主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
不気味な青が混じっている壁。剣と鋭い鉤爪がぶつかり合う。敵の名前は『ウォーシャドウ』。上層の新人殺しの一体だ。身長は160Cと人間ほど。武器は殺傷能力が他の怪物と桁違いの鉤爪だ。
ラグナはアイズとの鍛錬の後。ダンジョンに向かっていた。ベートと鍛錬した日は動けなかったが。今回は少しだけ余裕があった。
血もそれほど流していない。身体も傷は回復薬で癒えている。そんな状態ならダンジョンに行けると考えた。
5階層で敵を倒していて、ラグナは敵の拳が恐ろしく遅く感じた。やはり一級冒険者と戦った経験は活きている。そのため5階層では物足りなくなったラグナは初めて6階層に進出した。
その初めての
『……!』
三枚状に折り畳められた鉤爪。その攻撃を見切り後ろに回避する。するとウォーシャドウは畳んだ爪を広げて、攻撃範囲を広げた。思わず目を見開いて、剣を間に挟む。
剣を叩き付ける一撃。凄まじい金属音がダンジョンに響き渡った。もしもベートとアイズの訓練を受けていなかったら、危うかったかもしれない。
反応が早くなっている。動体視力も前とは比べ物にならない。何より死の恐怖を味わって、遥かに剣の技術も向上した。
ゼウスのような、雷霆のような速さの剣はまだ遠い。それでも少しずつ前に進んでいる。
そのまま鉤爪を流すように弾いて、剣を胸に突き刺す。剣の威力と魔石を狙ったおかげで、簡単に一体のウォーシャドウは消えた。
安心したのも束の間。休む暇を与えずにダンジョンは新たに怪物を生成する。壁に亀裂が走り、怪物が生み出される。
「ウォーシャドウが三体か。……行ける」
ラグナは剣を握り締めて、地面を蹴った。
⬛︎
エイナは溜息を吐いていた。ミノタウロスに巻き込まれた少年は一向にエイナに顔を見せない。というか白髪の少女に限っては一回だけしか顔を見ていない。
静かな怒りがエイナの中に蓄積する。こんなにも心配しているのに、黒髪の少年はエイナのことをなんだと思っているのか。
そんなことを考えて作業机に並んだ書類を片付けていると。一人の冒険者が入ってきた。その姿を見たエイナは驚いて、席を立った。
「ラグナくん、無事だった!?」
「あ、エイナさん。そういえば、全然会ってなかったような……」
「心配したんだからね!?全く顔を見せないし、ミノタウロスに5階層で遭遇なんて。そもそも新人冒険者の君が、5階層は危険だって何回言えば分かるのかな!?あの時の説教を忘れたの?」
「ご、ごめんなさい……」
物凄い剣幕で怒るエイナに、周りの冒険者の視線が集まる。それを理解したエイナは、咳払いをした後。「着いてきて」と一言だけ話す。
何度も味わってきた有無を言わせない圧力。それにラグナは静かに頷いてエイナに着いていく。
個人で話すことができる個室。そこに入るとエイナは大きく溜息を吐いた。
「君が、何を焦ってるのか。私には分からない。冒険者になって間もない君が、5階層なんて自殺しに行くような物だって言ったでしょ?」
「……はい」
「冒険者は冒険しちゃだめ。じゃないとすぐに死んじゃうよ、わかった?」
「……でも俺は強くならないといけません」
正座で話を聞いていたラグナは顔を上げる。その瞳を見てエイナは息を呑んだ。決意と誓いに染まった漆黒の瞳。たくさんの冒険者を見てきた、エイナが見たことのないほどの力強さ。
「実はベルが病気なんです」
「……ベルちゃんが病気?」
「【ディアンケヒト・ファミリア】でも治せないほどの病気で……」
ラグナの言葉にエイナは改めて口を閉ざす。都市最高の回復士を抱える【ファミリア】でも治せない。それほど深刻な病気を患っていたことに目を剥く。
最初に顔を見た時のことを思い出す。確かに彼女は恐ろしいほど腕が細かった記憶がある。それは病気の影響なのだろう。
でもそれが、ダンジョンの先を進む理由なのだろうか。エイナは眉を下げて、困ったようにラグナに聞いた。
「君が焦っている理由って、ベルちゃんのことだったんだ。ダンジョンを急いで探索して、ベルちゃんが良くなるの?」
「それしか方法はないんです。ダンジョンの最深層の未知に頼るしか」
「……」
その言葉を聞いてエイナの脳は無理だと冷静な判断を下す。深層の更に下。怪物の強さ、ダンジョンの異常頻度。全てが難易度が高い。
【ロキ・ファミリア】でも橋を何度も叩いて渡っている。そんな地獄のような場所。有名な【ファミリア】でもダンジョンの最深層の情報は公開されていないほどだ。
そんな場所に彼が向かっている。恐らく向かわせたら十中八九死ぬ。それだけは確信して言えた。どれだけ幸運だろうと、どれだけ強かろうと。ダンジョンの脅威は、それを打ち砕く。
「だから、俺は一刻も早く強くならないといけない」
「でも、君が所属している【ヘスティア・ファミリア】は。君とベルちゃんしかいないんだよ?」
「今はそうかもしれないけど。俺はやります」
その頑固な姿勢にエイナは溜息を吐いた。そして理解もする。彼が命を張る理由は全て彼女のためなのだろうと。
それは素晴らしいことだ。とても立派な夢だろう。でもダンジョンは、そんなのお構いなしに襲い掛かってくる。
そんな場所の最深層なんて、過去の英傑も数えきれないほど死んだ。そんな場所に新人冒険者の彼が向かうなんて認めちゃダメだ。
認めたら、彼はきっと。亡骸も残らずに死んでしまうだろうから。
だから駄目だと、口を開こうとした。でも声を発することができない。目の前の少年の瞳が爛々と光っていたからだ。
漆黒の瞳からは強靭な意志しか感じない。数多の冒険者を見てきた。それこそ一級冒険者も。そんな彼等よりも彼の瞳が輝いて見えた。
「……俺は弱い。エイナさんの知識がないと、多分死ぬ。怪物の情報、迷宮の情報、全部教えて欲しい。あなたにしか教えてほしくない」
「っ」
「お願いします。エイナさん、俺に協力してください」
エイナはこの瞬間に迷いを捨てた。彼に何を言っても無駄だ。なら無理矢理にでも知識を詰め込んで、生存率を上げる。
エイナの持つ知識全てを彼に捧げよう。あとは彼の力次第という。昔のエイナなら考えられないような選択だ。
ギルド職員は冒険者に肩入れしてはいけない。死んでしまった時に悲しいから。でも彼なら成し遂げるかもしれない。英雄のような偉業を。
責任放棄なんて思われるかもしれない。それでも彼を助けになることをしよう。エイナはラグナの瞳と目を合わせる。
「協力するよ、でも約束してほしいな。絶対に死なないって」
「……約束します、精一杯死なないように頑張るって」
その言葉を聞いてエイナは微笑んだ。嬉しかったのかもしれない。彼の決意の理由を知れて。
彼は言ってくれた、自分の力が必要だと。それをどうしようもなく喜びんでしまう。心配という気持ちは無くなってない。危ない目に遭うだろう彼を応援することしかできない。
ギルド職員は冒険者のことを本当の意味で助けることはできない。出来るのは同じ冒険者だけだ。エイナは祈った。彼の仲間が、いい人に恵まれるように。
その後、『ウォーシャドウの指爪』を換金所に出したラグナに絶叫するエイナがいたそうな。
⬛︎
快晴の空。地下室には差し込まない太陽が燦々と黒髪の少年の白い肌を照らす。鍛錬の後にダンジョンに行ったからだろう。疲労が蓄積しているのを、ラグナは感じていた。
体力には自信があるラグナだが、流石に限界を超えているようだ。戦いの最中に回復薬を使うと、体の疲労が分からなくなる。
今日はベルが昼頃に帰る予定だ。そのため鍛錬が終わった後にダンジョンに向かおうと考えていた。だが、今日の鍛錬の相手はベート。間違いなく限界まで殺されかけるだろう。あの鋭い拳と蹴りを思い出すと身体が震えてきそうだった。
ベートとアイズの鍛錬で、ラグナは強くなっている。それは自覚していた。ダンジョンの怪物と相対した時。あまりに動きが遅すぎて物足りなかったぐらいだ。
もちろん【ロキ・ファミリア】の武器を使っているから。という理由もあるのかもしれないが。間違いなく成長している。というか、あの地獄の鍛錬で強くならないわけがない。
ラグナは街を駆け抜けていく。【ロキ・ファミリア】の
何度見ても壮大な館に瞠目する。流石都市最大派閥というべきか。ラグナは門の人に挨拶して、いつもの中庭に向かった。
「来たか、始めるぞ」
「はいっ!」
そこで立っていたベートはポケットに手を入れて、睨んでくる。ラグナは拳を握り締めて、発走する。
新人冒険者にしては速い初速。そこから拳を繰り出す。連続で放たれた拳は、簡単に避けられてしまう。
反撃の気配。後ろか、左右か。どちらに回避するか迷った結果。反応が遅れて、ラグナは蹴りを喰らった。
「グッ……!」
痛みを我慢して、上手く着地をする。そのまま反撃に入る。間合いに入って、一瞬で拳を振り抜く。痛みからか、最初の連撃よりも威力がある。それを簡単に避けられる。
それも予想済みだったラグナは、後ろに回避して蹴りを放つ。初日とは大違いの動きにベートはニヤリと口を歪める。
才能があるかどうか。それはベートには分からない。ただ分かるのは、この目の前の少年は覚悟が決まっているということだ。
死ぬほど痛いだろう。今すぐ地面に転がりたいだろう。そんな想いを精神で押し潰して、反撃に移っている。
その漆黒の瞳からは不滅の炎を幻視する。誰にも消すことは叶わない、そんな絶対的な炎。
「もっと来い!」
「はいっ!」
いつの間にか。中庭には団員達が集まっていた。この二人の攻防は団員達の心を震わせる。新人冒険者に負けるか…と心を燃やす者。自分じゃあんな風にはなれない…と落ち込む者。
良くも悪くもラグナとベートの関係は周りに影響を与えていた。鍛錬三日目で動きが桁違いに変化しているラグナ。
意識的にベートの戦い方を盗もうとしている。それを見ていたアイズは悔しいと思ってしまった。
やはり剣を抜いて斬りかかった方がいたのだろうか。それとも殴打の方が嬉しいのだろうか。純粋無垢な彼女は、ラグナが喜んでくれることを考える。
昨日のアイズは手加減してしまった。ベートのように容赦ない攻撃はできない。それでも何度も壁まで吹き飛ばして、骨を折ってはいた。
それでも人間を相手にすると、剣が鈍る。相手がラグナだからという理由もあるのだろうが。
「……そうだ、二対一の訓練をしよう」
悪魔的な考えがアイズの頭をよぎる。アイズは鞘を構えて、ラグナの背後を狙った。
その鞘を振り抜き、ラグナの背中に大きな打撃音が響き渡る。ラグナは壁際まで吹き飛んで、驚きの表情でアイズを見る。
「後ろも、警戒が必要……」
「あ、アイズ……てめぇ……」
容赦ない一撃にベートはドン引きした。背中を殴打されたラグナは痛みに悶えながら、頭を混乱させる。
それもそうだろう。目の前にいる一級冒険者で精一杯なのに、後ろからも一級冒険者が攻撃してくるなんて普通考えない。
「……訓練にはなるだろ。さっさと立て、雑魚!」
ベートは思考を放棄して、ラグナの訓練を再開させようとする。それにアイズは頷いて、鞘を構えた。
「え……えぇ……?」
「早く、始めよう……」
その日はボコボコなんてレベルじゃなく。ベートの過酷な鍛錬にアイズも加わって更に地獄を生み出していた。
それを見ていた団員達は同情の視線をラグナに送る。必死に防御する表情は、青白く染まっていた。