しろめし修行僧・究極TKGでセンターを狙え!/小説 作:ドラ麦茶
お風呂を頂いたたくあんは、温かい体と心で寝室へ向かう。修行の旅では満足なお金は無いから、当然ホテルや旅館などに泊まることはできない。夜は地域のお寺にお願いして泊めてもらうことが多いが、こうやって見ず知らずの人が寝床と食事とお風呂を提供してくれることも少なくない。こうした人情に触れるたびに、この世界もまだまだ捨てたものではないな、と、たくあんは思うのである。
父親が用意してくれた寝室へ向かう途中、たくあんは店舗の厨房が明るくなっていることに気が付いた。父親が明日の仕込みをしているのだろうか? いや、えみりのランキングイベント中はお店を閉めると言っていた。なら、誰だろう? たくあんは様子を見に行った。
厨房では、パジャマ姿のえみりが、たくあんに背を向ける格好でボウルの中の何かをかき回していた。時間は夜の十時。ゆっくり休むと言っていたからもう寝たと思ったのだが、なにをしているのだろう。
「えみりさん、まだ休まれないのですか?」たくあんは恐る恐る声をかけた。
「そんなヒマないよ。それ見て」
背を向けたまま、そっけなく言う。調理台の上にスマホが置かれてあり、画面にはご飯の上にサイコロ状に切られたサーモンとアボカド、そして卵黄がのったTKGの画像が映っていた。ミシェル・金剛というメンバーが発表した新作TKGだ。
「後輩の娘なの」と、えみりが言った。「ハワイ出身の娘で、
「ポキ?」
「お刺身を小さくカットしてしょう油やごま油などのタレに付け込んだハワイの郷土料理。すごくバズってて、たま5するかもって言われてる」
コメント欄には「美味しそう!!」「今からつくる!」など、絶賛する声が並んでいる。たくあんも、そのおいしそうな画像に思わずごくりと喉を鳴らした。ポキという料理は食べたことはないが、見た目から味が想像できる上に目新しさがある。サーモンTKGとアボカドTKGなら、えみりもお昼の試作で作っていた。それなりにおいしかったものの、上位へ行くには決め手に欠ける、と、保留状態になっていた。この後輩の娘は、その二つを組み合わせて新作を完成させたのだ。完全に先を越されたことになる。
「負けてられない……負けてられない……」
呪文のように繰り返しながら、ボウルの中のものをかき回す。呪文――呪いの言葉だ。非常によくない傾向だ。仏教には『因果応報』という言葉がある。良い行いをすれば良いことが帰ってきて、悪い行いには悪いことが帰ってくる。他人を呪う行為は、いつか自分へと返ってくるものなのだ。
「……できたぁ」
えみりが振り返った。おどろおどろしい怨念でも宿ったかのような目と、血の気を失った青い顔に、ボサボサの髪。昼間の美しい笑顔は見る影もない。その手が大事そうに抱えるお茶碗の中身は、真っ黒なご飯と、その中から這い出てくるようないくつもの触手だった。
「えみりさん! なんですかその
「イカスミとゲソのTKGよ……これなら勝てる……これなら……さあ、食べて……」
邪悪な笑みを浮かべ、えみりが一歩近づいた。
「冷静になってくださいえみりさん。そんな遊星からの物体XみたいなTKG、誰からも受け入れられませんよ」
「なに言ってるの? こんなに美しいのに……」えみりは恍惚の表情で淫獣のようなTKGを見つめる。
ダメだ。完全に正気を失っている。たくあんは近づいてくるえみりからお茶碗を取り上げた。「判りました。これは食べておきますので、とにかくえみりさんは、もう休んでください」
TKGを調理台の上に置き、たくあんはえみりの背中を押して彼女の部屋へ連れて行った。
「みんなが喜ぶTKG……みんなが喜ぶTKG……」
ぶつぶつとつぶやきながら、えみりは部屋へ戻って行った。