悠久のネバーエンド! 作:ツメ
不死身ってのは、
「なぁ、九郎丸」
「何だい、刀太君」
「アイツは……カトラスは、楽園に……いや、天国に行けたと思うか?」
「…………。……どうかな。……どうだろうね。ただ……僕達は、天国にも地獄にも行けない……いや、
「……ははっ、確かにな。不死身ってのは、
「僕は、そのクソゲー、嫌いじゃないけどね。今は……」
悠久に
俺達は終わらない。
幾百もの、幾千もの、幾万もの、何もかもの時が過ぎ去っても。
俺達は終わらない。
幾百もの、幾千もの、幾万もの、何もかもの者に忘れられても。
俺達は終わらない。
幾百もの、幾千もの、幾万もの、何もかもの物語が色褪せても。
俺達は終わらない。
終わってたまるか!!!!!!!!!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「どーした刀太。珍しく箸が進んでないな」
ハッと我に返る。反射的に声がした方を振り返った。いつのまにかボーッと呆けてしまっていたらしい。
「甚兵衛さん。いや、食ってるっすよ?」
そうだ。今、俺達UQホルダーは、盛大な祝賀打ち上げパーティの真っ最中だ。
ついに長きに渡るヨルダとの最終決戦に終止符を打ち、世界を救った、記念。
―――お祝い、か。
―――全員―――
「ま、気持ちはわかるよ。バカ騒ぎする気分にゃなれんってか? そういう時こそ酒だ。呑め呑め」
「いや、俺は酒は……あ、もうイケる年なんだっけか。そういや甚兵衛さんと約束してたっすね。『全部終わったら酒でも呑むか』って」
「大人になるってのはな、酒を呑んで忘れたくなる悩みが増えるってことだ」
「それ、ただの酔っ払いの現実逃避じゃ……?」
「良いのさ、逃避で。辛いことから逃げて何が悪い。俺なんか危なくなりゃ逃げてばっかりの人生だ。逃げ損ねた奴らは皆死んだよ」
どこか遠い目をした甚兵衛さんが、日本酒を一気にあおる。
あぁ、きっと甚兵衛さんは……いや、俺よりもはるかに長い時を生き続けた不死者の大先輩達はみんな。
俺よりもはるかに辛い思い出が増え続けて。
それでも苦悩さえも飲み込んで、ずっと生き続けてきたんだ。
その仕草を真似て、俺が生まれて初めて口にした酒の味は、苦くて不味かった。
「日本酒も良いけれど、ワインもどう? なかなか良い逸品だそうよ。……ヒック」
「あぁ、うん。サンキュ、夏凜先輩。……ん?」
シックな色使いのドレスを大人っぽく着こなした夏凜先輩が、ワイングラスを勧めてくれた。
だがよく見ると、パイセンの様子がおかしいことに気付く。顔が赤い。それはラブコメ的な意味ではなく、妙に酒臭いような……?
いや、そりゃそうだろう。あの最終決戦で……俺よりも誰よりも、最も号泣していたのは、夏凜先輩だ。最もショックを受けていて当たり前だ。最もヤケ酒に走っていたとしても、神様だって許すに違いない。多分。
「近衛刀太の~……ちょっといいとこ見てみたい~……それ一気、一気」
「どこの飲み会の先輩だよ。俺、今日が酒解禁なんだから、んないきなり何杯もおかわりいらねーって……つか夏凜先輩も呑みすぎだろ、キャラ変わってんぞ……」
俺の辞退などお構いなしに、一気に飲み干して空いたグラスに、すかさずなみなみとアルコールの追加を注いでいく酔いどれ夏凜先輩。新成人へのアルハラ、ダメ。ゼッタイ。
「ふふん! お酒にノレないなら、私がリセット能力時代に荒稼ぎしまくった金に飽かせた、超豪華ディナーフルコースよ! トリュフにフォアグラにキャビアにA5ランクの最高級のお肉食べ放題! 絶対美味しいんだから、ありがたく全部食べなさい!」
「うぉっ!? なんかよくわかんねーけど、高そーなことだけはわかる……すっげーな、キリヱ。感謝していただくぜ」
更に、派手に着飾った煌びやかなドレス姿のキリヱが、大量の豪勢な料理皿が乗ったテーブルを披露してくる。
普段なら大好物の肉料理だが、正直今はこってりした飯を食いたい気分でもなかった。しかし、これも気遣いなんだろうと思うと無下にはできない。
『リセット能力時代に』という過去形に、ただの人間になったキリヱの今と未来を思って、ほんの少し心が痛む。いや、キリヱのバイタリティーならきっと、ただの人間になったって、チート能力なんてなくったって、以前以上の大金持ちにだって、なんだってなれるはずだ。いつだって、普通の人間達が、世界を変えていくんだ。
「はい、刀太。あーーーん」
「いや、俺もうさっきから食ってるし、自分でゆっくり食うからんむむむむむむ」
俺の辞退などお構いなしに、次から次へと俺の口に食い物を押し込んでいくキリヱ。ハムスターの頬袋じゃねぇんだぞ。ひょっとしてこいつらみんな酔ってねぇか?
「ふふっ。みんな、刀太君を労わってあげたいんだよ。はい、僕からも、お疲れ様」
「
今度は九郎丸だ。まさかついに九郎丸まで俺に接待という名の拷問を!? と一瞬身構えるも、ミネラルウォーターを持ってきてくれただけだった。ぶっちゃけ一番ありがたい。
いつだったか、よくわからん背中流し攻撃で女達全員から背後を集中砲火されてズタボロに虐げられた時も、九郎丸だけは痛がる俺のことを身を挺して庇ってくれてたのを思い出した。いつも自分の苦労をそっちのけなくらい、俺の気持ちを一番に考えてくれている。
九郎丸は純白の清楚で可憐なドレスを身に纏っていた。まるで花嫁衣装のようにも見えて、思わず口いっぱいに頬張ったまま、生唾を飲み込んでしまいそうになる程、最高に、可愛い―――
♪トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル
「んがんぐッ!?」
「だ、大丈夫っ!?」
間の悪いタイミングでけたたましい電子音が鳴り、危うく喉に詰まりかける。
懐かしいな、俺のケータイ。九郎丸が45年間管理してくれていたものだ。問題なく動作しているのは、入念なメンテナンスの賜物だろう。
九郎丸が手入れしてくれていたのは、預けていた俺のケータイだけではない。
45年間ずっと、いつ戻るかすらもわからない俺の部屋を、九郎丸は丁寧に準備してくれていた。誰も使わないだだっ広い部屋を掃除し続けて。生花まで飾って。14歳だったあの頃から思えば気の遠くなる年月が過ぎても、それでも必ず帰って来るといつまでも信じ続けて。
それを知った時、俺は感激のあまり、また泣き出してしまいそうだったのを必死で我慢していたのは、秘密だ。
そんな年季の入った思い出の俺のケータイのディスプレイに映し出された名前は―――
『メール着信 結城忍』
「!?」
一気に酔いが冷める。
「しのぶっ!? い、生きてるのかっ!?!?」
大慌てでメールの内容を確認しようとして―――手が止まった。
もしも……しのぶの訃報の知らせだったら?
そんなことあるはずないと思いつつ、枠が消えたままだったパクティオーカードと最悪の想像が拭えないまま、思考が停止してしまう。
「う、うん。あっ、ゴメン、まだ伝えてなかったよね。しのぶちゃんはもちろん元気だよ! いまや星の世界の夢を叶えてがんばってる第一人者なんだよ! 真っ先に刀太君にも教えたかったんだけど……その……っ……」
俺の時間が動き出すよりも早く、九郎丸が俺の問いかけに答えてくれた。ただ、複雑そうな表情を浮かべて、途中からはどんどん言い辛そうに口ごもり始めて、ついには俯いて黙りこくってしまう。
それだけで察せてしまった。
俺が怖くて確かめられなかった、九郎丸が怖くて言えなかった、現実を。
「……ひょっとして、みぞれは……」
「…………みぞれちゃんは、34歳で、亡くなったんだ…………」
知りたかった希望と、知りたくなかった絶望。
まるで、肉丸と野和の無事を知って、三橋と白石の死を知った時のような、相反する感情。
笑えばいいのか、泣けばいいのか。言葉も出なかった。
しのぶからのメールには、俺の帰還を喜ぶ内容と、簡潔な近況とともに、遠い星で暮らすようになったけれどいつかまたお会いできたら嬉しい、といったようなことが記してあった。
「少し落ち着いたら、しのぶちゃんの星まで一緒に会いに行こうよ。ほのかちゃんといさなちゃんもしのぶちゃんに会いたがってたし、みぞれちゃんも僕がずっと連絡取り続けてたから……その、刀太君が辛くないなら、昔の話とか色々……」
「……あぁ。頼む。ありがたいぜ」
この45年間の何もかもを九郎丸に任せっぱなしで、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、本当に助かった。
しのぶ。生きていて、夢を叶えて、幸せになってくれていて、本当によかった。
みぞれ。すまねぇ、お前との約束、何も守れなかったな……。ちゃんと、もっといい男と結婚してくれたんだろうか? 幸せになってくれたんだろうか? どうかそうであってほしい。
……結局、俺は、零れ落としたものばっかりだな。
みぞれも……それに……
三橋……白石……
……カトラス……
……一空先輩……
…………雪姫…………
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それからのことはあんまりよく覚えていない。
あの後も、三太も、源五郎先輩も、十蔵先輩も、ニキティスも、七重楼さんも、みんなが代わる代わる十人十色の態度で、俺のことを気にかけてくれては、ただぼんやりと生返事を返していたような、おぼろげな記憶しかない。
初めての酒で酔いが回ったのか、それとも……
いつのまにか、俺は一人、夜の海辺の砂浜に座り込み、暗闇の中で寄せては返す波を、ただじっと見つめていた。
遠くから聞こえる喧噪。まだまだ宴は続いているようだ。
それからどれほどの時間が経ったのかもよくわからない。
気付くと、背後から見知った気配を感じる。
「ここにいたんだ、刀太君」
「九郎丸か」
振り向くまでもなく、すぐにわかった。
誰よりも聞き慣れた声。
誰よりも俺の名を呼んだ声。
もしもその姿や声色を変えていたとしても、金髪の白ワンピの九龍に変装した時のように、きっと俺はすぐにわかる。俺の九郎丸だ。
「隣、いい?」
「あぁ」
九郎丸が俺の横に腰を下ろす。
俺の隣は九郎丸の定位置で、九郎丸の隣は俺の特等席だ。
初めて塔の上までエレトレインで二泊三日の車中泊をした時も、俺の席の隣にすかさず九郎丸を引っ張ってきた。
もはや隣にこいつがいない方が、落ち着かなくなってしまっていた。
「……星、綺麗だね」
「……あぁ、綺麗だ」
純白のフリルのドレスのスカートと烏の濡れ羽色の黒髪を、海風に靡かせる九郎丸の端正な横顔。
満天の星空より、九郎丸の方がよっぽど綺麗だった。
そういえばあの時もそうだった。墓参りから戻ったアカシャの天輪の露天風呂で、俺はどうしようもないくらい落ち込んでいたはずなのに……どうしようもないくらい九郎丸に見惚れて、頭が真っ白になってしまっていた。我ながらなんて単純なんだろう。
「あっ、流れ星」
「あっ、ちくしょ、願い事間に合わなかった」
「じゃあ、刀太君の願い事が叶うように、お星様の代わりに僕も一緒にがんばるね」
「お、お前な」
サラッと恥ずかしいことを。
いや、こいつのこんなふとした優しさは、いつものことだ。
俺の方がいつのまにか、恥ずかしいほどにドキドキしてしまうようになっただけなのかもしれない。
頬が熱くなって、星を見るふりをしてもう一度夜空を仰いだ。
「……俺の願いなんて、もう叶ってるよ。ハッピーエンドだ」
「……ホントに?」
「お前に叶えてもらえる願いは、だいたい叶った」
俺も俺で、こっ恥ずかしいことを言ったかもしれない。
でも、本当だ。少なくとも今この瞬間は、本当に幸せなんだ。
どんな夜の闇の暗さも忘れさせてくれる、星の光の煌めきのように。
俺がいて。
お前がいて。
それだけでも充分だったのに。
お前はそれ以上を叶えてくれた。
俺が45年前からずっと願っていたもの。
誰よりも一番求めていたもの。
決死の決戦を前にして、二人きりでデートしたいと願うくらいに。
俺はもう九郎丸に叶えてもらえたんだ。
相棒以上の幸せを。
お前にしか叶えてもらえない恋を。
「……ま、俺なんかにしては上等なハッピーエンドだろ! 大口叩いたわりに、結局は祖父さんの裏技チートに頼っちまったけどよ! 世界は救えて! 祖父さん達も帰ってきて! ……雪姫だって、きっと、いつかは……きっと……」
充分だ。
充分以上だ。
だから、笑っていなきゃ。
いつものようにバカみたいに明るい元気な笑顔で。
だってそれが―――
皆が俺に望んでいる
強い『[[rb:主人公 > ヒーロー]]』のはずなんだ―――
「……刀太君。無理して笑わないで」
ビクッ、と表情筋が固まる。
胸の奥に隠した黒いわだかまりが疼く。
地獄の底から這い出るような暗い悔恨。
「……く、九郎丸……?」
「弱音でも、愚痴でも、どうにもならない後悔でも、なんだって、受け止めるから」
横を見やると、九郎丸は、ひどく憂いを浮かべて。まるでこいつの方が今にも泣き出してしまいそうだ。
なんで、なんでそんな顔するんだよ。俺は、お前にそんな顔、させたくないのに。
「だから、一人で抱え込まないで」
「…………」
お前には、すぐわかっちまうんだな。
九郎丸にだけは、いつも俺の虚勢が見抜かれてしまう。
ずっと隠していた、痛みも、涙も。俺の弱さ、強がるフリが。
なんでなんだろうな。
こいつが、俺をどうしようもなく好きでいてくれるからだろうか。
それとも、こんなこいつだから、俺はどうしようもなく好きなんだろうか。
「刀太君の気持ち、僕も少しは分かち合えると思う。だって」
俺の目をどこまでもまっすぐ見つめてくる九郎丸の瞳。
「ヨルダに……雪姫殿にとどめを刺したのは、僕も一緒なんだから。二人で一緒に、雪姫殿を」
『神刀姫名杜・破魔封神剣』。
俺と九郎丸、二人で巨大な光の剣を携えて、ヨルダを一刀両断した、あの時。
まるでケーキ入刀みたいだな、とぼんやりとした荒唐無稽な空想が頭の片隅に浮かんでいた。
―――結婚式の夫婦初めての共同作業。
―――俺と二人でケーキナイフに手を添える、ウェディングドレスに身を包んだ九郎丸は、まるで天使みたいに最高に綺麗で。
―――雪姫はずっと澄ましたニヤニヤ顔で眺めてたくせに、新郎新婦の感謝の手紙の朗読で、柄にもなくボロボロ嬉し泣きしちまうんだ。
ああ、そうだ、現実逃避だ。
俺は、“ 雪 姫 を 殺 し た ”。
九郎丸まで共犯者にさせて、“ 雪 姫 を 殺 さ せ た ”。
「違うッ!! あれは……俺が……俺一人が決めたことだ」
俺は……九郎丸にまで、こんな罪悪感を、一生抱かせたくないんだ。
「……俺が選んだんだ。世界を救うために、雪姫を殺すと。もしも生きて帰る可能性がゼロだったとしても、俺は雪姫を殺してた。俺が一人で決めた選択だ。だからお前は―――」
「一人じゃないよ」
俺一人が。それでいいって。
「あの時も言ったでしょ。刀太君の葛藤も、決断も、苦悩も、全部、僕達のものだって」
それじゃ、お前まで苦しんでしまう。
「刀太君は、一人じゃないよ」
なんで。
「僕にも一緒に背負わせて。お願い」
なんでお前は、そこまで俺なんかに―――
「だって僕は―――君の、相棒だからね」
そう微笑む、九郎丸の美しい瞳からは、涙が溢れていた。
まるで俺の分まで泣こうとするかのように。
「…………」
『相棒』とは、駕籠を担ぐ一本の棒を、二人で一緒に支えるから、『相棒』と言うようになったらしい。
『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし』。
一緒に支えてくれると。
共に歩いてくれると。
どこまで続くかわからない、この遠き永劫の道を。
「…………っ……ぅ……ぅぅぅうぁぁぁぁぁぁあああああああああ…………」
俺は、堰を切ったように、嗚咽を漏らした。
心の奥から溢れ出してくる熱い物が、涙になって溢れて滴り落ちた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「おはよう、刀太君」
何度となく耳にした言葉。
気が付くと俺は、浜辺で九郎丸に膝枕をされ、小さな子供をあやすみたいに頭を撫でられていた。
膝枕、か。まるでいつかのキティみたいだ。いや、あの時とは真逆か。俺が子供みたいに膝枕されてよしよしされる側だ。
どうやら俺は、九郎丸に縋り付いて、二人で泣きじゃくって、そのまま気を失うように寝てしまっていたらしい。
「……悪ぃ。どのくらい寝てた?」
「んー、3時間くらいかな。まだ眠いなら、もっと寝てていいよ」
頭には滑らかなスカート越しに、九郎丸の柔らかく温かな太ももの感触が伝わる。
実を言うと、ヨルダとの戦いが終わってから、いくら横になっても寝付けず、一睡もできていなかったのだった。
ずっと欲していた安息だった。
「足、痺れただろ。今起きる」
「いいってば。もっと頼ってって。それに……」
慌てて上体を起こそうとした俺の肩を、やんわりと押し戻しされる。
膝枕されて下から見上げる九郎丸の顔。距離が近い。鼓動が高鳴る。
「……僕も、刀太君が膝で眠ってくれてるの……寝顔眺めてられるの……すっごく、幸せだし。……な、なんてね」
照れ隠しなのか、九郎丸のしなやかな細い指が俺の前髪に触れ、おでこを優しく撫でつけられる。
俺もすごく気恥ずかしい。
けれどすごく心地良い。
体も。心も。
「……やっぱり、お前がいねぇと俺はダメだな」
「何言ってるの、刀太君」
情けない甘えきった泣き言。
体が恥ずかしい状態だと、心も恥ずかしいことを零してしまうのかもしれない。
九龍にデートに誘われた時も、九郎丸をデートに誘った時も、途中で襲撃されて、俺はちっとも守れなかった。
「お前にはいつもカッコ悪いとこ見せてばっかだ」
「刀太君はいつもカッコイイと思ってるけど。カッコ悪くてもいいと思うよ。刀太君は刀太君なわけだし」
……あぁ、こいつはいつだってそうだ。
俺がネギ・スプリングフィールドの孫ではなく、クローンだと知らされた時も。
他の誰にも秘密を相談する気にはなれなかった時も。
こいつだけは、どんな俺を知っても、俺を受け入れてくれた。
『刀太君は刀太君』だと。
「九郎丸……」
「刀太君だって、僕に言ってくれたじゃない。弱くていいって。頼っていいって」
真面目な話をされているのに、俺がそう伝えた時のアノ状況が鮮明に思い出されてしまい、ただでさえのぼせ上がっていた頭が平常心を失ってきて、必死に脳内で回天フラフープする。バカか俺は。
「刀太君が僕に頼ってくれないと、僕も刀太君に頼れないよ」
情けない。
カッコ悪い。
けれど。
俺はこいつと二人きりでいる時は、無理に自分を繕わなくていいんだ。
祖父さんのような全てを救う英雄にも、お姫様を守るカッコイイ王子様にも、ならなくてもいいんだ。
何もない、何者にもなれない、ただのちっぽけな近衛刀太になれる。
それでもいいとありのままの自分を受け入れてもらえる。
それがどれだけ空っぽの俺を救ってくれたか。
「……なんか、こうしてると、いろいろ思い出すな。いつも肝心な時は、九郎丸が隣にいてくれた気がする」
「そうかな?」
「そうだ。学園で人が死にまくった時も。家出して死にかけた時も。雪姫の過去を知った時も。カトラスが死んだ時も。45年遅刻した時も。ダチ達が死んでた時も」
「いろんなこと、あったね」
「俺が死ぬほど凹んだり、もうダメかもしんねぇって時に、いつもお前が傍にいて、支えてくれた。どんなバカな悩みでもバカな夢でも、お前はバカにしたりしないで、励ましてくれた」
「そうだったのなら、嬉しいな」
九郎丸と俺は、いつも一緒だった。
夏凜先輩やキリヱや他のみんなとは、任務や修行で何か月も顔を見なかったこともざらにあった。
雪姫に至っては、UQに入ってから二人きりでゆっくり話をした機会は、雪姫から誘われたデートの時くらいだった。
九郎丸とだけは、いつも一緒だった。どこへ行く時も。何をする時も。図書館島での修行も、俺の希望で同伴してほしいと頼んだ。
嬉しい時も。
悲しい時も。
九郎丸はいつも隣にいてくれた。
一番辛い時。
一番救いが必要な時。
九郎丸はいつも手を差し伸べてくれた。
九郎丸がいなくなった人生なんて、もう想像がつかないくらいに。
「ずっと、お前に救われてた。今だって、救われてるよ」
「僕だってそうだよ。刀太君は、何もない僕に居場所をくれた。暗い沼の底みたいな世界から、僕を救いあげてくれた。本当ならもう生きられなかった僕に、生きる道をくれた」
「……俺は、なんにも……。お前がさらわれた、あの時だって……ただ俺が、お前がいなくなるなんて、耐えられなかったから……」
「何言ってるの。刀太君はすごいんだよ。いつだってがんばってる。がんばりすぎなくらいだよ」
すごくなんかない。
産まれた時から俺は、祖父さんの代わりの道具で、出来の悪い偽物の代用品の劣化コピーだ。
中途半端で、不安定で、未熟で。
自分だけの何かなんて何もない。
全部誰かの借り物の猿真似だ。
俺を必要とする人がいたとしても、それは俺が必死に背伸びして、立派な誰かを模倣した上っ面を必要とされただけで。
本当の俺は、空っぽだ。
祖父さん達のような本物の“特別”にもなれない。
かといって“普通”の人間にもなれない。
何者にもなれない。
「それに、もし刀太君が、自分のことを何者でもないと思ってたとしても」
それでもお前は。
「僕にとっては、刀太君は刀太君だよ」
こんな俺を。
「刀太君じゃなきゃ、ダメなんだよ」
俺を、選んでくれるのか?
「この宇宙の他の誰でもない、君だけが、僕のたった一人の特別な人だよ」
誰かの代わりじゃない、たった一人だけの、“特別”だと、思ってくれるのか?
「……な、なーんて、僕なんかじゃ全然価値なくってアレだけど! もっともっと自信持って、胸張っていいんだから! 世界のみんなを救ったんだから! 僕にできることだったら、なんだってご褒美あげちゃうよ! 僕じゃご褒美って言わないか、へへ」
「お前がいい」
照れ隠しと謙遜で饒舌になる九郎丸の言葉を遮る。
『誰が一番好きなんだ?』と雪姫に問われて、最終決戦直前のデートに誘ったあの時も、きっと九郎丸には全然伝わってなかったんだろうけど。
45年前からずっと、俺の一番は、決まっていた。
「俺も、お前じゃねぇと、ダメなんだ」
ずっと自分にない何かを探し続けていた。
まるで正反対のような俺とお前。いつだって無鉄砲な俺を生真面目なお前がフォローしてくれて。
でもどこか似た者同士の俺とお前。『ないもの同士』。
「俺も、お前が、必要なんだ」
俺に欠けたものを、お前は埋めてくれる。
お前に欠けたものを、俺が埋めてやれると信じたい。
「……刀太、くん……」
果てない夜空を駆ける流れ星。
「……願い事、言ってもいいか?」
「……うん」
満天の星の世界を見上げて。
「返さなきゃいけねぇ。世界の為に。皆の為に。……雪姫の為に。これから何百年。何千年。何万年。捧げなきゃいけねぇ」
全てが救えるなら、俺の自由なんて無くっていい。俺の幸せなんて無くっていい。
でも、それでも、どうか。
「だから、どうか、お前は……お前だけは……どこまでも一緒に歩いてほしい。俺の隣にいてほしい。それだけできっと俺は……何億年でも歩いていけるから。だから」
―――お前がいてくれなけりゃ……
あの時、九郎丸はどこだ?と激昂した、真っ黒の俺みたいに。
あの時、45年後ひとりぼっちで彷徨った、空っぽの俺みたいに。
あの時、殺戮を続ける魔王になった、孤独なキティみたいに。
―――きっといつか、俺の心は……壊れちまう……。
「もちろん。だってそんなの、僕とおんなじ願い事だもの」
全ての幸いを懸けて願う。
きっと願いは叶う。
「刀太君は、僕が永遠に守るよ」
「さっすが俺の九郎丸、愛が重いなー」
「君が言わないでよ」
「お前こそ」
見つめ合い、笑みが零れ合う。
それは決して強がった作り笑いではなく。
自然に頬が緩んでいく。胸の奥に光が灯る。
「これからもよろしく。『相棒』」
「ああ。末永くよろしく。『相棒』」
天にあっては比翼の鳥となり。
地にあっては連理の枝とならん。
「僕は刀太君と歩き続ける。どこまでも」
「俺は九郎丸と歩き続ける。どこまでも」
それは永遠の盟約だった。
ふと、九郎丸と初めての仮契約を結んだ時を思い出す。
どうしてあの時、魔法陣の契約の主従が逆転したんだろうか? なぜか俺のパクティオーカードは出ずに、契約が逆流して九郎丸のカードが出てしまった。俺のクローン元であるネギさんも明日菜さんも、俺の妹のカトラスも、ちゃんと従者のカードが出ていたのに。結局その原因ははっきりしないままだった。今となっては確かめる術はないけれど。
きっとあれは、『愛の力』だったんじゃないだろうか?
だってあの時、俺は、今みたいに。
強く強く、抱き寄せ合い、深く深く、誓いの口付けを交わし合った。
ついさっきまで、俺の世界は真っ暗だったのに。
たったそれだけで、星の世界のように全てが煌めいていく。
俺は恵まれてる。
恵まれすぎてる。