――魘夢は人に夢を見せることが出来る鬼である
人の深層心理に近付き、その人が最も欲しているモノや希望を夢として見せるのだ。例えば死んだ家族に再会する、例えば立てなかった人間が再び立つ、そして痛みから解放される。そんな幸せな夢を見せることが出来るのだが、魘夢はそんな夢を見せたい鬼ではなかった。
――本当に好きなことは悪夢を見せることだ
死んだ家族がまた死んでしまう、立てなかった人間はもう立てない、痛みはずっと続いて死んでも治らない。そういう悪夢を見せてその人が絶望する顔が好きなのだ。歪んだ顔が好物でその断末魔が最高の刺激になった。不幸に打ちひしがれて、苦しんでもがく姿を見ることが何よりも楽しいのだ。
――だが、魘夢は油断しない
魘夢自体の血鬼術は強力だが、当人の鬼としての力はさして強くはない。その自覚があるからこそ手間を掛けても確実に殺せる方法を選ぶ。切符に縄に、そして協力する人間。面倒であっても気付かれない方法だった。その筈だったが、初めてこの方法が破られた。目の前にいる鬼狩りとその傍らに立つ男を冷たく見る。短時間で覚醒する条件を見破ったのか、それは脅威にも思えた。
「幸せな夢や都合の良い夢を見たいっていう人間の欲求は、凄まじいのになぁ」
感嘆で声を上げる魘夢に炭治郎は怒りを覚える。父親が生き返る夢を見せてあげようだなんて、本当に神経を逆撫でにする鬼だと思った。
「人の心の中に土足で踏み入るなッ!」
俺はお前を許さない、刀を引き抜いて激昂する。魘夢は静かに炭治郎を見ていた。この時初めて魘夢は炭治郎の耳の飾りに気付いた。そういえばあの方が言っていた、花札の耳飾りを付けた人間を殺せば血を分けてやると。みるみる顔を紅潮させて魘夢は歓喜した。
「運が良いなぁ!早速来たんだ俺の所に!」
夢みたいだ、これで無惨様からもっと血を分けて頂ける。まさにこれは夢のようだったが現実である。もっと強くなれば、上弦の鬼に入れ替わり血戦を申し込める、そんな期待がよぎって魘夢は俄然やる気が出ていた。相対する炭治郎も呼吸を整える。互いに譲らぬ死闘が今にも始まろうとしていた。
「さて、あたくしはどうしようかねぇ……」
両者やる気に満ちている中、津軽だけはその状況下でどう動こうか考えていた。その場の環境、そこに置いてあるもの、その場に居る人間。この環境下で津軽が出来る出方を窺っていた。何せ人外の化け物だ。この怪物を面白おかしく殺すにはどうしたもんかと暫し考えて、一拍置いてから動いた。
――――――――――――
――水の呼吸十の型、【生生流転】
全集中の呼吸で吸い込まれていく呼吸が炭治郎の身体を活性化させていた。水のようにしなやかに流れていく刀の動きは確実に魘夢に近づくが。魘夢もただ待つばかりではない。血鬼術を行使することで、炭治郎を眠らせることを選んだ。
――血鬼術、【強制昏倒催眠の囁き】
口のある左手を突き出して、その口が言葉を発した。がちり、歯を鳴らして唇が不気味に動いた。
「お眠りぃ!」
音を介して発せられた血鬼術は鼓膜に入り、炭治郎と津軽の鼓膜を揺らした。ガクリ、と後ろに倒れていく炭治郎だが、すぐに足が踏ん張る。赫灼の目が魘夢を睨む。津軽も同様に目を覚まし胡散臭い笑みを張り付けていた。眠らない、魘夢は僅かに動揺するも迫る一太刀を避ける。避けた先に態勢を整えようとする先に炭治郎と津軽が迫る。
「眠れ!」
掛け直せば列車から落ちかけるもすぐに踏ん張り此方に向かってきた。眠れ、三度目だが効果はない。迫る刀が更に早まり津軽の拳が伸びてきた。眠れ、眠れ、次第によろめかなくなった二人は確実に魘夢に迫る。
「ねーむーれーーっ!!」
手の口は叫ぶように声を荒げた。効かない、どうしてだと動揺するも魘夢は一瞬で悟る。違う、効いている。夢を見る度に自決しているのだ、だから僅かに身じろぐのだと気付いた。だがそれ以上に気になるのは、この男だ。この青い髪の男は最初こそ遅かったが鬼狩りとは違い一拍も置かずに動いている。
「それで、次は何を見せてくれるんで?」
むしろ次の夢を期待するような口ぶりで、あっさりと間髪入れずに自決する素振りすら見せていた。
――こいつらはまともじゃない
魘夢は次に見せる夢を必死に考えて、そして悪夢を見せた。鬼狩りには家族になじられる夢を、そしてこの男には自分の身体が発狂して朽ちて主人に見捨てられる夢だ。これなら隙が出来る、そう確信して攻撃をしようとするが、男の手に魘夢の足は掴まれた。
「捕まえたぁ……!」
津軽は心底嬉しそうに獰猛に笑む。興奮しきったその顔は、狂気に満ちていた。そして掴まれた足は動かない。人間の癖に、どうしてこんな力が。
「何故だ……?」
「心中も悪くねぇなって思いましたね」
ところで、もう炭治郎さんも起きますね。津軽はのんびりとした様子でそう漏らせば炭治郎は動き出していた。
「言う筈がないだろそんなこと!!俺の家族がぁッ!!」
俺の家族を侮辱するな、そう叫ぶ炭治郎の刀が魘夢の首を切り落とした。頭部はべしゃりと後ろに飛んで、その胴体はその場で膝を着く。頸を断てば生き物は死ぬものだ、誰もが死んだと思った。
「あれぇ、こんなモンですかね?」
どうにも手ごたえがない。それは頸を切り落とした炭治郎も思っていたことだった。これは夢か、それとも以前戦った下弦よりも弱かったのか。尽きぬ疑念は不安を煽る。
「あの方が、柱に加えて耳飾りの君を殺せと言った気持ち。凄くよく分かったよ」
魘夢は、あの鴉夜のように生首のみで話し出した。だがその首は列車が盛り上がりその部分へ呑み込まれる。盛り上がった列車はまるで剥き出しの肉のようだった。否、そもそも列車自体が肉に変質している。その肉はうねり、その頭部が顔を出した。
「存在自体がなんかこう、とにかく癪に障ってくる感じ」
死なない、動揺する炭治郎の顔が険しくなれば魘夢はその顔を見て喜んだ。
「頸を切って、どうして死なないのか教えて欲しいよね?」
いいよ、俺は今気分が高揚してるから。魘夢は夢を見た子供のようだった。恍惚とした様子、譫言のように話し出す。
「赤ん坊でも分かるような単純なことさ、それがもう本体ではなくなっていたからだよ」
肉の塊の先端で頭が愉快そうに喋った。
「今喋っているこれもそうさぁ、頭の形をしているだけで頭じゃない。君たちがすやすやと眠っている間に、俺はこの汽車と融合した!」
この列車の全てが俺の血で、肉であり、骨となった。そうハッキリと言われて、炭治郎は改めて事態に気付く。つまり乗客全てがこの鬼の舌の上だということに。
「ねぇ、守り切れる?君たちは二人で、この汽車の端から端までうじゃうじゃとしている人間たち全てを」
俺にお預けさせられるかな?そう言い残して頭部は肉と共に列車に引っ込んでいった。その頭部を切っても意味がないのに、炭治郎は刀を振らずにはいられなかった。
――どうする、どうする?
必死に考えても最善の道は浮かばない。この列車一人で守り切るのは二両が限界だ、せめて一緒に来た善逸と伊之助が起きていれば、煉獄が起きていれば。そう思わずにはいられぬ程に切羽詰まって叫んだ。
「煉獄さん、善逸、伊之助!寝ている場合じゃない、起きてくれ!頼む!禰豆子、眠っている人たちを守ってくれ!」
そう叫びながら走れば裂けた足元から伊之助が飛び出してきた。ついてきやがれ子分ども、そう吠える伊之助を見て炭治郎の頬が綻んだ。
続けてみた。津軽なら夢の中でも面白おかしく死ぬために大喜利をやっていそうである。相手もお構いなく心中しそうです。
鴉夜は死ねないから、津軽と一緒に死にそうっていう妄想も混じってますがね。
正直、この作品無限列車編で終わらせようと思ってたのですが、ちょっと惜しいような気もしてアンケートします。
続きは?
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見たい!
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満足!