主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
痛みが鈍くなっていく。既に死ぬ寸前のような身体に鞭を打って、怪物の攻撃を防御する。
片腕だけで竜の攻撃を防御出来るはずもなく。簡単に吹き飛ばされ、弄ばれる。
左腕を止血したが、血が止まらない。このままラグナが生き残るには竜を倒して、すぐに治療院に向かうしかない。
「……まだ動く、まだ痛みはある」
ならば戦える。ボロボロの身体を、命を必死に使い剣を振る。普段の軌道とは比べ物にならないほど、遅い剣速。
怪物は嘲笑うようにラグナを吹き飛ばした。魔石は見えている。回復出来るような能力は持っていない。
あと一歩。何かしらの一撃を与えれば、竜を倒せる。
「あと、一撃……!」
もう最後だ。ならもう一度捨て身の特攻を行なって竜を殺す。居合いの構え、その態勢に竜は警戒したように目を鋭くする。
竜は尻尾を振り回して注意を散らそうとする。その動きに警戒しながらも、ラグナは一気に発走する。
『──オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
「はあああああああ!!!」
ラグナの最後の一撃。あまりにも情けない速さ。こんな姿を見て、ゼウスとベルはどう思うだろう。
白髪の少女を助けるって誓った。黒竜だって殺して、世界を平凡に生きられるようにする。そう決意した。
でも怪物の目の前では、そんな覚悟と決意は無駄になる。
世界が一気に遅くなる感覚を覚える。走馬灯という奴だろうか。この攻撃を喰らえば間違いなく死ぬだろう。
仕方ない、そう思うしかない。自分には才能がなかった、英雄になる資格など持っていなかった。最初から分かっていたことだ。
「レギオン、『レギオン』って叫ぶんだ!」
どこからか、そんな声が聞こえた。不思議と脳に入ってくる言葉。無条件に信じられる神からの言葉。
ラグナは迷うことなく。その言葉を口にする。
「【
硝子に亀裂が入ったような、そんな幻想を一瞬見た。身体中が沸騰して、熱い。傷口から溢れ出していた血液は、回復薬を掛けたみたいに治る。
怪物が鞭のように振り回している尾が、とても遅く感じる。五感が強化されている。それに身体能力までも普段のラグナとは段違いだ。
ラグナは竜の攻撃を回避して、深呼吸する。剣を構えて、もう一度斬りかかる。
『オオオオオオオオ!?』
突然動きが変わったラグナに困惑したように、竜は咆哮を上げる。既に胸には魔石が見えている。
ラグナはもう一度だけ、居合いの構えを取る。竜はそれを見て、危険と判断したのだろう。背中を見せて逃げようとする。
だが逃げる暇を与えない神速の斬撃。ラグナの攻撃の中でも最高の速さの剣速は竜の首を鮮やかに飛ばした。
『────ガアアア!?』
最後は竜としては情けない表情を晒し、怯えも混ざらせた竜は呆気なく灰となって消えた。最後に綺麗な牙を残して。
その最後を見たラグナは糸が切れたように倒れる。片腕は失い、肋骨は折れて、血を流しすぎた。
重症なんて段階ではない。最後に聞こえた神の声がなければ、死んでいた。
「ラグナくん!!」
意識が途切れる直前。ラグナは黒髪のツインテールを見た気がした。
⬛︎
艶やかな銀髪を靡かせ、美神はそれを見ていた。普段のフレイヤからは想像も出来ないほどに動揺している。
フレイヤは『インファントドラゴン』に勝てるとは思っていない。一週間程度の冒険者が、竜種に勝てることは万が一にもないはずだった。
黒髪の少年は成し遂げてしまった。前代未聞の偉業を。それを見てフレイヤが動揺した、そういうわけではない。
問題は最後に使った彼の【スキル】だ。身体の出血が瞬時に止まり【ステイタス】も倍増していた。それほど強力なスキルには代償が付き物だ。
その代償をフレイヤは知ってしまった。
「──
彼の勇ましく輝く魂に傷がついた。そもそも魂に少しでも傷が付いた時点で死んでもおかしくはない。それほど魂とは脆く弱い物だ。
彼が死ななかったのは、魂が二つあるからだとフレイヤは考えた。彼の魂は二つ混ざり合ったような複雑な形をしている。そんな彼だから耐えられた。
でも次は?その【スキル】をもう一度使ってしまったら。もう手遅れになる。フレイヤはそう思った。今なら『神の力』を使って、魂の保護が出来る。
規則違反となってもいい。彼ほどの英雄の資格を持った人間の魂を殺すわけにはいかない。
フレイヤは矛盾した自分の考えに気づかず思考を回す。その表情は昏く、青白い。
「……ラグナ」
⬛︎
焦りと怒りで呼吸が荒くなる。空気が重く苦しい。白髪の少女は今までにない速度で治療院に向かっていた。
話を聞いたのはギルド職員のエイナからだった。ラグナが帰ってこないことを心配して外に出ていたベルに、ラグナが大怪我を負ったと報告してくれた。
ベルは今まで走ったことなどなかった。何回も転びそうになり、それでも前に進む。そして治療院を駆け抜けて、ラグナのいる部屋を直感で入る。
「ラグナ!」
そこにはベッドで安らかに呼吸をして眠るラグナがいた。横にはヘスティアが座り、手を握っている。ベルはベッドに近づいて、椅子に座る。
身体は全治していた。傷なんて本当にあったのかと思うほどに綺麗。ベルは安心して息を吐いた。
「神様、何があったんですか?」
「……竜が脱走したんだ。それでラグナくんは怪物が街に行かないように囮になって」
「怪我は大丈夫だったんですか?」
「……左腕欠損、内臓損傷。でもギリギリで助かった。それは彼の【スキル】のおかげだ」
ヘスティアは表情を暗くして話す。自己嫌悪と罪悪感で彼女の心は一杯だった。絶対に【スキル】を使わせたくない。そう思っていたのに。
彼に生きて欲しくて、教えてしまった。それは間違っていない行動なのかもしれない。それでも彼を崖から落としてしまったように感じて、ヘスティアは手が震えていた。
その様子を見たベルは困惑する。ラグナが【スキル】を持っていたという事実に。ヘスティアが【スキル】を隠す、それはつまり扱いが危険な物なのだろう。
「その【スキル】の詳細を教えてください」
「……わかった」
その【スキル】の効果をヘスティアは話していく。【誓約代償】というスキルは能力の倍増、感覚の強化、身体の回復。
欠損などの怪我は治らないが、骨は完璧に治るほどの治癒力。その代償が魂の摩耗だと聞いて、ベルは表情を青くする。
その強力な効果を得るためには、魂を傷つける必要がある。その事実はベルの冷静な思考を一瞬で奪う。
「……大丈夫、なんですか!?」
ベルは二つの気持ちが混ざり合い吐きそうになる。助かって良かったという気持ちと、魂が傷付いて本当に無事なのか。
ヘスティアはベルの叫びに無言で俯く。それはヘスティア自身にも分からないようだった。魂が傷つくことなんて、下界でも天界でもない。
回復出来る物でもないだろう。
「……僕が、一緒にいなかったからだ。僕が、僕が隣にいたら。絶対に助けてたのに。あの時誓ったはずなのに、僕がラグナを助けるって……!なのに、なのに」
ベルはラグナの表情を見て、ぐちゃぐちゃの感情を吐露する。彼は凄い人だ、街の人間を守るために命を張った。まるで英雄だ。
そんな人の隣に立つには、病弱なんて弱音でしかない。こんな身体なんて捨てる覚悟をするべきだった。
深紅の瞳と灰色の瞳は昏く決意する。もう【スキル】を使わせることはない。冒険なんてさせることはない。
全ての敵を代わりに蹴散らしてやる。
「……ヘスティア様、行ってきます」
「どこに、行くつもりだい……?」
「ダンジョンです」
「待っ──行っちゃった……」
部屋を飛び出したベルにヘスティアは何も言えずに立ち尽くした。神として何も出来ない無力感に、ヘスティアは苛まれる。
神として下界に降りて。初めての眷属を持って。これから【ロキ・ファミリア】より強くなってやる。そんな夢を見ていた。
本当は難しいだろうとわかっていた夢。寂しい地下室暮らしに、泣きそうになった夜。それが眷属が出来てなくなった。
でも2人はヘスティアの夢よりも遥かに遠い夢を見ていた。最深層の攻略、黒竜討伐。どんな冒険者よりも目標が高い。
そしてそれを実行するための才能がある。
ヘスティアができたのは恩恵を刻んであげたことだけだ。どんな神にも出来ることだけだった。だからこそ神友に頼んで、剣を打ってもらった。
それでも彼の役に立った実感は全くなかった。
「ラグナくん、ボクはどうすればいいんだい?もう分からなくなってきちゃったよ……」
ヘスティアは蒼い瞳を潤ませて、1人の少年につぶやいた。
⬛︎
「【
たった一言で敵は吹き飛ぶ。たった一撃で敵を粉砕できる。この力があれば少年の役に立てる。
そんな幻想はもう抱かない。この力だけじゃ何もかも足りない。彼を守るには、彼と共に並ぶなら。
走って簡単に息が切れる。今にも倒れそうなほどに身体がよろめく。視界が霞んでよく見えない。
そんな弱音を塗りつぶす。たまに思うことがある。もしも女じゃなくて男に生まれていたら。
何か変わっていたのだろうか、彼の隣に立てるほど強くなれたんじゃないか。そんな妄想を抱くことがある。
それを今ほど思ったことはない。体力、筋力、全てがベルに足りないものだ。ベルはダンジョンの敵を吹き飛ばして、次々と進む。
『オオオオオオオオ!!』
「───五月蝿い」
『ガアアアアアア!?!?!?』
「うるさい、うるさい、五月蝿い……!」
雑音が頭に響き渡る。さまざまな妄想、幻想、思想が混ざり合ってベルの脳を壊す。ベルは八つ当たりするように【魔法】を放つ。
気づいたら敵は周りにはいなかった。魔石、戦利品が散らばっている。あまりに威力が高すぎて、魔石までもが砕かれている。
ベルは目指していた10階層を。でも体力の限界は訪れる。精神力の体力消費に加えて、体力の限界。
様々な
「──はああ!」
そんな勇ましい声がベルの耳に響いた。薄い視界の中。凄まじい速度で敵を蹴り飛ばしているエルフがいた。
翠色の髪。空色の瞳。あの時の店員だった。そんな店員が凄まじく強いことに驚き、助けられたことに気づく。
「付いてきて正解でした、あなたの表情はどこか迷子のようだったので」
「……ありがと、うございます」
「お礼は結構です。【今は遠き森の歌。懐かしき
膝を突いて、そのエルフは詠唱を口にする。流れるような詠唱は、一瞬で魔法を完成させる。『高速詠唱』と呼ばれる技術にベルは瞠目する。
そして発光する手を額に当てられ、エルフは呟く「【ノア・ヒール】」と。すると限界だった身体が回復した気がする。
「……名前を教えてくれませんか?」
「……リュー・リオン」
「リューさん、ありがとうございます」
「気にすることはない。それより早く帰りましょう、貴方の体力は限界だ」
リューはベルの手を取って、立ち上がらせる。それでもベルは地上に戻る気はなかった。目標はまだ下の階層にある。
「僕のことは気にしないでください。まだダンジョンに潜ります」
「ダメです。このままではあなたは簡単に死にます。そうなれば、悲しむのはあの少年でしょう」
「……ラグナのこと何も知らないくせに、そんなこと言うな!」
ダンジョンに響き渡るベルの声。その鬼気迫る表情にリューは表情を少しも変えない。
ベルはリューを無視して先に進もうと足に力を入れる。それは失敗に終わって、ゆっくりと倒れていく。
そんなベルをリューは抱きしめる。
「あの少年が大怪我を負ったことは、知っています。それであなたが焦っていることも。闇雲に進んで、状況は良くなることはない。あなたが強くなりたいのなら、私が教えましょう」
「……」
「……気絶しましたか、無理もない。ここは8階層だ、魔導士の新人冒険者が立ち入る場所では到底ない」
リューはベルを抱えて地上を目指す。その表情はどこか決意に満ち溢れている。
「……これが私の贖罪だ、アルフィア」
誰にも聞こえないような声量で、リューはつぶやいた。