主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
様々な本が乱雑に置かれている部屋に少女はいた。細い枝のような腕で、本を捲る。左目は灰色、右目は紅色と、美しい瞳の色を輝かせる。
本の内容は、彼女の大好きな英雄譚だった。祖父が何度も読み聞かせてくれた、偉大な英雄の話。何度も、何度も同じ頁を捲る。
自分の人生の半分は本で出来ているのかもしれない。
そんなことを考えていたら、不意に扉が開いた。年季の入った扉は軋む音を響かせながら開く。
「おかえり」
「ただいま、ベル!」
「今帰ったぞ!ベル」
黒髪の少年と、麦わら帽子を被った祖父が帰ってきた。それにベルは表情を綻ばせながら、本を閉じた。
何でことのない日常。病弱な彼女にとっては本を読む時間と、幼馴染と祖父との時間が何よりの宝だった。
「ベル、体調は?」
幼馴染のラグナは、ベルの体調を気遣うように手を取る。畑仕事をしてきたラグナの掌は、どこかゴツゴツとしていて暖かい。少しだけ頬が赤く染まるのを自覚しながら、大丈夫と頷く。
ラグナは不思議な人だ。ベルが知らない物語を知っているし、いつも身体の心配もしてくれる。この村は100人もいないほどの、田舎だ。だからこそラグナとは自然と仲良くなり、今では家族同然の仲だ。
でもラグナの雰囲気は、どこかおかしかった。それに疑問を持った時、ラグナは口を開いた。
「なあ、ベル」
「どうしたの?」
「俺は……オラリオに行こうと思う」
「────!?」
その時の表情を言葉で表すのは無理だろう。驚き、怒り、悲しみ、様々な感情がグルグルと回り出した。
「な、なんで……?」
「お前のためだ」
「ぼ、ぼくの……?」
「ああ。お前の身体を治す方法を探してくる」
その真剣な表情からは、決意を感じた。ベルは弱々しい表情を浮かべる。
ずっと一緒だったラグナが離れる。世界の中心と呼ばれるほどの大都市に。ラグナは冒険者になるつもりだと、ベルは即座に気付いた。
だからこそ想像してしまう。彼が怪物に食われる姿を、冒険者によって殺される姿を。冒険者になったら戦場は当たり前だ、死ぬなんて日常に近い。
「ぼくは、身体治らなくていい!」
「ベル……」
「今のままがいい!ラグナと、お祖父ちゃんと、三人で暮らしていたいよ!」
畑仕事で、夕方まで働く二人。料理を作って二人を待つベル。三人で食卓を囲み、何でもない話で笑い合う。
正にあたたかい家族の日常。それが無くなるのは嫌だ、ベルは頬を濡らした。
それを見てラグナは、口を閉じる。
そこで黙って話を聞いていた祖父が、ベルの肩を叩いた。
「ベル、それならお前も行くか?オラリオに」
「ジジイ!?」
「……お祖父ちゃんは?」
「儂は、この家を守らないといかん。ベル、お前が決めろ。ラグナに付いて行くか、行かないかを」
祖父は今までにない表情でベルに問う。つまりは祖父と共に暮らすか、ラグナと共に暮らすか。その二つの選択肢に、ベルは目を瞑る。
祖父のことは好きだ、読んでくれた英雄譚は全て記憶している。唯一血の繋がった家族だ、だから大切にしたい。
でも身体を治して、ラグナと二人で暮らして、いつかは本当の家族になれるかもしれない。そう考えるとベルは、自然と口を開いていた。
「────ラグナについていく」
「そうか。ベル、よく決断した。流石は儂の孫じゃ」
祖父はベルの選択を喜んでいるようだった。頭をゴシゴシと撫で、豪快に笑う。それにラグナは呆れながらも、受け入れているようだった。それに安堵しながら、自然とベルは笑みを浮かべた。
ようやく、時計の針が動き出したような。そんな気がした。
⬛︎
「はぁぁぁぁぁぁ……」
視界に広がる麦畑に、げんなりとしながら溜息を吐く。この麦畑ともお別れになることに喜び半分、悲しさ半分と言ったところか。
気づいたら、転生していた。何で死んだのか、何度も思い返してみるが、そこだけが空白だ。まあ、死因なんてどうでもいいか。問題はこの世界についてだ。
『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』
主人公のベルが、仲間達と出会い成長していく王道ストーリー。俺も何度も読み返すほど大好きだったが、転生して気付く。この世界結構終わってる。
迷宮都市以外の場所では怪物に殺されるなんて当たり前だし、都市では冒険者に殺されることもあるし。なんなら、『黒龍』とかいう化物いるし。その化物殺さないと、世界は救われないとか終わってるし。
そして更に問題が発覚したのは、俺が3歳の頃に村に来たベルを見た瞬間だ。まず、瞳の色が違う。紅い瞳と、灰色の瞳。そしてどこか苦しそうな表情。
そこで気付いた、ベルの母は病弱だったことに。それを運悪く受け継いだのだろう。
気づいたら俺は気絶していた。いや無理もないと思うよ、だって主人公がTSしてるなんて考えられん。
そしてベルが病弱だと何が起こるか、まず寿命。ジジイから聞いた話によると、ダンジョンの70階層以降に『秘薬』と呼ばれる物があるらしい。それがあれば完治する可能性がある。
あくまで、可能性の話だが。
正直に言おう、無理だ。
あの成長レベルEXのベルくんで、ようやく深層だ。70階層以降に行ける実力を手に入れるには、ベルくん以上の成長が必要だ。
終わった。
いくらなんでもハードコアすぎる。しかも『黒龍』討伐までやらないと世界は終わる。
でも、一応希望は残っている。
それはベルくん、更なるチート説だ。今のベルは正直に言って、アルフィアと似ている。才禍の怪物と呼ばれる彼女の才能を、持っていたとしたら。
「……はは、はぁぁぁぁ」
それでも病弱なベルを戦わせたりはしたくない。出来れば俺一人で、冒険者になろうと思っていた。本当はもっと早い時期に行きたかったが、仕方ないだろう。暗黒期に都市に行く馬鹿はいない。
なぜ、今だったかと言われれば。爺さんから相談を受けたからだ。
『ラグナ、聞け』
『な、何かあったのか……』
『いいか、儂はここを出て行かなきゃならん。ヘラが近づいてきおる……』
『え、でも。ヘラ様にもベルをお願いしたら……』
『ラグナ!?そんなことをしたら儂が死ぬだろうが!』
『それは、村の人間にセクハラをするジジイのせいだろ』
とまあ、こんな風に。爺さんはちょうどいいと、オラリオにベルを連れていけと言ったが。俺は連れて行きたくないため、爺さんと命賭けの
中々に熱い戦いの末、俺は勝った。
まあ結果的にベルを連れて行くことになったが、仕方ないだろう。それにアミッドさんとかに、ベルの容態見てもらってもいい。
「……あとは、俺の才能次第かな」
畑に別れを告げ、俺は坂道を歩いた。丘の上で俺を待っているベルを見て、拳を握り締めた。