しろめし修行僧・究極TKGでセンターを狙え!/小説 作:ドラ麦茶
「――はーい、えみりでーす。それでは、今回のあたしのTKGを食べてもらおうと思いまーす。食べてくれるのは、前回の中継で大好評だったこの人、たくあん和尚でーす」
えみりの紹介で、TKGが置かれた食卓の前に座ったたくあんは、「わー、これが昨日のランキングイベントで話題になった、えみりさんとお父さんの絆のとりそぼろあんかけTKGですかー。僕がこれを食べられるなんて、感激だなー」と、また棒読みのセリフを言う。
ランキングイベントが終わった翌日、前回の圏外から8位へと大きくランクアップしたえみりは大きな話題となり、朝の情報番組で急遽特集を組まれることになったのだ。そのラストにえみりの実家前から中継が入り、たくあんがえみりの新作TKGを食べることになったのである。
素人感まる出しのたくあんに、えみりも撮影スタッフも苦笑いを浮かべるが、「頂きます」と言ってたくあんが茶碗と箸を持つと、固唾を飲んでその様子を見守った。彼の本領が発揮されるのはここからだと、すでにみんな知っている。
たくあんは、とりそぼろあんの上に乗る卵黄に箸を沈ませると、ゆっくりとかきまぜ、そして、ごはんと共にひとくち口へ運ぶ。
「うーん、美味しい! 甘さ控えめのとりりそぼろと濃厚な卵。
たくあんは、いつものようにご飯粒ひとつ残さず、全てきれいに平らげた。
「――はい、OKでーす!」
中継が終わり、えみりは「ありがとうございましたー」と、撮影スタッフにお礼を言う。そして、たくあんを見て、「たくあんさんもお疲れ様。今日の食レポも冴えてたよ」と、とろけるような笑顔で言った。
「いえ、私は、ただ感じるままを言葉にしただけです。えみりさんのTKGが本当においしいからこそ、それを伝えるための言葉が自然に出てくるのです」
「ホント? だとしたら、嬉しいな」えみりは笑みを深める。
「しかし、今日のTKGは、前に食べたのとは、ちょっと味が違いましたね。少し、レシピを変えたのですか?」
今日のとりそぼろは、グリーンピースではなく刻みネギが散らしてあり、さらに、甘さがやや控えめで、代わりにごま油としょうがの風味が効かせてあった。
「あ、気付いてくれた? ちょっとアレンジしてみたの。たくあんさんへのあたしの気持ちを、入れてみたんだ」
「えみりさんの……気持ち……?」
えみりは小さく頷くと、周りを見た。撮影スタッフは機材を片づけ始めており、誰もこちらを見ていない。
えみりは、たくあんの耳元に顔を近づけると。
「――あたしの気持ち、たくあんさんに届くと、うれしいな」
妖艶な声で、そうつぶやいた。
ごくり、と、喉を鳴らすたくあん。えみりの気持ち――それはすなわち、愛に違いない。そう確信した。男として、その想いに応えなければならない。たくあんが修行の旅に出た目的はふたつ。寺を継げる立派な僧になることと、お嫁さんを探すこと。いや、ぶっちゃけ前者はどうでもいいのだ、後者さえ達成できるのならば。
「えみりさん……」
たくあんは、きりりと表情を引き締め、えみりを見つめた。
「たくあんさん……」
えみりも、艶やかに潤んだ瞳で、たくあんを見つめ返す。
「えみりさん。僕と、けっ、けっ、けっ――」
結婚してください!
その言葉が、喉から出るよりも前に。
「――え?」
口の中に、いくつもの針で突き刺すような強烈な刺激が広がった。
「え? え? あ!
たまらず、たくあんは舌を出し、手のひらであおぐ。口の中は、まるで炎で熱した針山を押し付けられたような熱さと刺激だ。えみりのTKGの影響ではない。これは間違いなく、父の呪詛だ!
「父さん! なにしたんですか! やめてください! 父さん!!」
たくあんは遠い実家の寺にいる父に訴える。いつもタイミングよく呪詛を飛ばしてくるからには、なんらかの方法でたくあんの様子を探っているはずだ。だが、どんなに訴えても、口の中の刺激は治まらない。
「たくあんさん、どうしたの!?」
えみりが心配そうな顔で言い、たくあんの肩に手を置いた。
だが、それをきっかけにするかのように、口の中の辛さはさらに増す。思わず悲鳴を上げ、それに驚いたえみりが思わず手をひっこめた。すると。
「……あれ? 治まった」
さっきまでの辛さがウソのように、急に口の中が穏やかになる。
「大丈夫?」
また、えみりが心配して手を差し出してきた。
すると、さっきの三十倍くらいの辛さが、また口の中に広がった。
「あ30vんwpw3うvm;p4じゃ;l;lgんmt5mqp;gじゃ0p7qんbg:5あm、vn!!」
たくあんは言葉にならない悲鳴を上げ、悶え苦しんでその場を駆け回った。
☆
たまご横丁から遠く離れたたくあんの実家・白米宗謝門寺の境内で、
「――しかし父さん。今回はさすがにやり過ぎではないでしょうか?」こしあんの後ろにひかえていた二男でたくあんの弟である米田つぶあんが言った。「今回、兄さんは寺の禁を犯したわけではないでしょう。それなのに、こんな罰を与えるのは、少し横暴ではないかと」
「確かに、たくあんは寺の禁を犯したわけではない。だが、それ以上に犯してはならない罪を犯そうとしたのだ」
「犯してはならない罪?」
「そうだ」と言って、こしあんは振り返った。「つぶあんよ。おまえも、これからわしが言うことを、よく覚えておくがいい」
檀家に説法するときよりも重い声だった。その様子に、つぶあんも緊張の面持ちで聞く。
こしあんは、まるで徳川将軍が家臣の悪事を糾弾するような口調で続ける。
「アイドルとファンとの間には、決して越えてはならないラインがある。たくあんは、そのラインを超えようとした。アイドルとは、ファンみんなが愛する存在であり、決して、誰か一人だけの存在であってはならないのだ。たくあんは、アイドルを自分だけのものにしようとしたのだ。その罪、断じて許し難い。わしは、天に代わってあやつを成敗する必要があったのだ。父として。そして、一人の
教えを説くこしあんの頭にはえみりの応援タオルがまかれてあり、黒衣の下には満面の笑みを浮かべたえみりのオリジナルTシャツを着て、右手にはえみりんLOVEと書かれたうちわ、左手にはサイリウムを持っていた。
「勘違いするなよ」と、こしあんは続ける。「たくあんに影響を受けたわけではない。わしは、たくあんよりもずっと前から――KBDホーリーナイト時代から、ずっとえみりん推しなのだ」
米田こしあんことペンネーム・コッシーは、これにて一件落着、と言わんばかりの笑みを浮かべた。
☆
別れの時が来た。
旅支度を整えたたくあんは、えみりと、えみりの父親に見送られながら、世話になったお弁当屋さんを後にする。
えみりに愛を伝えることはできなかった。父に邪魔された、というのもあるが、仮に伝えられたとしても、結果は変わらなかったであろう。たくあんの手には、一枚の紙がある。「だーい好きなたくあんさんへ♪」と書かれたその紙は、えみりからのラブレター――ではなく、来週、たまご横丁近くのイベント会場で行われる、TKG48の握手会への参加券だ。これ一枚で、七秒間握手とお話をすることができるそうだ。
これが、たくあんに対するえみりの気持ちの全てである。
ここに書いてある「だーい好き」という言葉も、ずっと向けられていたあの笑顔も、すべて、多くのファンに向けられていたものと同じだったのだ。つまり、ただのファンサービスだったわけである。
そのことを知ったたくあんは、もうここに留まることはできなかった。
旅を続けなければならない。立派な僧になるために。そして――真実の愛を見つけるために。
「――たくあんさん!」
えみりに呼ばれ、振り返った。
「来年は絶対たま5入りするから、応援してね! CDもいっぱい買ってね! DVDや写真集も出るかもしれないから、それも、ぜーんぶ買ってね!」
えみりはあの美しい笑顔を浮かべ、胸の前で卵型に手を組んだ。その上部をちょっぴりくぼませて、ハートの形にする。
――ああ、やっぱりカワイイ。
たくあんは駆け戻って抱きしめたい衝動に駆られるが、それは決して許されない。あの笑顔も、あの言葉も、自分だけでなく、ファン全員に贈られたものなのだから。
たくあんは歩き続ける。
これまでの旅で、たくあんは多くの恋を見つけ、そして、その恋に破れてきた。今回も、そのひとつにすぎない。
しかし。
今回の失恋は、モノが卵だけに、たくあんの心は大きく