主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
少年の筋肉質な背中に、ヘスティアは血を垂らす。時刻は夕方を過ぎて、空は暗闇に包まれている。白髪の少女もダンジョンから帰宅して、久しぶりに【ファミリア】全員が揃った。
食事を済ませ、ようやく『ステイタス』更新が始まった。一週間ほどやっていなかったため、間違いなく経験値は貯まっていることだろう。
【ロキ・ファミリア】の幹部の訓練。ダンジョンの探索。そして竜の討伐。それに加えて彼は新人だ、その分経験値も跳ね上がる。
背中から神聖文字が浮かび上がる。その羅列は長い年月勉強して、ようやく理解出来るほど難解な文字だ。
「……は?」
その羅列には魔法発現可能と書かれている。更に『スキル』まで発現出来そうだった。
ヘスティアは瞠目する。『魔法』と『スキル』の獲得には、経験値による影響が大半だ。彼は新人冒険者では耐えられない修羅場を戦った。その戦いで得られた上質な経験値が、彼の魔法とスキルの発現に影響したのだろう。
ヘスティアは経験値を恩恵に反映させて、発現した魔法とスキルを確認する。
『ラグナ』
Lv1
力 I46→G223
耐久I8→E436
器用I25→G278
敏捷I30→H193
魔力I0→I0
『魔法』 【ケラノウス】
・詠唱式『白い雪、黒き終焉、終わりの
・付与魔法。
・雷属性。
・
『スキル』【
・特殊条件達成時、任意発動。
・使用時、魂の摩耗。
・全能力の倍補正。
・感覚の超強化。
・肉体損傷自動回復。
【
・戦闘時、獲得経験値増幅。
・格上撃破時、獲得経験値大幅上昇。
・経験値限界獲得による、能力限界突破。
ヘスティアは何から考えればいいのか分からなくなった。まず熟練度の大幅上昇。たった一週間の冒険で、ここまで能力が向上する冒険者はいない。
もちろん経験値を限界まで貯めれば出来なくもない。でもそんなことをする神はいないだろう。冒険者になって日が浅い彼だから出来た芸当だ。
次に『魔法』はヘスティアもよく知っている神の雷霆だ。彼はゼウスと関わりがあったのだろうか。一気に流れ込んでくる情報量にヘスティアは混乱しそうだった。
しかも【終末戦火】というスキル。経験値の増幅という効果は聞いたことがない。間違いなく『レアスキル』と呼ばれるものに違いない。
どれだけ能力が向上するのか、ヘスティアには予測ができない。そして経験値を限界まで貯めると、能力の限界突破という文字。
ヘスティアは理解するのを諦めた。静かに羊皮紙に共通語でステイタスを書いて少年に渡した。
「経験値増幅……!」
少年は能力値の向上には目もくれず。『スキル』に喜びを感じたようだ。それもそうだろう。彼の目標の最下層到達には、第一級冒険者以上の強さが必須になる。
都市最大派閥でも成し遂げれない領域に到達するためには、【ランクアップ】をして器を強化しないといけない。この【スキル】は間違いなく、そのための武器になる。
ヘスティアは複雑な気持ちに包まれる。彼が強くなるということは、敵も相応に強大となる。これから何度も死にかけるのだろう。
ヘスティアは彼の歩みを止めることはできない。少女のために命を賭けて戦う少年は正に英雄のようだった。
夢中で自身の【ステイタス】を眺める少年を慈愛の瞳で見つめる。初めて見た子供らしい表情に、ヘスティアは自然と笑顔を浮かべていた。
そんな神のことを白髪の少女は、深紅の瞳で見ていた。
⬛︎
俺は寝静まった二人を見て、ゆっくりと階段を登って外に出た。空は暗黒に包まれ、星の輝きが際立って見える。幻想的な光に目を一瞬奪われるが、すぐに気を取り直して歩みを進める。
俺がダンジョンに行く時に通っている道は酒場などが多く並んでいて、冒険者達が毎晩のように騒いでいる。
その中には豊穣の女主人もある。ここは神も利用する人気店なので、遠くからでも賑わいが伝わってくるほどだ。料理も美味しい、酒も美味しい、店員も美人と評判だ。
俺はダンジョンに向かいながら、今日の【ステイタス】のことを考える。まず魔法の発現。魔導書の効果で手に入れた、魔法は付与魔法というよくある種類の魔法だった。
属性は雷。名前は【ケラノウス】。間違いなくゼウスに影響されている。少し気恥ずかしい感じもするが、問題は威力だろう。
冒険者の中で付与魔法はそこまで強くないとされている。魔法の強みといえば遠距離からの砲撃だ。ベルの魔法がいい例だろう。
相手の攻撃が届かない距離からの絶大な魔法は厄介極まりない。だが付与魔法は武器、または身体に纏わせるような形になる。つまり己の身体能力、技術などに大きく影響される。
アイズさんのような付与魔法は期待できないだろう。
俺はダンジョンに到着して少し息を吐いた。とりあえず一階層に入ろうと足を進めた。
「……着いた。怪物は……いないな」
攻撃魔法というわけでもないから、問題はないだろう。俺はゆっくりと深呼吸して、詠唱文を思い出す。
「えーと……【白い雪、黒き終焉、終わりの鐘が鳴る前に】」
初めて感じる魔力。それを一点に集束させるイメージ。詠唱を紡いでいると、戦いながら詠唱するなんて本当に出来るのか疑問に思ってしまう。
今の俺には並行詠唱、高速詠唱などの技術は不可能だろう。漆黒の魔力が左手に集まり、更に詠唱を進める。
「【破滅の雷霆、不滅の聖火、届かない英雄の
膨れ上がる魔力。制御の難しさに目を剥きながら更に集中を深めていく。
「【誓いはここに。
魔法の完成。たどたどしい詠唱は終わり、あとは魔法名を発声するだけで完成する。その魔力に吊られたのか、怪物が近づいてくる。
「【ケラノウス】」
身体の奥底から爆発したような雷鳴が轟いた。己の身体ごと破壊する威力に、脳が警鐘を鳴らす。
「───ぁぁぁぁ!?」
目がちかちかと雷で点滅する。痛哭で喉が軋んで、今にも倒れそうだ。急いで魔法を解除しても、身体中が感電で動けない。
自分すら破壊する威力に、俺はすぐに膝を突いて倒れた。徐々に失われていく意識の中、薄紅色の髪をした少女が見えた気がした。
⬛︎
ヘイズ・ベルベットは【フレイヤ・ファミリア】の治療師だ。都市最高と謳われる【戦場の聖女】には敵わないが、彼女の次くらいには回復魔法の自信がある。
二日前。ヘイズの敬愛してやまない、女神が遠征再開を宣言した。その目標階層は最高到達層を10層も上回る階層。70階層だった。
最下層と呼ばれる領域は熟練の戦士達が多くいる【フレイヤ・ファミリア】でも辿り着けるか怪しい。
異常事態が起きることなんて日常茶飯事。回復薬も尽きれば、武器だって消耗する。それにギルドが情報を公開していないのも大きな理由だ。
そのため【フレイヤ・ファミリア】の団員達は忙しなく準備を進めていた。もちろんヘイズも準備をしていた最中に女神に呼び出された。
戦いの野の神室。なかなか本拠に訪れることのない女神からの呼び出しに浮き足が立っていたが、その話の内容を聞いて目を丸くする。
「あの子のこと、見張ってくれないかしら?」
「あの子とは……ラグナのことでしょうか?」
ラグナという少年の話はヘイズも知っている。女神が脱走させた竜を討伐した冒険者。新人冒険者が竜を討伐したという情報は都市中に広がっている。
その少年のことを女神が気に入っていることも団員達は知っている。今日は娘の姿で少年を連れて楽しそうだった。
神々が言うお家デートという物だろう。それを見た団員達が怒り殺意から、原野の戦いが苛烈になっていたが。
「ええ、もちろん他の子に頼んでもいいのだけれど。あの子を傷つけてしまいそうだから」
「……了解しました」
女神の言葉にヘイズは頷き、その命令を受けた。他の団員が見張りなんて出来るわけがない。
殺気で監視されていると気づかれるだろう。だからこそヘイズがその役目に選ばれた。
その命令を受けた数十分後には、外を出て監視を開始していた。
⬛︎
「英雄候補かぁ……」
ヘイズは教会から数十M離れた家の屋根から監視していた。ヘイズは昼の出来事を思い出す。
娘の姿で満面の笑みを浮かべる姿を。今まで見たことのない宝石の笑顔。そんな表情を引き出したのは、都市に来たばかりの少年だった。
彼に夢中になる理由もわかる。新人冒険者で竜を倒すなんて、英雄譚のお話のようだった。
でも嫉妬心は消えない。何十年と彼女に身を捧げたヘイズでも女神の、あの笑みは引き出せる自信がない。
本当は考えることすら烏滸がましいのだろう。彼女は美の女神、本来であれば近づくことすらできない偉大な神。
ヘイズは夜風に当たって溜息を吐く。一度女神のことを考えるの熱くなってしまう。
ボロボロの教会を見て、ヘイズは扉が開くのを目視した。
「……外に出た?」
教会から出てきたのは黒髪の少年だった。エルフにも劣らない容姿は、幼い子供のように輝いている。
『魔法』を手にしたことが嬉しいのだろう。意外にも子供らしい少年に、ヘイズは音を立てずに屋根を走り抜ける。
向かっている先はダンジョンだろう。都市で魔法を使うことはできない。追跡すること十分ほどでダンジョンに到着する。
そこから地下の螺旋階段を降りていく少年を追って、更にダンジョンの一階層に到着する。
そこから彼は周りを確認して、詠唱を開始した。
「【白い雪、黒き終焉、終わりの鐘が鳴る前に】」
少年の初めての詠唱はとても下手くそだった。まるで本を読み聞かせているような遅さに、ヘイズは呆気に取られる。
漆黒の魔力は禍々しい雰囲気はない。まるで夜空のような輝きを放っている。
「【破滅の雷霆、不滅の聖火、届かない英雄の幻想】」
「【誓いはここに。終末の刻まで駆け抜けろ】」
少年は感覚を探りながら、魔法を完成させた。女神が夢中になるほどの少年の魔法。ヘイズは期待しながら、その魔法の強さを確認する。
「【ケラノウス】」
その瞬間。彼の近くにいた怪物は消し飛んだ。眩い閃光、激しい雷鳴、全てを破壊しようとする雷霆は、少し離れた場所にいたヘイズにまで雷が届く。
その鋭く青白い雷霆はヘイズの頬を焦そうとして消滅した。その絶対な威力に瞠目する。
少年が音を立てて倒れる。その音を聞いてヘイズは慌てて近寄った。何が起こったのか理解出来ない。
少年は気絶していた。少年が使った魔法は恐らくだが、付与魔法だろうとヘイズは考える。
外傷はない。精神疲労かと思ったがそれも違う。強力すぎるあまり、身体が耐えきれなかったと考えるのが正解だろう。
つまり今のままでは自爆魔法と変わりはない。ヘイズは気絶した少年に手を翳して詠唱を始めた。
「【我が名は黄金。不朽を誓いし女神の片腕】」
慣れたようにヘイズは詠唱を紡ぐ。原野にて戦い続ける戦士達を癒した少女の技術。高速詠唱と呼ばれるものは、魔導士と治療師にとって必須の技術だろう。
「【焼かれること三度、貫かれること永久に。炎槍の獄、しかして光輝は生まれ死を殺す】」
「【
「【ゼオ・グルヴェイグ】」
長文詠唱を感じさせないほど迅速に魔法は完成した。その黄金の光は、少年の内側の損傷を即座に回復させる。
ヘイズは一仕事終えたと、汗を掻いていないのにも関わらず拭う仕草をする。そして気絶した少年を見て考える。
「……どうしましょうか」
すぐに目を覚ますことはないだろう。ダンジョンに置いていくことは当然しない。本拠前に置いていくことも考えたが、野晒しにしておくのは可哀想だ。
ヘイズは仕方ないと溜息を吐いて少年を背負う。その足は地上を向かって歩いていた。
⬛︎
「……ぁ?」
意識がゆっくりと覚醒する。白い天井に知らないベッド、住むために必要な家具が揃っていて、全てどこか高級感を感じる。
俺は魔法を使って、そして気絶していたはずだ。誰かが助けてくれたのだろうか。俺は状況を確認していると、扉が突然開いた。
薄紅色の長い髪をした少女がそこにはいた。前世の看護師のような格好は、彼女が治療師だと教えてくれる。
「あ、起きました?」
「いまさっき、起きたんですけど。あの、助けてくれたんですか?」
「そうですよ、私の回復魔法であなたを治しました。あ、私の名前はヘイズです、普通の治療師です」
少女は笑顔で話す。ヘイズさんという人の言葉に聞き覚えがあるような、ないような。
少し朧気で分からないが、とにかくヘイズさんに助けてもらったのは間違いない。
それに自室までは運んで、ベッドに寝かせてくれる女性なんて普通いないだろう。
とりあえずお礼して、この場所はどこなのか聞き出そうとする。そうしたら、扉が大きく開く。
ヘイズさんは慌てて、俺に覆い被さって姿を隠した。花の香りが自然とする。意味分からず困惑していると、男の怒号が聞こえてきた。
「──おい、ヘイズ!さっさと『原野』に戻れ!」
「はいはい、行きますから。女性の自室に勝手に入ってくるなんて、モテませんよ?」
「うるせえ!お前がいなきゃ回復が回らねぇんだよ。早く来い」
男は苛立ちを隠さないまま、扉を閉めてどこかに消えて行く。俺は背筋から冷や汗が垂れてくる。
ヘイズさんは男が行ったのを確認して俺を離した。俺は震えを隠さないまま、少女に問い掛ける。
「……もしかして、ここって」
「
ヘイズさんの言葉に俺は思わず白目を剥きそうになった。昨日連れてこられた【フレイヤ・ファミリア】の本拠地。
フレイヤに狙われている俺は、団員達から敵意を持たれている。そんな場所に他派閥の人間が侵入していたら。大義名分を掲げて殺してくることは間違いない。
「……ま、まずい」
俺は絶望を感じながら静かに呟いた。そんな絶望している俺を見て、ヘイズさんは乾いた笑みを浮かべた。