しろめし修行僧・究極TKGでセンターを狙え!/小説 作:ドラ麦茶
夕方、えみりはひとつのTKGを完成させた。
それを食べるのはたくあんではなく、えみりが一番喜んでほしい人――彼女の父親だ。
たくあんに呼ばれ、厨房に入ってきた父に、えみりは、「お父さん。やっと新作TKGが完成したの。お父さんに、いちばんに食べてほしくて」と言う。
だが、父親は、「まだそんなことを言ってるのか」と、冷たい口調で応えた。「どんなものをつくろうと無駄だ。どうせ、たま5入りなんてできっこない。そんなことをしているヒマがあったら、アイドルをやめた後の身の振り方を考えた方が――」
また文句ばかりまくしたてようとする父親に、たくあんは「お父さん、今日は、そういうことはやめましょう」と言って、言葉を遮った。「今回の新作TKGは、ランキングとか、たま5入りとかは関係なく、ただ純粋に、えみりさんがお父さんに食べてほしくて作ったものです。お父さんも、素直な気持ちで食べてください」
「…………」
たくあんが真剣な目でそう伝えると、父親はそれ以上文句を言うのをやめ、黙って席に着いた。
えみりが、テーブルの上に新作TKGを置く。
それは、とりそぼろあんかけTKG――父が営むお弁当屋さんの人気ナンバー1メニューであるとりそぼろ弁当を、TKGにアレンジしたものだ。
「どんなTKGを作ればいいか判らなくなってたら、たくあんさんに言われたの。みんなが喜ぶTKGではなく、あたしが一番喜んでほしい人のためにTKGを作ってみたらどうか、って。あたしが一番喜んでほしい人は、やっぱりお父さんで、お父さんが喜ぶTKGを考えたら、自然と、とりそぼろになってた」
お店の人気ナンバー1メニューであるとりそぼろ弁当。それはつまり、父親が最も力を注いだメニューということでもある。とりそぼろは、唐揚げやハンバーグなど定番の人気メニューと比べると、どうしても地味な印象はぬぐえない。それをお店の看板メニューとするために、父親は、味はもちろん、食感や見た目の彩り、副菜との栄養バランス、など、様々方面から試行錯誤を繰り返してきた。父親が今のとりそぼろ弁当を完成させるまでに、どれだけ努力を積み重ねてきたか――ずっと近くで見てきたえみりが、一番判っている。
そんなとりそぼろ弁当を、えみりは子供の頃からずっと食べてきた。とりそぼろ弁当は、えみりと父の思い出のメニューだ。
TKGのとりそぼろには、父が長年研究を重ねたとりそぼろ弁当のレシピを参考にした。しょう油と砂糖をベースにした甘辛いとりそぼろに、水溶き片栗粉を加えてあん状にすることで、ご飯の温かさを包み込み、とりそぼろの甘辛さがさらに引き立つようになっている。そぼろあんには上からグリーンピースを散らし、卵黄との彩りが映えるようにした。さらに、今回卵白はメレンゲ状にして、あらかじめごはんと混ぜてある。そうすることでご飯がふんわり食感となり、よりとりそぼろあんと合うのだ。
「じゃあ、食べてみて」
えみりが促す。父親はいただきますと手を合わせ、箸と茶碗を持った。卵黄を潰してとりそぼろとご飯を軽くかき混ぜ、そして、口へ運ぶ。
「……うん」
父親はわずかに、しかし、ハッキリとわかるほど力強く頷くと、二口、三口と、口へ運ぶ。
おいしい、とは言わない。ただ黙って食べ続ける。
それが全てだ――たくあんも、そしておそらくえみりも、そう感じている。これはテレビ番組ではない。そこに言葉など必要ない。おいしいものを食べるときは、余計なことは言わず、ただ食べればいいのだ。
「いつも心配ばかりかけて、ごめんなさい」
無言でTKGを食べ続ける父に、えみりは言う。普段は言えない、今だから言える素直な気持ちだった。
「いきなりアイドルになりたいだなんてワガママを聞いてくれて、応援してくれて、本当に、お父さんには感謝してる。そんなお父さんの気持ちに応えられる活躍ができなくて、自分が情けなくて、焦って、空回りして……自分でも、なんのために頑張ってるのか、判らなくなってた。でも、今日、こうしてお父さんのためにTKGを作ってみて、初心を思い出せたような気がする。あたしがアイドルになったのは、誰よりも、お父さんに笑顔になってほしかったからだもん」
「――――」
それを聞いて、父親の箸が止まった。
えみりの母――つまり父親の妻が病で亡くなり、えみりが笑顔を失っていたとき、同時に、父親もまた笑顔を失っていたのだ。
父親と母親は、えみりが生まれる前から、二人でこのお弁当屋を営んできた。決して裕福な暮らしではなかったが、それでも、家族全員笑顔で暮らしていた。
しかし、母親が亡くなり、家から笑顔が消えた。
えみりは学校に通えなくなるほど落ち込んでいたが、父親はそれ以上だった。仕事にも身が入らず、毎晩、母親の遺影の前で泣き続けていた。笑顔が絶えなかった明るい家が、まるで灯が消えたかのように暗くなったのを、えみりは今でもよく覚えているという。このままじゃいけない。昔のような笑顔を取り戻したい――そう思っても、まだ子供だったえみりには、どうしていいのか判らなかった。
そんな時、インターネットの動画サイトで、アイドルの動画を見た。
アイドルは皆、笑顔で歌い、踊って、お客さんも、笑顔で応援する。
みんなを笑顔にするアイドルを、とても素敵なお仕事だと思った。
――あたしもアイドルになりたい。みんなを――お父さんを、笑顔にしたい。
強く、そう思った。
それが、えみりがアイドルになったきっかけだった。
それまで、えみりはアイドルになりたいなどと言ったことは一度も無い。突然のワガママだったが、父は一切反対することなく、えみりのことを応援してくれた。
それから、父は少しずつ笑うようになった。えみりも嬉しかった。もっとお父さんに笑ってほしい――その一心で、アイドルを続けた。
しかし、現在のグループでは人気が低迷。父に心配をかけるばかりだ。このままではいけない、と、頑張れば頑張るほど、えみりは笑顔を失い、そして、そんなえみりを見た父も、娘がつらい思いをしているのではないかと心配になり、笑顔を失う。お互いがお互いを心配するあまり、二人とも笑顔を失っていた。これでは、なんのためにアイドルを続けているのか判らない。
「――でも、安心してお父さん。約束は守るから」
えみりは、強い覚悟と共に言う。「これでたま5入りできなければ、もうきれいさっぱりアイドルは辞める。結婚は……判らないけど、ちゃんと安定した仕事に就いて、お父さんに心配かけないようにする。だから……どうか今回だけは、応援してください」
えみりは、深く、頭を下げた。
父親は、茶碗と箸をテーブルに置くと。
「――ごちそうさまでした」
手を合わせた。茶碗は、ご飯の一粒さえ残らず、きれいに食べられてある。
しかし、父親はそれ以上何も言わず、無言で席を立った。
「どこ行くの?」
頭を上げたえみりが訊く。
「仕入だ」と、父親はぶっきらぼうに応えた。「もうTKG開発は終わりだろ。明日から営業を再開しなくちゃいけないからな」
そして、父親は店舗の出入口の方へ向かう。
その背中を、えみりは寂しそうに見つめていた。
「――大丈夫だ」
父親は、引き戸を開けて立ち止まり、背を向けたまま言う。
「え?」
えみりが首を傾けると、父は続けた。
「そのTKGなら、きっとたま5入りできる――おいしかったぞ」
それだけ言うと、父親は引き戸を閉め、歩いて行った。
たくあんとえみりは、顔を見合わせ。
「――やったあぁ!!」
二人で手を取り合って、ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜び合った。