しろめし修行僧・究極TKGでセンターを狙え!/小説 作:ドラ麦茶
TKG48は、『究極の卵かけご飯を追い求める』というコンセプトの元に結成された大型アイドルグループである。最大の特徴は、毎年この時期に行われるランキングイベントだ。メンバー全員が事前に考案したオススメのTKGを発表し、ファン投票で順位付けをするというものである。そのランキング結果はそのまま次のシングル曲のポジションに反映され、上位の人ほど前列で歌うことができるのだ。
えみりの実家であるお弁当屋さんにやってきたたくあんは、彼女が所属するTKG48の説明を受け、「なるほど」と頷いた。「つまり、アイドル・ヴァルキリーズと同じシステムなんですね」
「なにそれ?」えみりは、そんなの聞いたことないと言わんばかりに眉をひそめた。
「いえ……」たくあんは小さく咳払いをしてごまかした後、店内を見回した。「それにしても、すごいですね」
店内の壁には、販売しているお弁当や総菜・ドリンクのメニューが掲示されている他に、えみりのポスターや応援タオル・手作りうちわやサイリウムなどのグッズが所狭しと掲示されていた。さらには、卵ポーズをしたえみりの等身大パネルも複数置かれてあり、かなりの熱量を感じる。ランキング期間中は、えみりの新作TKG開発のためにお店を閉めているというから、まさに一家総出でランキングへ挑むのだろう。
「それでね――」と、えみりは説明を続ける。「ランキングで上位になれば、シングル曲は前列で歌うことができるんだけど、下位になっちゃったら、後列で歌うことになるの。でも、歌わせてもらえるならまだいい方で、上位十六名の中に入れなかった場合は、次のシングル曲からは外されるの。いわゆる、『選抜落ち』ってやつ」
「選抜落ち……それはなかなか厳しい世界ですね。ちなみに、えみりさんは、いま何位なんですか?」
えみりはたくあんから視線を逸らすと、「……圏外」と、小さな声で言った。
「圏外?」
「そう」と、えみりは不機嫌そうに頷いた。ランキングは32位から発表されるそうで、33位以下は圏外という扱いになる。つまり、順位さえ発表されないのだ。しかし、表向きはそうでも、裏ではちゃんと順位は出ており、各メンバーには伝えられている。それによると、えみりは39位だそうだ。
「39位ですか……参考までに訊くのですが、立候補しているのは何人ですか?」
「48人に決まってるでしょ」
「でしょうね」たくあんは腕を組んで唸った。「48人中39位ですか……選抜入りは、まだ遠いですね」
「だから、たくあんさんの協力が必要なの。選抜入りできるようなTKG……ううん、一気に『たま5』になれるようなTKGを考えてほしいの」えみりはすがりつくように言った。
たま5とは、ランキングの上位五名に与えられる呼び名だ。シングル曲では最前列で歌うことができるし、テレビの出演や雑誌のグラビア・モデルなどの仕事も圧倒的に多くなる。全TKGメンバーが憧れる神のごときポジションである。
えみりは胸の前で両手を握り、上目遣いのお願いポーズで訴えてくる。ハッキリ言ってめちゃくちゃカワイイ。こんな風にお願いされて、断る男がいるだろうか、いやいない。
たくあんは緩んでしまった顔を引き締め、まっすぐにえみりを見た。「判りました。モノが卵だけに、
「……は?」
「あ、いえゴメンなさい」えみりの視線が冷たくなったので、たくあんはまた咳払いをしてごまかした。
そのとき、ガラガラと入口が開いて、四十代くらいの男性が入って来た。お店は閉めているから、お客さんではないだろう。
その男性の顔を見たえみりの表情が曇った。会いたくない人に会ってしまった――そんな顔。
だが、それはほんの一瞬で、すぐに笑顔に戻ると、「あ、お父さん、お帰りなさい」と言って、男性のそばに立った。えみりの父ということは、このお店のご主人であろう。
「お父さん、こちら、電話で話した、米田たくあんさん」と、たくあんを紹介するえみり。たくあんが「米田たくあんです。突然お邪魔して、申し訳ありません」と、挨拶をすると、えみりの父も「いえ、とんでもありません」と頭を下げる。
「たくあんさんはね、修行で全国を巡ってて、おいしいものをたくさん食べてるの。たくあんさんに協力してもって、たま5入りできる究極TKG、絶対完成させるから」
えみりは両手の拳を握って頑張るポーズをする。えみりの父は、そんな娘を笑顔で応援してくれる……と、思ったら。
「……まだそんなこと言ってるのか」と言って、えみりの父は渋面になった。「もう何年もずっと選抜落ちをしているのに、いきなりたま5入りなんて無理に決まっているだろ。いつまでも夢みたいなこと言ってないで、ちゃんと現実を見ろ」
父親がそう言った途端、えみりの顔からも笑みが消えた。「ちょっとやめてよ。みんなの前では、娘を応援する優しい父親のフリをしてって言ってるでしょ?」
「なにがフリだ。こっちは一週間も店を閉めさせられて、迷惑してるんだ。毎日うちの弁当を買ってくれるお客さんもいるんだぞ。それを、お前のワガママのせいで――」
「判ってるわようるさいな。もう、邪魔だからあっちに行って!」
えみりに追い払われるように、父親は厨房の奥へ向かう。
だが、奥へ入る前にえみりを振り返ると。
「新しいTKGをつくるのは構わんが、今度たま5入りできなかった時は、判ってるな?
と、釘を刺すように言った。
「判ってるってば!」
早くあっちに行けと言わんばかりにえみりが大声で言うと、父親は、ふん、と鼻を鳴らし、店の奥へ入って行った。その背中を苛立たしげに見つめていたえみりは、爆発しそうな感情を鎮めるように大きく息をつき、たくあんを振り返った。
「ごめんなさい、見苦しいところ見せちゃって」
「いえ、そんなことはないですが……」と言いつつも、気まずい空気が流れていることは否めない。無理に触れないのもかえって気まずいので、たくあんは思い切って訊いてみる。「お父様は、えみりさんがアイドル活動をしていることに反対なのですか?」
えみりは視線を落とすと、「そうなの」と、力のない声で言った。
「しかし、このお店の飾りつけは――」
そう言って、たくあんは店内を見回す。たくさんのえみりグッズが飾られた店内は、一家総出で応援しているようにしか見えない。
「ホントはコレ、全部、あたし一人で飾ったの」と、えみりはバツが悪そうな顔で言った。「父親に応援されてがんばる娘ってことにすれば、それなりに美談になって、票が伸びるかもしれないでしょ? その演出ってわけ。でも、実際はあの通り。あたしの応援なんて、ぜーんぜんしてくれないの。口を開けば、やれ『アイドルなんてやめろ』だの、『早く嫁に行け』だの、文句を言ってばっか。今どき結婚して家庭に入るのが女の幸せだと思ってるのよ? 昭和かっつーの」
また怒りが沸々と沸き上がりそうな様子のえみりを、たくあんは「まあまあ」となだめる。
「えみりさん。もしかして、さっきお父様が言っていた『約束』というのは……」
父親の去り際の言葉を思い出し、たくあんが訊くと、えみりは、「お察しの通り」と言って、肩をすくめた。「次のランキングでたま5入りできなかったら、アイドル活動はやめるって約束なの」
「いいんですか? それで」心配して訊くたくあん。たくあんにはTKG48のシステムはまだよく判らないが、現在の39位からいきなりベスト5入りというのは、かなり難しいのではないかと思う。
たくあんの言葉に、えみりは怒っているような困っているような、そんな微妙な表情を浮かべ、「仕方ないよ」と言った。「お父さんに迷惑かけているのは、ホントのことだもん。TKG開発のためにお店を閉めてもらってることもだけど、グループ内でのあたしのポジションじゃ、収入は少ないから、生活面ではかなりお父さんのお世話になってるし……あたしだって、ホントは、そろそろ潮時じゃないかなって、思ってる」
さっき怒りを爆発しかけたときとは一転し、申し訳なさそうな声で言う。それが、えみりの本音なのかもしれない。
しかし、えみりは「でも、次にたま5入りすればいいだけの話だよ」と、無理に元気よく言う。「そうしたら、お父さんも認めてくれるし、仕事も増えて収入も安定する。だから、ぜーったい、みんなが喜ぶ究極のTKG、完成させようね」
また笑顔を浮かべるえみりだが、そこには微妙な翳りがあるように思えた。彼女も、現実は厳しいと、心の奥では思っているのかもしれない。
しかし、だからと言ってあきらめるわけにはいかない。ともかく今は、新作TKGの開発に全力を尽くすしかない。
「判りました。私にできることは、全てやらせていただきます」
たくあんは、力強く言った。
そして、二人は新作TKGの開発に取り掛かることにした。
「えーっと、今のえみりさんのTKGは、おかかなんですよね?」
たくあんが訊くと、えみりは「そう」と頷く。
「では、現在のたま5メンバーは、どのようなTKGなんですか?」
たくあんが訊くと、えみりは「……知りたい?」と、声のトーンを落として言い、そして、どこか怯えるような表情で「覚悟してね」と続けた。その恐ろしげな様子に、たくあんの胸に言い知れぬ不安が湧きあがる。えみりはスマホを取り出した。画面に映し出されたのは、昨年のランキング結果発表の様子を短くまとめた動画だった。
≪――それでは、いよいよ上位五名……たま5の発表です!!≫
千人以上は入れそうな屋内会場で、ベテランの司会者がそう言うと、満杯の客席から大きな拍手と歓声が起こった。だがそれも、司会者の≪第5位!≫という声とともに、一気に静まり返る。司会者は用意された封筒にはさみを入れ、5位のメンバーが書かれたカードを取り出した。そして、少し間を置いた後、続けた。≪TKG48チームT……バターTKG・
司会者の発表で、会場内にはさらなる拍手と歓声が響き渡る。
「あー、バターかー。しょう油とよく合うんですよね」たくあんは、あつあつのご飯の上で溶けるバターとそこに絡むしょう油を想像し、ごくりと喉を鳴らした。
5位となったメンバーはステージに上がり、受賞の喜びやこのTKGを作るきっかけ、そして、投票してくれたファンへの感謝を、涙を交えてスピーチする。えみりによれば、この時のスピーチで、TKG48の歴史に刻まれるような名言が飛び出すこともあるそうだ。
5位メンバーのスピーチが終わり、続いて4位の発表だ。
≪第4位……TKG48チームK……牛ユッケTKG・
「おお、牛ユッケTKG。卵とタレがよく絡みそうですね」
4位メンバーもステージに上がり、スピーチをする。それが終わると、3位の発表だ。3位は、冷凍TKGの
ランクインしたメンバーはそれぞれの想いと感謝の気持ちをスピーチする。その熱い気持ちに心を打たれたたくあんは、いつの間にか涙を流していた。
動画が終わり、たくあんは涙を拭うことも忘れて顔を上げた。「いやぁ、良いイベントですね、これは」
「感動してる場合じゃないの。この娘たちに勝たないといけないのよ?」
「ああ。そうでした。失礼」たくあんは涙を拭うと、腕を組んだ。「うーん。上位はいくらに大トロですか……これは、ちょっとおかかじゃ太刀打ちできないですね」
「でしょ?」
「ただ、このふたつはTKGなんですか? ここまでいくと、もはやTKGではなく海鮮丼だと思うのですが……」
「なに言ってるの? 海鮮と卵を組み合わせた、立派なTKGじゃない」当たり前のように答えるえみり。
「そうなんですか」得心が行かないたくあん。まあ、TKG専門家ともいえるえみりが言うのだから、そうなのだろう。
たくあんは、ううむ、と唸り、考える。いくらや大トロに対抗できるTKG……並の食材では無理だろう。
しばらく考えた後、たくあんはぽんっと手を打った。「では、こういうのはどうでしょう?」
「なになに?」えみりは目を輝かせる。
「牛肉と玉ねぎを、しょう油や砂糖をベースにした甘辛いおつゆで煮込んで、それを温かいご飯にのせ、卵と一緒に食べる、甘辛牛TKGです。お肉に高級ブランド牛を使えば、大トロにだって負けないと思います」
たくあんは自信満々で言ったが、聞いた瞬間、えみりの目から輝きが消えた。「ダメよ。それってTKGじゃなくて牛丼じゃん」
「いや線引きの基準が判らないです」
「しょうがないなぁ。じゃあ、とりあえずあたしがいくつか試作品を作るから、それを食べて、意見を聞かせて?」
「判りました」
と、いうことで、えみりは店舗の厨房に入って調理を始め、たくあんは店内のイートインコーナで待つ。厨房からは、肉を炒める音と香ばしいにおいが漂ってくる。
「おまたせー」
一〇分ほどして、えみりが持ってきたのは、炒めたベーコンに黒コショウと粉チーズをかけ、卵をのせたTKGだった。一緒に、小さなミルクピッチャーがある。中はコーヒーフレッシュだそうだ。
えみりはミルクピッチャーを取ると、中のコーヒーフレッシュをTKGにかけた。「じゃーん。カルボナーラ風TKGでーす」
「カルボナーラ風ですか。それはおもしろい発想ですね」
「でしょ? よーくかき混ぜてから食べてね」
たくあんは手を合わせ、「では、頂きます」と感謝の言葉を言うと。茶碗と箸を持ち、言われた通りよくかき混ぜて一口食べた。
「うん。おいしい。これは、確かにカルボナーラの味がします」
「でしょでしょ?」と、えみりはうれしそうに言う。「カルボナーラTKGなんで、なんだかイマドキっぽくて、人気出そうじゃない?」
だが、たくあんは「しかし……」と言って、首を捻った。
「なに? おいしくないの?」えみりの表情が曇る。
「あ、いえ。おいしいですよ、もちろん」
少しためらいがちに言ってしまったのを感じたのか、えみりは。
「ダメ。正直に言って? じゃないと、意味ないから」
そう言うので、たくあんは「判りました」と頷いた。「確かにおいしいことはおいしいのですが、このTKGを食べた感想としては、『おいしい』よりも、『カルボナーラの味が再現できてる』という方が強いんです。おいしさより、珍しさの方が勝ってるんですよ。正直、これを食べるより、普通にカルボナーラを食べればいいように思います。変わり種TKGとしてはおもしろいと思いますが、これでランキングの上位に行けるかといえば、難しいのではないかと」
「そっか……そうだよね」
がっくりと肩を落とすえみりだが、たくあんの指摘は素直に受け入れたようで、「判った。じゃあ、次のTKG」と、気を取り直したような表情で厨房に戻った。
次にえみりが持ってきたのは、刻んだネギをごま油とニンニクと塩で炒めたネギ塩TKGだ。
「うん。これもおいしいです。しかし、上位のTKGと比べると、見た目も味もインパクトに欠けますね」
「判った。じゃあ、次!」
再び厨房に戻り、一〇分後、今度は一気に三つのTKGを持って戻ってきた。
「次は、きのこTKGと、アボカドTKGと、韓国のりTKGよ」
「トリプルTKG……」
たくあんのこめかみを汗が伝う。朝のテレビ中継と合わせて、今日すでに三杯のTKGを食べている。大食漢のたくあんではあるが、さすがにお腹一杯になりつつある。だが、厨房を見ると、店舗用の大きな炊飯器二台で炊かれたご飯と、ボウルにいっぱいの卵があった。これは長い戦いになりそうだ。たくあんは覚悟を決めた。