しろめし修行僧・究極TKGでセンターを狙え!/小説   作:ドラ麦茶

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8・完成! ふたりのTKG

 夕方、えみりはひとつのTKGを完成させた。

 

 それを食べるのはたくあんではなく、えみりが一番喜んでほしい人――彼女の父親だ。

 

 たくあんに呼ばれ、厨房に入ってきた父に、えみりは、「お父さん。やっと新作TKGが完成したの。お父さんに、いちばんに食べてほしくて」と言う。

 

 だが、父親は、「まだそんなことを言ってるのか」と、冷たい口調で応えた。「どんなものをつくろうと無駄だ。どうせ、たま5入りなんてできっこない。そんなことをしているヒマがあったら、アイドルをやめた後の身の振り方を考えた方が――」

 

 また文句ばかりまくしたてようとする父親に、たくあんは「お父さん、今日は、そういうことはやめましょう」と言って、言葉を遮った。「今回の新作TKGは、ランキングとか、たま5入りとかは関係なく、ただ純粋に、えみりさんがお父さんに食べてほしくて作ったものです。お父さんも、素直な気持ちで食べてください」

 

「…………」

 

 たくあんが真剣な目でそう伝えると、父親はそれ以上文句を言うのをやめ、黙って席に着いた。

 

 えみりが、テーブルの上に新作TKGを置く。

 

 それは、とりそぼろあんかけTKG――父が営むお弁当屋さんの人気ナンバー1メニューであるとりそぼろ弁当を、TKGにアレンジしたものだ。

 

「どんなTKGを作ればいいか判らなくなってたら、たくあんさんに言われたの。みんなが喜ぶTKGではなく、あたしが一番喜んでほしい人のためにTKGを作ってみたらどうか、って。あたしが一番喜んでほしい人は、やっぱりお父さんで、お父さんが喜ぶTKGを考えたら、自然と、とりそぼろになってた」

 

 お店の人気ナンバー1メニューであるとりそぼろ弁当。それはつまり、父親が最も力を注いだメニューということでもある。とりそぼろは、唐揚げやハンバーグなど定番の人気メニューと比べると、どうしても地味な印象はぬぐえない。それをお店の看板メニューとするために、父親は、味はもちろん、食感や見た目の彩り、副菜との栄養バランス、など、様々方面から試行錯誤を繰り返してきた。父親が今のとりそぼろ弁当を完成させるまでに、どれだけ努力を積み重ねてきたか――ずっと近くで見てきたえみりが、一番判っている。

 

 そんなとりそぼろ弁当を、えみりは子供の頃からずっと食べてきた。とりそぼろ弁当は、えみりと父の思い出のメニューだ。

 

 TKGのとりそぼろには、父が長年研究を重ねたとりそぼろ弁当のレシピを参考にした。しょう油と砂糖をベースにした甘辛いとりそぼろに、水溶き片栗粉を加えてあん状にすることで、ご飯の温かさを包み込み、とりそぼろの甘辛さがさらに引き立つようになっている。そぼろあんには上からグリーンピースを散らし、卵黄との彩りが映えるようにした。さらに、今回卵白はメレンゲ状にして、あらかじめごはんと混ぜてある。そうすることでご飯がふんわり食感となり、よりとりそぼろあんと合うのだ。

 

「じゃあ、食べてみて」

 

 えみりが促す。父親はいただきますと手を合わせ、箸と茶碗を持った。卵黄を潰してとりそぼろとご飯を軽くかき混ぜ、そして、口へ運ぶ。

 

「……うん」

 

 父親はわずかに、しかし、ハッキリとわかるほど力強く頷くと、二口、三口と、口へ運ぶ。

 

 おいしい、とは言わない。ただ黙って食べ続ける。

 

 それが全てだ――たくあんも、そしておそらくえみりも、そう感じている。これはテレビ番組ではない。そこに言葉など必要ない。おいしいものを食べるときは、余計なことは言わず、ただ食べればいいのだ。

 

「いつも心配ばかりかけて、ごめんなさい」

 

 無言でTKGを食べ続ける父に、えみりは言う。普段は言えない、今だから言える素直な気持ちだった。

 

「いきなりアイドルになりたいだなんてワガママを聞いてくれて、応援してくれて、本当に、お父さんには感謝してる。そんなお父さんの気持ちに応えられる活躍ができなくて、自分が情けなくて、焦って、空回りして……自分でも、なんのために頑張ってるのか、判らなくなってた。でも、今日、こうしてお父さんのためにTKGを作ってみて、初心を思い出せたような気がする。あたしがアイドルになったのは、誰よりも、お父さんに笑顔になってほしかったからだもん」

 

「――――」

 

 それを聞いて、父親の箸が止まった。

 

 えみりの母――つまり父親の妻が病で亡くなり、えみりが笑顔を失っていたとき、同時に、父親もまた笑顔を失っていたのだ。

 

 父親と母親は、えみりが生まれる前から、二人でこのお弁当屋を営んできた。決して裕福な暮らしではなかったが、それでも、家族全員笑顔で暮らしていた。

 

 しかし、母親が亡くなり、家から笑顔が消えた。

 

 えみりは学校に通えなくなるほど落ち込んでいたが、父親はそれ以上だった。仕事にも身が入らず、毎晩、母親の遺影の前で泣き続けていた。笑顔が絶えなかった明るい家が、まるで灯が消えたかのように暗くなったのを、えみりは今でもよく覚えているという。このままじゃいけない。昔のような笑顔を取り戻したい――そう思っても、まだ子供だったえみりには、どうしていいのか判らなかった。

 

 そんな時、インターネットの動画サイトで、アイドルの動画を見た。

 

 アイドルは皆、笑顔で歌い、踊って、お客さんも、笑顔で応援する。

 

 みんなを笑顔にするアイドルを、とても素敵なお仕事だと思った。

 

 ――あたしもアイドルになりたい。みんなを――お父さんを、笑顔にしたい。

 

 強く、そう思った。

 

 それが、えみりがアイドルになったきっかけだった。

 

 それまで、えみりはアイドルになりたいなどと言ったことは一度も無い。突然のワガママだったが、父は一切反対することなく、えみりのことを応援してくれた。

 

 それから、父は少しずつ笑うようになった。えみりも嬉しかった。もっとお父さんに笑ってほしい――その一心で、アイドルを続けた。

 

 しかし、現在のグループでは人気が低迷。父に心配をかけるばかりだ。このままではいけない、と、頑張れば頑張るほど、えみりは笑顔を失い、そして、そんなえみりを見た父も、娘がつらい思いをしているのではないかと心配になり、笑顔を失う。お互いがお互いを心配するあまり、二人とも笑顔を失っていた。これでは、なんのためにアイドルを続けているのか判らない。

 

「――でも、安心してお父さん。約束は守るから」

 

 えみりは、強い覚悟と共に言う。「これでたま5入りできなければ、もうきれいさっぱりアイドルは辞める。結婚は……判らないけど、ちゃんと安定した仕事に就いて、お父さんに心配かけないようにする。だから……どうか今回だけは、応援してください」

 

 えみりは、深く、頭を下げた。

 

 父親は、茶碗と箸をテーブルに置くと。

 

「――ごちそうさまでした」

 

 手を合わせた。茶碗は、ご飯の一粒さえ残らず、きれいに食べられてある。

 

 しかし、父親はそれ以上何も言わず、無言で席を立った。

 

「どこ行くの?」

 

 頭を上げたえみりが訊く。

 

「仕入だ」と、父親はぶっきらぼうに応えた。「もうTKG開発は終わりだろ。明日から営業を再開しなくちゃいけないからな」

 

 そして、父親は店舗の出入口の方へ向かう。

 

 その背中を、えみりは寂しそうに見つめていた。

 

「――大丈夫だ」

 

 父親は、引き戸を開けて立ち止まり、背を向けたまま言う。

 

「え?」

 

 えみりが首を傾けると、父は続けた。

 

「そのTKGなら、きっとたま5入りできる――おいしかったぞ」

 

 それだけ言うと、父親は引き戸を閉め、歩いて行った。

 

 たくあんとえみりは、顔を見合わせ。

 

「――やったあぁ!!」

 

 二人で手を取り合って、ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜び合った。

 

 

 

 

 

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