主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
「……怪物は片付いたな」
霧の中を進みながら、ラグナが呟いた。ここまでほとんどの戦闘を前衛が負担しているのにも関わらず、その表情には一切疲れが見えない。
そんな前衛の姿に頼もしさを覚えながら、リリは小人族が持つ武器の一つである視力の良さを使って、スライムの姿がないか確認していく。
だがどうしても霧が邪魔で、種族の力を活かせない。そもそもスライムなんて本当に存在するのかと、ラグナを疑ってしまいそうになる。
「……霧って、どうやったら消えるの?」
ふと、ベルが立ち止まり呟いた。パーティーの視線がサポーターに向く、この中で一番知識も経験もあるのは彼女である。その視線に冷や汗をかきながら、リリは必死に頭を回転させて口を開く。
「おそらく、ですが。霧を払えるのは強力な魔法ぐらいだと思います。そもそも階層全体の霧はダンジョンから発生してるので、霧を晴らしたとしても、すぐに元通りになるでしょうが……」
「強力な魔法……試しにやってみるか……?」
「待って、ラグナの魔法は……」
「まあ……魔力を上げるついでってことで」
ラグナはベルとリリから距離を取って、剣を抜き放つ。解放される魔力、それと共に詠唱が始まった。
「【白い雪、黒き終焉、終わりの
スラスラと唱えられる詠唱。ベルはその詠唱の内容に自身がいることに固まり、リリは英雄候補の魔法に心臓が高鳴るのを感じた。
『ヴオオオオ!』
そしてそんな魔法の詠唱に集中していたせいか、二人は少年の背後に近づくオークの姿に気付かなかった。
「ラグナっ!」
「後ろ──!」
時が止まる。圧倒的な前衛がいたから油断していた。リリが叫ぶ前に、ベルが魔法を放つ前に、その一撃が放たれそうになる。
「……大丈夫」
「────!?」
『ヴオオオオ!?』
背後を完全に取ったオーク。だが、その攻撃を聖火剣が受け止め、弾く。詠唱の続行、並行詠唱のような技術にベルは目を剥いた。
「【誓いはここに、
魔法の完成。オークの反撃は間に合わず、ベルとリリは唖然と立ち尽くすことしかできなかった。
「【ケラノウス】」
雷が落ちた。いや、正確には違う。少年の身体の内から雷が爆発したのだ。凄まじい雷鳴音と共にオークは魔石すら残さずに吹き飛んだ。
絶大な威力。何より恐ろしいのは、魔法が発現して数日程度だというのに、並行詠唱に近いことを平気で行うこと。
ベルは魔法の詠唱がないに等しいので、必要ない技術としてリューに教わっていた。
魔力制御、魔法持続、二つのことをやりながら戦闘を行う。そんな芸当を行えるのは才能なのか。
いや、違う。彼が並行詠唱の真似事が出来るのは単純に、第一級冒険者に囲まれた経験、何より洗礼によって視野を強制的に広くされたことによるものだ。
「……っ」
魔法の発動。その代償は酷烈な痛み。内側を燃やすような痛みに耐えながら前回と同じく、聖火剣に付与を行っていく。
だがいくら剣に魔法を込めようと威力が収まらない……どういうことだと必死に耐えながら、ラグナは目を点にする。
そういえば、昨夜は凄まじいステイタスの伸びだったな、と。
【ケラノウス】の特性、全能力を魔法威力に変換する。そのことに気づいて、ラグナは絶叫しそうになった。
「あの、ラグナ様……威力は素晴らしいと思うのですが、それは付与魔法ですよね……正直、霧を払うためには『広域攻撃魔法』とか『残滅魔法』などじゃないと、厳しいと思います」
「ぐぐぐぐぐ……だ、大丈夫。ひ、秘策がある……!」
「だ、大丈夫ですか?」
大丈夫じゃない。洗礼で切り刻まれた時も、魔法で的にされた時も、こんな痛みはなかった。
耐久が上がってなきゃ気絶していた。そして耐久が上がったせいで魔法は強化されてる。なんて地獄、どれだけ強くなろうと、この痛みと付き合い続けなきゃいけないなんて。
それでも魔法を剣に込め続ける、前回と同じく大剣まで大きさが変化する。精神力の調整は山勘、これぐらいが限界だろうという野生の勘を信じる。
────今。
「──吹き、飛べ!」
一歩踏み込み、その装填された雷撃を放つ。雷霆の一撃は天井に向かって走る。その余波で周囲の霧が飛んでいく。
ベルとリリはその威力に吹き飛ばされそうになりながら、必死に耐える。その絶大な威力に瞠目しながらも、即座に目的であるスライムを探した。
「ベル様から見て、三時の方向……地面に何かがいます!」
栗色の瞳を必死に働かせて、リリはオークが武器に使う木の影に何かがいることに気づく。
「【
咄嗟に唱えた
サポーターとして戦利品をすぐさま回収するリリ、戦利品などお構いなしにラグナの元に直行するベル。
「──いてえええええ!?」
「だ、大丈夫?」
「ぜんっぜん……大丈夫だけど……大丈夫なんだけど……クソ痛え……」
涙目になりながら地面を転がるラグナ。その姿に情けないなどとは思わず、むしろ弱い姿を見られて庇護欲を掻き立てられながら、真っ白な手を差し伸べる。
その手を借りながら、ラグナは産まれたての子鹿のような足で歩くことすらままならない。
「ご、ごめん。しばらく戦闘は任せていいか?」
「も、もちろん。全部僕が倒すから!」
魔法の詠唱中に守れなかった。それを悔いて黒い心に染まり掛けていたのが、間一髪で止まった。
ラグナに頼られた。あんな弱々しい顔で。それが嬉しくて、ベルは勢いのまま走り出しそうになる。
「すまん、情けなくてすまん……地雷魔法ですまん……」
ラグナは情けなく呟く。その間ベルは満面の笑みだった。
「……あの、ラグナ様の魔法は一体どういう?」
「付与魔法……なんだけど……ただ雷が内側から発生しているからか、痛いんだ」
「内側から雷……う、うわぁ……」
そんな自傷魔法があるなんて。威力は確かに強力だが、内側から雷が発生するなど想像しただけで痛い。魔法発動中に様子がおかしかったのは、そういうのが理由だったのか。
そして同時に納得する。この魔法があれば確かにインファントドラゴンも討伐可能かもしれないと。
痛みに耐えて、竜の首を切り裂く。そんな姿を容易に想像できる。
「そうだ、スライム!スライムはどうなった?」
「本当にスライムなんていたんですね……無事に取れました!」
使用して空っぽの回復薬の瓶の中に輝く黄金の液体が見える。それを視認して、ラグナは安堵の表情を浮かべた。
ラグナの魔法、リリの視力、そしてベルの魔法と幸運。これが揃わなければ手に入れられなかっただろう。
「ところで、どうしてこのドロップ品が必要なのでしょう?」
「もしかして、聞いてないか?ベルの病気について」
「病気!?」
「ごめん、心配させるかと思って言えなかった。最近は調子も良かったから……」
リリは驚く、そして納得もする。あの心配になりそうなほどの細さと肌の白さは病気からだったのだと。
しかも、それは【スキル】にもなるほどの大病で、医神でさえ治せない不治の病。それを聞いてリリはこれまでの探索がよく無事に終わったなと戦慄するとともに、心配そうに顔を見て歪める。
「……ダンジョンに潜っていて大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫だよ、気にしないで……僕が病気だからって、変な気は遣わないでいいから」
「その話を聞いて、今まで通りとは……とても難しいです……」
恵まれている人間だと勝手に思っていた。容姿にも才能にも仲間にも恵まれ、世界に愛されてるなんてことすら思った。だがそれは勘違いだった、彼女もまたリリとは違う絶望の渦にいたのだ。
「リリも、手伝えることがあれば……仰ってください!」
「うん、今のままでも十分力になってくれてるよ。ありがとう」
「いえ、これまで以上にサポート致しますので!」
そんなベルとリリの会話を見ていた黒髪の少年は、未だに震える足でサポーターの少女の前に立つ。身長差からリリは巨人に見下ろされる気分になる。
「リリに提案というか……お願いがあるんだ」
「お願い、ですか?」
「ああ。俺たちと固定パーティーを組んでほしいんだ」
「……固定パーティー?」
「ああ。今日の探索でサポーターの重要性に気づいた。魔石の採取がないだけで、あんなに戦いに集中できるなんて」
リリのことを本心で褒めて、小さな手を握る。突然のことで混乱しているリリを他所にベルの目つきが鋭くなった。
「俺たちにはリリが必要だ、頼む固定パーティーを組んでほしい!」
「あ、あの……きゅ、急すぎます!?」
真っ赤に染まる顔。まるでクズ男みたいな言動だがしかし、今しかないとラグナは思っていた。
原作の細かなところは覚えていない。
覚えているのは彼女が【ソーマ・ファミリア】の人間にも、外の冒険者にも搾取を受けて絶望していたこと。人間不信にも近い状態で抜け出すために悪い事にも手を染め、最後に少年に救われる。
しかし、ここに白髪の少年はいない。全てを救う英雄がいない。その代わりになるためには無理矢理でも、リリの境遇を変えたい。
「いや、違うな。今のファミリアを辞めて、【ヘスティア・ファミリア】に来てほしい」
リリの境遇を変えるなら、ファミリアの移籍は絶対に必要だ。他の冒険者の引き抜きなんて行為は御法度だろうが、そんなこと気にしない。躊躇などなくラグナはその提案を口にした。
「ラグナ!?」
「【ヘスティア・ファミリア】に……?」
決心した理由はベルに対する接し方。人を気遣うあまり、自分の体調を正直に言わないベルのことを、彼女ならばしっかりと見守ってくれる。
もちろん原作の大事なキャラクターというのもある。だが、一番はそれだった。結局のところ、原作のベルとこの世界のベルは別人だ。
パーティーの相性はある。だが今日のスライムを討伐するまでの流れもそうだが、それまでの探索でも体力を消費したベルに回復薬を渡したりなどの行動は、ベルのことを大いに助けてくれる。
「……リリは、あの……っ」
「答えは今じゃなくていい、その間もパーティーを解消する気はないから、安心してほしい」
「……はい。考えさせてください」
リリの言葉にラグナは強く頷く。急なことに目を丸くしているベルに後で説明しないと、そう思いながらパーティーは帰還することになった。
⬛︎
帰り道。リリは今日の報酬を握りしめながら歩く。その表情は疲労と歓喜で半々といったところだ。
「(ラグナ様の強さも、ベル様の病気も……驚きすぎて、もう眠りたい気分です)」
何より最後の勧誘。あれのせいでサポーターとしていい動きができなかった。初めて会ったくせに手まで握って、リリの力が必要だなんて。
褒められたことも、求められたことも人生で数えるほどしかない。
両親には物心が付けば、すぐに金を持ってこいと無理難題を押し付けられて、気がつけばダンジョンで呆気なく死んだ。
悲しみに暮れることはなく、リリはひたすらサポーターとして金を稼ぐ手伝いをさせられた。
技術も経験も知識もないサポーターに渡される報酬はなく、あったとしても食事もできない金額を放り投げられた。
「(どうして、今なんですか)」
もっと。もっとリリが綺麗な時に出会えていれば。きっとあの二人もリリが汚いことに手を出していると知ったら軽蔑する。そしてパーティーなど呆気なく解消してしまうのだ。
「(あの二人が、そんなこと……)」
お人好しの二人。今日の報酬も九万ヴァリスという大金を稼いで、それを三等分してサポーターに渡すような世間知らずの冒険者。
あの二人はリリのしていたことを知って、どう思うのか。考えても答えは出ない。当たり前だ、たった数日……少年に関しては今日が初めて出会ったのだ。
「(冒険者は嫌いです……冒険者なんて関わりたくない……)」
でも彼らと共にいると居心地がいい。パーティーの一員として認められて、サポーターとして力になっている。その充実感によって、苦しみを抱く。
「(もう少しで、ファミリアから抜けられる。冒険者とは関わらず、自由に生きる……そう決めたんです)」
心苦しいが断ろう。時間は掛かるだろうが、後少しで脱退資金は貯まる。それまではあの二人との冒険を楽しもう。それぐらいならきっと許されるはずだから。