しろめし修行僧・究極TKGでセンターを狙え!/小説 作:ドラ麦茶
陽が暮れた後も、えみりの新作TKG開発は続いた。
ここまで、焼肉・ステーキ・ギョーザなどのガッツリ系、ウナギのタレ・焼肉のタレ・ワサビ醤油などのタレ系、ツナ・サバ・焼き鳥などの缶詰系、キュウリやナスの浅漬け・福神漬け・いぶりがっこなどの漬け物系、納豆・オクラ・なめこなどのネバネバ系、ピザ・グラタン・チーズダッカルビなどのチーズ系、いかたこ・サーモン・ハマチブリなどの海鮮系、さらには、さつまいも・ピーマン・梅ぼし・塩こんぶなど、あらゆる食材でTKGを試作したが、どれも決め手に欠け、たま5入りは難しいと言わざるを得ないものばかりだった。
「――これもダメか……じゃあ、次」
厨房へ戻るえみりの表情はなお厳しいものとなり、もはや鬼気迫るものがある。
「えみりさん、さすがにもう限界です。夜も更けてきましたので、続きは明日にしませんか」
たくあんはパンパンに膨らんだお腹をさすりながら言った。ここまで何十杯というTKGをすべて残さず食べ、もはや味が判るような状態ではなく、TKGを見ただけでイヤになる状態だ。
だが、えみりは、「ダメ、時間ないよ」と、たくあんの要望を突っぱねる。しばらくして、次のTKGを持ってきた。
「はい、天ぷらとスイカのTKGと、カニと柿のTKG、そして、フグの肝とトリカブトのTKGよ」
「なんですかその食べ合せの悪そうなTKGは。というか、最後のヤツは完全に殺しにきてるでしょう」
「みんなが喜ぶ究極のTKGを完成させるためには、多少の犠牲はやむを得ないわ。さあ、食べて。さあ、さあ……」
じりじりと迫るえみり。このままでは
「あ、配信しなきゃ」えみりは正気を取り戻した声で言うと、「ごめん、たくあんさん。あたし、九時からライブ配信しないといけないから、またあしたね」と続け、厨房奥の出入口から部屋へ向かって行った。
助かった。このままTKGを食べ続けたら、食べ合わせや毒以前にお腹が破裂して死ぬところだった。たくあんは安堵の息を漏らす。しかし、まだ油断はできない。ヘタに動くと腹の中のものを戻してしまいそうだ。たくあんは店内の椅子を並べ、しばらく横になることにした。
「――お疲れ様でした」
店舗内に声がした。顔を上げると、えみりの父がお茶を持って厨房の方から出てきた。「娘が無茶を言って、申し訳ありません」
「ああ、これはお父さん」たくあんは身体を起こし、頭を下げた。「すみません。勝手にお店を使ってしまって」
「いえいえ。ランキングの期間中は、いつも娘のために店を閉めていますから。どうか、娘の力になってやってください」
父親は笑顔で応えると、テーブルにお茶を置いた。お昼にえみりに厳しい態度をとった時とはまるで違う、柔らかな態度だった。
「はい。私にできることは、全てやらせていただきます」
たくあんはお茶を頂いた。温かいお茶が口の中をさっぱりとさせ、喉を通り胃に染みわたる。これで、少しは消化の手助けになってくれるだろう。
「――はーい。おやすみ前のえみりんチャンネル、今夜はパジャマスタイルでお届けしまーす。さっそくコメントが届いてまーす。まずは、ペンネーム・コッシーさん、いつもありがとうございまーす。えーっと、『今朝のエッグエッグこんにちは、三三三回は観ました』。わぁ、感激です――」
厨房の奥は住居になっており、そちらの方からえみりの声が聞こえてきた。どうやら、部屋でネットの生配信をしているようだ。
ひと心地ついたたくあんは、改めて店内を見回した。店内には、えみりのポスターや等身大パネルなどの応援グッズがいっぱいだ。お弁当のメニュー表や写真よりも多いだろう。メニュー表には店内人気1位の『とりそぼろ弁当』や、2位の『から揚げ弁当』などを挙げているが、それらよりも明らかにえみりグッズの方が目立っている。初めて訪れた客は、アイドルグッズのお店と勘違いしそうなレベルだ。
「それにしても、大変ですね。娘さんのためにここまでして、その上、一週間もお店をお休みするなんて」
たくあんは感心して言う。店内の飾りつけをしたのは父親ではなくえみりらしいが、店主である父もそれを許しているし、収入が途絶え、常連のお客さんに迷惑をかけるのも承知でお店を閉めているのだから、文句を言いながらも、ちゃんと娘に協力しているのは間違いない。
「いやお恥ずかしい。どれも、見よう見まねで作った物ばかりでして。まあ、ただの親バカですよ」父親は、恥ずかしさを隠すように笑った。
「え?」と、たくあんは目を丸くした。「この応援グッズは、お父さんが作られたのですか? てっきり、えみりさんが自分で作られた物かと」
「いえいえ。娘がアイドル活動を始めた頃に、私が作った物です。娘がようやく見つけた夢ですからね。親としては、できる限り応援してあげたいと思いまして」
父親は照れたように微笑んだ。その笑顔と、いまの言葉。とても娘のアイドル活動に反対しているようには見えない。なにか事情があるのだろうか?
「失礼ですが、お父さんは、えみりさんのアイドル活動には反対なのですか?」たくあんは、思い切って訊いてみた。
すると、父親は困ったような顔になり、「どうでしょうね……難しいところです」と言った。
そして、続けた。「実は、娘が中学生の頃に、母親が病気で亡くなりまして、かなり落ち込んでいた時期があったんですよ」
「そうなのですか」
「ええ。昔はよく笑う子だったのですが、それがきっかけでふさぎ込むようになり、笑わなくなりましてね。やがて学校に通わなくなり、ほとんど引きこもりの生活を送っていました」
「そんなことがあったんですか……」意外な過去に、たくあんは続ける言葉を失う。母親の死と、引きこもりのような生活……現在のえみりからは想像もできない姿だ。
「それが、ある日突然アイドルになりたいと言い出しまして」と、父親は続けた。
引きこもっていた頃、ネットで観たアイドルの動画に影響を受けたのだろう。父親は芸能界のことなど何も知らない。不安はあったが、娘が笑顔を取り戻せるなら、と、応援することにした。まずは地元の小さなローカルアイドルグループに所属し、活動を始めた。それからのえみりは変わった。学校に通うようになり、高校、そして大学へと進学。アイドルとの二足のわらじながら、留年することなく無事卒業できた。引きこもりから抜け出し、まともな生活を送りだしたことに安心したが、なによりも、アイドルとなってからのえみりは、以前のようによく笑うようになった。それが何よりもうれしい、と、父親は言う。
「しかし、いまのグループに所属してからは、なかなか上位にいけなくて、かなり追い詰められているように思います」
「確かに……」たくあんは頷いた。TKG開発中のえみりを思い出す。次から次へと試作品を出すえみりの姿には、鬼気迫るものさえあった。
「昔の仲間が活躍しているので、焦りを感じているのでしょう」と、父親は言う。
十代の頃、えみりは『KBDホーリーナイト』という、きびだんごをフィーチャーした三人組のアイドルグループに所属していた。このグループはローカルながらかなりの人気だったものの、期間限定ユニットであったため、一年ほどの活動で解散となった。その後、えみりは現在のTKG48に所属。数年間活動を続けているものの、なかなか人気は出ず、下位でくすぶっている状態だ。その間、かつてKBDホーリーナイトの仲間だった娘は、かなり活躍しているという。ひとりは東京へ進出し、『爆音エンジェルズ』というアイドルグループに所属。アイドル活動の他に、動画サイトでの人生相談でブレイクし、動画クリエイターとして人気を博しているそうだ。もうひとりの娘に至っては、アイドルから女優へ転身し大ブレイク、なんと、来年春から放送される朝ドラでの主演が決まっているという。
「なるほど……それであんなに切羽詰っているのですね」
たくあんは何度も頷く。周りの人間が順調に夢をかなえていく中、自分だけが取り残されたような気持になる……たくあんにも、その気持ちは痛いほど判る。たくあんは大学卒業後は定職に就かずラッパー等の活動を続けたが、まったく芽は出ず、その間、同級生は真面目に仕事をし、出世し、家庭を持っていたりする。たくあんが実家の寺を継ぐために修行に出たのも、そうしたことへの焦りもあったのだ。
「私としては、人気が出なくても、ただ笑顔で過ごしてくれればいいと思うんですがね」
父親は、どこか寂しそうな声でそう言った。
テレビ中継やファンの前では、えみりは笑顔を絶やさない。しかし、裏ではかなり追い詰められ、焦り、笑顔を忘れている。それは、たくあんも強く感じた。ひょっとしたら、父親は、そんなえみりの姿を見ているのがつらいのかもしれない。
奥から、ふたたびえみりの声が聞こえた。「さて、みんなそろそろおねむの時間かな? あたしも、今夜はゆーっくり休もうと思います。じゃあ、またねー」
父親は、また恥ずかしそうな顔で頭に手を当てる。「いや、長々と失礼しました。お風呂が沸いていますので、どうぞ入ってください。お布団も用意しておきます」
「ありがとうございます。では、頂きます」
たくあんはお茶を飲み干すと、父親に案内され、お風呂を頂くことにした。