男は女と向き合っていた。風がたなびく川端では風が吹く。風の流れにそって互いの衣服が揺れているのだが、女の手には髪がたなびいていた。艶のある長い髪は女の持つ生首だった。死んではいないそれは息をしていた、桃色の肌は生気を持ちそれが生きているということが分かる。男は膝を着きその生首に言った。
「首だけになってまで生きても面白くない?とんでもない、そんな体だって面白いことはいくらでもあります」
青い男は美しい生首へと手を伸ばす。青い線の走る指がまるで手に取るように、優しくその髪を触れた。
「あたくしが、あなたを楽しませてあげましょう」
髪を口付けるように口元に寄せて呟いた言葉はまるで告白のようだった。
「鬼殺し、二言はないな」
紫水晶の瞳はすぅっと細まり、薄紅色の唇が問いかける。美しい生首は凄みのある問いに津軽はすぐに頭を振った。
「ございません」
首だけになって殺して欲しい、そんな言葉を紡ぐ彼女を楽しませたいのは本心だった。
「わかった、行こう欧州へ」
輪堂鴉夜はそう言って津軽の提案を受け入れた。その声色は明るく、期待に満ちている。その言葉を聞けば津軽は嬉しそうに笑ったが一つ疑問が湧いた。
「ところで、あたくしの寿命を延ばす方法ってのは……?」
「私の一部を喰えばいい」
なんてこともないように言われた言葉はとんでもなかった。
「……えっ、く、喰う?……あ、あなたを?」
喰う、喰うとは?つまり。津軽からたじろぐような声が出る。
「不死の細胞はとにかく抵抗力が強い。それをお前の身体に取り込めば基礎である人間の免疫がぐんと高まる。結果、鬼になるのを遅らせることが出来る訳だ」
津軽はその理屈を聞いて納得した。
「ははあ、なるほど……いやでも喰わせるたって」
津軽は無遠慮に鴉夜を見る。どうしたって首だけで食べられるものなんて限られていた。目玉や脳みそ、そして髪や耳。どう見たって食べごたえがなさそうだ。そして好きで食べたい訳でもなかった。
「何も私だってお前に目や耳や脳みそを喰わせるつもりは毛頭ない。困らん部分を使う」
「と、言いますと?」
まるで合いの手を入れるように津軽は尋ねた。鴉夜は考え込む素振りを見せながら俯く。風がたなびけば絹のような髪は流れて、伏せ目がちな目が綺麗に縁取られていた。美しいかんばせであるも、そこから下は何もないその光景はやはり異様である。何とおぞましくそれでいて美しい光景であろうか、津軽は静かにそれを見て応えを待った。
「……まあ、一番妥当なのは体液の類だ。涙、鼻水、汗、もしくは……」
「……唾?」
それが正解のようで淡い桃色で縁取られた鴉夜の唇が動く。
「だが私は滅多に泣かんし汗もかかん」
鼻水と唾液どちらがよい?消去法で選んだ選択肢は二つのみだった。津軽はすぐに唾と即答した。鼻水啜るよりもその口から出るものの方が魅力に思えたのだ。間髪入れずに回答した。
「……決まりだな」
なら受け取るがよい、その言葉は津軽に戸惑いの感情を与えた。
「今ですか?」
「ああ、契約の証だ」
今から唾液を受け取る。だがどうやって受け入れようか。手を器にすべきだろうか、あるいは杯に?分からぬ津軽は鴉夜に問う。
「……どう受け取ります?」
「直に移せばよい」
この死なぬ怪物は恥じらいというものはないのだろうか、否、そもそも長生きだからそういったものはないのだろう。とはいえ、津軽とて一応は男だ。躊躇するのも当たり前だった。
「遠慮はいらん」
さして問題はないようにそう言った。津軽は鴉夜を持つ目の前の女を見るが、その顔に感情はない。だがその眼は明らかに感情を抱き津軽を見ていた。
「失礼致します」
一言断りを入れて、津軽は鴉夜を持った。その温もりの心地よさに触れながら津軽は軽すぎる鴉夜を持ち上げる。ゆっくりと下ろすその頭部は僅かに口を開き、その唇の隙間から唾液を見せる。月明かりに照らされたそれはてらてらと輝き、それがまるで蜜のようにも思えるのだから不思議だ。
――二人の唇は重なり、風が吹いていた
月明かりに照らされた二人は陰になって顔は分からない。だがその表情を知るのは向かい合った二人だけだった。
――――――――――――
「師匠、朝ですね」
夜通し動いたから目が沁みますね。呑気にそう言った津軽が鳥籠に言う。その手に持つ鳥籠を頭上に上げながら囁く仕草はまるで子供のようだった。
「……遊び過ぎだ」
待たせるとは随分偉くなったものだな、鳥籠に居る鴉夜は呆れたように津軽に返す。時間通りにも出来ない、待たせるとはやはり仕置が必要か?幾許か考えるも津軽はいつも通りの調子だ。
「これでチャラと言ったのは師匠です、多少の暇くらい頂きてぇもんです」
「二人とも暇に出したら私は動くことも出来んのだぞ」
レースの向こうで睨まれているような気がする。津軽はやれやれといった様子で肩をすくませた。
「ああ、しかし鬼と言えどもやはりあたくしの知る鬼とは違うもんだ」
師匠の仰るとおりでしたねぇ、津軽は自身の顔を撫でる。その指は肌に走る線をなぞっていた。左目を切断する青い線、それは津軽に鬼が混じる証だった。その頭髪に蒼い目、その指先に至るまで走る線全てが、津軽の細胞に混じる鬼の体表の色そのものだ。津軽の身体には鬼が混じる。最初こそ違えども後天的に実験されてそうなってしまった。かつて津軽の半分を持っていた阿呆のせいでこの様だ。それは鴉夜も同様だが。
「師匠、あれはなんです?」
津軽は刺青の入った鬼を想い浮かべる。鬼とはまるで違う能力を扱う鬼のようだが、津軽には心当たりがなかった。津軽は実物の鬼が見れると期待したのだが、津軽よりも力が弱く思える。結局とんと分からぬようだった。
「ああ、あれも鬼さ」
ただし、人の肉を喰らう鬼だがね。鴉夜はつまらぬことのように言う。長年生きていたらさして面白みはないのだろう。散々あちこちの怪物を見てきただろうから飽きているのかもしれない。
「ほう、ではその口ぶりだと何か知っているようですね」
津軽はやはり馬鹿ではない。口調と態度でおおよその予想を付けられるのだから。
「ああ、そりゃあもう長年の付き合いだ」
「長年と申しますと?」
大体九百十数年程前ほどだろうか、おおよそ定かではないが津軽は逆算する。今は大正、西暦にして遡ると、指でいくつか数えた。そういえばこの計算は以前したような気がする。九百年、つまりは。
「と、言いますと平安ですか」
「ああ、私を狙った阿呆だ」
喰らっても戻るなら意味もないだろうに、そう続けて締めくくる。それは随分と阿呆ですね、津軽はそう返して鳥籠を頭上に持ち上げた。
「師匠を殺せるのはあたくしだけですから」
津軽の宿す鬼は化け物の不死性を壊す。故に津軽だけが鴉夜を殺せるのだ。そしてその鬼が居ない現在、鴉夜はもう死ぬことも出来なくなる。つまり、津軽だけが彼女に永遠の安らぎを与えることが出来るのだ。
「ああ、私はお前しかいないんだ」
もし、お前が老いたり死ぬようなことがあったら頼むぞ。繰り返されるその頼み事は何度目だろうか。首から下は既に消失してしまい不安が見える。まるで置いて行かれることを厭うように。この御仁はああ、全く。津軽は唇を引き延ばしてでも無理矢理頬を吊り上げた。一人は寂しいのかもしれないが、それでも。本当に、この人は人の扱いに長けている。此処まで言われてしまえば津軽とて従うしかなかった。
「ええ、勿論です」
静句さんの後を追いかけましょうね、そう呟いて津軽は口元を緩ませる。この十数年歳を取った感じがしない、静句が先に逝くのも察してそんなことを言った。鴉夜も否定しないのだからこれが正解なのかもしれない。静句はすっかりと歳を取っていたが、津軽は変わらず若いままだ。定期的に鴉夜の体液を摂取している影響か。津軽も歳を取らなくなった。だからきっと先に逝くのかもしれないが、静句は存外あの世で待っているかもしれない。遅すぎです、死んでください、そんなことを言いながら殴って来る。もう死んでます、そう返す自身を想像しながら、津軽は愉快そうに笑う。
「師匠、日本公演も楽しんで下さいよ」
「今度は何を見せてくれるのかね?」
そりゃあもう、愉快痛快って奴ですよ。津軽が鳥籠を周囲に見渡すように回れば、鴉夜の世界も回った。やめろ、と気分が悪そうに叱れば津軽は声高く笑う。津軽が死ねば鴉夜を殺すし、津軽が老衰するなら鴉夜も先に殺して自分も死ぬ。死がふたりを分かつまで、そんな誓いが二人の仲にあるのは間違いなかった。
此処までが私の考えたクロスオーバーネタでした。楽しかったです。此処まで読んで頂きありがとうございました!続けるかはちょっと考え中です。本当に本当にありがとうございました!
此処まで書きましたが評価など感想を頂けましたら嬉しく思いますので、なにとぞよろしくお願いします。上手くキャラを掴めていたかななんて思っちゃいましてですね…。
続きは?
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見たい!
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満足!