主人公が女の子になるのは間違っているだろうか   作:エルフ好き

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十話 豊穣の女主人

 

 

どこにでもあるカフェ。食事、珈琲が美味しいと評判の店は妙な静寂に包まれていた。

 

カフェの一番奥。そこには二柱の神が話し合っていた。片方は誰もが知る都市最大派閥の主神ロキ。真っ赤な髪色と糸目は印象に残りやすい。

 

その都市最大派閥と相席しているのは、【ファミリア】結成して間もない【ヘスティア・ファミリア】の主神ヘスティアだった。

 

「見舞いは終わったんか?」

 

「なんとかね……怪我も完璧に治ってて良かったよ」

 

「あの守銭奴の所やからな、重症でも完璧に治せるやろ」

 

その分お金は高いけど。ロキは少し遠い目をしながら話した。いつもなら出会った瞬間に喧嘩が勃発するが、今回は不思議と落ち着いて話せている。

 

主神だけの話し合い。本当ならば団長が自ら謝罪して詫びを入れるはずだったが。遠征帰りのため、色々と立て込んでいるという。

 

そのためロキ自ら、カフェを貸し切って話し合いの場を設けた。

 

「今回の事故。ドチビの眷属(こども)に助けられたわ、そこは感謝しとく」

 

ロキは今回の事故について思い返す。【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンからの報告は驚きの連続だった。

 

ミノタウロスが逃げ出して上層に逃げたことも、ミノタウロスの足止めをしたのが【ヘスティア・ファミリア】の眷属と聞いた時は転げ落ちた。

 

その少年が足止めしなければ、冒険者に被害が出ていた。

 

そうしたら【ロキ・ファミリア】の名声に傷が付いただろう。ミノタウロスを逃した都市最大派閥(笑)みたいな感じで馬鹿にもされる。

 

ダンジョンの突然異常(イレギュラー)は仕方ない所もある。それで傷付く名声なんてたかが知れてるが。それでも名前に傷が付くようなことを避けたかった。

 

最近【ファミリア】を結成したばかりの【ヘスティア・ファミリア】に貸しを作ったことに、ロキは心底嫌な顔をする。

 

「それで、何が欲しいんや?」

 

神に貸しなんて作ったら更に大変なことになる。それを知っているロキは借りを返すためにヘスティアに問い掛けた。

 

その意味を理解したヘスティアは思い悩む。正直なところ何が欲しいと言われても、すぐには決められない。

 

お金だって貧乏だから欲しい。でも命を張ったのはラグナだ。ならあの子のために何かしてほしい。

 

ラグナは修羅の道を進もうとしている。周りの神が聞けば鼻で笑うほどの不可能に挑戦しようとしている。

 

その挑戦には武器が必要だとヘスティアは考えた。このままロキに武器を強請るのもいい。だが身の丈に合わない武器は身を滅ぼす。神友の鍛治神が言っていたことをヘスティアは覚えていた。

 

それなら防具を頼もうかと考えるが。【ロキ・ファミリア】の財産で買われる防具なんて、他の冒険者に狙われそうだ。高級な防具は見るだけで分かってしまう。武器と違って隠すことは出来ない。

 

唸り声を上げながら、悩むヘスティアを見てロキは呆れ果てる。数分経ってようやくヘスティアは口を開いた。

 

「それなら、ラグナくんに──」

 

そのヘスティアの言葉にロキは目を細くした。

 

⬛︎

 

「よし、始めるか」

 

ラグナは身体の調子を確かめるために軽く身体を動かす。故郷でゼウスとやっていた準備運動は身体に染み付いていた。呼吸するように体を動かして、体を温めていた。

 

身体の調子を確認してラグナは治療院を後にする。ちなみに治療費は【ロキ・ファミリア】が払ってくれたらしい。それに感謝しながら街を歩いていく。

 

「それにしても驚いたな……ディアンケヒト様がミアハ様と協力して薬を作ってたなんて」

 

今日の朝方に初めてディアンケヒトと出会った。ミアハ様に薬の製薬をお願いした日に頼まれたらしい。

 

この二人は仲良くなかった気がするが。どうして薬を作ってくれたのだろう。少し疑問も残るが、医神二人が協力してくれるなら。こんなに心強いことはないだろう。

 

本当ならばベルと帰る予定だったが。薬の効果はベル本人しか分からない。そういうことで、ベルは【ディアンケヒト・ファミリア】に滞在することになった。

 

滞在といっても三日ぐらいで終わるらしいのだが。その間は一人でダンジョンに潜ることになりそうだ。

 

ラグナは久しぶりに落ち着いて街を探索する。こんな風に街を見る時間すらなかった。

 

都市には様々な人がいる。露天を開いてネックレスなどの宝石を売っている男。子供達が街を走り回っていたり。冒険者がダンジョンに向かってたり。見ているだけでも飽きない世界が広がっている。

 

でも、一年もすれば世界は終わる。ここにいる人は全員死ぬ。そう思うと、思わず拳に力が入る。

 

ダンジョンの攻略と『黒竜』討伐。この二つを命賭けで達成する。改めて遠い目標にラグナは、溜息を吐きながらも決意を更に固めた。

 

ホームに戻って鍛錬でもしようと。ラグナはホームに向かった。

 

そんな時だった。少女の声が聞こえたのは。

 

「──冒険者さん!」

 

どこか弾んだ声。少し甘ったるい声にラグナはロボットのように身体を硬くする。ラグナは後ろを振り向いて、姿を確認した。

 

薄鈍色の髪と瞳。どこか上目遣いの少女は誰が見ても可愛いと絶賛するだろう。だが原作知識を持っているラグナは断言出来た。

 

この都市で一番厄介なのは彼女だと。

 

「これ落としましたよ?」

 

魔石を手に近付いてくる少女。ラグナはダンジョンの時と同じ装備だ。防具は壊れて着けていないが、それでも冒険者と一目で分かる格好だった。

 

そして魔石を入れる小袋。穴なんて空いてるはずがない。そう思って確認すると、小さく裂けたように破れていた。

 

ラグナは驚愕で目を見開いた。昨日までは破れていなかったはず。ミノタウロスから逃げている最中に破れたのだろうか。小袋の中身は空になっていた。

 

「あっ。やっぱり、破れてるじゃないですか。どうぞ、受け取ってください!」

 

「あ、ありがとう。気付かなかった……」

 

表情を取り繕いラグナは答えた。魔石を受け取ってポケットに入れる。そして目の前の少女は、人に好かれるだろう笑みを浮かべた。

 

少女はラグナの漆黒の瞳を見て。体を少し震わせた。ラグナは彼女の異常な行動に、訳も分からないまま立ち尽くす。

 

「私の名前はシル・フローヴァです。名前を教えてくれませんか?」

 

「……ラグナ、です」

 

「ラグナさん。実は私、酒場で働いているんです。豊穣の女主人って言うんですけど……実はなかなかお客さんが来てくれなくて……」

 

目元に手を当ててシルは嘘泣きをする。わざとらしい素振りにラグナは大きな溜息を吐く。

 

「分かった。今夜行くよ」

 

「やった!じゃあ……約束、ですよ?」

 

シルは表情を綻ばせて、近くの酒場に入っていった。なんだがドッと疲れた気がする。どこか嫌いになれないような少女の性格に、ラグナは塔の上をなんとなく見てしまった。

 

ラグナは先程までの軽い足取りはなく。鉛のように重い足でホームに帰った。

 

⬛︎

 

夜だ。ラグナは遂に訪れてしまった夜に溜息を吐いて着替える。冒険者用の服装ではなく。故郷でも来ていたような服装だ。とてもじゃないがオラリオで着るような服ではない。

 

まあでも食事するだけなら良いだろう。そんな楽観的な考えで、ラグナは適当に服を選んだ。

 

本当ならば主神であるヘスティアと共に行きたかったが、ヘスティアは今日の朝からいなかった。

 

机には手紙が一通だけ置かれていた。しばらくホームを留守にするという手紙が。今夜は一人だけの食事会となりそうだ。

 

ラグナは適当に飲食出来る程度の金銭を持って外に出た。既に空は闇色に染まっている。ラグナは豊穣の女主人に向かった。

 

明るい酒場。外からでも冒険者達の騒いでいる声が聞こえる。あまり騒がしいのは好きじゃないが。これも冒険者の仕事なのだろう。

 

命を賭して戦った冒険者の心を癒す儀式。ラグナは勇気を出して、酒場に足を踏み入れた。

 

「あっ!ラグナさん。待ってましたよ!」

 

冒険者達の騒ぎ声の中。ラグナに気付いたシルは駆け寄ってくる。ラグナはシルに席を案内されて座った。

 

目の前には妙に威圧感のある店主。ミアがラグナを見て笑っていた。

 

「おまえさんが、ラグナかい?今日は店を盛り上げるほど飲んでくれるんだろ?」

 

「は!?そんなこと言ってないですけど……」

 

ラグナは意味が分からないとシルの方を見る。シルは「ダメだった、ですか?」なんて言ってるが。ダメに決まっていた。

 

そもそも【ヘスティア・ファミリア】はただの貧乏じゃない。全財産約一万ヴァリス。冒険者にとって必須な回復薬を買えないほど切羽詰まっている。そんな状況だから節制しているというのに。

 

メニューなどを見ても、どれもジャガ丸くんの何倍も高い。ラグナは仕方なくリゾットを一つだけ注文した。

 

「あいよ」

 

「───え?」

 

予想より早い速度で、並々に注がれた麦酒(エール)が思いっきり机に置かれた。頼んでないと、声を出そうとすると。ミアは鋭い視線を叩き付けた。

 

有無を言わさない圧は、今までにないほどに強い。

 

「い、いただきます……」

 

恐る恐るラグナはお酒に口を付ける。なんとも不思議な苦味がラグナを襲った。喉に強い刺激が来て、ラグナは微妙な顔をする。

 

その後に来たリゾットは絶品だった。というか多分、この世界で食べた料理で一位二位を争うぐらいだった。

 

「楽しんでますか、ラグナさん?」

 

「酒は苦手ですけど、食事は美味しいし。楽しんでます」

 

「良かった……騒がしいのが苦手そうだったから」

 

シルは周りの冒険者に視線を向ける。ダンジョンの出来事を笑い話にしている者。好きな女の好みについて語り合う者。多種多様な冒険者達がそこにはいた。

 

「私、ここが好きなんです。色々な人がいて、毎日が飽きない」

 

「……」

 

「ラグナさんも、ここを好きになってくれたら嬉しいです」

 

ラグナはその言葉を聞いて少しだけ表情を緩めた。彼女の正体が何であれ。この言葉は嘘じゃないと思った。

 

それに変に警戒するのは疲れる。ラグナは吐息を洩らして体から力を抜いた。

 

そんなラグナの姿を見てシルはこぼれるような笑顔を見せた。

 

夢中で食べ進めていると、店が一気に騒がしくなる。リゾットを貪りながら、ラグナは店の入り口を見た。

 

「あ、来たか……」

 

原作でも大事なイベント。ラグナは記憶を掘り起こすように、この後の出来事を思い出していく。

 

主人公のベルはこの場所で変わった。冒険者としても男としても、成長した場所。店に入ってくる【ロキ・ファミリア】を見て、周りは目を丸くした。それもそうだろう。

 

都市最大派閥が目の前にいるのだから。都市最強の冒険者達は、そんな反応に慣れているのだろう。何の反応もなく席に座っていく。

 

その中でも一際目立つ存在はやはり【剣姫】だった。周りの冒険者は全員魅了されたように、アイズから目を離せない。

 

「それじゃあ。みんな、遠征ご苦労様さん!好きに飲めやー!」

 

『────乾杯!』

 

遠征帰りの【ロキ・ファミリア】が無事帰ってきたことを祝って、乾杯を交わしていた。元々騒がしかった酒場が更にうるさくなる。

 

思わず耳を塞ぎたくなるような話し声に辟易する。

 

「【ロキ・ファミリア】さんはお得意様なんですよ」

 

「そうなんですね……」

 

原作知識として知っていたため、反応に困りながら相槌を打つ。既に腹は満たされた。もう帰っても良いのだが、ラグナは【ロキ・ファミリア】の団員達を観察する。

 

大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ。

 

怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテ。

 

凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ。

 

重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック。

 

九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヲス・アールヴ。

 

団長である【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。

 

そして【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

全員が英雄になる資格を有した冒険者。その強さは想像も付かないほどだ。その背中は果てしなく遠い。

 

「──あっ」

 

「ん?」

 

金色の瞳と漆黒の瞳が交差した。金色の長髪は美しく揺れる。誰もが彼女の動きに集中している。ラグナは妙な寒気を感じた。たまたま目があっただけ。そう思って酒を飲み干す。

 

「また、会ったね」

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが、ラグナの席に来て美しい声色で話す。その言葉にラグナは飲んでいたお酒の味が分からなくなるほどに混乱する。

 

アイズはラグナを穴が空くほど見つめてくる。その瞳は黄金に煌めいていた。

 

 




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