主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
修羅場があった翌日。青白い空にようやく太陽が現れた頃。ラグナは街を走り出す。修行を受けて4日目。初日に比べて更に地獄になった訓練は、日課のように身体に馴染んでいく。
今日こそは鍛錬が終わったあとにダンジョンに向かう予定だ。そのためには血を流し過ぎずに、耐え切る必要があった。
路地裏を使い、近道を行く。街の大通りは駆け抜けるには少し狭い。人のいない路地裏を使ってラグナは身体を暖めていた。
「……あれは?」
ラグナは路地裏で体を動かしている女性に気がつく。翠色の髪をしたエルフ。豊穣の女主人の店員の女性、リュー・リオン。
ラグナの目標にも必要不可欠な人だった。彼女は木刀を振って、邪念を払うように真剣な表情だった。
昨日ベルと出会ったことが関係しているのだろうか。正直に言って、リューの反応はラグナにとっては想定外だった。
確かに、ベルはアルフィアに似ている。とはいえ、身長も髪色も違う。見紛うはずがないと思ったが。
あの時の雰囲気に圧倒されて、そう見間違えてしまったのか。そんな感じで離れたところから視線を送っていると、リューは鋭い視線を向けてくる。
「────何を見ている」
「あ、ごめんなさい。剣が綺麗で見惚れてました」
「あなたは昨日の……すまない、シルの想い人でしたか。確か名前はラグナさん」
彼女は視線を和らげて話す。その言葉にラグナは頭を傾げる。シルの想い人になったつもりはない。
昨日の抱擁も揶揄うためにしてきたはずだ。あの時の意味深な笑みは間違いない。それに彼女に好かれるのは、物凄い怖いとラグナは考える。
何をしてくるのか予想ができない。原作知識を持っているラグナでも、一番予想外の行動をしてきそうだからだ。
「私の名前はリュー。……いきなり申し訳ないのですが、彼女の話を聞かせてもらえないでしょうか?」
「彼女って言うと、ベルのことですか?」
「はい、彼女について教えてください」
リューの言葉にラグナは小さく頷いた。教えるといっても何を教えればいいのだろう。そんなことを考えながらラグナは話していく。
ベルが病気なこと。赤ん坊の頃から祖父とラグナで暮らしてきたこと。その病を治すために迷宮都市にやってきたこと。
それを包み隠さずに話した。するとリューの表情が少しだけ青くなった気がする。
「……その病気を治すためには、何が必要なんでしょうか?」
「治すためには、70階層以降に進んで。秘薬と呼ばれる物があると」
「もしかして、あなたは……最深層を目指しているのですか!?」
リューの表情が驚きに染まる。都市に来たばかりの新人冒険者が、過去の英傑達でようやく辿り着いた領域を目標にしているのだから。
都市最大派閥でも、簡単に近づかない領域。そんな場所に向かう覚悟が彼にはあるのだろうか。
リューは彼を観察する。漆黒の瞳からは不純が感じられない。黒曜石のような硬い意思をリューは肌で感じ取る。彼は本気なのだとリューは目を剥いた。
「それほどまでに、彼女のことを治したいのですね」
「……はい。そのためには何でもするつもりです」
「……すいません、足を止めて。どうぞ、行ってください」
リューは頭を下げて、走り行く黒髪の少年を見送る。彼の目標、夢は遠いものだ。
正義を掲げて理想を追っていたリューの道よりも、遥かに遠い。彼も分かっているはずなのに、その瞳からは絶望を感じない。
あるのは希望の灯だけだった。
「……私のやるべきことが見つかりました」
リューは静かに呟く。誰よりも正しいことを成そうとしている彼を助けたい。そしてベルという少女を救う。
それが贖罪だとリューは思った。
⬛︎
激しい剣戟が火花を散らす。ラグナは前と後ろからの猛攻を必死に耐えていた。一番警戒すべきは射程が広いアイズだとラグナは考え、アイズを視線から離さない。
しかし、ベートは容赦なく背後から蹴りを入れる。それに吹き飛ばされて、アイズにぶつかる。そのラグナにアイズは更に蹴りを入れる。ベートとアイズの連携に、ラグナは壁際まで吹き飛ばされる。
団員達は一瞬だけ目を覆ってしまった。それほどまでに残虐な行為だろう。この二人ならば、深層の階層主すら討ててしまいそうなほど強い。そんな戦力がレベル1を痛めつけている。
一対一なら見ていられたのだが。二人を相手しているラグナの姿を見て、団員達はラグナに尊敬の念を抱いていた。
「……凄過ぎないか?」
「俺ならとっくに折れてると思う。というか折れないラグナ先輩やばい」
「私も……最近じゃ痛みに悶えることもなくなったし。どういうこと?」
【ロキ・ファミリア】の団員達は、遠くからラグナの勇姿を見守る。防御だけじゃなく、反撃まで考えている動きは団員達にとって勉強にしかならない。
「……アイツらは、どこいった?」
「さあ、また落ち込んでるんだろ。まあ、分からなくもないけど」
最初は共に観戦していた団員。レベル1が一級冒険者に挑んでいる姿を見て、落ち込んでいるらしい。
【ロキ・ファミリア】にもレベル1は多くいる。そんな彼等が、同じレベル1の戦いを見て落ち込むのも仕方ない。
【ランクアップ】を果たすのには才能がある人間でも一年掛かる。才能がない普通の人間で、三年以上。
もしくは一生涯をレベル1のまま過ごす冒険者だっている。それほど【ランクアップ】という壁は高い。
「絶対、アイズさんの記録抜きそうだよなぁ……」
「……半年とかで【ランクアップ】しても信じるぞ」
アイズの最速【ランクアップ】は一年。でもラグナの戦いを見ていれば、間違いなく抜いてしまうだろう。
一級冒険者と修行をして、何度も死にかけている。そこから得られる経験値は想像以上だろう。
「俺もダンジョン行ってこよ……」
「俺も行くわ、というか行かないと情けなくて泣いちゃう」
団員達は観戦をやめて、ダンジョンに向かう支度をしに自室に戻る。尻目に見た黒髪の少年の瞳は爛々と輝いていた。
⬛︎
神塔。雲を貫き、神々しさすら感じる塔。その最上階から、美神はいつものように観察する。その表情は冷たさすら感じるほど無表情だ。彼女が無表情な理由は、彼のことだった。
【ヘスティア・ファミリア】のラグナ。冒険者としては赤子といっても差し支えはない。そんな冒険者にフレイヤは興味が尽きなかった。
容姿、魂、実力。全てがフレイヤの水準を大きく超えていた。今すぐにでも奪いたい、そう思うほどに黒髪の少年は輝いている。
昔のフレイヤなら我慢ならず奪っていたはずだ。でも、それをしないのは何故か。彼がフレイヤの正体に気づいていたからだった。
街娘の姿で近づいた時。彼は意味深に神塔の屋上を見た。フレイヤの鋭い観察眼はすぐに分かった。彼は街娘の正体が美神であると気づいていると。
初めての体験にフレイヤは目を丸くした。こんな感情になったのは、いつ頃だろう。不思議と心が躍った、だから決めたのだ。
───街娘の姿で、彼を虜にすると。
「あの子の魂。まるで原石のよう。少しずつ、少しずつ。英雄のような光を放つ」
ロキのところで修行しているのが影響しているのだろう。瞳の奥には更に決意を感じる。フレイヤは彼の輝きを、もっと見たい。ならば試練を与えるしか方法はない。
「……そういえば、怪物祭が始まる頃ね」
【ガネーシャ・ファミリア】が始めた催し。調教を施した怪物を使った見せ物。それを利用して彼を襲わせるのは、どうだろう。
彼の輝きを間近で見れるチャンスは一度だけだ。明日始まる怪物祭、絶好の機会を逃すわけにはいかない。
「ああ、楽しみね。私の
ちょっと短めです。