「君の妹はそういう力があるのだろう?」
私の従者はこのザマなのだ、なあ頼むよ。繰り返し鳥籠がそんなことを言う。レースで覆われた鳥籠だ。レースにはセイヨウキヅタの薄い刺繍があしらわれている。その頭頂部には取っ手が付いており、まるでそれは持ち歩くことを前提に作られたようにも思えた。否、実際持ち歩くのだろう。実際喋るのだから、従者と呼ぶ彼らがそれを持ち歩く。奇妙な光景ではあるが、それが事実のようにも思えた。
「……どうして、禰豆子が妹だと?」
身構えて、更に睨む。事と場合によっては、そういう意図の威嚇すら含む態度で炭治郎は相手の出方を見た。
「そうだなぁ、強いていうのなら君の態度かな?その子は君の言葉には従うが、君は命令とは言っていない」
悩ましげな口ぶりで、鳥籠は言葉を続ける。
「従者ならけしかけるか、命ずるだろう?でも君はそれをしなかった。つまりそれをしない間柄ということだ」
鳥籠は論理的にその相手を見ていた。更に畳みかけるように言葉は続く。
「頼むと言うし敬称もなく禰豆子と呼ぶのなら、君とは近しい仲であることは明らかだ」
恋人なのかな?それにしては馴れ馴れしい。着物も見る限り同じものを使い回しているね、縫い糸も揃いの色だ。貧しい生活をしていたのはそこからも分かる。だったら君たちは血の繋がった兄妹だと結論付けたのだが、いかがかね?淡々と語られる推測は正しく、炭治郎は動揺を隠せずにいる。まるで情報が筒抜けにされているような気分だった。まるで見透かされているようなそれは得体が知れない。
「何者ですか?」
血鬼術の類か、腰に携える刀に手を掛けてかちりと鍔が鳴る。僅かに引き抜かれると黒い刀身が見えた。
「おや、色変わりの刀か」
「……なッ!」
「ならばこれは鬼の仕業か」
乗客全員寝るのも合点がいったよ、一人で納得するように独り言を漏らす。無論炭治郎も黙ってはいられない。
「どうして知っている!?」
「昔から居るからね、時々烏を飛ばして走り回っているのも知っているよ」
そんなことより、唐突に話でも切り替えるように鳥籠は息を吸いこんだ。一拍置くようにまた口を開いて誰かを呼んだ。
「津軽、起きているなら目を開けろ」
津軽とは誰のことなのだろうか、若干篭るその感情の内がその人物の評価そのものに思える。
「先程この少年が刀を抜こうとしていた時に僅かに動いていた、もう起きているのだろう?」
今なら仕置は軽いぞ、津軽と呼ばれたその人物は鳥籠の言葉で目を開く。
「……バレちまいました?」
左目だけを開いて、呑気にそんなことを言った。青い頭髪、青い瞳、その青い瞳を切断するように同色の青い線の刺青が皮膚に走る。その線は頬から顎に伝い、更に首筋から体まで下りている。襟首で隠れてしまっているが、恐らく身体にもあるのだろう。津軽と呼ばれた男は青く異国人を思わせる。ついでに身に付けるコートまで群青色なのだが、わざとその色を消すようにちぐはぐな色合いの布を縫い付けてある。コートの下もよれよれで、ネクタイはなし。こんなに服がよれているのに、両手には手袋がしっかりと身に着けている。潔癖にも思えるがその手袋もよく見れば汚れていて、到底潔癖とは思えなかった。
「バレたということは、大分前から起きていたな?」
「ええい、寝息すらやかましいのかと師匠が仰ってた頃からです」
恨めしげな声が鳥籠から響けば、津軽は悪びれもなくそんなことを言う。師匠と呼ぶということは弟子なのだろうか。そう炭治郎が考えている間にも漫才のような会話が繰り広げられている。
「大分最初からだな」
「そりゃあれですよ、だくだくです」
「振りでもしろと?それは無茶な相談だ」
「おっと、こりゃ一本取られました」
「面白くもないわ、阿呆」
身振り手振りも大袈裟に、津軽という男は師匠と話し出す。さながらそれは落語の演目でも見ているようだった。会話の中で演目を例えに出しているようだが、縁のない炭治郎には分からない。
――そもそもだ、この男はどうやって起きたのか
炭治郎はこの時ようやく、ハッとする。これはただの夢ではなく鬼の血鬼術だ、夢から覚めるには夢の自分を殺さねばならない。実際炭治郎も自決することで目覚めたのだが、津軽という男はそれよりも前に起きていたことは明らかだった。
「……あの、」
会話に夢中になっていたようだが、炭治郎はその話を遮る。うん、と水を差された男は不思議そうに首を傾げていた。ああ、と納得したように炭治郎に歩み寄った。
「……おや、こりゃ失礼」
話に夢中になっておりました、非を認めながら男は軽く会釈する。
「お初にお目に掛かります。あたくし【鳥籠使い】真打津軽と申します。名前は真打ですが器は前座というちゃちな男でございます。どうかお見知りおきを」
口の両端がほころばせていたが、初対面の相手にその笑みは余りにも胡散臭い。へらへらと笑うそれは不安を煽る。そして【鳥籠使い】とはなんだろうか、鳥籠といえばこの喋るものなのだが、これを持ち歩いているのがこの男ということなのだろうか。炭治郎の疑問は尽きることはない。
「それで、あたくしに何の御用で?」
こてんと首を動かして男は炭治郎の言葉を待っていた。
「あの、どうして起きることが出来たのですか?」
夢の中で死なねば、起きることが出来ないことは炭治郎だけが知ることだった。そして夢は現実感があり違和感がなかったのに、どうして目を覚ましたのか。未だ伊之助たちは目覚める気配がない、聞かずにはいられなかった。
「……そうですねぇ、」
聞かれるなり男は少し考え込む素振りを見せる。青い目を手で覆い、拭うように口元を撫でた。
「……やけに鮮明な夢で最初は夢だって気付きませんでした。それでいて都合の良い随分楽しい、だから楽しんでおりました。それでもっと愉快になるために命でも懸けてみようかと思ったもんで」
そうすりゃ芸としても一級品でしょう?そしたら死んじゃって目が覚めちまった。それは炭治郎のような、決死の覚悟ではなかった。実に酔狂で、馬鹿げた言葉だった。
「成程、実にお前らしいな津軽」
「へへ、どうせ死ぬなら愉快に死にたいので」
「ああ、全くお前の冗談は笑えんさ」
命とはそんな冗談の種にするものなのだろうか、炭治郎とはまるで価値観が違う。津軽は変わらずいつもの調子で笑った。
「まあ、お前が居るなら静句は起こさなくともいいかな」
「一応起こして貰って頂いた方がいいのでは?」
あたくしが行ったら師匠は一人だ、炭治郎は感情の匂いすら感じ取っていた。気掛かりなようで案ずる心が伝わってくる。いらんよ、鳥籠は頑として受け付けぬようだった。
「夢の中は楽しかったのだろう?ならば静句も少しは休んでもらいたいのさ」
「まあ、静句さんも窮屈な方なのでそれもいいでしょう」
それで、あたくしは何をすれば。次に命ずる言葉を、津軽は待つ。
「列車がこの様子だと時間通りにいけないのかもしれない」
津軽、原因を探って来い。鳥籠がそう命じれば「はいな、」と津軽は返した。炭治郎はその言葉に待ったを掛ける。前のめりになって詰め寄り、必死に制止した。
「危険です!鬼が居ます!」
「知っているよ、君たちが居るのだから」
だけど、津軽なら大丈夫さ。お前の一芸見せてみろ。その信頼を一身に受ける男の口元が弧を描いた。
夢見るなら津軽はもう一つ遊んでいそうで目を覚ますかと思いまして…
正直、この作品無限列車編で終わらせようと思ってたのですが、ちょっと惜しいような気もしてアンケートします。
続きは?
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見たい!
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満足!