しろめし修行僧・究極TKGでセンターを狙え!/小説 作:ドラ麦茶
「――みんなの愛に支えられて、今日、あたしはここに立つことができました。これからも、どうか、応援してください。今日は、本当にありがとうございました!!」
スピーチを終えたポキTKGのミシェルは、ステージ上から観客席に向かって深々と頭を下げた。そこに、盛大な拍手と声援が送られる。顔を上げたミシェルは、『9位』と刻まれたガラス製のトロフィーを掲げ、拍手と声援に応える。
今日は、TKG48ランキング発表の日だ。今年は、去年よりも一回り大きなコンサート会場を使用しており、観客数は去年の2倍近くまで膨れ上がった。TKG48の人気はまさにうなぎのぼりで、この調子で行けば、来年はドーム球場を貸し切り、ネット配信のみだった中継も、地上波でのテレビ放送になるかもしれない。
父への想いを込めたとりそぼろTKGでランキングへ挑んだえみりは、ステージ下のメンバー席からミシェルへ拍手を送る。その胸には、大きな期待と、それをさらに上回る大きな不安が渦巻いていた。ランキングは、下位の32位からカウントダウン形式で発表される。えみりはまだ名前を呼ばれていない。いま、ステージの下に座っているメンバーは、8位以上か、33位以下のランキング圏外ということになる。えみりに関しては、恐らく圏外ということはない。えみりが開発したとりそぼろTKGはファンの間で大きな話題となり、事前に公開された中間発表では、なんと10位を獲得していた。ここから圏外へ落ちるということはまず無い。後は、どこまで上位へ行けるかだ。
「――それでは、第8位の発表です!」
司会者が言うと、ミシェルのスピーチに沸いていた会場も一転して静まり返る。照明が落とされ、いくつものスポットライトが、ステージ下のメンバーを順に照らしていく。
えみりは目を閉じ、胸の前で手を組んだ。
――どうかまだ名前を呼ばれませんように。
祈る。えみりの目標はたま5入りだ。まだ名前を呼ばれるわけにはいかない。
会場内に静かなドラムロールが流れる中、司会者は用意された封筒にはさみを入れ、中のカードを取り出した。そこに、8位のメンバーの名が書かれてある。
ドラムロールがやんだ。
張り詰めるような静寂の中、司会者がカードを読み上げる。
「第8位。TKG48、チームT――」
最初はゆっくりと。そして、最後は力強く。
「とりそぼろTKG・北里えみり!!」
その瞬間、メンバー席をさまよっていたいくつものスポットライトが、一斉にえみりを照らした。会場内は、静けさが破裂したかのような大きなどよめきに包まれた。
えみりは顔を上げた。
「――――」
だが、状況が理解できない。呆然と席に座り続ける。スポットライトが当たっても、会場内に響く拍手と歓声が、誰に向けられたものなのかを理解できない。
「やったねえみり! 8位だよ! おめでとう!!」
えみりの後ろに座っていた仲間の娘が、肩に手を置いて祝福の声をかける。
「おめでとう! えみり! 選抜入りだ!」隣に座っていた娘も、えみりの手を取って言った。
「えみりちゃんおめでとう!!」「えみりいいぃぃ!!」「えみりんサイコー!!」――観客席からも、祝福の声が飛んでくる。
それで、えみりは全てを理解する。
――8位。
今回のランキング、えみりのとりそぼろTKGは8位――たま5入りを逃してしまったのだ。
名前を呼ばれたメンバーは、ステージに上がり、観客の前でスピーチを行わなければならない。えみりはゆっくりと立ち上がると、ステージへと向かう。階段を上がると、ステージ袖からスタッフがやってきて、8位と刻まれたガラス製のトロフィーを手渡された。それを胸に抱え、マイクの前に立つ。
拍手と歓声がやんだ。
観客の視線が、ステージ下のメンバーの視線が、すでにスピーチを終えたメンバーの視線が。
会場内の視線が、すべて、ステージ上のえみりに注がれる。
いや、会場だけではない。このランキングイベントはインターネットを通じて日本のみならず世界中に配信されている。会場のみんなと、ネット配信の視聴者、その全ての視線がえみりに注がれ、その言葉を待っている。
だが。
「…………」
言葉が出てこない。
事前に準備はしていた。ランクインし、ステージ上で何を話すかは決めていたし、何度も練習を繰り返した。
それでも、えみりは声を発することすらできなかった。ただ、マイクの前で立ち尽くすのみ。無理もない。ランキングイベントのスピーチで、なにも話せなくなってしまうのはよくあることだ。どんなにステージ慣れしていても、事前に準備をしていても、ここに立った瞬間全てが吹っ飛び、頭が真っ白になり、何も言えなくなってしまうことは、上位の常連メンバーも経験している。
この時のえみりは。
――8位。
その順位に終わったことだけが、胸の内を占めていた。
前回の圏外から8位は、もちろん大躍進だ。TKG48の歴史上、最もランクアップしたメンバーかもしれない。
しかし、えみりの目標はたま5入りだ。イベント前のPR活動でも、ずっとそのことを公言してきた。8位という順位は、目標を達成できなかったことになる。
ステージ下のメンバーを見た。まだ名前を呼ばれていない娘――えみりよりも上位のメンバーが、こちらを見ている。その目が、えみりを見下しているように見えた。あなたは負けたの、と。
観客席を見た。今回のイベントを観るために集まったファンが、えみりを嘲笑しているように思えた。たま5入りを目指すなんて大口を叩いたのに、所詮はこの程度だったか、と。
えみりの後ろに座るメンバー――今回えみりよりも下の順位になってしまった娘からも、刺すような視線を感じた。どうせ今年だけで、来年にはまた圏外へ落ちるに決まってる、と。
目標を達成できなかった自分が情けなかった。大口を叩いたことが恥ずかしかった。
なによりも。
父との約束――今年たま5入りできなければ、アイドル活動は終了。
すなわち、もうこれで、北里えみりは引退、芸能活動を終了しなければならない。
それが、たまらなく辛かった。
全てを投げ出そうかと思った。このまま何も言わずステージから逃げ出そうかと思った。どうせこれで終わりなのだから、全て壊しても構わないとすら思っていた。
だが。
――えみり!!
遠くから、声が聞こえた。
会場には、二千人近い観客が入っている。当然えみりに投票してくれたファンもいて、多くの応援する声が飛んでいる。
その中でも。
その声だけは、彼女にとって特別だった。
声がした方を見た。観客席の中段に、二千人の観客の中でもひときわ目立つ修行僧姿のたくあんが見えた。
しかし、それ以上に。
その隣で、えみりを見守る父の姿が、はっきりと見えた。
――逃げるな。
そう言っているような気がした。
その瞬間。
えみりの心の卵を覆っていた硬い殻が、割れた。
改めて、会場内を見回す。
ステージ下のメンバーが、会場に集まったファンが、後ろに座るメンバーが。
みんな、えみりを温かい目で見ている。
その言葉を待っている。
自分は、なにを一人で腐っていたのだろう、こんなにも温かい人たちに囲まれていたのに――そう思う。
えみりは、一度大きく息を吸い、そして吐くと。
「――TKG48チームT・北里えみりです。応援してくれた皆さん、集まってくれた皆さん。本当に、ありがとうございました」
深く、頭を下げた。
会場内に、安堵した声と、そして、柔らかな拍手が鳴る。
「こんなにも素敵な順位を頂き、本当に嬉しいです。前回の圏外から8位は、大躍進だと思います。今回作ったとりそぼろあんかけTKGは、お父さんへの想いを込めて作りました。いつも心配かけてばかりのお父さんに笑ってほしい――その想いは、あたしがアイドルになった原点でもあります。今回の新作TKG開発で、あたしは、忘れていた気持ちを思い出すことができました。たま5入りを目標としていたので、悔しい気持ちもありますが、全力を出し切った結果なので、悔いはありません」
そして、えみりは父がいる観客席の中段に向けて、トロフィーを掲げ。
「――お父さん! いつも応援ありがとう!! やったよ! 選抜入りしたよ!!」
笑顔で叫ぶ。
たま5入りという目標は果たせなかった。約束通り、これでえみりのアイドル活動は終わりだ。
だが、さすがにそれをこのステージで言うわけにはいかない。それは、えみりを応援し、投票してくれたみんなを裏切る行為だ。次のシングル曲と、それに派生するお仕事はやり遂げなければならない。引退するのは、それらが全て終わってからだ。父も、それは認めてくれるだろう。
だから。
――アイドルとして、最後まで笑顔でいよう。
そう、心に決めた。
それが、父を、そしてファンのみんなを、同じように笑顔にするはずだ。
えみりの声に、会場のスポットライトが反応し、観客席中段を照らした。ライトに照らされた父は、恥ずかしそうに席を立ち、会場のみんなに頭を下げた。会場中から温かい拍手が送られる。えみりもトロフィーを胸に抱え直し、父へ拍手を送る。
そして。
「今日は本当に、本当に、ありがとうございました!!」
えみりは心からの感謝の気持ちと共に、最後にもう一度、深く頭を下げた。
観客たちの祝福の声と拍手は、今回のTKGづくりに全力を尽くした
☆
イベントが終わり――。
父親と二人で舞台裏を訪れたたくあんは、TKGメンバーやスタッフ・関係者で溢れかえる中、一人、壁にもたれかかってたたずんでいるえみりを見つけ、声をかけた。
「えみりさん、その――残念でしたね」
何と言おうか迷ったが、たま5入りできなければ引退という約束がある以上、やはり、今回の結果は残念だったと言う他ない。
顔を上げたえみりは、笑顔を浮かべた。ステージ上で浮かべたものとは違う、寂しい笑顔だった。
「えへへ。まあ、仕方ないよ。あのTKGでたま5入りできなければ、他のTKGでも無理だったと思う。でも平気。スピーチで言った通りだよ。全力を出し切った結果だから、悔いはない」
そう言った後、えみりは「うん」と大きく頷き、「悔いはない」と、もう一度繰り返して言った。まるで、自分に言い聞かせているような口調だった。
「…………」
父親は何も言わない。いつもの渋面で、えみりを見つめる。
「大丈夫だよ」と、えみり。「約束通り、アイドルは、これでおしまい。でも、次のシングル曲と、それに関係するお仕事だけは、最後までやらせてね? じゃないと、いろんな人に迷惑かけちゃうから。それが終わったら、ホントにホントに、ちゃんと引退するから」
それでも――父親は、何も言わない。
舞台裏の人々の様子は様々だ。えみりのように大きく順位を上げたメンバーもいれば、逆に順位が下がったメンバーもいる。喜ぶメンバーもいれば、悔しがり悲しむメンバーもいる。えみりと父親の間には、そのどちらでもない――あるいはそのどちらとも言える――感情が、交錯している。
「――それでは順に写真を撮りますので、選抜メンバーは集まってくださーい」
スタッフの声がした。今回16位以内に入ったメンバーが、そちらへ歩いて行く。
「あ、あたしも行かなきゃ」えみりは寂しい笑顔のまま、「じゃあ、また後でね」と言って、写真撮影へ向かう。
そんな、えみりの背中に。
「えみりさん――本当に、それでいいんですか?」
たくあんは、問いかける。
えみりは立ち止まり、しかし、振り返ることはなく、「いいって、なにが?」と、言う。
「お父様にご心配をかけたくない、というのは、えみりさんの本当の気持ちでしょう。でも、それ以上に、えみりさんの胸には、まだ隠している気持ちがあるんじゃないですか? ゆで卵の殻を剥いても、その下に、まだ薄皮が残っているように」
「――――」
えみりはその場に立ち尽くす。えみり以外の選抜入りしたメンバーはすでに集まっていた。みんな、どうしたの? という表情でえみりを見つめている。写真撮影が始まる。早く行かなければならない。
それでも、えみりは立ち尽くしている。
「えみりさん。今は、本当に本当の気持ちをさらけ出す時です。お父さんも、それを望んでいるはずです」
たくあんは、えみり心のたまごを包む『迷い』という名の薄皮を取り除くように、そう言った。
えみりは――。
「……嘘」
背を向けたまま、静かに言った。
そして、父親を振り返り、その目を真っ直ぐに見据えて、言う。
「全力を出し切ったなんてウソ、ホントはもっとやれたんじゃないかって思ってる。悔いが無いなんてうそ、悔いばっかり残ってる」
その目から、涙がこぼれ落ちる。一度こぼれ落ちた涙は、もう止められない。
そして、一度胸からあふれ出た本当の気持ちも――もう止めることはできない。
「とりそぼろにはグリーンピースを入れない方が良かったんじゃないかとか、刻みネギの方が良かったんじゃないかとか、あんかけじゃない方が良かったんじゃないかとか……とりそぼろ以外のTKGにも挑戦してみたい。人気メニュー2位のから揚げ弁当だって、3位のたまご焼き弁当だって、4位ののり玉スペシャル弁当だって、5位の野菜たっぷりスペイン風オムレツ弁当だって、全部全部、お父さんとの思い出のお弁当だもん。それも全部TKGにアレンジしてみたい。作りたいTKGはいっぱいある……ううん、TKGだけじゃない。せっかく選抜入りしたんだから、歌ってるところをみんなに見てほしいし、ダンスだって見てほしいし、来年こそたま5入りして、いつかはセンターポジションに立って、卒業したら、次の道へ進んで……やりたいことはたくさんある。やっと選抜入りしたんだもん。やっと道が見えてきたんだもん! あたし、こんなところで終わりたくない! 今日のこの結果があたしのアイドルの限界だったなんて思いたくない!!」
そして。
「お願い! お父さん!!」
舞台裏だけでなく、舞台の外にまで聞こえるほどの大きな声で。
「もう一回……もう一回だけチャンスをください! あたしに……アイドルを続けさせてください!!」
その胸の内から溢れる本当の気持ちを、叫んだ。
舞台裏の人々の視線が、一斉にえみりに注がれる。えみりは、父親とたくあん以外に引退の話はしていない。事情を理解している人はいないはずだ。
それでも、えみりの言葉から、その覚悟を感じ取ったのだろうか。静かに、二人を見守る。
「――なに泣いてるんだ、笑え」
父親が、娘の言葉に応えた。
「え?」
涙でメイクが崩れ、ぐしゃぐしゃになった顔をきょとんとさせるえみりに対し、父は言う。
「えみり、お前のアイドルとしての最大の武器は、TKGじゃない。笑顔だ。どんな時も笑って歌い、笑って踊り、笑ってお仕事をするえみりを、父さんは――そして、ファンのみんなも、応援してるんだ」
そして、続けた。
「スピーチの後の、最後の笑顔は、誰にも負けてなかったぞ」
その言葉に、たくあんも大きく頷く。
そして、その様子を見守る舞台裏のみんなも、大きく頷いているように思えた。
「納得いかないなら、とことんやればいい」
それを聞いた瞬間、えみりの目から、また涙が伝い落ちる。
それは、さっきまで流れていたものとは、また違う涙。夢を諦めなければならない悔しさの涙から、まだ夢を追いかけることができる嬉しさの涙へと変わっていた。
父親は、「ただし、ひとつ条件がある」と言って、最後に付け加えた。「どんなに苦しくても、どんなに悔しくても、笑顔だけは忘れるな」
「――はい!」
えみりは、泣きながら笑う。それはきっと、父親が見たかった、彼女の本当の笑顔だ。その証拠に、父親もまた、えみりと同じ笑顔を浮かべている。
その様子を見守っていた舞台裏の人たちから、自然と、拍手がわき上がった。
これでえみりは、父親からも、そしてメンバーや関係者やファンのみんな全てから認められ、アイドルを続けることができる。
たくあんも、涙と笑顔を浮かべて手を叩く。
「……いやあ、一時はどうなることかとヒヤヒヤしましたが、モノが卵だけに、
その瞬間、舞台裏に響いていた温かな拍手がピタリとやみ。
「……は?」
ようやく取り戻したえみりの笑顔も、再び凍りついたのだった。