞こえてくる。
『おい、飛鷲!
まだ生きてるか?』
「ハァ!?何でトランクケースから声が聞こえてくんだよ!」
トランクケースから声が聞こえて驚く飛鷲の声を一馬は無視する。
『恐らくだがお前が相手にしてる呪具Ⅱ霊は最低でも一級呪霊の強さがある。
だが、俺はやることがあるからお前の助けには行けねぇ。
そのトランクケースには大量の呪具が入ってる。』
「あ?俺は兄貴の作った呪具しか……グハッ!!」
獣の呪霊の攻撃に遂に盾が壊れ呪霊の拳が当たり苦悶の声が聞こえると一馬の怒号が飛ぶ。
『んなプライド今、こだわってる場合か!!
よく聞け!!敵の狙いがどんなものにしろこんな呪霊を送り込んでんだ目的は五条家の誰かの抹殺だ。
お前や俺達が苦戦してる間にここの奴等が殺されればそれこそ敵の思う壺だろが!
生きてプライド突き通してぇんならさっさと勝て!
このままだとお前も他の奴等も殺されるぞ!
悪いが本当に時間がねぇ。
トランクケースのロックは空いてる。
後はお前がどうするかだ飛鷲。』
言いたいことだけ言って連絡が切れた事に飛鷲が憤る。
「あの野郎、いきなり巻き込んでおいて死に掛けてるってのにその言い草は何だ!?
クソッ!本当に気に食わねぇ。
奴の言い分も考えも………でも一番気に食わねぇのは」
「奴の言う通りにするしか道がねぇって事だ!!」
飛鷲は残った体力を使い獣の呪霊の攻撃を回避するとトランクケースを開けて手を突っ込む。
そこから取り出したのは小さな赤い勾玉。
直感で取り出した飛鷲は考える間もなく術式を起動する。
赤い勾玉が壊れると飛鷲の右拳に先程とは比べ物にならない呪力が纏われる。
そのまま、飛鷲がその拳を振り抜くと獣の呪霊の顔面を吹き飛ばし身体を壺の方まで押し退けた。
しかし、壺の中に依代がある限り呪霊は何度でも蘇る。
現に飛鷲の吹き飛ばした頭部が再生されようとしている。
一見すれば飛鷲よ行動は無駄に見えるが稼いだ時間は有用な結果を齎した。
「黒玉。」
壺の前に突然現れた三ツ木が球核術式を使い壺を破壊する。
すると、再生しかけていた呪霊はその場で消滅した。
それを見た飛鷲は地面に座り込む。
「ったく……来るのが遅ぇぞマジで」
「堪忍してなこっちもこっちで体一杯だったんよ。
家の従者守ってくれてありがとうね。」
三ツ木のお礼を聞いた飛鷲はそのまま意識を失うのだった。
【夜蛾 正道の記憶】
三体の呪骸と共に呪霊の対処をしていると呪いの大元である壺へと到達した。
「アレが呪霊の発生源か。
これ程、密度の高い呪力は危険だな。
早く破壊しなければ……」
夜蛾は呪該を操作し壺を破壊しようとすると壺から現れた触手に三体の呪骸が絡め取られてしまう。
「アレが呪霊の本体か。」
中から現れたのはタコの形をした呪霊だった。
(この呪力……間違いなく一級クラスだ。
"戦闘だけなら"キャシィ、ツカモト、ブラパンでも十分に対応出来るだろうが……)
夜蛾が目を向けた先には触手の粘液でベタベタになり身動きが取りづらくなっている三体の呪骸の姿だった。
(布製の呪骸が仇になったな。
あの呪霊の粘液が染み込んで上手く動かせん。
ならば、俺自身が戦うしかないか。)
傀儡操術を持つ夜蛾にとって呪骸が戦闘をメインで行い、自分が後方から操作と援護を行うのが基本スタイルだった。
だからこそ、自分がメインで戦う場合は徒手空拳を想定していた。
(あの粘液に触れるのは不味そうだな。)
夜蛾は近くにあった折れた木の柱を手に取ると呪力を流し込む。
呪具で無い物でも呪力を流せば呪霊にダメージを与える事が出来る。
勿論、精密な呪力操作が求められるが呪骸を作り出せる夜蛾にとっては容易な行為だった。
呪力を流し込んだ木の柱を脇に挟むと呪霊に向けて走り出す。
その瞬間、触手が夜蛾を襲うが木の柱で弾き飛ばしながら進んでいくと呪骸を掴んでいた触手に攻撃を加え、カッパの姿をした呪骸である"キャシィ"を取り返す。
残った片手でキャシィを掴むと戦いながら更にキャシィの身体に呪力を込める。
すると、キャシィの身体は回転し粘液を弾き飛ばすとファイティングを取る。
「良し……触手と粘液を回避しながら壺に攻撃を加えろ。」
夜蛾の簡潔な命令を聞いたキャシィは壺に向けて突進する。
壺からは複数の触手が現れキャシィを狙うがそれを回避し、難しい時は夜蛾が持っていた木の柱で触手を打ち据えた。
壺の前まで来たキャシィはボクシンググローブに込められた呪力を移動させると凄まじいラッシュを放つ。
その攻撃で壺にヒビが入ると大きな叫び声を上げながら中にいた呪霊が姿を現した。
十本の触手を揺らしながら現れたイカの呪霊を見て夜蛾が呟く。
「ほぅ……タコかと思ったがイカか。
だが、やる事は変わらない。
キャシィ、引き続き壺を攻撃して破壊しろ。」
命令を聞いて動き出そうとした瞬間、夜蛾の視界が黒く染まった。
イカの呪霊が空中に墨を吐くとまるで煙幕の様に辺りに漂い視界を奪った。
「これは目眩ましか。
……しまっ!?」
夜蛾が背後を向いて警戒しようとすると、先端を鋭利に尖らせた 触手を夜蛾の心臓に向けて進ませようとするイカの呪霊よ姿があった。
夜蛾の胸に触手が突き立てられようとした瞬間、空を裂く様に現れた一馬が振るった日本刀の一撃がイカの呪霊の触手を断ち切る。
その瞬間、切られた部分が燃え上がり呪霊が苦しみ出した。
(あれは一馬が作った特級呪具か。)
夜蛾がそう分析していると一馬は刀を鞘に収めていった。
「お前の相手をする時間が惜しい……さっさと消えろ。」
刹那、一馬が抜き放った刀は壺を十字に斬り付ける。
その瞬間、爆発した様に溢れ出した炎が壺を完全に消失させるとイカの呪霊も塵となってその姿を消した。
周囲から呪霊の気配が感じなくなると夜蛾は落ちた呪骸を回収しながら刀を体内に仕舞う一馬に話しかける。
「助かった。
首謀者は捕まえたのか?」
「いや、逃げられた。
でも、三ツ木……五条家の当主は知ってるらしいから合流して話を聞こうと思う。
俺も俺で話したいことがあるしな。」
「話したいこと?」
疑問符を浮かべる夜蛾に一馬は正直に答える。
「あの壺は元々、捨餓螺家で管理封印されていた代物だ。
それを持ち出せるのは内に出入りできる人間。
それも、呪具を管理する場所ならば入れる人間は更に限られる。」
「成る程……身内に裏切り者がいるとそう考えているのか?」
「まぁ、大体犯人の予想はつくが……それも含めて当主と話す。
悪いけど夜蛾さんも付き合ってくれ。」
一馬の言葉に夜蛾は頷くと2人で三ツ木の下へ向かうのだった。
【???の記憶】
一人の青年が山を登っていた。
頭に付いた"縫いキズ"に触れながら頂上まで登ると目当ての人物を見つける。
その相手は人間では無かった。
白い肌に単眼、そしてお歯黒を塗りたくった様に歯は黒く頭部には今も沸々と活動を続ける山がついていた。
"特級呪霊"と呼ばれる存在を見て青年は優しく声をかける。
「やぁ、
漏瑚は青年に目を向けると声を掛けた。
「また新しい肉体に乗り移ったか。
まぁ、あの老いぼれの身体では早々持たないとは思っていたがな。」
「でも、少し愛着はあったんだよ。
いい術式もあったし……まぁでもこの体の術式も悪くないよ。」
「それで何の用だ?
まさか、世間話する為に来た訳ではあるまい。
両面宿儺の復活させる目処でも立ったか?」
「勿論、君達の力を借りたくてね。
でも、悪いけどそっちの方じゃない。
新しい五条家の当主について知ってるかい?
無下限呪術に六眼持ち……正に平安期の在来だ。」
「全く厄介な事だ。」
「全くね……しかも、そのタイミングで"転魂術式"の使い手も現れた。」
転魂術式の名を聞いた瞬間、周囲の気温が上がる程の熱量を漏瑚は怒り共に吐き出した。
「転魂術式だと!?忌々しいあの使い手がこの世にいるのか?何処にいる?今直ぐにでもワシが殺してやる!!」
そう言う漏瑚の肩を青年は掴む。
「止めておいた方が良い。
今世の転魂術式の使い手……捨餓螺 一馬は今、御三家に囲われている。
呪霊全盛期だった平安の世ならまだしも現代で奴等に戦いを挑むのならそれなりの準備が必要だ。
だから君の力を借りたいのさ漏瑚。」
青年は一つの巻物を取り出し漏瑚の前に広げた。
それを見た漏瑚は驚愕する。
「まさか………これは」
「そう、特級呪霊
彼を復活させて捨餓螺 一馬と五条家当主にぶつける。」
それを聞いた漏瑚は嗤う。
「成る程、奴の能力ならば最適だな。
しかし、良く封印された場所が分かったのぉ。
アヤツは御三家が共同で封印し我々に知られない様に隠していた筈だろう?」
それを聞いた青年はその情報を渡した老人を思い出す。
「それがあれば五条家を失墜させ加茂家をこの紫痕の手に出来るのならば安いものだ。」
そう言って渡してきた事を思い出し青年はその老人を嘲り笑う。
「歴史とは厄介なものでね。
少し情報をねじ曲げれやれば後は時間が真実を勝手に捻じ曲げれくれる。
"あの御三家が協力しなければ封印出来なかった"と言う事実を"御三家が互いに争った末に力不足で封印するしか無かった"と言う嘘に変えてね。」
「成る程、それでワシらは何をするのだ?
三尽面が出るのならば出番は無いように思えるが……」
そう言う漏瑚に2枚の写真を見せる。
「これから先、両面宿儺を復活させる足掛かりとして邪魔な呪術師がいる。
私の正体にすら感づくかもしれない勘の良い輩だ。
漏瑚達にはソイツらの始末を頼みたい。」
「良いだろう。
お前の頼みを聞いてやる。」
「ありがとう……あぁ、そこまでの仕込みは任せてくれ。
そちらの細工はもう済んでいる。」
「そうか、では出番が来たら呼べ。」
「あぁ、頼むよ。」
青年はそう言うとその場を後にするのだった。