しろめし修行僧・究極TKGでセンターを狙え!/小説 作:ドラ麦茶
その道は『たまご横丁』と呼ばれていた。
五百メートルほどの市道に、鶏舎や卵の直売店が十軒ほど集まっている。産みたてゼロ日の新鮮な卵が買えるのはもちろん、卵を使った料理やスイーツなどを楽しめるお店もある。この地域を代表するグルメスポットだ。
『一日一
修業を始める際、たくあんが父から授かったのは、少し大きめのお茶碗がひとつだ。『一日一膳』の修業には、『一椀一品』という制約が課せられている。たくあんが食べることを許されているのは、茶碗に盛られた白飯と、白飯の上に乗る『ご飯のお共』だけである。別皿でのおかずはもちろん、茶碗から少しはみ出すだけでもアウトとなる。少しくらいならバレないだろう、などと軽い気持ちでこの制約を破ると、たちまち父から
街道にはいくつもの卵直売店や自動販売機が並んでいる。卵かけご飯なら朝食にピッタリだが、まずは善行をしないと食事を頂くことはできない。どこかに困っている人はいないだろうか? できれば高齢の人が良い。おじいちゃんおばあちゃんは信心深い人が多く、お経を唱えるだけで
「――はい、中継きまーす。3……2……」
『朝一産みたてたまご』という看板が掲げられたお店の敷地内から声が聞こえてきた。見ると、肩に大きなカメラを担いだ人や、長いポール状のマイクを掲げた人の姿があった。どうやらテレビの撮影をしているようだ。はじめはそのままご飯を求めて通り過ぎようとしたたくあんだったが。
「はーい! エッグエッグこんにちは! 本日の担当は、『ちょっぴりシャイなコケコッコー♪』、TKG
右手を挙げて元気よく挨拶をした後、ニワトリが鳴く姿をイメージしたポーズを可愛くキメる女性に、たくあんの目は釘付けとなった。
そして。
ポーズを決めた後、えみりと名乗った女性は、まるで産みたての純白卵から割れ落ちた濃厚オレンジ色の卵黄のごとく美しい笑みを浮かべ、それを見たたくあんの心は、江戸時代より続く老舗醤油蔵が十年熟成して作った高級醤油のごとく濃い赤色に染まったのだ。卵と醤油――出会うべくして出会ったこのふたつ。それが、互いに混じりあい、純白のご飯に染み入っていく光景は、まるで男女が恋へ落ちていく姿を描いているようではないか!
そう!
つまりはこの瞬間、米田たくあんは恋に落ちてしまったのである!!
「――今日は、あたしの地元でもある、神奈川県のたまご横丁にやってきましたー。このたまご横丁には、養鶏場と直結した卵の直売店がたーくさんあって、採れたて新鮮な卵がいーっぱい食べられるんですよー。CMのあと、あたしのオススメTKG、たーっぷり紹介しちゃいまーす!」
えみりはぶりっ子調の言葉ひとつひとつにかなり大げさな身振り手振りを交えて説明する。その服装は、ふりっふりにフリルが付いた純白のブラウスに、黄色のロングスカート、そして、頭にちょこんと乗せた感じの黄色いベレー帽、と、全体的に卵を思わせる衣装だ。それらの言動と衣装から、アイドルであろうことが伺える。
「はい、CMはいりましたー」
撮影スタッフの声に、えみりは中継中と変わらぬ笑顔で「ありがとうございましたー」と言ってスタッフ一人一人に頭を下げていく。なんと謙虚な姿勢だろう――たくあんは顔全体から筋肉がそぎ落ちたかのごとく緩んだ表情で、えみりの姿を眺める。
「――ちょっと、ちょっとそこのお坊さん! お坊さんってば!」
男性に何度も呼ばれ、たくあんはようやく我に返った。薄い色のサングラスに茶色のハンチング帽をかぶった三十代くらいの男性が、メガホンのように丸めた台本をもってたくあんの方にやってきた。おそらくこの中継のディレクターであろう。
ディレクターは、
「はい? TKGですか?」
「そう、
「私が、テレビに出演するのですか!?」
「そう。まあ難しく考えなくていいから。大まかな流れはこう。まず、お坊さんがこの辺通りがかる。そしたら、あの
そう言って、ディレクターは丸めた台本でえみりを指した。たくあんがえみりを見と、向こうもそれに気づき、目が合う。するとえみりは、孵化したばかりのひな鳥のような穢れのない笑みを返してきた。ディレクターは「――そしたら席に着いて、彼女が用意するTKGを食べて、ちょっと気の利いたコメント言ってくれればOK。簡単でしょ?」と撮影の流れを説明しているが、もはやたくあんの耳には届いていなかった。テレビに出演するということは、あの笑顔にお近づきになれる……それだけで、天にも昇る心地だった。
「まもなくCM明けまーす」
撮影スタッフが言い、ディレクターは、「じゃ、よろしく頼むよ」と言って、現場に戻った。えみりも中継の準備に入り、たくあんは我に返る。えみりに見とれてぜんぜん説明を聞いてなかったが、要するに食レポをすればいいのだろう。頼みごとに応じるのは『善行』であり、その結果TKGを頂くのであれば、これはまぎれもなく『一日一膳』の修業である。父から呪詛が飛んでくることはないだろう。だが、はたして自分に食レポなどできるだろうか? 修行前はラッパーや動画配信者として活動していたたくあんだが、あくまでも『自称』に過ぎず、稼ぎはほぼゼロだった。もちろん、テレビ撮影の経験など全く無い。ましてあの美しい雌鶏のようなえみりとの共演ともなると……たくあんは、今さらながら事の重大さに気づき、とんだ安請け合いをしてしまったのではないかと緊張してきた。
「はーい、えみりでーす。今日は、あたしの地元のたまご横丁からお送りしていまーす。では、さーっそく、あたしのオススメTKGを食べてもらおうと思うんですが――」
中継が始まり、えみりが周囲を見回して、たくあんを見た。
キタ! たくあんはえみりから声をかけられるよりも早く、「えー! 僕がえみりさんのTKGを食べられるんですかー!? 感激だなー!」と棒読みで言いながらカメラの前に出て、勧められるよりも先に用意された食卓に着いた。撮影スタッフの方を見ると、ディレクターが、違う違うそうじゃない、と言わんばかりに顔をしかめて手をひらひらと振っていたが、たくあんは緊張のあまりその意味を理解できない。たくあんは、「うわー、おいしそうなTKGですねー」と見た目の感想を言ったが、テーブルの上のTKGにはまだドーム状の銀蓋がされたままだ。ディレクターは頭を抱え、えみりは苦笑いを浮かべる。
しかし、えみりはすぐに気を取り直したようで、笑顔でテーブルの横に立った。
「はい。あたしのオススメTKGは……」
えみりがパッと蓋をとる。中には、お茶碗に盛られたほかほかの白飯と卵にしょう油、そして、かつお節があった。
「じゃーん! おかかでーす!」
えみりは輝きを表現するように両手をひらひらさせた。そして、「まずは、あーっつあつの炊き立てごはんに、かつお節をたーぷり散らして、そこに、たまごをライドオン! 次に、この生しょう油をかけまーす」と言って、手際よくTKGを作っていく。
「そして、最後に、おいしくなる魔法をかけまーす。じゃあ、お坊さんも一緒に!」
えみりは胸の前でたまご型に手を組み、たくあんにも同じようにするよう目で訴えた。言われるままに、たくあんも胸の前でたまご型に手を組む。
「おいしくおいしくおいしくなーれ♪」
えみりは組んだ手をリズムよく左右に振り、最後にたまごをぱかっと割る仕草で締めくくった。たくあんは見よう見まねでそれを真似る。
「はーいかんせーい。じゃあ、召し上がれー」
えみりに促され、たくあんはできあがったTKGに手を合わせ、「頂きます」と感謝の言葉を口にすると、箸を持ち、茶碗を取った。
たくあんは、まずTKGの全景を確認するため、あらゆる角度から眺めまわす。艶やかな白飯、その上で踊るかつお節、そして、濃厚な黄色をした卵黄にかかった濃い赤の醤油。もはや美術品とも言える美しさだ。その中でもひときわ美しさを放つ卵黄に箸を立てた。卵黄はたくあんの箸を拒むようにわずかに抵抗してみせるものの、それもむなしく、箸先は卵黄の中に沈む。その瞬間、とろりと黄身が溢れ出し、おかかとご飯を黄色く染め上げる。その光景になんとも言えないエロスを感じながら、たくあんは箸を使って卵とおかかとしょう油とご飯を軽く混ぜ、箸の先でつまみ上げると、ゆっくりと口へと運び、そして、しっかりと噛みしめ、時間をかけて味わう。
「――うーん、おいしい!」
たくあんは、心を込めて、最初の言葉を口にした。
そして、続ける。「ほかほかのご飯と、その上で踊るおかかたち……かつお節と生しょう油が絡み合う和の世界を、濃厚な黄身がまとめあげる」さらには、得意のラップも交え「見せつけるおかかダンス♪ かおるソイソース♪ そりゃうめーっす♪」と歌い、最後に「これぞシンプルかつ王道のTKGですね!」と言ってシメ、あとはただひたすらに食べ続けた。その食レポと食べっぷりに、始めは頭を抱えていたディレクターも、いつの間にか前のめりになって見入っている。
たくあんは、ご飯粒ひとつ残さずきれいにTKGを平らげると。
「――しろめし、もう一膳所望します!」
カメラに向かって茶碗を差し出した。