「――――響」
――――それは。
わたし達が、世界をめぐっていた時の話。
未来を遠ざけようと、無駄に足掻いていた頃の記憶。
「未来、どうしたの?」
「ちょっとこっちに来てくれる?」
人里離れ、人工物よりも自然が目立つもの悲しい街道。
そこから逸れた洞窟で、わたし達は雨宿りをしていた。
揃っているようで、不規則な雨音に耳を澄ませて。
誰か近づいてこないか警戒していたら。
雨が降り込まない奥の方に行かせた未来が、手招きしてくる。
「忙しいのは分かっているけど、どうしても来てほしいの。それに、そんなとこにいたら濡れて風邪ひいちゃうよ」
「わ、分かった分かった。今いくから・・・・!」
いつ襲われるか分からなかったから、まだまだ見張りをしていたかったけれど。
結局、なんだか気合十分な未来に押されてしまって、渋々ながらついて行く。
「ほら、これ」
「・・・・絵?」
未来が指さした先。
ギリギリ届く外の明かりが照らした砂地に、指を滑らせて描いたらしいイラストがあった。
これは、ケーキ?
「こんなことしか出来ないけど・・・・お誕生日、おめでとう」
「・・・・えっ」
き、急な告白に。
頭の中で、宇宙を背負った猫ちゃんが・・・・。
「そ、そうだっけ?」
「日付をずっとつけてきたんだもん、間違いないよ」
そう言って、酷道の中で大分草臥れてしまったスケジュール帳を手にした未来は、得意顔。
うーん、未来が言うのなら、間違いはなさそうだなぁ。
「なんて言うわたしも、気付いたのは昨日だったんだけど・・・・絶対に何かお祝いしたかったから」
ちなみに、こっちの世界にもあった『某魔法使いのポッター君』の映画を参考にしたらしい。
いや、それにしたって・・・・。
「絶対って、そんな大げさな・・・・」
わたしなんて、『産まれてこなきゃよかった』を地で行きそうな存在なんだし。
その内、抑止力的な何かしらの存在に消されるんじゃなかろうか・・・・。
とっくに、死ななくてもいい人達をたくさん殺めてしまっているわけだし。
仮にそうなったとしたら、受け入れるつもりでいる。
「大げさじゃないよ」
なんて考えている横で、あんまり真面目な声がしたもんだから。
びっくりして振り向いたら。
未来が手を取って、握ってくれる。
「響が、わたしの大切な親友が産まれた日なんだもん。大げさじゃないよ」
・・・・とっくに温もりを感じなくなった手だけど、握り方から思いやりが伝わってきた。
未来、わたしに温感が無いこと知らないはずなのに。
「・・・・やっぱり、未来はすごいね」
「ふふ、そうでしょ?」
得意げに笑う未来は、やっぱり温感がないことに気付いていない。
心が、揺れた。
わたしみたいな、距離を取るべき人間を、簡単に元気づけてしまう未来への尊敬と。
その優しさに甘えて、背負うと決めた罪を放り出して、簡単に立ち直ってしまうわたしの。
無責任とも言える浅はかさを、軽蔑して。
「・・・・やっぱり、迷惑だったかな?」
思ったよりも長くぼんやりしていたのか、未来が心配そうに話しかけてくる。
・・・・違う、ダメだ。
そうじゃない。
「ううん、大丈夫だよ・・・・ありがとう、未来」
一生懸命に微笑みながら、お礼を伝えた。
――――そうだ。
産まれるべきじゃなかった、その通りだ。
とっとと死んで地獄に落ちるべき、その通りだ。
だけど、だからこそ。
こうやって親切にしてくれる人達の、心を無下にすることは。
一番やってはいけないことだ。
だから、
「未来の誕生日は、ちゃんとお祝いしようね」
「来年の響の誕生日もね」
「えへへ」
未来を日本に送り届ける、その日まで。
少しだけの幸福を、どうか見逃してください。
◆ ◆ ◆
響は、自分の誕生日があまり好きではないらしい。
いつかの旅路でひっかかりを覚えた未来は、響が二課に保護されて、容体が落ち着いた頃に確信していた。
最初の内は、まだ罪悪感が拭えていないのかと考えていた。
生きるために、なにより未来を守るために。
たくさん、たくさん殺めてしまっていたから。
日陰から解放されたばかりということもあり、そうだと思っていた。
だけど、9月が近づいてくるカレンダーを。
どこか申し訳なさそうに、そして憂鬱そうに見つめる横顔は。
それこそ、出会ってから今までの間に、何度も見た覚えのあるもので。
人に『おめでとう』を言われたら、『ありがとう』くらいは返す。
なんなら誰かの誕生日は、一般となんら変わりないお祝いをする。
でも、自分の誕生日だけは、笑った顔に陰りが見え隠れしている。
(産まれてこなきゃよかった・・・・なんて、考えているの?)
『どうして』の答えを、生憎未来は持ち合わせていない。
何を抱え込んでいるのか、どんな重荷を背負っているのか。
推し量ることすらできない。
(この頃のあなたはずっとそう、自分をいじめるのに忙しそう)
だから、せめて。
自分自身に出来ることを。
「もう来月には誕生日だね、何か欲しいものはないの?」
「ええ?うーん、めぼしいものはだいたいもらってる気がするからなぁ」
この愛しい人の誕生を、精一杯喜ぶことは。
どうかどうか、途絶えさせないように。
(いつかあなたが、祝福を心から受け取れますように)
鼓動を刻む自分の命を、大切にできますように。
「デートはどうかな?一日未来を独り占め~♪」
「ふふふ、いつもと変わらないじゃない」
「誕生日だから特別なのさー」
「響ったら」
いつもみんなの幸福を、眩しそうに見守るあなたが。
安らげる日が来ますようにと、願いを込めながら。
未来は今年も『ハッピーバースデー』を伝えるのだ。