主人公が女の子になるのは間違っているだろうか   作:エルフ好き

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十八話 竜種

 

 

人混みが緩やかに進む。暖かい日差しに包まれながら、ラグナは妙な静けさを肌で感じ取った。

 

こんなに人がいるのに、まるで何かを恐れて声が出ないようだった。そのすぐ後、その理由をラグナは知る。

 

「怪物が、怪物が脱走したぞぉぉぉぉ!」

 

その大声に鼓膜が揺れる。ラグナは遠くを見て、目を剥いた。

 

「────なんで」

 

ラグナは原作知識として知っている。怪物祭で起きる事件は美神フレイヤが起こしたことを。その時に脱走する怪物は『シルバーバック』という大猿だったはずだ。

 

ベルが追いかけられた末に戦い勝利した上層の怪物。強さでいうと【ステイタス】の熟練度がそれなりにあるレベル1なら勝てる。

 

今回の戦いは今のラグナなら、問題ないはずだった。確かに【ステイタス】では劣っているだろう。でも技術では負けていない。

 

でも目の前の怪物は訳が違う。怪物の中でも最強種。『竜』がそこにはいた。

 

鎖が身体に巻き付き、どこか動きずらそうにしている。その表情は何かに取り憑かれたように、酷く興奮している。

 

『インファントドラゴン』と呼ばれる上層の怪物。希少種と呼ばれる怪物は、滅多にダンジョンに出現しない。

 

そして出会ってしまった場合。レベル1のパーティが全滅することも多々ある。

 

そしてラグナは一瞬で最悪の状況に気付く。このまま怪物がヘスティアに気付いたら、間違いなく人が多く逃げているメインストリートまで追いかけてくる。

 

一般人が怪物に敵うはずがない。間違いなく未曾有の被害を生み出してしまう。

 

「ごめんなさい!」

 

「え、え、えーーー!」

 

ヘスティアを横抱きにして、人通りが少ない場所を進む。怪物は逃げ出したラグナとヘスティアに気付いたように、瞳孔を細くする。

 

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

見つけた。そう言いたそうな咆哮に、ラグナは必死に走る。後ろから大地を蹴り上げる音が、恐ろしく心臓の鼓動を早くする。

 

考える限り最悪の状況。ラグナは意図的にダイダロス通りと呼ばれる場所まで走る。ここからは人が少ないと判断する。怪物の咆哮を聞いて、人々は既に逃げ出していた。

 

「……くそっ。どこなら人がいない?どこなら戦える?」

 

「ラグナくん……」

 

「大丈夫です、絶対になんとかしますから!」

 

心配そうなヘスティアに気休めの言葉を吐く。今のラグナの装備は剣だけだ。防具を買っておけばよかったと今更後悔する。

 

ヘスティアの持っている剣があったとしても『インファントドラゴン』に勝つには全然足りない。

 

【ステイタス】も技術も何もかもが足りていない。ラグナは後ろから迫る竜を見て、更に加速する。

 

「……速い!」

 

『オオオオオオオオ!!』

 

ラグナの敏捷より高い。そのため直線距離では追いつかれる。そのため迷路のようなダイダロス通りを利用して、右左と動いていく。

 

焦りから汗が滲み出る。太陽の光が路地裏には差し込んでおらず、どこか暗い雰囲気に更に不安が加速する。

 

「ラグナくん、落ち着いて。ゆっくり呼吸するんだ!」

 

ヘスティアの言葉にラグナは目を剥く。その言葉の通りに深呼吸をして、心臓を落ち着かせる。ゆっくりと呼吸していくうちに頭が冷静になった。

 

「……ありがとうございます、大丈夫です」

 

ヘスティアに感謝しながら、ラグナは背後から迫り来る竜に目を向ける。涎を垂らして、ヘスティアを追い掛ける様は正に狂気。

 

なんとか距離を離そうと努力してはいるが。その竜の体躯に見合わない敏捷性にラグナは顔を歪める。

 

インファントドラゴンとの距離は10Mといったところか。そのデカい体躯のせいで、家が壁が削れて落ちていく。

 

「────あ」

 

ラグナは思わず呟いた。目の前に泣いている子供が蹲っていた。怪物に混乱した時にはぐれたのだろうか。

 

このまま進めば子供は巻き込まれる。今はヘスティアを狙っているとはいえ、竜は小石を蹴るように子供を殺すだろう。

 

横抱きにしていたヘスティアを、片手で抱きかかえる。子供をすぐに拾って、ダイダロス通りを抜けていく。

 

「……ぁ、ドラゴン?」

 

少女はか細い声を漏らす。無理もない話だ、怪物が後ろまで迫る恐怖はラグナでも怖い。言葉すら出せないような緊張に気を失う。

 

最悪の状況にラグナは笑いそうだった。おそらく道は一つだけだ。ラグナが足止めして2人を逃す。それが唯一の道。

 

本当は【ステイタス】更新をしてもらいたかったが。そんな時間も安全な場所もない。ダイダロス通りの奥に続く、下水道。そこから逃げてもらう。

 

「ヘスティア様は、少女を逃してください」

 

「ラグナくんは!?」

 

「俺は、足止めします。多分だけど、あれは強化種だ。エイナさんから聞いた容貌と少し違う」

 

オレンジ色ではなく、紫色。しかも脚が速い。間違いなく『強化種』と呼ばれる存在だ。

 

怪物が魔石を喰うことによって起きる突然異常。ただ今回のは意図的に行われた物だろう。

 

おそらく、あの性悪女神のせいだ。

 

「その子を逃がせる機会は一度だけです。お願いします、ヘスティア様!」

 

「……わかった」

 

ヘスティアは苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。それを見てラグナは見えてきた下水道に、ヘスティアを降ろして子供を任せる。

 

「ラグナくん、これを使ってくれ」

 

ヘスティアは背負っていた剣をラグナに渡す。それを受け取ったラグナは、感謝を伝えようとする。だが、すでに目の前に竜は立っていた。

 

狙っているのは、相変わらずヘスティア。苛立っているのだろう。唸り声が低く響き渡る。

 

「ラグナくん、すぐに助けを呼ぶから。だから耐えておくれ!」

 

ヘスティアは子供を背負って、ラグナに向けて叫んだ。下水道の空洞に響き渡る、ヘスティアの声。その直後に竜の咆哮が、下水道にまで響いてきた。

 

⬛︎

 

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

「っ」

 

強制停止(スタン)を狙った咆哮。それを舌を噛んで対抗する。今のラグナには抵抗(レジスト)できるほどの力量はない。そのため力技で対抗する。

 

唇の端から血が流れていく。口の中が鉄の味で支配されていく。そんな感覚を覚えながら、ラグナは包まれていた剣を露わにする。

 

金色と白色の鞘。そこから抜剣して、ラグナは目を剥いた。

 

浮き上がる神聖文字(ヒエログリフ)の羅列。恩恵の更新をしたように、剣が光り輝いた。

 

「……行くぞ」

 

戦闘は始まった。先制攻撃を仕掛けたのはインファントドラゴン。細長い尻尾を鞭のように使い、叩きつける。

 

凄まじい速度と威力に周りの壁は削れて、威力が下がっていく。それでも十分に脅威の攻撃。

 

ラグナは転がるように回避する。ラグナが居た場所が粉々にされる。威力が落ちていても、即死する可能性がある。それを知った時、ラグナは久しぶりの死の感覚に震える。

 

ミノタウロスの時みたいだ。相手はあの時のミノタウロスより遥かに強い。倒すには魔石を潰す必要がある。

 

「次は俺の番だ」

 

剣を構えて、発走する。今まで触った剣とは違う。本当に半身のように手に馴染む。ラグナは竜の弱点の胸を見る。鎖で阻まれているが、鱗がない。その胸を深く突き刺せば、間違いなく倒せる。

 

だが今のラグナの【ステイタス】では、間合いに入ることすら危険。一瞬で噛みつかれて喰われるか、爪で攻撃されて死ぬ。なら隙を作る必要がある。

 

ラグナは【ロキ・ファミリア】に貰った剣を、投擲する。不安定な軌道を描きながらも、顔に向かう。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

咆哮で剣を吹き飛ばして、ラグナの動きに注視している。瞳孔が鋭く、ラグナを貫く。

 

様子を見ているラグナに痺れを切らした、竜は突進してくる。少し前のミノタウロスの時を思い出す。あの時も突進の攻撃をしてきた。

 

『グオオオオオオオオオオオ!!!』

 

ミノタウロスの突進よりも、速いスピードでラグナを轢き潰そうとしている。瓦礫が弾丸のように弾ける。それを剣で叩きながらラグナは必死に回避する。

 

「があああああああああ!!」

 

突進を回避することに集中して気付かなかった。竜が尻尾を振り回していることに。ラグナは回避することが出来ずに、地面に叩きつけられた。

 

口から吐き出る鮮血。鳴り止まない警鐘。腹から焼けるような痛みが襲う。咄嗟に剣を盾にしていなかったら、即死だった。

 

だが肋骨は折れて、今すぐに治療しないと不味いと分かる。身体中から危険信号が出ている。鼓動と脈がうるさいくらいに音を立てる。

 

『オオオオオオオオ!!』

 

「……まだ」

 

脳は諦めてしまった。心も戦いたくないと弱音を吐いている。それでも魂だけは負けてなかった。

 

「まだ……」

 

どれだけ骨が折れようと、どれだけ絶望的な差があろうと。立ち上がるしかない。

 

───それが己を賭すということだろう。

 

「まだだ────!」

 

ラグナは竜の噛みつきを、剣で防御する。激しい金属音が辺りに散る。力でも耐久でも敏捷でも敵わない。

 

そんな圧倒的な力の差。それを覆すのが技と駆け引きだ。

 

相手が見せた隙を、一撃で切り裂く技。それは過去にゼウスが使った技。本人は極東の神の真似だと言っていたが。ラグナの脳に焼きついている。

 

ラグナは剣を鞘に収める。極東に伝わる居合い。前世の記憶でも知っている技。下半身に力を込めて、地面と一体になる感覚。

 

『オオオオオオオオ!!!』

 

怪物は別の攻撃準備を始める。それを気にせずに、ラグナは構える。一撃、たった一撃でいい。

 

あの雷霆のような一撃を怪物にぶつける。狙うは上胸、魔石がある場所を破壊する。

 

ラグナが呼吸した瞬間。怪物は爪を振りかぶった。突進、尻尾、牙、爪。怪物の全ての攻撃を受けた中でも、殺傷能力が高い一撃。

 

回避はしない。防御もしない。やるのは神の模倣。

 

鞘から抜き放つ。関節、筋肉、骨すらも壊していい。目の前の怪物を倒すために全てを込める。

 

そんな一撃は間違いなく、ラグナの中では最高の速さだった。

 

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

怪物の胸を切り裂いて、魔石に当たる。だが破壊するには至らない。怪物は怒り交じりの一撃をラグナに放つ。

 

「ガアアアアアアアアアアアア!!」

 

竜の爪は一撃でラグナの腕を奪った。即死ではない。それでも腕を失った痛みと恐怖で、脂汗が身体中から噴き出る。

 

血が水溜まりのように、噴き出る。すぐに止血しないと死ぬ。

 

痛い、痛い、痛い。どうすることも出来ない痛み、もうすぐ死ぬ恐怖。全て覚悟していたはずなのに。

 

実際に死に直面すると、身体は恐怖で動かない。怪物は厭らしい笑みを浮かべて、ラグナを喰おうと口を開く。

 

少しずつ近づいてくる怪物。ラグナは立ち上がって、剣を構える。痛み、恐怖、絶望。

 

それでも死にたくないと身体は動いた。まだ何も成していないと魂が叫んだ。

 

「はは、はははははは!!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

涎を垂らして怪物は近づいてくる。必死にラグナは剣を握る。右手の握力だけで握る剣は、とても不安定だ。情けない姿にラグナは自笑する。

 

「……来い!」

 

ボロボロの身体で、爛々と目を輝かせる狂人。その姿に竜は初めて恐怖を覚えた。

 


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